PandoraPartyProject

シナリオ詳細

路は続く、生き行く限り。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●エーニュ始末
 エーニュと呼ばれる組織の解体が決まった。
 厳密に言えば、『先日のラサの事件で、ラサに遠征し騒動を起こしたエーニュ』という組織であって、現在活動している『正統エーニュ』とは異なる。
「なによその、元祖と本家で向かい合って喧嘩してるラーメン屋みたいなやつ」
 と、深緑の、ローレット出張所でテーブルにつきながら、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はうんざりした顔で、アト・サイン(p3p001394)に告げる。
「よくある話だ。つまり、ラウリーナ……こいつも悪辣な奴だが、暴発するほどじゃないんだが、そいつはエーニュがラサに出張する前に、反乱を起こして追い出されているわけだ。
 そいつが集めて作ったのが、正統エーニュ。つまり自分たちこそが本流の穏健派で、あっちのやつらはやべーやつらなんですよ、と責任逃れをしたわけだな。
 実際、ラウリーナは先のラサの戦いで、エーニュの内部情報をだいぶリークしてくれた。放っておいてもいいだろう」
「それだと」
 フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が言った。
「正統エーニュも、そのうち暴走したり……するのかな?」
「いえ、しないでしょうね」
 イーリンが言った。
「話の限り、ラウリーナってのはもっと現金な奴よ。つまり、思想とか理想とかじゃなくて、即物的に地位が欲しいタイプ。
 アトの話だと、元々森林警備隊を追い出して後釜に座りたかったんでしょう? 俗物なのよ。
 だったら、たぶん落ち着く先は深緑に存在する木っ端の政治勢力に落ち着くんじゃない?」
「ぶっちゃけ、僕もそう見てる」
 アトが言った。
「終わったんだ。エーニュの物語は。これで」
 ふぅ、とアトがコーヒーを口に含んだ。いつもより苦い気がした。
「だが、厳密にはまだ終わっていないわけだが――」
 と、そう言うのは、アストラ・アスターと名乗る女だった。どこかイーリンに似た印象を与える彼女は、かつてはエーニュの一員として活動していた経歴を持つ。
「お疲れ。貴方、患者を深緑の施設に任せて、外に出るんですってね」
 イーリンがそういうのへ、アストラはうなづく。
「ああ……誰かに、想いを託す、ということはようやく学べた気がするが。
 それでも、まだだれかを助けたい……と思うあたり、どうも私は傲慢らしい」
「いいと、思うよ」
 フラーゴラが笑った。
「まぁ、彼女は一応、深緑追放、ということになるわけだが」
 アトが言う。エーニュに所属していたものたちの大半が裁判にかけられ、その罪に応じて懲役などにつくことになっている。先のラサの戦いで、上級幹部はほぼ軒並み戦死しているため、残ったのは、エーニュのトップであったリッセ・ケネドリルくらいになる。アストラも当然罪は裁かれる形で、諸々の事情と彼女の意思を考慮し、深緑からの追放、という形になっている。
「リッセはどうなった?」
「その話だ」
 そう、アストラが言った。

 森に踏み入り、枝を一本、折ったものは、腕を一本折ることで、罪の贖いとする。
 とは、だいぶん古い、過激派なハーモニアの言い分であるが。しかし、罪には贖いを、という点では、今日の意識でも共通するところだろう。
 平たく言えば、悪いことをしたら、捕まって、罰を受けるわけだ。
 リッセ・ケネドリルという少女に与えられた罪は、追放ではなく、収監である。彼女は、深緑という檻から外に出ることができなくなる。おそらく、何年、何百年という期間。それが、彼女に与えられた罰則である。
 そして、なにも深緑の中で寝ていろというわけでもない。その間、ひたすらに、深緑のためになることをしろ、というのが、贖いになる。単純に言えば、ひたすらに深緑に尽くし、何でもやれ、というのが、彼女に与えられた罰であった。
 この日も、リッセ・ケネドリルは外にいた。手には、幻想種ならだれでも使えるような、弓が持たされていた。
「今日は、家畜の移動だ」
 と、アトが言う。
「この集落から、隣の集落まで、ねむり羊を連れて移動する」
 ねむり羊とは、その名の通り、しょっちゅう寝ているような、気象の穏やかな羊である。年中毛が伸びるということもあり、シーズン問わず羊毛が採取できるため、いろいろと重宝されている。
「その弓は、ねむり羊を守るためのものだ。一応武器だから、念のため、僕らが監視につくことになった」
 反省の意を示したとはいえ、あくまで重罪人である。監視の目はどうしてもつく。
「……わかっているわ」
 そう言って小さく笑うリッセに、エーニュを率いていたころの覇気はない。むしろ、このたやすく手折れそうなその印象こそが、彼女の心の芯だったのかもしれない。
「今日は私もついていくよ」
 アストラが言った。
「最後の深緑旅行だ。楽しませてくれ」
 そう言って、ほほ笑んだ。
 さて、これからイレギュラーズたちは、リッセとアストラを連れて、数日の『家畜移動』の旅に出ることになる。
 道中は、穏やかな旅路になるかもしれないし、羊がトラブルを起こすかもしれない。魔物や野生動物の類も現れるだろう。
 緊張感は抱きつつ――だが、深緑の緑を楽しむつもりで、短い旅を楽しんでほしい。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 ちょっとした、家畜移動の旅。

●成功条件
 ねむり羊が一切失われていない状態で、隣の集落へと到着する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 エーニュというテロリスト集団が居ました。彼らは、ラサのザントマン騒動によってひどい仕打ちを受け、他種族に憎悪と暴力を向けました。そんな彼らは、先のラサの事件の際に、ラサにまで赴き、ローレットと壮絶な戦いを繰り広げて壊滅しています。
 リッセとは、そんなエーニュの盟主だった人。今は心から反省し、深緑のための贖いの労務についています。
 さて、今回は、そんなリッセを念のため監視しつつ、出発地の集落から隣の集落まで、ねむり羊を連れて歩くことになります。
 道中には、例えば以下のようなトラブルが発生します。

 羊の脱走
  ねむり羊は穏やかな気性の生き物ですが、それ故にふらっと群れからはぐれてしまうことがあるかもしれません。
  群れを監視することはもちろん、いなくなってしまった場合にどう探すか、誰が捜すかも考えておくといいでしょう。

 魔物の襲撃
  狼のような魔物や、熊のような魔物にとって、羊はごちそうの一つです。
  もちろん、今や英雄である皆さんにとっては、雑魚にも等しいですが、万が一があってはいけません。
  しっかり対策をとって、迎撃してください。

 小休憩
  旅には休憩も必要です。安全な場所を確保して、しっかりと家畜と自分たちの体を休める必要があります。そのような知識や道具があれば、有利に働くはずです。

 進行ルートは、基本的に森の中を進みます。視界はあまりよくないので、対策を用意しておくとスムーズなたびになるでしょう。

●エネミーデータ
 狼魔物・熊魔物
  特筆すべきデータというほどでもありませんが、基本的には物理攻撃をメインとした、「獣並み」のエネミーになります。
  前述したとおり、今や英雄である皆さんにとっては物足りない相手ですが、羊にとってはそうではありません。しっかり守ってあげてください。

●護衛対象
 ねむり羊 ×10
  皆さんが連れていくのは、10匹のねむり羊です。ふわふわで可愛い奴らです。遊んであげるのもいいでしょう。
  すべて無事な状態で、連れて帰ってください。

●味方NPC
 アストラ・アスター
  イーリン・ジョーンズ(p3p000854)さんの関係者。穏やかな女医さん。
  手にしたライフルでの射撃攻撃が得意です。

 リッセ・ケネドリル
  アト・サイン(p3p001394)さんの関係者。もとエーニュの盟主。
  今は覇気なく、穏やかな状態になっています。
  手には弓を持っていますが、あまり戦える状態とはいいがたいです。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • 路は続く、生き行く限り。完了
  • ひとつのおわり。
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年07月02日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アト・サイン(p3p001394)
観光客
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う

リプレイ

●旅路
 ふかふか、ごろごろ。あるいは、ふわふわ、のびのび。
 ねむり羊という家畜は非常にのんびりとした気性で、穏やかな性質を持っている。だから、人には結構従順だし、どこかぼんやりとした視線を向ける『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)のことも、まるで気にしないように、地面の草をはむはむとかじっていた。
「……こいつらを見てると、深緑がすっかり平和になったんだな、という気持ちになる」
 つん、とつついてみれば、ひつじは、ぷあ、とあくびをするように息を吐いた。ふ、と、サイズが息を吐いた。なんとも、のんきな生き物だ。
「こいつらの移動に、イレギュラーズを使うくらいだからなぁ」
「ま、深緑の人にとっては大切な財産よ」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が言う。
「そう考えれば、信用のおける相手に預けた方がいいんじゃない?」
「それで、こそどろの私が来ちゃったのはなんとも、と言う感じですが」
 えひひ、と『こそどろ』エマ(p3p000257)が笑った。
「でもでも、こういう依頼っていうのも、今やなかなかないですからね、ええ。
 しっかり頑張らせていただきますからね! ひっひっひ」
 その笑い声に反応するように、ひつじたちが、むぇえ、と鳴いて見せた。
「さて……移動のペースなんだけど」
 と、イーリンが言う。
「地図を見て。ここが出発地で、この辺りが隣の集落。つまりゴールね。
 この距離だと、ちょっと無理すれば、陽が落ちる頃には到着はできそう。無理すれば、ね」
「どうおもう?」
 『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が、尋ねた。
「マリアは、のんびり進んでもいいと思う。途中で野営をはさんで、翌日に到着するくらいのペースで進みたい」
「いいと思う。ひつじはこんなのでもデリケートだからね」
 サイズが言った。イーリンが頷く。
「私もまさしく、それを提案しようとしていたところ――ね、アストラ。最後の深緑でしょ? のんびり行かない?」
「私は異論はないけど」
 アストラ・アスターが笑った。
「どうする? リッセ」
「私は」
 リッセがわずかに言いよどんでから、
「いいえ、意見をする立場にないわ」
「そんなことないよ」
 『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が、ほほ笑んだ。
「今回の羊飼いは、あなたなんだから。決めて、いいと思う」
「そうだね」
 『観光客』アト・サイン(p3p001394)が言った。
「今は選ぶことが怖いかもしれないが。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないだろう。
 なに、別に難しい話をしているわけじゃない。ちょっと寄り道をしよう、と誘っているだけさ」
「どうか、お好きな道をお選びください」
 『ラトラナジュの思い』グリーフ・ロス(p3p008615)が続けた。
「この先の旅路は、貴方の歩むべき道なのですから」
「ちなみに私としては」
 『心に寄り添う』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)が言った。
「のんびり行きたいものだな。なぜなら、その分長くもふもふと触れ合えるからだ!
 できれば、休憩もたくさんほしい。その方が、もふもふとたくさん遊べるからだ!」
 うんうん、とグリゼルダが言った。
「というわけで――選んでくれ」
 遠慮しているつもりのようだが、その心のうちは、わくわくとした心地に包まれているのだろう。リッセもそれをわからぬほどではなかったから、苦笑しつつ、受け入れた。
「では、のんびり進みましょう」
「よし来た! では、出発だ!」
 グリゼルダが言う。
「……グリゼルダさんは、早く休憩に入って、もふもふしたいだけでしょ……?」
 フラーゴラがくすくすと笑って言うのへ、グリゼルダが胸を張る。
「ここまで来て隠すの必要もあるまい。その通りだ! 昔からふわふわもこもこに囲まれるのが夢だったが、まさかこんな形でかなえられるとは! 依頼書を見て、それはもう、すぐに受諾したものだからな!」
「気持ちは、わかる」
 エクスマリアがうんうんとうなづいた。
「野営の時、本当に、羊を数えたりできたら楽しそうだ」
「天才か……?」
 グリゼルダが瞳を輝かせるのを、どこか楽しげな様子で、グリーフが見つめている。
「どうぞ、皆さま、思い思いの時間をお過ごしください。私も、そんな皆様の感情の色を、楽しませていただきます」
「そう言うわけだ。皆、それなりに自分なりの理由があるのさ」
 アトが、リッセへと、言った。
「だから、気にすることはない。気楽に行こう、羊飼い」
 その言葉に、リッセはうなづいた。

 かくして、小さな旅は始まる。森林迷宮をのんびり進んだ。新鮮な森の空気は青々として清々しく、差し込む木漏れ日は長閑で暖かだ。
「改めて言うようだけど、深緑の大騒ぎが嘘みたいだな」
 サイズが言った。
「……平和には、なったんだよな」
 そう、つぶやく。めー、とひつじがうなづくように鳴いた。
「騒ぎと言われると耳が痛いな……」
 アストラが苦笑した。
「そう言えば、貴方アンテローゼ落としに来たわね。一緒にいた子は――」
 ちらり、とイーリンがフラーゴラを見た。フラーゴラがゆっくりと頭を振った。
「残念だったけど」
「……そうだな。彼もまた、形が違えば、私が救ってやれたかもしれない」
 いや、とアストラは頭を振った。
「それもまた傲慢か」
「誰かを救いたいと思う気持ちは、貴いと思う」
 エクスマリアが言った。
「それは、ぜったいだ」
「有難う。まぁ、少し肩の力を抜くことは、ようやく覚えられたけど」
「なるほど、馬の骨さんとはそういった中で」
 えひひ、とエマが笑う。
「いや、馬の骨さんももうちょっと肩の力を抜いたりしてもいいんじゃないですかねー、なんて思ったりもします。結構強情ですよ、この人も」
「あー、それはわかるわ」
 くく、とアストラが笑ったので、イーリンが頭をかいた。
「別に私のことはいいでしょ、私のことは。エマは、ちゃんと前見ておきなさい。役目でしょ」
「えぇ、私だっていろいろお話したいわけですよ」
 エマがにやにやと笑う。ふふ、とフラーゴラが笑った。
「そうだね、代わりばんこで、いろいろお話していこう」
 ふわもこのひつじの群れの中に位置して進んでいるフラーゴラの声は、ふわもこのひつじの中から聞こえてきた。
「……どこにいるのよ、貴方」
 イーリンが言った。
「ここー」
 ぴよぴよと、手が伸びて、振った。ああ、あそこね、とイーリンがつぶやく。
「うらやましいな……さっそくふわふわか……」
 グリゼルダが、むむ、と唸る。
「それより、このペースで行けば、よい休憩場所にたどり着けそうだ。集落の羊飼いの人から聞いてな。広場のようなところがあるらしい」
 グリゼルダがそういって目を輝かせるのへ、サイズがうなづいた。
「じゃあ、野営もそこでしてしまおう」
「そうね、賛成」
 そういって、イーリンが、リッセへと声をかけた。
「OK? 隊長?」
 その言葉に、目を丸くする。
「ええ。いいけれど、その」
 そういって、わずかに困ったように頭をかいて、
「……あなたは、アストラに似ているけれど、やっぱり違うのね。こう、雰囲気、っていうのかしら。なにか――」
「なにか?」
 イーリンが、小首をかしげた。
「……いえ、うまく、言えないのだけれど。
 ごめんなさい、とにかく、野営については、問題ない、と」
 そういって、リッセがアトに視線を向けた。アトが肩をすくめる。
「僕のことは気にするな。自分で決めなよ」
「……ごめんなさい。ええと、野営には、賛成」
「では、少し先を偵察して来ましょう」
 グリーフが言った。
「ファミリアーも残しておきますから、大丈夫です。
 私のことはお気になさらず。結構頑丈ですので」
「ああ、ありがとう。ええと、」
 名前を聞いていなかった、とリッセが言葉に詰まった。
「グリーフと申します」
「ありがとう、グリーフさん」
「いいえ、こちらこそ」
 少しだけ口元に笑みを浮かべて、グリーフが先に進んだ。旅路は問題なく続き、果たして予定通りに、広場へとたどり着いていた。

「念のため、あたりの獣を追い払ってくる」
 エクスマリアが言った。広場は、かつて旅のものの休憩所にもなっていたのだろう、比較的整備されているほか、小さな小屋も存在した。そのため、比較的、安全であることは事実なのだろうが、それはそれとして、警戒するにこしたことはあるまい。
「近くに水場もある。血の臭いも落としてこれるから、ひつじたちを怯えさせることもないだろう」
「じゃあ、ワタシも手伝うよ、マリー」
 フラーゴラが言った。
「かえったら、ひつじたちと縄跳びしようね」
「なわとび……!」
 グリゼルダが、目を輝かせてから、こほん、と咳払い。
「では、私も行こう。なに、早めに済ませれば、それだけ長くもふもふできるというものだろう」
「ふふ、そうだね」
 フラーゴラがほほ笑んだ。果たして三人が去っていく中で、エマが立ち上がる。
「となると、私は薪あつめですかねぇ?」
「かまどなんかは作っておくよ」
 サイズが言った。
「陣地構築はお手の物だ。ひつじにとっても最高の休憩スペースにしてやろう」
 うん、と腕まくりをしたサイズが、さっそく仕事に取り掛かる。
「あのあたりは任せておけば大丈夫ね」
 イーリンが言った。
「じゃあ、グリーフは引き続き、周囲の警戒でいい?」
「ええ、構いませんよ」
 グリーフが頷いて、視線をファミリアーに映す。そのまま、周囲を警戒させるように飛ばしてやった。
「私も同時に確認しますが、ひつじたちをお願いします」
 と、グリーフが言った。
「特に、ケアを。喉も渇いているでしょうから」
「じゃ、水でもあげようかしら。アストラ、リッセ、手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん。リッセも、良い?」
「あ、ええ」
 リッセがうなづいた。
「僕も手伝おう」
 アトが言う。
「当然でしょ。まさかここで観光客なんてさせないわよ」
「ひつじの行軍なんて実に見どころがあるんだけどねぇ」
 よいしょ、とアトが立ち上がった。小屋の中から桶を取り出して、リッセに渡した。
「ほら、くみに行こう。彼女は僕が面倒を見るよ」
 アトが、そう言った。

 少しだけ日が暮れる中、野営の準備は整った。サイズの作った立派なかまどに、エマの集めた薪が放り込まれて、煌々と炎を上げている。
「フラー、一緒に、ぴょん、だ。いくぞ」
「いっしょに、ぴょん」
 ぴょん、と、エクスマリアとフラーゴラが、ジャンプした。グリゼルダとイーリンが回す縄の上。愉快なのは、二匹ほどのひつじが、一緒になってぴょんぴょんと飛び跳ねていることだ。
「賢いな……」
 グリゼルダが感心したように声を上げる。
「うーん、エクスマリアの言葉が通じたのかしら……」
 イーリンが小首をかしげた。あるいは、このひつじ、意外と賢いのかもしれない。
「ふむ……これだけ賢いと、夢を一つ、かなえてくれるかもしれない」
 グリゼルダが言った。
「ひつじの背中の上でな、ベッドにして寝転んで、ふわふわと、星を感じたいものだ……」
「それ、いいかも……!」
 フラーゴラが笑った。
「マリー、お願いしてもらえるかな……?」
「まかせろ」
 ん、とエクスマリアが言った。
「それもよいのですが、そろそろご飯にしましょ」
 えひひ、とエマが言う。かまどの方を見てみれば、サイズが火の加減をしっかり調節して、アトがスープを煮込んでいた。
「サンドイッチもあるから、食べてくれ」
 サイズが少し得意げに言う。どうやら、タイミングを見て作ったようだ。
「グリーフ、見張りはいいぞ。こっちに来て食べな」
 サイズが言うのへ、グリーフは頭を振った。
「いえ。私は食事も睡眠も不要な身ですから」
「それでも、一緒にいてほしいよ。こういう時は」
 フラーゴラが言うので、グリーフは少し、考えるようなそぶりを見せてから、
「……では、お供させていただきます」
 そういって、陽の周りに腰を下ろした。
 ひつじたちを、サイズの構築した簡易な囲いの中にしまって、皆が食事をとることになった。干し肉や、スープ。あるいはサイズのサンドイッチ。決して豪勢な夕食、というわけではないが、それでも旅の途中としては、十分すぎるものだった。
「いやぁ、たまにはこういう、のんびりしたのもいいですねぇ」
 エマがえひひ、と笑った。グリゼルダが頷く。
「ああ。普段は激しい戦いが多いからな……仕事ではあるんだが、どこかのんびりできる」
 その通りだろう。これくらいに穏やかな仕事は、久しぶりかもしれない。
「どう、アストラ」
 イーリンが笑った。
「これが私の仲間たち。
 フラーゴラは、可愛い子でしょ?
 アトも面白い人よ。
 で、エマは私の親友で、エクスマリアは私の盟友。
 ……みんな、この世界に来てから出会った。新しく出会った、大切な、仲間」
 イーリンの言葉に、アストラはうなづいた。
「……貴方にもできるわ。
 だって、頼ることを覚えたんだものね?」
 ふふ、と得意げに笑う。アストラが顔をしかめた。
「……最後に暴れたことを根に持ってるな?」
「思ってないわよ? 問題なく鎮圧したし?」
「お前なぁ?」
 アストラが苦笑した。
「そう言えば、あの時いた患者。アドリムという男だが」
 どこか、感謝するように、言った。
「……少し落ち着いてきたようだ。彼は心の方が少し疲れていたようだが、練達の方でよい薬が手に入ったそうだ」
「ああ、あの凄い経歴の。よく拾ったわよね。いや、意外と、小さい理由で出会ったりしたのかしら。
 私も、エマと最初の出会いが街角で「そういえば私達同じ紫の髪ね」なんてすんごいどうでもいい理由で。案外そういうので友だちになれるものよね」
「ああ、アドリムもそうだ。新緑の街角で倒れていて、大騒ぎになっていたところを拾ったんだ。些細な理由だな」
「いや、それ大事でしょ。あんたそうやって何でもかんでも拾うのやめなさいよ。ペットを多頭飼育崩壊させるタイプだわ」
「だから、頼ることを覚えただろう?」
 ふ、とアストラが笑う。イーリンも、楽しげに笑った。
 一方で、アトはリッセの隣に腰かけながら、柵の中のひつじをみていた。
「古代の詩によれば、天主は民を羊のように従えて旅をし、安住の地を見つけたという。
 無力で傷つきやすい羊は無辜の人々のメタファーだった。
 そして羊飼いは神の如き……善きリーダーの喩えであると。
 預言者は神の代理人として自分を羊飼いだと称することが多かったようだ」
 ふと、リッセにそう声をかけた。リーダー、という言葉に、リッセは僅かに視線を落とした。
「だがまあ、僕らは神話の時代を生きるわけじゃなく今を生きる羊の一頭に過ぎないんだ。
 結局羊が羊を導くことはできないわけで。
 それなのに、羊が羊飼いになろうだなんて思い上がりみたいなもんじゃないかなと思ったわけだ。
 まぁ、君の場合は、羊たちが持ち上げた側面もあったけれど」
「でも、それに乗ってしまったのは私の罪だと思う」
「それはそう。
 でも、信念を持ったのは良かったと思う。
 君はただ短慮なだけだったから。
 その短慮が大事になるだなんて、よくある話だしさ。
 君が考えるよりもよっぽど、人間の短慮は人を傷つける」
 多くを傷つけた。それは、本当に、事実だった。
「君のことを随分長い間探す羽目になった。
 君の祖父が僕のスポンサーであるという事情もそりゃあったんだけどさ。
 だがまあ、グゥル氏自身は善き人であったし、その娘も悪しき人ではないという自身の考えを正しいと貫いた。
 君は、悪しき人じゃない。ただ短慮だった。よくある話だ。僕たちは愚かな羊だからね」
 リッセは、何も言わなかった。ただ、言葉の意味を噛みしめた。
「ん、いやまあ、説教じみた話するのは趣味じゃないんだ。
 そういうのは君のおじいさんの役割だろうし。
 でもまあ、彼みたいに……そう、熟慮できる人間になって欲しい。
 それが僕の望みだよ。
 君の目の前には、まだ旅路はある」
 空を見上げた。
 星々が瞬いていた。その一つ一つが、或いは祝福のように感じられた。
「ねぇ、リッセさん」
 フラーゴラが声をかける。
「ボクサーさん……ティーエさん、って人の事、わかるよね」
「ええ」
 リッセがうなづいた。
「……申し訳ないことをしてしまったと、思う」
「……かもね。でも、最後にあの人は、リッセを助けてくれって。自分がすべきは、練達のスニーカーの良さを教えてやることだったって、言ってたから」
 フラーゴラが、少し息を吸い込んだ。
「いつか、練達のスニーカーを履いてあげて。彼の代わりに。それで、好きな風に、未来の色を染め上げるの。生きてるから、それができる。
 リッセさんは、どんな色に染めてみたい?」
 その言葉に、リッセは、少しだけ考えて、答えた。
「深緑の、緑。でも、他の色も受け入れられる、臆病だけど、頑張れる、色」
「そうだね。素敵だと思う」
 そういって、笑う。
 夜が更ける。火が暖かに、一行を照らしていた。

「よい休日だった――と言ったら怒られるかな」
 グリゼルダが苦笑した。集落には、すぐに到着した。牧場主にひつじを引き渡すと、僅かなときの旅の友との別れを惜しむように、ひつじたちが鳴き声の見送りをくれた。
「リフレッシュはできた気がする」
 サイズが言った。
「これで仕事も終わり。そっちの人たちは、新しい旅路の始まりか」
 サイズの言葉に、アストラは、リッセは、頷いた。
「いい顔だ。吹っ切れたみたいな」
 エクスマリアが言う。
「元気が出ないときは、飴玉を舐めるといい。おすすめだ」
「ええ、真似してみる」
 リッセが笑った。
「じゃあ、私はこの辺で」
 アストラが言う。
「有難う、イレギュラーズ。私はきっと、今日のことをしつこいくらいに思い出すとおもう」
「光栄です」
 グリーフが言った。
「あなた達の旅路に、祝福を」
 そう言った。
 やがて二人の旅人は、イレギュラーズたちに背を向けて、歩き出した。
 その旅路が良きものであるように。
 それは、二人も、イレギュラーズも、お互いに、祈る思いだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 生きている限り、続くのです。

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