PandoraPartyProject

シナリオ詳細

秋永理一という男

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●秋永理一という男・過去
 父上は料理が得意で、きれい好きで、情が深かった。
 だけれど、今にして思えば、自分へ注がれたそれは愛情と呼ぶには少々重くなかっただろうか?
 冬越 弾正(p3p007105)はふとそんなことを考える。父を思う時、かすかに胸が痛む。ある日突然、行方をくらました父を思う時。回顧の原因は、何でもないことで、手の中にある飴玉。アーマデル・アル・アマル(p3p008599)から、食え、と渡されたのは、包装紙に包まれた駄菓子の王様。ころりと口へ含むと、なつかしい味が広がる。
 父上は飴が好きだった。よく砂糖を煮詰めて自分でも作っていたし、それを俺と弟にもわけてくれた。おはじきみたいなきれいな飴を作るのが、とても上手だった。あのちょっといびつな楕円状の、口の中でからころ鳴るお菓子。父上手作りのものばかり食べていたから、練達で暮らし始めた時、パッケージのそっけなさに驚いたおぼえがある。
 幼い頃、弾正(まだその時は秋永久秀と名乗っていた)は聞いたことがある。
「父上、父上はどうして飴を作るんだ?」
「大人になったらわかるよ」
 父上はそういって檸檬味の飴をくれた。俺はそれをからころと舐めながら、暮れていく夕日をながめていた。静かだった。ふしぎと鳥の鳴き声も聞こえなかった。
「父上」
「なんだい、久秀」
「父上のまわりは、どうして静かなんだ?」
「大人になったらわかるよ」
 今にして思えば、父上もまた、一族内での序列は低かった。穢れの黒交じるとされ、陰口を叩かれていた。秋永一の弓取りとまで呼ばれたのに、会合では常に下座の、隅の方に座っていた。俺がちょっとしたいたずらで座敷牢に放り込まれた時、監視の目をくぐり抜けて食事を差し入れてくれたのも父上だった。保護者としてたっぷり叱られて、嫌味も言われただろうに、俺へ見せる顔はあくまでおだやかできれいだった。
「父上」
「どうしたんだい、久秀」
「父上はどうして俺へ優しくしてくれるんだ? みんな俺なんかいなくなればいいのにって言ってるんだ、知ってるんだ」
「そんなことはない、絶対に。絶対にだ」
 一瞬だけ、父上はひどくきつい顔をした。瞳が炎をはらんで、こわいくらいだった。
「父上、父上はどうして、俺を大事にしてくれるんだ?」
「それはな久秀。大人になったらわかるよ」
 俺が大人になるすこし前、父上はふいと消えた。

●秋永理一という男・現在
「弾正殿!」
 常山でたまにはカジキマグロ以外も食べたいよなあ。ホタテとか。結局海産物かい。という話を茶をしばきながらだらだらと一族の者と話していた弾正は、突然走ってきた『葛刃九席』柳生達郎の報告に驚いた。
 常山北方に膠窈(セバストス)が現れたのだという。肉種が呼び声を受けて以上進化した個体だ。その強さは、魔種に匹敵する。
「状況は?」
 弾正はあえて落ち着いた声を出した。こういうとき、あせってはよくない。周りが不安がる。不安は火種となって、思いもよらないところで燃え上がる。いまや秋永一族を率いる身となった弾正にはよくわかっていた。
「すでに住民に被害が出ており、集落が一つ、複製肉種に変えられたでござる」
「数は?」
「25は居ようかと」
「そうか……よく知らせてくれた」
 黙って聞いていたアーマデルが弾正を見やる。
「まだ複製肉種は定着しきっていないだろう。いまなら、まだ」
「アーマデルのいうとおりだ。集落の人々は助ける。希望は捨てない。俺はそんな男じゃない」
 達郎は申し訳無さそうに顔を伏せた。
「……じつは、もうひとつお耳にいれたいことが」
「なんだ?」
 達郎は言いにくそうに顔をしかめた。泥だんごでも口に突っ込まれたみたいだった。
 膠窈は、弾正殿のお父上、秋永理一と思われます。

●秋永理一という男・遭遇
 美しい夕暮れだ。影が長く伸びている。弾正とアーマデル、そしてあなたは、景色へは目もくれず、先を急いだ。
 視界の向こうに破壊された藁葺き屋根の家が見えた。生木のしらじらしさが、夕暮れのせいでよけいに目立った。あなたは複製肉種を視認した。うぞうぞと、目的なくうごめくいびつな影。よく見れば人間の体に、バスケットボールほどの瘤がいくつも浮き出ており、それには目や、口や、鼻が、乱雑に配置されていた。複製肉種本体でまちがいない。
 あなたは地を蹴るスピードをあげた。そして、とつぜん気づいた。音が、聞こえない。
 無音。まったくの。鼓動すら聞こえない無音。
 とまどうあなたの視界へ、その男が姿を表した。
「……久秀」
 父上、とでも呼んだのだろうか。弾正の口元が動く。とまどうように。
「ひさしぶりだね、久秀。大人になって。いい男になって。父さんはうれしいとも」
 秋永理一は、弓を鳴らした。きぃんと耳鳴りがして、無音がさらに分厚くなる。
「みんなで幸せに、暮らすはずだったのに。そこのどこの馬の骨とも分からないよそ者が、邪魔をした」
 理一がアーマデルを睨みつける。
「かわいい長頼が死んだのは、おまえのせいだ。許さないよ、許すものか」
 暴風の如き苛烈な視線でアーマデルをにらみつけたかとおもうと、彼はすぐにもとの静かなおだやかさを取り戻し、うれしげに弾正を見つめた。
「答え合わせをしよう。久秀。檸檬味の飴は、どういう意味だったか。いまならわかるね、久秀? 父さんは信じているよ」

GMコメント

おまたせしましたー!
ご指名ありがとうございます。みどりです!
こいつは100%ヤンデレ(初見の感想)。

音の聞こえない戦場内で、連携を取りつつ理一を撃退しましょう。

やること
1)秋永理一の撃退
2)常山の民25人の救出

●エネミー
秋永理一 弾正さんのパパさん
 膠窈。ざっくりいうと魔種なみに強い肉種。呼び声もある程度発します。今回は常に弾正さんへ呼び声をしかけており、皆さんの相手は常山の民にまかせるようです。現時点での戦闘能力は不明ですが、弓を扱うことから遠距離が得意と思われます。雑音を何より嫌うからか、戦場は無音に包まれています。

複製肉種 常山の民 25体
 理一によって肉種に感染してしまった常山(弾正さんの領地)の民です。全身のあちこちにバスケットボール上の肉塊をぶらさげています。これが複製肉種本体で、不殺、あるいは、肉塊のみを狙った攻撃(命中に中程度のペナルティ)をもって倒すことで正気に戻せます。

●戦場
 常山北部 集落
 破壊された藁葺き屋根の小屋がいくつか寄り集まっている広場です。小屋は障害物として使えますが、破壊できちゃうので建物ごと理一から狙われないよう、注意してください。
 無音です。すべての「音」がキャンセルされます。魔法は使えるのでご安心ください。

●弾正さんのハンドアウト
 あなたは理一から呼び声による反転および、肉種化攻撃を受けるでしょう。音はキャンセルされるので、歌うことはできません。説得もできません。理一はすでに理性を失っており、あなたの返答など、どうでもいいのです。

●友軍NPC 『葛刃九席』柳生 達郎
 愛刀「削丸」を使用する物理近接アタッカーです。不殺はもっていません。彼は理一が弾正さんの父であることを知っており、倒していいものかどうか悩んでいます。複製肉種のほうにいくでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 秋永理一という男完了
  • ハイテレパスが輝くかもしれない
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月21日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)
ロクデナシ車椅子探偵
冬越 弾正(p3p007105)
終音
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ

『玉響』レイン・レイン(p3p010586)がまばたきをした。
(音……聞こえない……。怖い様な……落ち着く様な……不思議な感覚……)
 静寂の中にあっても、肉体には音が満ちている。心臓の鼓動、骨のきしみ、喉を通り過ぎる空気の音。それすらない、まったくの無音。
(まるで……音を恐れているかのような……)
 レインは理一を見やった。その男はひたむきに、異様なほどの一途さでもって、『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)を見つめていた。
「迎えにくるのが、遅くなって本当にごめんよ。父さんは昔から、どうにも、間が悪いことが多くて……」
 理一が残念そうに頭を振る。
「もっともうすこしはやく、この力を制御できていたら、長頼も母さんも、誰も欠けることなくここへ立てていたのに」
 伏せた瞳に、涙が光っている。
「すまないね、久秀。ほんとうにすまない」
 対する弾正は歯を食いしばっている。なにかを伝えたくて、なのにこの沈黙から押しつぶされている。弾正の口元が動いた。
(イーゼラー様!)
 拳を握り込み、額へ当てる。下からのぞく素顔からは、苦悩が隠してきれていない。
(何故俺にばかり試練をお与えになるのですか! 嫌だ。長頼を失って、その上で父上まで手にかけろだなんて)
 俺にはできない。
 弾正が慟哭した。絶対の沈黙の中、それは一人芝居のようにもみえる。理一は悲しげな顔を弾正へ向けたまま、身じろぎもしない。
(攻撃を入れるなら、あの人が弾正さんへ執心してるうちかな……)
『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)はそう思案した。
(……どうしてそうなったかをボクは知らないから。何も言えないし届かないだろうけど、言えるとしたら一つだけ)
 帳は強い光を大きな瞳へ宿す。
(無理解の執着は悲しみしか生まないよ)
 そう、理一は、すでに弾正の意志など関係ない所で動いている。弾正が泣こうが、わめこうが、全力で異を唱えようが、まるでだだをこねる子どもを相手するかのように苦笑して、そして、連れ去ってしまうだろう。
 そんなことはさせてなるものかと、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は蛇剣をかまえた。
 アーマデルにとって、弾正は唯一無二だ。弾正にとって、アーマデルがそうであるように。ふたりは不可分で、共に歩んできた足跡のぶんだけ、お互いの気持がわかる。それに。いかに父親といえど、セバストスになってしまった存在へいとしい人を預けるような真似は、断じてお断りだ。
(よじれた縁の糸、断ち切るためなら俺は運命の奇跡を願ったっていい)
 アーマデルは顎を引き、姿勢を低くした。いつでも飛びかかれるよう、じりじりと距離を詰めていく。
『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)は、練達式戦闘車椅子壱型に座ったまま黙考した。
(複製肉種となった村落の人々は、ふらふらと歩き回っているだけで、特に統率も取れていない。理一を守る様子もないし、こちらへ向かってくる気配もない。)
 どうも妙だな、と彼女はひじかけに頬杖をついた。
(ひとつ考えてみよう。この静寂。弾正からの返答を阻むために存在しているのでは? 理一はおそらく、どんな返答がくるかを『既に知っている』。)
 だとしたら。シャルロッテは車椅子を操作し、弾正の後方へつけた。そこからは理一の端正な顔立ちがよく見える。
(まだわからないことの多い男だけど、壊滅的に狂っている、これは間違いない。もっとも心配すべきは……)
 自分の欲望が叶うならば、弾正の生死を問わない可能性があるということだ。
 推理が正しければ、返答を封じるためだけに音を殺す男だ。弾正本人の意志も、たやすく踏み潰したとておかしくはない。
(危険な戦いになりそうだ、おもに弾正が。強く心を持ってくれよ。)
 ふむ、とそのモノもまた、理一を『視た』。低い声で笑う。いつものヒヒという笑い声は沈黙でかき消されてしまうけれど、ソレがもつ超越的存在感は消せもしない。
(音蜘蛛の旦那のチチオヤが膠窈になってるとはね。しかも随分と……ぐちゃぐちゃと『賑やかな』モノを抱えていること)
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が視たのは、怨念。後悔、悲嘆、べったりと膿色の諦念。ずいぶんと汚らしいことだと、武器商人はまた小さく笑った。する、と、武器商人はなよやかな手をのべる。おいで、と誘うように揺り動かせば、複製肉種となった常山の民たちが目の色を変えて襲いかかってくる。やられたのだ。食われたのだ。恐怖という感情を呼び起こされたのだ。生物としての本能へ、強烈に、直接に、訴えかけてくるそのモノの姿はいっそかよわいと言ってよい。けれど、破滅へといざなう。網にかかった獲物らを。襲いかかる常山の人々は、けれど、どこか、親へ甘え抱える子のように見えはしないか。わらわらと寄り集まるその様子は。
 背後から、『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)がハイテレパスで問いかける。
『……いいか?』
『かまやしないよ、ナイトボートの旦那』
『巻き込まないとわかっていても、味方をスコープに入れるのは……』
 すこしばかり後味が悪いな。
 ウェールは鋭い牙を噛み合わせて、狼札を空中へ投げ出す。まるで見えない壁へ張り付くかのように札は静止し、光が弾けてガトリングへ変わった。引き金を引きながら砲身を揺らす。。空薬莢が次々と飛び出し、弾丸が射出されていく。しろがねのしぐれに撃たれて、巨大な肉塊が沸き立つようにうごめく。巨大な口は唾液でぬらりと濡れた歯をむき出しにし、潰れた目玉からどす黒い血が噴出する。
(死なせない。今日の俺は、複製肉種のみを必殺する生物兵器だ!)
 胸に抱くはいつかの日々。過去はウェールの痛みであり、同時にここへ立つ意味でもある。一見無造作に見える弾丸のばらまき。だが、鉛玉はたしかに肉塊だけを狙い、潰していく。
『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は、すこしばかりあきれた。
(……ほんとうにあの理一って男は、民など眼中にないんだな)
 黒い血があふれだし、地面を汚していく。バタバタと倒れていく民。すべては無言であり、現実感がなくて、無声映画でもみているかのようだ。錬からしてそうだったのだから、理一はもっとそうなのかもしれない。
(視野狭窄にもほどがあるだろ)
 あの男は、どうでもいい。なにもかもが。どうでもいい。弾正以外のすべてが。それに気づいた錬は、背筋が寒くなるのを感じた。
(やれやれ)
 符呪を展開し、顔を伏せる。あえてまぶたを閉じたのは精神を集中させ、思考を切り替えるため。
(家庭の事情に首を突っ込むつもりはないが、民を肉種にするならそれはイレギュラーズとして止めなければな)
 顔をあげる。もう迷いはない。錬は大地から絡繰兵を呼び出し、己が盾とする。場は整った。
(何が雑音かなんて人によるし、そもそも聞き分けるつもりもないのだろうな。他人の声なんてどうでもいいと、全く頑ななことだ!)
 五枚の符を取り出し、空へ投げ上げる。まるで折り紙みたいに、符はぱたぱたと折れていき、紙飛行機の編隊となって理一へ向かっていく。
(五行相剋、金剋木!)
 高速の金属片が理一へと迫る。理一はうっとおしそうに顔をあげ、攻撃を一撃残らず撃ち落とした。
(なんという命中精度)
 錬は理一の評価を変えた。より、悪い方へと。
 どことなく気の弱そうな見た目に反して、あの威力、あの命中精度。矢をつがえたと思ったら、次の瞬間、符は撃墜されていた。それはつまり。
(周辺の警戒は怠っていない、ということか。ならば!)
 絡繰兵を従え、錬はうってでる。


『達郎』
『弾正殿』
 某は、某は……。苦渋に満ちた達郎の思いが流れ込んでくるのを、弾正は受け止めた。
『達郎は俺の最高の側近だ』
『弾正殿……』
『だからこそ、俺は秋永一族の頭首として命じる』
 研ぎ澄ませた視線で、達郎を見つめ、弾正は口に出して、はっきりと命じた。
「『無理はするな。必ず生き延びろ』」
 大きくうなずいた達郎は、昏倒した常山の民を抱えあげ、戦場外へと去っていく。この沈黙から、そして呼び声から逃すためには、そうするよりほかはない。達郎にとっても、民にとっても。けれど。
「だめだよ、久秀。父さんを見ていてくれないと。……昔からそうだったね、久秀は気ままで、自由で、父さんは苦労させられたものさ」
 理一が弓の弦を鳴らした。不可視の矢が走り、建物が砕け散る。達郎の上へ瓦礫が降り注いでいく。
(達郎!)
 弾正が走り出そうとしたときだった。
 瓦礫が、消えていく。まるで滝が途中から干上がるかのように。
「……邪魔はしないでほしかったな」
 理一がつぶやいた。無音の戦場で、それは違和感すら伴って響く。崩壊した建物の向こうに、傘をさした後ろ姿が見える。瓦礫はすべて、その傘に触れる前に砕け散ったのだとわかった。その証拠に、あれだけの崩落に巻き込まれたにも関わらず、傘は無傷だし、あたりに散らばっているのは砂礫ばかりだ。民を抱きかかえたまま、うずくまっている達郎の肩へ、励ますようにレインが手を置いている。あわい燐光は、癒やしの力だろう。
『助かった、レイン殿』
 レインは色素の薄いオッドアイを弾正へ向けた。
『……僕は……命を奪うよりも……助けるほうが……好きなんだよ……』
 ねえ、理一、と、レインは思念を理一へ送った。
『……気に食わないからって……なんでも殺せばいいと……思っているの……?』
「僕はね、久秀と話がしたいだけなんだよ。なのにさっきから君たちが邪魔をするから、僕は少々いらだっている」
『話をするって……こんなふうに……?』
「そうだよ」
『嘘だね……』
 静かにゆっくりと、レインは断言した。
『自分の欲望を……押し付けているだけだろ……』
 理一の眉がかすかに寄った。不愉快そうに。
『そういうのって……よくないと思うな……』
『海月のコの言うとおりさ』
 優しいと言ってもいい、思念が混じりこんだ。ふりむけば武器商人が、眠たげなほどとろりとした瞳で理一を見据えている。紫紺の瞳に、戦いを前にしたもの独特の緊張感はない。常に泰然、あらゆるときに悠然。悠久と手を取り合って歩くそのモノにとって、ありとあらゆることは、些末な事象だ。だからこそ、武器商人は手を抜かない。流れ行く時を、けして無駄にはしたくないから。
『チチオヤ。ずいぶんとその単語から離れたところに、キミの愛はあるようだ。狂ったがゆえに逃避したのか、逃避したがゆえに狂ったのか。どっちでもいいし、どうでもいいことさァ。けどね、キミが音蜘蛛の旦那を連れて行くってんなら……』
「そうするつもりなら?」
『こうだよ』
 大地がひび割れていく。ひび割れの中央から、巨人の拳が突き出す。拳はいたわるようにやさしく、青い乙女を抱いている。乙女は沈鬱な表情のまま、理一を視界に捉えた。
"火を熾せ、エイリス"。
 乙女が顔を覆う。はらはらとこぼれ落ちるは青い涙、それが炎となって見えない導火線を伝い、理一へ襲いかかる。
「どうして親子水入らずで過ごさせてくれないのかな。僕がなにかしたのかい?」
 青い炎へ、赤い矢じりが突き刺さり、霧散させる。けれども武器商人の余裕の表情は崩れない。
『キミみたいに自分の見たいものばかり見ているとね、足元をすくわれるんだよ』
 横合いから殴りつけられた理一が吹っ飛ぶ。空中でなんとか姿勢を立て直し、どうにか着地した。
「陰陽師め」
 いまいましげにつぶやく理一へ、死角から攻撃を入れた錬がにいと笑った。錬が理一へ不意打ちを入れることができたのは、シャルロッテの指揮を頼みにしたのも大きい。遊撃手として戦場を移動する錬へ、最も洗練された、効果的な道筋を示したのがシャルロッテだった。当の本人は、両手を顔の前で組み、理一を注視している。
 ぱらぱらと錬は符をまく。符が、弾正の姿へ変じていく。
(ただの幻影だが。さて、どうでる?)
 理一がくしゃりと顔をしかめた。いまにも泣き出しそうな顔で、弓を持つ手をだらりと下げる。
(あ、これは、危ない。)
 いち早く危険を察知したシャルロッテは、上空を見上げた。ウェールの飛ばした鴉を中継点に、ハイテレパスの情報網を借りる。
『総員、全力防御!』
 帳が身を固くし、ウェールは新たな狼札を懐から抜き出す。
 空気がたわんだ。
 すさまじい衝撃が荒れ狂い、激痛が弾ける。うめきはない、悲鳴もない。すべて無音の静寂が飲み込んでいく。シャルロッテは血反吐を吐きながら、天使へ助力を頼む。空から舞い降りるはかろやかな白い羽根。触れたところから痛みがやわらいでいく。
(ヒーラーとは慣れない役割なのだがね、確かに軍師としては出来なくてはならない役割だ。)
 車椅子で戦場を走り回り、癒やしを届けていく。
 錬もまた、己へ回復を施しながら立つ。そして見た。空中へ静止し、放たれる時を待っている何本もの矢を。まるで透明な弓手が隊列を組んでいるかのようだ。
(こいつ、こんなに手数があったのか)
 矢の一本一本が、仲間の急所を狙っている。当たりどころが悪ければ、致命傷にもなりかねない。錬は慎重に無数の矢と対峙した。
 武器商人は自分を狙う矢を『視て』、ひんやりした敵意を見て取った。
(あれはすこし、嫌な感じがするね)
 だがそれ以上に。武器商人は視線を移す。
『蛇巫女殿。音蜘蛛の旦那のそばにいておあげ』
『ああ』
 アーマデルは矢の暴風からのがれると、すぐさま恋人の隣へ飛んでいった。
 弾正は膝を屈し、頭を抱えてガタガタ震えている。半開きになった口の端から、だらりとよだれがこぼれ落ちていた。
『弾正、弾正』
 戻ってくるのは、ノイズ混じりの咆哮。弾正の精神が、ギリギリの所で踏ん張っている。
『弾正、俺はここだ。弾正』
 アーマデルは包み込むように、弾正を後ろから抱きしめた。
『いっしょに……家族みんなで……仲良く……。俺だって、俺だってそうしたかった……』
『弾正。やつの思考に引きずられるな。弾正の歩いてきた道はたしかに、平坦ではなかっただろう。回り道だって、あったかもしれない。だけどだからこそ俺たちは出会えて、いまここでこうしている』
『うう……くぅ……う……』
「久秀」
 眼鏡の奥の瞳が、弾正を見つめている。
「苦しいだろう? 久秀が本当の気持ちに素直にならないからだよ。おいで。いっしょにいこう」
 甘く誘う声音に、怒気がぶつけられた。
『いいかげんにその父親ヅラをやめろ、エゴの塊め』
 ウェールが弾正を守るように理一との間に立っていた。
『父親っていうのは息子の門出を祝うもんだろ?』
「門出?」
 理一は目をすがめた。ウェールの言葉を理解しがたいようだった。
『ずっと一緒に暮らしたい気持ちは分かる。俺だってそう思う。梨尾のことを思い出すだけで、俺は胸がいっぱいになる……』
 けれど、とウェールは語気を荒くする。
『嫌でも、苦しくても、我が子が選んだ道を、意思を尊重するのが親だろう。子が幸せなら親が不幸でも笑顔で祝う、子が苦しんでいるなら親として助ける、人の道を踏み外したなら𠮟って連れ戻す、見返りがなくても尽くすのが親の愛だ! 俺はそう思う! なのに!』
 見ろ、とウェールは崩れた建物を指差した。地面に落ちている複製肉種の塊を指さした。
『てめえはいったいなにをした! 息子の領地の民達を傷つけて、息子の大切な人へ暴言を吐いて、息子が親の想定してる正解を言わないと分かってるから声を聞こえなくした! 息子の気持ちも幸せも考えてない自己中野郎が!! 膠窈だから正気を失っているとしても……息子に武器を向けるような馬鹿は見てられないんだよ!!』
 理一は答えない。男は朝日に溶け崩れた月のように、白々しいほどの笑みを浮かべている。
「久秀はね」
 理一は続けた。
「年ばかりとって、なかみは子供の頃と変わらないんだ。だから父である僕が久秀を導き、支えてあげなくては」
『いつまで保護者ごっこをしているつもりだ!』
 霹靂が飛ぶ。傷ついた理一は不快そうに眉をしかめている。常山の民の救出も終わり、孤立無援となったにも関わらず、理一の頭には引く、という選択肢はないようだった。
 アーマデルが目隠しをはずした。こがね色の瞳が理一を正面からとらえる。
『……長頼殿が死んだのは、俺のせいだ、それは間違いない。身内ならば復讐に挑む権利はある、我が神は死者の未練を晴らす為の復讐を認めている。だが』
 沈鬱な眼差しが砕け散った瓦礫をなで、再び理一へ戻された。
『許されるのは形式に則った儀式だけ、斯様な無法ではない。それにあんたのこれは長頼殿の弔い合戦でもないのだろう? そうなのだろう?』
 理一は不自然に沈黙していた。じったりとした視線がようやく弾正以外を見た。
『長頼殿は兄思いの弟であった。長頼殿は責任を知る者であった。長頼殿は……。たしかに俺が長頼殿と過ごしたのは、あんたに比べれば短い期間だ。けれど、たしかに俺は彼の魂に触れたと断言できる。ひるがえってあんたはどうだ。長頼殿と、心から触れ合ったことはあったか』
 アーマデルは苦しみ続ける弾正の頭をやさしく抱きとり、頬を寄せて落ち着かせていく。
『俺が出会った時から弾正は『弾正』だった、『久秀』ではなく。俺は『久秀』を知らない、あんたは『弾正』を知らない。名は最初の呪であり、最後の呪だ。弾正は弾正自身がそう在ろうと名乗った名、弾正の意思。それを無視するあんたは、弾正の独り立ちを認めたくないのではないか?』
 理一が顔を伏せる。眼差しが鋭く、険しくなっていく。空中を舞う矢羽が、明確にアーマデルを狙っている。
「久秀。そろそろ決めなさい。父さんと一緒に来るか、それとも素性の分からぬ旅人のたわごとを聞くか」
『ちち、うえ……』
 弾正が青い顔色のまま面をあげる。無響和音の楔が、力なくふらふらと進んでいく。理一は、それを手に取った。
『大好きです』
 流れ込んできた声は、懐かしいあの頃のものとは違っていた。理一は呆然としている。
『あの頃食べた飴の味は貴方の愛。あの日の無響は貴方の孤独。優秀な母を失い、郷の皆から冷遇されても俺と長頼を守ってくれていた、その恩、忘れない、だからこそ』
 弾正は立ち上がった。アーマデルの肩を借りながらも、両足でしっかりと大地を踏みしめている。
『貴方を、苦しみから解き放つ!』
「もういい」
 弾正はぎょっとした。父は、泣いていた。
「久秀はすっかり、父さんの言うことを聞かない、だめな子になってしまった。友達は選ぶように言うべきだったね」
 悲しいよ。ハンカチで涙を拭い、理一は弓を強く鳴らした。沈黙が解除され、音が押し寄せてくる。生々しい、命の音色だ。その音に埋もれるように、理一は姿を消した。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

民を救出、理一は逃亡しました。何人かに因縁をつけて去ったようです。

またのご利用をお待ちしております。

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