PandoraPartyProject
帝都星読キネマ譚:別れえぬ因縁
帝都――暁暗に紛れ、一人の男が路地へと降り立った。
背に感じる複数の視線は『暦』のものであろう。
東雲色の空色さえ窺い知れぬ路地で青年、天香 遮那は息を吐く。
「天子ともあろうものが、何時まで然うして居る心算で?」
物音と共に路地に人影が増える。予想よりも早く辿られたが、許容の範囲内だ。
この明け方、罠とも知りながらこの場へと姿を現さなければ、彼らは柊遊郭へと攻め入った事であろう。
小金井正純と隠岐奈朝顔を伽羅太夫の元へと避難させたが、それも直ぐに張り巡らされた捜査網により露見したのだ。
わざわざ伽羅太夫の元へと明朝の逢瀬を求める文を寄越す程に、性急さを見せているのは如何したことか。
「……真逆、隠密まで使い此方の足取りを探った理由が顔が見たかっただけとは言いますまい? 霞帝」
遮那が問いかければ、影より姿を見せたのは『霞帝』今園 賀澄であった。その背後には顕現した封魔星穹鞘『無幻』が立っている。
民草にも気さくに話しかける風変わりな天子ではあったが、護衛も少なく市井に姿を現すなど今までに有り得もしなかった。
だが、それは遮那とて同じか。鹿ノ子が眠っている内に彼女を置いて居所より抜け出し、身一つで『恋文』に応えに来たのだから。
「息災だな、遮那よ。さて……言わずとも分かって居ようが周囲には隠密が潜んで居る」
「そのようですね。『暦』もこの様な曙より仕事とは疲労も蓄積しておりますでしょう。
頭領殿の奥方もさぞ、疲弊する彼らには心を痛めておられるのでは?」
霞帝の肩が僅かに揺れる。今園 章――彼が姪御をどれ程大切にしているのかは御所に勤めるものなら耳にしたこともある。
遮那は天香家の者だ。当主たる長胤の義弟であり、彼とも親交を深めてきた。故に、その言葉がどれ程に賀澄の神経を逆撫でするのかは知っていた。
「……さて、本題に入るか、遮那よ。
貴様の愚策がどれ程に民草を惑わせ、神使をも弄んで居るかを理解しておるのか?」
睨め付ける賀澄の背後から一歩、踏み出したのは『無幻』
霊銀鐘の煌めきをその髪一筋にまで乗せた娘は遮那の背後へと厳しい視線を送っていた。
彼の背後には『妖刀廻姫』が立っている。主君の命を待ち、無幻に目もくれやしないで。
「貴様が言葉巧みに柊遊郭や天香の者達を動かした事は耳にして居る。
この『神咒曙光』での事は守護の柱なる神霊達が耳を欹て、目を光らせ、全てを識っているのだ。
分かって居るだろう? この国は神霊と共に育つ。其れ等の機嫌を損ね、剰え禍津日神かの如く扱うとは!」
言葉の端々より感じられる苛立ちに遮那は彼が『冷静ではない』のだと感じていた。
元より四神の加護を強く受けていた霞帝は侵食の速度が速かった。彼の忠臣達もそれに習うように身を落とす。
予想外であったのは義兄の影響の受けやすさであったが……彼は此方に直接的には手は下さないだろう。
「遮那よ」
――故に、この場での『障害』は。
「廻姫を抜け。知っておるだろう? 『無幻』と『廻姫』は縁ある存在。
俺と貴様が手にしたのも偶然ではなかったのだろう。斯うして刃を交える事になろうとは」
腰に差していた刀を勢いよく抜き去った霞帝が遮那の元へと飛び付いた。風切り音と共に、男の背後に存在した闇が眩む。
衝撃を廻姫で受け止めた遮那は勢いよく天へと飛び立った。
翼があるだけ、此方の方が上手か。だが、霞帝が地を踏みしめると共に無数の剣が地より生える。
流れるような仕草で刀を宙へと放り投げた霞帝は「遮那!」と鋭く叫んだ。
「降伏せよ!」
「……出来ませぬ」
宙より、遮那が飛来する。手にした廻姫を振り下ろし――それは『無幻』へと叩きつけられた。
「……ヴェルグリーズ様」
「"Muguet"……」
射干玉の髪の青年の声に、狐面の娘は唇を噛んだ。
いつの日も、斯うして逢瀬を重ねるのは戦場であった。主君が死ぬまで戦い続け、そしてまた別たれる。
『対』が出会ってしまったからには運命と云うものはそうできている。
この国を担いし賢帝、今園 賀澄か。次代を担う天香家の青年、天香 遮那か。
そのどちらかの命潰えるまで、戦い続けることになるのだ。
――刹那、賀澄の動きがぴたりと止まる。無幻は目を伏せ、直ぐに膝を付く。
「『何と嘆かわしい――我が子よ、どうかその怒りを静めなさい』」
天より、光が差した。旭日よりも目映く、地を覆い尽くさんばかりの鮮やかなる光。声音を届けたのはまだ幼さを残した娘か。
「……滝倉の神子!?」
遮那は目を剥いた。路地の向こう、目映い光を纏っていたのは滝倉の神子・織である。その背後には火乃宮 明瑠が彼女に傅いていた。
「『黄龍の加護を持つ者よ、その愚かなる子は我が手にて侵食(く)ろうてやりましょう――』」
豊底比売。それが降臨したというのか。
鮮やかすぎる光を受け、遮那は直ぐさまに後退する。周囲には『暦』が。眼前には賀澄と無幻が。
退路はどこか――遮那は隙を探る。直ぐにでも撤退せねばあの『禍津日神』は此方を侵食する心算なのだ。
影が、落ちた。
「酷いっスよ、遮那さん」
それは少女の声であった。天より飛来した娘より発される深き『夜』の気配が周囲を覆い隠す。
曼珠沙華が咲き誇るかの幻想を見た刹那。遮那は鹿ノ子ごと、その場から姿を消した――
これまでの再現性東京 / R.O.O
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