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シナリオ詳細

<黄昏の園>灰鳴の毒

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 柔らかな陽光と優しく吹いてくるそよ風が頬をくすぐる。
 六対の白き翼を広げ、蒼穹の空を往くのは『白翼竜』フェザークレスだ。
 上機嫌に鼻歌を歌いながら、自らの住処へと帰って来る。
 人の文明を真似て作られた竜種の里『ヘスペリデス』はピュニシオンの森、『ラドンの罪域』を越えた先にある風光明媚な場所である。

「へへ、ほめてくれるかな」
 人間の姿となったフェザークレスは神殿のような建物へと降り立ち、石畳の上を歩いた。
 大きな石を並べたその建物は、人の世界にあるものよりも大雑把だったけれど、フェザークレスはこの場所が気に入っていた。
「……おかえり、フェザークレス」
 神殿の奥から男の声がして、フェザークレスは顔を上げる。
 雛が親鳥を見つけたみたいに、嬉しそうな笑顔で男の元へと走り寄った少年竜。
「ただいま、ジルヴィルム」
 視線を上げれば青い瞳が優しく細められた。
「今日は何処へ散歩に行ってたんだ?」
 フェザークレスを軽々と抱え上げ高い高いと振り回すジルヴィルム。
 彼は『灰鳴竜』ジルヴィルム。将星種(レグルス)である。

「今日はね、ラドンの罪域に人間が来てるって聞いたから……」
「何だって?」
 今まで優しかったジルヴィルムの表情が険しくなった。
「だからね、危ないから追い払おうとしたんだよ」
 フェザークレスを地面に降ろしたジルヴィルムは彼の言葉を真剣に聞き入る。
「うん、それで追い払ったのか?」
「……えっと、殺すのはしてないよ。人間達も僕の眷属を殺さなかった。だからね、僕も『ごめんなさい』って謝ったし、前に……練達で暴れちゃったから」
 しどろもどろになって、段々と声が小さくなるフェザークレス。
 良い事をしたはずなのに、何だかジルヴィルムの表情が硬い。

「六竜ともあろうものが、人間に絆されたのか」
「……っ」
 絆された。確かにそうなのだろう。人間に罪を指摘され、素直に申し訳ないと思った。
 だから、謝ったのだ。
「でも、ジルも人間の街に行って遊んでるじゃない」
 フェザークレスの人の姿はジルヴィルムから教えて貰ったものだ。
 上着は大きくて包まれているみたいだし、中の服も動きやすくて気に入っている。
「それはそうだ。相手を知ることは必要だからな」
「だったら、僕も良いよね!?」
「お前の場合はまだ幼すぎる。人間の言葉一つで一喜一憂していては、いずれその力で傷つける時がくる」
 大きすぎる力を持っているフェザークレスが、扱い方を身につけないまま大勢の人間の傍に居れば、やがて爆発して大切だと思う者まで傷つけるとジルヴィルムは首を振る。
「人間と必要以上に馴れ合うのは止めるんだフェザークレス」

 ジルヴィルムの険しい顔にフェザークレスは恥ずかしさと怒りを覚えた。
 褒めて貰えると思ったのだ。
 人間の事を知って、きちんと謝って、殺さずにすんだ。
 前までは簡単に死んでしまう人間を倦厭していた自分が、少し前へ進めたような気がしていたのに。
 フェザークレスの心はぐちゃぐちゃで、どうしようもない感情が爆発してしまいそうだった。
「ほら、泣くなフェザークレス。大丈夫だから。俺が居るから、な?」
 優しく頭を撫でてくれるジルヴィルムの手が今は嫌なものに思えた。
 どうして、どうして、理解してくれないのだろう。

「うるさい! うるさい! うるさい!
 ――――ジルは、僕を生んでもいないくせに!!!!」

「……は?」
 思わず口にしてしまった言葉に「しまった」とフェザークレスは思った。
 ジルヴィルムの青い瞳から『失意』が感じられたからだ。
 謝らないとと思うのに素直になれない恥ずかしさが勝る。それは怒りとなって感情に表れる。
「もう、知らない! 僕はジルの言いなりにならない!」
 ジルヴィルムの失意を振り払うようにフェザークレスは翼を広げ飛び立った。
「おい、フェザークレス!」
 空へと舞い上がったフェザークレスを追いかけようとして、ジルヴィルムは一歩二歩と進み、止まる。
「……」
 確かにフェザークレスを生んだのは自分じゃない。それは事実だ。

 フェザークレスの母竜は彼を産み落として命を使い果たした。
 将星種が天帝種を生む誉れを持って『ジルヴィルムの姉』は旅立ったのだ。
 だから、たった一人残された卵のフェザークレスの世話を焼いたのはジルヴィルムだ。
 生まれたばかりのフェザークレスの面倒を見たのも、人間の姿を教えたのも全部――

 ジルヴィルムはその場に立ち尽くす。
 姉が残した大切な宝物。
 きっと、見たかっただろう。歩き出す姿を、一生懸命走る姿を、大空を翔る姿を。
 六竜が一翼。『白翼竜』フェザークレスの名が轟くのを。
 はぁ、とジルヴィルムは溜息を吐いた。
 子供が母を追い求めるのは自然の理だ。何も不思議では無い。
 だからこそ、ジルヴィルムなりに愛情を注いできたつもりだった。
 幼い子供では無くなって、自立した大人になろうとしているのも理解できる。
 けれど、至極単純に。「生んでもいないくせに」という言葉は刺さるとジルヴィルムは唇を噛んだ。


 覇竜領域のピュニシオンの森の先。
 鬱蒼としたラドンの罪域を抜けたその先に楽園は広がっていた。
『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスが竜種と人の架け橋となるべく作り上げた場所。
 その地の名を『ヘスペリデス』と言う。
 ラドネスチタによる『選別』をうけ、イレギュラーズが辿り着いたのは『ヘスペリデス』と竜種達の呼ぶ緑豊かな場所であった。
 人の営みを真似して作った遺跡は不格好。咲く花はデザストルの特有の名も知らぬ花であっただろう。
 風光明媚なこの場所は、いつかは滅びに向かうのだと『花護竜』テロニュクスは告げる。
 冠位暴食への手がかりを探さなければならない。彼が、全てを喪ってしまう前に――

「というわけで、俺達はこの『ヘスペリデス』の探索をすることになった」
 イレギュラーズの前で強気な笑みを浮かべたのは灰耀(カイヤ)という亜竜種の青年だ。
 彼はフェザークレスと交流のあった灰蓮(カイレン)の子孫である。
 その隣に凜とした佇まいで立って居るのは白翼竜を讃えた剣の精霊ウィール・グレスだ。
「探索といっても、かなり危険なのでは?」
 ヴェルグリーズ(p3p008566)はカイヤを心配そうに見つめる。
「見晴らしは良いですが、その分上から狙われそうですね」
 青い空を見上げたユーフォニー(p3p010323)は亜竜や魔獣の姿がないか目を凝した。
「まあ、用心するに越した事は無い。しかし、探索と言っても何を探せば良いのか?」
 如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の言葉にニル(p3p009185)も首を傾げる。

「まずは、このヘスペリデスでの安全な拠点を確保、かな?」
 スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の問いかけにカイヤは頷いた。
「ああ、ユーフォニーが言ったように見晴らしが良い分狙われやすいからな。探索するにしても拠点が無ければ始まらない。その拠点になりそうな良い場所を探すのも我々の役目だ」
「じゃあ、なるべく戦いは避けたいですね」
 ニルは心を落ち着かせる為に杖を握り締める。
 ここは竜の住処だ。いつ、空から竜が降ってきてもおかしくない。
 嫌な胸騒ぎがしてニルは蒼穹の空を勢い良く仰ぐ。
「ぁ……!」

「良い勘をしているな、小さき者よ」
 ニルの瞳に映りこんんだのは、灰銀の翼を広げた『竜種』だった――

GMコメント

 もみじです。フェザークレスの兄貴分が登場です。
 優先は関係者とアフターアクションを頂いた方につけています。

●目的
・『灰鳴竜』ジルヴィルムの撃退

●ロケーション
 覇竜領域ピュニシオンの森の先『ヘスペリデス』が舞台です。
『ラドンの罪域』を越えた先に存在している風光明媚な場所です。
 柔らかな日差しと草花が咲き乱れ、優しいそよ風が吹いています。
 開けた場所ですので、足場などに問題はありません。

 探索の途中で空から『灰鳴竜』ジルヴィルムが下りて来ます。
 追い払おうとしてきます。

●敵
○『灰鳴竜』ジルヴィルム
 将星種『レグルス』であり、『白翼竜』フェザークレスの兄貴分です。
 フェザークレスの母竜は将星種であり、ジルヴィルムの姉でした。つまり叔父甥の関係です。
 将星種の母竜は天帝種であるフェザークレスを生んだ時に死亡しました。
 卵から還る前からフェザークレスの世話を焼いており、親でもあり兄弟でもあります。

 ベルゼーの事を尊敬しており、人間に絆されているフェザークレスを窘めています。
 人間を知る事は大切であるが必要以上に近づいてはならないと忠告しました。
 フェザークレスは拗ねました。
 何故ならジルヴィルムが時折、人間の姿になって人の街で遊んでいるのを知っているからです。

 ヘスペリデスへ入って来た人間を追い返そうとします。
 積極的に殺害するつもりはありませんが、竜の里に入って来たのは人間の方なので死んでも仕方ないと思っています。出来ればあまり怪我も無く帰ってほしいとは思っています。
 人の姿を取ります。人間の言葉を聞こうという姿勢を見せます。
 そうした方が人間を知る事が出来るからです。
 力でねじ伏せる事を好みませんが、抑止力の重要性を理解しています。
 だからこそ、竜と人との馴れ合いに難色を示します。
 これ以上フェザークレスや竜種の里に関わるなと諭すように訴えてきます。

 話しが通じるけれど考え方が違う竜と、どう話して、どう戦うのか。
 それをジルヴィルムもフェザークレスも見ています。
 ただ、力でねじ伏せるだけの粗暴な人間とは相容れないと考えているのでしょう。
 何故ならヘスペリデスは竜種の里なのですから。

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 戦闘能力は将星種『レグルス』の名に恥じぬものです。
 鋭い爪や牙、尾での攻撃は元より、毒性の強い霧を発生させます。
 その霧は粘膜に触れると発火します。目や口の中、肺や傷口などに注意です。
 ------

○『白翼竜』フェザークレス
 天帝種『バシレウス』の六竜のひとり。
 近くに気配がしますが、戦う意志は感じられません。

 練達を襲撃した竜のひとりです。
 慕っているベルゼーに言われるまま練達の人々を攻撃しました。
 子供故の素直さだったのでしょう。

 けれど、子供だからこそ考え思い悩みます。
 至った考えは『人間は脆いから嫌いだ』というもの。
 脆くなければ死ななかった、悪いのは脆い人間だ、と考えるようになりました。
 自分が正しいと肯定するのは生き物として自然なことでしょう。

 でも、どこか迷いがあります。
 それは幼い頃に『灰蓮(カイレン)』という人間との交流があったからです。
 幼いフェザークレスは彼の生涯に寄り添いました。
 人間なんか嫌いだと遠ざけているのは、すぐに死んでしまう悲しさがあるからなのでしょう。

 前回のイレギュラーズとの戦いで自分の罪を認め、「ごめんなさい」と謝りました。
 人間との距離感はまだ分かりません。なので、今回は様子を伺っています。
 灰耀(カイヤ)の事は気に掛けている様子です。

 ジルヴィルムについては育ててくれた感謝と親離れしたい気持ち、気まずさと反抗期が合わさって複雑な思いを抱いています。つい先日も暴言を吐いて後悔しています。

●味方
○灰耀(カイヤ)
 灰家の耀。亜竜集落『クレステア』に住んでいる。村長の息子。
 フェザークレスと交流のあった祖先灰蓮(カイレン)に瓜二つ。
 面倒見が良く冷静沈着な兄貴分だが、時折やんちゃな所がある。
 自分の身は自分で守れる程度には戦えます。

○ウィール・グレス
 刀や剣の逸話が交ざり具現化した伝承の精霊。属性は風。
 元はクレステアの鍛冶師が打った剣でした。
 フェザークレスの美しさと強さを讃える為に作られた剣なので、彼を貶すと刃が飛んでくるらしい。
 最近は温厚になったとか。
 自分の身は自分で守れる程度には戦えます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <黄昏の園>灰鳴の毒完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月18日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
シラス(p3p004421)
超える者
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ


 瑞々しく茂る草原は、遠くの地平線まで若草色を纏っていた。
 草の上に散りばめられた花とのコントラストは美しく、見惚れてしまいそうであった。
「こんな綺麗な場所が滅んでしまうのは嫌だなぁ」
 ぽつりと零した『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は目の前に広がる風光明媚なヘスペリデスをぐるりと見渡し眉を下げる。
「それに琉珂ちゃんの叔父様の手掛かりも掴まなきゃ!」
 大切な友人の為にもスティアはここまでやってきたのだ。

 スティア達の頭上から現れた『灰鳴竜』ジルヴィルムは翼を広げゆっくりと草原へ降り立つ。
『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は人間の姿をした竜をじっと見つめた。
(あの者がフェザークレス殿の育ての親でござるか)
 灰銀の翼を折りたたみ、咲耶達を観察しているジルヴィルム。近くには『白翼竜』フェザークレスの気配もあると咲耶と『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は頷く。
 フェザークレスは一体何処へ行ったのかと首を傾げる咲耶に、以前と同じように様子を伺っているのだろうとヴェルグリーズは囁く。
 目の前に佇む灰銀の竜を見つめ、ヴェルグリーズは息を飲む。
 一筋縄では行かないであろう相手だ。慎重に、あくまで穏便に事を運ばねばならないだろう。

「――何をしに来たのだ人の子よ。此処は竜が住まう黄昏の園。濫りに人の子が来て良い場所ではない」

 静かな、されど地の底から響く様な『竜の声』が『あたたかな声』ニル(p3p009185)の耳に届いた。
 腹の底が恐怖で震えてしまいそうになるのを押さえ、ニルはジルヴィルムに顔を上げる。
「はじめまして、ニルです。フェザークレス様に似たひと……あなたは誰ですか?」
「……我が名はジルヴィルム。気高き将星種(レグルス)の灰鳴の竜だ」
 名乗りを上げるその声すら圧倒されてしまう。唯の人間であれば逃げ出してしまう程の重圧感。
 種族の違いを感じさせるとニルは息を飲んだ。
「何事もまず挨拶からですね……初めまして、ユーフォニーです!」
 ニルの隣から一歩前に出たのは『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)と『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)だ。
 聞き慣れたユーフォニーの声がじわりと滲んで目眩がする。意識を強く持たねばとセレナは己の身体の変化に拳を握った。竜と向き合わねばならないのだ。烙印になんて邪魔させない。
 セレナは唇を引き結ぶ。ユーフォニーの願い、望み、描く未来の為に。
(わたしだって力になりたいんだから……)
 自分達は侵入者でありジルヴィルムにとって警戒すべき者だという認識は違えてはならないと『竜剣』シラス(p3p004421)は拳を握る。この場に置いて、言葉は刃よりも思い意味を持つのだ。
 誠意を持って対話をしなければと慎重に相手の出方を伺うシラス。

『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)はフェザークレスの気配を感じながら、目の前のジルヴィルムを見つめる。
 安易に子離れできないという意味では、竜も人も変わらないのであろう。
「さて……帰れと言われて、はいわかりましたと帰るなら、はるばる竜種の里になんてこないなんざわかるだろう。別に、竜種の里を同行したいというわけじゃない」
 エイヴァンはジルヴィルムが攻撃を仕掛けてこないのを確認してから言葉を紡ぐ。
「ただ、あの男をこのまま放っておくわけにはいかない」
「あの男?」
「ベルゼーさ。もはやこれは竜種だけの問題じゃない。覇竜に住む全ての種族、そして何より、ベルゼー自身のための戦いだ」
 エイヴァンの言葉に「ふむ」と一呼吸置いたジルヴィルム。少しだけ威圧感が薄くなった。
「フェザークレスと竜種の里に関わるな、と言いたい所だが……理由無く此処へ立ち入った訳ではないというのだな? 探索したいから通せと言われれば、即刻追い出していたぞ。そのような理由で自らの『家』を踏み荒らされるのはお前らとて嫌だろう?」
「まあ、そうだな」
 ジルヴィルムの問いに、エイヴァンは自分の家を見知らぬ冒険者たちに土足で踏み荒らされるのを想像して「それは遠慮したいな」と応える。

「ふぅむ……たしかに、ここに踏み込んだのは僕たちなんですが」
 エイヴァンとジルヴィルムの会話を聞いていた『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が空中でビチビチと跳ね飛ぶ。
 甘い匂いがジルヴィルムの鼻腔を擽る。美味しそうだと目を細めるジルヴィルム。
「しかしながら、竜の方々は何というか、こう。……僕あんまりちゃんと会話してくれる竜と会った記憶ないんですよね。即戦闘じゃないだけでも少しありがたいものです」
「そうだな。竜と人とは相容れないものだと思っている竜は多い。俺も相容れない方がいいと思っている。例えば目の前に飛んでいたり這っている虫を殺したことは無いか? 即座に害が無いのに。そんな風に人間を見ている竜は多いんだ」
 ベークは美味しそうな見た目をしているが海種である。産まれ育ったのは海で陸の事はあまり詳しくない。けれどヘスペリデスが綺麗な場所だというのは分かる。
「こうやって話を聞こうと思ったのはなんでです? なんというか……僕があった中だと珍しいんですが。なぜ、人間に歩み寄ろうとしているのですか?」
 ジルヴィルムがベークたちに聞く耳を持っているのはわかるけれど、此方から訴えかけるだけでは会話ではないと思うから。ベークは誠実に、思ったことをそのまま口にした。
「俺はお前達を……そうだな、ウサギぐらい可愛いものだとは思っている。出来れば傷つけたくないしこのまま人間の住む場所へ帰って欲しいと思っている」
 ジルヴィルムはたいやきの匂いがするベークをじっと見つめる。
「……僕みたいなふざけた見た目の奴が何言ってるんだとか言われたら、その。困るんですが」
「もしかして、頭を分け与える感じの種族か? 親交のための餌付け的な?」
「あー、餌とかじゃないんですよね。望んでなった姿でもないので」
「ふむ? 少しだけなら大丈夫じゃないか?」
 首を傾げたジルヴィルムは悪戯な笑みで舌をぺろりとしたあと「冗談だ」と口角を上げた。

「話す気があって出向いてくれるならありがたい」
 余計な戦いを避けられるのは好都合だと『老兵の咆哮』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はジルヴィルムへ「話し合い」を持ちかける。
「まあ、侵入者を出て行かせたいのは当然だわな」
 家の中を土足で踏み荒らされるのを良しとする家人は居ないだろう。
「だが、そうだな……流石にあの遺跡人の技術真似るにしてはこことは不格好すぎねぇか?」
 バグルドはジルヴィルムの後方にある遺跡を指差す。
「人間はお前さんらにとっちゃ粗野粗暴で脆い、なんてことない生き物だろう。実際正しいしな」
「まあ、似せてるといっても大雑把にしか作れないからな」
「だが本職の腕ってありゃすげぇぜ、あんな無骨な手で繊細なものを作り上げる。見たことぐらいはあるんじゃねぇか? そういう職人がいれば絶景にぴったりな神殿なんかもできると、俺ァ思うんだが」
 バグルドの言葉に「その意見は正しいな」とジルヴィルムは頷く。
 大雑把なものより繊細で美しいものの方が好みではあるのだ。
「だが、ここまでの道のりの危険度を考えると。戦えぬ者を連れてくるには些か厳しくはないか?」
 亜竜や魔獣が蔓延る覇竜領域ピュニシオンの森の先『ラドンの罪域』を越えた場所にヘスペリデスは存在する。イレギュラーズなら危険を潜り抜けここまで到達出来るだろうが、腕の良い職人を数人連れて来た所で大がかりな物は作れない。
「今はそうかもしれねえ、だが俺達は今まで亜竜種とすら交流ができなかった。それが今じゃ交友を持っている。なら竜種ともできるし、ここに人の手を入れられるかもしれんじゃねえか。無論いざこざも増えるかもしれん禍根も消えんだろう、だが変わり始めた以上止められん。ならいい方に持っていきたかねぇか?」
 バグルドの意見に耳を傾けていたジルヴィルムは「ああ、良い方向へ向かうのが望ましい」と頷く。

 とにかく、まずは話しを聞くところからだとヴェルグリーズはジルヴィルムの前へ立った。
「はじめまして灰銀の竜殿、俺はヴェルグリーズ。剣の精霊だよ。本来はこんな姿ではないんだけれど……どうぞよろしくね」
「ああ」
 ヴェルグリーズが何を話すのか、ジルヴィルムはじっと彼の目を見つめる。
「俺達もここへ来たのには理由がある。例え竜種相手とはいえ、出て行けと言われて素直に出ていくわけにはいかないかな」
 此処から引く事は出来ないのだ。自分達が掴み取らねばならない未来があるのだから。
「さっき、フェザークレスや竜種の里に関わるなと言っていたよね。何故そこでフェザークレス殿の名前が出てくるのかな。もしかしてキミはフェザークレス殿の友人か何かかな?」
「フェザークレスを生んだのは俺の姉だ。将星種だった姉はより上位である天帝種のフェザークレスを生んだ時に死んだ。だから俺はあいつが卵の時から面倒を見ている」
「……なるほど育ての親、キミはフェザークレス殿を心配しているんだね」
 卵ということはジルヴィルムが暖めたのだろうか、とベークは思ったが口には出さなかった。
 ベークは首を振ってヴェルグリーズの話に視線を戻す。
「うーん……俺も今、子を育てている最中だけど難しいよね。親はとても心配だけれど、子はどんどんと先へ行ってしまう。時には怪我をして帰ってくるんじゃないかと心配する日だってある」
「お前も子育て中か……そうか、心配だよな」
 ヴェルグリーズの言葉に共感するように頷くジルヴィルム。
「けれど、何かを『知る』ということは『痛み』と共にあるんじゃないかと思うんだ」
「痛みか……」
 親がどれだけ語って聞かせても、思惑通りになんてならないものだ。
「子供達は親の手が届く範囲から飛び出していく。そして自分で経験して初めて世界の形を『知る』んだ。誰かの成長を見守るというのは、それを受け入れる覚悟をすることなんじゃないかな」
「…………ふむ、確かにその通りなのかもしれないな」
 重く憂う溜息を吐いたジルヴィルムは、纏っていた緊張を解いて大きな石の上に腰掛ける。
「とはいえ、俺も親としてはまだまだ未熟だけれど。本当に子供達からは教えられてばかりで……ってそれはまた別の話」
「俺は教える事に目を向けすぎていたのかもしれんな……」

 少し険の取れたジルヴィルムにニルは勇気を出して近づく。
 その隣にはカイヤの姿もあった。
「お前は、フェザークレスの大事な子……の子孫か。随分と似ている」
「知っているのか? カイレンを?」
 カイヤの問いかけにジルヴィルムは頷く。
「一度だけ見に行った事がある。友達(カイレン)の話を、何度も何度も聞かされたからな。大事に大事にしてた。だが、どれだけ寄り添おうとも寿命には勝てないものだ。友達を亡くしたあの子は、ずっと泣き続けていたよ。もう、人間なんか嫌いだと言い出して……やはりヴェルグリーズの言うように子育ては難しいな」
 ニルは警戒しながらも一歩、一歩ジルヴィルムに近づく。
「ニルは、戦いに来たのではないのです。ここを荒らしに来たのでもないのです」
 ヘスペリデスを守りたいという意志を示すようにニルは杖から光の結界を周囲に廻らせる。
「ここは竜のみなさまのだいじな場所。ニルたちは、傷つけに来たのではないのですもの」
「ふむ……小さき者よ、良き心がけだ」
 ジルヴィルムはニルへ傍に来ても構わないと指し示した。
 緊張のままニルはジルヴィルムと同じ石の上にちょこんと腰掛ける。
「えと、その……ニルは、フェザークレス様の『かなしい』がいやです」
「フェザークレスの?」
 その問いはジルヴィルムとカイヤ両方の口から零れた。
 フェザークレスはニルの大切な友人であるテアドールを壊した事がある。
 怒りは理解出来ようとも、悲しいことが嫌だなんて、どういうことだとカイヤは首を傾げる。
「ジルヴィルム様も家族が……フェザークレス様がかなしいのがいやで、だから、ニルたちと一緒にいない方がいいって思うのですか?」
「……そうだな。あの子が毎日泣き続けたのを、もう見たくないとは思う」
 人の命は短い。親身に寄り添えば失った時に心に傷を負う。
「ニルのもやもやは全部なくなったわけではないけれど、ごめんなさいって言葉をニルは忘れない」
 練達の国やテアドールを壊してしまったことは忘れてはいけない。でも、それでも。
「ニルはフェザークレス様のこと、もっと知りたいのです。それに、フェザークレス様にも、ニルのこと知ってもらいたい……仲良くなれるように。一緒にいられるように、なりたいから」
「なるほどな、お前達のような者だからこそ。フェザークレスも絆されたのか……」
 ジルヴィルムはニルの言葉に顎に手を当て考え込む。

 セレナは竜種の里を見渡し目を細めた。
「……美しい場所ね、ヘスペリデス。きっと、とても大切な場所なのね」
「そうだな。ここは人が居ない場所だ。踏み潰してしまう心配もない。無為な軋轢も無い」
 ジルヴィルムはセレナを真っ直ぐに見つめ応える。
「ジルヴィルム……さん。竜と人とが関わる事を厭うのは、その差が悲劇を生むと知ってるから?
 それを……味わって欲しくないから?」
 命の長さ。それは竜と人とが関わる上で避け得ぬものだろう。
「ああ、フェザークレスは大切な子を喪って、ずっと泣き続けていた」
 ジルヴィルムが悲しげに視線を落すのを見てセレナは「そう……」と眉を下げた。
「わたしには姉妹がいるの。例え血の繋がりが無くても、大事な絆なの。
 ……竜にも、近いものはあるのでしょうね。貴方の顔を見れば分かるわ。家族の絆……大切な想い。それが拗れて、壊れてしまうのは、辛いと思う。だから、大事にしたいと思うの」
 これがセレナが此処にきた理由なのだ。
「お前達の心は理解した。家族を想う気持ちも、竜と人でそう変わるものではないのも、分かっている。
 ただ、再び『我が子』の泣き濡れた顔を見たいかと問われれば、『応』と答える親は少ないだろう」

 ――だから、竜と人とは必要以上に関わるべきではない。
 ジルヴィルムは思考を巡らせ、思い悩むように溜息を吐いた。
 高い知能を有する竜とて、迷いがあり苦悩するのだとセレナは瞳を瞬かせる。
 エイヴァンやヴェルグリーズも同じく親である。その苦悩は手に取るように分かってしまうのだ。

「人と竜は必要以上に関わり合うべきではない、同感だよ。竜の里についても勿論だ」
 ジルヴィルムを真っ直ぐに見つめるシラスの声がヘスペリデスの草原に跳ねた。
「生物としての在り方が違う。通じ合うには人の一生涯をかける覚悟が要るだろう」
 シラスの言葉に興味を惹かれるように顔を向けるジルヴィルム。
「しかし、俺達の目的はベルゼーだ」
「ふむ……」
 ジルヴィルムはシラスへ次の言葉を促す。
「あれは竜ではない。 冠位魔種は滅びそのものだ、側にいたなら理解していると思うが。これにはベルゼーの意志は関係ない。竜が竜であるように、人が人であるように、彼は生まれついた破滅だ」
「……」
 考え込むように視線を落したジルヴィルム。人間はそこまでの情報を既に得ているのだろう。
 武器を外した咲耶はシラスの隣へと並び立った。
「拙者達がここに来た理由はベルゼー殿の暴走を止める為の手段を探す事、その為の拠点を探す為にここに参ったのでござる。どうか協力しては頂けないでござろうか」
 人間にとって危険な場所であるヘスペリデスでの拠点の確保は重要な項目である。
 それは、より深くへと潜る為の中継地点にもなると咲耶はジルヴィルムへ告げた。
「人が頼りなく見える事は致し方ない事だが足りぬところを技術で補う種族でござる。お主のその服装も人の努力から生まれた物。故に人と竜の力を合わせればお互いに共存する事も可能だと思うのでござる。この竜の里の本来の目的もその為だった筈」
 箱庭のようなこの場所で、竜と人とが共存することが出来るなら……それは夢物語のように思えた。
 実際の所、此処は人間にとって危険な場所であるのだ。
「困難や失敗も沢山あるだろうが竜も人も失敗と共に学んでいくのは変わらないと思うのでござる。拙者達と話しフェザークレス殿も己の過ちに向き合って下さった。今の彼の決意を拙者は信じたい。どうかお主も信じてあげて欲しい」
 咲耶はあの時泣いていたフェザークレスを思い出し、目頭が熱くなるのを覚える。
「もし彼の事で何かがあってもその都度必ず拙者達が受け止めてしんぜよう。それが友というもの。良ければその輪にお主も加わってくれぬか」
 ジルヴィルムの心にも咲耶の気持ちは届いただろう。

 そんなジルヴィルムの心の動きをスティアは彼が纏う威圧感の大きさで把握する。
 言葉で解決出来るなら、分かって貰えるなら戦わなくても大丈夫。
 竜種と敵対したい訳ではないのだ。種族が違ってもスティアは通じ合えると信じている。
「私達はベルゼーさんを止める為に来たんだよ。冠位暴食として滅びの道を歩むのを見過ごせないって言った方が良いのかな? この綺麗な場所がなくなってしまうのも悲しいし、何より友達がベルゼーさんの事を心配しているのが理由かな! 暴走を止めて、皆の元に連れて帰る!」
「友達とはフリアノンの里長か。ベルゼーが気に掛けている」
「そう! やっぱり友達が心配してるなら、私も気になっちゃうからね」
 大切な人が憂う顔は誰だって見たくないと思うだろう。
「何か規則とか作法があるなら従うし、少なくても中立を保って貰えないかな?
 敵対する理由も特にないと思うんだよね。それに今ならサービスで美味しいご飯もつけちゃうよ」
 スティアの言葉にジルヴィルムが僅かに微笑んだ。

 ユーフォニーは深呼吸をしてジルヴィルムの元へ歩み寄る。
「ベルゼーさんを助けたくて来ました。女神の欠片を集めるため、ヘスペリデスへ立ち入ること、認めて頂けませんか」
 ジルヴィルムはベルゼーを大切に思っている。それは紛うこと無き事実であろう。
「傲慢と思われるかもしれませんが……ベルゼーさんを助けたいという意思においては同志なのではないのでしょうか。元々魔種なら反転すれば普通の竜種か亜竜種になるかなって考えているんです」
「それは世迷い言、と捉えていいものか? 冗談を言いに此処まで来たと?」
 ユーフォニーは首を振って冗談ではないと否定する。
「……荒唐無稽な野望ですね。でも、今日ここに来れなかった仲間とも本気で考えてます。生半な覚悟でこんなこと言いません。私、この世界がだいすきです! 最終的に抗うのはこの世界の滅び、魔種は倒さないといけない……でも彼は竜種、亜竜種、沢山のひとの「大切」です」
 ユーフォニーはしっかりとジルヴィルムに深い海の色をした瞳を上げる。
「無理難題も分かってます、練達を襲わせたりしたので特異運命座標全員が賛成でもないでしょう。フリアノンも彼が魔種と聞いた今、純種になったところで受け入れてくれるかわかりません。それでも彼が望んでくれるなら諦めたくはない。大切の「大切」を……だいすきな世界を守りたいから」
 祈るように胸元でぎゅっと手を握ったユーフォニーは、近くに気配のするフェザークレスへ語りかける。
「フェザークレスさんもいますか? 手を取ってくれたのすごく嬉しかったです!」
「……!」
 近くの茂みからフェザークレスの姿が現れる。少年の姿をした白翼竜はユーフォニーの声に耳を傾けた。
「あの時種族の差はあっても心は同じなのかなと思いました。ジルヴィルムさんのフェザークレスさんへの想いも大切にしたいです。私たちはフェザークレスさんを悲しませたりしません」
 ユーフォニーの言葉で、気恥ずかしいような嬉しいような感覚がフェザークレスを包む。

「ユーフォニーの考え……ベルゼーを反転させる狙いに、わたしは同調する」
「俺もだ」
 セレナとバクルドがユーフォニーの傍に並んだ。
「正直ユーフォニーの考えは荒唐無稽で夢物語だと俺も思う」
「それは、否定しない。無理難題だとも承知している。でも、それを覆す為に出来る事はしたいの。僅かな望みでも掴み取る為に。わたしはそれを望むこの子の……『家族』の力になりたい」
 セレナはユーフォニーの手をそっと後ろから握る。
 ユーフォニーにとってセレナの指先の温かさは安堵を覚えるものだった。
「誰かにとっての大切が犠牲になる。そんな未来が厭なのは誰だって、竜だって同じ筈……と考えるのは、人としては傲慢かしら」
 戦わずこうして対話出来ているのだ。同じ方向を見ることだって出来るとセレナは信じたいと訴える。
 バクルドはセレナの言葉に思いを乗せる。
「俺は放浪者だ。何もしなけりゃこの絶景が殺風景になっちまう、大切なものも無くなって大切な誰かすら失う。最後にゃ自身も喪う」
 それで、あんたと同じ親だ、とバクルドはジルヴィルムへ笑って見せる。
「血が繋がってないがな、亜竜種の娘だ。両親を亡くしてんだ、そいつに見たことない景色をたくさん見してやるって言ったんだ。これ以上失くさせたくねえしそれ以上を見せてやりてえ。だから賭けてみても良いんじゃねえか?」
 ユーフォニーの願い。
『――元々魔種なら反転すれば普通の竜種か亜竜種になるかなって考えているんです』
 その言葉を反芻しながら、ジルヴィルムは眉を寄せる。
「それは成し得ない」
 ジルヴィルムは悲しげに首を振る。それが願えるのなら何れだけ良かっただろう。
 それこそ、何百人という特異運命座標の命と引き換えにしても、叶わぬ願望だ。
 生まれ落ちた時から原罪であったベルゼーは滅びのアークの塊である。
 竜種や亜竜種に成るというプロセスは無く『戻る』としたら『無』のみである。

 シラスはジルヴィルムへと一歩近づき真摯に言葉を紡ぐ。
「過去にあの権能をどうやって抑えたかは聞いている。数の少ないアンタらだ、人間にしたら大きな街を亡くしたようなものだろう。次はどうする、同じ犠牲で済むと思うか?」
 滅びのアークはどうしようもなく強まっているのに、とシラスは苦しげにジルヴィルムへ訴えかける。
 竜ひとりの命では及ばないかもしれない。
 それでも竜は何人でも捧げるのかもしれないとシラスは拳を握る。
「竜の矜持は知ってるつもりだ、やるといったらやるだろう、尊敬するよ。
 しかし、ベルゼーがアンタらの犠牲を承知しないはずだ」
 だからこそ、ベルゼーは練達や新緑へわざわざ出向いた。竜や亜竜種たちを巻き込まないために。
「そうなった時、デザストルが暴食に飲みこまれたら竜やその眷属はどうなる? きっと世界中に散らばる、無数の人間を踏みしだきながらな。それでも、俺達は無関係で指を咥えて眺めていろと言えるかい?」
「確かに、お前達の意見は正しい。それが出来ないからこそこんな危険な所にまで来たんだろう」
 半端な冒険心などで竜種の里を踏み荒らそうという意志は無い。
 それよりももっと先にある問題に、この小さな身体で立ち向かおうというのだ。
「だから俺達に協力させて欲しいんだ」
「協力か……」
「ベルゼーの腹に飛び込むよりマシな手を見つけてやれるかも知れない」
 シラスの力強い言葉にジルヴィルムは口角を上げる。

 フェザークレスが本当の意味で人間を嫌いになれないのも、元はジルヴィルムが人間の事を慈しんでいるからだ。人間を蔑まず、浸らず、適切な距離を保って見守る。
 それを教えてくれたのは尊敬すべき偉大なるベルゼーだった。
 竜の父。大切な人の暴走を止めたいと、願わぬ竜は居ない。
 人に女神の欠片を集めさせている『彼女』とて、ベルゼーが消えないようにと行動している。
 ジルヴィルムは己の優柔不断さに長い溜息を吐いた。
 自分は女神の欠片など集めさせたくはないのだ。犠牲になるなら父を崇める竜だけでいい。
 人にその役を背負わせるのは、矜持に反する。
 それでも人は、自ら危険に飛び込んで来るのだ。その強い煌めきを、愛おしく思わずにいられようか。

 エイヴァンは溜息を吐いたジルヴィルムの隣にドカっと座り込む。
 余程の胆力が無ければ竜の真横に座るなんてことは出来ないだろう。
 幾多の戦場を潜り抜けてきたエイヴァンだからこそ、竜にも臆さず居ることが出来る。
「竜種には竜種の都合があり、安寧を邪魔されて怒るのは至極当然だ。だが、今の安寧が犠牲の上に成り立っていることも事実だ。今はまだそれでいいかもしれない」
 エイヴァンは蒼穹の空を見上げ、数拍の後にジルヴィルムへ視線を投げた。
「だが、いずれベルゼーの権能は暴走する。その時、あんたたち竜種はまた同じことを繰り返すのか? 竜種を……そしてベルゼーを守るために、また竜種を犠牲にするのか? 仮にその役割がフェザークレスになる可能性があったとしても、『はいわかりました』と受け入れられるのか?」
 エイヴァンの言葉にジルヴィルムは「その時は俺は居ないだろうが」と苦しげに答える。
 子を犠牲にする前に自らがその腹に入るとジルヴィルムは告げた。
「それを、フェザークレスが許すのかって話しだ。なあ、許せるのか、フェザークレス」
 エイヴァンは茂みから顔を出して此方を見ているフェザークレスに問いかける。
「僕は……」
 フェザークレスの前に駆け寄ったシラスは少年竜の手を掴んだ。
「アンタだってベルゼーを助けたいはずだ。ジルヴィルムが腹に入るのだって嫌だろ? 自分が犠牲になるのも。だったら一緒に進もう!」
 ぐいと手を引いたシラスに連れられ、フェザークレスがジルヴィルムの前にやってくる。
 ヴェルグリーズはフェザークレスの背を押すように方を叩いた。
「キミはキミが知りたいことを知るべきだ。例えその先に痛みが待っていようとも。それは罰ではないからどうかキミの道を恐れず進んでほしい」
 そう伝うヴェルグリーズは自身の中に感じる狂気に目眩を覚える。
 誰も傷つけたりしないと強い意思で、ヴェルグリーズはフェザークレスの言葉を待った。

「ジルヴィルム、僕は……」
 白いジャケットをギュッと握ったフェザークレスは戸惑うように視線を落す。
 その背を押すのはスティアだ。大丈夫だと言わんばかりに腕に触れた。
「口煩く感じるかもしれないけど心配して言ってくれてるんだよ。だから言い過ぎたって感じたら謝った方が良いかな?」
『――――ジルは、僕を生んでもいないくせに!!!!』
 そんな言葉を吐いてしまったのだフェザークレスは。
 だから、それを後悔している。
「お母様の愛情が欲しくなる気持ちもわかるけどね……私だってお母様はいないし、お父様も死んじゃったから。でも会えない人を思うより、身近で寄り添ってくれる人を一番に大事にしないと」
 そのことはわかっているんだよね、と問いかけるスティアにフェザークレスはこくりと頷く。
「ならどうすれば良いかはわかるよね? 後は一歩を踏み出すだけ」
 スティアに背を押されジルヴィルムの目の前に蹌踉けたフェザークレス。
 ジルヴィルムの隣にはニルがちょこんと座っていた。
 ニルは石の上から降りてフェザークレスの手を取る。
「かなしいのはいやです。カイヤ様も、フェザークレス様も、ジルヴィルム様も」
 悲しまなくてすむように。この場で戦いが起きないように。ニルは心の底から言葉を伝える。
「ジルヴィルム様とは本当は戦いたくないのです。だって、フェザークレス様の家族ですもの。
 ニルはテアドールが……だいすきなともだちが大怪我をしたんだって後から知って、コアのあたりがくるしくなったのです。家族が傷つくのも、くるしくて、かなしいことだから」
 大怪我をさせたのは目の前に居るフェザークレスだ。大切な人を傷つけられる悲しみも、傷つける辛さも何方もわかるはずなのだ。
「フェザークレス様もジルヴィルム様のこと。大切でしょう」
「うん……」
 スティアとニル、ヴェルグリーズに背を押されフェザークレスはジルヴィルムを見上げる。
「ジル、ごめんなさい。僕、酷い事言った……僕はジルのこと大切だって思ってる」
「フェザークレス……大丈夫、分かってるさ」
 ぽんぽんとフェザークレスの頭を撫でたジルヴィルムは親の顔で微笑んだ。

「命の長さも強さも違ったって。傷つくことと傷つけることをこわがるんじゃなくて。
 そばにいるためのことを、考えたいのです」
 ニルの言葉にフェザークレスはこくりと頷く。
「ジル……まだニルたちを追い払う?」
 ジルヴィルムの服を掴んだフェザークレスは悲しげに瞳を揺らした。
 返答次第では、ジルヴィルムとの戦いになる。ジークとエイヴァンは何時でも動けるように注視した。

「……いや、今日の所は止めておく。意味の無い争いはしたくない。目的も分かったしな。
 もし、次に会うことがあれば戦うかもしれないが……今はその時ではない」
 ジルヴィルムの言葉にイレギュラーズは安堵を覚える。
「ふっ、油断をするなよ人の子よ。此処で気を抜くことは死を意味するぞ。他の竜に見つかれば食べられても仕方が無いぞ」
 積極的に協力する事は無いが、ジルヴィルムが今此処で爪を立てる事はないだろう。
 それはイレギュラーズが掴み取った、戦いの無い無傷の勝利だった。

「ではな、人の子よ。無事に帰れよ」
「ばいばい……」
 ジルヴィルムとフェザークレスは蒼穹の空へと飛び上がり、草原の向こうへ消えていった。

成否

成功

MVP

シラス(p3p004421)
超える者

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ジルヴィルムと戦う事無く、無傷で切り抜けました。お見事でした。
 熱意の籠ったプレイングだったと思います。
 MVPは最も心を打つ言葉を掛けた方へ。

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