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幾星霜
登場人物一覧
これは特異運命座標たちが世界を救ってからずぅっと後の話。幾星霜の季節を、年を過ぎて。
――けれど
その日、否、その時。たまたまアレクシア・アトリー・アバークロンビー (p3p004630)は家でのんびり過ごしていた。
しかし不意に彼女の長耳がぴくりと揺れる。本の文字を追うように落ちていた視線が上がって窓へ、それから玄関扉へと。
「アレクシア! アレクシア!! アレクシアー!!」
まだ扉へ至ってもいないのに聞こえてくる声にアレクシアは破顔した。その勢いに反してやや控えめなノックに扉を開ければ、満面の笑みがアレクシアの眼前に広がる。
「来ましたわよ、アレクシア! 楽しい
「ヴァレーリア君! それにルル家君も来てくれたんだね!」
「来たというか連れてこられたというか! えっもしかしてお土産って拙者のことですか!?」
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ (p3p001837)の小脇に抱えられた夢見 ルル家 (p3p000016)がぎょっとする。
ルル家がヴァレーリヤに捕まったのは本当の本当に偶然であった。趣味と実益を兼ねた放浪は気ままで、次は何処へ行こうか、深緑の地へ顔を出したのちに海洋の海を渡って豊穣まで足を伸ばすのも悪くないと思っていたところである。
――そう、ヴァレーリヤにさえ見つからなければ。
『あら、いいところに!』
『はっ!? ヴァレーリヤ殿!? いやちょっなんですかどこへ』
『行きますわよルル家! 舌を嚙まないよう気を付けなさいな!』
『まず話をきいてくださいいいいぃぃぃぃ!!!!!』
まさか問答無用で抱えられた先がアレクシアの元とは思いもしなかった。アンダーグラウンド的な場所へ放り込まれるかもしれないくらいは考えたので、若干の肩透かしはある。
「最初から『アレクシア殿のところに遊びに行く』って言えばついてきましたのに! 拙者もそのつもりだったんですよ! それを無理やり連れ去ろうとするなんて!!」
「あら? そういえば言っていませんでしたわね。これからお花見をしますの、ねえアレクシア!」
「うん! ちょうどばっちりのタイミング! ルル家君も一緒にどうかな?」
ヴァレーリヤの小脇から落とされたルル家は立ち上がりながら小さく咳ばらいをする。
しかして、大切な友人たちに誘われて断る理由などないとも。
「……ヴァレーリヤ殿、お酒は程々ですよ」
「善処しますわ」
「絶対善処する気のないやつじゃないですか!!」
ルル家とヴァレーリヤがやいのやいのと言い合って、アレクシアがくすくすと笑う。そんな賑やかな雰囲気のままにアレクシアはこの先だよと中へ2人を促した。
「アレクシア、昔からこのお花が好きではありませんこと? なんだか温かいお花ですわよね」
「そうなの、よく覚えてるね? ここにお家を用意してもらったのも、お花がキレイだからなんだ」
ふわりと甘く香る梔子にヴァレーリヤは目を細める。温かくて、優しい香りのする花はまるでアレクシアそのものであるかのようだ。
「確かにこの花は温かな感じがしますね。拙者、あまり花については詳しくないのですが……」
「これは『喜びを運ぶ』っていう花言葉があるんだよ」
アレクシアが梔子の花弁に触れる。他にも素敵な花言葉が沢山あったはずだが、一番心に残ったのはその言葉だ。
毎日この花を見るたびに、胸の内へ問いかける。私はこの花のように喜びを運べる存在になれているだろうか、と。
「私もそうありたいなって思ったんだ。だから花言葉を知ってもっと好きになったんだよね」
「アレクシア殿にピッタリですね! アレクシア殿といれば楽しく嬉しいですから!」
「いいこと言うじゃありませんの!」
笑いかけるルル家にがしっとヴァレーリヤが腕を回す。思わずたたらを踏んだルル家は持っていたジュースの瓶を落とさないように握りしめた。
「そういえば3人で依頼に参加した時のこと、2人は覚えているかしら?」
「3人で……あー、ありましたね」
弁当を広げるヴァレーリヤの言葉にジュースを注いでいたルル家が思い出す。アレクシアもうん、と目を細めて頷いた。
こうしていると沢山の懐かしいことを思い出す。楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、悔しいことも。
アレクシアが小さな部屋から飛び出して、美しき空中庭園へと召喚されてから今まで――本当に、沢山の出来事があった。
「……いやでも、ルル家君とヴァレーリヤ君が揃ってるとどっちかっていうとドタバタしてたような気もするけれど」
「ルル家、もっと落ち着いて頂けます?」
「どの口が言ってるんですか!?」
どう考えても落ち着くべきはヴァレーリヤのはずなのにルル家が窘められている。これは一体。
積もる思い出を語りながら話すこの雰囲気さえも懐かしくて、一同は弁当もそこそこに酒瓶の中身を減らしていく。とはいっても、減らしているのは概ねヴァレーリヤだったが。
「ヴァレーリヤ殿、お酒は程々ですよ。言っておきましたよね?」
「なんですのルル家、これは私が持って来たお酒ですのよ!」
酒瓶を取られることを危惧したか、すっくとヴァレーリヤが立つ。……が、ぐらりとその体が揺れてよろめいた。酒瓶も落とさなければヴァレーリヤが尻餅をつくようなこともなかったが、へらへらと笑う様は――酔っている。アレクシアとルル家はちらりと目くばせした。
「なに2人で意味深なアイコンタクトしてますの!? ずるいですわー!」
「ヴァレーリヤ殿が立ち上がったからですが!? ほら座って座って」
ルル家に手招きされ、アレクシアが優しくヴァレーリヤの肩へ手を添えて着席を促す。すとんと座ったヴァレーリヤは手酌で――最初はラッパ飲みしようとしていたがルル家が止めた――酒を注いだ。
「もうっ、私の持って来た酒を私がいくら飲んでも自由ではありませんの! まだカバンにもありますわよ」
「駄目に決まってるでしょう! というか、あのカバンが重そうだったのは酒瓶が入っているからですか……」
ルル家の呆れた言葉を聞きながら、そっとアレクシアは片隅に置かれたカバンへ視線を向ける。置く時になにやら重そうな音がしていたが、まさかあの中身は全て酒瓶だろうか。
ヴァレーリヤのことだ、1本や2本ではあるまい。問えばヴァレーリヤのことだ、酒を勧めてくるに違いない――。
「仕方ありませんわね。ちゃあんと私のお酒を飲んでくれるのであれば、それで良しとしますわ。ねえ、アレクシア?」
――前言撤回。話を振らずとも勧められた。
「私はお酒ダメだから、ルル家君お願いね!」
「拙者ぁ!?」
目を剥いたルル家。ごめんねとアレクシアは苦笑いしているし、ヴァレーリヤは早くカップを差し出さなければ口に酒瓶を突っ込んできそうな気迫であった。
(うっ……ここで拒否してアレクシア殿の家が破壊されるよりは……!)
ぎゅっと目をつむったルル家。脳裏には
以前――ヴァレーリヤを好き放題呑ませた結果、それはもうすごい吞まれっぷりでルル家の家を破壊したのである。なんならビア・バジリカで飲んだ時だって店は爆発したしぼったくりバー「かげろう」だってひどい有様にした。なんなら後者はルル家がまだ未成年の時に連れていかれた。どうして。
何はともあれ、アレクシアに頼まれたならば断われるはずもない。すでに死にそうな顔をしたルル家がカップを差し出せば、ヴァレーリヤは嬉々としてボトルを
「待ってください拙者も程々がいいです! もう無理ってなったら絶対飲みませんよ! 聞いてます!?」
「ええ、ちゃあんと聞いていましてよ。どんなに入れても全部飲んでくれるんですのよね?」
「もう溢れる! 溢れますって!!」
「あはは、2人ともほどほどにね、ほどほどに!」
酒瓶とカップで乾杯。アレクシアが2人に
「――ねえ、ルル家、アレクシア」
沢山食べて、沢山飲んで。ぐでんぐでんになるほどに楽しんだヴァレーリヤはとろんとした目を開けて2人を見る。
「なんです、もうお酒はヴァレーリヤ殿が持っているそれきりですよ」
「もう……またこうやって集まりましょうねって言おうとしただけじゃありませんの」
唇を尖らせるヴァレーリヤは、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
時間は永遠ではない。個々に残された時間もまた、永遠ではない。誰から先に逝くだろうか。けれどおそらくはアレクシアが最後だろうと思っている。
精霊へと完全に変じてしまえば、嘗ての友を見送り、その家族を見送って。ファルカウと寄り添いながら生きていくことになるだろう。
だが、まだ今ではないから、アレクシアは努めて明るい声を出す。
「うん、また集まりましょ! 今度はどこがいいかな?」
「うちに招待しますよ。桜の木を植えておきましょうか」
桜が花をつけるまでには10年くらいかかるという。それくらいなら待てる範囲であるし、もう何に追われることもない時代が来たのだ、少しぐらいゆっくりしたってバチはあたるものか。
「じゃあその間にも何処か行けそう――ですけれど」
「けれど?」
「まずはこの酒を飲み切ってもらいますわ、ルル家!」
「拙者ですか!? やめてください、ここでラッパ飲みはしませんよ!」
賑やかな2人にアレクシアはくすりと笑った。
嗚呼、行ける限りは何処へだっていこう。それこそ大聖堂の者に怒られたって――幾星霜の限りある時間を、友人たちといつまでも過ごそう。
おまけSS『クチナシ』
賑やかさもようやく収まって、甘い香りに弁当やら酒やらの美味しい匂いが混じっている。
すん、と鼻を効かせたアレクシアは先ほどまでを思い出して小さくはにかんだ。
(楽しかったなあ)
また次も、その次も。できることならギリギリまで。こうやって友人たちと過ごしていけたら良い。
何となく梔子の花を見上げたアレクシアはぱちりと目を瞬かせた。
「あ、」
思い出して、気が付いて。なんとも心がくすぐったくなる。
『アレクシア殿にピッタリですね!』
(うん、今の私にはぴったりかも)
梔子が持つ花言葉はいくつかある。そのうちのひとつは。
――