PandoraPartyProject

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ネフェルストは謡う

「『晶竜(キレスアッライル)』という」
 真円を描く月の光は蒼褪めている。
 季節柄、日中との寒暖差が特に激しい砂漠の夜は凍える吐息のような風を吹き付けている。
 掛けられた声に視線を向けたディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)の剣呑を軽く受け流すかのように、薄笑いを浮かべた青年の名はアレイスター。月光のごとき白銀の短髪からは獣の耳が生えている。涼やかな夜空色の瞳を持つ容姿端麗な青年騎士は形の良い唇から覗かせた狼の牙を隠す事も無く、『ラサの王』に怯む事さえしていなかった。
「巷に紅血晶と呼ばれる宝石が埋め込まれている。その『なり』は貴様に合わせた歓迎だが」
「そりゃあどうも。別に頼んじゃいないがな」
 アレイスターの言葉をディルクは鼻で笑い飛ばした。
 彼の傍らでは彼の何十倍の存在感を見せる宝石の獣が瞬いていた。
(……面倒臭いが、いよいよ何かの用があるんだろうがな)
 グラオクローネの夜、ラサのネフェルストに向けてやってきた巨大な影は多くの厄災を連れてきた。
 混乱から生じた火事場泥棒、幻想種を対象にした誘拐事件……
 即応態勢を取った『赤犬』『凶』『レナヴィスカ』といった三大傭兵団、ファレン率いるアルパレスト商会も蜂の巣を突いたような大騒ぎである。
「一人で来てくれて助かったぞ」
「あん? その心算じゃなかったのか?」
 正体不明(アレイスター)の言を信じるのなら、『晶竜(キレスアッライル)』とやらは紅血晶を核にして動くキメラかゴーレムのようなものであると考えられる。『明らかに一番強い敵』相手に一人で出向くのは『普通ではない』が、幾つかの条件を追加するならばこれは必然なのだ。
「一つ、ラサは今現在進行形で大変に忙しい。
 二つ、俺は最強だし、一人いりゃあテメエ等を片付ける位簡単に済む。
 三つ、わざわざそいつを――」
 ディルクはその先を言わなかった。
 晶竜の姿はかつて彼が相対した若き竜ライノファイザの姿を模していた。
 それと友人になった覚えはないが、若気の到りを、実に冒険心溢れる時間を共に過ごした『好敵手』と擦られて機嫌が良い程、彼は冷淡でも無い。
「――ああ、勘がいい。話は早いな。俺が貴様を呼び出したかったのは事実だからな」
「テメェにとってはそこまでは幸運かもな」
「そこまでは?」
「現時点の予定としてはその首は胴体とおさらばして貰う事になってるんでね。そりゃあ幸運とは言えないだろう?」
「フン」と鼻を鳴らしたアレイスターはディルクの言葉に取り合わなかった。
 為すべきは他にあり、その為に手間暇をかけたのだから当然だ。
「我が女王より――『赤犬のディルク』に招待状を預っている」
「女王、か。さぞや美人なんだろうね?」
「不敬な。二度と言うな。
 我ら、吸血鬼(ヴァンピーア)は偉大なる純血種(オルドヌング)である。
『月の女王』の命令でお前を『月の王国』に連れていくという話だ。無論、拒否権は無い」
(要するにソイツが『黒幕』ね)
 ディルクは一通り思考を巡らせる。
 現在ラサを騒がせる状況の正体は不明である。見ての通り『月の何某』が諸悪の根源である事は確かだが、これを追い詰める為の情報も手段も無い。極端な話目の前の男を半殺しにして拷問にかけるのは『然して難しくはない』が、敵方の組織構成や規模が分からない以上は解決には直結しないだろうと考えた。
(それより何より)
 ディルクの目から見てアレイスターから引き出せる情報は皆無に近しいと思われた。
 彼は恐らく狂信者である。ディルクに言わせれば『俺より強い奴なんていねぇ』のだから、目の前に面を晒す時点で総ゆる危険を覚悟していないとは思えない。
 即ち、当然ながら想定される捕縛や拷問で事態が今以上に好転する事は無いだろうと結論付ける。
「まぁ、綺麗なお姫さんを拝みに行くのも一興だ。『俺は構わないがな、条件がある』」
「……何だと?」
「『誘うなら自分で誘いなよ、お嬢ちゃん』」
「……!?」
 ディルクの瞬間の所作の速さにアレイスターの顔が引き攣った。
 ノーモーションに近いスピードで虚空目掛けて投擲された短刀をアレイスターの刃が辛うじて撃ち落とす。
「貴様ァ……!」
「『手加減』してやっただろうが。そうキャンキャン喚くんじゃねえよ、犬っコロ」
 初めてと言っていい程に気色ばんだアレイスターをディルクは嘲笑した。
 闇の奥に浮かび上がったしなやかな女は影。色素は欠乏しており、まるで白い闇だ。
「これは大変失礼を」と微笑った彼女は、いきり立つ番犬とは対照的に月のようにたおやかで冷たい笑みを薄い唇に乗せるだけだった。
「――では、改めまして。『月』の代表であるリリスティーネと申します。
 砂漠の王である貴方様に格別の興味を持ち、こうしてお誘いに参上いたしました。
『もし貴方様が怖くないのであらば』幻想と誘惑に満ちた月へのご招待を差し上げたいのですが、如何でしょうか?」
 唇をぺろりと舐めたリリスティーネは艶やかであり、同時に挑戦的だった。
「やっぱり美人じゃねーか。最初からアンタが来いっつーの」
「はん」と笑ったディルクは大して警戒もせず、スタスタと彼女の下へ歩み寄る。
 先述した通りラサの王としても願ったりなのだ。兎角、彼は受けに回るのが嫌いだから。
 ネフェルストに被害が出るのは沢山だし、傷付いた深緑をケアする為にも当面はイレギュラーズの人手も割きたくない。
(……ま、最悪全部ぶっ殺して戻ってくれば済む話だろうしな)
 ……自信過剰にも程があるのだが。
『この男は傷んだ四十路の相棒とまるで違う。四十路の今も本気でそれを信じている正真正銘の英雄だ』。
「では――」
 ディルクの手を体温の低い小さな手が、細い指が取った。
「ふぅん?」
「……?」
 不意に自分をまじまじと眺めたディルクにリリスティーネは小首を傾げた。
 両者の距離は僅か数十センチ。リリスティーネがそれ以上の疑問を口にするより早く、転機は訪れた。
「……ディルク様、助太刀に……って!?」
「――」
「――――」
 予定外の出現に息を吞んだのは二人同じく。
 ネフェルストから駆けてきたのだろう、彼方の影は他ならぬエルス・ティーネ(p3p007325)のものである。
 誰が呼んだか『デザート・プリンセス』。そのダブルミーニングは知れた存在であった。
「……ふ、ふふふっ!」
 やおら蠱惑的な笑みを浮かべたリリスティーネはディルクの首に手を回し、しなだれかかるようにその体を密着させる。
「……リリスティーネ!?」
 両者の態度と反応は明らかなる旧知のものである。
「やっぱりな」と溜息を吐いたディルクはうんざりした顔を見せた。
 血は呪い、繰り返しという事か。
 美人姉妹に取り合われるならいざ知らず……いや、エッフェンベルグの家系にとってそれだけは『ノーサンキュー』なのだが。
(露骨に見せつけようとした辺り、この女興味があるのはエルスの方だろ)
 世界一のいい男を捕まえてさや当てとはどういう了見だ?
「さあ、あんな子は放っておいて。月の都に参りましょう、ディルクさ――」
「――!?」
「――ん、んんんン……ッ!?」
「き、貴様……!」
 向き直ったリリスティーネはその瞬間、ぐっと腰を抱き寄せられ、まぁ見事な程にその口を塞がれていた。
「……ん、ん、……っ……こ、この……っ……!」
「何だよ。アンタからくっついてきたんだろ?」
 悪びれないディルクは意地悪く言った。
「『それとも何か問題でも?』」
 エルスへのさや当てならば、ここで何も言い返せないのは目に見えている。
「い、いいえ!? ほほ、突然でしたので!?」
 引き攣った顔でそう返した隙だらけのリリスティーネに構うでもなくディルクはエルスに唇で小さく告げる。

 ――後は一先ず任せる。

 それは赤犬の合図であり、エルスはエルスだから分かってしまう。
 漸く落ち着きを取り戻したリリスティーネが、アレイスターが。月の獣が闇を巻く。
 後に残されたのはエルスだけだったが、彼女の愛らしい面立ちにはこの上なく複雑な感情が乗っていた――

 ※ラサの首都ネフェルストにて同時多発的に事件が発生し、『赤犬の群』の団長ディルクが行方を眩ました模様です……

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