PandoraPartyProject

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予期せぬ『本気』

「フン。愚鈍だ、つくづく蒙昧だと思ってはいたが。
 弟妹達はどうやら本気でこの私とやり合う心算のようだな」
 不愉快そうに鼻を鳴らしたミロシュ・コルビク・フィッツバルディの言葉に報告をした騎士は「そのようですな」と頷いた。
「相応しい実力に足りずとも、黄金の果実が目の前に零れたならば、手を伸ばさずにはいられない……か。
 悲しいものだな。欲得と状況に現実的な計算の立たない連中は。
『我が弟妹ながら』……いや、『我が弟妹が故に』だな。
 これより始まる争いには虚しさすら感じずにはおれんのだよ」
「はい」と追従した騎士にミロシュは皮肉な笑みを浮かべた。
「フィッツバルディ派も完全に一枚岩ではありませんからな。
 御父上が――レイガルテ様さえご健在ならば決して表に出る争いにはなりますまい。
 されど、かの方の動静が伝わらぬ現状ともなれば……ね。
 野心を抱える連中は何時までもお行儀良くはいきますまいな」
「貴様も同じ穴の貉に過ぎぬのだろう?」
 ミロシュの言葉に騎士は我が意を得たりとばかりに「如何にも」と人の悪い笑みを見せた。
 レイガルテが倒れた急展開から勃発しようとしている『後継レース』は市井の噂になる程度には白熱を帯びていた。ミロシュ自身を含めた後継候補達はそれぞれに動きを見せ、準備を進めている。自らを推す諸派の後援を受け、政治面軍事面双方で衝突の時に備えている状態だ。
(……しかし、アベルトが倒れた今となっては、この私が『本命』だ。
 元よりアベルトめの奴も含め、父上の後ろ盾なくば『こうなる』のは必然としか言えぬのだよ)
 顎に手を当て内心で呟いたミロシュの思考は実に傲慢で幾らか楽観的であると言えたが、決して間違ったものではなかった。
 手勢を率いてミロシュを後援しに来た騎士の男は実家(コルビク)から遣わされた先遣にして中核である。
 黄金双竜の諸子(きょうだい)は必ずしも実家と良好な関係ではない。或いは肝心の実家に力が無い。
 当然である。元々後継レースとしては落伍していた人間ばかりなのだ。
「コルビクは何と言っている? 私の要請(オーダー)は伝わっているのだろう?」
「勿論。鋭意準備中ですよ、坊ちゃん。『我々は貴方様に完全に連帯する事でしょう』」
「その様子では派閥への根回しも済んでいるという事か。実に手際が良いものだ」
「当家の悲願ですからな。坊ちゃんがフィッツバルディを背負うのは」
 ミロシュは鼻を鳴らして頷いた。
 頼りがいのない連中とは違う。この男とて、幼少からの付き合いなのだ。
 太い実家を持ち、目的も完全に一致しているミロシュはこの展開こそ願ったりと言えた。
『傲慢で幸福な彼はだというのに本家に不幸があるまでは後継レースから完全に外されていた自身の足りなさを決して自覚する事は無いのだ』。
 ……とは言え、先述した通りミロシュの考えは決して荒唐無稽なものでは無かった。
 彼はその人間性には些か欠陥を抱えているものの、基本的にはレイガルテの血を継ぐだけあって聡明であり、優秀な男であった。
 黄金双竜の看板を一人で背負うには余りに役者が不足だったが、これまでの当代が全てレイガルテの如き怪物であった訳ではない。
 故に彼の計算はそう大きく間違ってはおらず、この後継レースの本命がミロシュである事は客観的に肯定出来る事実だったに違いない。

 ――唯、一つの前提が通用したなら。

『この後継レースが、ミロシュ・コルビク・フィッツバルディの考える通りの真っ当なものであったなら』。
「勝負はアベルトとの一騎打ちだぞ。
 奴が戻る前に我等は優位を固めきる必要がある。
 兎に角、時間は貴重だ。早々に優位を構築し、押し切れば弟妹も現実を直視しよう。
 元より本格的な『争い(ないらん)』までもっていくべきではないのだ。
 そんな事をすれば、アーベントロートやバルツァーレクに……
 或いは獅子身中の虫共(おうとうは)にも付け込まれる隙を作る事になるのだからな」
 直立不動のままの騎士にミロシュは溜息にも似た調子で命令を与えた。
 武力でのぶつかり合いになれば無罪放免とはゆくまい、と思う。
 いけ好かない弟妹だ。死んでしまえと思った事も幾度もある。
 されど、いざこうして事を構える寸前までゆけば――そして自身がチェックをかけてみれば、だ。
(とっとと諦めれば良いのだ。この私に勝てる筈がないのだから)
 無論、父が無事に快復した時の事を考えても出来るだけ弟妹は残した方が有利という打算もあるのだが……
 ミロシュは自分にも幾らかの情があった事を思い知らざるを得なかった。
 ……本人からすれば意外だったかも知れないが、これまた客観的には身内には酷く甘いレイガルテの血縁を思わせる部分である。
「……」
「……………?」
「……………………」
「おい! 何をぼうっとして……」
 動きのない部下にミロシュが声を荒げたのと彼が前のめりに倒れたのはほぼ同時だった。
「……なッ!?」
 目を見開いたミロシュは瞬時に屋敷が、自身が何らかの凶手に襲われた事を理解していた。
(……まさか、弟妹が私を……!?)
 繰り返す。
『この後継レースが、ミロシュ・コルビク・フィッツバルディの考える通りの真っ当なものであったなら』。
 彼の勝利は実に現実的で濃厚な既定路線の一つだったに違いない。
 しかして、彼は至極貴族的であり、フィッツバルディ的であった。
 実際の所、歪んだ感情とは言え、弟妹に幾らかの気遣いさえ持っていた。
 ……彼は本当の所で理解していなかったのだろう。
『これが白い手袋を相手に投げつける正統な決闘ではなく、何でもありの暗闘である事』を!
 殺し合うなら正面衝突ではなく、『本気の』先制攻撃こそ最良で最短であるという事を!
「……く……!」
 目を見開いたミロシュは机の横に備えていた剣を手に取った。
 死の気配を振り払うように、しゃらんと白刃を抜き放つ。
 奇しくもそれはアベルトの時にも似ていて、しかし結末はもう少し容赦がないように思われる。
「名乗れ、曲者!」
 まるで武芸に長けぬミロシュの声は虚勢じみていた。
 それでも彼もまた黄金双竜の子。
「未来のフィッツバルディ公の前であるぞ!?」
 強い意志は揺らがない。
 そんな未来は永遠に無いと嘲り笑う死神に誇り高く抗おうとでもするかのように――

 ※フィッツバルディ家のお家騒動が幻想を騒がせつつあるようです……
 ※ラサでは妙な宝石が出回っている様です……?
 ※<ジーフリト計画>が始動しました!

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