シナリオ詳細
<廃滅の海色>沈み行け、絶海
オープニング
●
張られた頬が赤らんだ儘、先行くその人の背を追掛けた。
「ツロ様」
呼び掛けようとも反応はない。彼の眸の色が変化を帯びたとき、つい、口をついて出たその名がいけなかった。
預言者ツロ。
神託の乙女たる聖女ルルが主導する『歴史修正』の預言書を口にするもの。
彼こそが、預言の書を記す者で、彼こそが、主に付き従う傲慢なる第一の使徒――『アドレ』の主だ。
「ツロ様、待って――!」
幻想王国を襲っている聖女は性格で言えば非常に短絡的だ。小細工を嫌い、正直者だ。嘘偽りなくあの国を滅ぼすことを狙っている。
故に、幾人もの遂行者と伴って強襲作戦を仕掛けたが海洋王国側は違う。
マスティマに「どうするの」と告げた時、彼は「好きにしろ」と言った。詰まり、自らが率いるつもりはないと言うことだ。
アドレは一人、ツロの背中を追掛けている。彼は海洋王国の『静寂の青』を見て居る。
あれほどまでに荒れ狂う波濤は最早消え失せた。呆気ないほどの『静寂』がそこにはある。絶望なんて疾うに遠のいた場所だ。
「……本来の歴史はこの様なものではなかったというのに」
「ツ、ツロ様……」
「海洋王国は『大号令』に失敗し続ける。人々はこの海に絶望し続けるはずだった。
海向こうに国がある? 人々が棲まう島がある? 精霊種に鬼人種まで存在していた?
有り得ざる歴史だ。修正すべきだ。海の涯を我々は認知してはならない」
「ツロ様」
アドレが見上げた男の眸は怪しい色彩を宿していた。まるで『歴史の書を眼前に見据えている』かのようである。
「マスティマはよく理解しているようだ。静寂を、絶望の海へと戻せば良い。
それだけではない、その後にでも我々は豊穣へと渡ろう。本来ならば『存在を認知されない島』だ」
「はい。だから――」
「お前は?」
「ぼ、ぼく、は」
アドレの唇がかたかたと震えた。眼前の男の冷ややか視線を浴びせられる度に身が竦む。
本来の歴史が崩れ去ったことが彼にとってはイレギュラーだった。
……そうだ、イレギュラーズがコレまで起こした軌跡を辿って一つずつ修正すれば良い。
それが準備段階だ。神の国を定着させてからでなくては『あの方』に見せられる者ではない。
「ツロ様……。海を、鎖しましょう」
窮すること勿れ――絶望とは、人々の隣に常に存在しているのだ。
●
「知らせは聞いておる」
冷ややかな視線を送ったのはイザベラ・パニ・アイス。海洋王国の女王である。
普段ならば彼女の隣に控えている貴族派筆頭の姿は無く、何処か心配そうに視線を右往左往しているコンテュール家の令嬢だけが立っていた。
「天義における一大事、それが混沌全土に広がって居ると。
正しき歴史への修復と聞いた――が、実に下らない。妾達にとっての悲願は間違いであると? 鼻で笑わせる」
酷く苛立った様子のイザベラが扇子で玉座を叩いた。立ち上がった女の表情は酷く歪なものであった。
「コレまで喪われた無数の命を、妾達が悲願の為にと散っていった者共を愚弄する行ない。
決して許せるわけがあるまい――! 絶望は静寂へと変化し、今や心を慰める物となったであろうに。それを――!」
「女王陛下、落ち着いて下さいまし」
静かな声音で呼び掛けたカヌレ・ジェラート・コンテュールにイザベラは深い息を吐いてから「取り乱した」とだけ告げた。
力無く玉座へと座る彼女を気遣いながらカヌレはイレギュラーズを振り返る。
「事情は聞いておりますの。このリッツパークからアクエリア・フェデリア海域に至るまで、空から帳が見えている、と。
わたくし達は『神の国』とやらへの対抗手段は持ち得ませんわ。海洋王国は天義騎士団の活動を許諾し、皆様に『対策』をお願いさせて頂きたいのです」
兄の代りに、凜と話すカヌレの指先は緊張で震えていた。現実世界を『地の国』と呼んだ遂行者達は、目に見えぬ異世界『神の国』にて本来の歴史を想起しているという。
それが現実へと覆い被さることで大きく変化をする。その結果こそがテセラ・ニバスの帳である。
「『廃滅病』は喪われたものであるはずです。それが、復活などすれば――」
今度は何を倒せばそれが消え失せる?
果たして、それが存在するべきだと想起され根源を絶つことが出来なければ蔓延し続けるだけなのか。
肉が溶け、死へと至らしめる『廃滅』の病を――その、死の兆しを。
『神の国』へと渡ったイレギュラーズを待ち受けていたのは変貌したリッツパークであった。
長らく続く大号令の失敗に疲弊しきった国は余力を残しては居ないかのようである。海賊達が蔓延し、近海は荒れ放題だ。
遠く眺めることの出来る絶望の青に至ることを誰もが控える、その様な空間に一人の男が迷い混んでいた。
「此処は、何処ですかね――――!?」
そう、ソルベ・ジェラート・コンテュール卿その人だ。
「一体、何が!?」
「あ、見付けた」
「!?」
指差す月原 亮にソルベは「本当に何が起っているのか説明してくれ」と言いたげな瞳を向けていた。
斯く斯く然々、と説明する亮にソルベはいまいち納得出来ていない様子であったが――
「……誰か来るわ」
アーリア・スピリッツ(p3p004400)が身構えた。小さく頷いたサクラ(p3p005004)は「後ろに」とソルベへと促す。
「オッケー……まじ、ここにリリファ誘わなくて良かった」
「誘ってたらこんな所で何をデートをして、と叱っていましたよ」
眉を吊り上げた小金井・正純(p3p008000)は不機嫌であった。それもそのはずで在ろう。遂行者達は『海洋』の絶望を復活させ、『豊穣』など存在しないと言い張るのだ。其れを許しておけるわけがない。
「ごめんって。……人だ」
亮が日本刀をするりと引き抜けば正純は弓を構える。その視線の先に立っていた少年には見覚えがあった。
「またお会いしましたね、アドレ」
「……」
唇を引き結んだまま少年は立っていた。アドレを見ただけで、『商人ティルス』の事が頭に過ってアーリアは「あの人は?」と問いたくなる衝動に駆られた。
「あ、あの、アドレ君? ……危ないわぁ、一緒に此処から出ましょうね。
何時も迷子になるのね。こんな所まで来ちゃってティルスさんが心配し――」
「アリア」
アーリアの『本来の名』を呼んだ少年が睨め付けるように彼女を見詰めていた。
「ティルス様が、良ければ一緒に来てくれないかって」
「なっ――!?」
サクラは聖刀を引き抜きアドレを睨め付ける。
突如としての『誘い』だ。一体どう言うことなのかと困惑するアーリアを庇うようにサクラは立った。
「いきなりだね?」
「形振り構ってられないんだ。……ちゃんとティルス様に今度誘わせるから、心に留めておいて」
アドレは嘆息してから背後からぞう、と黒き気配を呼び出した。
纏う真白の衣にはに使わぬ黒き気配に包まれて行く少年は首を振る。
「雑談は終わり。これ以上、僕も怒られたくないんだ。
申し訳ないけれど、背後のその男を渡して貰えないかな。せめて、そいつだけでも殺して――この国を、滅ぼさなきゃ」
- <廃滅の海色>沈み行け、絶海完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年06月06日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
「一体どう言うことなんですか!?」
叫ぶ『貴族派筆頭』ソルベ・ジェラート・コンテュール(p3n000075)の混乱を前にして『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)はやれやれと肩を竦めた。
縁にとっては最早顔なじみと言っても支障は無い相手である。海洋王国は二頭体制である。代々王国を治める海種と飛行種達で構成された貴族院は何方も牽制し合いながら国家をより良き方向へと導いている。
海種である縁の傍には飛行種にして、海洋軍の父を有する『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)が快活な笑みを浮かべて立っていた。
「ソルベ様! ソルベ様! 迷子って歳じゃないでしょうに!!!」
「迷子ではないでしょうに!?」
余りの慌てっぷりである。まるで友人であるかのように言葉を返したソルベに「どっちかっていうと誘拐?」とカイトは首を傾げる。
「ええ、そうとしか言えないでしょう。此処はリッツパークですか? 本当に? こんなに簡単に景色が変わるモノですか?」
「リッツパークかどうかと言えば……まあ、別物だろうが」
そう――海洋王国の首都であるリッツパークではあるが、それは神の国の内部の、という頭文字がついてくる。
「巻き込まれた挙句、いきなり命を狙われるとは、カヌレの嬢ちゃんよりソルベの方がヒロインの素質があるんじゃねぇかい?」
「まあ、私も存分に可愛いですからね!」
そういう事を言っているのではないが、と言い掛けた縁は口を閉ざした。『お喋りな鳥』としてイザベラ女王に認識されている貴族派筆頭の困惑は大きすぎるものである。
「おやまァ、随分器用な迷子だねコンテュール卿。それとも向こうから招かれたかしら。
まァなんにせよ、ここで死なれちゃ困るのは間違いないね。
……というわけでここから無事に帰ったら今度ちょいといい商談(おはなし)を頼むよ」
くすくすと笑みを零してみせる『闇之雲』武器商人(p3p001107)は長い袖口で唇を覆い隠してちら、と問い掛けた。
勿論、此処で国家中枢であるソルベが亡くなることは大問題である。この一件の始まりが天義にあるならば、国家間での問題に発展しやすい。
曖昧な表情を見せたソルベの肩をぽんと叩いた縁は任せておけとでも言うかのような表情だ。
「……ま、冗談はさておき。好き勝手に言い合える相手がいなくなっちまうと、我らが女王陛下も大いに悲しむだろうからな。うちの宰相様を返して貰うぜ」
その視線の先には少年が立っていた。赤く腫れた頬を隠す事無く苛立ちを滲ませた灰色の髪の幼子だ。
アメジストのように怒気を帯びて煌めいたその眸は真っ直ぐにイレギュラーズ達を見て居た。
「……楽しそうで腹が立つ」
呟かれた声を聞きながら『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は彼の名を呼んだ。アドレ、と。
「やはり海洋にまでその手を伸ばしてきましたか」
商人ティルスが目的地と云っていた場所に何らかの問題が起きた。それは彼とこの一件の関わりを大いに思い知らせるかの如くである。
そんな場所に彼が居る。アーノルドと呼ばれていたアドレ、アドレ・ヴィオレッタが。
リッツパークには思い入れが深く、ほんの一時でも家族で――『彼』と暮らした場所である事から『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)にとってはこの現況は他人事では無かった。
(例えば、この港でずっと暮らしていて、滅びの神託を受けていたなら……これが本当の光景だったのかしら?)
そんな言葉は誰にも言えやしなかった。自身はイレギュラーズで、その滅びの神託さえ此処には存在しないのだから。
「アドレくん……」
「アリア」
呼び掛ければ、彼は変わらぬ表情を浮かべている。ああ、けれど――
ティルス様が、良ければ一緒に来てくれないかって。
それは一体。
「……アドレ」
アーリアとアドレの間にその身を滑り込ませた『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は聖刀を手に真っ向から睨め付けた。
「貴方がこの領域を作ったんだね?」
「……まあね」
廃滅病。それをも再現した彼にサクラは声を掛けた。病として、罹患したわけではない。だからこそ、サクラにとっては『存在した病の一つであり、人類が克服して撲滅したもの』という認識が強い。
躯から放たれる異臭は『女の子』としては気に掛かるという感想に落ち着くことが叶ったがそんな事を気にしている場合でも無いからこそ、底まで意識せずに済むか。
(それにしても、廃滅病か……俺は海洋王国の戦いについては縁深くはない)
青年がこの絶望の海に踏み入れたのは潰瘍での大きな作戦の終盤戦だった。『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)にとって、強大すぎる敵というリヴァイアサンの影こそ興味深くはあるが、周囲に漂う死と病の気配にはどうしようもなく忌避感を覚える。
砂礫に半ば生まれていた故郷とはまるで違った潮騒の街。リッツパークには近しい気配が存在しているというのに、親しみを感じぬのは己をも害する病であるからか。
「本来の歴史はこうだったんだ、サクラ・ロウライト」
「本来って……」
唇を噛み締めるサクラの傍から一歩歩み出した『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はその鮮やかな藍玉の眸でまじまじと少年を見た。
「正しい歴史、などと。そんな下らない妄想のために、国を滅ぼされては堪らない、な。
……それに、新鮮な魚介やリゾートが楽しめなくなるのは、非常に困る」
「妄想、なんて言い方をしちゃ駄目だ。『絶望は絶望であるべき』だった。此処にまでその気配が侵食したのは君達の所為だよ」
エクスマリアの長い睫がぱたりと揺らいだ。君達の所為、と言うのは『絶望はリッツパークにまで迫った』と言う意味合いか。
「……本来は、絶望の海域にまで、少しばかりの距離はあった」
「ええ、近海はそれ程危険では無かったはずです、から」
それを危険たらしめたのはイレギュラーズが海を越えたからこその神の怒りだというのか。
ソルベはエクスマリアを凝視してから「リッツパーク、廃滅病なんですか!?」と驚いたように肩を跳ねさせた。
現況を全て理解するのは難しい。イレギュラーズとて全容を把握はしていない。何せ――
「僕らは遂行者だ」
遂行者とは何か。
「正しき歴史に修正する」
正しき歴史とは何か。
「僕らは神に忠実な使徒である、故に遂行するのみだ」
――傲慢とは、神の妨げになるとされている。しかし、使徒は『そうあらねばならない』のだ。
何せ、彼等は主を神であると信じているのだから。
●
豊穣など存在し得ない。海洋は滅び行き、海は絶望で在るべきだ。
それが定められた歴史だと告げられる。『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)は齎された静寂が再び絶望に染め上げられる事への異を唱える。
「――それが正しき歴史だと? ……蒙昧にも程がある」
慈悲も天性も、今この時は仕舞い込む。笑えもしない『法螺噺』を吹く不遜で不埒な輩は幼い形(なり)をしているのだ。
「……塵も残さずに焼き捨てよう」
「塵も残さず焼き捨てられるのは偽りの歴史だ。そうだろう?」
絶対的自信を抱いたのは彼がそれだけ何かを盲信しているからなのであろうか。
ウォリアの眼前には太陽の翼を翻した『好敵手』が居る。片や、『衒罪呼び醒ます闇之雲』。その何れもがウォリアにとっては信用たり得る存在だ。
「歴史は勝者が作るものとは言われるが、まさかこのような手段に出てこようとはな。蛮行という他はなく、甚だ遺憾である」
睨め付けるかのように大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が見遣る。視線は一度、ソルベの傍に立っていた『月閃』月原・亮(p3n000006)へと向けられた。
「オーケー」
鯉口を切った亮に頷いて武蔵は大地を蹴った。作戦目標は定まっている。ソルベ・ジェラート・コンテュールの安全確保、そして眼前のワールドイーターの撃破を以てしての『神の国』の進行阻止だ。
「――海洋王国の平和と安全を守護すべく、戦艦武蔵、出撃する!!」
武蔵が前線へと走り出すと共に、サクラが勢い良く聖刀を引き抜いた。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト。推して参る!」
聞きたいことは山ほど在るが、それを問うには『場を改める』必要がある。
「あーあ、抗うんだ」
ぼそりと呟いたアドレの周辺に無数の騒霊(デーモン)が産み出された。それは黒き翼を有した悍ましき存在である。
「行け」
指先がイレギュラーズを差していた。たったそれだけの指示に反応したように騒霊達が放たれる。
前方を真っ向から睨め付けたエクスマリアの指先に魔力が奔る。自らの魔力媒介となった髪を編み込み作られた手袋の先に魔力が迸る。
「散れ」
静かな声音と共に、無数に天より迸ったのは万物をも砕く鉄の塊であった。
「えっ、戦うのですか!?」
「ソルベ様は下がってな」
自らは護衛であると笑ったカイトはソルベ傍らで三叉の槍を構えた。猛禽は全てを喰らうが如く。その獰猛な眸で騒霊達を見定める。
青年にとってソルベとは即ち、自らの主とも呼べる存在だ。それだけコンテュール家とは海洋王国で力を有しており、女王イザベラの傍に立つのは彼しか居ないとカイト自身も認識しているのだ。
「ソルベ様」
「な、何ですかッ」
びくと肩を跳ねさせたソルベにカイトはへらりと微笑んだ。護ってみせると告げれば、青年はほっと胸を撫で下ろすかのようである。
「ソルベさんったら、こんな所にまで入り込んじゃって。
……亮くんもちゃんと帰るのよ? 女の子の喜ぶお店のアドバイスくらい、おねーさんがしてあげるわ」
「じゃ、頼もうかな。だから、アーリアさんも迷わず帰ろうな。俺達の居場所(ローレット)に」
にんまりと笑った亮の背中にアーリアははっとした後、ついつい困ったように笑った。彼に見透かされるほどに自分は『困った顔』をしていたのだろう。
目の前のアドレが、自身に向かって告げた言葉が気になって堪らなかったのだ。どうしても。問うてしまわねばならないと思ってしまったから。
「ねえ、アドレくん、アドレくんは何を言って居るの? 一緒に来て、だなんて。何処に?」
「僕達の所だよ、アリア」
アドレとて、何処か困ったような顔をして居た。それがどうしようもなく『彼だって、こんな事をしたいはずではない』と思ってしまうから。
「……ああ、ほら、もしかして安全な場所を知っているのかしら。でももう危険なのは天義だけじゃないのよ。
この子達はアドレくんが呼んだの? 駄目よ。お話をしましょう。ちゃんと話を聞かせて頂戴? ね?」
彼の頼みだってソルベのことは渡せやしない。海洋王国は絶妙なバランスを保っている。
海種と飛行種。一方が王政の主権を有し、もう一方がその下支えである貴族院の議長となる。合議を有するが故に、二つの種が友好的に過ごしていられる。
だが、一度そのバランスが崩れてしまえば、小国である海洋王国は一気に支えを喪う可能性があるのだ。
『海洋王国を崩すならばどちらかの代表者を切り崩せば良い』というのは他国から見れば確定的明らかな印象であり、その一人がソルベであるのは誰もが知っている。
「違うよ、アリア。どこもかしこも、危険だから……『僕が安全な場所』に連れて行ってやりたかった」
ぐ、と息を呑んだ。彼の言う安全な場所が何処なのか――
「その様な場所、あるわけがないでしょう? アドレ。
……貴方がその様な態度をとるならば、貴方自身もも貴方の裏にいる誰かも、あまり余裕が無いということなのでしょうか。
それにその頬。この戦場で着いた傷ではないでしょう?」
見透かしたかのように正純は問うた。アドレは「余裕がないのは僕だけだよ」と呟く。
星が瞬くような彼女の眸は、全てを見透かしたようでアドレは苦手だった。それでも、彼女は居ってくる。己を追掛けてくる彼女にどうしようもなく、不安になるのだ。
「この場を治める事が出来れば少しは話をしてやっても良い」
「そうですか、ならば――」
キリ、と。音を立て弓が放たれる。騒霊と、ワールドイーター諸共に巻込む泥が広がっていく。その下に立っていたのは武器商人だ。
真っ向からワールドイーターを受け止める武器商人、そしてもう一方のワールドイーターの前には縁が居る。
「廃滅病とは厄介な症状だな……」
思わずぼやいた武蔵は『不沈艦であれ』と願いを込められた艤装に身を包み、ワールドイーターの周辺に殺到していた騒霊へと向けて無数の弾丸を放った。
武器商人は廃滅の獣と名付けられたワールドイーターを相手取る。先ずは一体、それに植付けた恐怖が武器商人を排除せねばならないと疑惑に駆られる。人間ではあるが、その姿は人間とは呼べやしない。
本来の廃滅病に犯された存在は海に溶けて消えるのだ。絶望のジュースに混ざり込んだ『死の気配』、それは海に静寂が満ち溢れたとて忘れ得ぬものである。
フォロー役である縁の傍でウォリアはワールドイーターに張り付いていた。叩き込んだのは殺人剣。ウォリアに続き縁はサポートを行なうように冽の気術を以て攻撃を繰返す。
都合良くワールドイーターが自身を攻撃してくれるとは限らない。無数の騒霊のフォローを受け、ワールドイーターの一体は自由気ままに動き始める。
視線を揺れ動かし、サクラは「お散歩の時間じゃないけれどね?」と肩を竦めた。
「出し惜しみなんてしないからね!」
騒霊達を薙ぎ払い、ワールドイーターを目指す。アドレの騒霊達はワールドイーターを護るように立ち回っているのだろう。無数の騒霊諸共自身の元へと引き寄せる武器商人は「それにしたって、大盤振る舞いだねえ」と肩を竦める。
カイトと亮が護衛についているならばソルベのことは問題ないが――ウォリアに行く手を遮られたならば後方に、と自由に動き回り多段での攻撃を放とうとするワールドイーターは成程、厄介だ。
「……此方も遠距離からの支援射撃を思えば、彼方もか。流石に遂行者の指揮が入れば人間染みている」
「それも元は生きた人間だったのかもね。お前達の相手をするために呼び起こされたんだ」
やれやれと肩を竦めたアドレにアーマデルは深く被ったフードの向こう側で不機嫌さを滲ませた。鉛の弾丸は味方を避け騒霊達へと降り注ぐ。
後方で見て居るアドレは指示を行なっているだけだが明らかに不機嫌だ。イレギュラーズを意識していることは間違いが無い。
(……騒霊の数が多い。指揮官は此処で大盤振る舞いをしているのだな。しかし、此方も周囲の攻撃は出来て居る。根競べになる事は避けたいが――)
そう、継続戦闘に向くパーティーとは決して良い辛い。廃滅病の効果もある、出来うる限り早期にこの戦いを終えねばならないのだから。
●
「すまない、商人。ちょっとどころでなく痛いが、我慢してくれ」
エクスマリアの全力。その弾丸は武器商人をも巻込むがその身に落ちてくる痛みを全て不要とすることはない。
広域を確認するが預言者の影はない。その身を削り取るような痛みの前でも、武器商人はただ、静かにワールドイーターの前に佇んでいた。
「やァ、キミも災難だね」
自身の眼前に存在する廃滅獣はどろどろと溶けながらも武器商人を目掛けて強烈な痛打を放つ。その周辺の騒霊達の集中砲火は成程、彼の足元を僅かに揺らしたか。
自由自在に動き回るワールドイーターは決して足を止められたわけではない。その眼前に張り付いたウォリアは廃滅病とは本来は『冠位嫉妬』の物であると識っていた。
混沌世界の竜種に有じと侮ったか。豊穣と海洋の狭間には『竜の領域(ナワバリ)』が存在していた。それを荒す愚行と許せやしない。
「法螺を唱える理由も、由縁も一切無用、大義に縁りて、この海洋に今ひと時の忠を尽くして助太刀しよう」
「褒賞は与えましょう! ええ! 私の羽根は如何ですか!?」
「ソルベ様、またそんなこと言って……」
大騒ぎのソルベの前に立っていたカイトがやれやれと肩を竦める。武器商人の目の前に居る廃滅獣を早期撃破すれば良い。それまでの間、眼前のワールドイーターからある程度の攻撃を受けることをウォリアは目的としていた。
自由自在に動き回ったワールドイーターの周辺からぼこりと浮いた水泡に異臭を感じ取りサクラは「うわあ」と呟いた。無数の弾丸の雨は周辺掃討を可能な物としているが、それでけでは容易に全てをこなせるわけではない。
「騒霊の波に呑まれなよ」
「ッ、そうはさせない! 輝け――禍斬!!」
せめてせめて、攻めるだけだ。ワールドイーターの一体は前線に居るがもう一体は後方で騒霊に護られている。ならば的が定まって良いだけではないか。
ワールドイーターの神経を逆撫でするように、その存在こそが脅威と見せかけた武器商人にとっての痛打はエクスマリアの放つ全力の一撃であった屋もしれないが、前線へと攻め立てるサクラとてその影響は同じだ。だが、痛みは気にしていても仕方が無い。
「アドレ!
貴方は聖女ルルがこの世にいない存在ならどうする、って言ったね。それは貴方もそうなのアドレ。それにあの男……預言者ツロも」
聞かねばならない。聞いておかねば、全てが終らない。サクラは自身の額が切れ流れた血を拭ってから真っ向からアドレに問うた。
騒霊に護られ、廃滅の気配の傍に立っている少年はサクラをまじまじと見詰める。
「……ルルは、そうだね。カロル・ルゥーロルゥーという少女はもういないよ。
ただ、カロル・ルゥーロルゥーと呼ばれていた少女そのものを形作った何かがそこにあるだけだ」
「……どういうこと?」
「少女『カロル』と聖女『ルル』は別物だって事だよ。ロウライト。これ以上女の子の秘密を勝手に話すと怒られるんだ、僕も」
訝しげな表情を見せたサクラへと被さるように騒霊が手を伸ばす。それを打ち払ったのは正純の放つ矢。
鏃より泥が広がり周囲をも飲み込んで行く。眩い輝きでなくとも、光と共に想いを実らせる。星の巫女は「アドレ、お話ならば此方も」と囁いた。
「話を聞かせてもらうことは出来ませんか?
勿論全てを信じるつもりも全てを疑うつもりもありません。ただ、貴方という存在を、私に聞かせて欲しい。
……そうでなければ、私は貴方自身のことを何も知り得ないから」
「僕を知ったってお前と僕は殺し合う運命だよ。小金井正純」
アドレは正純を知っている。彼女はアドラステイアでよく見かけていたからだ。
徐々に躯が病に冒されていく感覚がある。苦しく、身を解かすような悍ましい気配だ。だが、何を云われたって目の前の彼を放っては置けなかった。
(ええ、分かって居る――例え分り合えなくとも。例え、殺し合おうとも、目の前の彼が抱えている物を知った上で対峙したい。
コレかで何度も戦場で出会って、今、彼の姿を見たからこそ良く分かる。彼が抱えた何かを知らねば、ならないのだから)
アドレは何かを知っている。アドレは何かを成そうとしている。
それは理解している。理解しているが故に、苦しいのだ。
『絶対分り合えない』相手である事も、『廃滅病が本来は存在するべき』だとされる未来も――正しい歴史というのが『本来的にはイレギュラーズは召喚されるべきでは無かった』と差しているならば正純はそれ以上は何も言えない。
あの脅威とも取れた大量召喚は正しく異常だ。突如として一方通行に世界に呼び出され、戦う定めを背負わされた者達にとっては、アドレの言う歴史を信じたいと願う者も居るのかもしれない。
けれど――
人間をこうも変貌差させる廃滅病が正しい歴史などと、認識したくは無かった。自身達が勝ち取ったものを否定などさせたくはない。
「ソルベ様、不安そうな顔だよな」
「そ、それはそうでしょう。……一体何が起こっているのか、分かりません」
「大丈夫だってば。ソルベ様はソルベ様なんだからいつも通りどーんとそのきれいな羽根を見せびらかしておけばいいんだぜ?
大丈夫大丈夫、溶けてないし変な匂いもしない! いつもソルベ様は香水つけてるからバレないって!」
ソルベがじとりとした視線をカイトに向けた。香水をつけているから死臭をも隠せるとはそんなに香水臭いかと問うたのだろう。
じいと見詰める彼の視線にカイトはからからと笑って答えた。近付いてくる騒霊達を薙ぎ払う。戦闘慣れして居ない政治一極の貴族は大口を叩くが意外に繊細だ。肝が据わっているように見え、斯うした有事の際には不安を滲ませている――それを感じさせない程の口撃を繰り広げては居るが。
「勿論、イレギュラーズを信頼していないわけではありませんよ」
「あはは。何があってもちゃんとソルベ様を無事に海洋(俺等の国)に返すからな!
俺は海洋公認の鳥種勇者なんだからな! 無事に帰ったらここよりもっときれいで平穏な俺らの国で遊ぼうぜ!」
にっかりと微笑んだカイトにソルベは小さく頷いた。そうは言えども前線を見れば不安にもなるものだ。
廃滅病の気配が濃く、じりじりと削られていく。その体に感じる苦痛はソルベも同じように感じている。故に、戦うイレギュラーズ達を見るだけでソルベは苦しくもなるのだ。
余儀なくされた短期決戦の中、武蔵はワールドイーターと騒霊の周囲諸共に鋼の驟雨を放ち続ける。武蔵の眸が煌めいた。
「武蔵がこれ以上の愚行は許すことはしない!」
無数の弾丸の雨の中をすり抜けるようにやってくる騒霊を越えてワールドイーターを狙い穿つ。武蔵は最後の最後を狙うのだ。
敵の見せた隙を逃すことはしない。九四式四六糎三連装砲改――3連装3基9門を主兵装は煙を上げ無数の砲撃を降らせ続ける。
それでも、焦りが滲んでいた。時間経過と共じわじわと削られ続ける自身のリソースに、重なるダメージは戦線を僅かに綻ばせる。
アーマデルが切りが無いと呟きながらも、呪(あい)を込めた刃を慣らせた。冬の雨の如く重く、冷たい刃音がぎいんと鳴り響く。
ウウ――ウウ――。呻く声と共にワールドイーターが腕を振り上げた。
武器商人に重なっていた不和が破裂する。しかし、それでもまだ、耐えうるとその脚に力を込める。
「……酷い匂いだな」
肩を竦める縁は騒霊ごとワールドイーターを攻撃し、アドレをちらりと見遣った。相変わらず余裕そうな顔をして騒霊へと指示を送っているものである。あの幼い少年が何を考えて居るのか不安にもなろうものだ。
「アドレ君、ねえ、その頬はどうしたの? 誰がそんな酷い事を……」
アーリアは今だ、彼について『定まった見解』を出せずに居た。彼はアドラステイアに居たと聞いている。
辛い思いをしてきた筈だ。幼い子供が今も未だ現実に向き合えず、正しき歴史だと教えこまれてれたのだ。だからこそ世界を滅ぼそうとした――
(ああ、何て傲慢なのかしら。こんなにも幼い子まで『武器』に仕立て上げるんだもの……!
彼は未だ、幼くて、アドラステイアに居た。だから『偽りの神』や『預言者』なんかに縋ってしまうんだわ)
アーリアは不安げに唇を震わせた。廃滅病の気配に体が溶ける感覚は罰なのだろうか。そう思えるほどに拭えぬ後悔があるのかもしれない。
「……」
「アドレくん……! そんな白なんて脱ぎ捨てて、私の故郷――天義で暮らしましょ?
大丈夫、平和だし皆優しいし――そうだ、ティルスさんだって呼びましょう!
ねえ、私は貴方と戦いたくなんてないの。お願い、話をしましょう!」
アーリアの声を聞いてからアドレは唇を引き結んだ。
正純のことも、アーリアのことも、嫌いだ。彼女のように、『ロウライト』のように敵は全て斬ると真っ向から告げてくれた方が喜ばしい。
「アリアは、優しいからあの人も欲しがるんだな」
アドレはぼそりと呟いた。サクラがはっとした顔をし切っ先をアドレへと向ける。
「アドレ! ツロが何を考えているか私にはわからない。でもこれだけは覚えておいて。
アーリアさんは私達の大切な友達だよ。アーリアさんに手を出したら絶対に許さないから!」
ツロ――預言者ツロが『アーリアに対して何か意識をしている』事は分かる。その目的も彼の全容も分からない。
「貴方達の事情は知っておきたいけど、行動を看過する事はない!
例え誰であろうと、どんな理由があろうと! 世界に仇なす者は、ロウライトの名に賭けて私が斬る!」
堂々と『天義の騎士』として告げる眩しい彼女。サクラ・ロウライト。
――彼女のように、悪と断じて殺される方が楽だ。だって、過去はもう変わらない。
●
世界が崩れ去る音は、どのようなものだったのだろう。
少なくとも、サクラ・ロウライトという娘はそれを理解しようとは思わない。世界に仇なす全てを許すわけがないからだ。
それが『ロウライト』としての彼女の生き方であった。聖刀を振り上げる。その先に存在するワールドイーターに叩き込んだ氷華の軌跡。
一体のワールドイーターの肉が散る。どろどろと融けて行く肉体の中に見えた核にアーマデルの刃音はぎいんと静謐に鳴り響いた。
ウォリアの眼前に存在したワールドイーターは後方に下がり無数に攻撃を放っていた。自身の『フルスペック』を魅せ付けるまでの時間はやや掛かったが、それでも最高火力を持って戦う事は可能だ。
エクスマリアの鉄の星が周囲全てを蹂躙するように注ぎ続け、騒霊達の姿が掻き消えていく。それでも尚も十分に供給線とする其れ等は残った一体のワールドイーターだけを護り続けて居る。
「さーて、ウォリアの準備も整ったようだし――お前さん方に、海の怖さってやつを教えてやるよ」
武器商人が膝を付き、庇うように亮が前に出る。これ以上はその生命の不安にも晒されよう。ソルベは「皆さん、深追いは為ぬように」と低く言った。
「ソルベ様?」
「海洋に帳が居りようと問題はありません。命あればこそです。命があれば、取り戻すことは出来る」
鋭い言葉を放ったソルベにカイトは頷いた。自身が引き際を見極めねばならない。それがシャルラハに産まれた自らの役目である。
縁のワダツミが鋭く斬りつけ、ワールドイーターの気を惹いた。後方よりだらだらと歩くようにして前へ、前へとやって来た其れ等の周囲には騒霊と――そして、アドレの姿があった。
「コイツを殺されたら、此処で終わりなんだよ」
「ああ、そうか。確かにそうだな?」
縁はアドレを見遣ってからにいと唇を吊り上げた。狙う――只の一度だけ、放った呪言の力にアドレの表情が歪む。
咄嗟のことではあったが、少年は縁の攻撃で僅かな隙を作り出した。だが、騒霊達は自在に動き回っているか。
「中々、司令官にしては有能だな。『航海』に慣れてる」
「そうじゃなきゃアドラステイアでやってられなかったんでね! 無垢な『聖銃士』の振りをするなら幼い子供っぽさが必要だった!」
アドレが爛々と目を輝かせた。これ以上、対処のしようがない、ならば――武蔵は穿つ。
降る弾丸に掠めた傷。血潮を拭いながらアドレが「根競べならコッチの勝利だよ、イレギュラーズ!」と叫んだ。
痛打を放ち続けたエクスマリアは脅威だ。しかし、彼女の堕とす星はアドレにとっては好都合でもあった。全てを巻込んでくれるならば、構わない。
気付けば自身が後方に下がれば良かったからだ。ヒーラーは彼女一人だけ。彼女が回復と戦線維持に注力し始めてからがアドレにとっての『賭け』だったのだろう。
「ダメージディーラーがヒーラーに転換した瞬間こそが狙い目とでも? 舐めた口を利く」
「そのダメージディーラーが盾も砕いてくれるからね」
其れは素晴らしいことだと笑うようにアドレがぐんと前線へと飛び出した。ウォリアがアドレに目もくれず、ワールドイーターへと鋭い一閃を放つ。肉体へと重なったダメージなど、機に配ることもない。
健在のワールドイーターを支援しつづかるアドレに「アドレくん!」とアーリアは手を伸ばした。
ああ、だって――邪魔なワールドイーターを退けたって彼はこんなにも遠い。騒霊が壁となる。
彼の邪魔をすることに注力してきたアーリアの肉体は『傷は一つも付いていなかった』。まるで彼女を傷付けることを厭うかのようだ。
「アドレくんは、私に一つたりとも傷を付けないのね。優しい子。だから……私だってこれ以上戦いたくはないのよ」
「アーリアさん!」
警戒を滲ませるサクラにアーリアは頷いた。戦線の崩壊が、徐々に明るみになるかのようだ。あと一歩、もう一歩が届かない。
それでもと我武者羅に手を伸ばすイレギュラーズの攻撃がワールドイーターの腕を弾き飛ばした。どろりと溶けた肉の隙間から核が見える。
「遣らせるか!」
アドレが叫ぶ。その腕を掴んだアーリアが「アドレくん!」とその名を呼んだ。
黒い波動が周囲を薙ぎ倒すように広がっていく。後方からの攻撃を得意とするか。前線で戦えないわけではないのだろうが、彼は後方からの騒霊操作と支援を得意としているのだろう。
戦い方までは分かる。薙ぎ払うかのような攻撃を受け止めて、武蔵が苦い表情を浮かべた。
ウォリアの戦意の炎が猛る。その一閃がワールドイーターを庇い立てた騒霊を切り裂き、あと一歩の所にまで及んだが――
だが、足りない。あと一歩に差し迫るだけの余裕がその場には存在していない。
「ッ、撤退! ソルベ様、早く!」
カイトが声を上げる。戦線維持はこれ以上は難しい。廃滅の気配が徐々に迫り来る。
死という無数の気配に忍び寄られては、苦しみだけが滲んでいた。
削られ続けるリソースと、供給される敵影。そして、ワールドイーターの一体の動きを止めきれなかったか。
それでも――「アドレ」
正純はその名を呼んだ。
彼には慢心がある。アーリアを傷付けることを出来る限り避けたという事だ。
「もう、此処から出た方が良いよ。小金井正純」
「……情けを掛けるつもりですか」
「違う。僕は別にイレギュラーズがどうなろうと知った事じゃないよ。けど、忠告だよ。
死の病は、遁れ得ぬものなんだ。そうだろう? ……そこの、オジサンはよく知ってるんじゃ無いの?」
アドレに呼ばれてから縁は眉をピクリと動かした。ああ、そうだ。海洋王国でどれ程『廃滅病』が悍ましい物であったか知っている。
死の兆し。それは、遁れ得ぬ不和の気配であったからだ。
ワールドイーターがうろうろと歩き回っている。これ以上から遁れるように背を向ければ――
「……小金井正純、僕らは決して分り合えないよ」
名を呼ばれてから正純は振り返った。佇む少年の背後に――誰かの影が見える。
だが、これ以上はこの空間に入られまい。呻きながら追い縋るワールドイーターの腕を撥ね除けて、その場を後にした。
澄み渡った空気が帳の外に出たことを感じさせる。
「アドレくん……」
呼ぶアーリアの声音は潮騒に飲まれて、何処か遠くへと消え失せた。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
リッツパークにやや被さるように降りた帳に対してはソルベが立ち入りを禁じたようです。
GMコメント
●成功条件
・ソルベ・ジェラート・コンテュールの救出
・『核たる触媒』の破壊
●フィールド情報
リッツパークを模した領域です。神の国にて形成されたリッツパークは疲弊しきっており、絶望の青の波濤の気配が滲んでいます。
どうやら廃滅病が健在であった海洋王国そのものであり、大号令に失敗し疲弊しきっているようにも思われます。
廃滅病の気配を纏った者達が陸にも押し寄せたのか、周辺には『死』の気配が漂っています。
傍らには海を、傍らにはバザールに続く大通りが存在しています。アドレはやや海寄りに位置しているようです。
この地では長く滞在していると『廃滅病』に似た病(BS)に罹患します。
ただし、この『領域』のみのスペシャルブレンドです。特別製です。
出れば解除されます。出ない(領域が消えない限り)は永続です。解除スキルなどでは解除不可となります。
このBSが付与されると徐々に『最大HP』が減少していきます。この効果でHPが0になる事はありません。また廃滅病と似た症状が身体に発生する事もあるようです。
(異臭が生じる、体の一部が溶けるかのような感覚を味わうなど。これらの要素はステータスの数値には影響しません。またこれらも神の国を出ると解除されます)
●エネミー
・遂行者アドレ
アドレ・ヴィオレッタと名乗る少年。外見は少年ですが実年齢は不明。
アドラステイアなどでも存在が確認された遂行者です。アドラステイアでは聖銃士でした。
アドラステイアの創設にも携わっており、ファルマコンについても詳しいようです。
預言者ツロと呼ばれた存在に付き従っており、崇拝しているようです。
イレギュラーズの事は『お人好し』『騙しやすそう』と認識しています。
悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有し、非常に強力なユニットです。
……頬が赤く腫れています。
・騒霊達
アドレが使役する『デモーン』です。無数に存在しています。
ターン毎に出現します。所期では30体。アドレの指示を聞き、個体ごとに特色が有るようです。
・『ワールドイーター:廃滅の獣』2体
廃滅病の気配を纏った人間です。触媒となる核を2つに分けて腹の中に存在させています。
非常にタフです。アドレのデーモン達の支援を受けて立ち回ります。
酷い異臭をさせており、体が所々溶けていたりと異形を思わせます。元は、人間だったのでしょうか……?
・参考:預言者ツロ
アドレ曰く「うまく出来るか見て居る」らしいです。目の前には居ませんが……?
●同行NPC
・護衛対象『ソルベ・ジェラート・コンテュール』
海洋王国貴族派筆頭。コンテュール家の家長。コンテュール卿です。
政治中枢に位置しており、女王と仲良く喧々囂々。性格は非常にザコ……いえ、気易く陽気ですが、実力者である事は確かです。
――が、何故か迷い混みました。戦闘能力は皆無です。
・『月原・亮』
指示があれば聞きます。日本刀ボーイ。ソルベの護衛をしています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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