シナリオ詳細
<0と1の裏側>シャトンの巡礼
オープニング
●
きみが夜に佇むならば。
ぼくは光となりましょう。
きみが悪魔になったならば。
ぼくは天使になりましょう。
きみが誰かを殺したならば。
ぼくは誰かを愛しましょう。
きみとぼくは、ふたりでひとつ。ひとりで、ふたつ。
もう二度とは別たれないように、強く、強く手を握っていよう――?
●
見慣れぬ景色を見回してからイレイサ(p3n000294)は戸惑ったように振り返った。
「これが、練達」
唇を擦れ合わせるように辿々しく言葉を紡いだ彼は各地を放浪していたとは言えど、離れ小島であり、巨大ドームに存在するセフィロトには踏み入れたことはなかった。
「見慣れない?」
問うシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)へと少年は小さく頷いて。電灯が明るく照らすその小部屋には規則正しく机が並んでいる。
学び舎の窓から覗く向こうには幾つもの鉄の壁が聳え立ち、人々が何食わぬ顔で営みを送っているらしい。
「この壁も」
「コンクリートも、現代的な建築も、天義とは違うでしょうしね」
指先でそっと壁を撫でてからココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はイレイサへと振り返った。
アリスティーデ大聖堂から訪れた練達、その再現性東京の街並みを眺めて居たイレイサの困惑は目に見えて明らかで。
「……でも、人が居ない」
「ああ、だからこそ此処が神の国なのだろう」
黒衣を纏う少年にブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は頷いた。深く帳を下ろしたその場所は、まるで音の一つをも奪われたように静まり返っていた。
「此処が狙われたのは、R.O.Oが理由だったか」
「わん」
「おん」
お返事を上手に返したポメ太郎と面白山高原先輩にベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はゆるゆると頷いた。
椅子に腰掛けていた『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)はお手製の黒衣風マントを着用させたチャウチャウを撫でながら「アルミホイルで降ろし蓋をするみたいだわ」と唇を尖らせた。
「別々の物をそっくりに作って覆い被せるらしいのね。天と地を別々に作って、それが交わったら……なんていう創造神話みたい。
空の青も、海の青も、そっくり其の儘同じで地平線の向こうは混ざってたりするのかしら?
けど、それで全部が全部作り替えられるのは、納得いかないよね、ポメ太郎くん」
「あん」
ぎゅっとポメ太郎を抱き締めた万葉に小さなポメラニアンがお返事を返す。
全てが作り替えられる。そうあるべき姿へと変化する。R.O.Oは『観測』してしまうからこそ危険なのだという。
帳はまだ降りきっていない。だからこそ、被害が出る前に止めるべきだとやってきた。
「テセラ・ニバスがどんな所か余り知らないけど、イレイサが信用した皆だもの、私の街を護って」
万葉は静かにそう言った。イレイサはむず痒そうにブレンダやシキ、ココロを見遣る。
「……核を探せばいいらしい。遂行者ってヤツも一緒に。
此処から追い出して、俺、あとでさ……あの……クレープ、食べたいな」
「おねーさんが奢りましょうぞ」
胸を張った万葉にイレイサは「行こう」とイレギュラーズへと手を差し出して。
●
鮮やかな空の光が降り注ぐ。
東京の街並みに変化はない。混沌世界とは思えぬような平凡を眺めた少年は白い衣を纏っていた。
柔らかな白髪は毛先に至れば穏やかな桃色に。遠離った雨の気配は天気予報の降水確率を蔑ろにしたかのようだった。
「シアンは一人かな。遠く、遠くだね。遠くだけれど、ぼくたちは繋がっているから大丈夫。
イレギュラーズが居て良かったなあ。ぼくとシアンの事を祝福してくれる、ぼくらを愛してくれるから」
柔和な笑みを浮かべた少年の名はシャトン。愛しい番とは別々の使命を与えられて此処までやってきた。
目を付けた学び舎は、沢山の子供達が未来を見据えて過ごしているらしい。
その眸には何が映るのだろうか。事実を誤認して過ごす毎日って楽しいのだろうか。
「ぼくは現実を教えてあげるからね。帳を下ろしたら、再現性を壊して、壊して、現実をプレゼントしてあげる。
シアンはどうしてるからな? ぼくのシアン。一人で怒ってやしないだろうか」
番のことばかりを考えて愛おしそうに笑った少年はお日様の匂いがした。
小さく、まだ幼い彼は楽しげなステップを踏みながら学び舎の中を駆け抜けて――遠く、黒衣を見付けた。
神様の代行者を名乗った愛すべき隣人。『ぼく』にとっての『愛しい時間を祝福する』者達。
「シアンとぼくは世界が終る時までしあわせにしあわせに暮らすのだから。
彼等には其れを祝福する義務があるよね。世界が終ることで物語はより一層華やぐんだ。だって、ハッピーエンドって終らないと与えられない称号でしょう?」
楽しく笑ったシャトンは言う。
この場所に降ろす帳の核は君にあげるね、かわいいかわいい『ぼくの子猫ちゃん』
「こんにちは、黒衣の人達。ぼくは『シアン』。ぼくは二人で一人。ぼくは只の遂行者だよ。
聞きたいことがあるけど、ハッピーエンドって好き? ハッピーエンドっていうのは『終る』からこその言葉だと思うんだ。
これから続いていく物語って言うのは蛇足で、最後の最後に祝福として与えられるのがハッピーエンドって言葉だとぼくはおもう」
少年の銀の眸がイレギュラーズを見ている。その背後にはワールドイーターが大口を開けて待ち構えていた。
お日様の匂いがする。朗らかで温かな気配だ。校舎の中に要るには余りにも不似合いな怪物の息遣いがする。
「ぼくにしあわせをちょうだい?」
- <0と1の裏側>シャトンの巡礼完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
夢を見て微睡み続けて居る。その眠りを態々と醒ますことなど必要ないではないかと『煉獄の剣』朱華(p3p010458)はそう言った。
燃えるような艶やかな瞳は歪な揺り籠を眺め遣る。白日のもとに晒された現実よりも尚、目を逸らすようにして俯き生きる人々は、朱華の在り方とは大きく違っていて。寄る辺なき世界に唯一無二のよすがを求めた者共の楽園にひっそりと忍び寄る気配もまた、泡沫の如く。
「混沌のあちこちに現れては掻き回して……本当にはた迷惑な奴らね」
「……今のこの瞬間にも希望ヶ浜には生きている人が居て、日常を続けて居るのに……。
それを自分たちの都合だけで作り替えるだなんて、許せないよ! 絶対にさせない……!」
握りこぶしを固めた『優しき笑顔』山本 雄斗(p3p009723)はぎりりと唇を噛み締めた。この場所なら彼だって普通の学生だ。外に出ればイレギュラーズと呼ばれる存在となる。クラスメイトへのちょっとした秘密は、世界の平和を保つ為の英雄(ヒーロー)願望のように煌めいていた。
「遂行者」
呟く『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)にイレイサ(p3n000294)が頷いた。頼りなかった孤児の少年は、今は斯うして戦場に共に馳せ参じる仲間となった。そのくすぐったさを感じながら肩を竦めて「わたしの領地にも彼等は来ました」と言葉を繋げた。
「場所を選ぶことはなく――いえ、混沌全土をも掌握するように動く彼等。目的の遂行をより重視しているのは明らか。……こんな不安定な世界で何をする気なの?」
「だからこそ――なのかもしれないが」
世界という舞台の上で、生きる為に自らの物語を演じ続ける。その象徴たる舞台は決して人間が選ぶ事の出来ない神の悪戯だ。お題目を選ぶのが神と呼ぶ不可視の存在だとすれば『猛る麗風』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は彼等はその神の意志を『遂行』する為に現れたとでも言うべきか。
「しかし、今度は練達か。この国も竜に襲われたり、色々と大変だな。
……勝手をされるのは気に食わんし、頼られたのなら私は私に出来る事をするだけさ」
その唇に薄い笑みを浮かべて見せたブレンダに「頼りにしまくっちゃう訳です、ね、イレイサ」と『探偵助手』退紅・万葉(p3n000171)は溌剌に微笑んだ。その足元ではずんぐりとした犬が腰を下ろしている。万葉の飼い犬のチャウチャウ、面白山高原先輩の姿を認めてから、小さな手脚をしゃかりきと動かしたポメ太郎が尾をふんわりと揺れ動かした。
「ポメ太郎。面白山高原先輩と一緒に待って居なさい、終わったらみんなでお出掛けだ」
「ええ。面白山高原先輩。ポメ太郎君を宜しくね?」
小さく返事を返した犬たちを見遣ってから『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は愛犬の頭を撫でてから周囲を見回した。異界よりやって来た騎士とは余りにイメージの懸け離れた鉄筋コンクリートは冷たい印象を与えてくる。
「……戦場となるのは校舎、か。よもやこの様なところに帳が降ろされようとは。幾度かは踏み入れた事のある場所だが、慣れぬ場所であるのは確かだな」
闇色の外套を揺らす青年へイレイサは「天義ともまた違って、不思議なところだ」と呟いた。
「そうだね。世界は色々な場所があって、それぞれが違った姿を見せるんだ。
――なんて、ふふ。イレイサ、今回は一緒の依頼だね、頑張ろうねぇ。あ、でも無理はしないように。私の大好きな君のこと、ちゃんと大切にしてよね」
イレイサは素直に頷いた。『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は少年にとって『姉』だ。家族もおらず、孤児として生きていた少年を暖かく抱き締めてくれたひだまりのようなその人は嬉しそうに唇に笑みを浮かべている。
「無理はしないけど、無茶はする。だって、これは遊びじゃなくて。侵略だ」
「ええ。その通り、侵略行為です。幻想に海洋には飽き足らず今度は練達までも手が伸ばされた。
同時に、豊穣の方にも魔の手が迫っているようですが……侵食を止めるコトを優先しなければならない状況では中々、遂行者を捕らえるコトが出来ませんね。好き勝手にされてばかりではいけませんからそろそろ、決着を付けていきたいトコロではありますが……」
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)はその機は今だ訪れず、彼等との決着は天義本国に及ぶのだろうかと忌々しげに呟いた。
幼さを滲ませるかんばせに浮かんだ怜悧な気配にイレイサは背筋をぴんと伸ばした。年の差を余りに感じさせぬ『なり』をしていても彼女は何倍も年齢を重ねている。叡智の娘は追掛けるならば獣の嗅覚を研ぎ澄ませ、その喉元に牙を立てる『タイミング』を見定めるべきだと考えて居るのであろう。
降りつつある帳の気配を感じ取りながら「行きましょうか」と振り返った幻想種の娘の紅玉の瞳が鮮やかに、敵を貪れと囁いていた。
●
艶やかに揺らいだ金の糸。華やかに月と陽を編んだかのような色彩を宿した長髪がその動きと共に揺らいでいる。
華奢な体躯には恐らく似合わぬような巨大な狙撃銃を手に『開幕を告げる星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)は深と静まり返った廊下を歩いた。
「ハッピーが続く中で、上から上書きして途中で打ち切りにするのって……それこそ『蛇足』じゃないのですよ?
ハッピーエンドを求めながらバッドエンドに一直線に向かうようなことをしていて……うーん、可哀想な人ってきっとああいう人のことを指すのでして」
首をこてりと傾げたのは遂行者の物言いへの途惑いだった。雄斗の瞳が青空を追うように窓の外へと向けられてからルシアへと戻される。
「ハッピーエンドはこれから続く幸せの第一歩で、その『続き』は決して蛇足なんかじゃないと思うんだ」
「はい。それを打ち切りエンドは一寸可笑しいのでして」
しあわせが訪れて物語はエピローグを伴って終っていく。そこから先を描くのは蛇足であるのだと言う遂行者の介入こそ物語にとっては『蛇足』だとルシアは唇をつんと尖らせた。
「しかし……彼等にとっては、現実こそが作り替えられるべき代物なのだろうな。
その思考を俺達と共有することは出来ず、俺達とてそれを受け入れる事も出来やしない。全てを無かったことにすることは、少なくとも俺には出来ない」
ベネディクトは苦々しく呟いた。これまで歩んだ道を蔑ろにし、求める世界のあらましを語られようとも自ら達が頷くことができないならば。
だからこそ、戦わねばならんのだろう、と。青年はそう呟いた。廊下を歩む足を止めることなく一行は耳を欹て、僅かな感覚を頼りに進む。
「帳が降りきる前に」
呟くドラマが耳を欹て、僅かな音を拾う。鍵盤を叩いた音。不均一なピアノの音色――音楽室のプレートを眺めてからルシアは頷きそっと扉を開いた。
「来たんだ。もう少ししたら何処かに行こうと思ってたけど」
「なら、会えて良かったのでして」
「こんにちは。ぼくは『シアン』」
「……?」
朱華の表情が僅かに歪む。シアンと呼んだ誰かを求める少年はまるで自らを『シアン』であるように振る舞うのだから。その行いを眺めて居て、直感的に感じた気味の悪さにシキは「ああ」と呟いた。
「シアンという遂行者はずっと君の名前を呼んでいるらしいよ。けど、君は君の名前を一度たりとも名乗らない。本当の名前を教えてよ」
互いが対となるように。雨の香りをさせた女と、お日様の匂いをさせた少年。不幸を嘆く女と、幸福を求める少年。
愛しながら相手の名を呼ぶ女と、まるで相手になりきって自分は相手と同じだと嘯く少年。
「えへへ、シャトン。よろしくね」
白衣を揺らがす少年の側より勢い良く飛び出して――ワールドイーターが大口を開く。子猫ちゃんと呼ばれた其れ等を目視して雄斗は「全然、猛獣と行って差し支えないんじゃないかな!?」と不可解そうにそれらを見遣った。
「フォーム、チェンジ! 烈風!」
堂々と宣言し『ヒーロースーツ・烈風』をその身に纏った少年は地を蹴った。核とは、この世界を現実とするための必須のもの。臓腑の内部に入り込み、血肉とするように咀嚼したワールドイーターを打ち払う事こそが必要不可欠ならば。
「帳を降ろさせるわけには行かない、全力で行くぞ!」
ベネディクトの剣が煌めいた。狼の牙を前に子猫は恐れる事はなく、唸りを上げて硬い廊下を踏み締める。
地に手を突いてじりじりと迫り来る『子猫ちゃん』達をまじまじと見詰めてからココロはその臓腑の内側までもを判別出来やしないかと呟いた。
「けれど、通常の生物と同じ構造をしている……倒しましょう!」
ココロに頷いてからシキが大地を蹴った。煌めく星々を編み合わせたマフラーがふわりと揺らぐ。飛び付くように放たれたガンブレードの弾丸の軌跡がワールドイーターの肩口を抉った。
「それにしても子猫ちゃん、って見た目じゃないけど……。それにおなかの中ってちょっとグロテスクだね……。
ともあれ倒してしまうしかないって、わかってはいるのさ」
「万葉の所に居た猫も、以前はあんな感じだったんだろうか」
イレイサがぼやけば後方に立っていた万葉が「ドラマさん、後で猫を教えてあげてよ」と拗ねたように拳を振り上げる。明るい探偵助手の娘の声音に肩を竦め、青褪めた色彩を宿す魔術礼装を握り締めた幻想種の乙女は無数の刃を影より投じた。
ワールドイーターが僅かに仰け反ったその隙へ「ずどん」と放たれるのはルシアの殲滅を目的とした一撃。
魔力の軌道は鋭く、きらりきらりと輝く光を受け止めて唇が乗せる言の葉が詠唱のまじないとなりワールドイーターへと襲い行く。
「本当にその見た目通り頑丈ならば! 耐えてみせてほしいのでしてー!!」
びしりと指差したルシアを見てから少年がにんまりと笑う。その魔力は卓越したものだから、「きみが全てを壊してしまえば良いのにね」と唇が三日月に歪む。
「んん? ルシアもハッピーエンドの方が好きですし、それに確か『幸せ』が欲がっていた、そうですよ?
であれば! とっておきのずどーんをプレゼントして今日の一幕をハッピーエンドで締めくくってあげるのでして!!!」
「そう。そのまま、全部を叩き着けて皆を幸せにしよう。ぼくのことも」
シャトン。そう名乗る少年に「させないわよ」と朱華は囁いた。核を有するグロテスクな『子猫ちゃん』達全てを巻込み、仲間をも焼き払えと彼は言ったのか。朱華の焔の気配がワールドイーターを焼き払う。
「ブレンダ」
「――なぁに、いずれこれくらいはできるようになる」
見上げるイレイサへブレンダの唇がついと吊り上がった。ワールドイーターに肉薄し、その懐へと踏込むのは勇気そのもの。
リーチは短ければ短い方が良い。より鋭く敵を穿つ力となるはずだ。短剣や小剣の扱い教えるように狭い屋内で器用に進む彼女をイレイサは真似るするように駆け抜けていく。
振り下ろす切っ先は、命を奪うに適していた。ワールドイーターとの戦闘は傷付けども、此処で挫けるわけには行かぬとドラマも知っている。
だからこそ、積み重ねたものが光となり、道を開けと囁いた。
朱華の炎の鮮やかさに重なった雄斗の猛る一撃に。疾風怒濤の勢いでブレンダは「合わせろ」とイレイサへと声を掛ける。
切り拓くのは『胎』だった。臓腑を抉り、核をも刻む。
「――ごめんね、子猫ちゃん。きっと、次は良い飼い主が現れますように」
シキは倒れていくワールドイーターを見詰めてから、その視線を直ぐにシャトンへと向けた。
「ねぇ、ふたりのひとりの君?
しあわせをちょうだいとは言うけれど。君の幸せってなに? もう一人はどこにいるのかな」
「どこだろうね、屹度、近くに居るよ」
こてんと首を傾げて、嬉しそうに笑う笑み。彼の片割れは二度とは会えないとでも云うかの如く悲しげに微笑んでいたというのに。
余りにも対照的な存在だ。ドラマはにじりよるようにして、遂行者を眺めて居た。
「ねえ、あなたにとって正しいハッピーエンドとは何?」
「愛しい人と、共に在ること」
当たり前の様に返した少年は眺め遣る。ココロは彼が手にした槍は戦いには不似合いな装飾が施されていることを記憶した。
美しく、そして鮮やかな飾り。太陽を思わす紋様が刻まれた穂先の石は研ぎ澄まされた水晶を思わせる。
子猫ちゃんの慟哭を聞きながら少年が「あーあ」と呟き目を伏せて。無傷の遂行者は壊れ行く帳を茫と眺めて居る。
「俺も幸せに終わる物語は好きだ。だが、そちらの幸福は生憎と俺達にとってはそうでない様に思うが」
ベネディクトは睨め付ける。まだ、終るわけには行かないのだ。この世界も、自身達も。
シャトンは何も言わず唇を引き結んでベネディクトを眺めて居る。
「お前にしあわせをくれてやる訳にはいかん――次は核と言わず、そちらも止めて見せよう」
「しあわせは人それぞれって聞いたから、いいよ、いいよ。けどね、ぼくも、しあわせになりたいんだ」
遂行者が手を伸ばす。気付き、ルシアが放った眩き一撃より前に、その姿は掻き消えた。
ひだまりの香りを漂わせた少年の姿が掻き消える。眩い世界で、手を取り合えぬ誰かを思うように――そっと、唇が揺れ動いた。
またね、の言葉は呪詛のように淡く溶けて消えた。
●
「今日はハッピーエンド、でして! 覆い被さる『蛇足』が消えて、次の章へと続いていくのですよ!」
解けるようにして消え失せていく帳を眺めてからルシアはうんと背伸びをした。生温く、肌をも包んだ気味の悪さが疾く去れば夏らしい人工の陽射しが肌を突き刺す。
この場所は人が造り上げた楽園だ。そして、目を逸らすが為だけの歪な空間である事だって知っている。それでも、この地で生きていく雄斗にとってはこれが日常でかけがえのない『現実』だ。
(……ええ、確かに。この街は積み重ねた過程がなければ不幸な者達が目を逸らすが為の一時凌ぎに見えるでしょう。
ですが、物語のハッピーエンドを形作るのは過程そのもの。嘘で塗り固められた都合の良さなど、興醒めなのです)
ドラマは深く肺の奥から淀んだ空気を吐き捨てた。希望ヶ浜の人間にとっては何もかもが『なかった』ほうが幸せだったのかもしれない。けれど――これまでの出来事の全てを捨て去ることなど、誰も望んでやしないのだから。
「やー、終わったね。そんじゃ、約束通りいきましょうか? ほら、クレープたべにさ!」
手を差し伸べるシキにイレイサはぱちくりと瞬いた。『姉弟』がきっと、手を繋ぐものだから。そう告げる彼女の掌を握ってからイレイサは惑うように彼女の横顔を見詰める。
――これは、本当はザクロとしたかったんじゃとはおいそれと口にも出来ない。
「クレープを食べに行きましょう! 何にする?」
「奢りって聞いたわよ」
勿論ですとも、と胸を張った万葉へ朱華はにんまりと笑った。その後ろを我が物顔で着いてくる面白山高原先輩とポメ太郎についつい笑みを零してから共に歩き出す。
ベネディクトはポメ太郎に「突然、走らぬように」と声を掛けその小さな背中を見守った。尾を揺らして歩く愛犬は共に過ごすチャウチャウが大のお気に入りだから。解けた緊張の向こう側で微笑む日常はひだまりのように心地良かった。
「……ふむ。その黒衣に似合うように長剣の扱いも教えた方がいいかもしれないな。騎士、と言えばやはり長剣だろう。恰好も大事だよ」
「長剣……ブレンダやベネディクトのように使える?」
「ああ。練習すれば出来るだろうさ」
そうだろうと視線を送ったブレンダにベネディクトは頷いた。イレイサは勤勉な少年だ。孤児であった時代の方が長いが、命を賭しても構わないと彼等を見ていて願ったのだろうから。
「じゃあ、習いに行っても良いかな。ブレンダみたいに繊細に剣を扱いたいし、ベネディクトみたいに鋭く槍や剣を使いたい」
「ああ、構わない」
ベネディクトはまだ年若い少年へ頷いてから、クレープ屋の前で手を振っているココロと万葉に気付いた。
「さあ、全て片付いて時間があればご要望通りクレープでも食べに行こう。これでも年長者、支払いはもつよ。私はストロベリーでももらおうか」
揶揄い笑うブレンダにイレイサは「何が良いだろうか」と困惑したように視線を右往左往としている。複数種類を注文しルシアや雄斗、ドラマに「一緒に食べよう」と誘う万葉の首根っこを掴んでいた朱華は「好きなのでいいわよ」と彼へと告げた。
途惑いながらメニューを眺める少年の姿は以前では想像もつかなかったハッピーエンド。ココロは呟いた。此処に存在する電車のように、終点は始発点でもある。
彼にとっての大きな事件は一つ終って、これから彼は『始まった』のだ。けれど、今は労りが大事だとクレープを手に微笑みかける。
「イレイサ、頑張ったご褒美に『あーん』して差し上げますね!」
「褒美……じゃあ、俺もシキやココロにそうすれば……?」
理解したと言わんばかりの顔で告げた彼にココロは揶揄うように笑みを漏して。
(うーん、イレイサは黒衣も似合っていてかっこいいな)
成長した少年のこれからの未来が、さいわいで溢れることだけをただ、願っていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
この度はご参加有り難うございました。
シャトンの歩みはこれからも続きます。どうぞ、宜しくお願い致します。
GMコメント
日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
●成功条件
『核』の破壊
●フィールド情報
神の国内部です。まだ降りきっていない帳、再現性東京202X街の希望ヶ浜が舞台となります。
一般的に使われている中学校の校舎です。がらんとしており、翌々見れば、空と思わしきモニターは破壊されてエラーの表示が出ています。
人の気配がないのは何故か分かりません。シャトンは校舎内を自由自在に走り回っているようです。
●遂行者『シャトン』
桃色にグラデーショする白髪に、銀の眸。まるで天使様のような真白な衣装を身に纏った遂行者。
ワールドイーターを子猫ちゃんと呼び、この場には居ない番のシアンを何よりも愛しています。
倫理観や、常識が欠如しているのかまともなやりとりには適して居なさそうです。何処か幸せそうに笑っています。
手には長槍を持っています。イレギュラーズの様子を確認しています。
手を出さない限りは「ちょっとだけちょっかいをかける」程度です。ワールドイーターが倒され核が破壊されると撤退します。
●ワールドイーター『子猫ちゃん』 5体
大きな猫を思わせるワールドイーターです。猫と言うよりも猛獣に近いです。迚も大きく、真っ白な体ですがグロテスクです。
タフで、幾つかのBSの効果を受けず、同様にワールドイーターの攻撃も存在すべきBSの効果が発揮されません。周辺を巻込むような攻撃が得意です。
5体のうち1体が『核』を持っています。聖遺物と思わしきチョークを食べてしまったようです。
お腹の中にあるので『核』ごと破壊した方が良さそうです。
●同行NPC
イレイサと万葉がご一緒します。イレイサは短剣での攻撃を、万葉は何となく回復を手伝ってくれます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet