シナリオ詳細
<黄昏の園>知恵の果実
オープニング
●
――今日は帰れ。
静かに水竜がそう言った。
「今日は、ということは」
つれなくされているというのに、オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の心は期待してしまう。
「……吾にも刻が必要だ」
水竜――メファイル・ハマイイムの言葉に、ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)の薄い唇から「嗚呼」と言葉が溢れた。イレギュラーズたちの気持ちは無駄になってはいない。拙い言葉だと思いながらも、メファイル・ハマイイムは心に留めてくれていた。
「一考してくれるんだね!?」
勿論待つよとアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)。
「弱く命短き我らが待てる時でお願いしたい」
竜の命は長いからとリースヒース(p3p009207)が真面目な顔で口にすれば、メファイル・ハマイイムからふふっと小さな笑みが落ちてくる。
「時間は無く、其は幸せな結末へ向かいたいのであったな」
あとは「心得ておる」と言葉を残し、メファイル・ハマイイムは姿を消した。
●
「大変じゃ」
「何が大変なの、老師」
ヘスペリデスから戻ってから数日後、瑛・天籟(p3n000247)が少し慌てていた。
差し出された熱いお茶をすすり、一服。ついでに煎餅もバキリとやってから、ふうと落ち着いた様子で天籟が話すには――
「メファイル・ハマイイムという竜種がぬし等を呼んでおる」
どうやらメファイル・ハマイイムから何らかの手段での接触があったらしい。
「!? すぐに向かうわ!」
「答えが出たのかな」
「良い答えであれば良いが」
「そうだな」
オデットの身体がわかりやすく跳ねた。いつ報せが来ても良いようにと待機していたゲオルグたちも、すぐに向かう準備を始めた。
「そうそう。ぬし等には先日『しるし』を着けたそうじゃ。一回限りの片道分だそうじゃが、強い亜竜や竜種でなければ道中襲われる心配もないのじゃと。――が、何が起こるかわからぬ地。気をつけて行ってくるんじゃぞ」
いつだって心配してくれる天籟にありがとうと手を振って、いきましょうと仲間たちを振り返るオデットの表情は晴れ晴れとしていた。
先日訪ったばかりの泉へと、イレギュラーズたちは向かった。
変わらず泉は美しくキラキラと輝いており――この輝きがある内は凶暴な亜竜は近寄らないのかもしれない。
「来たか」
「来たわ!」
イレギュラーズたちがたどり着くとすぐ、気配に気付いたのだろうメファイル・ハマイイムが現れた。重圧を感じないのは『しるし』があるからか、それとも呼んだ手前解いているからなのかと思案を巡らすゲオルグとは対象的に、元気に応じるオデット。
「応じてくれる……と思ってもいい、のかな?」
まずは丁寧に挨拶をしてからアレクシアが問い、リースヒースも静かに伺った。
「吾の鱗だ。ただではやれぬ、が」
メファイル・ハマイイムが顎を引く。途端にオデットとアレクシアに笑顔が咲き、ゲオルグとリースヒースの表情にも安堵が浮かんだ。
「条件は」
「吾は暫く考えた」
人の子の命なぞ差し出されてもいらぬし、かと言って何を所持しているかも解らない。なればと数日考えたメファイル・ハマイイムが出した条件は――。
「吾の知らぬ『知識』を貰おう」
「……メファイル・ハマイイムさんの知らない知識、私たちが提供できるかな?」
何せ竜種は長寿だ。眼前の水竜の歳なぞわからない。
「例えば、之」
メファイル・ハマイイムが手を上向けると、そこに『何かの残骸』が現れた。
「妖精印の林檎ジュース?」
「と、言うのか? 吾には之が解らなかった」
爪を刺して穴を開けたら、液体が溢れた。水精霊が喜んだからくれてやったが、指についたのを舐めてみたら甘く、果実の汁だとは解った。
生き物の頭をした甘い香りの物体(菓子)は摘んで食べてみれば美味であったと口にしたメファイル・ハマイイムは、そういった人が作り出すものに疎いようだ。
「吾には暇潰しが出来、其等にも悪い条件ではなかろう」
メファイル・ハマイイムなりに沢山考えてくれたのであろうことが解り、オデットは嬉しくなる。詰まるところ、お話が出来ると言うことだ。先日は時間がなくて、話したいことが話しきれなかった。
(ああ、ペリ・ハマイイムのことも話したいわ!)
オデットは優しい竜の提案に胸を踊らせていた。
- <黄昏の園>知恵の果実完了
- GM名壱花
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年05月31日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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「メファイル・ハマイイムよ、寛大なお心遣い、我らイレギュラーズの再訪の許可に感謝を」
日を改めて再度ヘスペリデスへと訪った『影編み』リースヒース(p3p009207)は恭しく膝を折った。
「メファイル・ハマイイムは初めまして。俺は零・K・メルヴィル、宜しくな」
「もう名乗りの許可を頂けるのね。卿は招待をありがとう、メファイル・ハマイイム。私はルチア・アフラニア。よろしくね」
「お目にかかれて光栄です、メファイル・ハマイイム。私はルーキスと申します。本日は、お話の場を設けて頂きありがとうございました。『しるし』のお陰でここまで苦もなく移動出来たこと、重ねて御礼申し上げます」
初めて見る顔だとメファイル・ハマイイムが促したタイミングで『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)と『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)、『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)が初めましての挨拶を無事に済ませた。事前に『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)等からの説明があったからか、会話の順番もバッチリ抑えてあることに、メファイル・ハマイイムの水めいた髪先が揺れた。
「お話出来る機会をくれて、とても嬉しいわ」
「楽しんで聞いてもらえるよう、頑張るね!」
オデットと『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)も満面の笑みで彼女と対面し、招待される側の立場をわきまえた『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は静かに様子を見守った。
「語らうには、立ち話というのも野暮だろう」
「子等は浮かべぬのか。……楽にするといい」
ゲオルグが用意した可愛らしい敷物を敷き、イレギュラーズたちはそこへ座すこととなった。「子等は儚いのだな……」と少し勘違いした様子のメファイル・ハマイイムが水で作ったふよふよとしたクッションを置いてくれたため、快適だ。
「はい、メファイル・ハマイイム。良かったら飲んでみて」
「先日も所持していたな」
今日も妖精印の林檎ジュースを持参したオデットが手渡せばメファイル・ハマイイムが受け取って、それだけでオデットは嬉しくなる。前回よりも、今回はずっと『交流』をしている!
「その上のを……こう、するの」
中身が果実で出来た飲み物であることを説明し、お手本に瓶の蓋を回し開ける。と、実践しようとしたメファイル・ハマイイムの手の中で瓶が儚く割れた。
「んんっ」
思わず零が吹き出しそうになって、何とか堪えた。現実問題として力加減が難しいのは致し方ないのだが、少し不器用に思え、竜種も人もそういったところは変わらないのだろうと思えたのだ。
溢れた林檎ジュースはメファイル・ハマイイムの手の中から零れ落ちることはなく、霧散するように消えていく。
「メファイル・ハマイイム、あなたって」
「吾は水の気ならば斯様に摂取が叶う」
つまりは『飲んだ』のだろう。美味しいかと尋ねれば瞳を伏せ、静かに顎が引かれた。
「果実は水の気が多く、好ましい」
「オデットが飲み物を提供したし、俺は矢張り『パン』だな」
「ぱん」
何処からか眼鏡を取り出してスチャリと掛けた零は、食べ物だと付け足した。
先ずパンには多彩なジャンルがある。大雑把な纏めで、食パン、硬焼パン、食事パン、調理パン、サンドイッチ、ドーナツ、ペストリー、菓子パン、ベーカリースイーツ……とにかく、沢山だ。
「そしてこれがフランスパンだ」
ギフトでフランスパンを呼び出し、メファイル・ハマイイムへと見せてみる。
「これにも種類があって、パリジャン、バタール、プティバタール、ブール、クッペ、シャンピニヨン……色々ある」
「……ははあ」
パン文化の無い豊穣出身のルーキスの顔に『何も解らない』と書いてある。初心者に言葉を並べても、単語も違いも覚えられないことだろう。
「纏めておいたから、気が向いたときにでも見てくれ」
そうであろうことも察し済み。事前に練達で資料検索しておいたフリップを差し出した。イレギュラーズと言え、この地には来ることすら難しい土地。通うことは叶わぬ場所故、資料は良い手段であろう。
「パンっていい匂いだよね」
深緑という国――小麦の育成に向いていない森の中に住まうアレクシアにとって、似たような物はあっても他の国で作られるバターや小麦をふんだんに使ったパンを知るのは外に出てからの事であっただろう。
「私の故郷の話をするね」
地理は告げても、覇竜から出ようとする竜種はいないため、興味がなさそうなていであったが、竜種ほどではないが幻想種は長寿であると告げれば興味深そうな視線が向けられた。
「私たち幻想種の拠り所……心の支えは、大樹ファルカウ。それこそ竜と同じくらいには永き時を生きているであろう、美しい霊樹だね」
「そうか」
幻想種にとってのファルカウは、幾人かの竜種にとってのベルゼーなのかもしれない。双方とも寄り添いながら、ゆっくりと永き時を育んでいる。
「深緑が開かれたのは割りと最近で」
それこそ幻想種の寿命からすると本当に最近だ。
新しいことが外から入ってくるようになり、引きこもり気質だったアレクシアも外へと出るようになった。竜種が覇竜から出ないのもそんな感じなのかなと思うけれども、ただ単に彼等にはその必要がないから、だけの気もする。どうなんdろうと表情を伺ってみても、水の竜は凪いだ泉のように静かだった。
「外へ出るようになって、私はもっと故郷が愛おしくなったよ」
いつかあなたの気が向いたら、深緑へ遊びに来て。長寿の幻想種たちは、きっとそこにあり続けるから。
笑顔とともに話を締めくくったアレクシアの後にはルチアが続いた。
「私も故郷の話をさせてもらうわね」
しかしルチアの話す故郷は、混沌世界ではなく異世界にある。
「かつて、世界の過半を手中に収めたローマという国がありました」
連戦連勝、並みある列強を次々に征服していく先にあったのが、砂漠の中にあるパルティア王朝。小勢ながら未知の戦法で対抗するパルティアに対し、ローマは何度も苦戦した。
戦火の歴史は長く、互いにあるのは憎しみばかり。けれどもそんな中、時の皇帝が王様とすったもんだの末に和睦し、その後は長く平和が続くこととなる。
「何が言いたいかっていうと、人は、知性のあるものは、未知を恐れ、そして争いになる。けれども、それも永遠じゃない。憎み合っていた相手が和解することだってある、ってこと」
人の歴史は盛衰がつきものだ。ルチアが最後に眼にした祖国は随分と小さくなり、王朝も既に滅んでいた。この混沌世界にもそんな国々は多くあったのだろう。
「吾は争いを好まぬ」
互いが同等ではないため憎み合うことはまず無く、メファイル・ハマイイムにいたっては率先してその牙も爪も振るわない。故に彼女にはルチアの言いたいことへの理解はないが、そういう国でルチアが育ったのだと言うことを知ったのだ。
「此度は此方を用意してきた」
口に合えば良いのだがとゲオルグが差し出すのは、彼のチーズケーキの中での最推し、チーズスフレ! 勿論お手製だ。
「パンとはまた異なる香りだ」
薫る酸味には腐っておるのかと率直な言葉。
「発酵食品を使い、調理するのだ」
チーズスフレが傷まないようにと、練達から保冷剤を取り寄せて保冷バッグを持ってきているゲオルグは、バッグの中から原材料も取り出した。調理されて料理では調理前の原材料は解らないだろうと思ったからだ。
「ただ、腹を満たすだけならばそのまま喰らえばいいが、私達人間はそのままでは取り込めないものもある」
「人の子等は腹まで弱いと」
なんとか弱いとでも思っていそうな声音に「竜種よりは」と苦笑い。
火を通す、毒を取り除く、様々な手法で食べられる形に調理する。それが調理なのだとゲオルグが説明をした。そして眼前にある物が調理前と調理後の状態だ。
「メファイル・ハマイイムは普段は何を?」
「吾は肉も食らうが魚が多い」
勿論、焼いていないナマの状態だ。属性からして火を扱わないのかもしれない。原始的というよりは、『必要がない』から自然のままなのだろう。
命を明日へ繋ぐ為に他の命を喰らい犠牲にする。それは竜も人も変わらない。
「人は食に関して貪欲なものだ」
「同胞にもおるようだ」
「そして様々な料理を開発すれば、更に数多の好みが生まれる」
チーズスフレもその中のひとつで、絶品なのだと語れば――メファイル・ハマイイムの視線がチーズスフレへと向かう。
「すまない。食べてくれ」
他のイレギュラーズたちにも振る舞えば美味しいと声が上がり、メファイル・ハマイイムも満更でもなさそうに……不慣れそうにフォークを動かしていた。
イレギュラーズたちは己の知識を披露していく。
「奇跡、それはイレギュラーズが命を掛け金にして発動する大きな力さ」
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)が語りだす。彼はメファイル・ハマイイムへ挨拶もしていないから、彼女は視線も動かしはしなかった。けれども口を挟んだりオデットやゲオルグに何かを尋ねたりすることはなかったため、聞いてはいるようだ。
サイズは奇跡について語った。
オデットの奇跡。それは、冬しか知らぬ強大な力を持った氷狼に新たな季節を教えた。
零の奇跡。それは、ベルゼーの腹を一時的に満たした。
それには興味が惹かれたのか、「ほう」と口にしたメファイル・ハマイイムが零の用意したパンへと視線を送り、零も食べてみてとパンを勧める。オデットもオディールを呼んでみせた。
「だけど、奇跡の力は万能じゃない」
妖精を守る事が存在意義である、とある男の話。けれど彼は何よりも大切な場面で守るべき妖精に守られ、命を捨てる覚悟で願った奇跡は歪み――全ては散散と呼べる結果だった……と、感じている。
(自分のこと、そんなに下げなくてもいいのに)
サイズが話した内容を彼自身のことだと知っているオデットは、彼は数名を救えなかったが、大勢を救っていることを知っている。そんなオデットの視線に何とも言えない気持ちとなって、サイズは視線を反らした。
「フランスパンはフレンチトーストにしても美味いんだが……」
メファイル・ハマイイムはフランスパン初心者だから柔らかなタイプを勧めた零が残念そうに肩をすくめる。ここには調理器具も機材もない。けれどもゲオルグの保冷バッグに入れさせて貰っていた生クリームとジャムとを載せれば、メファイル・ハマイイムには好評のようであった。
「甘味が口に合うようでしたらこちらも召し上がってみてください」
ルーキスが七色の琥珀糖を差し出した。
「石ではないのか」
「ええ、『食べる宝石』とも呼ばれているものです」
メファイル・ハマイイムは潰さないようにひどく心を砕きながら爪でつまみ上げると、日にかざしてみる。
「これは良い」
美しい見目が眼に叶い、メファイル・ハマイイムが初めて笑みを浮かべた。
口に放れば、食感は不思議。シャリシャリとしており、甘さが広がる。
「パンともチーズスフレとも異なる」
琥珀糖は砂糖と水、寒天、色粉で作れるシンプルな菓子だが、丁寧に作るならば数日から1週間風通しの良いところでひっくり返したりしながら乾燥させねばならない手間のかかる菓子だ。水の気を纏うメファイル・ハマイイムには乾燥している物は不思議なようだ。水分が吸われると手を出すのは少しだが、ルーキスがまた後で召し上がってくださいと告げるのに頷いていた。
甘味やジュースをイレギュラーズたちも口にしており、そのまま聞いてほしいと話し始めるのはリースヒース。サイズが『奇跡』を語ったのならば、彼女は『影』を語ろうではないか。
イレギュラーズたちは、滅びに抗う人の子だ。長命すぎる竜種ならば滅びを受け入れようが、イレギュラーズたちは挫折と苦悩と敗北を味わいながらも滅びに抗う。
影の形は様々で、反転して魔種に堕ちる者、奇跡を望んで命を落とす者も居る。
そうなると知って尚、手を伸ばしてしまう。足を動かしてしまう。
望み、焦がれ、諦めきれずに手を伸ばし――幽き夢と、希望と知りながらも尚足掻き、生きた痕跡をこの世界へと残していく。
「残して何とする?」
メファイル・ハマイイムは理解し難そうに問う。彼女たちからすれば痕跡なぞ勝手に残ってしまうものだろう。
「己が満足できる生であったと叫ぶため、かと」
自己満足、エゴ。欲。
達観するほどの生を生き抜けないからこそ、エゴを抱える。
「私はベルゼーにも、御身にも、満足できる生を過ごしてほしいのだ……この世に生きるものとして」
「吾は満たされておる。人の子が案じなくとも良い」
だが、ベルゼーは。
彼はきっと『満たされない』。どれだけ満ちても、また飢餓に襲われる、愛する者等を食わねばならない哀れな男だ。
どこか空気がしんみりとした。
そんな中で、オデットは明るい声で「あのね」と告げた。
「あのね、あなたが最初に感じた気配のことだけれど」
オデットは『ペリ・ハマイイム』のことを話した。
浮島の泉にある祠にいる、大精霊。
メファイル・ハマイイムに出会う前、オデットとゲオルグはペリ・ハマイイムに会いはしていないものの祠を綺麗にし、泉を蘇らせている。
「先日名前を聞いたばかりで……あなたの名前も知って、それで」
彼女に心当たりは?
問うたオデットへ、メファイル・ハマイイムは首を振った。精霊へのメファイル・ハマイイムからの認知はなく、またオデットは彼の精霊が『母』と呼んでいた事が頭から抜け落ちていたのだから。
「麗しき竜種のメファイル・ハマイイムよ。御身は他の竜種の母子のことは知っておられるか?」
「無論」
リースヒースは金の竜たちのことを言っているのだろう。メファイル・ハマイイムは顎を引く。が、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。
その後もメファイル・ハマイイムと語らい、時間は過ぎていく。
水の気のある甘味が良いと口にすれば、ゼリーや氷菓も口に合うかもしれぬとゲオルグが胸に止めた頃。
「下がれ」
ハーフ・アムリタを口にして瞳を閉ざして一考の間。メファイル・ハマイイムは静かにそう口にした。
「メファイル・ハマイイム……?」
不快に思って下がるようにつげたのかと、オデットがメファイル・ハマイイムを見上げる。けれどその姿は気分を害したようには見えず、周囲の精霊たちも怯えていないことから満ち足りているように思え、首を傾げた。
「皆さん……!」
本来の姿になろうとしているのでは!
ハッと慌てたように顔を上げたルーキスが仲間たちへと声を掛ける。
「オデットさん、此方へ!」
メファイル・ハマイイムのすぐ側にいたオデットの手をサイズが引き、イレギュラーズたちはみな荷物や料理を抱えて急ぎ離れた。
彼女の姿が水に包まれたかと思うと、直ぐ様それは膨らみ弾け飛ぶ。次の瞬間には巨大な竜種の姿がイレギュラーズたちの眼前にあった。
「これが、メファイル・ハマイイムさんの……」
「ああ、『本来の姿』なのだろう」
瞳を丸くするアレクシアの傍らで、ゲオルグはサングラスの奥の瞳を細めた。
美しい水色の竜の姿は、30m程もある。回収しきれなかった敷物は彼女の下で破れてしまったが、仕方のないことだ。
『子等の知識、吾の鱗と同価に値しよう』
鱗一枚とはいえ、それは玉体に傷をつける行いだ。
竜型となったメファイル・ハマイイムは鳴かず――彼女の大きさで声を出しては、か弱い人の子の身に害が及ぶと思ったのだろう。どこまでも優しいとオデットは瞳を細め――直接イレギュラーズたちの頭の中に直前まで聞いていた声が響いた。
パキン。まるで水晶が割れたような音が響き、メファイル・ハマイイムの腕から鱗が一枚水の膜に包まれて降りてくる。リースヒースが恭しく両手を掲げてそれを待ち受けた。
「竜の貴婦人よ、御身の鱗、しかと頂戴した」
両手で大切に受け取り、胸に抱えて最上級の礼を捧げた。
仲間たちも感謝を示し、次に顔を上げた時――竜の姿は消え、ただ清浄な空気だけが場に満ちていた。
「彼女にとって良い時間になったようだな」
「ええ、きっとね」
ほんの一瞬前までそこにあった優美な姿は、悪いものではなかった。零とルチアは笑みを浮かべ、何もなくなった空間をただ見つめていた。
帰ろうか、と誰かが口にするその時まで。
そして帰り道。しっかりとメファイル・ハマイイムが亜竜避けを施してくれていたことを知り、オデットの心はまた温かくなるのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
メファイル・ハマイイムは口数が少ないためあまり話しませんが、それでも彼女にとって興味深い時間となったことでしょう。
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
今回もヘスペリデスへと向かいます。
●シナリオについて
タイミングは「OPのすぐ後」でも「準備したいものがあるから日を改めて」でも大丈夫です。参加者内でしっかりとした擦り合せをしてください。(『しるし』はOP時点で消えていますが、日を改めた場合は再度付与されます。)
今回に限りメファイル・ハマイイムにより亜竜避けが施されているため、自由に探索しようとする等メファイル・ハマイイムの意思と関係ない行動が取られない限り戦闘は発生しません。
彼女が望むのは『知識』。物語でも可能で、ひとりひとつで大丈夫です。あれもこれもと欲張るより、一点特化した方が良いでしょう。
覇竜の外に出ようとする竜はまずいません。『人』に興味を抱いて領域内を観察をする竜もいるかも知れませんが、メファイル・ハマイイムはそうではなかったみたいです。人と違う道理で生きています。
要求が満たされた時、彼女は本来の姿へと変じ(とても大きくなるので潰されないように避けてくださいね)女神の印が宿った鱗をべりっと剥がしてくれることでしょう。体に合った大きな鱗です。
得た際は、誰かひとりが所有するわけではありません。ローレット所有となります。
●フィールド:ヘスペリデス内の花畑
上空が開けていますが、泉近辺に亜竜はいないようです。
泉の水は澄み、魚が生き生きと泳いでいます。特に岩とかはないので、座る場合は地面になります。(メファイル・ハマイイムはふよふよ浮かびます)
●『揺蕩う水の調べ』メファイル・ハマイイム
将星種(レグルス)級水竜。人形態は美しい女性。竜形態は30mくらいになります。現時点では敵対していませんが、友好的でもありません。基本的に竜は人間に味方することはありません。こうして時を過ごしても、ベルゼーが望めば彼女はあなた方を殺すでしょう。
苗字等はなく上記の名前でひとつの名前です。省略は勝手に愛称をつけることなり、機嫌を損ないます。
彼女は色んな泉を浄化して廻っているようです。責務や趣味……と言うよりも、何百年も生きているので気まぐれに暇潰しで行っています。
害にならなければわざわざ排除しようとも思わないので、精霊たちに好かれています。
それなりに味にうるさく、甘味は好きなようです。たぶん砂糖を知りません。
見た目が美しいものを好みますが物欲ではなく、愛でるのを楽しみます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
危険を犯そうとしなければ、想定外のことは起きません。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。
(今回、関係者さんの同行を希望されても描写されません)
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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