PandoraPartyProject
General Patrick
北の大地の風は早くも秋めいており、首元がなんだか心許ない。
この国には、パトリック・アネルという男が居た。
鉄帝国軍特務機関の大佐であり、要するに諜報員(スパイ)である。
物理的な力で勝敗を決する気風の帝国内において、小ずるい手段で他人を出し抜くタイプのパトリックは、すこぶる評判が悪かった。公的には『殉職した』とされ、ささやかな葬儀の後に、この丘へ眠っている。
「オマエの様な奴がいた方が、世界は案外面白いと思えたのだがな」
「最後には、己を信じてくれていたらと信じるっす」
ウォリア(p3p001789)とレッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)が墓石に語りかける。
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は脱いだ帽子を胸に押し抱き、瞳を閉じる。おそらく無理矢理引っ張ってこられたキドー(p3p000244)は、どこかふてくされて見えるが、その横では伊達 千尋(p3p007569)が意外にもダークスーツに黒ネクタイの出で立ちで、静かに両手を合わせていた。
「千尋くん」
「いやいやいや、そういうのマジでナシの方向でおなしゃす」
殉職したパトリック大佐は、鉄帝国の将軍として埋葬されている。
けれどアーリア・スピリッツ(p3p004400)を見つめるタイム(p3p007854)は疑問にも思うのだ。
「地位とか強さとか、そんなもので人の価値は決まるものじゃないのに、どうしてこんな簡単なことわからないのかな……。ねえ、アーリアさん」
「そうねぇ、男の人っていくつになっても浪漫を夢見て、子供みたいで――馬鹿なのよ」
「ヴェルスさんは、パトリックさんの事を買ってたんじゃないかな」
喪服に身を包んだサクラ(p3p005004)が、スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)を振り返る。
「……?」
「だからパトリックさんの事をイレギュラーズに任せっきりでなく、鉄帝国軍人でもあるエッダさんに作戦指揮を任せたんじゃないかなって。だって自分の気に入ってる人が誰かに倒されるなら、それは自分か、自分が信頼してる人が良いじゃない?」
「あ、サクラちゃん」
二人は、喪服を着て子供を一人連れた夫人に道を譲った。
夫人は墓前に花を供えると、静かに祈り始める。
そしていくらかの時間が経った後、ぽつりと話始めた。
「こんなに沢山の方に来て頂けて、夫は果報者ですね……」
イレギュラーズは気付いた。
この人こそが、アネル夫人なのだと。
手を繋ぐ小さな子は、妙にきょとんとした表情でお墓を眺めている。
少年か少女かも分からぬ年齢であり、おそらくだが『死という概念』を、まだ理解していない。
「……この人ったら、夢も叶ってしまって」
コンスタンツと名乗った夫人が、訥々と話始める。きっと言葉にせねばいられなくて、けれど聞かせる相手も居らず、ひどく俯いたまま、まるで独り言のように呟いていた。
プロポーズの言葉は「いつかうんと偉い将軍になるんだ」だったそうだ。色気もへったくれもないが、夫人はその時に『支えてやろう』と思ったらしい。なんだか危なっかしい人だと感じたからだ。
「将軍になって、スパイに強い国にするんだって」
パトリックは政治や軍事に疎い夫人へ向かって、こんこんと語って聞かせたそうだ。
鉄帝国が南部戦線で勝ちきれないのは、諜報活動が弱いからに違いないのだと。
幻想王国はラサ商人へ関税をふっかけ、帝国への小麦供給を妨げているに違いないと。
商人達は税を支払い安全な街道を利用するか、危険な山脈を伝うことを余儀なくされる。
スパイを強くして、そういった事に打ち勝つのだと胸を張ったようだ。
彼の主張が正しいのかも、何を言っているのかも、夫人には良く分からなかった。
けれど一つだけ分かったのは、彼が鉄帝国が慢性的に抱える食料問題へ一石を投じたいという信念をもっていたということ。その時、瞳を輝かせて得意げに鼻を膨らませながら、よりにもよって愛を伝えるべき時に、そんな事を語ってしまうパトリックを、妙に『可愛い』と感じたのだという。
「特務って、悪いことも沢山するんでしょう? 報いなんだわ」
俯いたまま、そんな風に続けてしまうものだから、エッダ・フロールリジ(p3p006270)は言ってやった。
「パトリック将軍は、立派に戦われたであります」
「そう……なら、良かった」
微笑みながら言葉を震わせる夫人の頬が、とめどない雫に濡れていた。
「奥方様、こちらを……」
小金井・正純(p3p008000)が手渡したのは、小さなブローチだ。
その中には夫人と子の写真が納められていた。
「ありがとう、ございます……ほんとに、あの人ったら」
夫人は「家になんか帰ってきやしないくせに」と続ける。
最近送られたのは、シレンツィオ(高級リゾート)への旅行チケットが二枚だったそうだ。
どうせ自分は来ないつもりなのだろうから「子供と私だけでどうしろって言うのかしら」なんて。
おどけて見せる夫人の笑顔が痛々しく、胸の奥底をかきむしった。
特進したパトリックは、今や将軍になっている。
鉄帝国における諜報活動というものは、一定の評価を得たに違いない。
それにアーカーシュは狭いながらも穀物の栽培に適すると思われ、食糧問題に良い影響を与えるだろう。
イレギュラーズがアーカーシュを踏破し、一体の憤怒の魔種を打ち破ったことで、墓の下に眠るパトリックもまた自身の夢へ向けて、一歩前進出来たのだった。