PandoraPartyProject

シナリオ詳細

「箱」

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●不自然に真新しいそれ
 まっくらだ。まっくらだよ。それはそう、それもそう。ここはおばけやしき。
 クウハ(p3p010695)の根城。たのしいたのしいおばけやしき。
 見た目は左右対称の、洋館。周りを辛気臭い森に囲まれた、奇妙に肌寒い洋館だ。歴史ある幻想貴族の豪邸にみえるけれど、火の気はない。埃で汚れた窓から中を覗いてみると、皿、壺、瓶、ナイフ、そんなものがごちゃごちゃと飾られているのを見て取ることができる。
 クウハが混沌へ呼ばれてしばらく、ある日入り口を塞ぐ木を切り倒して封印をとき、仲間であるおばけたちと共に住みついた。だからクウハは、先住者が何者なのかは知らない。おばけたちも知らない。周りの森へ、悪霊や小鬼が集っている理由も知らない。
 でも三階の奥の部屋に、奇妙な「箱」があるのは知っている。
 箱は周囲に飾られた物の中でも、特に異質だ。すべすべした肌触りの、固い感触。色は黒。大きさは一抱えほど。見た目に反して重い。正面はガラスとおぼしきゆるやかな曲線を描くものがはめこまれており、白黒のノイズが常に走っている。箱を調べてみれば「畜電池式非常用」「ビデオテープ入り口」などというラベルが貼られていることに気づくだろう。そしてそのガラス面の下へ突き刺さっている、片手で持てる軽く平べったい「箱」。これもわけがわからない。真っ黒なそれの背には白いラベルが貼られていて「呪いのビデオ」と手書きしてある。
 おばけやしきは今日もくらい。まっくらだ。濃い霧が日光を遮り、分厚いカーテンは来訪者を拒んでいるかのようだ。
 そのまっくらな部屋の中で、「箱」が光っている。ガラス面いっぱいにノイズを走らせ、ざああざああと雨のような音を垂れ流している。

●気づき
「クウハ」
「なんだ、慈雨」
 お茶へ呼ばれた武器商人(p3p001107)が、行儀悪くフォークの端を噛んでいる。
「どうもね、この館、きもちがわるいね」
「きもちわるい? 慈雨が?」
 武器商人はくわえていたフォークを放し、深くうなずいた。かの権能をもちし存在をして、きもちがわるいと言わせるようなことがあるのだろうか。
「悪意がこもっていると言い換えようか」
「そりゃ、俺様とその仲間のせいじゃね?」
 クウハが訪ね返すと、武器商人はあのきれいな瞳で天井あたりを見つめた。
「いいや、そういった愛らしいものではないよ。溶けたチョコレートへ砂利を混ぜたような悪意だ」
「慈雨の第六感に、なにかがひっかかったってところか?」
「そうとも言えるね、我(アタシ)の猫」
 しかもそれは、あまりいいものではないようだ。眷属であるクウハには、武器商人の持つかすかな危機感がよく伝わっていた。
「そういえばこの館、実際のところ誰のもんかしらねェんだよな。慈雨の感じ取った悪意とやらは、先住者のものかもな」
「だと思うよ、くわしいことは調べてみないとだね」
「仲間の連中の好きにさせているけれど、得体のしれないもので館が埋まってるのは常々感じてる」
 クウハの言葉へ、武器商人は再びうなずいた。
「ひとつひとつはかわいいものだけれど、こうまでごろごろしているとね。どれがどれやら、今の我(アタシ)では判別がつかない。それに……」
「それに?」
「そこここに飾ってある細々としたものにはふさわしくないほどの瘴気が、この館へはこもっているんだよ、我(アタシ)の猫」
 クウハは眉を寄せた。
「ほっとくとヤバイ感じだな」
 武器商人は無言でうなずく。しろがねの前髪に隠れて、今は瞳が見えない。
「よし、先んじればなんたらっていうくらいだ。なにかことが起きる前に、この館を調べようぜ」
「となると、人手がいるねぇ」
「……あー、事務仕事は好かねェんだよな」
「そのへんは我(アタシ)が代わりにやってあげよう、かわいい猫。猫は気まぐれでも許されるし、ケーキの苺を取っていく権利だってもっているのだからね」
 そう言うと武器商人は、まろやかに手首をひねってローレット近くへ空間を繋げた。

●森の中で
 老いた修道女と、それに付き従うように若い男が進んでいた。森の洋館へ向けて。踊りかかってきた子鬼を、修道女がばっさりと切り捨てた。顔色ひとつ変えず剣の血を拭うと、修道女は縮こまっていた若い男へ声をかける。
「レイモンド、忘れ物とはなんです?」
「忘れ物というか、なんというか、久しぶりに『箱』を鑑賞したくなって……へへ、へへへ」
 男は立ち上がり、金魚の糞のように修道女へついていく。分厚い朽葉の絨毯が、足音を吸いこんでいる。2つの影は森を縫うように動いていた。
「昼寝の時間です。おまえの言う隠し通路まであとどのくらいです? わたくしは眠くなってまいりました」
「もうすぐだよ、麗しのレイ。天蓋付きのベッドで、ぐっすり眠れるさ」
「あなたの虚言癖も消閑の具、期待はしておりません」
「ひどいなあ、へへ」
 2つの影は、あなたが洋館へたどり着く頃には目的地へついているだろう。
 もしかするとあなたは、ネズミが入りこんだことに気づくかもしれない。クウハとその住人のために、一肌脱いでやるのも、よしとしよう。

GMコメント

みどりです。ご指名ありがとうございます。
「もりのようかん」を探索だ!

名声は便宜的に「幻想」へ入ります。また「●森の中で」は、PL情報(PLは知っているが、PCは知らないという前提で動く特別な情報)です。

やること
1)クウハの居城「森の洋館」を探索する
2)侵入者から「森の洋館」を守る

●戦場
「森の洋館」
 元はとある幻想貴族の館でした。しかしある事情により館の使用人が死に絶え、主である幻想貴族も失踪してしまいます。
 あなたは現在の館の住人である幽霊たちが安心できるように、お化け屋敷こと「森の洋館」を探索する必要があります。選択肢はおおまかな行き先なので、細かな行き先を定めたい場合は、プレイングへお願いします。
 ※魔種またはその協力者と遭遇する可能性があります。身を守るために、戦闘プレへ5~6行ほど割いておいてください。

●エネミー?
色欲の魔種 *****・****
 年老いた修道女の格好をした魔種であり、戦闘能力は未知数です。
協力者 とある幻想貴族*****・*****
 魔種に惚れ込んだ厄介な協力者です。今回なにかを目的として森の洋館へ帰ってきたようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所をざっくり選択して下さい。

【1】館内
洋館の、主に上層部を探ります。
館の住人たちが主に住んでいるのはここです。

ひろびろとした応接間、ダンスホール、くすんだキッチン、笑い声ひびくトイレ、ラップ音なり止まない廊下、トロフィールームなどなど設備がもりだくさんです。
エントランスホールには、まだ若い男の肖像画があるようです。また、三階の奥の部屋に、正面のみガラスと思われる奇妙な「箱」があります。ガラス部分へは常にノイズが走っています。

【2】地下
洋館の、地下室を探ります。
館の住人たちもあまり近寄らない場所です。

いくつかの部屋に分かれており、全体的に暗く、視界に若干のペナルティがかかります。なぜか防音へ気を使われているらしく、壁は分厚く、場所によってはクッション状のところも。寒い廊下、鉄格子のはまった座敷牢、よくわからない道具・器具の数々があります。調べてみましょう。
トラップもあるみたいですよ、ふいうちに気をつけて。

【3】周辺
洋館の外を探ります。

瘴気漂う暗く、じめじめした深い森です。常に濃い霧がかかっており、視界へ重度のペナルティを受けます。なにも対策をせずに入り込むと道に迷う可能性があります。自分の身を守るためにも、プレイングはしっかりと。
敵対する悪霊や小鬼のねぐらでもあるので、もっとも戦闘が発生しやすい場所となります。

  • 「箱」完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年06月09日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
※参加確定済み※
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い
フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
※参加確定済み※

リプレイ

●茶番
「この館にはいくつもの怖い話がある。その一つを今から聞かせる」
『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)が、キリリと眉を寄せた。そうすると眉目秀麗が際立って、さらに美しくなる。
「どんな話だい?」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が混ぜっ返すと、クウハはシリアスな顔のまま口を開いた。
「グレートブリテンにおいて、一階はグランドフロアと呼ばれる」
「はい、それで?」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)が生真面目に相槌を打つ。クウハは続けた。
「それに伴って、二階をファーストフロア、三階をセカンドフロア、四階をサードフロアと呼ぶ」
「つまり……?」
『ずっと、キミの傍に』フーガ・リリオ(p3p010595)がゴクリと生唾を飲む。クウハは、きっと皆を振り向いた。
「つまりこの館は四階建てだったんだよ!!!」
「な、なんだっテー!?」
「意外とノリいいな、赤羽」
『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)が叫んだかと思うと、違う声音でスンってなった。
「それで、結局のところ、何階建てなので?」
『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)の問いに、クウハは意地の悪い笑みを浮かべた。
「普通に三階建てだ。『今日は』な」
「つまり三階建てではないこともある……?」
『別れを乗せた白い星』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が悩ましげに口もとへ手をやった。
「そのくらいのことは起きるだろう。なにせここは……」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がつぶやく。
「おばけやしきだからな。壁は伸びるだろうし、何階建てかなんて気分で変わるだろう」
「ヒヒ、そのうち999のおばけが集まるかもしれないね、にぎやかでいいことだ」
 武器商人は喉を鳴らすと、かわいい眷属、クウハの肩へ手を置いた。
「是非そうであることを願っているよ。我(アタシ)の猫。その前にこの館にこもる悪意と瘴気について、調べないとね」
「もちろんだ」
 クウハは武器商人にだけ向けて、笑みを見せた。

●周辺
「箱、か」
 アーマデルは館を振り返った。
「練達で見た。オカルト系ホラーもので出てくるやつだ」
「ですよね」
 鏡禍もあいづちをうつ。
「変な箱というか、テレビとビデオですよね、たぶん。僕の世界でも割と淘汰されたやつですけど、それが何でこんなところに?」
「わからん。おそらくは先住者の持ち物だろう」
「というか視聴できるんですかね? ノイズ眺めてるのもなかなか乙なものですが」
「鏡禍殿が気になるなら、あとでゆっくり見てみよう。まずは周辺の探索だ」
「ええ、もちろんです」
 アーマデルと鏡禍は、静かな霧の中へのまれていった。彼らの後をついていく華蓮のファミリア。なにかあったらすぐに連絡が取れるようになっているのだ。分断して行動せざるを得ない場合、有効な手段である。
「ん-」
「どうした、鏡禍殿?」
 森を探索しだしていくらもたたないうちに、鏡禍がかるくうなった。
「これは……あれですよ」
 鏡禍が鼻をひくひくさせる。
「腐臭ですよ」
 アーマデルも首肯する。肉が腐れゆく香りが、霧にまじっている。
「においをたどるか?」
「そうしましょう。準備をしておきますね」
「ああ」
 短く答えたアーマデルは、木の枝へ飾りひもを括り付けた。こうしておけば迷わない。アーマデルのひもを目印にしつつ、鏡禍も動く。
「……?」
 何度目だろうか。アーマデルがひもをくくるために上を向いた時だった。得体のしれない異物が樹上にあることに気づいた。深い霧に隠れて、姿は見えないが、人間の子供ほどもあるこぶのような何かが枝の間でゆらめいている。
「鏡禍殿! 奇襲だ!」
「はい! 来たれよ、英霊! 天地開闢を映す鏡の前にその真価を示せ!」
 鏡禍の周りに、長方形のスクリーンがずらりと投射される。ルーンシールドに守られた鏡禍の影へ、アーマデルがすべりこむ。
「防御はまかせた、鏡禍殿!」
「だいじょうぶです、めいっぱい頼ってください!」
 樹上から小鬼の群れが落ちてきた。その数は10を優に超える。耳障りな雄たけびをあげ、小鬼がふたりへ襲いかかる。しゃりん。金に輝くスクリーンが、小鬼の攻撃を弾く。
「英霊。そのかけらよ。俺へ力を貸せ。否やはない」
 鏡禍が盾なら、アーマデルは矛だ。英霊の残響が戦場へ響きわたる。悲しく、胸かきむしるような妄執が、怨嗟が、小鬼を食らっていく。
 劣勢を悟った小鬼は我先に逃げ出した。
「あ、こら、好き勝手逃げないでください!」
 鏡禍が叫ぶが、小鬼は聞いてはいない。蜘蛛の子を散らすように消えていく。小鬼の姿は深い霧の向こう、あっというまに消えていった。
「……はあ、にげられちゃいましたね」
「怪我がなかったことに感謝しよう。鏡禍のおかげで俺も無傷だ。……ん?」
 今度はアーマデルが何かに気づいたようだった。
「どうしました、アーマデルさん?」
「霊だ」
「おばけですか?」
「いや、そんな陽気なものではないな。地縛霊だ。この辺を根城にしていると見た」
 怒りを買わないよう、アーマデルと鏡禍はあえて霊の死角へ入った。ああいう手合いは、目を合わせるとろくなことがない。
 霊は時折わなわなと震えながら、ゆっくりと宙を滑っていく。まるでかたきを探しているかのようだ。ふたりは霊の後をそっとつけていった。
「……腐臭が強くなってきましたね」
「ああ」
 鏡禍の気づきに、アーマデルも答える。やがて霊は藪の前で、ふっと消えた。ふたりは慎重に藪へ近づく。ぎっぎっ、ぐえっきゃぐえっ。不気味な声が耳を打った。
「小鬼の巣ですね」
 戦闘準備を整える鏡禍を頼りにしつつ、アーマデルは注意深く歩を進めた。
「……」
 骨の山の上で、小鬼どもが踊り狂っている。野生動物らしきものの下に積まれているのは、まごうことなき、人骨だった。

●館内
「クウハ~!」
「おっ、パルル。なにか掴んできたか?」
「聞いて聞いテ。この館ってじつは……」
「じつは?」
 武器商人が合の手を入れると、パルルはいやそうに口元をへの字に曲げた。
「ボクはクウハとおはなししてるんだけド!」
「おやおや、嫌われたものだねぇ。そんなところもかわいらしいけれども」
「かわいいとかいうナ! クウハ、クウハ、耳を貸しテ?」
「かじるなよ?」
「かじらないよ! クウハが初めてボクを頼ってくれたんダ! がんばったんだよボク! ほめテ!」
「はいはい、えらいえらい」
「もっとしっかりほめテ! 頭もナデナデしテ!」
「ほらよ、これでいいか」
 クウハはわしわしとパルルの頭を撫でた。こうみえて情報屋なのだ。なにか掴んできている可能性は大いにある。
「パルル、すねてないで調べてきたことを教えてくれないか? パルルだけが頼りなんだ」
 フーガがうながすと、パルルもすこしは気をよくしたようだ。クウハの耳元へ口を寄せ、ひそひそと何事かささやいている。
「……そうか。ありがとさん。よくやった」
「うン!」
 上機嫌でクウハから離れるパルル。ふわりと風船が揺れる。
「この館は、以前は幻想貴族のものだったらしい」
 クウハが宙に図を書きながら、説明をしだす。
「執事からメイド、フットマン、もろもろ、通いもあわせて100は超える大所帯だったそうだ。だが、ある男が当主になってからは、不審な事故で使用人たちが続々と死亡」
「死亡?」
 おだやかじゃないぞとフーガは顔をしかめる。
「そして当主そのものも失踪、パルルが聞いてきたのはそこまでだ」
 クウハが首を振る。
「まあパルルならこんなもんだろ」
「ちょっとちょっとちょっト~~~! がんばったのニ! ボクがんばったのニ! それだケ!?」
「あんまり騒ぐな」
「ぷわわ~~」
 こつんと額を小突かれたパルルが大げさに転がってみせる。フーガはそれに苦笑し、パルルを抱き起すとミリアドハーモニクスをかけてやった。
「さて」
 フーガの隣で、華蓮のファミリアーを腕に抱いていた武器商人が口を開く。
「それじゃ、地獄の釜の蓋を開けてみようか。鬼が出ても蛇が出ても、なに、楽しいものさァ」
 三人はまずトロフィールームへ入った。いくつものトロフィーや盾が、くすんだ色のまま放置されている。クウハが言う。
「だいたいこういうところには、先祖代々のお歴々に関する書が残ってるもんだ」
 クウハの読み通り、分厚い本が並ぶ本棚があった。うっすらと積もったほこりをさっとひとふきし、クウハは比較的新しいと思われる一冊を選び取った。
「……『泰然自若の』アネオルス、『勇猛なりし』セルブント」
「ご先祖様がいかに立派かを書いてあるんだねぇ。歴史書ってそんなものだよね」
 横からのぞきこんだ武器商人が薄く笑みを浮かべる。本には仰々しい誉め言葉ばかりが並んでいて、具体的なことに関しては記載がない。たいした業績がないがゆえの苦肉の策か。賞を取ったとか、上流階級のパーティーへ直々に呼ばれたとか、いかにもすばらしい、そういうことばかり書いてある。
 クウハはフーガの手前、あくびを噛み殺しつつ読み進めた。
「?」
 クウハの手が止まる。
「当代のところで記録が途切れているね、何か忌まわしいことでもあったのかもね」
 お抱え記録係ですら書くのを躊躇するようなことがね。ヒヒ。武器商人の笑い声が低く響く。
 そのとき、コトリと足音がした。フーガが鋭く上を向く。
「今の、上の階だな」
「ああ、ちょうど真上だ」
 クウハはパルルをかばうように前へ立つ。一行は三階の奥の部屋の前まで来た。
「ひひ、いひひ、ひひ、ひひひ」
 フーガが扉へ耳をくっつけると、中から奇妙な笑い声が聞こえてきた。
「誰かいる。クウハのお仲間?」
「いや、そこを縄張りにしてるやつはいない。それに、こいつは死者の存在感じゃねェ」
「だな」
 フーガはゆっくりと音をたてないようにドアノブを回した。中の機構が動く感触がする。そのままフーガはわずかに扉を開いた。隙間からのぞくと、奥の、「箱」、その手前に、若い男が立っている。箱へ覆いかぶさるように両腕を投げかけ、気味の悪い笑い声を蛙のようにもらしていた。チラ見できる範囲のガラス面に、美しい女が映っていた。長い黒髪、透き通った肌。その顔は恐怖に歪んでいた。
「ひひひ、いひ、今日も、きれいだね。いいよいいよ、すてきだ、さあ、苦悶に歪む顔を、僕だけに見せておくれ」
 若い男は、手にしていた小さな銀の壺を横に倒す。「箱」の天板へ、ぴちょんと、しずくが垂れ落ちた。「箱」のなかで女が絶叫している。無音だが、それゆえに、彼女の受けた苦痛が心に迫る。
(なんだあれ……)
 あっけにとられたフーガの真横で、武器商人が目をすがめる。
(あの男のまとう気配、この館の瘴気と同じものだよ)
 フーガが武器商人を振り返るのと、クウハが扉を大きく開けるのが同時だった。
「おいてめェ! この館は俺のもんだ! その『箱』も俺のもんだ! その中に閉じ込められてる悪霊も俺のもんだ! 俺のもんに何してくれやがる!」
「クウハ!」
「止めるなフーガ!」
 若い男は「ひっ!」と小さくうめいたまま、こちらを見た姿勢で固まっている。
「聖水じゃないか。それをじわじわ『箱』へ垂らして、呪いのビデオの中の悪霊を苦しめていたのかい?」
 武器商人もずいと一歩前へ出る。
「な、なんだよ、君たち。ぼ、僕はこの館の当主だぞ……?」
 若い男の返答に、フーガはあきれてしまった。
「これだけクウハの仲間が住んでいるのに? アンタの目は節穴なのか?」
「ひ、来るな、来るなあ! レイ! レイー! 助けて! 助けてくれよおー!」
 男は頭を抱えてしゃがみこんだ。
 その時だった。

●地下
 時を前後して、ジョシュアと華蓮、そして赤羽と大地は地下室の一室で困惑した顔を見合わせていた。
「寝てますね」
 ジョシュアがしかたなく声に出し、状況を再確認する。
 牢獄の簡易ベッドへ横になっているのは、あきらかに異質な女だった。シスター装束を着ていて、年のころは70代くらいにみえる。年経たあかしである白髪をきちんと結い上げ、腕の中には愛刀と思しき抜身の剣がある。女は器用に剣を抱いたまま、ころんと寝返りを打った。
「死んではいないよな? 赤羽」
「呼吸してル、心音もあル。なにより肉体があり、影があル。妖怪ってわけでもネェ。大地でもわかるだロ」
「まあ、そのくらいは」
 それでも起こすのを躊躇してしまうくらいに、異質な気配を大地は女から受け取っていた。女の寝顔を見つめながら、華蓮もむずかしい顔をしている。生きてはいる。幽霊でもおばけでも妖怪でもない。それでいて、なんなのだろう、この禍々しさは。こうして隣に立っているだけで忍び寄る焦燥感は。
「先制攻撃を仕掛けるなら、いまのうちなのだわ」
「交渉もせずに、ですか?」
 ジョシュアのとまどいへ、華蓮は断固とした口調で告げた。
「だけど、この女、危険なのだわ。私の女のカンが告げているのだわ」
 そうだそうだとばかりに稀久理媛神の使いがせわしなく首を縦に振る。
 女がもういちど寝返りを打つ。背を向けてしまった女、そのうなじは奇妙に白く、きれいだ。
「かかってこないのですか?」
 とつぜん投げかけられた言葉に、三人はびくりとふるえた。相変わらず背を向けたまま、女は言葉をつづけた。
「ひとつ、油断しているうちに倒せ。あなたがたに伝えておきましょう。残念ながらあなたがたはわたくしへ、一太刀浴びせる機会すら失ってしまった」
「!」
 華蓮が動く。稀久理媛神の追い風が吹き荒れる。
「離れるのだわ!」
「遅い」
 女がしゃらりと半身を起こした。背を向けたままで。それで十分だった。
 すさまじい衝撃波が三人を襲った。女は剣を抱いたまま、ノーモーションでそれを放った。攻撃が読めず、三人は致命的なダメージを食らう。
「ぐうっ!」
「なにやってんダ! 立テ! 次が来るゾ! 皆を守レ!」
 吹き飛ばされた三人。余波は天上へまで及び、鉄格子をバターのようにたやすく切り裂いた。華蓮が、ジョシュアが、壁へ激突する。唯一床の上を転がっていった大地を、赤羽が叩き起こした。
「けほっ、けほっ、雪のしずく、唯のしずく、幸のしずく、鳴り伏せよ、為り臥せよ、我等春遠からじと言えど怨敵は冬に閉ざされたままであれ、急々如律令!」
 りぃんと澄んだ音が鳴った。雪待の花びらが慰めと希望を取り戻す。一瞬で植えつけられた不調を取り除き、大地は立ち上がった。ジョシュアが、華蓮が意識を取り戻す。
「やられたままというのもしゃくですね!」
 親愛なる天才数学者の加護を受けたジョシュアの、やさしい髪色へ紫のメッシュがかかる。
「せめて一撃!」
 眠たげな女はベッドへ座ったまま、ジョシュアの薔薇黒鳥をはたき落とした。その掌にざっくりとくちばしの痕が残る。
「この毒の味はしばらくぶりですこと」
 なつかしげに瞳を細める女へ、華蓮は神罰の弓矢を引き絞る。可憐で華奢な大弓がきりりと音をたてた。
「余裕かましてられるのもいまのうちなのだわ!」
 女が身動きする。残像。次の瞬間、華蓮の目と鼻の先に女の姿があった。大きく剣を構えている。
(え……そんな……レオ…ン…)
 脳裏を走馬灯がよぎりかけた、その時だった。
 直前で女は動きを止めた。反動でシスター服のスカートがふわりと揺れる。そのまま女は剣尖の痕残る天井を見上げている。
「……まったく。本当に、わたくしがいないとダメな男ですこと」
 女がうそぶいたと同時に、天上が崩壊した。ちがう、斬撃が天井をたたき割ったのだ。上の階まで大穴があく。女は飛び上がった。
「助かった、のですか?」
「上の階に移動しただけなのだわ! すぐに加勢に向かうのだわ!」
 ジョシュアの声に華蓮が激しく首を振る。大地は赤羽と共に荒らされた石畳を蹴った。

●邂逅
「来るよ」
 武器商人が冷たい声を出した。同時に頭を抱える若い男とクウハの間へゆらりと入り込む。
 とたんに、床が盛り上がった。次の瞬間、爆発する。あまりの風圧に目を閉じたフーガが見たのは、空中で優雅におじぎをする剣を持ったシスターだった。
 武器商人の体へは、いくつもの瓦礫が食い込んでいる。それを抜き取って放り捨てながらも、武器商人は女から視線を外さない。
「魔種だね?」
「さすがの眼力ですこと」
 言外に肯定したシスターは、不愛想な顔のままあくびをかみころした。
「レイモンド。何をしているのです。お立ちなさいな」
「ああ、レイ、麗しのレイ……! 僕を助けに来てくれたんだね! やはりあなたは僕の女神だ!」
「おしゃべりはそのへんで」
 女がしゃらりと剣をかまえた。
「慈雨」
「我(アタシ)は問題ないよ、かわいい猫」
 安心させるようにクウハの喉元をくすぐり、武器商人は女と若い男へ相対した。
「この洋館は正式な手続きのもとに売買にだされ、ここにいるクウハが購入した。このコが洋館の主人だよ。キミたちは何用で来たんだい?」
「そ、そんなの、聞いてない。僕が、僕こそがこの館の主だ」
「黙りなさいレイモンド。家を捨てたのはあなたのほうでしょう」
「だ、だけど、そんな、どこの馬の骨とも知れないやつが……! 僕のこの宝の山を……」
「『箱』のなかの霊をいじめぬくことがか? ああ!?」
 クウハの怒号に、レイモンドと呼ばれた男が再び頭を抱える。レイと呼ばれた魔種は剣をおろした。フーガは警戒を強める。
「なんのつもりだ」
「わたくしたちは、いうなれば散歩へ寄っただけです。荒事をなすためにきたのではありません。それに……」
 女がちらりと廊下へ目をやる。全速力で駆けつけるアーマデルをはじめとした仲間の姿が見えた。
「あれだけの数を抱えるのは、わたくしとしてもごめんこうむります。帰りますよ、レイモンド」
「で、でも、でもぉ」
「わたくしの言うことをお聞きなさい。いつだってそれでうまくいったでしょう?」
「そ、そうだねレイ。へひ、ひひ、ふへへ……」
「無事なのだわ!?」
 華蓮が飛び込んでくると同時に追い風が突風の如く吹きつける。
 クウハたちが得物へ手をかけると、女は手品のように剣を消した。そしてレイモンドの襟首をひっつかむ。
「ごめんあそばせ」
 窓ガラスが割れる。そこから魔種はレイモンドを伴って飛び降りた。鏡禍が窓枠まで駆けつける。
「くっ! もういない……逃げ足だけは速いですね」
 クウハは『箱』へ近づいた。ガラス面には息も絶え絶えの黒髪の女が映っている。
「ごめんな、次からは俺が守るから安心してくれ」
「箱」へかけられた聖水をふき取り、クウハは自分の影をわけてやる。女は安らいだ顔でノイズへ埋もれていった。
「パルル?」
 クウハはパルルの顔を見た。おびえたように歪んでいる。
「レイモンド、だヨ。レイモンド・パムゴラス。この館のもとの主だヨ、クウハ……」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

赤羽・大地(p3p004151)[重傷]
彼岸と此岸の魔術師
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)[重傷]
月夜の魔法使い

あとがき

おつかれさまでしたー!

「箱」ことテレビとそこに住む悪霊の保護に成功。周辺に人間の死骸があること、および館の主がレイモンド・パムゴラスだと判明しました。

またのご利用をお待ちしております。

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