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竜の戦い

 メフ・メフィート。フィッツバルディ別邸――
「控え目に言っても最悪の状況としか言いようがない」
 元々厳めしいエンゾ・アポリネ・バイヤールの口調はまさに最大級の気重さを抱えていた。
 彼の面立ちに刻まれた深い皺は言うに及ばず。
 仕立ての良い礼服も、ピンと伸びた直立の姿勢すらも疲労を感じさせるなら、それは尋常ならざる事態と呼ぶ他は無いのだろう。
「では、調停は失敗に終わりましたか」
 苦笑を浮かべたザーズウォルカ・バルトルトにエンゾは「うむ」と頷いた。
 元はアベルト・フィッツバルディが『アーベントロートの』凶刃に倒れ、レイガルテ・フォン・フィッツバルディが病に倒れた事が原因だった。
 しかし不測の事態から始まったフィッツバルディの跡目争いはコントロールを失い、フィッツバルディ内部の問題に変化している。次兄たるミロシュ・コルビク・フィッツバルディが害されるまでは火遊びで済んだお話も、その上末妹のリュクレース・フィッツバルディが暗殺されるような事態になれば言うまでもない。
「『御兄弟は完全に他の兄弟が犯人だと決めてかかっている』」
 存命のアベルトも含めればフィッツバルディは短期間で三人もの後継者に危険が及んだ事になる。
 エンゾの言う通り、ライバルが倒れた時誰が得をするのかを考えた時、子竜達の疑いが他の兄弟に向くのは必然であるとも言えただろう。
「エンゾ様、それはあの――フェリクス様等も?」
 黄金騎士ザーズウォルカの副官たるイヴェット・レティシア・ロメーヌブランは幾分か遠慮したようにエンゾに向けて問い掛けた。
 イヴェットの知る限りフェリクス・イロール・フィッツバルディは『良識派』である。
 何を考えているか分かり難いパトリス、或いは病床のアベルト、今は亡きミロシュやリュクレースの神経質な所と比べても一番『話せる』相手であるようにも思われる。
「残念ながら、な。事これに到れば争うも是非はなし、との由。
 元よりあの若君も血気が盛んでないという事も無い故に。
 座して殺される位なら、殺してでも前に出る事を選ぶという事であろうな――」
 エンゾの言葉は幻想が――或いはフィッツバルディが直面している『最悪』を真正面から捉えていた。
 恐ろしい程に高まった猜疑心の前では誰も冷静で在り続ける事等出来はしない。ミロシュの事件の時点で限界寸前だった登場人物の『良識的忍耐』は最早振り切れているという事だ。
 実際の所、この三者が「犯人ではない」と証言出来るアベルトとて、弟達を疑っている位なのだ。
 例えば三人がアベルトの無罪を保証した所で、フェリクスもパトリスもアベルト有利に口裏を合わせているとしか受け止めないだろう。
「……この状況で調停が上手く行く筈もありませんな」
 そして状況の産み出す著しい問題は、渦中に在る子竜達だけでは留まらない。
「それで、フィゾルテ様が自派を集めているのも事実なのですな?」
「これも残念ながらな」
 ミロシュ事件の時点では慎重にレイガルテの状況を窺っていた実弟のフィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディも『お気に入り』のリュクレースが暗殺されて尚、具体的な動きを見せない兄の病状を信じる気になったのだろう。彼の慎重な気質はこれまでプラスに働いていたが、レイガルテが動けない状態と確信したならば黙っているような男である筈も無い。
「……御本人の人望の無さは折り紙付きと思いましたが」
 辛辣にそう言ったイヴェットにザーズウォルカが咳払いをした。
「『どうあれ、かの方は正統なるフィッツバルディなのだ』」
 問題はフィゾルテが力ある貴族であり、レイガルテを継ぐ資格を持っているという事の方だ。
 状況上、ここまで静観していたフィゾルテが甥姪を害した可能性はかなり低いが、この先は別である。
 フェリクスとパトリスの尖兵が平然とぶつかり合い、互いを支持する貴族達が小競り合いをしている状況は『戦争』だ。
『後継候補』達は事件の筋書きと流儀に従い、どんな手段を使ってでも敵の首を獲ろうとするだろう。
「笑えぬ冗談だ。既にフィッツバルディ派の貴族の何人かが変死しているという話もある。
 そんな噂が立てば、直接の後継候補ならずとも『身の用心』に走りたくもなるものだ」
 犯人が誰かは知れぬが、互いが武力を集め周辺を敵と見做しているという事だ。
 第三極として動き出したフィゾルテは兄弟達の隙を狙い、状況を混沌とさせるに違いない。
 エンゾはせめてもと紳士協定の締結、或いは時間稼ぎにと奔走したのだが――不調に終わったのは既に述べられた通りだった。
『誰一人信用出来ない状況は深刻極まる分断であり、その発生があの雷光のような黄金竜を戴けぬフィッツバルディの現状を知らしめている』。
「……そう言えば、アベルト様はどのように?」
 イヴェットの言葉にエンゾは深い溜息を吐き出した。
「若君もまた、側近に挙兵を命じられたようだ。
 御身が傷んでおったとしても些かも覇気を失ってはおられぬ様子だ。
『竜の戦い』を一歩も譲る心算は無いらしい――」


 ※『双竜宝冠』事件により幻想が部分的な内戦、或いは暗闘状態に陥っています……
 ※豊穣の国に何か不穏が近付いているそうです……?
 ※希望ヶ浜の『東浦区』にて神性怪異の神域が発生しました――


 ※覇竜に存在するヘスペリデスが『崩壊』し始めました……!!


『双竜宝冠』事件が望まない形の進展を見せたようです。
 各地でアベルト派、パトリス派、フェリクス派が武力衝突を開始し、市中にも被害が出ているようです……

これまでの覇竜編シビュラの託宣(天義編)

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