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シナリオ詳細

<さんさあら>ソーマの呪い

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『はづきさん』と穢れのヴァイタラニ
 再現性京都の桜も完全に散った頃。
 ――否、そもそもこの場所を『再現性京都』と呼称していいものか躊躇われる程度には、まるで様変わりしていた。

 以前イレギュラーズが訪れた際に発生していた黒い蔓は、その大部分を伐採、焼却したはずだ。『景色が剥がれたような場所』もそこまで多くはなかった。
 それが、もはや――『再現性京都』のテクスチャを残している箇所を探すのが難しいほど、都市のほぼ全域を蔓が覆っているのだ。
 事態は明らかに悪化している。『はづきさん』はどうなっているのか。
 『秘密』はまだ守り通さねばならないのか。かの人が『秘密』にしてまでやらねばならないこととは何なのか――『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)をはじめとするイレギュラーズは、ほぼ植物世界『再現性さんさあら』と化した『再現性京都』へと足を進めた。

 ――その道中は、蔓による苛烈な抵抗があった。
 外敵を、意志持つ『人間』を頑なに拒絶するように蔓が入り組む『再現性さんさあら』は暗く冷たく、異様な空気が立ちこめている。もし辺りを照らす手段があるならば、『再現性京都』の住人であろう人間が蔓に捕らわれているのが見えるかも知れない。
「『はづきさん』、一体何が起きているのですか! 以前より状態が悪いのでは?」
『……月のお人は……おる?』
 雨紅が尋ねれば、『はづきさん』の弱った声だけがどこからか返る。この期に及んでまず『月の人』の不在を確認しなければならない『はづきさん』には『バレると殺される』という事情があるらしいにしても、街ひとつを巻き込む規模の変貌が現れていてはもはや隠し通すことは不可能だろう。
「『月の人』がチャンドラ様のことであれば、ここにはいません。しかし、この状態ではもう隠せないでしょう。
 隠し通せないとしてもやるべきことがあると、貴方は言いました。そのことで何か、手伝えることはありませんか。何故殺されてしまうのかがわかれば手の打ちようも、」
『気持ちはありがとう。けど、いつかはこうなるもんやったんよ。
 『ヤマ』は『ヤマ』である限り、人の感情(つみ)を拾い上げる以外の生き方がでけへん。
 それで、あのお人は……そういううちを、何度でも殺す。今は記憶が無(の)うなってるみたいやけど』
 断ち切る術があるとすれば、『はづきさん』こと『ヤマ』の魂に刻まれた呪いを解くくらいだろうと、弱い声は言った。
『この蔓は『ソーマの呪い』いうてな。元の世界からうちが持ってきてもうた『呪い』なんよ。それが無うなったら、この一帯は元に戻せる……かもしれん。ただ、ほんまに解けるかわからんし、解いても何が起きるかわからへんのや』
「……何が起きるかわからないから、このまま『再現性京都』が蔓に飲まれるのを黙って見ているのですか。何も知らない人々が蔓に捕らわれていくのを」
『解き方がわからへんの。呪うた本人が、呪うた記憶忘れとるやろうしなぁ』
 呪った本人が、呪った記憶を忘却している――それはつまり、解呪の方法が見つかったとしてもそれが正しいものなのか、確かめる術がないということ。もしその解呪方法が取り返しの付かない代償を伴うものであっても、実際に試す以外に確かめられないのだ。
『このまま、『ソーマの呪い』が完全に『再現性京都』を飲み込んでも……うちは呪いの宿主やからな、死ぬことはあらへんよ。せやから、言うたやろ? 『はづきさん』は無うならへんよ、て』
 ある種、この災いをもたらしたのも、『はづきさん』を永らえさせているのも、この植物の呪いがあってこそという現状。『ソーマの呪い』を解くということは、解呪後の『はづきさん』の無事を保証しないことになる。『再現性京都』も、可能性があるだけで必ず元に戻るという保証はない。
『それでも、やらんよりやる方がええ、言うんやったら……闇路を照らす月明かりくらいは、出すよ』
 その声と共に、仄かな月明かりが世界を照らす。月光は世界の底の方まで届いているようだ。
『この『再現性さんさあら』の、底の底。穢れを雪ぐヴァイタラニ。呪い(アイ)を、解(ほど)くんやったら……多分、そこに何か、あると思う。
 けど、気ぃつけて。ヴァイタラニは穢れの河。感情(つみ)が形をとって、罰を与える場所。生きとるもんを、無事には還さんよ』

●チャンドラと呪いのソーマ
 『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)もまた、雨紅とは異なる時間で一部のイレギュラーズと共に『再現性京都』を訪れていた。
 彼は以前にここを訪れてから気付いたことがいくつかあるという。
「この黒い蔓、我(わたし)を直接襲うことは無いようなのです。このような蔓をアイした記憶は無いのですが……記憶が無くとも、何かの事実があるなら。『覚えていなくとも過去の罪を見せる』この蔓であれば、我も何かを見ることができるかと思いまして」
 ただ、それによって見えるものが今回の事態の解決に繋がるかについては――期待は薄い、と。
「ですが、全く可能性がないというわけでもありませんので。我は敢えて、この蔓を傷つけて進もうと思います。それにきっと、この先にあの方――『はづきさん』もいらっしゃるのでしょう。我、一度アイした方は見失いませんので。そのような気が致します」
 戦闘では回復を担当するためほとんど刃を握ることのない彼が、見たことのない短剣を抜く。
 蔓を傷つけて進む以上、チャンドラと共にいれば蔓の液を浴びて、見たくもない景色を見ることもあるかもしれない。蔓から積極的に襲われないとは言え以前の『再現性京都』よりも多く異様な空気に満ちたこの場所では、ただ景色を『見る』だけでは済まない可能性もある。
 その心積もりがあるのであれば、彼は同行を拒むことはしないだろう。
「捕らわれている方々は……この世界では、恐らくどこにいても同じでしょう。速やかに『はづきさん』を見つけて、あの方にしっかり責任を取って頂くのがいいかと。
 では、参りましょうか」

GMコメント

旭吉です。
シリーズ<さんさあら>第2話をお送りします。
過去の関連シナリオ「再現性京都:夏の終わりと八三二橋」「再現性京都:こひしかるべき紅葉狩りかな」、及びシリーズ1話「<さんさあら>カーマの血水」と同じ舞台を扱いますが、このシナリオからのご参加でも大丈夫です。
よろしければお付き合い下さいませ。

●目標
 『ソーマの呪い』に関する手掛かりを掴む。

●状況
 練達の『再現性京都』のテクスチャが剥がれ、隠されていた『再現性さんさあら』が露わになった地域。
 大小の黒い蔓が複雑に絡み合った植物世界の内側は常に異様な闇が満ちて暗く冷たく、『はづきさん』の月光以外では広域を照らせません。
(足元や手元程度は自前の手段でも照らせます)
 この闇には、黒い蔓を断ち切った時に発生する乳白色の液とほぼ同じ効果があります。

 様々なことが起きる今回ですが、プレイングには主に「一番描写して欲しい部分」について詳細に書いてください。その部分は絶対に外さず描写します。
 あれもこれもと欲張ってしまうと、描写が散らばってしまいがちです。

●NPC
 チャンドラ
  戦力的にはHP・BS回復が主に可能。
  『はづきさん』が自分に何かを隠そうとしている事は知ってる。
  未知への興味もまたアイ。なぜこの黒い蔓を知っている気がするのか知りたい。
  なぜか黒い蔓に襲われない。

 『はづきさん』
  『再現性京都』の神社『はづきさん』に祀られている狐面の人。
  ヴァイタラニ行きに関して姿は見せないが協力してくれる。
  その正体は異世界『さんさあら』からの旅人『ヤマ』。
  恐らくチャンドラに何かが発覚することを恐れている……?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。


●行動場所
 今回、目的によって大きく方向が分かれます。
(共通:
 黒い蔓は生きているものに反応して襲いかかり、絡め取ろうとする。炎に弱い。
 蔓を断ち切ると、断面から乳白色の液体が飛び散る。この液体に触れてもダメージはないが、視界が「過去の思い出」に書き換えられる。この思い出は本人が覚えていなくとも、「誕生後にあったはずの出来事」であれば再現される。
 『再現性さんさあら』内では、蔓を切らなくても空間の闇に触れ続けると見えることがある。
 かつての『再現性京都』の住人は、そのほとんどがこの世界に捕らわれてしまっている)

【1】『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)さんと同行
 感情重視、戦闘多め予定。
 『はづきさん』(真名『ヤマ』)と出会って以降は月光で誘導してくれます。
 月光が照らす範囲では黒い蔓や闇もいくらか大人しくなりますが、その外では蔓の攻撃に晒されます。
 『再現性さんさあら』の最下層、穢れの河ヴァイタラニで『ソーマの呪い』を解く鍵を探してください。
 ここでは『はづきさん』がこれまでに見た感情(つみ)が形を得て、罪人を激しく攻撃して罰します。
 イレギュラーズの他、捕らわれた住人でここに引き摺り込まれた者もいます。
 「どのような形の感情を探すか」が重要になるでしょう。
 (人間不信の感情を探すなら、「誰も近付けないよう全身に棘がある異形」など)
 『はづきさん』も正しい答えはわかりませんが、必要であれば問いに答えてくれます。

【2】『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)と同行
 感情重視、会話多め予定。
 『はづきさん』に関していくらか情報を隠蔽されているチャンドラと同行します。
 彼はまだ『さんさあら』という単語を知りません。
 また、『はづきさん』がここで何をしているのかも、その出身や真名も知りません。
 どの情報を教えて、どの情報を隠しておくかが重要になるでしょう。
 黒い蔓に襲われることはありませんが、チャンドラが積極的に蔓を傷つけていくため液を浴びる機会が多いです。液を浴びなくても闇に何かが見えることもあるでしょう。
 チャンドラには何となく『はづきさん』のいる方向がわかるため、迷うことはありません。
 彼が蔓の液に触れ何かを見た結果、何が起きるのかはわかりません。
 必要であればチャンドラが問いに答えます。

  • <さんさあら>ソーマの呪い完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月30日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
冬越 弾正(p3p007105)
終音
雨紅(p3p008287)
愛星
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠

サポートNPC一覧(1人)

チャンドラ・カトリ(p3n000142)
万愛器

リプレイ


 ■がくるくるたそかれに。
 かたわれずつがであうはち。
 ついにいたりてみそふつか。
 きみをまちゐてやみじばし。


 暗く冷たい闇路を、静かな月明かりが照らし出す。
 根を張るもの、蔓を伸ばすもの、枝分かれするもの――様々な植物が絡み合う『再現性さんさあら』を最下層へ下りながら、『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)は安堵していた。
「明かり、ありがとうございます。一人でない、というのは気持ち的にも助かりますから」
 光源の方向へ礼を言うと、月光が優しくなったように感じる。
 以前、闇の中に恐ろしい景色が見えるだけの『はづきさん』の境内へ踏み入れてしまった時は本当に心細かったのだ。
「それは……僕も、ですね」
 ――思い出したくないことが多すぎるから。
 『温かな季節』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は極力暗い方を見ないようにしながら、月光の照らす路を下っていく。
「早めに大元を探ってこの呪いを解かねばなるまい。私はここに引きずり込まれてしまった住民の安否が気になる」
 例え外へ連れ出すことが難しくとも、住民を少しでも安全な――この月光の元へ連れてきたい『心に寄り添う』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)。
 しかし、この呪いは。蔓の形を取っている『ソーマの呪い』とは、そもそも何なのか。
「……本来『ソーマ』とは、とある神話に出てくる神々の飲料、もしくは原料となる植物の事でありんす」
 『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)が知る、一般的な『ソーマ』について知識を共有すれば、同じ事を考えていた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)もこれに頷く。
「この蔓は、その逸話が由来なのだろうか。そうであるなら、出てくる液体は飲料『ソーマ』の原料という事になるが……」
「しかし、肝心の植物の正体が何なのかは伝わっていない……よもやこの植物、何かの神という事はごぜーませんよね?」
 『ソーマ』は植物、その液汁から作る飲料の他に、『ソーマという植物そのものを神格化した存在』としての意味もあるとエマは言う。問うように見上げれば、月光と共に困ったような声が降る。
『神ではない……んやないかなぁ。何をするのんが神なんか、にもよるけど』
「つまり、当たらずとも遠からず、でありんすか。わっちは、この呪いは少なくとも植物、もしくはその液汁を媒介にしたものだと考えておりんすよ」
 答えながら、蔓を滑り降りていく。時折黒い蔓が入り込んでくるのを気付いた者が退けながら、下へ、下へ。寒く暗い方へ。
 罪を雪ぐヴァイタラニ河への路は、どこか――神話の冥界行にも近かったかもしれない。


 『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)の足に迷いはないが、光が無い。音はあるが、温もりが無い。
 同行していたイレギュラーズ達は、必然的に互いに固まって動くことになった。

 チャンドラには、『はづきさん』の願いとして敢えて秘密にされたままの情報がある。
 イレギュラーズには明かされた『はづきさん』が何者であるか、この地をかの狐面が何と呼んでいるか、がそれだ。
(自分の事として理解するには自分の手で探らねばならないからな)
 『運命の糸は繰り逢いて』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)をはじめ、『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)や『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)も、彼が自らの手で記憶を取り戻そうとする行動自体は止めなかった。
(出来る限り、『はづきさん』さまの時間を稼ぎたい気持ちもありますし。チャンドラさまの喪った記憶の中に、あるかもしれませんし。『ソーマの呪い』……)
 二人を思いながら同行するメイメイ。その視線の先からは、暗がりからざく、ぐしゃ、と躊躇いなく蔓を切り付ける音がする。
 これだけ傷つけていても、蔓は彼を襲っていないらしく悲鳴らしい声は上がらない。
「……なぜ、チャンドラさまは襲われないのでしょうか」
「何らかの親和性があるのかもしれな……ああ、もう!」
 傷つけている本人は襲わないくせ、他の人間には執拗に液汁が降りかかる。マントで防御しつつ他の二人も可能な限り庇ったアーマデルだが、流石に不満を溢す。
「チャンドラ殿、知らぬ事を知りたいと思う気持ちは理解できる。だがもうちょっと丁寧に頼む、こっちに汁を飛ばさないでくれ」
 しかし答える声はなく、返るのは植物の断ち切られる音ばかり。
「聞いてるかチャンドラ殿、そういうところだぞ……!」
 いっそチャンドラ自身を盾にしてやろうかとも考えつつ、そうしたところで意味がないと気付いて悲しくなるアーマデルだった。
『弾正さま。何か、視えていますか』
 これまで言葉を発していなかった弾正にハイテレパスでメイメイが問いかけると、弾正が口で答える。
「いや、すまない……ずっと、考えていた。この蔓で記憶を思い出したチャンドラ殿は、はづきさんを殺そうとするのだろうかと。……大切な人かもしれないのに?」
 それは嫌だと、弾正は強く思う。
 自分に置き換えて考えてみても、愛するアーマデルを忘れてしまうだけでも辛いのだ。
(『さんさあら』とは、輪廻転生を指すらしい。繰り返される生と死……何度も大切な人を殺めてしまうなど、地獄に等しい)
 そのような悲劇を繰り返さないために。喪われた記憶(アイ)を取り戻すために。弾正がチャンドラに教えるのはひとつだけだ。
「メイメイ殿、チャンドラ殿に伝えて貰えるか」
 弾正の言葉を聞くと、メイメイは小さく頷いてチャンドラの意識に語りかける。アーマデルの呼びかけには応えなかった彼だが、『直接』響く声にその動きを止めた。
『この黒い蔓は、『ソーマの呪い』というそうです。それから……弾正さま、が。『『はづきさん』は、チャンドラさまの事を大切に思っている』、と。お心当たりは、ありますか』
『……『ソーマの呪い』という名は、『はづきさん』からお聞きに?』
『……はい』
『我(わたし)を大切に思って下さっているとは、何故でしょう。あの方は我の何なのです?』
『それは、わかりません。しかし、チャンドラさまに明かさない、のは……殺されたくないから、だろうと。後悔を重ねて欲しくない、のではと。弾正さまが』
 教えるべきでないことを避けながらメイメイが答えていると、ふいに彼からの反応が止む。何か視えているのか問えば、わからない、と。
『覚えのない景色ばかりで……ただ。この手に伝わる感覚は、初めてではない気がするのです』
 乳白の液が滴る短剣を確かめるように握っていた彼に、メイメイはもうひとつだけ訊ねた。
『万が一の時は、チャンドラさまをお止めしても良いです、か?』
『貴方のアイを、どうして我が拒めましょう。嬉しく思いますよ』
 応える彼は、常とあまり変わらないように感じられた。
(――本当に?)


 ――触れるな。
 無念の毒に倒れ伏す主人へ、穢らわしい手が伸びる。
 愛してくれた温もりが喪われてゆく肉体へ、悍ましく触れようとする手だ。
 その手を。喉笛を、首を。憎しみを込めて喰い千切った。
 清めるように、隠すように。哀しみを込めて屋敷を、都の全てを焼き尽くした。

『もし』
「……ああ。大丈夫だ、もう終わるだろう」
 雨紅が汰磨羈の意識へ働きかけた頃には、とある猫の思い出はその結末へ至っていた。
 冷たいヴァイタラニ河へ到着した一行は、手掛かりが少ないながらも『呪い(アイ)』を解くための感情を探していた。
「しかし……のろい、アイ、愛。私は友愛や隣人愛は恐らくわかっていますが、この呪い(アイ)のような感情は、手探りで、難解です」
「アイする事……あの方の愛とは何でしょうね……」
 途方も無さを感じつつ、雨紅とジョシュアはそれぞれ思い当たる感情(つみ)の『形』を探していた。
 雨紅は絡みつく『執着』を。ジョシュアは翼で包み込む『慈愛』を。
「ときに、はづきさん。これは急いだ方がよろしいのでごぜーますか?」
『今すぐどう、ゆうことはないと思うんよ。ただ……呪いは育ってくやろなぁ』
 エマに答える声は全く急いでいないが、時間はかけられないということだろう。
(はづきさんとしても、外部の者に色々聞かれても面倒なだけだし見られたくない事もあろう)
 ましてや、感情が形をとるような場所など。
「はづきさん。この呪い(アイ)は、チャンドラ様からはづきさんへ向けられた感情が起因なのでしょうか」
 それでも、雨紅は敢えて直球に問うた。
『……半分くらいは、そうかもなぁ』
「一方的に押し付けられたのですか。受け入れてしまったのですか」
『……両方』
 弱い答えは、何とも判然としない。
「露見や殺されることを恐れているのは、違いないのでしょうけど。はづきさんは、月の人のことをどうお思いなのでしょうか?」
『……難しいなぁ、それは』
 一番手掛かりになりそうな問いへの答えは、一番不透明なものだった。
『『さんさあら』ではな。何かに執着する……感情を抱くことが罪なんよ。せやからうちも、好きも嫌いも、何も思てへんかった。あのお人も、そのはずやってんけどなぁ……』
「……私は、わかりません」
 聞けば聞くほど、この呪いの根源である『アイ』がわからなくなっていく。雨紅は己の感情を辿るように言葉を紡いだ。
「離れたくない、死んで別れたくない、そういった感情であればまだわかる気もします。ですが、愛おしく思いながら傷つけるような、痛いほど縛り付けるような……そういったものだと理解できず、恐怖を感じるのです」
『…………あったんかなぁ。そういうのんも』
 やや長い間の後に『はづきさん』が吐き出す。その溜息は無感情ではなかったが、あらゆる意味に受け取れるものだった。故郷への郷愁のような、昔日の懐古のような。懺悔のような、愛着のような。
「原罪、というものがごぜーます。生まれながらにして罪を背負っているというものでありんす」
 河岸から見渡しながら、エマはこの場で罰せられる感情(つみ)を考える。
「であるならば、人間は罪そのものから逃れる事はできない。存在自体が罪なのだから。そして人間は罪を重ねていく……生きる為に、己の為に、自分達の為に」
 それらの目的のために、人間は誰かの大切なモノを奪い、壊し、そして陥れる。『はづきさん』に根付く『ソーマの呪い』に関する手掛かりがここにあるとすれば、そういった欲望に絡む感情だろう。
(憎悪、怒り、嫉妬、苦痛……そのようなモノの一番濃い場所を探せば)
「原罪、か……人の根幹に近い感情を探してみる、という意味では同感だ。私も喜・怒・哀・楽でそれらしいものを探してはいるが……」
 辺りを見渡す汰磨羈。この暗く寒く、月光しか照らすもののない場所に『喜』や『楽』が形になったものがあるかと言われると、どうにも想像しにくい。直前に見せられていた幻覚の影響もあるかもしれないが。
(『怒』なら激しい……他者を傷つけるような形状……『哀』なら、何か流していたり、蹲っていたり……?)
「……感情は混ざり合ったりもするもの。鍵がひとつとは限りません、よね」
 エマの原罪の話を聞いたジョシュアは、「存在自体が罪」という言葉に幾重にも思うところはあったが敢えて伏せた。今は、そのことを考えたくない。ただ、優しいもののことだけを思っていたい。
「はづき様。チャンドラ様が記憶喪失になっている理由をご存知ですか?」
『この『呪い』のせいちゃうかなぁ、て思うけど……確かなことはなぁ。自分で記憶を『消した』んか、『消えた』んかもわからんのよ』
「ご自分で自分の記憶を消すことができるとしたら……はづき様は「ヤマはヤマとしての生き方しかできない」と言われましたが、チャンドラ様はどうなのでしょう?」
 ジョシュアの問いは、雨紅も気になっていたものだった。それを言っていた『はづきさん』の口振りが、まるで自身の名ではなく何かの『役割』のように感じられたからだ。
「ヤマ、でなくなれば。はづきさんはその役割からも、呪いからも解放されるのでしょうか」
『…………』
 長い、長い、沈黙。二つの問いへの答えはついぞ返らなかった。

 一方。
 ひと通り考えてみても納得のいく結論が出なかったグリゼルダは、『ソーマの呪い』の鍵については他の仲間に任せ、この河へ引き摺り込まれた住人を上位式神の分身と共に探すことにした。特別な存在である『はづきさん』とは異なり、一般人は命に関わるかもしれない。月光から離れるとグリゼルダ自身も黒い蔓に襲われたが、バーンアウトライトで拳を振りかざせば蔓は燃えて退いていった。
 蔓を退かせた先。先行した式神が、ヴァイタラニ河へ引き摺り込まれた住人と思しき女性を発見する。その片脚に泥のようなものが固まってこびり付いて、河の中で足枷のように自由を奪っていた。
(あれが『感情が形になったもの』か? 引き摺って、縛られる……『後悔』……いや、今はそれより)
 その異形を鬼腕の怪力で打ち砕き、女性を救助すると月光が照らす場所ヘ誘導する。
「あそこは蔓があまり来ないから。道中の蔓も私が焼き払うから安心しろ」
 道中、女性にいくつか尋ねたが、異形や他に巻き込まれた住人がいるかについてはわからないようだった。過去の幻覚に捕らわれてそれどころではなかったと。
(幻覚を見せられながら、現実では異形に襲われ続ける……異形と蔓は何が違う? 『罪を雪ぐヴァイタラニ』とは何だ……?)
 謎は残るものの、女性は自身の子供の無事を確認したいらしく、グリゼルダは彼女に協力しながら他の住人を探すのだった。


「チャンドラ殿の名は『月』を意味するのだろう? 姓の方は『器』、だろうか?」
 蔓の液による幻覚を見ていない時間を見計らって、アーマデルがチャンドラに訊ねる。
「名は体を表すといい、肉体がヒトのかたちを定める器であれば、名は魂の在り方を示す器であるという。
 月の満ち欠けはヒトの揺らぐ心、揺れる気持ち。巡り廻って繰り返す、それでも全く同じ夜空にはならない筈」
 彼は、己が名についても語った。
 名の『Armored-el』には『武装した御使い』、姓の『Al-Amal』には『奇跡(the Hope)』の意味があるという。
 いずれも聞こえはいいが、要は『通常現れる筈のない奇矯な魂の容れモノ』を指していたに過ぎず、特定個人を指す名称ではなかった。
 ――だが、それも故郷での話。今は弾正が、様々なヒトが、アーマデル・アル・アマルという個人を意味してその名を呼ぶ。記号として命名された名は、最早ただの記号ではない意味を得たのだ。
「俺もチャンドラ殿を『チャンドラ殿』として名を呼ぶ 他の何者でもなく、な」
「心強い言葉をありがとうございます。……我の名の意味は、恐らく貴方の言う通りでしょうね」
 『器の月』。記憶という中身のない、空の『器』。
 がらんどうの『器』を満たしたくて、アイせるものを求め続けた――多分そうだと、チャンドラは言う。
「チャンドラ殿、一番強いアイとはなんだと思う」
「突然ですね弾正? アイに優劣は付けたくありませんが……我は、やはり『愛ゆえの殺意』は強いのではないかと」
「俺はそうは思わない」
 敢えて正面から否定すると、弾正はチャンドラに強く言った。
「殺すアイよりも、共に生きるアイこそが深い愛情なのであると俺は信じている! 俺はこの場所で、君の『千殺万愛』の衝動を殺してみせる。それが、俺に愛される為の助言をしてくれたチャンドラ殿に届ける最強のアイだ!」
「……貴方が貴方のアイを信じるのは自由です。我への否定も、我への強いアイと受け取りましょう。しかし」
 ――殺すことでしか伝える術の無いアイを、ご存知ですか。
 見つめる弾正の視線を正面から見つめ返し、問うた後。チャンドラは再び蔓を傷つけ路を進んだ。
「チャンドラ、さま。少しずつ、何かが視えている、みたいで。具体的な内容は、教えて頂けませんでしたが……『本当に困った方です』、と。笑っていたり、寂しそうだったり、お怒りだったり。色々だったように思います」
 メイメイが度々ハイテレパスで呼びかけて得たチャンドラの様子を伝えると、弾正の決意は尚固くなる。
「そのように思いながら、ずっとアイしていたんだろう。だったら尚更、殺すことでしか伝えられないなど……!」
 そして弾正は、皆で手を取り合うことを提案した。全員で、この暗い路を進んでいこうと。
 ふと闇の中から途切れ途切れの声がする。弾正が初めて恋した、そして今手を取っている道雪によって殺された順慶だ。彼の声で、それ以上は危険だと。愛する人よ引き返してくれと案じる声がした。
(止めないでくれ順慶。君の死を未だ乗り越えられた訳じゃない。道雪殿も許せていない。それでも俺は響かせるんだ、『千生万愛』の歌を!)
 アーマデルとの純愛を、メイメイへの信愛を。道雪への情愛を。チャンドラへの友愛を。彼が抱ける全ての愛を、情熱を込めて歌い続けた。


 ヴァイタラニ河では、異形との戦いが続いていた。
 月光の外で戦っていたグリゼルダの戦いが苛烈であったのはもちろんのこと、月光の内にあっても形を得た感情は辿り着いた者への責めに容赦が無い。
 ジョシュアは大きな輝く翼で包み込もうとしてくる『慈愛』の異形を相手に、自身を強化した上で薔薇黒鳥によって姿を闇に溶かしながら毒を与え、更にルージュ・エ・ノワールによる毒を重ねて与えていた。
 『毒』とは、戦いで役に立つとしてもジョシュアにとっては忌むべきものだ。
「苦しいですよね。僕も苦しかったです。受け入れてほしいのに、向けられるのは嫌悪と恐怖ばかりで……」
 どれほど愛されたくとも、愛したくとも、どちらも叶わなかった。その自分が、『毒』で『慈愛』を殺めようとは。
 優しかった愛を、この手で――。
「ちゃんと、トドメは刺しますから」
 翼を穿つための銃で、ジョシュアは異形の翼を撃ち抜いた。
 その傍では、汰磨羈が無極の光によって異形達を薙ぎ払っているところだった。
「『哀』の怪物は動かない分狙いやすいが、『怒』の怪物と離れられると……」
「届かぬ所はお任せくだせーまし」
 一帯の他の異形も巻き込み、エマがアンジュ・デシュを放つ。それでも倒れない『嫉妬』の個体を、汰磨羈の爛爍牡丹が燃やし尽くした。
「まだ残っているのは――」
「雨紅様!」
 周囲を見渡したエマがジョシュアの声を聴いて振り返ると、雨紅は黒い蔓をそのまま小さくしたような『執着』の異形に絡め取られ、ヴァイタラニ河に沈むところだった。雨紅が何か抵抗する素振りはない。

(どうか、あなた様の根を、因果(たね)を。根源を、教えて下さい――)

『あかん、その河に沈んだら!』
「はづきさん、ヒトの心配をしている場合ではありんせんよ」
 月光と共に降り注ぐ声に、エマが精霊から得た情報から忠告する。
 チャンドラが、もう『はづきさん』のすぐ近くにいる、と。

 *

 ――この月光を知っている。
 ――『再現性京都』で隠して、狐面で隠して。『八三二橋』など作ってまで。
 ――初めから、貴方は。そんな貴方は。

「チャンドラ殿、いけな……!」
 誰より先に止めようとしたアーマデルが闇と声に捕われる。彼の首を求める師兄の『執着』の声だ。
 イシュミルとメイメイが二人がかりで身体を押さえようとすると、周囲の黒い蔓が二人に伸びて引き剥がす。
 黒い蔓はいよいよチャンドラ本人に纏われて、その刃が『はづきさん』へ届こうか、という時だった。

「――君はいつも、『報われない愛』に笑顔で蓋をしていたね」
 満ちた笑顔で刃を受け容れて、囁いた口からは赤い筋が垂れる。
 殺すほどのアイを受け止めながら、『嫉妬(アイ)』を刻みつけたのは、辻峰道雪だった。

成否

成功

MVP

雨紅(p3p008287)
愛星

状態異常

なし

あとがき

大変長らくお待たせ致しまして、申し訳御座いません。
ご参加有難うございました。
<さんさあら>シリーズ第2話リプレイをお届け致します。

EXを付けなかったことを……これほど悔いたこともありません……。
しかしその分凝縮はしたつもりです。
称号は、恐れずヴァイタラニの更に底へ沈んだ貴方へ。
最後に来て急転直下、あちらもこちらも大変なまま物語は最終話へと――!

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