PandoraPartyProject

シナリオ詳細

紫陽花ミルヒシュトラーセ

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●七夕さま
 一年に一度の逢瀬をするとされる、織姫と彦星。
 その話は、豊穣では有名な昔話だ。
 笹の葉に願いを書いた短冊吊るしたり、願いを込めて空を見上げたりと、人々は思い思いにこの日を過ごすことだろう。
 ゆえに。
「せっかくの七夕だし、出掛けない?」
 そう切り出した劉・雨泽(p3n000218)の背後に見える空は曇天。せっかくの七夕だと言うのに、ぽつりぽつりと時折雨が降っている。
 けれど今日はこの後、夜までに晴れるのだ。
 昨日までは雨かとがっかりとしていた豊穣の人々も、家々に笹を飾って国の安寧祈願を行い始めているのだそうだ。
「『天兎天神』って覚えている? そう、藤の名所の神社。その近くにね『雨蓮観音』って言う寺があって、紫陽花寺って呼ばれるくらい紫陽花の名所なんだよ」
 天兎天神に人が訪れるようにと色々と手を回したことのある雨泽は、どうやら近くの寺からも頼まれごとをしたようだ。
「実はね、紫陽花スイーツの案を出したんだよね、僕」
 寺では七夕祈願の七夕まつりが行われている。参拝客が他にも楽しめるようにと、甘味をプロデュースしたのだとか。案を出したけどまだ口にしていないのだと笑う雨泽は、よかったら一緒に食べに行こうよとあなたを誘った。
「あ、そうそう。お寺の方ではこの日だけのお守りの授与もあるみたいだよ」
 生花の紫陽花から葉を落とし、和紙でブーケのように束ねて水引で結んだ『花守り』。これは家の門や玄関、台所など、境界線の在る場所に吊るすことで邪気を遠ざけるとして豊穣各地に昔からあるものだ。
 五角形の濃藍色のお守り『七夕守』。星を思わせる五角形に、天の川と笹の刺繍が施された必勝祈願のお守りだ。
「あとは『紫陽花まもり』。藤のもあったよね。刺繍で作られた花のお守りだよ」
 どれもこの時期だけのもので、コレクターもいるのだとか。
「僕は昼間からいくけど、せっかくの七夕だから夜に行くのもいいかもしれないね」
 君たちの時間の都合に合わせてと雨泽は笑って、ゆうるりと首を傾げた。
「というわけで、皆もどうかな?」
 紫陽花を愛でに。
 彦星と織姫にあやかって逢瀬を。
 星に、空に、願いを。
 一年に一度きりのこの日を、楽しみに行かない?

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 数年ぶりの晴れの七夕! というわけで!

●シナリオについて
 このシナリオの時間軸は7月7日、七夕となります。
 豊穣郷カムイグラ、または世界の安寧祈願も立派に世界のためになることでしょう。
 覇竜とか天義とか色々忙しいですが、ここは平和時空です。
 夜になると晴れますが、昼間は薄い雲が広がり、時折雨が降っているようです。
 夜には美しい天の川が見られます。他国よりも灯りの少ない豊穣ならではの、とても美しい空が拝めることでしょう。

●プレイングについて
 一行目:行き先【1】~【4】
 二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)

 一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名(+人数の数字)】or【名前+ID】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。

 例)一行目:【1】
   二行目:【花好き!3】※3人行動
   三行目:仲良しトリオで紫陽花を見るるよ。

「相談掲示板で同行者募集が不得手……でも誰かと過ごしたい」な方は、お気軽に弊NPC雨泽にお声がけください。お相手いたします。

 【1~4】ふたつ選んでも大丈夫です。が、行動は絞ったほうがその場面での描写が濃くなります。(サポートはひとつのみ)

【1】紫陽花小道
 参道と繋がる側道は、両側に紫陽花が植わる小道となっております。
 小道は川へと繋がっています。(下記『笹流し』が出来る川です)
 昼間は傘を差し、夜は天の川と雨粒に濡れた紫陽花を楽しめます。
 道中には休憩できる和傘を差した床几もあります。

【2】笹流し
 落ちている笹の葉で舟を作り、願い事をして川へと流します。
 転覆しなければ願い事が叶うと言われています。
 笹の葉は縦に割かれやすくて穴が開いてしまう事が多いですが、葉はたくさん落ちているので沢山流しても大丈夫です。

【3】境内で過ごす
 紫陽花寺と呼ばれて愛されている『雨蓮観音』で過ごします。
 境内では参拝や、寺務所でお守りの授与(購入)が行なえます。
 また、社務所には短冊が用意してあり、それに願い事を記して七夕飾りで彩ろられた笹へ吊るすことも可能です。
 横手の庭園には橋のかかった小さな池があり、蓮が見頃を迎えています。(蓮は日の出とともに開き、またゆっくりと閉じていく花なので、午前中しか咲いていません。)
 冷やし飴や冷甘酒、ラムネ売りも居ます。

【4】茶屋
 口に味彩を。寺を中心に四方に茶屋がありますので、『どの茶屋に行くか』を記してください。
 店内でも店外でも、床几に座って頂けます。
 『』の食べ物はその店にしかないものですが、紫芋餡の乗った団子や善哉、わらび餅、お茶等はどの店でも扱っております。

・南風茶屋
『紫陽花ぱるふぇ』
 青~紫色の抹茶風味の紫陽花きんとん(白餡の和菓子)の乗ったパフェ。
 お好みで黒蜜をかけて召し上がれ。

・北風茶屋
『紫陽花氷』
 カラフルおいりが彩る、水色の削り氷(かき氷)。
 付属のレモンシロップを掛けると紫色に変わります。

・東風茶屋
『紫陽花ぜりぃ』
 四角い青~紫のゼリーが玻璃の器にコロコロ。
 葉っぱに見立てた抹茶あいすくりんを添えて、ひんやりと。

・西風茶屋
『紫陽花こんふぇいと』
 色とりどりの金平糖をぎゅっと包んで紫陽花に見立ててあります。
 桃色系、水色系、紫系……と様々。お土産用に持ち帰ることも可能です。

●NPC
 御用がございましたらお気軽にお声がけください。
 ↓に居ない壱花NPCを希望の際は推薦機能をご利用ください。可能な際はお応え出来ます。

・劉・雨泽(p3n000218)
 【1~4】に居ます。お酒や花が好きです。
 いつも通り気ままにウロウロします。

・お藤
 天兎天神の裏山の藤の精。【1~4】に居ます。
 人々の祈りパワーで少し成長し、天神周辺まで移動できるようになりました。
 関連シナリオ:『藤隠し』『いとし花むすび』

●サポート
 イベシナ感覚でどうぞ。
 同行者さんがいる場合は、お互いに【お相手の名前+ID】or【グループ名】を記載ください。一方通行の場合は描写されません。
 シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。

●EXプレイング
 開放してあります。
 文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
 可能な範囲でお応えいたします。

●ご注意
 公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為、未成年の飲酒は厳禁です。年齢不明の方は自己申告でお願いします。

 それでは、穏やかなひとときとなりますように。


メイン行動
 メインにする行動を選んでください。

【1】紫陽花小道


【2】笹流し


【3】境内


【4】茶屋


時間帯
 昼間か夜間かを選んでください。
 通常参加者さんは、行き先を記す一行目に『【1】昼夜』とプレイングに記してくださっても大丈夫です。「行き先は紫陽花小道で昼も夜も」(昼と夜も居るので2箇所分の選択になります。)という状態になります。

【1】昼間


【2】夜間


【3】昼夜
※通常参加のみ
 行き先をふたつ選択している場合はどちらがどの時間帯かをプレイングに記してください。


交流
 誰かとだけ・ひとりっきりの描写等も可能です。
 どの場合でも行動によってはモブNPCは出ることはあります。

【1】ソロ
 ひとりでゆっくりと楽しみたい。

【2】ペアorグループ
 ふたりっきりやお友達と。
 【名前+ID】or【グループ名】をプレイング頭に。
 一方通行の場合は適用されません。お忘れずに。

【3】マルチ
 特定の同行者がおらず、全ての選択肢が一緒で絡めそうな場合、参加者さんと交流。
 同行している弊NPCは話しかけると反応します。

【4】NPCと交流
 おすすめはしませんが、弊NPCとすごく交流したい方向け。
 なるべくふたりきりの描写を心がけますが、それぞれの行動や他の方の行動によってはふたりきりが難しい場合もあります。

  • 紫陽花ミルヒシュトラーセ完了
  • 七夕と紫陽花のイベシナ
  • GM名壱花
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月01日 22時10分
  • 参加人数20/20人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC3人)参加者一覧(20人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
紲 月色(p3p010447)
蝶の月
紲 雪蝶(p3p010550)
月の蝶
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

サポートNPC一覧(4人)

プルー・ビビットカラー(p3n000004)
色彩の魔女
天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ

●しとしと雨降る
 一年に一度の七夕。だというのに、天候は雨。だというのに、雨蓮観音の境内は賑わっていた。
 それは夜には晴れると知られているから。夜を心待ちに訪う人々は傘を指し、各々で楽しんでいる。
 そんな賑わう人々の中で、『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)は物言いたげにちらりと師匠である空木を見遣る。見て、そうしてまた視線を戻す。話したいことがあるのだが、何と切り出せば良いのか悩んでしまう内容なのだ。しかし、ルーキスが気になっていることなぞ空木は見通している。空木こそが話さねばと思っており――これまでは明かすつもりもなかった内容だ。
「あの、師匠」
「何だ」
「……師匠は母さんと会ったことがあるんですか?」
 チラと送られた視線が、腹を括るように閉じられる。次に開かれた空木の目は意を決したものだった。ついに話すべきがきたのだ。
「ルーキス。お前は俺とリーベルの子供だ」
「……はっ?」
「今まで黙っていて済まなかった」
 空木が頭を下げた。
 ルーキスの心は、驚きとも怒りとも違う、何かぐちゃぐちゃした感情でいっぱいになった。
「何でそんな大事なことを今まで黙ってたんですか! バカ師匠! バーカバーカ!」
「ルーキス?」
「泣いて走り去るとでも思いましたか? 俺はもう大人なのでそんなことはしません!」
 空木はそうなのかと思った。同時にいつの間にかあの小さな子供が成長したのだと思った。いつ死んでもおかしくない身の上だと言い訳をし、父親として向き合うことを恐れている間に、こんなにも……。
(俺はずっと師匠が本当の父親なら良かったのにって何度も思ってきたんだ)
 本当の父親で嬉しい気持ちと、もっと早く打ち明けて欲しかった気持ち。ルーキスの身を案じてのことだと理解していても、本当の父親ではないのだと何度も自分に言い聞かせたルーキスの気持ちは無かったものにはならず複雑だ。
「師匠、七夕の短冊を書いていきましょう」
 母さんが早くなるよう、祈って。子は不器用に父を誘ったのだった。
「ジルーシャおにいちゃん」
 久しぶりねえなんて屈めば、『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はあることに気がついた。
「少し大きくなったのね」
「えへへ~」
「よかったら、一緒に『紫陽花まもり』を選んでくれないかしら」
 大きく頷いたお藤はジルーシャと寺務所へと向かった。
「星のような五角形、天の川と笹の刺繍が施された必勝祈願のお守り……良いなぁ」
 寺務所を覗き込んだヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)の瞳に濃藍色のお守りが目に入った。それを親友たちの分も合わせてよっつ授与してもらったら、短冊を貰い受けた。
『大切な親友達と、楽しい日々を過ごせますように』
 天へ願いが通じるよう、背伸びをして笹へと吊るした。
「全部授与してもらっても大丈夫……かなぁ?」
 背伸びをして寺務所を覗き込んだ『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は、うーんっと首を傾げた。
「神仏はそんなことで怒らないでしょ」
 後ろからひょいと手が伸びて、紫陽花まもりを購入していく。
「劉さん!」
「やあ、祝音」
 ひとつアドバイスするならと雨泽が言うには、花守りは生花だから夜まで滞在するのなら帰りに買うのがいいとのことだ。普段なら夜は寺務所が閉じているが、祭りの日は開いているのだ。
「劉さん、ありがとう」
「どういたしまして」
 七夕守を複数個と、紫陽花まもりを大切に鞄に仕舞ったら短冊へと願いを記した。
『もうひとりのお姉ちゃんとも再会して、皆で楽しく過ごせますように』
「劉さんも書いたの?」
「僕はいつも一緒だよ。……豊穣の平和を」
 冷たいラムネを奢ってあげようかと雨泽がラムネ売りを指さして、祝音は紫陽花みたいに表情をコロコロと変えて笑っていた。

 雨粒が、『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)と『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)の上で跳ねている。正確には、ふたりの頭上にある『ひとつ』の傘で。
 傘持つ縁が蜻蛉が濡れぬようにと外側の手で傘を傾けるのも慣れたものだ。内側の手は――もうずっと、彼女に取られてしまっているから。
 取られている手――縁の右手には、蜻蛉の左手がある。そしてそこには――
(……慣れねぇな)
 輝く指輪がそこにあることも、自身が贈ったのだという現実にも。まだ少し、それが『当たり前』と思えるようになるには遠そうだ。
「……次、どこか行きてぇ所はあるかい? 冷やし飴でよけりゃぁ奢ってやるぜ、嬢ちゃん」
 すぐにいつものように揶揄る声が返ってこなくて、蜻蛉もまた左手の薬指に視線を送っていたことに気がついた。彼女もまた、縁同様、どこか落ち着かない気持ちを抱いている。
「嬢ちゃん?」
 名前を呼ばれ、蜻蛉が小さく体を揺らした。
「お参りも済んだし……蓮が見頃やて聞いたし、ゆっくり眺めにお庭へ行かへん?」
「そうだな」
 歩幅を蜻蛉にあわせる事に慣れたのは、いつだったろうか。
 蜻蛉が傍らにいる事が『いつも』と思えるようになったのは、いつだったろうか。
 色とりどりの短冊が揺れる笹を見れば、藤の枝に願いを結んだ昨年の春を思い出し、あの時もこうして傍らに彼女が居たことを縁は思い出す。
(……あぁ、通りで、あっという間に感じる訳だ)
 初恋の女の首を絞めた日に、縁の時間は一度止まったのだ。後はただ縁を置き去りにして勝手に過ぎるだけ。……そう思っていたはずなのに。
 縁は、変えられた。
 蜻蛉が、彼を変えたのだ。
 その事実に口元を持ち上げれば、笑みの気配に蜻蛉が不思議そうに見上げてくる。
「いや、何でもねぇよ。ただの思い出し笑いだ。……お前さんこそ、心ここにあらずに見えるぜ?」
「うちやって、考え事のひとつやふたつしますし!」
 昨年の花むすびの時は、蜻蛉はまだ『いつか』を信じていた。
 好いたお人に貰われること、誰かに望まれること。それは遊女だった蜻蛉には叶わぬ夢。けれど傍に居られるだけで、好きと言われるだけで良いと――思っていたのに、今は『証』が薬指にあるのだから仕方がない。
「それより……縁さんはあの時のお願い、叶った?」
「そうさなぁ……叶った――と言うより、とっくの昔から叶っていた、かね」
 縁の願いを蜻蛉は知らないけれど、彼の声はどこか晴れやかで。
 出会った頃の寂しい瞳をした縁はもう何処にもいないのだと思えて、蜻蛉は嬉しくなった。
「うちも、お願い叶いました。気が遠くなるくらいに長い事かかりましたけど」
 ほんのちょっぴりのいけずは許して欲しい。
 苦笑した彼が、心を引き止めてくれるようにぎゅっと手に力を籠めてくれるのが愛おしい。
 傘に落ちる雨音を聞きながら、水面に咲く蓮の花を眺めるひとときも愛おしい。
(これからもずっと、その願いが叶い続けますように)
 指を絡め、蜻蛉は縁の幸せを想う。
 彼の幸せに己の幸せも欠かせないというのも、もう自惚れではなく知っているから、勿論己の幸せも。
(縁さん、うち幸せです)
 この幸せな気持ちが朴念仁な彼に、もっともっと伝わりますように。

「ねーねタイムちゃん どったの」
 どうしたのと『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)が問うのは、珍しく『この手を貴女に』タイム(p3p007854)が『会いたいです』なんて連絡を寄越してきたから。
 いつもだったら『夏子さん、あそこの公園でお祭りやってるみたいだから行ってみよ!』とか誘ってくれるのに、『会いたいです』だけ……なんて。ちょっと奥ゆかしい、なんて思っちゃうじゃない?
「え、うぅ……ん、と。急に顔が見たくなっちゃって」
 ただ顔が見たかったから会いたい……だなんて、タイムだけが気持ちを募らせていることを正直に明かすのも悔しくて。
 けれども上手い誤魔化しの言葉なんて出てこずに、タイムはもうっと眉を釣り上げた。わざわざ聞かなくたっていいじゃない! わかってるくせに!
 夏子が覗き込んだ林檎のように染まる頬に、潤む眸に、答えは全て出ている。表情がコロコロ変わるのが面白くて見ていたくなるけれど、タイムが頬を膨らませるから退散退散~っと、「ちょっと其処な床几で一休みしよっか」と指さした。
 ひとつの傘に収まっての紫陽花小路の散歩もいいけれど、足を休めてゆっくりと眺めるのも良いだろう。
 年に一度しか会えない男女はまだ、雨雲の上。夜には晴れると聞いているが、案じるようにタイムは空へと視線を向けた。雨足は、少しずつ弱まってきているようだ。
「年一しか無いチャンスだもん モノに出来なきゃどうにかなっちゃうよ 僕にゃ~堪えらんないね~」
「あら意外。夏子さんも会いたくて焦がれるような気持ちが分かるの?」
 恋を知っているタイムがそう問えば、そりゃぁねと返ってくる。だって年一だよと返す彼が、タイムが思い描くような恋を抱いているのかは解らない。年一じゃなくてももっと欲しくて堪らなくなったら――きっと、それが。
「幸い タイムちゃんがしょっちゅう構ってくれるから 僕ぁ~嬉しい限りだケド」
「そうそう、こんなに甲斐甲斐しく何でもしてくれる子なんてわたしくらいのものよ?」
「実際そう 嬉しいよ 甲斐甲斐しくて何でもしてくれるモン タイムちゃん」
 いつも通り。言葉はふたりの間でポンポンと弾む。
 嬉しいと言われたことが嬉しくて、けれどソレだけじゃ足りなくてほんのりと責める言い方をしたタイムにまた嬉しいと言う言葉が返ってきて、嬉しくなる。ねえ夏子さん。もっと自惚れてもいい?
「焦がれるような気持ちが恋だとすると、じゃあ愛って何だと思う?」
「愛 愛もねぇ…… 良く分かんないんだよね 僕なら年一しか逢えないとかとてもとても」
 夏子の視線は空へ。雨雲の上の男女を考えているのだろう。
「僕ぁタイムちゃん好きだし もっと色々したいし 喪いたくないと思ってて」
「うん」
「もう逢えなくなったり 一緒にいれない 事もある って考えると そうだね 寂しい かな」
「寂しい? ほんと?」
「うん 寂しい」
「わたしも逢えなくなったら寂しい」
 夏子からの『嬉しい』も『寂しい』も嬉しくて、タイムは期待をしてしまう。
(夏子さん、『わたしの求める好き』でいてくれるのかな)
 恋する乙女の心の内は空と一緒で複雑だ。自分の手綱が握れないこの気持ちに時に厭になる時だってあるけれど、けれどもこの気持ちは止めようと思って止められるものではない。
 だから。
「夏子さん、お守りも見に行かない?」
 これからもふたりで思い出を作っていこうと、タイムは夏子を誘うのだった。

 参拝を終えたなら、人々の足は雨蓮観音を中心によっつ点在している茶屋へと向かうことが多いだろう。
 どこへ行こうかとクウハ(p3p010695)が主人へ問えば、眷属のクウハの主人たる『闇之雲』武器商人(p3p001107)は『紫陽花ぱるふぇ』が気になると口にして。ふたりは雨の中のひとときも楽しみながら、南風茶屋へと足を運んだ。
「慈雨」
「はい、クウハ」
 クウハの前には紫陽花ぱるふぇ、武器商人の前には善哉。注文した甘味が届いていざ一匙目を……と掬ったところで、ふたりは同じ行動に出た。
「慈雨、俺の方が先に出したぞ」
「クウハ、主人の我(アタシ)をたてるべきだろう?」
 同時に差し出してしまったのだから仕方がない。仕方ねェなと笑ってクウハが武器商人の手から善哉を一口。もごもごと口を動かしながらも直ぐ様武器商人の口へとぱるふぇの匙を突っ込んだ。出掛ける度に互いに食べさせ合うものだから、割とよくこういった事態は遭遇するし、彼等はそれも楽しんでいる。
「おやまあ、青とか紫色のきんとんなのに抹茶の風味だ。不思議な感じだこと」
「善哉も甘くて美味ェよ」
 自身が頼んだものではなく相手が頼んだものへの感想を先に告げてから、自身が頼んだ甘味へと匙を向けた。
 善哉の芋餡も、ぱるふぇの抹茶味のきんとんも、どちらも美味しい。
 そのどちらも、あっという間にふたりの腹に収まった。
「雨音を聞きながら、ゆっくりと過ごすのも良いものだねぇ」
 しとしとと茶屋の屋根を叩く雨音。
 床几に隣り合ってふたりの手には温かなお茶があり、甘味と雨とで冷えた体をじんわりと温めてくれている。
(大事な近縁種(はらから)、我(アタシ)の可愛い猫。どうかおまえが、心から安らかに過ごせるように)
(これからもずっと慈雨の猫でいさせてくれよ)
 ともにあるからか、思い描くことも似ているのかもしれない。
 雨中の微睡みのようなこのひとときを、ふたりはのんびりと楽しんだ。
「雨泽様がぷろでゅーすしたのですか! すごいのです!」
 紫陽花ぱるふぇを前にして、『あたたかな声』ニル(p3p009185)が瞳を輝かせた。雨泽は「僕は案を出しただけで、すごいのは菓子職人だよ」なんて言うが、ニルからしたら皆すごい。
「これも食べられるお花、ですね」
「そうだね。本物の花ではないけれど」
 花の形に作った和菓子だ。ニルと一緒に紫陽花ぱるふぇを注文した雨泽は匙の先できんとんを突き、良く出来ているねとしげしげと眺めている。
 ニルはそんな雨泽を見て、和菓子の紫陽花を見て、外の紫陽花を見て……心をうきうきと弾ませた。雨泽のおすすめだから、きっとこれも『おいしい』だ!
「あじへん、というものなのですか」
 黒蜜を掛けるのにニルが少し躊躇うのを見て、雨泽は先に紫陽花を食べちゃえば? と小さく笑った。
「先に食べてもだいじょうぶですか?」
「ニルの自由でいいんだよ」
 味を変えるのも、いつだっていい。
「恋梅そぉだの梅だって、いつ食べても大丈夫だったでしょう?」
「はい!」
 憂うこと無く一緒に甘味を口にするひとときは、間違いなく『おいしい』。
 お土産にこんふぇいとを買いに行くのだとニルが告げれば、雨泽は「僕はぜりぃを食べに行くよ」と告げて。また後でと、傘に雨粒を跳ねさせた。

「望乃、何にする?」
「そうですね……『紫陽花氷』でひんやりと涼むとして……」
 ひとつの傘で寄り添い歩いてきた『君を護る黄金百合』フーガ・リリオ(p3p010595)と『貴方を護る紅薔薇』佐倉・望乃(p3p010720)のふたりは、 北風茶屋でひんやり甘いひとやすみ。
「紫芋餡のお団子も気になりますし」
「わらび餅も気になる? 色々と注文しちまおう」
 すみませーんっと手を挙げれば藍色の袖が落ちてくる。普段と違う装いをしていることを思い出して小さく舌を出せば、桃色の浴衣を纏った望乃がくすくすと笑った。
 一気に注文すれば、一気に届く。ふたりの前にはあっという間にたくさんの甘味が並び、目を丸くしたふたりは顔を見合わせ、また幸せそうに笑った。
「フーガ、あーん」
「……ふふふ、あーん♪」
 愛しい妻が紫芋餡の乗ったお団子を差し出してきたのなら、それを拒むフーガではない。手毬花が並ぶ様にも似たお団子をもちもちと食んだ。
「望乃もほら、あーん」
 お返しは、水の雫のように透き通ったわらび餅。涼しげにぷるぷる震えるそれをそっと運べば、望乃が頬を押さえて瞳を幸せに綻ばせた。
「レモンシロップはいつ頃掛けましょう?」
「味も変わるみたいだし、半分くらいからでいいじゃないか?」
 一匙掬って食めば、わらび餅とはまた違った爽やかな心地が口内や体に広がっていく。
「フーガ、美味しいですね!」
「ああ、いくらでも食べれそうだ」
 けれど急いで食べるのは禁物だ。削り氷には罠が潜んでいるのだから。
「……わぁ! 本当に色が変わりました! 魔法みたいです!」
 シロップを掛けた望乃がはしゃぐ。一匙掬えば、味の違いに瞳を瞬かせ、もう一口、もう一口と口へと運んでいく。
「望乃、あまり急いで食べると……」
「……はぅっ!」
 ほら、言わんこっちゃない。拳を握ってくぅ~っとなっている望乃の額に手を当て、フーガは笑った。
 ……その後フーガも望乃と同じ道をたどり、望乃にフーガだってとくすくすと笑われたのであった。

「所変われば姿も変わるが、素晴らしいものだな」
「めぇ……先日、一緒に見た紫陽花も素敵でしたが、咲く場所によっても、また違った趣きがあります、ね」
 紫陽花に囲まれながら、『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)と建葉・晴明(p3n000180)のふたりは東風茶屋へと向かっていた。南と北は既に周り、東へ行ったら参拝をしてから西でこんふぇいとをお土産に買うつもりなのだ。
「次のお茶屋さんはぜりぃだそうです」
 楽しみですねと耳を震わせたメイメイを、晴明は何かの答えを探すかのようにじぃっと見ていた。
「あの……晴さま?」
 もしかして、どこか変だったかと不安になる。今日は折角だからとおしゃれをしたから、それが変だったのだろうか。でも彼は普段からそういうのには気付かない人だし――
「ああ、今日は少し違う装いなのだな」
 びょんっとメイメイの耳が跳ねた。
「は、晴さま!?」
「今日の装いもよく似合っている」
 晴明とて永遠に朴念仁な訳では無い。ひとはいくつになっても成長できる生き物だ。そう、成長したのである。女性の髪型や装い、そういったものの変化に気付けと御所で叱られたゆえの進歩であった。……今日のこの日の土産話は、瑞神も帝も多いに褒めてくれるかもしれない。良く見ないと解らないなんて! と減点される可能性もあるが。
「このぜりぃは好みだな。涼やかでいい」
 そんなこんなでメイメイが道が解らなくなるくらい浮かれていたら、気付いたら茶屋でぜりぃを堪能していた。
「ひんやりしたスイーツとあたたかいお茶との組み合わせ……なんて素晴らしいのでしょう」
 彼の言葉も甘味も、メイメイにはとびきり甘く感じられ、耳がぴこぴこと落ち着かなかった。
「これが、雨泽の提案した……『紫陽花ぜりぃ』?」
「そうだよ。こんな感じがいいって絵を描いたんだ」
 雨泽とぜりぃを、『雨を識る』チック・シュテル(p3p000932)は瞳を瞬かせながら見比べる。確かに甘味が好きな彼はこういうものを考えるのが得意そうだ。
 器にコロコロと転がるゼリーは、紫陽花の花にも……宝石の様にも思えて。どこから食べようかと、匙がゼリーの上で迷ってしまう。
 今日も暑いねと口にした雨泽は、真っ先に抹茶アイスへと匙を伸ばした。そういえば温泉でもあいすくりんを食べたがっていたと思い出す。
「ゼリーは綺麗で、アイスは……ちょっぴり苦くて甘い」
「口にあった?」
「……ふふ。こんなに美味しいの、楽しむ……出来たのは。雨泽のお陰、だね」

 清らかな音を立て、川が流ている。しとしとと降る雨が水面を叩いているが強くはなく、予報通り夜には雨は止むのだろうと思わせた。
「こんな感じでしょうか?」
「結構上手に出来ているんじゃない?」
 本番は夜だが、夜は手元が暗くなる。明るいうちにと肩に傘を掛けて笹船作りの練習をするのは『君の盾』水月・鏡禍(p3p008354)と『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)。
 努めてあまり興味の無さそうな声を出しているルチアだが、実は鏡禍よりも多く笹舟を作っているのは内緒だ。……だって海まで流て行ってほしいし。
「久しぶりね。山から出てこられたようで、元気そうで何よりだわ」
「お藤さん、お元気そうで何よりです。楽しんでますか?」
「うん! おにいちゃんたち、きょうもなかよしさん?」
「ええ、実は僕とルチアさんが結婚……もっともっと仲良しになったんです」
「これはその証よ」
「えっ、すごい!」
 ルチアが左手に光る指輪を見せれば、お藤はぴょんと跳ねた。『彼女』は特別な仲良しだと聞いたのに、その上があるだなんて!
「それじゃあ、えっと、ふたりがもっともっとなかよくなりますようにって、おふねながしてもいい?」
 ルチアと鏡禍のふたりは顔を見合わせると、勿論とお藤へと笑顔を向けた。小さな藤の精は「もっとなかよしの……『ケッコン』のうえはなんだろう?」と小さく首を傾げながらも、ふたりの幸せを願うのだった。
(宮様や皆のこれからがより良いものになるよう祈りましょう)
 そう思いながら『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は笹舟を編んだ。
 笹舟を編んだ……のだが。
「……?」
 何故か水に浮かべると転覆してしまい、何度も何度も作った。
「……笹は水に浮かんのですかの」
 断じて己の笹舟が悪い訳ではないと思う。……少しばかり不格好ではあるが、舟らしい見た目にはなっているはずだ。
「あ、五百瀬殿、五百瀬殿!」
 知人を見つけた支佐手は大急ぎで手を振って彼を呼んだ。
 ――越智・五百瀬。かつての同僚だったこの男はこういった事が得意なのだ。
「俺、仕事中だったんだけどね……」
「時間は取らせませんけえ。宮様や皆のために舟をひとつ編んでほしいだけですからの」
 ため息をひとつ吐いた五百瀬は、貸してみなと笹へと手を伸ばす。突っぱねたとしても支佐手が意地を張り続けるだけだと言うことはよく知っていた。
「やりましたの! 恩に着ます、五百瀬殿!」
 そうして何とか笹舟は浮かんだものの、支佐手はすっかりと『約束』を忘れていたのだった。

●きらきら星降る
 しとしとと降っていた雨はゆるやかに止み、夜の時間にはそれに広がるのは雲から満天の星へと変わっていた。
「晴れて良かったですね、遮那君!」
 久しぶりのふたりっきりのお出かけが嬉しくて、『共に歩む道』隠岐奈 朝顔(p3p008750)の瞳も星のように煌めいている。その姿を見て、天香・遮那(p3n000179)は琥珀色の瞳を和らげた。今日は良い息抜きとなろう。
「遮那君、短冊を書きましょう!」
 七夕といえば、コレ!
 寺務所で貰った短冊を遮那へと差し出せば、構わぬぞと笑った遮那は朝顔の隣で悩む仕草も見せずにさらりと短冊へと願いを書いた。
「私は『遮那君の最愛になれますように』と書きました。遮那君は?」
「『皆が幸せでありますように』と書いたぞ」
 いつも当主として頑張っている彼の、我欲のない願いが眩しい。
「遮那君、短冊を貸してください」
「うん? 高い所に付けてくれるのか?」
「はい。高い方が願いが天に届くでしょう?」
「そうだな。ありがとう向日葵」
 背の高い朝顔は高いところに手が届く。
 笹の一番上に吊るして、もう一度短冊へ願い事が叶いますようにと念を籠めた。
「こんなに美しい場所であれば、来年も来たいものだな」
 星を見上げた遮那の言葉に、胸がときめく。
 彼はまた来年も一緒に来てくれるのだろうか。
「皆にこの景色を分けてやりたいものだ」
 彼らしい言葉。けれど胸はぎゅっとなる。『皆』。優しい彼に恋しているのは、朝顔だけではない。
「……遮那君、今だけギュッとして良い? 手でも良いから」
「手か? 手を繋ぐぐらいなら構わぬぞ」
 差し出された手を朝顔はぎゅっと握る。嬉しいのに、少し悲しくなった。
(私は君の隣にいる親しい友人のまま、変われないのかな)
「其方と手を繋いでいると姉上と散歩していたのを思い出すな」
 まだ小さい時の話だと口にする彼の姿が愛おしい。
 それなのに、未来は暗いように思えてしまう。
「随分と背も伸びたというのに、其方には追いつけぬの」
(彼に恋する誰かと遮那君が結ばれたらきっと私は……)
「聞いておるか、向日葵」
 勿論だよと朝顔は明るい表情を意識して笑う。
 ――ああどうか、この恋に光が見えますように。
「雨泽様、天の川がきれいですね!」
 花守りを腕に抱いて見上げた空は、美しかった。
 この花守りもこんふぇいと同様にお土産だ。研究所に吊るして貰って、悪いものや悪い人がニルの大切な人に近寄らないように祈るのだ。
「彦星様と織姫様は、年に一回しか会えないのですか?」
「そうだよ。……大好きだからって他を疎かにしたから罰が下されたんだ」
「バツ、ですか?」
「好いた相手が大事なら、大事に出来るように他も大事にしないといけないんだよ」
 難しいけれど、何となくは解る気がする。
 遠くで祈ったり誰かに任せるのではなく、できることを頑張る。
 努力をしなくては愛しい時間というものは失われてしまうかもしれない。
「あえなくなるのは、こわいです」
 皆の幸せを、ニルは今日も願うのだ。

「祝音君は何にする?」
「僕は『紫陽花氷』。かさねお姉ちゃんは?」
「僕も祝音君と同じのにするよ」
 北風茶屋の前で偶然再会した、かさね。
 ふたりとも驚きを隠せず固まってしまったけれど、かさねが茶屋に入ろうかと声を掛けてくれたのだ。お姉ちゃんは、久しぶりでもやっぱりお姉ちゃんだった。
 水色のままかき氷を食べて、レモンシロップをかける。色が紫に変わって、わぁと目を輝かせる祝音を、かさねは優しい眼差しで見つめていた。
「昔も、こうやって……もうひとり、一緒に楽しんでたね」
 かさねには召喚前の記憶が殆どないらしい。祝音も似たようなものだが……けれども少しずつ思い出してきていることもある。
「うん、もうひとり……お姉ちゃんがいるよ」
 かさねの片割れの、どちらも祝音の大好きなお姉ちゃん。
(お姉ちゃんたちが会ったら、どんなお話をするのかな)
 今度一緒に会おうねと約束をして、ふたりは連絡先を交換した。
 七夕ってすごい。短冊に書いたお願い事、もう叶っちゃった。
「支佐手、遅かったね」
「……待ちましたかの」
「待ったよ。君が何でも奢るって言ったのに」
 笹舟作りが難航したとは言えずに、南風茶屋について早々支佐手はすみませんのと苦笑した。
「とりあえず全部」
 メニューを開きもせず雨泽が笑顔でそう言って、支佐手は冷や汗をかいた。待たせすぎたから結構怒ってる?
「流石にもうちっと遠慮しても、ええんではありませんかの?」
「なんて、冗談だよ。僕は昼間も色々食べているからね」
「矢張りそうじゃろと思っとりました! 夜でありゃ、腹一杯で大して食べんじゃろと」
「やっぱり全種、二個ずつ頼もうか」
「ゆゆゆゆ雨泽殿!?」
 口は災いの元。結局全種頼むことになり、支佐手は項垂れた。一個ずつで勘弁して貰えたけれど。
「嗚呼、わしの給金……」
「僕結構食べる方なんだよ」
「そのようですの……」
「家を出てから苦労をして、食べられる時に食べようって感じにな……ってそれ僕の!」
「ええい、どうせわしが払うんですけえ、別にええでしょう!」
 とは言ったものの。
 最終的に支佐手の金が足りず、会計は雨泽が半分出したそうだ――。

 雨が波紋を描いていた川は、夜には星空を移す鏡となっていた。
 川の中に流れるもうひとつの川――星々が織り成す天の川。
 川へと笹舟を浮かべれば、まるで天の川を渡っていくようだ。
「何で流すのかは知りませんが、天の川を船が渡るのは素敵だと思うんです」
「鏡禍の故郷にある、七夕の昔話に関係があるのかしらね」
 豊穣に伝わる昔話には鏡禍の故郷に伝わる昔話と似ている話が多い。どこの世界でも似たような昔話があるのかもしれない。それはある意味、離れていても繋がっているようで、少し不思議な気持ちとなった。
 ふたりでそっと、笹舟を水面へと載せた。
(僕の好きな人、ルチアさんが、幸せでありますように)
(鏡禍といつまでも無事にいられるように)
 自分のことも入れないと鏡禍が拗ねるからルチアは『ふたりで』を願い、鏡禍はただ『ルチアの』を願った。
「ねえ、貴方は何を願ったの?」
「願い事、ですか? 花むすびをした頃から変わってませんよ」
 あの時から、ずっとずっと、同じ願い。けれどそれは彼女のことだけではなく、『自分の手で』と言う思いのこもったものへと変化していた。
 すぐに転覆するのではないかとハラハラと見守った鏡禍の目の前で笹舟は傾き――ルチアの笹舟に支えられるように川を流ていく。ふたりのこれからも、きっとそうあるであろうと暗示するかのように。
「川の中の銀河、だな」
「オ、詩人にでも転職したかよ図書館司書サン」
 川の中に現れた『もうひとつの川』を見て『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)はそう口にした。
(マ、どうしても『終わらせたくなった』なラ、その時はまるっと俺ガ、その魂を平らげてやるけどヨ)
(赤羽に繋げてもらった首と命。決して無駄にはしないよ)
 ひとつの体にふたつの心の、ふたり。されど願う願いは『互いが健やかにあるように』と同じもの。互いを互いに大事にしあうふたりは、ふたり分の願いを載せた笹舟を川へと送り出した。
 ――そんな赤羽と大地をこっそりと見つめ……ストーキング……否、見守っている者が居た。
(ふふ。ふふふ)
 推しの喜びは、空木 大海(p3p010052)の喜びだ。『赤羽ママ、大地くんと結ばれますように』と願った笹舟は既に流し済み。それ故にじぃっとふたりを温かく……ねっとりと眺めることが出来る。
「ゲェーッ大海! テメーいつの間に!?」
「『げっ』は失礼だろ赤羽。確かに俺もびっくりしたけどさ……」
 アッ気づかれた。けれど気付いてもらえた事が嬉しくて、大海はニコォっと笑う。
「相変わらずニチャ~ってしてて不気味だなオメーはよォ……。もういい行くぞ大地!!」
「えっ、あっ、足が勝手に!? お、大海さん! それじゃあまた今度ー!」
 体の主導権を得た赤羽は、紫陽花小路へと逃げ込んだ。
 大海にストーキングされているとは知らない大地が何やら小言を言ってくるが、そんなものは無視だ、無視。何で気づかねぇんダ? とすら思いながら、弾む息を整える。多分撒けたはずだ。
「……そうダ、七夕だってのニ、まだお前に言ってなかったナ。誕生日おめでとサン、大地クン」
「本当に今更だな」
 くすりと溢れる声は、互いのもの。来年もその先も、互いの様々なことを祝い合えますように。願いを込め、どちらからとともなく、天の川を見上げたのだった。

 ミッドナイトブルーの絨毯にちらつく光が心地良い。
 天の川の下、そう思ったプルー・ビビットカラー(p3n000004)は、昼の雨粒を残して煌めく紫陽花に見守られながらジルーシャと手を繋いで歩いていた。
 オータム・アズァの景色も、まるで天の川を渡っているみたいねなんて囁く声音も心地良く、空の逢瀬を邪魔せぬようにと囁き合うひととき。
「……アタシだったら、一年に一回しか好きな人に会えないなんて、きっと我慢できないわ」
 真に迫るその声に、そうねと零す笑みひとつ。
 彼と見る色彩(けしき)はいつだってサン・カプシンのように鮮やかで。
「一度きりの夜では話したりないでしょうから、川向こうからずっと叫ばなくてはならなくなるわ?」
「綺麗な景色とか、美味しかったものとか。プルーちゃんに教えたくて、絶対毎日会いに行くもの! 天の川だって泳いで渡っちゃう!」
 揶揄い咲えば泳ぎ切るとジルーシャが息を巻くものだから、プルーの笑みも深くなる。
 プルーの笑みはいつだってジルーシャにとって美しい色彩で、見惚れてしまう。だが、「あ、そうだわ」とジルーシャは昼間のことを思い出し、動きを止めずに済んだ。
「これ、良かったら貰って頂戴な。お友達が一緒に選んでくれたの」
 繋いだ手を持ち上げて。そこへジルーシャの髪によく似た色をした刺繍の紫陽花を載せれば「お友達?」と問いが返る。
「ええ。お藤ちゃんよ」
「あら、噂の」
 元はと言えば、プルーが斡旋した依頼だった。プルーは会ったことが無いけれど、こうして巡り巡って縁は繋がっているのかしらとお守りの刺繍を揺らした。
 ジルーシャとお藤、ふたりの加護の籠もったお守りだ。効果はきっと、折り紙付き。
「晴さまの願いは……豊穣の安寧、でしょう?」
 天の川の下でメイメイが問いかければ、晴明から首肯が返ってくる。
 ともに豊穣の安寧と民の幸せを願うのは、もう幾度も重ねてきたことだ。


「そういえば、こんふぇいとは幸せを運ぶお菓子なんですよ」
 先刻購入したこんふぇいとを、一粒摘み。
「晴さまに幸せが運ばれますように」
「これは美味いな、有り難う」
 手ずから彼の口へと運び、にっこり笑ってからメイメイ自身も一口食べた。
 けれど待って、と内なる自分が焦りだす。
 今、この指に彼の唇が触れなかった? 触れそうになったけど、触れてない、よね?
「メイメイ?」
「あっ、えっと……や、やさしい、甘さが広がります、ね」
 急にパタパタと慌てだすメイメイの姿に、晴明は少し悩んだ。何か、拙いことをしてしまったのだろうか――。

「晴れてよかったぜ」
「そうですね」
 昼間に差していた傘は畳まれて、フーガの腕で揺れている。
 ふたりの頭上には天の川。雨の名残りが紫陽花を煌めかせ、地上にも星が瞬いているようだった。
「七夕の伝説って知ってるか? 二人でちょっとハメを外しすぎちゃって、親父が怒って作ったのが天の川なんだろ?」
 そのせいで天にいる男女は一年に一度の逢瀬しか許されず……雨が触れば一度すら叶わない。
 自業自得だという者もいるだろう。仕事をしなかったのだから、仕方がない。
 けれどそうならないようにちゃんとしようね、というのが大抵の言い伝えの言いたい所だ。
「……フーガとは、ずっと、一緒にいたいです」
「おいらも望乃とずっと一緒にいたい」
 そのためにふたりは『互いに出来ることを頑張り合おう』と、改めて誓い合う。傍にずっといるために、その努力は惜しまない。
 藍と桃。浴衣姿のふたりは天の川を見上げながら寄り添いあった。
「見て、雨泽」
「ああ、キラキラしているね」
 天の川も、紫陽花に残る水滴も。沢山の煌めきを目に映したチックは嬉しそうにうんと顎を引いた。
 甘いものを食べて、綺麗なものを一緒に見られて、今日もとても楽しかった。
「……雨泽。今日も、一緒……出来て、凄く嬉しかった。ありがと」
 うんと頷いた雨泽は僕もだよと笑う。
「その、おれ……こうして色んな思い出、作るのが……本当に嬉しくて」
 そこで一度、チックは言葉を切った。次の言葉はちゃんと控えているのに、どうしてだか喉が乾くような――緊張を覚えていた。
 雨泽はチックの言葉がゆっくりだと知っているから、待っていてくれる。そんな彼を真っ直ぐに見て、チックは言葉を紡いだ。
「好き、なんだ。雨泽といる時間が、凄く……凄く、幸せ」
 会える時間は昨年よりもずっと増えている。それなのに『もっと』を望んでしまう程に、そう感じていた。
(……『好き』って言うの、緊張……どうして? って思った、けど。やっと、解ったかも)
 この想いは、『特別』だ。
「僕も好きだよ、チックと遊ぶの」
 柔らかな声が、いつも通りさらりと告げる。
(雨泽もおれのこと……特別、思うしてくれたら……)
 自然にそう考えて、欲張りな考えにハッと気がついた。
 こんなに幸せなのに、その先はあるのだろうか。
 その先の『もっと』を望んでも良いのだろうか。
 ――わからない。

「ね、月色。今日は誘ってくれてありがとう。これって、”デートのお誘い”って思っても……いい?」
「ふむ、デートが目的というよりは、単純に貴様が好きそうだと思ってな」
 覗き込むように見上げる『可愛いは作れる』紲 雪蝶(p3p010550)の顔は嬉しげで、想像していた通りのその表情を見られたことで『紲家』紲 月色(p3p010447)の今日の誘いは成功したと言える。
「ね、月色」
 紫陽花が綺麗だねと、水たまりをピョンと飛び越えた雪蝶が笑う。
 グラオ・クローネの時は椿で、今日は紫陽花。
「季節ごとのお花見デート、重ねていくのもいいよね」
「そうだな」
「ふふっ」
 どの花でも、花の間をひらひらと動く雪蝶は名の如く蝶のようだろう。月色は後を追い、好きなように歩かせてやる。
「ね、月色」
 天の川を見上げてから止まり、くるりと雪蝶が振り返る。雪蝶が背にした天の川ではきっと物語の男女が逢瀬を果たしているだろう。
「あれから、僕の事いっぱい考えてくれた? 僕の口付けに……ドキドキした?」
「ドキドキ、か」
「うん。僕で月色の中いっぱいになった?」
「実のところよく分からなくてな」
 驚きはしたが、答えが出なかった。
 そんな月色に雪蝶はそっかぁとは思うが、凹みはしない。もっともっと押していけばいいのだから。
 だから、「だからな」と続く言葉に、雪蝶は「へぁ?」と声を上げることとなる。
「雪蝶よ。……今度は吾輩からしてみてもよいか?」
「してみる? 何……を――……」
 大きな体が星あかりを遮って、あっという間に覆いかぶさるように顔が近づいた。驚いて目を見開いた雪蝶は、思わずすぐに目をギュッと閉じる。
 ――けれど唇には触れず、月色の唇は頬へと降ってきた。
「え?」
 瞳を開けそうになった瞼へ。
「月――」
 額へ。
「んっ」
 唇へ。
「……雪蝶、雪蝶よ。その愛らしい顔を自分以外に見せたくないと思うのは、『恋』か?」
 慈しむように柔らかに順を追われ、雪蝶はどこに手を当てれば良いのかも解らず真っ赤に染まっていた。その姿を、月色は愛らしいと感じていた。
「このまま離したくないと思うのは、貴様と『同じ気持ち』か?」
 月色には恋が解らない。小動物に向けるような慈愛でもなく、親兄弟に向けるような親愛でもなく、ただただ愛しいと思うのは――恋、なのだろうか。
「雪蝶、やはり吾輩にはまだよく分からぬ。だから、吾輩が答えを出せるまで……飽きずに傍に居てくれぬか?」
「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!! こ、こんな……こんな事しといて分からないなんて! 月色の鈍感! むっつり! 言われなくても絶対手放さないんだから!」
 これは手繋ぎの刑! 月色からは絶対離しちゃいけない刑!
 勿論雪蝶からだって離さない。
(いつかきっと――ううん。秘密を話せても話せなくても、ずっとずっと”俺”の傍にいてね)
 ぎゅうと握りしめ、雪蝶は真っ赤な顔を見られないように半歩前を歩いていった。

 天の川が美しく流ている、そんな夜に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

佳きひとときとなっておりましたら幸いです。

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