PandoraPartyProject

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諦星十五年の夜明け

 ――終戦を知らせたのは、美しき蓮花であった

 蓮華の如く咲き誇りしは諦星の帝都を照らす瑞兆。電脳世界の神逐は滞りなく終えたと云えよう。
 倒れ伏した者達も紛い物であった禍ツ神『豊底比売』の呪縛をも打ち払い目を覚ます。
 民達は『加護の地』と火乃宮 恵瑠が張った結界より市中に戻る頃であろうか。

 高天大社にて、呪縛より解き放たれた神使の前で霞帝は頭を下げる。
「一国の主とあろう者が頭を下げるべきではありませぬ」
 天香 長胤の静止の声など聞く余地もなく『霞帝』は、この国の主たる男は額を地へと付ける。
「此度は我ら神咒曙光の光を打ち払い、均衡を取り戻してくれた事に感謝をする。
 目も眩むほどの光に我らは呑まれていたのだろう。貴殿等の尽力のお陰である」
 それは心からの言葉であったのだろう。彼は四神の加護厚き者だ。尤も影響を受けた存在でもあろう。
 彼が望む望まないにしてもその心が呑まれていたのは真実。彼は国家救済の恩を深く神使へと告げる。
 主の姿を見遣り、長胤を始め八扇の長達も続き頭を垂れる。
 英雄、救世主――否、その様な言葉は似合わぬか。彼らは『解放者』だ。
 侵略者と誹られようとも、この国を救った異なる存在。異界より使わされた者達。
『Dangerous』陽炎(p3x007949)に付き添われてやってきたのは今園 章、霞帝の姪御である。
「章、よくぞ無事で」
「わたくしも、亭主も無事にございます。
 ……豊底比売は最後に我らにご加護を与えた給うたのでございましょうか」
「加護を――?」
 命を賭した戦場であれども、死することは無かったという。其れは豊底比売による『母の愛』。その様なところだけ、この国を我が子のように慈しんでいたというのならば随分と不器用な神ではあるまいか。
『心を手にして』Siki(p3x000229)と手を繋いでいた滝倉の神子、はおずおずと霞帝を見遣る。
 恵瑠に気遣われ、黄泉津瑞神の懐にもたれかかっていた火乃宮 明瑠『『恵』の守護者』ハウメア(p3x001981)を振り返り、決意したように立ち上がる。
「織、明瑠、……恵瑠。此処に。
 貴殿等もよくぞ無事で。神の威光を頂き急速に発展したこの国も一度は歩みを止めるときが来たようだ。
 だが、もう一度歩み出すその時に、貴殿等の力を貸して欲しい」
「主上のお心のままに……いえ、私は恵瑠と共にこの国をよりよく発展させて参ります」
「私もでございます。主上。
 姉と――明瑠を救ってくださった神使の力添えがあればこの国を更に善くしてゆけることでしょう」
 頷く火ノ宮の娘に霞帝は頷いた。そうして――Sikiの手を強く握りしめたのは織。豊底比売をその身に降ろす神子『だったもの』だ。
「私は……私は一度は神をこの身に降ろしました。戦犯と呼ばれても仕方がありません。
 ですが、『この心』が共に歩みたいと、望んでいるのです。
 幼い頃から神の声を聞く事を望まれて育んで頂いたご恩を裏切るかの如き行いをしても……。
 尚、私は……私は、望んで良いと教えて貰ったのです。どうか、私も共に――」
 声を荒げん勢いでそう言った織の身を、黄龍は抱き締める。
「よく頑張った」と背を撫でる優しい手のひらに織の瞳は潤み、まるで幼子のように涙が漏れた。
 呪縛の解けたこの国は此よりゆっくりとした時の流れで過ごしてゆく事になるだろう。

 ――クエストクリアの文字がこの場所が虚構のものであることを忘れる無かれと無情に嗤っている。

 霞帝に耳打ちをした長胤が悔しげな顔で俯いた。
 和やかな空気がぴん、と張り詰めたのは長胤の妻、蛍に寄り添われて霞帝の前へと参じた青年の姿を誰もが認識したからであろう。
 天香遮那。
 彼の傍らで寄り添う姉は何事かを覚悟したような面差しである。
 ――此度の戦、真実はどうあれど、民草の中では『朝敵・天香遮那が巻き起こした』物であると認識されているのだ。
 蛍は「遮那」と彼を抱き締めた。「よくぞ生きて」と伝える声音が震えている。沙汰は、分りきっている。
『この場の誰がそうではないと告げようと民の不安を拭い、戦を真の意味で終わらせるための人身御供』――それは霞帝ではならぬ。巫女の誰でもならぬ。発端となった『朝敵』だけだ。
 蛍に背を押されて、遮那はゆっくりと霞帝の前へと傅いた。

「……久しいな、遮那よ」
「主上。無礼を承知で申し上げましょう。……『正気』は何時ぶりかと胸を撫で下ろした所でございます」
「はは、確かに。長い夢を見ていたようだった。
 ……大義であったな、遮那よ。だが――」
 霞帝は口を噤む。促された長胤は「遮那」と義弟の名を呼んだ。その身に血の繋がりが無くとも我が子のように慈しんだ青年を見遣る長胤のかんばせはぐしゃりと歪んでいる。
「義兄上、覚悟は決まっておりまする」
「そう申すからには、分って居るのだろう」
「最初から承知の上。この身は朝敵でしかありませんでしょう。
 市井の者が『神の狂信』等という言葉は信じませぬ。
 此度の戦に民草を巻込んだ首謀者は私に他なりませぬ。
 ……よって、この首、主上に差し出したくこの場に馳せ参じました」
 遮那の強き声音に長胤は押し黙った。僅かなりでも助命をと霞帝に嘆願しようとした己が馬鹿らしくなったからだ。
 静かに涙を流す蛍の肩を抱き、長胤は遮那より離れるように促した。
 膝をついた青年は自身の腰に下げていた刀を差し出した。
「まずは、此方を」
 ――『妖刀廻姫』
 霞帝が手にする対なる鞘。霞帝は手を伸ばす。本来ならば合わさることのないそれらに力を添えたのは黄泉津の神霊達か。
 剣と鞘に纏わる因縁の糸が解けてゆく。淡き光は蓮華の花を咲かせ、静かに散った。
 霞帝は背後を振り返った。『無幻』は何も言葉になどしない。だが、霞帝にとって彼女は家族の――娘のようなものだ。本心で何を望んでいるのかは、知っているつもりだった。
 ゆっくりとその刀を鞘へと納める。かちり、と音が立てば顕現した廻姫は霞帝へと傅いて。
「我が主よ」
 それは廻姫の所有権が霞帝に渡った事を証明している。
「―――――ッ」
 霞帝の背後に立っていた『無幻』が目を見開いた。本来ならばあり得なかった事が、起っている。
 どれ程までに焦がれようとも結ばれること無かった絆。反発し合った己等の運命が形を変えた。
「廻姫、鞘の……『俺の娘』の名を、呼んでくれないか」
 乞うた男の声に、廻姫――ヴェルグリーズは彼女の名を呼んだ。

「――Muguet」
「ヴェルグリーズ様、」
 貴方様が呼んで笑ってくれるまで、終えられなかった物語。
 解けることの無かった因縁の絲。邂逅せれど敵同士。
 されどその因縁が、解き放たれたように対は一へと転ずる。
 膝をついた乙女に手を差し伸べれば、その指先がするりと重なった。
 涙を流す鞘の娘に、剣は――廻姫は目を伏せる。

「……貴方様ならば、この刀と鞘を必ずや一つにしてくださると信じておりました」
「言い残す事はもう無いか」
「我が儘を申し上げます。私の内通者であった者達は丁重に扱って下さりませ。
 義妹は義兄上達にお任せすれば良き未来も歩めましょう。
 最後に、私の婚約者ですが――私亡き後、困らぬように……」
 そこまで言葉を重ねた遮那の首筋にひたり、と廻姫が宛がわれる。

「霞帝……ッ!」

 無礼が何だ。柵も立場も何もかも関係は無く、足を縺れさせた朝顔が飛び出した。
 長政達、八扇の役人によって、直ぐにその身は取り押さえられる。
「……どうぞ、ひと思いに」
 遮那は目を伏せた。霞帝はじい、と遮那の頭を見下ろしている。
 随分と背も伸びた。初めて出会った頃は幼子のように「かすみさま」と辿々しく呼んでくれていた彼も――もう、国家が為と首を差し出す覚悟をも出来る齢か。
 霞帝は唇を噛みしめる。
 蛍が目を覆い、長胤は彼女を抱き締めた。長胤の側には義妹・瑠々が佇んでいる。
「遮那様ッ! いや――!」
 振り下ろされた刃は――

 宙を切った。長く伸ばしていた遮那の髪一房が地へと落ちる。
 何が起ったのかと分からぬ儘に遮那は呆然とその場に佇んだ。
「――聞け、皆の者よ! 『天香遮那』は此処に死した。
 今、此の霞帝の前に在る男はただの遮那である!

 ……遮那、只の男よ。この国にお前の居場所は最早在るまい。
 晴明に命じ、沖に船を準備させている。……航海にコンテュールという家が在る。其方を頼れ」
 潜めた声音に遮那は目を見開いた。
 霞帝は最初から、予見していたのか。己が首を差し出すことも、何もかも。
 どうして、と言いたげな青年に霞帝は目を合わせて、肩を叩く。

「……すまぬな。遮那よ。どうか、達者で生きてくれ――」

 ※神異の戦況報告が届いています――!!

 帝都星読キネマ譚『エピローグ』

これまでの再現性東京 / R.O.O

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