PandoraPartyProject

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金平糖の夢

金平糖の夢

 辺りを白く小さな粒が覆っていた。
 秋の夜、亥の刻頃に注いだ雹である。

 ここ豊穣郷『神威神楽』の大地は、未曾有の危機に瀕していた。
 事の始まり。滅海竜を鎮めこの地へ到った神使――この国ではイレギュラーズをこう呼ぶ――達は、首都である高天京にて傭兵のような仕事を請け負っていた。
 この国『神威神楽』に慣れるため、実績を積み上げるため――理屈は様々であったが、この国の権力者達七扇と中務省は、少なくとも表向きは神使達を歓迎したのである。
 だがこの国には大きな問題があった。
 最高統治者である霞帝が、こんこんと眠り続けていたのである。
 さらには恐るべきことに、京の中枢には魔種が巣くっているのだ。魔を打倒すべき使命を背負う神使にとっても、また彼等の身元引受人となっている中務卿建葉晴明にとっても、それは看過しがたい事実だった。
 さりとて魔が殿上を支配している以上、この地で活動するに面従腹背は必至である。
 なんといっても魔の中心は天下人たる巫女姫と、大政大臣である天香長胤その人なのだから。
 中務省と、それを率いる晴明が八扇を離脱した(故に七扇となっている)理由は、斯様な事情も含まれるという訳だ。
 事情とはそれだけではないが、ここでは置いておこう。
 ともかく重要なのは、魔の勢力が国を闇に堕とす大呪を策謀したという点だ。
 此岸ノ辺の巫女が邪な策謀を察知し――そして神使と魔によるお為ごかしに過ぎぬ友好が決裂したのは、謂わば初めから約束された結末であったという事になる。
 戦いは互いが互いの本拠地に攻め入り、防衛しあうという二正面状態となった。
 そして結果を大局だけで評価するならば、両者痛み分けといった風情ではあった。
 だがいくつか重大な結果がもたらされている。
 一つは吉報。神使が霞帝の目覚める切っ掛けを勝ち得た事である。
 もう一つは凶報。数名の神使――つまり仲間が囚われ自凝島へ流刑となったのである。
 目覚めた霞帝と神使達は刻一刻と近づく決戦を前に、仲間を助ける為、そして決戦への重要な布石として、神威神楽に眠る四神――即ち『青龍』『朱雀』『白虎』『玄武』、それから中央に座す『黄龍(麒麟)』の力を借りる戦いへと赴いた。
 こうして神使が己の使命に勤しむ中で、しかし魔もまた蠢いているのだった。

 ――かつて仁経寺と呼ばれたこの廃寺は、高天京の御所からちょうど丑寅の方角に位置している。
 雹を大股に踏みしめる男は、苔むし崩れた灯籠の前で立ち止まると、抱えたズタ袋を地へ落とした。
「それで最後になりましょうか、忠継殿。……ふふ」
 朽ちた御堂の中から何者かの嗤い声が聞こえる。
 男とも女ともつかず、音色ばかりは流麗だが、されど闇を煮詰めたような淀みを孕む声であった。
「使い走りもこれで仕舞いだ。契約を違えれば――渾べて斬る」
 有無を許さぬ態度で座り込んだ男の名を、楠 忠継(くすのき ただつぐ)と云った。
 この国――神威神楽を治める大政大臣『天香長胤』の忠臣であり、神使にとっては魔種、即ち不倶戴天なる必滅の敵である。
「おお、おそろしい。確かに違えませぬとも。
 己はこれより早速、霊長蠱毒の儀を執り行いましょうや」
 答えた闇の名を、忌拿家卑踏と呼ぶ。雑面に狩衣を纏うが、正体は人ならざる強大な妖であった。
「今の出来映え、加減をご笑覧なさるか」
「否、結構。興味はない」
 卑踏の誘いに短く言い捨てた忠継は抜刀すると、ズタ袋を切り裂いた。
 転がり出たのは少年だ。身なりはいかにも貧しい。目も口も固く閉じたまま、蒼白な身体を震わせている。
 忠継は少年の襟首を掴むと、そのまま御堂の中へと放り込んだ。
「小僧よ。天下泰平の礎としてやろう。そこで戦い、死ね」

 咳き込んだ少年が薄目を開けると――そこは地獄であった。
 目を爛々と輝かせた獄人の老婆が、小さな刃物で死体から肉を削いで食っている。死体は角が生えた子供であった。おそらく獄人だ。
 金切り声をあげて刃物で斬りかかった獄人の女へ、両目両腕を失った獄人の男が、何事かを叫びながら蹴り返し――少年が恐怖に歯を震わせると、彼等は一斉に振り向いた。
 無数の目線から逃れるように、少年は尻餅をついたまま後ずさる。
 だが背が何かに触れた感触と共に灼熱が爆ぜ、吹き飛ばされた少年は倒れ伏した。結界が阻んだのだ。
「無間無明の壺は逃れるに能わず。
 貴殿等はここで互いに殺し合い、奪い合い、喰らい合うのであります。
 修羅となり、畜生へ堕ち、毒蟲となり果て、やがて合一へと到るまで……ふふ」
 囚われているのは、老いや病に冒された者、そして身体の弱い子供等、いずれも弱者であった。
 飲食物の一切を与えられず、ただここへ放り込まれた。
 至る所に魔紋が刻まれ、負の思念が練り上げられている。
 結界の張り巡らされた御堂から、弱者が逃れる術はない。
 人々は初めは話し合い、徒党を組んで反抗し、幾度も脱出を試みながら、みるみる弱っていった。
 それから一週間を待たずして、最初の一人が死んだ。肺を煩った少女だ。
 誰もが少女の死を悼み、祈り、泣き叫び、やがて徐々に腐敗してゆく少女の身体を、誰かが口にし――
 蠱毒とは、毒蟲共を互いに食わせ合わせ、最後の一匹を材料とした呪術である。
 霊長蠱毒とは人と人とを殺し合わせ紡ぎ上げる呪術であるというわけだ。
 ここに集められた無数の人々が、その材料となっている。
 既に失われた命は、少なくとも数十を下るまい。
 飢えた者達が殺し合い、膨れ上がった憎悪と絶望を、勝者が食み繋いで行く事で効力を高める。
 最後に残った一匹を戦場へ解き放ち、生きとし生けるものを喰らわせる事を狙いとしている。
 そこからは、やがてこの国を飲み込むまで連鎖が続いてくれれば良い。
 仮にどこかで阻まれたとしても、ある程度の効力が現れてくれれば、世の天地が返る――
「生も死も、勝者となる機会共いずれにも開かれる。これを平等と云わずしてなんとしましょう」

「最、悪……私が望んだ、ものは、こんな、じゃ、ない」
 苦しげに呻いたのは、そそぎであった。
 そそぎは獄人の一人として、獄人が生まれながらに差別される世を呪っている。
 姉であるつづりと共に、神威神楽に満ちる穢れを背負う中で、彼女は穢れの正体に気付き始めていた。
 それはおそらく、連綿と続く獄人の嘆きや苦しみから生じたものだったのだ。
 そそぎには政が分からない。幼い彼女に、国家大道を導く苦しみなど理解できようはずもない。
 霞帝が獄人を取り立て、いささか性急すぎる改革を推し進め、多くの痛みが生じていることを知らない。
 八百万の長たる天香長胤が、それでも霞帝と手をとり、世のために努力していたことも知らない。
 まつろわぬ獄人達の反抗が、彼等自身の立場を殊更に悪化させていたとしても、知ったことではない。
 獄人個人に焦点を当てるのであれば、どうであろう。たとえばこの場に居る忠継を例に取るならば、その立場が悪いとも、暮らしぶりが貧しいとも、誰にも言えまい。
 それでもそそぎにとって、その目に映り続けていたものは、貧しい獄人達の嘆きと苦しみであった。
 少なくとも、そそぎの周りに居た多くの獄人は、素朴で善良な人々だった。
 皆貧しいながら、懸命に働き、汗と涙と、時に血さえ流していた。
 衣類はつぎはぎを縫い、飯ならば雑穀と根菜を混ぜた物すら、腹一杯に食える者は多くない。
 けれどそんな彼等獄人達が、京で優雅に暮らす八百万達からいわれもなく蔑まれていたことも知っている。
 何より穢れを背負って苦しんでいるのは姉つづりと、自分自身なのである。
 だから甘言を囁いたカラカサや卑踏の手をとったのだ。神威神楽の天地を返すのだ、と。
 嫌いなものを、立ち塞がるものを全てねじ伏せ、姉つづりと一緒に地獄から抜け出すのだ。
 けれどすでに、そんな金平糖のように甘い夢は粉々に砕けてしまっていた。
 そそぎは完全に思い知らされていた。己が甘かったのだ。莫迦だったのだ。余りに浅はかだったのだ。
 それでも過日の戦いの中で、姉や神使達は愚かな己に手を差し伸べてくれた
 だからそそぎも神使達の手を心から握りたいと思った。願った。助けてほしかった。
 ――無論、中途での離脱は許されなかった。
 彼女を蝕む複製肉腫と、こびりついた卑踏の意思が邪魔をしたのである。
 ここからも逃げ出したいが――実際に幾度か試みもしたが――、卑踏が纏う淀みに阻まれ叶わない。
「それよりも当代巫女殿、どうか悪いことは申し上げぬ故、何か口にされたほうがよろしい」
「食え。毒は無い。ただの握り飯だ」
「いら、ない!」
 卑踏の言葉に、忠継は竹の葉に包んだものを渡そうとするが、そそぎは払いのける。
 ほどけた握り飯が縁側に転がった。
 御堂の中の者達が、這いずりながら一斉に近づき、結界に弾かれてうめき声をあげた。
「娘、米を粗末にするものではない。何も食っていないではないか。そのままでは身体に触る」
「実に困りものでありますな」
「いらない、いらない……!」
 米が大切なことなんて、身を以て知っている。巫女と云えど豊かに暮らしていたわけではない。
 それでもいらないものは、いらないのだ!
「――っ!」
 大声で何事か叫んだそそぎは、握り飯を鷲掴みにすると、御堂の中へと怒り任せに投げ込んだ。
 板の間に散乱した米へ、人々は餓鬼のように群がり奪い合いを始める。
 殴り合い、蹴り合い、そそぎの頬へ赤い雫が飛んだ。
「なんで、どうして……こんな、こと、したかったんじゃ、ない……」
 膨れ上がる憎悪と痛みと、胸を刺す悲しみに耐えながら、そそぎは拳を握りしめる。
 忠継はそんなそそぎの様子を、どこか興味深げに眺めていた。
 そそぎは複製肉腫を貼り付けられ、さらには神威神楽を覆う穢れを一身に集めている状態だ。
 目の前では地獄も広がっており、巫女とは云えどただの少女が、どだい正気を保てるはずがない。
 それでもそそぎは辛うじて意識を保ったまま、霊長蠱毒の依代となることへ抗い続けていた。
 神使や姉との繋がりが心の支えだとするならば、それらを完全には断ち切れなかったのが要因であろう。
 いっそ酒や毒物で意識を失わせれば良いとは提案したが、それは卑踏が首を縦に振らなかった。
 おそらくなにか術的な要所に差し障るのであろう。忠継はそういった所へは興味がなかった。
「一時の哀れみは、時により大きな苦しみをもたらす。巫女の娘よ、とくと覚えておけ」

 実のところ、忠継と卑踏の目的はまるで異なる。
 忠継はやがて来る決戦へ向け、あくまで天香への忠を貫く構えであった。
 この霊長蠱毒と呼ばれるおぞましい儀式の犠牲者として、社会的な弱者を選んだのは忠継である。卑踏にとっては誰でもよかった。
 あくまで忠継の目的は、天下分け目の決戦における勝者に天香家を含むことが狙いであり、最も勝たせたいのは長の長胤と義弟遮那の両名だ。次点で長胤一人。その後に――だいぶ開くが――遮那個人となる。
 誰が勝つにせよ、しばし世は乱れようから、物のついでに『弱者を間引く』心算があった。
 犠牲とするならば、忠継から見て『役に立たぬ者』が望ましい。これは『善い事』である。
 忠継は一人一人を独善的に選別し、『不要な命』と決め込んだ者を、ここへと運び込んでいた訳だ。
 対する卑踏の目的は、世を平らとすることである。少なくとも口では人類平等の美辞麗句を唱えているが、このように凄惨な呪術を声音一つ変えることなく操る以上、手段も真意も知れたものではない。
 つまり忠継の願いは国家の継続で、卑踏は世を挽き潰すこと。最終的な利害は全く一致しない。
 故に両者は互いの目的のために、利用しあっているだけなのである。
 それでも今のところ決裂させる意味はなく、少なくともこの決戦では同陣営となるだろう。
 いずれにせよ、彼等の敵は共通して『神使』なのである。

「これにて御免仕る」
 一礼して去って行く忠継を尻目に、そそぎは横たわったまま、縁側に散らばる白い粒を口へと含む。
 冷たく埃っぽい雹のかけらは、金平糖と違ってまるで甘みなど感じられはしなかった。


*カムイグラで魔が蠢いています……


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*カムイグラ全体シナリオ『<傾月の京>』で発生した捕虜判定は此方で確認できます。
*カムイグラの一角で死牡丹 梅泉の目撃情報が発生しています――

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