PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<0と1の裏側>喰肉奇談<希譚・別譚>

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●希望ヶ浜
 テレビ番組の狭間で何気なく流されるMMORPGの宣伝プロモーション。MMOと言えば、練達ではProjectIDEAによる騒動が記憶に新しい。
 それは混沌世界からの帰還を目的とした練達が混沌法則の研究のために立ち上げたProject:IDEA――『Rapid Origin Online』である。
 何気なく菓子でも摘まみながらテレビを見ていることだろう。アア、そんなこともあったなあなと。

 そこはまるで――《東京》であった。

 ある旅人は驚愕し、その地を目にして歓喜に打ち震え涙をした。まるで故郷が其処には存在して居たからだ。彼等は剣も魔法も蔓延るモンスターさえ存在しない世界からやって来た。何の因果か、特異運命座標としてファンタジー世界に召喚された彼等に唐突に武器を持って人を殺せと乞う混沌世界はどう考えても異質であったあろう。
 だが、そんな彼等を受入れる。それが再現性東京<アデプト・トーキョー>。
 スマートフォンの通知メッセージを眺め、定期券を改札に翳しエスカレーターを昇る。到着を告げる電子音を聞き電車に乗り込んだ味気ない毎日を。この世界では有り得なかった尊い日常を。英雄に何てなれやしない人々にとっての当たり前が――時代考証もおざなりに日本人が、それに興味を持ったモノが作り出した故郷。
 その中の一つ、2010街『希望ヶ浜』も例には漏れない。だが、そんな日常にも密やかな毒が存在する。
 悪性怪異:夜妖<ヨル>と呼ばれた影たる存在に秘密裏に対抗する者達を育成する学園――『希望ヶ浜学園』
 ローレットのイレギュラーズは希望ヶ浜学園の生徒や講師として招致され希望ヶ浜での生活を楽しんでいる者も居るだろう。
 だからこそ、君たちは向き合わねばならない。

「R.O.Oは独自でシステムが暴走し、塔主達の制御からも外れて様々な事象の観測・再現を行ないましたね。
 その中でも正義(ジャスティス)という国は実に愉快であったそうです。何せ、冠位魔種と呼ばれる存在の権能を独自で再現していたのですから」
 そう告げたのは音呂木ひよのであった。その身に纏うのは天義聖騎士団の礼服――通称を『黒衣』である。
 神の代行者を名乗る騎士達は、周辺の穢れをも感じさせぬ純粋なる黒を身に纏う事となっていた。
 希望ヶ浜に棲まう音呂木の巫女(ある意味一般人)が着用して居るのは。
「練達が『神の国』の標的になったのだそうです」
 ――と、言う事だが。
「再現性東京コスプレお姉さんと一緒に、夜妖<ヨル>を退けに行きましょう」
 そう、此処は再現性東京2020X。魔法も剣も、モンスターも何もない。神秘的素養は何一つとして存在しないと信じられたこの場所では全ての敵勢対象は一纏めに『悪性怪異:夜妖<ヨル>』と呼ばれているのである。
「標的になったとは実に蛇にでも睨まれたような気分じゃあないかね? そうだな、赤の女王もビックリの有様だとは思うのだよ。
 やあ、特異運命座標(アリス)。元気にしていたかい? 本来ならば操にでも説明させるべきなのだろうけれど、生憎、佐伯製作所はR.O.Oの保護に大忙しでね。暇人でも話すくらいは出来るだろうと追い出されたのさ!」
「Dr.マッドハッターさんです」
 練達の偉い人、と指差されたマッドハッターは明るい笑みを浮かべている。
 R.O.Oは彼や他塔主達のコントロールから離れた後、コピー混沌『ネクスト』で様々な事象をゲーム仕掛けで展開していた。
 その正義という国が、注目を集めているのである。
「遂行者と呼ばれる人々にとって、冠位傲慢こそが神であるのでしょう。
 なら、神の預言を勝手に再現するゲームというのは実に許せない。と、言うわけで狙うというのは非常に合理的です」
「はは。それにね、『実践の塔』――これは操の管轄下だが、愉快なトランプ兵達が見られたらしい。
 健康と環境の持続可能性を科学するウェルネス・クラフト・テクノロジー・ハートフル・ソリューションズ株式会社、通称を『WCTHS』というらしいのさ。これが厄介だ。どうやら遂行者達にも関係があるらしい」
 ひよのは「胡散臭すぎて笑えますね」と告げた。aPhoneを確認したのは普久原ほむらが調査に加わっていたからだろう。
 WCTHSは『遂行者』が関与しているが、他の遂行者達も先に潜入している者が居るならば利用する価値があると協力関係を結んだに違いないとマッドハッターや操は認識していた。
「ならば、さっさと帰って頂きましょうか。秘密裏に仕事を行ないましょう。
 再現性東京2020X街――希望ヶ浜には剣も、魔法も、モンスターも、冠位魔種だって必要ありません。
 存在して良いのは心霊現象(おばけ)と、ちょっとした甘酸っぱい日常だけ……ですから」

●『汝、遂行せよ』
 ――アドレ、行ってらっしゃい。あまり気を配らなくても構わないよ。練達には確か……。

 元から遂行者が入り込んでWCTHS等を作っているなら自分が来なくても構わなかったのではないか。
 そんなことを思いながらも、この土地の特異性をアドレは翌々理解していた。天義とは違うが、この土地の人間は信心深い。
 八百万の神々とは言うが、それらを信仰するが故に実態を持ちやすいのだという。
 その一つが目の前に存在した。アドレはワールドイーターと呼ぶが此の土地では『真性怪異』や『悪性怪異』と呼ばれるのだろう。
 帳の下で手っ取り早いと拾い上げたそれは大した神格はないが何処かで忘れ去られた怪異の欠片であったらしい。
 何らかの名前が存在したらしいが、時代の偏見と共に忘れ去られたらしい。
 帳を降ろしたときに、もしもこの神格が育っていればこうなるという未来が見えてアドレは辟易した。
(……神様だって忘れられちゃ、この有様だ。只の人間だってそうだろうよ)
 頬杖を付いて、アドレはその空間を眺め遣った。
 ずらりと並んだ地蔵。崩れていった石段の向こうにはやけに草臥れた神社が存在している。
 その賽銭箱の近くにそれは立っていた。ぐちゃぐちゃと音を立てて何かの肉を食っている。
 その肉が『怪異』と呼ばれる物であることを識っていた。それも、真性怪異と呼ぶべき物なのだろう。
 共食いだ。実によくある生物的な偏見を見せてくる。アドレは莫迦らしい物を見詰めているかのようにも感じている。
「おいしい?」
「―――――」
 美味しいと答えた気がした。
「おまえ、名前は?」
「―――――」
「ない?」
「―――」
「そう。取りあえず、お前は零落しちゃったんだ」
 赤子のような声音で泣いている其れがアドレに『日出建子命』と名乗った気がした。成程、何とでも名乗れば良い。
 所詮はアドレの中ではワールドイーターであることには違いが無いのだから。
「僕は只、来ただけなんだよ。ツロ様が……まあ、此処もさっさと落としといた方が良いだろうって。
 冠位暴食も退けられたから、余っちゃったって事なんだろうけどさ。あはは、まあ――良いか」
 アドレは腹を抱えてから目の前の怪異に手を差し伸べた。
「よく喰って大きくおなりよ。そしたら、此処を滅ぼして」

 ――りん、と鈴鳴る音がする。
 何処からか聞こえてきたそれが外から入ってきた気配がした。
 帳と神域が混ざり合った。実に言葉にするにも厄介な状況下である。
 だが、希望ヶ浜というロケーションに対して絶好の舞台装置である『音呂木の巫女』はイレギュラーズに道を示したという。
 真性怪異に対抗するなら真性怪異を地に行って。
 巫女は『神の代行者』達を連れて遣ってきた。

 ぐちゃり、と何かを掴んだ音がする。
 肉を喰らい続けるその型の崩れた神格は緩やかに顔を上げてから笑った。
 喰うならば、人間の方が丁度良い。
 ああ、特に――『怪異かぶれ』の方が良いではないか。
 神意に触れろ。
 神域へ踏込め。

●『神に至る』(著:葛籠 神璽)
 私は神と言う存在に非常に懐疑的である。祭祀を意味する『示』、稲妻を描いたとされる天つ存在の『申』を付した字で構築された『神』とは日本に於いて神霊であるとされる。そもそに於いて、私はこの目で見えぬ存在に対しては全てが懐疑的である。
 だが、人というのは全ての事柄に対して何らかの理由を与えたくも為るのだ。人為の至らぬ事柄を祟りや呪いであると考え、霊力が強力に発現した結果であると理由を付与し続けた。また、崇高なる存在であるとする為に心の拠り所としても使用されることも多い。
 だが、神とは? 目にも見えぬ存在を信じる事に対して懐疑的になる事は間違いでは無いだろう。

 ――けれど、其れを全て否定することは出来ない。非科学的な自称を神霊的な物事であると考えた方が人間の心理的な感覚では楽だからだ。

GMコメント

 再現性東京コスプレお姉さんとご一緒に。

●目的
 『真性怪異もどき』の撃破

●希望ヶ浜学園近く
 再現性東京202X街。ご存じの希望ヶ浜学園の程近くに帳が降ろされました。
 と、言っても降りきってはおりません。ただ、その気配が出ただけです。
 この作戦のコントロールはマッドハッターが行って居ます。R.O.Oとマザーの保護には佐伯操(実践の塔)が尽力中。
 マッドハッター曰く「取りあえず、『真性怪異擬き(かみさまもどき)』を倒せば一先ずは安心しても良さそうだ、ということです。

 帳の内部には神域が存在しています。
 日出神社と呼ばれた場所を中心としているのでしょう。空は真っ赤に染まり、文字化けした建物だらけ。
 この内部には霊魂疎通系の能力で疎通できる相手は居ませんが、怪異はおります。
 崩れた石段に無数に並んだ地蔵。何処かから笑う子供の声がきゃらきゃらと響いています。
 ああ、それから……

[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

●エネミー
 ・真性怪異もどき『日出建子命』
  ひいずるたけこのみこと。建国さんとも呼ばれる国産みの神様です。親しまれています。
  日出神社は希望ヶ浜の各地にも存在し、其れに纏わる史跡も多くあります。ひよの曰く普通にしていれば無害な神様のようです。
  R.O.Oのヒイズルでの一件にて、侵食された後の様子なのでしょう。
  様々な真性怪異の肉を食い荒らし、人間でも何でも食い続けます。
  暴走した神格ですが、形が定まっていないので、物理的に倒す事が可能です。
  この建国様が『核』です。この帳を壊すにはこの怪異を祓(殺)すしか在りません。

 ・悪性怪異:夜妖<ヨル> 『貌のついてない白い人影』
  10人程度。正確な数は不明です。
  のっぺりとしています。人のような人ではないような。そんなフォルムをしており、だらりと腕を垂らして歩き回っています。
  皆さんを追いかけ回してきます。掴まったらどうなるかは分かりません。

 ・遂行者アドレ
  アドレ・ヴィオレッタと名乗る少年。外見は少年ですが実年齢は不明。
  アドラステイアなどでも存在が確認された遂行者です。アドラステイアでは聖銃士でした。
  アドラステイアの創設にも携わっており、ファルマコンについても詳しいようです。
  預言者ツロと呼ばれた存在に付き従っており、崇拝しているようです。
  イレギュラーズの事は『お人好し』『騙しやすそう』と認識しています。
  悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有し、非常に強力なユニットです、が、見ているだけです。
  ちょっと、建国様怖いみたい。

●NPC
 ・音呂木ひよの
 同行NPC。符によった結界術(回復や支援)や扇を使用しての神秘攻撃程度ならば可能です。
 また、『音呂木の鈴』と呼ばれた特殊なアイテムを手にしており、真性怪異に忌み嫌われる存在です。

 ・Dr.マッドハッター
 外で皆さんの帰りを待っています。が、基本的には希望ヶ浜及び練達の現状の総括をしているらしいです。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <0と1の裏側>喰肉奇談<希譚・別譚>完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年07月09日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
一条 夢心地(p3p008344)
殿
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

サポートNPC一覧(2人)

マッドハッター(p3n000088)
Dr.
音呂木・ひよの(p3n000167)

リプレイ


 夜に非ず。
 夜を求め。
 夜に在れ。
 ――日出建子命は、希望ヶ浜では土着的にその名を知られる存在だ。『建国さん』と親しまれ、神霊として名を呼ばれるそれは各地に社を有している。
 その総本山たる日出神社。イレギュラーズにとってはR.O.Oを介しての真性怪異の浸食で訪れた事のある場所だ。
「わはは、マジかよ久しぶりの日出神社のあるトコじゃん! いつだったっけ? 2年前? マジかぁ、ウケるー!」
 指差して『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「お久じゃん~!」と手を叩いた。常に快活な巫女見習いの娘の肌には蛇が蠢くようにずるりと皮膚の内側で何かが這いずった。
 黒衣には常と同じような赤いマフラーを揺らす、怪異に対して好意的な娘に「良いですか、弟子」と音呂木・ひよの(p3n000167)は冷たく言い放つ。
「怪異というのは存在を認識した相手を好ましく思い、取り入ろうとしてくるのです。
 ですから、必ず呼ばれても答えてはならない。何かを感じたとしても振り返ってはならないのです。それが、怪異との良い付き合い方でしょう」
 何時も通りの冴えた声音に「オーケー」と笑いはしたが、彼女や『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)、『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は応えてしまう手合いである。じとりとした視線を向けるひよのにシキはからりと晴れた笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫さ。それにね、日出神社って思い入れがある場所なんだよね。
 たとえ建国さん『もどき』だろうが――傷付け侵すなら覚悟してもらわなくっちゃ!!」
「ああ、シキさんは縁を結んだようなものでしたしね。ドクターからも一連の情報は私も拝見しておりますよ」
 R.O.Oのヒイズルに顕現した真性怪異が偶然にも希望ヶ浜とリンクした事件はひよのにとっても記憶に翌々残っていた。しかし、システム側の情報には疎い巫女に協力者である『Dr.』マッドハッター(p3n000088)が情報を横流ししたのだろう。
 曰く――『特異運命座標(アリス)達は、君達の云う神や天変地異に造詣が深いのだろう。私はマザーを護るとするから、君達はきちんと役目を果たし給えよ』との事である。端的に言葉を端折って伝えれば彼が言いたいのは「頑張って」ではあるのだが回りくどくくねり続けた言葉では真意よりもめんどくささが勝るのだ。
「ほほう」
 頷いた。白塗りの貌には喜色が滲む。
「ほっほう。『突然誰かに呼ばれたとしても決して応えない』『何かの気配を感じたとしても決して振り向かない』
 うむ、うむ。これは当然のことじゃ! 分かるか?分かるな新田かんじ! それがお約束だからじゃ~~!」
『殿』一条 夢心地(p3p008344)が躙り寄ったのは一連の資料を確認していた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)であった。
 天下太平を思わすような煌びやかな衣を身に纏った夢心地が反復横跳びで寛治に近寄っては遠離る。その後、向き合うように立った『殿』はそっと寛治の貌へと手を伸ばした。

 \殿! 後ろ! 後ろ!/

「――って声かけられて本当に後ろ向いちゃったら番組にならぬからじゃ~。 振り向かぬからこそおもしろいのじゃ! 分かるな新田かんじ~~~!!!!!」
 何故か寛治の眼鏡に手を伸ばしクイクイと触ろうとする夢心地に何の反応を示すこともないファンドマネージャーはされるが儘の状態で姿勢を正す。
「さて、真性怪異とワールドイーター。よもや等号で結ばれるとは想定外でした。
 ですが、状況は複雑怪奇ではありますが、遣ることは実にシンプルだ。何せ、銃で殺せる相手だというのだから怖れる必要は何も無い」
「そうじゃな、そうじゃそうじゃ! 新田かんじ~~~~!」
 されるが儘の寛治に「私が此処に居るのだって、きっと同じ事でしょう」とひよのは頷いた。確かにそうだ。ひよのは真性怪異には嫌われる身だ。『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は「ひよのさんが此処に居られるのは『偽物』だから?」と問うた。
「ええ。神に届く刃は、同じく、神性でなくてはならない。ですが、偽物の神格だというならば、本来の『神性』を払い除けることは出来ませんでしょう。私は音呂木の巫女ですから」
 音呂木神社には真性怪異が存在している。だからこそ、真性怪異同士が引き合うことはなく、嫌悪し合いひよのは立ち入ることも阻まれていたのだが。
(――ひよのさんが居る時点で、あれは倒せる神様で、倒してしまった方が良い神様だ。
 けれど……擬きと云えど、それが真性怪異を騙ってるのは確かなこと。真性怪異に忌み嫌われるひよのさんに何か害が及ぶかも……)
 何よりもひよのの動向を注視して、彼女を一番に置いていた花丸は彼女を守り切ると固く決意をする。微笑んだひよのの横顔を眺めてから『あたたかな声』ニル(p3p009185)は「心地良い、鈴です」と頷いた。
「ひよの先輩、ココア、行きましょう。
 練達はニルのだいじなだいじな場所。だいすきなひとが、たくさんたくさんいる場所です。
 だから、そこが傷付いてしまうのは、かなしいことになってしまうのは、ニルはとってもとってもいやです」
『いっぱいいっぱい』頑張るから。決意をするニルの背を押すようにひよのが手にしていた鈴がりん、と響いた。
 その音色に背を押され踏み入るのは偽の神域。日出神社より至る不完全な神の領域であった。


「……今回は、指定された情報のもの以外は何も見るな聞くな応じるな、と。
 そのくらいのつもりでないと、色々見える系人間にはきっついし。
 その結果想定外の巻き込まれ被害者がいたとしても、文字通り知ったことではない……で、いいのよね先輩?」
 確かめるように問うた『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)にひよのは頷いた。美咲の瞳は普くものを見通すとされた極彩の瞳であった。
 この世界へと至る前には14種の魔眼を有したとされる少女は現在では理解を超える事象ではノイズが走り、その視界を焼くことを理解している。
 偽の神格など、己の眼に映すことも厭うべき存在なのだ。渋い表情を見せた美咲へと『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は「美咲さん」と声を掛ける。
「何だかじめじめとした場所だよね」
「ええ。見なくったって膚で感じるものね。ここは『嫌』な所だわ」
 空は鮮やかさなど存在していない濁った赤色だ。幼子がパレットに適当に広げた赤色に様々な色彩を混ぜ込んで引き伸ばしたような天井だけが広がっていた。周辺に存在する看板には理解不能な文字ばかりが並んでいる。時折、ひらがなだけで記されたものがあれどもそれは意味も通じないものばかりだ。
「ふむ。右も左も神様だらけ。世が乱れている証拠か。これだけ領域が『汚れている』のは些か、食う者を選ばなかったからのようにも思えるが。
 腹でも壊してしまったのだろうか。気味の悪さも勝るが、神様と云うだけで『恋敵』だらけというのも目障りだな」
 思わずそう呟いたのは『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)であった。片恋相手と称するのは怪異に対して心の底から惹かれているように見えた澄原の娘だ。灰の髪を揺らすフィールドワーカーはこの空間にも心惹かれることだろう。
 目障りだ。『彼女』を連れてこなかったのはひよのの判断なのだろうが。連れてこられてしまえば引き込まれそうな彼女を思えばさっさと駆逐するに限るではないか。
「胎を食い破られるのも一興だとはおもうが、さて」
 有象無象を食い尽し、自らを押し上げようとする。神格をも食えば、混ざり合って一つになろうとするのか。些か度が過ぎた強欲だ。
「なんでも食べちゃうかあ。それってスラムで生きてた時のボクかな? ヒトまで食べてたかは覚えてないけど――」
 唇に指先を当てて悩ましげに呟いたヒィロに美咲は「ヒィロ」と呼び掛けた。彼女の左目に宿された緑の灯火が揺らめいている。煌めく彼女の瞳だけが美咲にとってはこの地での平穏だ。
「けど、ヤらなきゃヤられる命の取り合いって意味だったら、食べるのと大差は無いよ!
 だって、食べることは殺すこと。同じ意味合いを持っているから――さぁ、お前も『食べちゃう』ぞー」
 がおーと手を伸ばしてみせるヒィロは歪な空間で自身達の前に蠢く何かの気配を感じていた。
 くすくす、くすくす。何処からか響く子供の声。蝉の鳴き声が混ざり合いハウリングしていく。カンカンカンカン、踏切は遠く何処かでけたたましい音を鳴らしているのか。
 崩れた石段に、首をごろりと落とした地蔵の並んだ通り道。此方へ来いと言う様にその道だけは煩雑には見えやしなかった。
 まるで誘いだ。人間の本能的なものであるのかもしれないとシキは見上げる。さあ、おいでと手招くようなのだ。
 後方から聞こえた不快な音に後押しされるように静寂を求めんとする。行くも帰るも。『とおりゃんせ』。これだけ『礼儀正しく迎え入れてくれようとする』のだから――
「なんだか、こうやって誘われてしまうと……不気味だよね」
 アレクシアはぽつりと呟いた。怪異と幾度もの逢瀬を重ねた。その怪異が各地を騒がす『遂行者』の傍らに入るのだ。
「遂行者の人たち、練達にまでやってくるなんて……本当に世界の各国どこにでも現れるつもりなの……? 今回は聖女さんとやらはいないようだけど」
 知己とは言いたくもない話だが遂行者の一人である聖女ルルとは関わり深いとも言えよう。
 ひよのは「そもそも、真性怪異とは簡便に言えば神様なのですから、余所の神様に手出しするなど言語道断の行ないではありますね」とアレクシアに頷いて見せた。
「ひよの君としては、今回のことはどう思う?」
「コスプレをする程度には、ちょっと嫌ですね」
「コスプレ……」
 花丸とアレクシアは顔を見合わせた。天義聖騎士団の正装である黒衣を着用して居るひよのは「コスプレです」と胸を張った。
 からからと笑った秋奈は「奇遇じゃん、パイセン! 鈴ちょーだい、ほら、コスプレだぜ、いぇいいぇい」とダブルピースでアピールをしている。
「ま、まあ、それはそれとして。此処には白いのとかが入るんだよね? 前の鬼ごっこを思い出してちょっと憂鬱って言うか……。
 普通の怪異ならまあ、まあ、何とか……って思えなくもないんだけど『アレ』はね……ヒィロさん、アレクシアさん、二人とも無理はしないでね?
 長い時間、追いかけっこしないで済むように私達も頑張るからっ! 任せておいてね!」
 気を取り直した花丸にアレクシアは頷いた。『白いの』と称されたのは建国さんの領域内では幾度も姿を見せる夜妖<ヨル>である。
 捕まったならばどうなるかも分からない――そう告げるひよのの言葉を聞いてから寛治はふと思い至った。
(あれが本物の真性怪異なら文字通り『どうなるか分からない』でしょうが、ワールドイーターなら?)
 もしも、取り込まれたならば、何かに行き着くのだろうか。しかし、蒼き薔薇はそのような『失態』は許さぬだろうと不機嫌そうな顔をするであろう思い人を思い浮かべてから寛治は「参りましょうか」と眼鏡の位置を漸く正した。
「皆の衆も良いな。そんな感じで行くぞえ。たのみますよ」
 夢心地がばさばさと扇で己を仰いでいる。ひよのは「この人、怪異と相性悪そうですね」と何気なくそう言った。
「その心は!?」
「怪異に気付かなさそうだから」
「なっ、何てことじゃ――! 魑魅魍魎溢れる世に、ゴーストバスター夢心地は必要ないとな!?」
「怪異がテンションに驚いて帰りそうですよね」
 実害もなく終りそうだと揶揄うような声音であった。夢が東風は「秋奈よ、共に走ろうぞ!」と誘いを掛ける。
『白い』ひとがたの接近を察知してからヒィロとアレクシアは頷いた。くるりと振り向いてから其れ等を全て引き寄せる。後方から来た事から、誘う石段の気配は間違いでは無さそうだ。
「のわあーーー!」
「えっ、マヂ? 殿メッチャ置いてくじゃん」
 勢い良く石段を駆け上がる夢心地を秋奈は追掛けた。一緒に走ろうと言いながら置いていかれた事となる。
「だって……今日はちょっと調子良いからペース上がっちゃったのじゃ。
 麿にできることは音呂木レーダーが真性怪異もどきを見つけてくれることを祈ることのみ! 光るのも出来るぞ!」
「レーダー的には其の儘真っ直ぐですね」
 ひよのが石段を共に追掛ける。何処か生き生きとしている彼女を見ながら花丸は『一緒に冒険できる』事を喜ぶように眼を細めた。
「建国さん『もどき』!」
 呼ぶシキの眼前には日出神社の境内があった。丁度、真っ正面に何かが蠢いている。形容しがたい存在だ。肉の塊と言うべきか。それは地を這いながらずるりと動き賽銭箱へと覆い被さっている。『日出建子命』という神格を取り込んで造り上げられた帳。
「あれが……」
 R.O.Oでも見たことのある風景に、良くない感じだと体が悲鳴を上げている。ニルはひよのの鈴の音色だけを聞いていた。
(……ここで、帳を壊して護らなくちゃ……マザー達は、きっと無事で居てくれる……。みんなで、護っているから……)
 マッドハッターがマザーの補佐を行って居るならば、安心できるだろうか。否、此処をどうにかしなくてはそれも崩れ落ちてしまうとニルは考えて居た。
 崩れた石段に躓かぬように僅かに浮いてやって来た。アレクシアとヒィロが白い人影を引き寄せながら境内へとやってくる。其れ等の居場所を認識していれば不意打ちも防げるはずだ。けれど――
「……あれが、建国さん……?」
 ニルの唇が戦慄いた。建国さんと呼ばれて親しまれたその存在は無害だった。知名度は高く、それ故にその名を知られた神格を利用した行ない。
「そんな……ひどいのです。
 ……帳をなんとかするには、倒すしか、ないのですよね。もどきも、歪められて、くるしくて、かなしいのでしょうか」
 ニルの悲痛な表情にひよのは「きっと、苦しいでしょうね」と呟いた。秋奈は「うーん」と腕を組んでから首を傾いだ。
「どうにかしてやりたいぜ! みんなご存じ! って感じにもなってたじゃん? 親しまれてたじゃん? 日出神社もあるくらいだし!
 私ちゃんもそっち寄ってるからわかるし! 縁ができた神様が今更一人増えたところで大丈夫っしょ! 限界超えてへヴるくらい今更なんだぜ!」
「……こら」
 ひよのの鋭い視線を受けてから「やめます」と秋奈は肩を竦めた。残滓でいいなら連れて帰ってやろうと考えて居たのだ。
「貴女は、全く。……大丈夫ですよ。日出建子命はそんなに『やわ』ではありません。もどき、である時点で彼の神格は護られています。
 ですから、此処で残滓も残さぬ程度に殺し、祓い、本体に影響を残さないことこそが求められることなのですよ」
 ひよのが扇をすう、と広げた。その仕草を真似るように秋奈は緩やかに刀を引き抜いた。戦い慣れた体は、飛び込むことばかりを楽しみにしているかのようで。
「なら、助けてあげましょう。早く、元に戻してあげなくっちゃ。かなしいと、ニルは思いますから」
 魔力が柔らかに灯った。看板に掲げられた理解不能な文字列が軋む。魔力の気配を感じ取り『もどき』が叫ぶ声が、幼子の笑い声として天より降り荒む。
 それは佇むだけの悪意だ。怪異などとは程遠く感じられる。
 ――ああ、けれど。背後から誰かの声がする。


 その姿を見たときに、何と不敬な出来映えだとシキは感じていた。
 建国さん。神様を模したにしては余りにも不出来な肉の塊をその双眸に映し、駆けだした。
「肉が欲しいなら私を食べる?」
『―――――』
 理解も出来ない声音が蝕むように響いた。リン、と響いた鈴の音がシキの視界をやけにクリアにしてみせる。
「――なんて、私はどんなグルメにだって勿体ないよ!」
 それだけ怪異の浸食行為を受けたのだと感じられた。距離を出来る限り維持をして、黒き気配が大口を開け食らい付く。
 視界を覆った黒き気配。続くように前線へと走り抜けていく花丸が「ヒィロさん、アレクシアさん、お願いね!」と、それだけを残し建国さんの眼前へと躍り出た。
「白いのばっかり! それに……この『もどき』があの建国さんなんだよね?
 暴走して形を失って、今は人でも怪異でも何でも食べようとしてる。……こんな姿、正直見ていられないよ」
 塵も残らぬほどにするしかない。怪異そのものにも『帳を降ろしたように』擬似的存在として利用しているならば。
 花丸はひよのを信頼している。彼女がそう言うならば、その通りに撃破も出来よう。この空間を造り上げる『神格』を破壊するべく。
 地を蹴った。叩き着けた拳は成程、肉を撫でたかのようだ。ぐんにゃりとしていて何処にも捉えどころは無い。
「あまり『美味く』はなさそうだ」
 愛無は呟いた。殺せば死ぬというのは楽だと言わざるを得ない。喰う事で情報を獲得し自身の存在を確立しようとしているのだろう。
 成程、ガワだけは借り受けられたが神格を確立させるだけには足りなかったという事か。愛無は興味はあれどもその観察の猶予が無い事を知っている。
「死ぬまで殺すだけ。殺したら食う。事はシンプルなのが一番だ」
 地を蹴った。愛無も喰らうが如く飛び付いた。
 蝉の鳴き声が響き渡っている。ずるり――音を立てたそれをその双眸に映してから寛治は息を吐いた。
「アドレ――」
 呼び掛ければ、少年は足をぶらぶらと揺らがせてから笑う。
 神社に一人置き去りになった幼子のような、何処か浮世離れした風体の少年は「こんにちは」と嫋やかな声音を吐出した。
「ペットに餌をやるつもりは?」
「毛頭無い、っていっても信じないでしょう」
「ええ。勿論。何せ貴方は遂行者だ。幾度となくイレギュラーズと敵対した、ね」
 その照準は日出建子命へ。しかし、視線だけはアドレへと向けていた寛治の唇が吊り上がった。アドレに言わせればそれは『あくどい大人』の笑みだ。
 ――彼はあくどい大人の傍に居る。運命に固執し、来るべき未来の為にと闊歩する一人の男が脳裏に浮かんでは苛立ったように唇を尖らせる。
「やほやほ。眼ェ合ったじゃん? ウチらの事メッチャ見てるって事は、好きって事では??」
「それって、僕が好きだと言えばお前はコッチに寝返るの?」
 秋奈がフランクに笑いかければ、アドレは応じる。が、ひよのの扇が勢い良くばしんと秋奈の頭を叩いた。
「私が! 叱られるでしょう! 貴女の恋人に!」
 弟子を任せた――と告げた事はあるが、それは同時に己が監督するときは彼女の代わりに、と認識しているのだろう。ひよのの鋭い声音を聞いて花丸は苦笑する。
「……けど、アドレ。遂行者か。何もしないなら、私も何もしない。どうする?」
「何もしないよ」
 手を上げて「僕は『夏休み前の自由研究課題』の事前準備をしている男の子とでも思っておいてよ」と告げる。
「あぁ、そういえば何時ぞやのちょこれーとぼーいもいるのだっけか? ぼーいは、何ぞ悪いぼーいだったのだな。つまり喰っても良いぼーい」
「食わないで、ってのは我が侭かな」
 アドレに愛無は「さあ?」と肩を竦めやった。
「どーなつ喰うかね? ぼーい」
「貰おうかな」
 何気なく、どーなつを差し出す愛無に警戒するように騒霊がぐん、とその腕を伸ばした。
 何故悪い事をしてるのか。そんなことを問うべきか。人間にも『産地』を気にする場合も有るが、とそこまで考える愛無の代わりに。
「アドレ様……。アドレ様は、どうしてこんなことをするのですか?」
 建国さんの周囲を飛ぶ二羽のファミリアーを共にニルは境内へと降り立った。白いのを引き寄せるアレクシアはニルの問い掛けに興味を持ったのか顔を上げた。
「神の国は、ニルの好きなものを塗りつぶしてしまいます。かなしくて……くるしくて……とってもいやです。
 ニルはアドレ様たちの言うかみさまというのはわかりません。こんないやなことの先に、アドレ様たちはなにをするのですか?」
「……『神』の言う事は絶対なんだよ」
 少年は言葉を慎重に選ぶようにニルにそう言った。しかし、ニルの瞳から見れば彼は本位でないように見えてはならない。
(聖女――ルル君は『そうあるべきだ』と言っていた。彼は、違うのかな……)
 全てを引き寄せ、走りながら。近付く相手を弾き飛ばし、繰返す。怪異との『追いかけっこ』に興じるアレクシアは「アドレ君」とその名を呼んだ。
「……結局、あなた達は何がしたいの? 世界の各国に姿を見せているにしては、どうもどこも本腰をかけてるわけでもなさそうだし。
『神の国』を世界中に広げるにしては、少し手緩いんじゃない? 他に何か目的でもあったりするの? 例えば――」
 突如として足元から飛び出した白い人影に気付きアレクシアが勢い良く跳ね上がる。ヒィロも同じく足元から飛び出した怪異に「わあ!」と声を上げた。
 勢い良く跳ね上がる。其の儘の勢いで弾き飛ばし姿勢を立て直す。ヒィロは『本命』に向かった美咲のための時間稼ぎこそが使命であると認識している。
(美咲さんは、前だけ見てて。ボクが背負ってみせるから――!)
 勿論、共に動き回るアレクシアの事を『善い人』と認識しているヒィロは彼女に危害が及ぶことも本意では無い。
 彼女がアドレと対話を望むなら。それだけの時間を稼いでみせると疾風の如く駆け抜ける。追い縋り、迫り来る影。
 貌を頂戴。貌を頂戴。貌。貌。体。体。肉。どうして居なくなるの、どこにいくの。行かないで一緒に来て。耳朶を垂れ下がっていく怪異の呼び掛けを振り払ってヒィロはアレクシアに頷いた。
「――全ての世界に種を撒いて、現状を把握しておきたい、とか」
 アドレの肩がぴくりと動いた。美咲は小さく頷いてから寛治に視線を送る。直感的に、どうしようもなく彼の本心に触れる機会だと思ったのだ。
「キミもあちこちパシられたりして大変ねー。手広くやってる割には、人手足りてないの?
 遂行者って言うけどどうも、一枚岩でもなさそうだし、仲良しこよしというわけでもないみたいだけどね?」
 美咲の魔眼が光り輝いた。先の先を切り取るように、破滅に身を寄せる。食い付かれる事の無きよう気を配りながらも、至近で光る虹色の瞳が建国さんの肉体のさらに『その奥』を裂いた。怪異は物理的なそん藍ではない。阻むのは偽物の肉だ、故に、『その奥』を狙う。
「ルルは面倒だよ」
「ル、ルル君……」
 聖女ルル。アレクシアは思わず呟いた。桃色の髪を揺らがせた、外見こそは聖女であれど、内面はただの『明るい少女』のように思えてならない遂行者。
 そうあるべきを求められた彼女を面倒だと呟いてからアドレは言う。「けれど、君達には僕らだけで十分だ」と。
「しかしまあ、イレギュラーズへの因縁を付けにあちらこちらへの出張族、本当にお疲れ様ですね」
「出張族か、言えてる」
 寛治の嘲りにアドレが鼻先をすんと鳴らした。建国さんを穿つ一撃。仰け反った怪異の行く手を遮った花丸は複数の障壁を身に纏い引付ける。
「ていやぁー!」
 飛び込んだ夢心地は「物理的に倒せるのであらばこちらのものよ!」と斬って、斬って、斬って、斬り続ける。
「百鬼夜行を切り倒してこその麿の存在意義! 『えーっ、なんで夢心地来たのー?』と嫌な顔を為れたあの日にさようなら!」
「んふっ」
 思わず吹き出したひよのに夢心地が振り向いた。どうやら殿の存在はひよのの心のツボを的確に抑えている。
 怪異の専門家は『自分の予想を遠く超えていく人間』を見ると愉快で堪らぬのだろう。音呂木の巫女の笑顔にウィンクを返してから更に刀を振り下ろした。
 何故か――『怪異は不定形』。故に、死するまでの判断がつかぬのだ。倒し切れたか否かの判断は、ひよのだけでなく自身等でも降さねばならないからだ。
「神様でも遠慮無く斬るんだもんなあ」
「信仰は人それぞれではありますからね。
 しかし……アドラステイアに振り回された後は、予言書に振り回される毎日、実に空虚ではありませんか?
 だいたい、予言書が正しいなら、どうしてイレギュラーズに情勢をひっくり返されるまで動けなかったんですかね?
 その予言書、既に敗北書じゃありませんか?」
「言うねえ」
 寛治を眺めて居たアドレの瞳がきらりと光った。少年は口撃を繰り出す男が愉快で堪らぬと入った様子だ。
「――そんな価値のないテキストに流されてその日暮らしを続けるなんて、貴方のお母さん、じゃなかった正純さんが泣いていますよ?」
「あの人、僕のお母さんだったのか」
 アドレは寛治が名を呼んだ九重葛の娘を想像してから小さく笑った。因縁深い相手でもある。
『アドラステイア』の破滅を求めた彼女の事を覚えてしまう程度にはアドレも祖のイレギュラーズを知っていた。
「まあ、僕は母親の顔なんて知らないから、正純って人から生まれてたっていうならそれで構わない。
 けれど、そうだね……僕は預言者ツロに付き従うだけ。僕が従うのはあの人だけで、僕を利用するのはあの人の権利だ。
 正直、僕はあんな預言なんてどうでも良くて、命を賭ける意味なんて、どこにも見出してやしないけれど――けれど」
 アドレはゆっくりと立ち上がってからイレギュラーズを見詰めた。蠢く建国さんは彼が触れても『取り込む』だろう。
 理解しているからこそ、彼は距離をとる。
 それはアドレの信ずる神ではない。希望ヶ浜はいとも容易く信仰に形を与える。現実から目を逸らすが故に、神格を容易に造り上げてしまうとでも言うかのように。
「僕は、何もないからこそ。こんな世界全部滅びちゃえば良いと思ってるよ」
 アドレが言う。ぴくり、とシキは指先を動かしてからアドレを睨め付けた。
「『アドレ』と言うんだってね。元アドラステイアの聖銃士、創設にも関わったって聞いた。……本当に?
 君があの国を作った人の一人ってこと? あんな、子供たちの明日を奪うような国を?」
「僕が用意したのはファルマコン。あれはね、僕らの方舟になるべき存在だったから」
 アドレの背後に揺らいだ気配にシキは気付く。悪魔憑き、悪魔を使役するとされた遂行者が利用する『悪魔』とは果たして何か――それに漸く合点が言ったとでも言うように、アレクシアは終焉獣と呟いた。
「終焉獣(ラグナヴァイス)……」
 美咲はアドレを見詰める。彼の連れた騒霊達が『そう』だというならば。
 その一つが独立し、あれだけの意志を有する存在にまで育ったのは数ある存在の信仰と『新世界』と呼ばれた者達が利用価値を見出したからか。
「僕が用意したのは箱庭だけ。『ああなった』のは人の意志だろうね。
 けど……まあ、勿体ないことをしたと思うよ。あんな風に壊してしまうんだから、育て方に失敗したのかも知れない」
 アドレの言葉にぎりり、とシキは唇を噛み締めた。眼前の建国さんが伸ばした腕を斬り伏せる。擬きと言えど、神様だ。強敵であることには違いない。
「あんな風に、アドラステイアでは人が死んだのに!」
「そもそも、だ。君達が居なければアドラステイアは存在しなかった。だって、冠位強欲は天義を飲み干した筈だからだ」
 シキが目を見開いた。ヒィロは「それじゃ、もっと人が死ぬよ」と冷たくも囁く。
『アレに捕まるとどうなるの?』『やばいのなら、おーけー、ボクが走り抜ける』――そう告げて駆け回っていたヒィロはその時初めてアドレを双眸に映した。
「正しい歴史に修正するって、ヒドい事ばかりだよ。不幸を肯定しているんだから」
「確定してしまった未来を破棄するためには時を戻さなくちゃならない理由が良く分かるよね。幸福なんて、そこに生まれちゃだめだった」
「キミの理論は、めちゃくちゃだね」
 ヒィロは思わず呟いた。
 皆ほど立派な人間じゃないと彼女は言う。だから、どうなったっていいと走り抜けていく。その姿勢が何故か『彼』に重なって見えたからだ。
「それでいいよ」
「……あの、さ。アドレ。ちょっと怒っているんだよ。
 だから――いつか絶対、君を討つよ。アドラステイアで死んでいった、誰の償いにもならなくても」
 シキを見詰めてからアドレは「いつかね」と囁いた。


 アドレは何もしては来ない。ならば、建国さんを倒すのみだと理解していた。
 愛無の触手がずるりと伸ばされる。
 美咲は「遂行者産なんだろうし、中に鍵になる聖遺物でもあれば狙い目なんだけど」と呟いた。神格そのものを核としているのだろうか。
「ねえ、先輩。聖遺物の代わりに他の神格を使うってお行儀の悪い方法もアリなのね」
「アリなのでしょうね」
 小さく頷いたひよのに美咲はげんなりとしたようすで見遣った。何せ、相性が良く思えてしまうのだ。再現性東京と天義、どちらにも共通するように見えぬ神様の存在が点在している。
「あまり手を出されたくない場所ね」
「ですから、これでお帰り頂きましょう」
 美咲は頷いた。信頼している。ヒィロならば大丈夫だ。駆け回るヒィロは『気持ちよく前を向いていて欲しい』とそう言った。
 スラムで命懸けで逃げ回っていたときと同じように。走り続ける。
「アレクシアさん、大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
 捕まったら『酷い目』にあう。けれど、それがどうした物であるかは分からない。故にアレクシアとヒィロは連携し合って走り続けたのだ。
 二人の少女を確認して寛治は「取り込まれた先には何があるのかアドレは知っていますか」と問い掛けた。
「いやだよ。怖いのが嫌いなんだ」
 ぶつくさと呟いたアドレに寛治はふ、と小さく笑みを零した。恐怖を越えた紙一重の境地、それを知っているのは屹度――
「ひよのさん、ですかね」
「……怪異に侵蝕されたならば、後はその神格次第でしょうね。恐らくこんな場所に入る有象無象では不快感が勝るだけ」
「マッ!?」
 秋奈がくるりと振り返った。日出神社に賽銭でも入れて、ノルマを果たして帰るのだと建国さんを相手取っていた大地を蹴って跳ね上がる。
「そんじゃ、終わりにしようぜ!
 こういう時は可愛く笑って~~、うはは、ゴメンネッ!」
 倒すならば其れで良いとでも言う様に。秋奈が告げる。ニルはすう、と息を吐いた。
 その瞳には感情が滲んでいる。相手が何者であろうとも、ニルが行なうのは命を奪う行為に他ならない。
「ごめんなさい」
 ニルを食べたいのだろう。その気配をひしひしと感じている。
 ニルは食事を必要としない。だからこそ、その気持を理解は出来ない。
「ニルは『おいしい』になるわけにはいかないのです」
 かなしく、くるしい出来事から、遠く、遠く――遠離るように。
 ニルの魔力を感じ取りながら夢心地は勢い良く刀を振り下ろした。眩く輝き、叩き着けた一刀は、不完全な神格をも破壊する。
 崩れ落ちていく建国さんと共に世界が揺らぐ。不可解で不完全な神域が遠離る。
 そして――気がついた頃には遂行者の姿諸共全てが消えていた。

 ――帰り道に。
「音呂木」
 呟いた愛無の呼ぶ声にぴくりと指先を動かしてひよのは振り返った。
 音呂木ひよのの薄氷を思わせた美しい瞳が愛無を見ているてん。
 天義よりの侵略に彼女と協力関係になったのはそれが共通の敵であったからに過ぎないと考えて居る。
 勿論、一枚岩ではないのが再現性東京という都市と愛無は翌々知っていた。自身が滞在することの多い燈堂も、澄原にしろ、佐伯にしろ、だ。
(必ずしも、こちらの味方ではない。座標とて一枚岩でないように、彼女達とて、それぞれの優先すべき事象が存在する。
 協力しているのではなく、監視と言うべきか。利害が一致すれば手札の一つも見せるだろうが――ならば『音呂木』は何故)
 これより先暑くなる。
 夏はこの世とあの世が近くなる。
「……いいや、ひよの君」
 夜に非ず。それは彼女が逆鉄的に夜妖に近しいモノだと言って居るような気がして。
「帰りましょう」
 リン――
 鈴が鳴る。唇が音を奏でては滑り落ちていく。
 怪異の気配を傍らに、その瞳は煌々と笑い続けていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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