PandoraPartyProject

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夕闇通り猫神集会

 消灯する赤信号。ひよこの鳴き声を摸したブザー音がやむと同時に、信号は青へと変化した。とおりゃんせのブザー音にあわせるように、歩道に座っていた黒猫が腰を上げて横断歩道を歩き出す。
 器用に横断歩道の白い塗装ラインだけを歩いていくと、まったく同じラインを歩く者の足音に耳を動かした。
 歩きながら振り返る。
 と、黒猫の視界に入ったのはいかにも不吉な男だった。

 ――時は現代、混沌の夏。
 Rapid Origin Onlineで起きたバグはネクストという仮想世界を作り出し、その中であらゆる人々が生きて、生きて、生きていた。
 鋼鉄国では内乱がおきヴェルス派ザーバ派ガイウス派による激しい戦いが幕を開け、ヒイズルでは希望ヶ浜さながらの夜妖が現れほしよみキネマの予知によってこれを退治するクエストが広まっている。
 一方で竜の領域奥地では亜竜集落『フリアノン』が発見され、『亜竜姫』琉珂との邂逅を果たした。
 そのまた一方の混沌側ではタワーオブシュペルの第二層への攻略が開始され、ローレット内外から多くの期待が寄せられた。
 そんなさなかの……希望ヶ浜。

 希望ヶ浜地区。電柱と信号機とブロック塀のならぶ、現代日本に酷似した住宅街。
 電柱と塀の間を苦労して通り抜けた紫スーツの男――『希望ヶ浜学園校長』無名偲・無意式 (p3n000170)は胸についたほこりをはたき落としながら歩いて行く。
 まるで道案内でもするように前を歩く黒猫のあとについて、時にフェンスにあいた穴をとおり、時に路肩にしかれた白いラインを平均台をゆくように歩き、時に家と家の間にあるスキマを四つん這いになって通り抜け、渇いた土管の間を抜けた後に……ゆっくりと立ち上がる。
 そこは真夏にもかかわらず涼しく静かな、鳥居のたった寺だった。
 膝についた土をはらい、乱れた髪をくしで整え、胸ポケットにくしを戻すと本堂と呼ぶには随分と朽ちたその建物へと歩いて行く。
 神社と寺の要素が入り交じったこの建物には人の気配はなく、庭には雑草がびっしりとはえ、石畳もひどく歪んでいる。建物に至っては、目に見えて斜めに傾いていた。
 だがそれ以上に目を引くのは、石畳の上でごろんと転がる猫、猫、猫。
 そこは一見して、猫の集会場に見えた。
 無名偲がその中を、足の踏み場を選びながら進んでいくと……御堂の前にひときわ大きな猫がいた。猫はうっすらと、まるで人間のように片目だけを開いて、無名偲を見やる。
「なんじゃあ。ヒト臭いと思ったら、おぬしかあ――『なり損ない』よ」
「ああ、俺だ――『ななし神』よ」
 大ききくあくびをして、むくりと体をおこし、座る姿勢をとる大猫。
 猫の首には鈴のようなものが下がっているが、コロンという音が不思議と遅れて聞こえた。
 両手をズボンのポケットに入れ、わざとらしく周囲を見回す無名偲。
「随分廃れたようだな」
「まあ、こんなもんじゃよ。今時、わしに祈るものなどおらん。知るものすら、おぬしを入れても何人おるか」
 もういちどあくびをする大猫『ななし神』。無名偲は振り返り、路上に転がる猫たちを見た。
「その割には、大盛況のようだが?」
「かみさまをからかうもんじゃあない。それで――」
 むにゃむにゃとしてから、前足の位置を整える。
 対して、無名偲も踵をカツンつけるようにして背筋を伸ばした。
 猫が言う。
「何用か。あくま人間」

 日出神社から先に、異界が広がっていた。
 そんな情報は希望ヶ浜学園の特待生のみならず、希望ヶ浜地区を裏から支配する各組織たちを動かしていた。
 それもROOにおける研究員が取り込まれた事件(通称、佐伯製作所大量行方不明事件)の仮説として都市伝説的に『建国さん異世界迷子説』が広まったことによるものである。
「『常識』と『世界』」
 パチンと両手を合わせる無名偲。
「ヒトは自らの信じた常識の中に生きている。ヒトがヒトの形をしているのも、鳥居が鳥居の形をしているのも、認識世界に対しイデアが設定されたからに他ならない。そのイデアが大きく動けば、世界は形を変えるだろう。神社の先に異世界を開くこともありうる。『ここは現代日本だ』と自ら思い込んで暮らす者たちの、常識という歪んだ結界のなかではなおのこと、な」
「我々が肉体的に感覚している対象や世界とはあくまでイデアの似像にすぎないという――イデア論。なんじゃ、おぬしプラトンにかぶれたのか」
「俺は元からなににもかぶれちゃあいないさ。ことこの街は、常識という結界によって良くも悪くも支配されているという事実を説明したまでだ」
 合わせていた手を開くと、そこにはスマートフォンがあった。ディスプレイにはインターネット掲示板の様子がうつり、親指でスワイプすると高速でスクロールされていく。
「だが、今回の歪み方は異常だ。ひとつの仮説がここまで多く信じられることはそうない。根拠のない怪談話としてスナック菓子のように消費される筈が、そうはならなかった」
 掲示板には『連中は異世界に迷い込んだ』だの『異世界への行き方』だの『異世界に行ってみたい』だの『友達の友達は行ったことがある』だのと書き込まれ、まるで異世界とそのアクセス方法が確立しているといわんばかりの論調であった。
「『あーるおーおー』とやらに迷い込んで帰れなくなったのじゃろう? ある意味、的を射た仮説ではないか」
「それだけならいいんだが……この町では、信じた噂ほど顕現しやすい。夜妖がそうであるように、異世界への門も開いてしまった。実際に、何人かが迷い込んでしまったらしいな」
 画面をタップしてとめると、無名偲は『明日試してみる』という書き込みを大猫へと見せた。
「バランスをとるべきだとは、思わんか?」
「……」
 フウ、と息を突く大猫。後ろ足でくびをかくと、首にさげていた鈴を落とした。やはり音は遅れて聞こえる。
 黒猫のひとりがそれをくわえ、無名偲の足下で運んできた。
「もってゆけ。もう何人かは、余を信じるものがいてもよかろ」
 鈴の音はコロコロとなり、やがて音は鈴の動きに追いついていく。
 最後にチリンと正しく鳴ったと同時に――

 無名偲は、横断歩道前に立っていた。
 とおりゃんせのブザーがとまり、ひよこのブザーが鳴り始める。
 開いてみた手には、鈴がひとつ。
「この次は天ノ神に知恵の悪魔。地蔵主にも合っておかねば、か。
 希望ヶ浜において、人と怪異は両者共存。天秤が傾いたなら、平らに戻すまで……。この仕事も楽ではないな」
 どこか遠くで、鈴の音がする。

 ――希望ヶ浜にて異世界事件迷子が起きています

これまでの再現性東京 / R.O.O

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