PandoraPartyProject

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ヴァーリの裁決

 イレギュラーズがローレットに足を踏み入れると、カウンターの方には人集りが出来ていた。
 いつも騒がしいとはいえ、集まる仲間達は、どこか様子が違って見える者が多い。
「……ねえ、みんな。ちょっと来て。大変なことが起きてるみたいなの」
 一同を見回したアルテナ・フォルテ(p3n000007)も、いつもの朗らかさは息を潜め、声音だって硬い。

 幻想王国――レガド・イルシオン。その王都メフ・メフィートは、ある意味ではこの世界(無辜なる混沌)を代表する都市の一つである。異世界からやってきた、とある旅人(ウォーカー)に言わせれば、「中世から近世におけるヨーロッパを彷彿とさせる」ようで、もういくらか表現を丸めれば『ファンタジー』という言葉が相応しいだろう。多様な文化文明の『るつぼ』である混沌において、何よりもこの国の特別性を示す事柄がある。それが何かと言えば、幻想にはイレギュラーズ達『特異運命座標(イレギュラーズ)』の本拠地たるローレット本部が存在しており、イレギュラーズにとっては最もなじみ深い場所であるという点だろう。この国が、この都市こそが、『イレギュラーズにとってのホーム』なのだ。
 そんな昨今の幻想各地では、大量の奴隷が売られる裏市場が開催され、貴族や奴隷商人達が暗躍していた。
 アルテナを初めとするイレギュラーズはその情報を追っていたようだが、何か関係があるのだろうか。
 状況はわからないが、ともかく。
 いつものイレギュラーズは、ここローレットで『依頼人からのお願い』を情報屋から聞いて、その依頼を受諾するか否かを選択し、お仕事とする。大抵の依頼はモンスターや悪人を成敗する荒事であり、イレギュラーズが請け負う仕事の多くは、つまるところ『冒険者をやる事』だという訳だ。
 この日の依頼もまた例に漏れず、おおよそ『荒事』であると言える。
 ――けれどその詳細は、普段のお仕事とは大いに違っていた。

「幻想各地にね、魔物が大量に出現している」
 それだけならば普段と変わらない。イレギュラーズは、いつだって『そういう仕事』をしている。
 しかしローレットの情報屋『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、更なる言葉を続けた。
「あちこちの町が襲われていてね。その中には『キミらの領地』も含まれるんだ」
 去年、各国首脳が集うサミットが開催されてより、イレギュラーズは各地に領地を得ることとなった。そこが襲われるというのは、つまるところ『イレギュラーズ当人の身に、直接降りかかってきた危険』だと言い換えることも出来るだろう。
 だがこの世界には魔物や、あるいは盗賊といった危険が存在しており、イレギュラーズは人々を守るために、領土内の軍事力を以て外敵脅威に対応してきた。『これだけならば』、やはり普段とそう違いはない。
「分かるだろ。そんな訳だから、いくらか奇妙な事件――依頼だね。ともかくちょっとセンシティブな話に触れておきたいんだ。まずは、こっちに来てくれるかい? ああ、それとアルテナも」
「うん。イレギュラーズさん達も、みんな、ちょっと付いてきて」
 言葉を濁したショウの背を追い、イレギュラーズはローレットの奥へと歩みを進めるが――
 不意に振り返ったアルテナが、瑞々しい唇に人差し指を立てる。
「これはすごーく、内緒にしててね。私達イレギュラーズの仲間内だけでなら、喋ってもいいんだけど」

 ショウとアルテナが述べるには、『幻想王家のレガリア』が、一つ『盗まれた』という。
 レガリアというのは王権の象徴であり、王冠を初めとするいくらかの道具類のことである。その盗難事件となれば、ある種の人々――悪名高い幻想貴族達――にとって、『王権の綻び』さえ意味しかねない。ならば『利用したがるやつ(貴族)』は『ごまんといる』。たしかに極めて重要かつ、機密性の高い情報だ。センシティブな話とやらは、極めて残念ながら色気のある話題ではなかったらしい。
「だからおおっぴらになんて出来ない。けれどもちろん、一部の貴族達は嗅ぎつけているみたいだよ。それぞれの立場に応じて、アプローチだって違ってきている」
 内紛の絶えない幻想国内に燻る火種が、その火薬庫が、燃やされようとしているのか。
 政治的事情はともあれ、盗まれたのは建国王『勇者アイオン』の時代に彼が身に着けていたとされる物品の一つ――『角笛』であるらしい。なんでも勇者王の旅路を助けたアイテムの一つであり、彼に縁のあるものとして、死後もレガリアの一角に数えられているのだとか。
 その角笛は長年に渡り『古廟スラン・ロウ』に安置されていたそうだが――そのレガリアの反応の消失が噂されている。
「とにかく、これだって調査しなくちゃいけなくてね。それでこいつは、うん……幻想王家からの依頼だ」
 依頼主は、やはり王家と来たか。だが、きな臭い話は、まだまだある。
「それからね――ギストールの町が、魔物に滅ぼされた」
「――は?」
 あまりにあっさりとしたショウの物言いに、誰かが思わず声をあげた。ギストールというのはラサ方面への街道沿いの町であり、王都にほど近い位置にある小さな町だ。たしか、そこは――
「例の『古廟スラン・ロウ』に一番近い町なのさ」
 貴族と魔物、それからギストールの惨劇――またずいぶんと面倒な話になってきたものである。
「それも調査依頼が入ってきたんだけど――ごめんね。しんどい話は、まだ続くんだ」
 ――さすがにもういい加減、聞き疲れてきた訳だが。

 これもまた別件。神翼庭園ウィツィロとは、伝説の飛空島アーカーシュから欠け落ちたと伝承される土地である。古代神翼獣ハイペリオンが眠る地とされ、現在は観光地のような扱いになっている。だが、つい今し方入ってきた情報によると、そこから魔物があふれ出してきたというのだ。
 面倒事は一体いくつあるのだろう。もはや数えることすら億劫に思える。
「これは現地のイレギュラーズに、どうにかしてもらえるように、依頼の形でこれから手配するよ」
 なるほど。謎は多いが、少し繋がってきた。
「そう。『湧き出した大量の魔物』が、『なぜか』『なんらかの意思の元』『キミらの領地を襲っている』
 つまりね。狙われているのは、幻想王家のみならず――キミら『イレギュラーズ』でもあるってことだ」

 ――イレギュラーズが攻撃されていると。情報屋は述べた。
 何者かが、理由さえ定かでないままに、イレギュラーズの鼻っ柱を、訳も分からないままに、突然殴りつけてきた状況だという訳だ。
 この国を、世界全体に対して、命を賭けて救済するイレギュラーズに対して――
 老いも若きも、富める者も、貧しき者も。皆が等しく尊ぶイレギュラーズに対して――
 他ならぬイレギュラーズに対して。
 誰かが、敵が。ある日突然、たった今、殴りかかってきた。
 そうだとすれば、捨て置けるはずがない。
 だって普通に嫌だろう。そんなこと。

「少なくとも、オレは事態をそう読んでる。まだ確証らしいものは、一切合切なんにもないんだけどね」
 ベテランの敏腕情報屋が、なんだか怖いことを言ってくれるものだ。
 徐々に入り始めた情報によると、領土が襲われているのは、別にイレギュラーズだけではない。だがショウは、そこから何らかの共通点を見つけ出そうとしている。情報屋の勘で、何か『におう』のだそうだ。
 それからアルテナの一件、『奴隷市の追跡』とやらは、どう関わってくるのだろうか。
「んー……。まだ分からないんだけど。ううん、なんだか『立て続けの事件だな』って思っただけ」
「そうだね。点と点は、まだ何も繋がっていない。そのあたりはオレが調べておくよ」
 頷いたショウは「関連する依頼書を読んでおいてほしい」と続けた。

「それでまあ、こうやってキミら全員に内緒話を伝えているんだよ……」
 今『全員に』と申したのではないか、この情報屋は。
 イレギュラーズ全体はおろか、幻想に領地を構える者だけを抜き出したとしても、どれほど多いか。
 当人、家族、恋人、友人、仲間、知人、それから領民やその家族達、そしてその更に縁者達――
 利害関係者と呼べる括りを全て数えるならば、果たしてどれほどの人数に及ぶのだろう。
 そんな内緒話を、伝えるとするならば。
 話の分かる者達――仲間全員(みんな)をターゲットとするのは、ひどく大変(めんどう)だ。
 そりゃ、ずいぶんと難儀なことで。ショウの疲れた声も頷けようというもの。
 第一そんな人数を相手に、内緒にしたところで、漏れないはずがない。
 秘密にしたところで、所詮は『今だけ』に違いないが、それでもあえて急を要するということか。
「……キミも手伝ってくれるかい?」

 ――けれどそんな、ショウのぼやきも。
 きっと、これから起ころうとしている事に比べれば、なんてことはないのだろうと。
 なぜだか――ふと、そんな予感がしたのだ。

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