PandoraPartyProject

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影作る陽光

「――さて」
 練達は『実践の塔』の自身の研究室で佐伯 操は嘆息した。R.O.Oを観測するために設置したモニターでは『神咒曙光(ヒイズル)』の様子が出力されている。
 モニターに齧り付いている月ヶ瀬 庚が頭を抱えている様子など言葉に出来ない。
「暑いですね。練達は四季に至るまでをマザーが管理をしていると聞いていたのですが……」
 ミネラルウォーターに口を付けた庚の額にはうっすらと汗が滲んでいた。冷却シートを額に張り詰めていた操は「仕方ない」と呟く。
 R.O.O3.0へのアップデートを経て、マザーが与えた影響は彼女の能力に頼り切っていたこともあり天災レベルと言っても差し支えはなかった。
 首都セフィロトでは冷暖房の管理から電気系統の管理まで至るところまでマザーが中心となっていたのだ。彼女に大きく影響を及ぼした以上、心地よく過ごすのは難しい。
「窓も電動式でね、停電状態の今では予備電源を無駄遣いするのも難しい」
「式神に発電機構を回せと指示しましょうか? まあ、それでも、事足りるほどにはならないか……」
 狭苦しい部屋に二人で顔を付き合わせているのは事情があった。
 希望ヶ浜の澄原 晴陽音呂木 ひよのの両名から緊急連絡メッセージが届けられ、ヒイズルでは霞帝が天香 遮那との直接対決を行ったと言うのだ。
 再現性東京では『災害』に見舞われたかのように停電が相次ぎ、電力遅延にネットワーク障害等大きくライフラインを脅かしているらしい。
 日常を脅かされたことで恐慌状態に陥った者達は再現性東京のみではない。セフィロトでも多く出ていた。彼らの不安が希望ヶ浜では夜妖の動きを増長させている。
 つまり――『希望ヶ浜』と同一になろうとしているヒイズル側でも夜妖の動きが活発になってきているのだ。
「観測しているだけでも状況は悪化していますね。主上……いえ、朝廷側は遮那殿を取り逃がしたならば次の動きを見せるでしょう。
 何より、豊底比売が神子に『神降ろし』をしているとならば、事態はもっと急変すると思った方が良い」
「ああ。此方の『システム解析』が終わるまで時を稼いで欲しいとは『アチラ』にも伝えてはいたが――間に合うか間に合わないかさえ分からないな」
 操が苦々しく吐き出したシステム解析の言葉に庚は頷いた。
 突如として一部のイレギュラーズのログアウトが不可能となったという情報は練達上層部にも電撃を奔らせた。
 各自が行動を開始しているが操は専ら『介入コード』を見つける事に専念している。政治的な部分は自身やマッドハッターが出っ張るよりカスパールに任せて置くのが吉だろう。
「ドクターは何方へ行かれたんですか?」
「ああ、彼も彼で調査中だ。以前、『名前のない少女』と『ピエロの青年』のNPCが発見されていた。
 彼らならば悪辣なるゲームマスターを辿る事が出来るかも知れない。其方からアプローチをかけ、何としてもログアウト不能になった者達を救出したい、のだが」
 声音が徐々に小さくなる。隈が深く刻まれたかんばせは疲労の色が滲んでいる。
 救出したい、が、事態はそう簡単ではないと云うことだろう。
 ヒイズル側が性急に事を運び出したのは此方のこうした動きを牽制する目的もあるのかも知れない。先の戦いで更にそうしたログアウトが不能となる者が出る可能性もある。
 無機質なタイピング音のみが響いている室内で、モニターを凝視する操の横顔を庚はぼんやりと眺めた。
「……どうかなさいましたか? 実践の君」
「庚、今し方観測されたデータだ。希望ヶ浜にも連絡を取ってくれ。あちら側にも『影響』はあるだろう」
「ええ、承りました。して、探求の君はローレットオーナー殿と謁見の時間も近いんですか?」
「……ああ、ログアウト不能になった者たちに対しての対応を行わねばならないからな。私も『ログアウト不可能』に関して観測したデータを提出できるようにしておかなければ……」

「『分かりますね、子らよ。刃を握りなさい。我らが国を護るのです。
 このままでは、悪しき者共がこの国を崩壊へと導いてしまう。我らが愛しき地が死に絶えて行く様など我慢なりません』」
 朗々と響き渡るその声音に、幾人もが同意した。
「『決戦の月夜はあと少し――器より侵食(あふ)れる我らを受け入れる皿(ばしょ)の準備も整うことでしょう』」
 豊底比売。そう呼ばれた『真性怪異のかけら』の前で、黄泉津瑞神は傅いた。
「母よ、我らに道を示してくださいませ。決戦の月夜まで、この牙を研ぎ澄ませましょう」
 あと少し。
 あと少しすれば、『母の体』はこの地に完全に降りきるであろう。
 神子の体に降ろさずとも、顕現し『子』へと力を与え給うであろう。

 常闇をも祓う神をも咒え、曙光を求めんとする者へと祝福を――

これまでの再現性東京 / R.O.O

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