PandoraPartyProject

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『アスピーダ・タラサ』の高き壁

 ――あの都市と外界を隔てる高き壁。
 それは全てを覆い隠す。子供の死も、気高き神も、秘匿されるべき真実さえも。
 シャイネン・ナハトの余波のように、誰も彼もが当たり前のように伝統を守るのは真白き宗教国家らしいとラヴィネイルは感じていた。
 法に定められたわけでもない。魔法めいて誰もが戦を止め争いさえも起こさぬ輝く夜を越え、まだ街はその余韻に浸っているのだろう。
 何処かの空に竜が出た。巨大な翼は地を煽り、爪先が山をも抉った。
 そんな噂に心躍らす彼らは竜が神の化身だとでも思っているのだろうか。
 もしそうならば、『あの災厄』の際にどうして竜はやってこなかったのだろう。
 ラヴィネイルは考える。
 過ぎ去った時を恨む暇があるならば前を向かねばならないか。考えるのを止めて嘆息した。

 ちらつく粉雪が、時間の流れを感じさせる。ラヴィネイルがローレットと合流したのは『独立都市アドラステイア』より命辛々逃げ出した時の事だった。
 誰が誰を好きだった。子供染みた学級裁判。其れが命を奪うまで発展するのがこの国の恐ろしさ。
 指を差して口々に誰が悪いと言い合って疑雲の渓へと投げ捨てる。底も見えぬ奈落に落ちて命が助かるわけもないというのに、子供達は――『選ばれし住民』は、魔女でなければ命は助かると信じて止まなかった。
 独立都市を名乗ったあの国は天義を襲った冠位魔種による災厄で、傷ついた人々が信じる縁を求めて作り上げた新興の宗教都市だった。
 ラヴィネイルさえアドラステイアで暮らす中で架空の神であるとされた『ファルマコン』の存在を信じ込んでいたのだ。

 ――我らの神よ 今日も幸福を与え賜え

 生き抜くために、誰かを断罪し『キシェフ』を求めた。スラム街宜しく荒れ果てた子供ばかりの街で生き残るには其れしかなかったからだ。
 配給を貰うための貨幣は、人の命の上に成り立つ。ラヴィネイルはその在り方が酷く恐ろしかったのだ。
 今日はあの子が谷に落とされた。明日はあの子。それから、明後日は……。
『子供を救う幸福の園』『天義に出来た楽園』と呼ばれるにしてはお粗末な、戦災孤児の寄せ集め。生きるために他者を殺して褒められる烏合の衆。

「ラヴィちゃん?」
 声を掛けたサントノーレ・パンデピスにラヴィネイルははっと顔を上げる。自身をイレギュラーズと協力して助け出してくれた探偵だ。
「……なにも、ない……です」
「そんな浮かない顔してかよ? ンだよ、おっさんに教えてみろ?」
「……いえ」
 アドラステイアを思い出していた。そんな後ろ髪を引かれる場所ではないというのに、妙に気になってしまうのは『オンネリネン』の活動が活発だったからだ。
 その活動をよく目にするようになった発端は幻想での奴隷騒動からだろうか。あの一件を経て、やや下火になったオンネリネンは今も水面下で活動を続けているらしい。
「どこかで、竜が見られたらしい……です。ドラゴン、魔法生物、神様の、お遣い。
 ……そんなモノがいれば、そんなものがアレば、幸せだったの、かなって」
 呟くラヴィネイルにサントノーレは咥え煙草を携帯灰皿に押し遣ってから「ああー」と唸った。
「どうだろうな。救いの神なんざ、結局命が掛かる局面にゃ微笑まない。
 信じるのは自分と、信頼できる奴だけだろ?
 ラヴィちゃん、中層侵攻への見込みが立ったって言えばどうする。
 後もう少し調査をしておかなくちゃ話も進まないんだが……」
「調査って?」
「まずはフォルトーナの最終調査。次に、中層の協力者に成り得るヤツへの接触方法の再確認。
 その辺りは一週間もありゃなんとかなるだろう。後は『潜入する奴』の選定だ。ローレットなんかがいいと思うんだが、どうだい?」
 ラヴィネイルは頷いた。ローレットならばサントノーレの立案にも乗ってくれる可能性がある。
 早く、アドラステイアを壊さなくては。
 あの街は『アスピーダ・タラサ』と呼ばれた古き城壁都市を許に作られたディストピア。
 一度でも入れば、廃人になるか殺人鬼になるかだけ。
 平常な者は生きては行けぬあの場所を、早く、早く――
「気が急くのは分かるぜ? だが、クソッタレな街相手に失敗は許されねえ。念入りに、だ」
「……うん」

 何処かの空に竜が飛んだらしい。巨大な翼は地を煽り、爪先が山をも抉ったのだそうだ。
 御伽噺の竜の息吹一つであんな街、滅んでしまえば良いのに。
 ……そう思った『わたし』はあの街の残忍さに少し慣れてしまったのだろうか。

これまでの覇竜

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