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シナリオ詳細

<黄昏の園>取りこぼされた小さな光

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「ケーヤ、来なさい」
 幼い頃、そんな風に母から呼ばれたのを思い出す。

 声はいつも優しくて、けれどいつだって嫌な気持ちにさせられた。
 毎日、毎日、朝も昼も夜も、沢山の本を読まされている。
 喋る時とはまるで違う、難しい言い回しの言葉を紐解き、その知識を集積させられる。
 本があるのだから、何も覚えなくたって良いだろうと、いつも思っていた。
 困ってから探すほうが絶対に効率が良いのだと。
 実際に口に出して母へと懇願したこともあったが、それは悪い考えだと諭される。
 里長を補佐する頭脳になるのだと。それが家のしきたりであり、お役目なのだと。
 けれど薄暗い書庫でじっとしていることはひどく退屈で、憂鬱で、気が重い。
 ケーヤは勉強が大嫌いだった。
 あの日までは――

 書庫を抜け出した幼いケーヤは、採光の石窓へと向かっていた。
 そこは外の崖と繋がり、子供が近寄ってはいけないとされる大きな開口部だ。
 落ちるからだとか、亜竜に見つかり襲われるかもしれないから、色々理由を付けられてはいるが、そんな事故やら事件やらは聞いたことがない。だからケーヤは落ち込むたびに、ここから外の世界を眺めていた。
 角を曲がると、ぱっと光が差し込んでくる感覚が好きだった。
 あるいは親に逆らうことに、小さな快感を覚えていたのかもしれない。

「――っ!?」
 たどり着いたとき、ケーヤが見たのはいつもよりずっと明るい光だった。
 そう感じた。
 いまでも鮮明に覚えている。
 そんな光の中に、なお眩い少女が居たことを。
 当時のケーヤよりも少しだけ年上だと思えた。十歳ほどだろうか。
 崖に足を投げ出し、尾を揺らしながら座っている。
 風に揺れる長い髪、美しいドレスにはっとする。
 灰色の世界に色彩が満ちあふれたような気持ちだった。
「何だ矮小、騒々しい」
 少女が振り返り、鈴のような声が返る。
(……綺麗、お人形さんみたい)
 胸が締め付けられるような感覚がした。
 鼓動が高鳴った。
 宝石みたいな緑の瞳。頬にかかる豊かな髪。小さな唇。
 まるで時が止まったように感じる。

 じっと眺めていると、少女はあくびをした。
 それから静かに、開かれたページへと視線を落とす。
 なんだかドラネコのようにも思えてくる。
 ちょっとジト目の、毛の長い、家の中だけで飼われているような猫。
 そうしてしばし眺めた後に、ついさっき何か機嫌を損ねた気がしたのを思い出して、あわてて謝る。
「あ、あの。ごめんなさい」
 少女は答えないが、好奇心が勝る。
「ご本を読んでいるの?」
「見て分からんか、矮小故の愚昧よな」
「……」
 言葉使いは難しかったが、何だかすごい悪口を言われた気がしてケーヤは腹を立てた。
 悪戯心に火が付いた彼女は、くすぐってみることにする。
「ねえそれ悪口?」
「やめろ矮小、鬱陶しい。父祖の頼みがなくば我が爪で引き裂いてやる所だ」
 文句を言いながら身をよじり転がる少女に、ケーヤは構わずのしかかる。
「人に悪口を言ったら、め! なんだから」
「……確かに、父祖にもそう言われるが」
 仰向けになった少女が顔を逸らした。
 抑揚の薄い表情だが、気まずそうなのは伝わってくる。
「反省したならいいよ!」
「……」
 それより気になったのは――
「こんなに難しいご本を読んでいるの!?」
 驚いた。ケーヤ自身には、まだまるで理解も出来ない知識の宝庫があった。
 少女の名をアウラスカルトと言うのを知ったのは、何日か後のことだった。
 竜だと知ったのは、もっとずっと後のことになるけれど――

 ともかく。それ以来、ケーヤはアウラスカルトの後をついてまわった。
 アウラスカルトも、なぜだかいつも居てくれた。
 隣に座っては本を読み、分からない所を尋ねては、舌を巻くほどの知識に感服させられた。
 たった二年の間に、アウラスカルトはケーヤの憧れになったのだ。
 ケーヤはすっかり勉強が好きになっていた。
 褒められることが増えた。
 頼られることが増えた。
 いよいよケーヤ自身が、誰かを教え導く番が来た。
 誰かの役に立ち、この過酷な覇龍領域で助け合える存在の一員となっていった。
 そしてさらに長い月日が流れた。


「――アウラさん」
 ケーヤの声音は暗い。
 辺りの石壁は奇妙にねじれ、石畳は水平を保たず、ちぐはぐだ。
 そこはピュニシオンの森の先――ヘスペリデスという竜の里だった。
 人の営みを真似て作られた不格好な建造物が建ち並び、名も知らぬ花が咲く最果ての地。
 人と竜との架け橋を目指して作られた風光明媚な土地は、竜達から『黄昏の地』『暴食の気紛れ』などと呼ばれている。

 ケーヤはそこにある一件の建物に居た。
 ベルゼーが――里おじさまが案内してくれたのだ。
 けれど、なぜあんな悲しそうな顔をしていたのだろう。
 アウラスカルトが裏切ったからだろうか。
(里おじさまは、何て言ってたっけ)
 ベルゼーは少女の反転を望んでいない。
 けれど少女が原罪の呼び声の影響を受け始めた時に、彼女のことを否定もしなかった。
(……そうだよね、父祖は何も悪くないのに、こんなに優しいのに)
 ケーヤは考える。考えずにはいられない。
 だって頭の中がぐちゃぐちゃなのだ。考えが何も纏まらない。
 考えながら、居住空間を模した石造りの簡素な部屋に、せっせと飾り付けをしている。
(……何であの人達と一緒に居るんだろう)

 ――アウラさんは、なぜベルゼーを裏切ったんだろう。
   なぜあの人達を慕うんだろう。
   あの人達は、あの、立派で優しい、あれ?
   あの人達――イレギュラーズは、あれ、なんで悪い人って思ったんだっけ。
   わからない。
   おもいだせない。
   かんがえられない。
   何も、全然、ちっとも……だから何かしなくちゃ。

 今思い出せるのは、遠い過去の記憶だけだった。
 アウラスカルトはベルゼーに命じられ、ケーヤを守ってくれていた。
 一緒に居てくれた。様々な知識をくれた。そしてどこかへ行ってしまった。
 けれどせめて恩を返すのだと――ケーヤは満たされない、飢えてる、渇望している。
 せつせつと、ひしひしと、きゅうきゅうに。
 何かせねば落ち着かない。
(ここは、アウラさんのお母さんが建てたおうち)
 やつれ、目の下にクマを湛えたまま、ケーヤは様々な準備をこなしている。
(……帰る場所は、わたしが作ってあげるから、だから)

 掃除をし――清潔なのがいいよね。
 花壇に花を植え――喜んで欲しいな。
 食料を運び――どんな料理が好きだろう。
 食器を整え――あーんで食べさせてあげたいな。
 浴室には綺麗なお水――背中を洗ってあげたいな。
 寝室には温かな寝具を用意し――手を繋いで寝るとか!

 ここは人と竜との架け橋なのだ。
 ここに居ればきっとまた――


「見て見て、すごい綺麗だよ!」
 セララ(p3p000273)が手のひらを目の上に掲げて、辺りを見渡した。
「しにゃも映えますか!?」
「……」
 くるくると踊ったしにゃこ(p3p008456)を、アウラスカルト(p3n000256)が怪訝そうな表情で見ている。
「竜は建物を作るのですか?」
「ベルゼーに言われて真似してみたんです」
 尋ねたリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)に答えたのは、『光暁竜』パラスラディエ――人界ではリーティアを名乗る女性だった。
「私の家もあるんですよ。あ、住んだことないですけど!」
 ベルゼーはこの土地を、人と竜との架け橋にしようとしたらしい。
「ところで、リーティアさまのお家というのは、どのような所なのでしょう?」
「うーん、説明しづらいので。そうだ、じゃあ行ってみます?」
 尋ねたメイメイ・ルー(p3p004460)は、その答えに目を丸くした。
「確かに空の下は危険そうだし、隠れられる場所があるのはいいと思う」
 ジェック・アーロン(p3p004755)が頷く。
 この地を探索するにあたり、拠点のようなものが出来るのはありがたい話だ。

「きっとどこかに居るのね」
「そうだと思う、いや、絶対に信じたい」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)に、友人のスフェーンが頷いた。
 スフェーンは姿を消した家族を探し、イレギュラーズと共に、この危険な地へと赴いている。
 帰らずの森への関所を守る一族であり、いつの間にか姿を消してしまったのだ。
「ケーヤの行方も気になるが」
「そうだね」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の言葉に笹木 花丸(p3p008689)も頷く。
 しかし竜の領域ともなれば、前回襲ってきた『煌魔竜』コル=オリカルカなどの動向は気になる。
「うーん、たぶん大丈夫だと思いますよ。すごいびっくりしてましたし」
 リーティアはそういうが、本当に大丈夫だろうか。
「ほんとあの驚いた顔、笑っちゃいますよね」

 イレギュラーズにはいくつかの為すべきことがあった。
 まずはこの地の探索だ。ピュニシオンの森と比べ見張らしは良いが、上空からの危険は増える。
 それから消えた亜竜種達の捜索だ。おそらくこの地のどこかに居るはずだから。
 最後に――
 これはどこまで信じて良いか分からないが、『花護竜』テロニュクスと『魔種・白堊』がベルゼー・グラトニオスの苦しみを少しでも和らげるためにイレギュラーズに協力を要請したという。
 どうやら『女神の欠片』なるものが存在し、それを集めれば『お守り』になるというのだ。
「あーそれ、たぶんですけど」
 一行がリーティアに視線を集めた。
「うちに一個あるんじゃないかなーって」
「えっ」
「ご自由にお持ち帰り下さい! いえい!」

GMコメント

 pipiです。
 リーティアの家を訪ねてみましょう。

●目的
 リーティアの家を拠点として確保する。
 ケーヤの救出。
 女神の欠片を貰う。

●フィールド
 広大で美しい園を進みます。
 川や湖、お花畑などがあります。
 道はリーティアが知っています。
 その辺に居る亜竜や、上空から急襲する亜竜に注意して下さい。
 リーティアの家にたどり着くと、そこには――

●敵
 道中で寝ていたり、空から襲ってきたりします。
 倒したり、なんか工夫して戦闘回避したりしましょう。
 だだっ広いため、戦闘回避は森よりも難しいです。

・ペイスト×数体
 翼を持たず四足歩行で三メートルほどの、小型ですばしこい亜竜です。
 鋭い爪牙による連続攻撃の他、中距離扇の石化魔眼を持ちます。

・スケイルワーム×1体
 翼や手足のない、十五メートルほどの亜竜です。極めて硬い鱗に覆われている他、牙や体当たりの威力は絶大です。また中距離の範に砂のブレスを吐きます。

・ワイヴァーン・イグニート×数体
 大きな翼を持つ十メートルほどの亜竜です。
 爪や牙による攻撃の他、遠距離の範に炎のブレスを吐きます。

●ケーヤ
 原罪の呼び声『暴食』に侵されており、愛情に飢えています。
 アウラスカルトを説得し、イレギュラーズ陣営から離反させようとしています。
 皆さんには敵対的な行動を取りますが、自身の考えがあやふやで、自分自身でも理解出来ない状態になっています。非常に混乱しているでしょう。
 戦闘力は皆無に近いです。

 本来は心優しく責任感の強い少女であり、皆さんのことを信頼していました。
 理知的な性格ですので、理路整然とした説得に応じやすいものと思われます。

●同行NPC
・『金嶺竜』アウラスカルト(p3n000256)
 皆さんに良くなついている竜です。
 胸中を複雑な感情が渦巻いているようです。
 決して力を振るうなと厳命されています。

・『光暁竜』パラスラディエの幻影
 人の姿ではリーティアと名乗る竜であり、アウラスカルトの母。
 三百年ほど前にベルゼーの暴走を止めるため、その身を食わせました。
 やたらとおしゃべりしたがり、また想い出を残したがります。

 幻影は触れることも触れられることも出来ません。
 また姿も隠せるため、偵察などを買って出てくれます。

・志・思華(スフェーン)
 森に消えた友人を探しているようです。
 修行に明け暮れているため、なかなか強いです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <黄昏の園>取りこぼされた小さな光完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月21日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

サポートNPC一覧(1人)

アウラスカルト(p3n000256)
金嶺竜

リプレイ


 黄昏の園――ヘスペリデスは静謐を湛えていた。
 名も知らぬ花がそよぎ触れ合う音が聞こえない訳ではない。
 恐ろしい亜竜の声が遠く響いてもいる。

 けれど漠然とだが、『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)にとって、どこか聖域めいているようにも感じられた。例えば神殿などに足を運んだ際に感じる、不思議な静けさのような。
「……本当に綺麗」
 噂通りに美しい。『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)も感嘆していた。
 そこは帰らずの森ピュニシオンの向こう側であり、理屈の上ではさらに危険な領域のはずだった。
 風が運んできた柔らかな花の香りに、『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は深呼吸する。
「しっかし、綺麗な場所だよなぁ……」
 ここが天国だと言われたら、信じてしまいそうだ。
「本当。素敵ねぇ、此処」
 思わず『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)も嘆息する。
「こんな時でもないなら、お弁当とお酒でのんびりピクニックしたいわよねぇ、すーちゃん」
「確かにね、こんな所だとは思わなかった」
 森への関所を守るスフェーンとて、その向こう側というのは初の光景だ。
「そういえばこれは純粋な興味なんだけど、リーティアさん」
「はいなんでしょう?」
 リーティア――『光暁竜』パラスラディエの幻影が答える。
 こうして見ると亜竜種にしか見えないが、それはともあれ。
「……っていうかもう私達ほら、マジ卍なマブいズッ友的アレじゃない」
「もちろんずっしょこみこみで!」
「じゃありーちゃんでおけまる? お酒はイケる口?」
「おけまる水産! がぶがぶいけます! いえい!」
 だったらいつか一緒に呑めたら――ついついそんな淡い期待さえ抱いてしまう。
「人と竜との架け橋を目指してベルゼーさんが作ったっていう場所なんだね」
 そう述べた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)はどこか感慨深げだった。
「人と竜との架け橋…素敵な、想いのこもった場所なのです、ね」
「想いの籠もった素敵な場所なんだね!」
 呟く『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)にスティアが頷く。
 ならば実践あるのみだと花丸は拳を握りしめた。

「カモフラしましょう!」
「あー、カモフラージュか」
「……?」
 元気に手を挙げた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)に、風牙が頷き、『金嶺竜』アウラスカルト(p3n000256)が首を傾げ――髪の間にすっと花をさしこまれた。
「こうやってデコって……う~ん可愛い!」
「服もお花で飾っちゃおう!」
 アウラスカルトのドレスを、『魔法騎士』セララ(p3p000273)が花で覆っていく。
「確かに迷彩になりそう、これをこうして……うんうん、上出来!」
 メイメイはアウラスカルトに編んできた花冠をかぶせ、花丸が「ヨシ!」と指さした。
「汝等は何を遊んでいる?」
「あっ……遊んでいるわけではないのです、が。可愛いかな、と……。ですよ、ね? リーティアさま」
「きゃわわすぎです! 天使きゃぱい! 真面目に推せます」
「……推す」
「あとはこれ、どーお? お花の香りを調香してみたのよ」
「え、すごい。いいにおい!」
 アーリアが差し出す小瓶を、皆が分け合った。
「その、アウラさま。花冠、もう一つつくりませんか?」
「なぜだ」
「ケーヤさまと、会った時の、ためです」
「……わかった」
 メイメイの言葉にアウラスカルトも頷き、不器用そうに花を摘み始める。
 風牙が花を前に黙り込んだ。
 そう、これは、これはカモフラージュ。
 髪に挿すか挿すまいか。
 そうこうしていると、突然花冠を被せられた。
「風牙さんにも。かわいいですねえ!」
「かっ!? ちが、カモフラージュ! カモフラージュだから!」
 アウラスカルトはといえば、不思議と大人しかった。
 いつもなら抗議の一つでもあげそうなものだが、表情を変えずに黙ってされるがままだ。
 どこか心ここにあらずといった様子を気に掛け、セララが耳打ちする。
「アウラちゃん」
「どうした」
「いきなり親って言われても付き合い方が分からないよね」
「……」
 図星なのだろう。
 親だとは知った。そうだとは認めた。だが「だからといってどう接すれば良いのか」は分からない。
 それは――セララはちらりと横目に見る――あるいはリーティアにとっても同じかもしれなかった。
 底抜けに明るく振る舞う彼女は「一目会いたかった」といった。
 おそらくそれ以上でもそれ以下でもない、けれど切なる願いであったのだろう。
 そんな様子を『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)もまた静かに見つめていた。
 肉親という存在は、余りに――時に残酷すぎるほど――多様であることを彼女は知っている。
「ねえ、だったらまずは友達から始めてみようよ」
「……?」
 セララの提案にアウラスカルトが首を傾げた。
「例えばほら、魔術の話とか共通の話題になると思うんだ」
「魔術か」
「リーティアだけが知ってる古代魔術なんかあるかも」
「それは……確かに」
 アウラスカルトの態度は、どうにも歯切れが悪い。
 リーティアも先程からアウラスカルトに話しかけようとはしていなかった。
 以前リーティア――母に対するアウラスカルトの態度は拒絶に近かったが、一応は納得していた。
 それがこの様子である。
(気にはなるわよね)
 アーリアは思う。優しげな視線はちらちらと送っているのだ、リーティアは。
「それでは向かうとしようか」
「あ、ではでは、ご案内します。レッツゴーマイホーム! 住んだことないですけど!」
 一行を振り返った『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に、リーティアがおどけた様子で恭しげに腰を折る。
「それじゃあこの綺麗な光景を堪能しながら!」
「まずはリーティアさんの家にレッツゴー!」
 風牙とスティアが遠い山を指さす。
 こうして「木陰で迷彩(?)を纏った一行は、リーティアが教えてくれた方角へと歩き始めた。


「ベン、あっちに亜竜の群れが寝てるみたいだね」
「では大岩のほうを回ろうか」
「うん、寝た子は起こしたくないからね」
「じゃあ見てきますね!」
 ジェックの情報にベネディクトが提案し、リーティアが偵察を買って出る。
 そんな風にしながら、一行は花畑の中を進んでいった。
 小さな小川を飛び越えたスティアはふと思う。
 人と竜が、いつかここで本当に仲良く暮らせるようになったらと。
(そのためにも頑張らなきゃ)

「ところで竜って、なんだか洞窟だとか険しい山の山頂とかにいるイメージだけど」
 ふと風牙が切り出す。
「こういう場所が居心地いいって感じるものなのか?」
「我は気にしたことはないが、リーベルタースのほうが落ち着くか」
 アウラスカルトが陣取っていた浮遊島群と朽ちた遺跡も、ここと似ている気はするが。
 その言葉にリースリットも思案する。趣は違うから比べるというのではないが、確かにどちらも美しい。
「私は好きですよ、ここ。ほらほら、廃墟のエモってありません? 朽ちた遺跡にお花咲いてる的な」
「あーなんか、そう言われれば分かるかも」
 風牙が頷いた。
「チルいですよねー、ローファイな感じ」
「……エモ、チル、ロ、ロー……リーティアさま……」
 どこか呆然とメイメイが呟いた。
 なんというかこの、なんだろう。順応性というか。
「ここにも好きな光景とかはあるのかな?」
「……あれとか」
 スティアが尋ねると、アウラスカルトは岩の合間にひっそりと咲く花畑を指さした。
「わ、綺麗だね」
「そうだな」
 この竜は案外、儚く可愛らしい光景を好むらしい。
 いつかああいった所で、ゆっくり過ごしたいものだ。

「近道だとこっちなんですが」
「風精が亜竜が居るって」
「では多少の遠回りにはなりそうだが、あの林側を通るのはどうだろう?」
 リーティアとスティアの提案に、ベネディクトが答える。
「確かに、戦闘を回避するほうがかえって早いだろうし、安全だと思う」
 ジェックが同意する。
「そっちからでも行けると思います!」
「そうか、ありがとう」
「いえい!」
 リーティアの見解も得られ、一安心だ。
 いや、まあ、かなりいい加減な人――竜ではあるが。

「ところで」
 幾度か亜竜の群れをやり過ごした後、リースリットが振り返る。
「家を作ったという事は、自然の管理もしているのでしょうか?」
「うーん、少なくとも私は何もしませんでしたね。作りっぱなしです」
「なるほど……」
「どちらかというと『暴食の気まぐれに付き合った』と、そんな風にも思っていました」
「それほど、ですか」
「そうですね、ちょっと面倒なお願いでも叶えたいとは思える……そんな存在です」
 リーティアの呟きにアウラスカルトが一瞬だけ振り返り、また視線を逸らした。
 リースリットは思った。それをリーティアは明らかに気付いて居る。けれど見ていないようなふりをしてみせた。話ながらもちらちらと娘のほうを伺っていたにもかかわらずだ。
 アーリアもまた思う。きっと話したいには違いないのだと。
 なんとなく分かってきた。恐らく娘の自主性に任せたいと考えたのだろう。
 根底には無理強いをして嫌われたくないという気持ちもありそうだ。

「ちょっと待った」
 先行させたファミリアーの狸と視覚を共有させている風牙の言葉に一行が足を止めた。
「でかいのが居るな。たしかスケイルワームか」
「あんまりお近づきにはなりたくないね」
 ジェックの目配せに、一行が同意する。
 勝てるのは間違いないが、避けられるものは避けたいのが本音だ。
 急ぐ旅でもある。
 一行の目的は消えた亜竜種の捜索であり、また女神の欠片なる『お守り』の収集だった。
 フリアノンで出会った心優しい少女ケーヤ、そしてスフェーンの家族であるフォス。
 二人の行方は分からない。
 いや、厳密には『フォスは見つかっている』。
 ローレットの報告書には、かのジャバーウォックを行動を共にしていたという信じがたい情報があった。
 ならばベルゼーにも関連すると思われ、事態は予断を許さない。
 最悪の事態――暴食の魔種への反転をも視野に入れなければならない状況だ。
 時折遠くを見つめるスフェーンに、アーリアは胸を痛めていた。
「大丈夫よ、きっとちゃんと見つかるわ」
「ああ。うん、その、ありがとう」
 美しく、あまりに平和に見えるこの丘も、本来は危険極まりない場所だ。
 ケーヤとて生存さえ危ぶまれている。
 けれど少なくとも、女神の欠片はなぜかリーティアの家に存在するらしく、それは不幸中の幸いだ。
 リーティアの家は今後の拠点にも利用出来ると思われ、一石二鳥とも思える。
(けれど、きっとどこかに居るんだ)
 皆で見つけて、お話をして――花丸は願う。
 そしてケーヤさんと――花丸はアウラスカルトの後ろ姿を見やった――この人見知りなお友達とを繋ぐ架け橋になるのだと誓って。
「急いで進もうか」
 そう述べたジェックに頷き、一行は歩みを進める。

 ベネディクトには、気になることがあった。
「リーティア、答え辛い事なら良いんだが」
「なんでしょう? ばっちこーい!」
「貴女が居るのならあなたの番も何処かで生きているのか?」
 アウラスカルトには聞こえぬよう、呟いた。
「え、えええ!? それ聞きます!? えー恥ずかしいですね!」
「い、いや。すまない」
 珍しく慌てた様子のベネディクトの背を、リーティアは手のひらですかすか叩くようにした。
「もう居ないんですよねー」
「……そうか、言いづらいことをすまなかった」
「いえ! あんまり気にしないで下さい。竜ってそんなもんなんです」

「アウラスカルト。……ケーヤさんという方とは、どのような?」
 一方で、リースリットはケーヤについて気を揉んでいた。
 以前のアウラスカルト――イレギュラーズへ気を許す前のことを考えると、当時の二人の関係は仮に良好だったとしてもかなり危ういバランスだったのではなかろうかと思えてならない。
「ベルゼーの頼みで護衛をした時期があっただけだ。乞われ教えた書物はあるが」
「……なるほど、そうですか。今はどうお考えですか?」
 今どう思っているのかというのは、ケーヤと出会った際に大切な要素になる気がする。
「そうだな」
 アウラスカルトが考え込んだ。
 明らかに軽んじていたのは間違いないだろう。
 だがきっとケーヤは違った。友人になりたいと望み、願い、行動していたに違いない。
「認めてやらんこともないが」
 それはある種の難しさも感じつつ、ひとまずの朗報とも思えた。

「む、むむむ! しにゃこセンサーに反応があります!」
「今度はどうしようね」
 索敵したしにゃこの言葉に、花丸が岩間の向こうを覗き込む。
「あっちまわりで行けそうかな?」
「見て見るね、うん、大丈夫そう!」
 セララが確認したところ、うまく死角を回れそうだ。
 あまり花畑に踏み入りたくはないが。リースリット達は背の高い花に隠れながら進み――
「そろそろですね」
 リーティアの言葉に一行は表情を明るくさせ、けれどすぐに強張らせる結果となった。

「あれは、避けられないな」
 遠く白い建物が見える手前に、亜竜があくびをしているではないか。


 一行はゆっくりと迂回をしようと試みた。
 だが案の定というべきか、勘づいた亜竜は翼を広げ咆哮したではないか。
「だったら引き付けるよ。花丸ちゃんにマルっとお任せしてねっ!」
 花丸が駆け出し。
「さあ花丸ちゃんの登場だよ!」
 両手を広げ、勝ち気に笑う。
 首をもたげた亜竜ワイヴァーン・イグニートがえりまきを広げ、震わせた。
「とはいえ、そう易々とはやらせねえよ」
 風牙が亜竜へ肉薄、天を穿つように槍を一気に貫いた。
 炸裂する闘気に亜竜の巨体が跳ね上がる。
「べっさん!」
「ああ、手早く終わらせよう」
 槍を落し両手で大上段に掲げた長剣から放たれたベネディクトの斬撃は、さながら竜牙の如く。
「セラフィム、インストール! ギガセララ――」
 翼を纏ったセララが跳躍し、腰だめに構えた聖剣を振り抜いた。
「――ブレイク!」
 一閃、軌跡。轟音と共に雷撃が駆け抜けるとほぼ同時、風精の力を束ねたリースリットの刃――その極劇が亜竜の巨体を刻みつける。悲鳴じみた咆哮をあげる亜竜へ、翼で大気を蹴りつけたように、セララが再び肉薄し第二撃が見舞われた。
 イレギュラーズの狙うは短期決戦だ。
 立て続けの猛攻が亜竜を襲う。
「これならどうかな」
「やりますよ!」
 ジェックとしにゃこの放つ弾丸が鱗を引き際や。
「スーちゃん、背中はよろしくね」
「アーちゃん、任せて!」
 亜竜の口元を零れ、花丸へ炎が吹き付けられる。だが狩人の冷静さを欠いた亜竜は花丸へ固執しており、広がる炎は僅かな人数しか捉えることが出来ない。
 放たれた炎の一角をスフェーンが切り裂き、生じた微かな隙をアーリアは逃さなかった。
 手のひらに、艶やかな吐息を一つ。
「――その苦しさ、癖になったらごめんなさいね」
 風のように駆ける銀の羽ばたきに、亜竜はもはや身じろぎする他に術はなく。
「大丈夫だよ」
 スティアが術式を紡ぐ。
 燃えさかる炎を覆わんばかりの花びらが、花丸達の僅かな傷をたちまちに癒した。
「早く、終わらせないと、ですよね」
 立て続けにメイメイが顕現させた四象の災厄が亜竜を襲う。
「これで、帰ってね!」
 神聖を纏った花丸は僅かに腰を落として肘を引き、拳が輝いた。
 ――光が放たれ、視界が白に染まる。

 視界が晴れた時、亜竜は彼方へと飛び去っていた。
 追い打ちはしないと、風牙は溜息一つ。
 こんな美しい場所でこれ以上血なまぐさいことなんて、したいとは思わなかったから。
「超楽勝でしたね! 炎吐けた分だけコル=オリカルカより根性あったのでは!」
 ひどい寸評をするリーティアである。
「どうだ、この者等は強かろう!」
 なぜかアウラスカルトが自慢げに胸を張った。
「やっとお話してくれましたね」
「……!」
 アウラスカルトが「しまった」という顔をする。
「皆さんのことが本当に大好きなのですね」
「うるさい」
 にわかに頬を染めたアウラスカルトは、けれど否定しなかった。
「ということで、ウェルカムトゥマイホーム! ぱちぱちぱちー」
 玄関のような穴の前に立ったリーティアが、目元で横にピースを引いた。
「女神の欠片、どこでしたっけ。あ、じゃんじゃんあがってください、何もありませんけど!」
「それにしても……リーティアさんはどうして『女神の欠片』を?」
「きらきらしたもの、好きなんですよ」
 リースリットの素朴な問いに、リーティアはぺろりと舌を出す。


「……おじゃま、します」
「お邪魔しまーす!」
「どうぞどうぞー、いらっしゃーい。こういうの憧れてたんですよね」
 メイメイやしにゃこ達がリーティアに招かれて門をくぐる。
 家の中はちぐはぐで、なんだか床も傾いており、歪でこそあった。
「いい家だな、ここ」
 風牙がぽつりとこぼす。
 その不器用な造型には、不思議と温もりを感じたから。
 しかしずいぶん綺麗に整っている。
「あ、ありましたね、これです!」
 玄関先にあったのは、手のひらに乗る程度の金色をした竜の像だった。
「これってりーちゃんの像でおけまるかしら?」
「ヘイ! アーリー! たぶんそうですね!」
 鹿のような角といい、竜身のアウラスカルトにそっくりだが、もっとずっとどしりとしている。
「たぶん、なんだ」
「きらきらしてるから置いてるだけで、私べつにお守りとかっていらない派なので」
 そういうものなのかとジェックは思った。
「これが何なのか気にしたことなかったですね」
 なんという大雑把な性格なのか。
 ともあれ目的は達成した。
「折角なので休んでってくださいな。この中は獣避けもありますので亜竜とか入ってきませんし、竜もレグルスなんかは怖がって近寄ってこないと思いますよ」
 まあバシレウスの領域へみだりに踏み入る愚か者は居るまい。

 一行は『居間』へと向かった。
「変ですね、なんか飾り付けされてません?」
 リーティアが首を傾げる。
 そういえばなんとなく納得してしまっていたが、妙に綺麗だったのも気になる。
 よくよく考えれば、遺跡のようなもののはずではないか。
「うーん、ベルゼーが何かしたんでしょうか」
 確かにあちらこちらの飾り付けは何百年も経過したようには見えない。
 建物は思ったよりだいぶ広いが、ベネディクトははたと気付いた。
「……誰かが居るような気配を感じるが」
 一同に緊張が走る。
 そして居間へと足を運んだ時。

「ケーヤ」
 ベネディクトが呟いた。
 一行の目の前に現われたのは、壁の方で段差に腰掛け、俯いて何事かを呟いているケーヤだった。
「ケーヤ、心配したぞ。アウラスカルトも一緒だ、皆で帰ろう」
「よかった、姿が見えなくなったから探していたの」
 ベネディクトとアーリアが近付いていくと、ケーヤがゆっくりと顔をあげる。
 その表情はひどく虚ろで、フリアノンで出会った少女とは思えないほど憔悴していた。
 異様な様子に一行が息を飲む。
「……どうして」
 ケーヤが虚ろな表情のまま、首を傾けた。
「どうしてアウラさんがそいつらと一緒に居るの?」
 漂う気配は滅びのアーク――原罪の呼び声か。
 覇竜領域は冠位暴食の領域でもある。
 呼び声が届いても不思議ではない。
 ケーヤは責任感の強い、優しい少女だった。
 だからこそなのだろう。呼び声の影響を受けたのは。
 けれどまだ引き戻せるはずだ。そう信じたい。
「……どうして、どうして、どうして、どうして」
 目配せした風牙とアーリアは、威圧的に見せないよう腰掛ける。
「はじめまして、ケーヤ。オレは新道風牙。通りすがりのイレギュラーズだ」
「イレギュラーズ……里おじさまの……敵。アウラさんの……敵」
 いまいち話が通じない。さてどうしたものか。
 このままでは最悪の場合、反転してしまう。
 風牙が辺りを見渡した。
 ずいぶん綺麗に片付いている。何百年も放置されていたとは思えない。
 掃除も行き届いていると感じた。
(アウラがいつ帰ってきてもいいように、か……)
「リーティアさんのお誘いを受けてこの家に。
 リーティアと、アウラと、あんたの家にお邪魔させてもらいにきた」
「……誰」
「見てわからんか、愚か者め。パラスラディエは我が母ぞ」
「えっとはい、そうです」
「アウラさん騙されないで、その人達は世界を救おうとしている、あれ……何でいけないんだっけ」
 ケーヤの言葉はロジックのつじつまが、まるであっていない。
「でもそいつらから離れて、アウラさん」
 感じられるのは暴食の狂気だ。
 何かに飢えている。
 おそらく――愛情に。

 ふいに食材用のナイフを手にとったケーヤが立ち上がる。
 だがそのナイフを花丸はそっと握りしめた。
 ケーヤは引き抜こうとし、力一杯に身をよじり、花丸の拳に赤が伝う。
 けれど花丸の拳は微動だにしない。
「この家を見ればわかるよ。ケーヤさんがどれだけアウラさんの事を考えているのか」
 花丸は思う。本当に言葉をかけてあげてほしいのは、アウラスカルトからだと。
「争う気は無いです! まずは落ち着いてお話を聞いて貰えませんか?」
「話?」
「ケーヤさんの気持ちもめっちゃ解ります!」
「わかるわけないでしょ」
「しにゃもポメ太郎がしにゃを無視してベネディクトさんに尻尾振ってる時ちょっとムカっとします!」
「……」
「つまりはケーヤさんもアウラちゃんと友達って言いたいんですよね!」
「友達、ねえ、友達だよね」
 ケーヤは縋るようにアウラへ視線を送る。
 だがアウラスカルトは答えない。
「どうして里おじさまを、あなたの父祖を裏切ったの」
「彼女がベルゼーと袂を分かったのは、彼女が自分で見聞きし、自分で考え、自分の意志で決めた事です」
 リースリットが振り返る。
 彼女は年若く、人の姿では幼く見えても既に一人前。
 己の生き方を己自信で決めることの出来る、誇り高き竜だと。
「そうでしょう、アウラスカルト」
「そうだ」
「寂しいだとか、不安だとか。好意だってそうだ。言葉にしないと解らない事は沢山ある」
「……」
「魔種は、特に冠位は何時か世界を壊してしまう。ベルゼーは正直、俺も進んで戦いたい相手では無いよ」
 ベネディクトの知る限り、ベルゼーは優しすぎる。
「けれど、誰かが何かを為さなきゃ行けない。黙って見過ごす事は、出来ないんだ」

(寂しい、とか。こっちを見て、とか)
 そんなない交ぜな感情は、アーリアも覚えがある。
 だから皆が話しているうちは見守ることにする。
「ねえ、ケーヤがこの家にいるのはアウラちゃんがこの家に来ると思ったからだと思う」
「……そうか」
 アウラスカルトと伴い、少し離れた位置でセララは諭す。
「アウラちゃん、キミの世話をしてくれたケーヤの事を思いだしてみて」
「……」
「いなくなっちゃったら寂しいでしょ?」
「……人は儚すぎる……」
 アウラスカルトの視線はどこか遠かった。
「人はすぐに全て朽ち、目の前から消えていってしまうではないか」
 珍しい、絞り出すような、懇願するような声だった。
「どうせすぐに消えてしまうくせに」
 ふとセララは、アウラスカルトは怯えていると感じた。
 ジェックもまた、アウラスカルトが多くの別れを経験してきたことを思い出す。
 そんな手記をふとした機会に手にしていたから。
「でもボクだって人だし、ボク達は友達だよ」
「……それは」
「それと同じように、ケーヤと友達になるのはどう?」
「友か」
「友達になればケーヤは魔種にならずに戻ってきてくれるから」
「アウラちゃん……いいですか!」
「なんだ」
「しにゃみたいに偉大な竜と友人ウェーイ! とかゴリ押すタイプの方がレアなんです!」
「アーティファクトかレリックだな」
「び、びみょうな。ええとそうじゃなくて。別に今更一人増えたって損しない! むしろ得ですよ!」
「損得なのか」
「損得でいいんです。今のアウラちゃんなら解ってくれますよね!?」
「……そうか」
「そしたら友人同士のハグです! 愛の確認には大事です!
 しにゃにいつもされてるじゃないですか! 同じ感じで! ぎゅっと!」
「そんなことをするのか」
「よし! これからも一緒に竜の為に頑張りましょう!」

 そんな作戦会議の裏では、懸命な説得が続いている。
「里おじさまを裏切れない」
「ベルゼーは優しい方ですね」
 リースリットが頷いた。
「……だからこそ、彼が望まぬ事を彼にさせてはいけない……そう考える者は竜にも居ます」
 何れ必ず起きる権能の暴走、その結果起きる惨劇……その時はもう近付いているのだ。
「誰」
「アウラスカルトです」
「……アウラさん、が」
「ねぇケーヤ。嫌いな食べ物ってある?」
「……」
「どうしても食べられない、好きになれないもの」
「……あります。しいたけ」
「ベルゼーがキミ達に優しくて、愛を注ぐことは不思議じゃない。
 冠位魔種なのに、じゃない。
 暴食の冠位魔種だから、ひとを、世界を愛してしまうんだ。
 だって嫌いなものは美味しくないでしょう?」
「……」
「彼はきっと好き嫌いなんてしないんだろうね。
 勿論それだけじゃないと思うけど」
 ジェックは切々と言葉を綴る。
「だから、ベルゼーの優しさは嘘じゃない。
 その愛も嘘じゃない。
 でも……彼の行いが許されるわけでもない」
 それは真理だ。
「なんて、分かったようにって怒られちゃうかも。
 世の中には色んな側面があって、全然納得できないこともある。
 でも、何も誰もキミの傷を否定する権利はない。
 傷付いたなら傷付いたと声をあげていいんだ。
 アタシ達が……アウラスカルトが受け止めてあげるからさ」
「……あなた、たちが」
「そんな感じでバトンタッチ」
 ジェックが振り返った。
「ケーヤ、君が話をして、応えて欲しかったのは俺達ではないよな」
 ベネディクトも続ける。
「気まずいかもだけど、キミなら大丈夫だよ」
 セララとジェックがアウラスカルトの背を押した。
「ねっ、アウラさん。アウラさんはケーヤさんにどうなって欲しいの?」
 ナイフの刃を握り、振り返らないまま花丸が問う。
 一滴、また一滴と赤が滴る。
「名前を呼んで、伝えてあげて。きっと大丈夫だから」
 立ちすくんでいたアウラスカルトが、ケーヤの元へゆっくりと三歩近づいた。

「……」
「……」
「……ケーヤ」
 その言葉に、ケーヤの背が震えた。
「初めて」
「……」
「名前、呼んでくれたの」
「悪かった」
 一行が見守る中、二人の言葉はそこで途切れる。

「ケーヤはアウラちゃんに有象無象としか認識されなかった」

 セララの言葉は、凛烈の峻厳そのものだった。
 ケーヤの唇が震え、室内の空気が一気に冷え込んだ気がする。

「……そう、だよね。やっぱり……」
「だから人間をやめてベルゼーと同じ魔種になればアウラちゃんと友達になれる」
「……」
「そんな想いがあったんじゃないかな」
「わかってた、から」
 大粒の涙が浮かび、零れた。
「そんな、こと。とっくに」
 花丸が握りしめたままのナイフから手を離し、ケーヤは嗚咽しながら座り込む。
 アウラスカルトの友達ではなかったのだ。ケーヤは。
 その想いは、ただの一方通行だった。
 だからアウラスカルトも肯定しなかった。
 竜はおかしな所で律儀だ。そういう嘘をつかない。
「だけど、魔種になる必要は無いんだよ」
「……」
「今のアウラちゃんはケーヤの名前をきちんと覚えてるし、ケーヤの事を名前で呼んでくれる」
 ケーヤが涙まみれの、くしゃくしゃな顔をあげる。
「ケーヤ、戻ってきてよ。そして皆で友達になろうよ」
「私なんかが」
「今日この時より、ケーヤ。汝を友と認める」
 アウラスカルトの言葉に唇を戦慄かせ、ケーヤはとうとう大きな声で泣き出した。

「ごめん、ごめんなさい。どうして私……」
 数分の後、泣きはらした腫れぼったい目で、ケーヤは一行を見上げた。
 けれどその表情に、もう暴食の狂気は感じられなかった。
「ケーヤさまの事は詳しく存じ上げません、が、お家の様子を見れば、伝わります」
 メイメイが床に手をついたままのケーヤを、椅子のような段差へ座り直させた。
「……アウラさまの事をどれほど大切に思っていたか、を」
「……」
「ずっと一緒と思っていたものが、離れてしまって……」
「…………」
「寂しくて、哀しくなってしまうのも、少し分かります」
「私、でも、こんな、こんなことして、ごめん、なさい」
「こんなの何でもないよ、ほら」
 花丸が手を広げると、スティアの術で血はすっかり止まっていた。
「変わってしまった、といえば、そうなのかもしれません、が」
「……」
「ケーヤさまも共に、アウラスカルトさまの力になっていただけません、か」
「……いいんですか、私……なんかが」
「ねえ、アウラスカルトちゃんのことは好き?」
 スティアが目線を合わせ、話し出す。
「はい」
「そして好きな人のことは信じられる?」
「……はい」
「だったら迷うことはことはないよ。
 誇り高き金嶺竜が悪い人達と仲良くなんてしないと思わない?
 自分達のことをそういうのはちょっと恥ずかしいけどね」
 そう言って笑う。
「もし信じられないなら目を見てお話しよ!」
 ケーヤは、スティアの瞳に宿る天真爛漫な輝きをじっと見つめた。
「そうすれば嘘をついていたらわかるよね。だから心を落ち着けて気を強く持って」
「……皆さん、優しいんですね。里おじさまみたい」
 その表情は酷く寂しげで、けれど憑きものがおちたようにも見えた。
「……嫌なことはちゃんと、嫌っていってたまには吐き出して」
 アーリアがケーヤの両手を取る。
「そうして、欲しいものをちゃんと言うのがおねーさんのおすすめよ」
「……はい」
「例えばそれが愛されたい、なら――手を伸ばして、その手に彼女が手を伸ばしてくれるなら」
 そしてその手を引き、ゆっくりと抱きしめた。
 温かな体温が、冷え切った少女の身体を包み込み――

「ちょっとゆっくり休ませてもらおうか」
 ケーヤを引き戻すことには成功したが、憔悴はしている。
 ゆっくり休ませ、栄養のあるものを食べて貰わなければならない。
 そんな花丸の提案にスティアが頷き――
「……リーティアさま、どこへ?」
「え」
 一行が辺りを見渡した。
「居ます居ます! ここです!」
「あ、いらっしゃいました!」

 それから一行は温かな料理を作り、ケーヤと共に食卓を囲むことにする。
 今日戻るのはかえって危険だろうから、明日の朝出立することにしたのだった。

成否

成功

MVP

セララ(p3p000273)
魔法騎士

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 ケーヤは無事に原罪の呼び声の影響から解放されました。
 以後、ケーヤはイレギュラーズとの絆により、原罪の呼び声への強い耐性を持ちます。

 また女神の欠片『金竜像』を入手しています。
 それとリーティアの家はちょっとした拠点として活用出来そうです。

 MVPはケーヤに現実を直視させた方へ。

 この日の夜の出来事は、近日TOPへ。

 それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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