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シナリオ詳細

<月眩ターリク>トライアド・インフェルノ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悔恨
 ベーレン・マルホルンにとって、エーニュという組織は手段であったに違いない。
 憎悪。復讐心。そういったものの発露のための組織が、エーニュというそれだった。
 その悪しき心が、目の前の少女を死の淵に立たせているのだということを、今まさに、まざまざと思い知らされてていた。
 月の王国。そのはずれに位置する、エーニュの臨時潜伏所。何らかの遺跡の残骸であろうこのエリア、その建物の一室に、エーニュの名手であるリッセ・ケネドリルの姿があった。気丈な表情を見せているが、しかしその体が魔へと傾いていることは理解できていた。ラーガ討伐を狙い、月の王国へ潜入したエーニュを襲ったのは、気まぐれな吸血鬼による襲撃と、烙印という魔。
 それはエーニュ内部を次々と寝食し、末端の兵士たちを怪物へと変えていった。そして吸血鬼の毒がは、リッセにも及んでいた……。
「大丈夫だ」
 リッセは苦し気に息を吐きながら、言う。
「ペニンドが、治療薬をつくってくれているのだろう」
「あれは」
 ベーレンが、頭を振った。
「そう言ったものではないだろう。私にはわかる」
「そんなことはない」
 リッセが、苦し気に笑んで見せた。
「彼は優秀だ。そして、私の理想を理解してくれた……」
 違うのだ、とベーレンはいいたかった。誰もかれも、リッセに『自分の理想を押し付けている』のだということを、それが自分自身もそうなのだということを、ベーレンは痛いほど理解していた。
 あの金庫番もそうであるし、頭の足りないボクサーもそうだった。皆、リッセを見ているようで、見ていないのだ。誰も彼も、心の中に作り上げた理想像を、リッセという少女に仮託して、いいように使っていた。そしてそれはおそらく、リッセもそうなのだろう。自分の理想を理解してくれている仲間たち、という幻想を、ベーレンたちに勝手に見ていたのだ。
 エーニュという共同体は、そういった『危うい理想と相互理解の誤解』とともに運営されていた。もとより、足場もできていないところに違法建築の塔を建てた様なものなのだ。それがここまで存続できたことは奇跡であり、瓦解することは確定していたようなものだった。
「リッセ。おそらく、エーニュはもう終わりだろう」
 ベーレンは、静かにそうつぶやいた。リッセが、少しだけ目を丸くして、それから嘆息した。
「……私も長くない、というのか」
「そうでなくとも……もともと限界だったんだ。この遠征も、そういったことを考慮しての乾坤一擲の策だった」
 ベーレンは、ゆっくり立ち上がった。
「すまない、リッセ。兵を貸してほしい。オリパンタ・ポッロも連れて行こう」
「どこへ?」
 と、リッセが尋ねる。ベーレンは笑った。
「私のわがままを通してくる。オラクルの後継者を、必ず、この手で」
 それが身勝手な、ベーレンのオリジンだった。リッセは、静かに、うなづいた。
「なら、私も行くよ、ベーレン」
 そういって、立ち上がった。
「拒否してくれるなよ。これは結局、私の始めた事なんだ……」

●襲撃
「ラウリーナのスパイからの報告。そして皆さんが救助したエーニュ兵士からの情報。
 それらを総合するならば、この一帯がエーニュの潜伏先で間違いないでしょう」
 そういうイルナス・フィンナへ、アト・サイン (p3p001394)はうなづいた。あたりは、どうも遺跡を利用して作られた潜伏場所のようだった。一見すれば完全な廃墟だが、注意深く見てみれば、人の生活の跡が見て取れる。
「いよいよか。なんとも、長かったような、そうでないような」
 つぶやく。長らく続いたエーニュとの縁も、いよいよここで終わらせる時だ。
「現状だと、敵に気付かれてないはず」
 レナヴィスカのクエンリィがそういった。周囲にはレナヴィスカの兵士たちがいて、一斉に奇襲を仕掛け、エーニュをせん滅する流れになっていた。
「……待ってください。敵方の動きが妙です」
 そういう、レナヴィスカのポップルの言葉通りに――遺跡一帯がどうにも、騒がしかった。
「……気づかれたのでしょうか?」
 グリーフ・ロス(p3p008615)がそう尋ねるのへ、アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が聞き耳を立てる。
「いや、そうじゃないらしい……なんだ? 兎の獣種が侵入してきた……?」
 そうつぶやいた刹那、アルヴァが苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「……まさか、な」
「なんにしても、やるなら今が好機というか、このタイミングを逃しては、こちらが逆に発見されて、後手に回る可能性がある」
 アルトゥライネル(p3p008166)がそういうのへ、イルナスはうなづいた。
「周辺の雑兵は、私たちで相手取ります。
 ローレットの精鋭は、内部へと侵入。首魁であるリッセ・ケネドリルおよび、上級幹部を確保してください」
「まかせて」
 フラーゴラ・トラモント(p3p008825)がうなづくのへ、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)もまた、うなづいた。
「サクッと解決しましょ。中にはアストラもいるはずよ。あいつと、その部下なら、まだ話は通じるはずだから、できる限り接触したいところね」
「そのあたりはあなた達にお任せします。最善の結果を」
 イルナスがそういって、武器を構えた。ほどなくしてレナヴィスカの兵士たちが遺跡になだれ込むのを確認しつつ、イレギュラーズたちは遺跡の建造物へと突入した。

●兎とアストラ
 熱い。体中の血が、炎と化してしまったかのよう。
 ペニンドに何度も打ち込まれた彼の液体は、彼が言うことには、『吸血鬼の血液と、様々な魔術媒体を混ぜ合わせたカクテル』であるらしかった。その事実だけで、アストラは、ペニンドが『烙印を治す気などない』ということを嫌が応にも理解させられてた。
 ぐ、と呼気を吐きながら、這いずる様に動く。すでに体を縛っていたロープだのなんだのは、解かれていた。もう動けまい、という判断だろう。それでも、アストラが動けたのは、ある種の執念に近いものだ。
「……あたりが騒がしいな」
 気を紛らわせるようにつぶやいた。実際、見張りすらいなくなったようで、周囲に人の気配はない。脱出するならば今だろうが、しかしこの体で、一人で脱出するのには困難だ……。
「おっと! 見つけた! 捕まってる人って感じ!」
 ばぁん、と扉が開いて、妙にのんきな声が響いた。アストラが苦し気に顔を見上げて見てみれば、そこには兎の獣種の女がいた。
「見ない顔だな」
 アストラが言う。兎は笑った。
「はじめましてだからね! ボクはヴァニティア・ヴァニティ・ヴァトラント!」
「それで、兎さんは何の用だ?」
 アストラがうめくように言うのへ、ヴァニティアは小首をかしげた。
「んーとね、ラーガって人に言われて、リッセって人を捕まえに来たんだよね。
 そうしたら、なんか人助けセンサーが反応したから。そうしたら、助けるのって当たり前じゃない?」
 アストラが顔をしかめる。状況がわかっていないのに? しかもラーガに言われて? こいつは馬鹿なのでは?
「仮に、私が助けを求める極悪人だったら?」
「助けるのって当たり前じゃない?」
 小首をかしげた。なるほど、こいつは馬鹿だ。無自覚の。
「なら、私を助けることを優先してもらえるか?」
「うん、いいよ! で、どうするの?」
「ひとまず、ここから離れたい……それから、部下を……患者を連れ出したい……が……」
「あー、隣の部屋で寝てる人たち? 起こせるかなー?」
 むー、とヴァニティアが小首をかしげた。どうにも、患者たちにとっても、時間はないらしかった。

●衝突
「不気味なほどに静かね」
 イーリンが言うのへ、アルトゥライネルがうなづく。
「兵士たちは、レナヴィスカが相手をしている……にしても、妙だな……」
 イレギュラーズたち一行は、遺跡に存在する廃墟の中を進んでいた。内部はひどく荒れていたが、かろうじて人が生活していた痕跡は見て取れた。
「……なんだろう、これ。注射器?」
 フラーゴラが、足元に転がっていた注射器のようなものを取り上げた。赤い液体が少々こびりついたものだった。
「ああ、そうだよ。僕が作ったアンプルだ」
 ふと、声が上がった。イレギュラーズたちが、一斉に構える。その視線の先にいたのは、一人の幻想種だった。気弱そうに見えたが、しかしその目には恐ろしいほどの狂気の色が渦巻いていた。
「……情報がある。ペニンドだ。ペニンド・パーマランベ」
 アトがそういうのへ、ペニンドは笑った。
「いかにも。そっちはローレットか? わざわざ来るなんてね……」
「そんなことはどうでもいい」
 アルヴァが声を上げた。
「大人しく投降しろ。エーニュはもう終わりだ」
「いいや? むしろこれから始まるんだよ」
 ぱちん、とペニンドが指を弾いた。すると、イレギュラーズたちの通ってきた道から、退路を塞ぐように、水晶に体を覆われた怪人たちが姿を現したではないか!
「晶獣……いいえ、何か、ちがう……?」
 グリーフが声を上げるのへ、ペニンドが狂気的な笑い声でそれに答えた。
「ああ、違うよ! 名をつけるなら……烙印強化兵ってところかな! 吸血鬼の血に、僕の考案した様々な魔法触媒を混ぜ合わせたアンプルを注入して生まれた、無敵の兵士たちさ!」
「……なんて、ことを……!」
 フラーゴラが身を震わせた。どうやら、この怪人たちは、吸血鬼の血を注入され、烙印を強制的に付与された上に何らかの形で体をいじられた被害者たちらしい。フラーゴラが拾った注射器、その中の液体が、その魔の御業の正体なのだろう。
「始まり、って言ったわね? どういうつもり?」
 イーリンが尋ねるのへ、ペニンドは眉をひそめた。
「アストラ? お前、なんでそんなところにいるんだ? まさか本当に裏切り者だったのかい?
 ま、でも、あれだけアンプルを打ってやったんだ。もうすぐに化け物になるんだろうが?」
「あいにく別人よ。それと、情報ありがとう。アストラがどういう状況なのか理解できたわ」
 イーリンが歯噛みをする。どうやら、アストラは彼らにとらえられ、実験台にされてしまったようだった。
「勘違いしてるなら別にそれでいいわよ。冥途の土産に、始まり、ってのについて教えてもらえると嬉しいけど?」
「簡単なことさ。僕はこのアンプルを深緑に持ち帰る。そして、吸血昆虫にこのアンプルを仕込んでやることにする。
 するとどうなる?」
「バイオテロをする気かい?」
 流石のアトが、目を丸くした。
「そんな大それたこと、混沌肯定が許すとも思えないが」
「まぁ、虫に仕込めなくても、このアンプルを深緑に流すことくらいはできるだろう?
 そうしたら、深緑のアホどもはほとんど怪物になり果てる。
 傑作だね! 僕を否定した連中が、僕の配下になるんだからさ!」
「そんなことを、リッセ・ケネドリルが許したのか?」
 アトが尋ねるのへ、ペニンドは狂気的に笑う。
「ああ! リッセは僕を見出してくれた人だ! 必ず! 受け入れてくれるに違いない!」
 そういう彼の瞳は、既に狂気に染まっていた。魔から生み出されるそれではない。純粋に、人の心がゆがんでしまったがゆえに生まれた狂気だ。
「深緑を、この毒で脅かすだと……!?」
 アルトゥライネルが歯噛みをする。
「……なんと言うことを」
 グリーフが静かに声をあげた。
「貴方は危険です。ここで止めなくてはならない」
「やってみるかい? おい、ティーエ! リッセの敵だぞ! 殺さなくていいのか!?」
 ペニンドが馬鹿にしたように笑った刹那、遺跡の壁を粉砕して、巨大な水晶の化け物が現れた。それは、その足に、酷く不釣り合いな、現代的なスニーカーを履いていた。
「あ、う、うあ、リッセ、リッセ」
 その怪物が、呻くように声を上げた。フラーゴラが、たまらず声を上げた。
「あの、ボクサーの人……!? 実験台にしたの……!?」
「勘違いしてもらっちゃ困るが、そいつから志願したんだ! リッセを守るために力が欲しいってさ!
 ま、どういう結果になるかは教えなかったけどね!」
「リッセ、守る……俺が、オレが……」
 怪物が、吠えた。イレギュラーズたちは、一斉に身構えた。
「やるしかない。準備はいいかい?」
 アトの言葉に、仲間たちはうなづいた。
「……あのひと、絶対に、許せない……!」
 フラーゴラが、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
 戦いが、始まろうとしていた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 此処が地獄。地獄に理想などはなく。

●成功条件
 すべての敵の撃破・無力化。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●状況
 OPが非常に長いため、重要な点を以下に要約します。
 皆さんは、エーニュの完全解体のために、月の王国に存在するエーニュのアジトへと向かいました。
 そこでは、ペニンドが『烙印を付与し、強化と狂化を付与する薬』を開発し、兵士たちに投与し、怪物へと変貌させていました。
 ティーエもペニンドに騙され、『烙印強化兵』にされてしまっています。
 ペニンドの目的は、この薬を深緑へ持ち帰り、バイオテロを利用して深緑のすべてに復讐を行うことです。
 混沌肯定によって、バイオテロの手段は封じられるでしょうが、しかしペニンドを放っておくわけにはいきません。
 すべての敵を撃破し、この場を収めてください。
 作戦エリアは遺跡廃墟内部。
 特に戦闘面でのペナルティなどは発生しないものとします。

●補足
 OPにおいて、成功条件には関与しないものの、ある程度重要な情報は以下の通りです。
 ・リッセ・ケネドリルは烙印を付与され重傷。しかし、ベーレン・マルホルンとオリパンタ・ポッロという幹部を連れて、ラーガ・カンパニーへの攻撃に向かっている。
 ・アストラ・アスターは人体実験を受け重傷状態だが、たまたま現れたヴァニティア・ヴァニティ・ヴァトラントとともに、同じく人体実験を受けた自分たちの部下を連れて撤退している。
 ・上記2グループは、既にこの遺跡には存在しない。が、追えばまだ追いつける位置にいるはずである。
 ・これらの情報は、シナリオ成功時にイレギュラーズたちにもたらされるものとする。

●エネミーデータ
 烙印強化兵 ×10
  烙印を付与された上で、ペニンドによるマジックアイテムにより強化・狂暴化処置を受けたエーニュの兵士たちです。
  体は晶獣と似たような状態になっているほか、理性も失い、ペニンドに支配され暴れるだけの怪物となっています。
  非常にタフで、物理的な戦闘能力の高いユニットです。ゴーレム、のようなものを想像するとそれっぽいです。
  前衛に出て、その膂力で全てを粉砕します。半面、動きは遅め、頭も悪いです。
  もう元には戻れないため、殺すしかないです。

 ティーエ(烙印強化兵) ×1
  ペニンドの烙印強化薬を投与され、怪物となってしまったエーニュ兵士の一人です。
  生前同様の鋭いパンチの物理攻撃はそのままに、怪物の体力と装甲、そして妄執による高いEXFを持ちます。
  烙印強化兵たちのリーダー風にふるまいます。が、すでに正気ではないため、獣のリーダー程度の知能です。
  必殺を持つ攻撃や、乱れ系列を付与する攻撃などに注意してください。強力ですが、遠距離攻撃が不得手なため、長射程攻撃で一方的に攻撃するとよいでしょう。
  ちなみに、もう元には戻れないため、殺すしかないです。

 ペニンド・パーマランベ ×1
  エーニュの兵器開発部門の担当者です。天才的ともいえる頭脳を持ちますが、劣等感などに苛まれ、やがて狂気へ至った様子です。
  魔法の爆弾『イータ』による、強烈な遠距離攻撃を特徴としています。また、仲間へのマジックアイテムによる支援や、敵への様々なBSの負ヨなど、強力な後衛術師といったイメージです。
  遠距離でフリーにしておくと厄介です。できる限り、接近して動きを封じてやりたいところですが。


 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <月眩ターリク>トライアド・インフェルノ完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アト・サイン(p3p001394)
観光客
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
アルトゥライネル(p3p008166)
バロメット・砂漠の妖精
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

リプレイ

●妄執の果て
 ――状況を整理しよう。
 イレギュラーズたちは、エーニュの息の根を止めるべく、月の王国内部に存在したアジトへと潜入している。このアジトには、リッセをはじめとした上級幹部たちも多数存在。仮アジトというよりは、もはや本拠地といっても過言ではなかったのだ。
 そうなった理由は、エーニュにとって、今回のラサ遠征は乾坤一擲の最後の手段であったからに他ならない。全軍を以ってラサに侵攻し、『ザントマンの遺産』と呼ばれる大金を手に入れ、改めてザントマンの悪行を糾弾し、そして商人傭兵連合とザントマンのつながり(あるかどうかといえば、無いわけだが)を指摘することで、自分たちの正当性を改めて主張する。
 それは、窮地に陥ったものたちが抱く夢物語にすぎないものであったが、しかしエーニュはもとより「夢に浮かされた組織」であるともいえた。
 エーニュは夢の集まりであった。リッセという夢から始まり、様々な夢が集まった。その夢は、確かに常識的に考えれば悪しきものであったが、ひとまず、これは夢であったといえよう。
 彼らはずっと夢を見ていたのだ。
 独りよがりな夢を。

 ペニンド・パーマランベという男がいる。今、イレギュラーズたちの目の前で、狂気的な笑みを浮かべている、幻想種の男である。
 彼もまた、夢を見ていた。自分を排斥した深緑の連中を、見返してやるという、夢だ。
 彼は確かに天才だった。様々なマジックアイテムを考案したが、それはあまりにも『危険』であった。例えば、エーニュが運用している『イータ』というプラスチック爆薬のようなもんは、彼の考案であった。そういったあまりにも危険なものを、深緑の人々は受け入れなかった。
「そうだ、これは復讐なんだ」
 ペニンドが言う。
「これは、僕の深緑への、復讐だ! 認めさせてやるッ! 僕という存在をッ!」
「まいったね」
 『観光客』アト・サイン(p3p001394)は、面倒そうに言った。
「彼は確かに天才だ。ということは、この烙印強化兵とやらも、言葉通りのスペックを持っているに間違いないだろうね」
「どうなっているんだい? これは」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)が声を上げた。
「烙印そのものの解明を、彼ができたとは思えないが?」
「おそらくだけど、烙印状態の患者に、様々薬効の魔術媒体でドーピングしたんでしょうね」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が答えた。
「もとより、烙印は進行すれば姿を変える。それに、魔術ドーピングで肉体改造をして、理性を壊せば烙印の欲求には抗えなくなるわ。バーサーカーの出来上がりよ」
「その通りだ、アストラ! 自分で実験された分、随分と詳しいようだね!」
 ペニンドが言うのへ、イーリンは僅かに顔をしかめてから、しかしすぐに思考を切り替えた。
「そうだ、そうだペニンド。お前如きの栄養剤などが、私にきくものか」
 アストラのふりをした。そう思い込んでいるならば、否定してやる理由もないし、その方が相手柄の心理的プレッシャーになりうる。
「強がりだ」
 ペニンドが言った。
「僕の道具は、完璧だ」
 激高するように、彼は叫んだ。
「深緑は『敵』に囲まれている! だから僕はイータを作った……だが、僕は勘違いしていたんだよ。敵は内部にもいたんだ! 腐敗した、深緑の連中だ! だから僕が、僕たちが、敵を排除するんだ!」
 あまりにも狂気的な笑みだった。醸成された劣等感とかそういったものが、彼の精神を日に日に狂わせていったのだろう。そしてエーニュでの成功体験が、彼のラインを超えさせただ。
「……救えなかったか、アストラ」
 イーリンがつぶやいた。彼は、救済対象ではなかったかもしれない。それでも、アストラには。
「彼らはそうやって歪んでいったんだろう」
 アトが言う。
「もとより……きっと彼らは、自分の『夢』のことしか考えていなかったんだろうな。勝手な理想、といってもいい。そんな危ういものでつながったものは、簡単に分解するんだ……」
「……もとより、世界への意見の食い違いを暴力で解決しようとしたものたちか」
 『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)が、呻くように言った。
「そんな連中が、内部とはいえ意見が食い違ったときに、話し合いなんて穏便な手段をとるわけがない……」
「だからって、あのボクサーの人をだまして……!」
 『紅霞の雪』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が、声を上げた。
「あの、ボクサーの人のこと、確かによくわからない……ほかの兵士の人のことだって。
 確かに、悪いことをしてきたかもしれない。
 人だって……殺したのかもしれない。
 でも、こんな風になっていいなんて、そんなことは言えない……!」
 フラーゴラの言葉は、その通りだろう。仮に人を殺していたのだとしても、何らかの正当な罰を受けるべきだ。それが、このような結末であっていいはずはない。
「わからないな。だって彼らは、深緑のために戦って死ねるんだ! じゃあいいじゃないか! 幸せだろう!?」
「もういいっス」
 『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が、静かにペニンドをにらみつけた。
「もう、アンタは……黙れ」
 そう、静かに睨みつけた。
 怒りか、嫌悪か。クソッタレのやることはクソッタレだ、そう、改めて理解したというべきか。
 そのオッドアイの、紅の瞳は、今焔のように燃えていた。
「アンタは、止める。ここで。
 これ以上、アンタの思い通りにはさせない」
 静かに――そう、告げた。
「は、は!」
 ペニンドが笑う。
「怖いね――では、僕も正当防衛とさせてもらおうか」
 ず、と、烙印強化兵たちが、イレギュラーズたちの前に立ちはだかった。彼は操る手段を持っているのだろうか? あるいは、この状況も、ある種の奇跡的な均衡であるのかもしれない。
「てめぇが何に劣等感を抱いていたかは知らねぇ。
 だが――」
 『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が、静かに身構えた。
「どんな理由があろうとも、それはやっちゃいけないことだ」
「そうだ! そうやって、禁忌だ、禁忌だと、僕の才能を否定する!」
 ペニンドが叫んだ。
「お前もそうなのか! 僕を! 否定するのか!」
「……イカれちまってると、テメェは」
 アルヴァが静かに、息を吸い込んでから、
「……ウサギの獣種に荒らされたって聞いたぜ。
 そいつはどこに行った?」
 脳裏に浮かぶのは、わずかに触れ合った袖、その程度の縁でしかないにしても、それでも縁のある、ヴァニティアという獣種の顔だった。
「知らないね。僕は」
「そうかい」
 アルヴァが、す、と目を細めた。
「なら……テメェは俺にとっては、ただの一障害でしかない。
 さっさと排除させてもらう」
 ペニンドが、アルヴァの目に、酷く嫌そうな表情を浮かべた。
「その目だ……どいつもこいつも、僕をそうやってみてきた!
 僕は天才だ! 結果を出している! なぜそれを認めない!」
 叫ぶ彼に、
「馬鹿げている。復讐だ何だとアンタも深緑に囚われ過ぎだ。
 ましてや、一度は同じ志で集った者を化け物にしてまで……まるで子供の癇癪だな」
 『可能性の壁』アルトゥライネル(p3p008166)が、冷たく、断罪するようにそういった。
「……自分の足で外に出られるなら、そこで誰に憚ることなく生きてみせれば良かったんだ」
 その言葉は、きっとペニンドには届かなかっただろう。もし、ペニンドがそうしていたならば、どうなっていただろうか。希望的な観測を言えば。どこかでその才覚を発揮できたかもしれない。だが、そうはできなかったのかもしれない。彼はああ見えても、深緑を愛してはいるのだ。あまりにも歪んでいたが、それは間違いなく愛国心のようなものであった。
「『博士』も、目の前の彼も。
 人はどうして追求と追究の果てに、誰かを歪めてしまうのでしょうか」
 静かに、『ラトラナジュの思い』グリーフ・ロス(p3p008615)はそうつぶやいた。グリーフを作ったドクターも、また。
 その行為がなければ、グリーフは生まれなかったかもしれない。だが、そうだといったとしても、このような行いは、許してはいけないのだ。
「ヒトの業なのかもしれませんねぇ」
 『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)が、遠い目をしてそういった。
「時に、結果が手段を正当化するように思えてしまうのかもしれない。
 いや、あるいは、そういう時代が確かにあったのかもしれません。
 そういう、人の、悲しいところなのかもしれませんね。
 まぁ、ペニンドの場合は、手段と目的が入れ替わっているようにも見受けられますが」
 ペニンドは、深緑を守るために、深緑を害するのだろう。それは建前で、本当は、深緑への復讐を果たしたいのかもしれない。ただなんにしても、彼を止めなければ、大きな被害が発生する可能性はあった。
「人の妄念が、また人を傷つけるのですね」
 グリーフが、そうつぶやいた。ヒトとは何なのだろう。ヒトの想いとは。どうして、ヒトは、すれ違ってしまうのだろうか……。
「考えは、後にしよう」
 アトが言った。
「僕は別に正義感などはないが、あれを放置していてはまずいという気持ちくらいはある。
 それに、クライアントであるイルナスも、烙印を付与されているわけだ。
 彼女が万が一、あのアンプルを受けてしまったら、それこそ冗談では済まない状況に陥る」
 外で戦うイルナスには、今のところは影響もないだろう。だが、仮にペニンドを逃がし、イルナスと接触させてしまった場合――最悪は、起こりうる。
「だから――とめよう。ここで」
「うん……アトさん」
 フラーゴラが言う。
「始めましょう、手遅れでも」
 イーリンがそういった。
「神がそれを望まれる」
 そう、声を上げた。それが、戦いの合図だった。イレギュラーズたちは一斉に、その武器をかざして走り出した。

●第一のインフェルノ
「さぁ、奴らは深緑の敵だぞ! 殺せ!」
 ペニンドが扇動するように叫ぶのへ、烙印強化兵と化したエーニュ兵たちが、のっそりと動きはじめた。その先頭には、かつてティーエと呼ばれたものがいた。
「……!」
 フラーゴラが唇をかむ。別に、何らかの好意的な接点があったわけではない。むしろ、ただの敵として認識していただろう。だが、それでも、見知った顔がこうも変貌してしまうとなるのは――!
「フラーゴラ、君が要だ」
 アトが言った。
「頼む――踏みとどまるな」
 そう、伝えた。
 それだけで、勇気が湧いてくるような気がした。だから、フラーゴラはうなづいた。
「ワタシについてきて……!」
 フラーゴラが声を上げて、走りだした。先導の乙女。走る、仲間とともに!
 この時、確かに最高速度をたたき出したのはフラーゴラだ。この場にいる誰も、フラーゴラの速度には追い付けない――!
「ティーエさん……!」
 フラーゴラが、立ちはだかった。もう、異形と化したボクサーに。
「リッセ、リッセ」
 ティーエが、うわごとのようにつぶやいた。その表情には、もはや理性はなかった。かろうじて人の形をとどめている足下の、練達の生のスニーカーだけが、彼がティーエであることを証明してくれているような気もした。
「ああ、リッセの、敵! 殺す! 俺が! オレが!」
 雄たけびとともに振り上げられた拳が、間髪入れずにフラーゴラに叩きつけられる! フラーゴラは、バックステップでそれを回避した。強烈な一撃は、岩石が地面に落下したかのような衝撃を与える。だが、それだけだった。彼がボクサーとして紡いできた、技術のようなものは、失われているような気がした。
「……! アルヴァさん、バルガルさん、お願い……!」
「まかせろ。デカブツ、てめえの相手は俺だ。……聞こえてねえか」
 アルヴァが声を上げ、魂の叫びをあげた。吹き荒れる方向は、ティーエの注意を確実に引き付ける!
「お前が! リッセを!」
「しらねぇよ……って言っても、聞こえてねぇよな!」
 振り下ろされる拳を、アルヴァは間一髪で回避した。そのまま、至近距離で狙撃銃をぶっ放した。狙いは着けない。もとより、あてることは期待していない。威嚇や、意識をこちらに向けるために近い攻撃だ。ずがん、と強烈な音を立てて、ライフルが火を吹いた。その反動をも利用し、アルヴァが後方へと飛ぶ。
「にが、さん!」
 ティーエがさけんだ。アルヴァを追おうとする――その間髪を入れず、バルガルは背後から一撃を食らわせた。
「すみませんが、あなたはもうどこへも進めない」
 晶獣のような装甲、その隙間にナイフを滑らせる。さんっ、とでも記すべき、鋭く、素早い斬撃音。
「ぎ、いっ!」
 痛みは感じるのだろう。ティーエはその拳を振るって、バルガルを振りほどいた。バルガルが間一髪で、その一撃を回避――。
「まぁ、一撃程度ならば躱せまして。あ、何度もは遠慮します」
 おどけるように一言。入れ替わる様に、フラーゴラはその手を振るった。
「ハイペリオン!」
 無数のハイペリオンたちの幻影が、ティーエ、そして付近にいた烙印強化兵たちを撃ち抜く。聖鳥の光輝は、戦場を浄化するかのように輝き舞った。
「ぐう、う……!」
 痛みに苦しむように、ティーエはその拳を振るう。だが、でたらめに振るっただけのそれは、誰かに当たるということはなかった。もちろん、うかつに近づけないという弊害はあったが。
「ティーエさん……」
 フラーゴラがつぶやく。どうにも奇妙な感覚を、ジワリと覚えていた。

 さて、一方で烙印強化兵たちへと視線を移そう。
「どうした。民族解放戦線を侮った結果がこれか! 遺産だ何だのとうつつを抜かしている間に、どうしようもなくなったか。大義が掲げられぬのならやめるべきだな。そうだろう諸兵の皆よ!」
 あざける様に、あるいは先導するように叫ぶアストラ――いや、イーリン。戦旗、そして刃が交差するたびに、烙印強化兵から、その身を包む水晶が砕けて落ちる。
「さぁて、ジョーンズの方が先導(ヴァンガード)なら、我(アタシ)は盾かねぇ?」
 ヒヒヒ、とその眼を烙印強化兵たちに向ける。
「可愛そうなコたちだ」
 そう告げる、武器商人――烙印強化兵たちの歪んだ眼が武器商人を捉えるや、そのゴーレムのような巨腕が、武器商人を殴りつける。怪物は、構えることはない。ただ、そこにあるだけである。ダメージは入った。はずだ。だが、そこには変わらずの武器商人の姿があった。
「遊んであげようか。今生、最期の御遊びだ」
 どこか憐れむように、武器商人はそうつぶやいた。烙印強化兵たちは、いざなわれるがままに武器商人へと攻撃を続ける――仲間たちを、それをただ任せているだけではない。
「終わらせなきゃならないってなら……」
 葵が叫び、その足でサッカーボールを蹴り上げた。それは空中で散弾の様に分裂した。魔力か、あるいは。いずれにしても、それは鉛の雨を模すかの如く、ジャミル・タクティールの弾丸として、葵の想いをのせた銃弾と化すのだ。
 ボールの驟雨を叩きつけられながら、烙印強化兵たちが雄たけびを上げる。痛みか、あるいは狂気なのか。わからない。
「終わらせるしかねぇだろ……!」
 言葉通りに。終わらせるしかない。終わらせてやることしか、できない。葵がもう一度、サッカーボールを蹴り上げた。大砲の球のような一撃が、烙印強化兵のうち一人の顔面に突き刺さった。大砲の球のような、といった。ならば、その衝撃も、砲撃のそれと同等か、あるいはそれ以上といえただろう。強烈な衝撃を顔面に受けて、烙印強化兵の顔面が、水晶に砕け散った。その体があっという間に水晶に包まれて、ばりん、ばりん、と砕けて散る。
「くそっ……!」
 葵が悔しげに呻いた。気持ちのいい戦いではなかった。
「これしか、ない」
 アルトゥライネルが、その紫の長布を、刃のように振るった。斬、鋭き斬撃が、烙印強化兵の腕を切り裂いた。まるで水晶の塊のようになった腕が、地面に落下する。ばぁん、と、ガラスが砕けるように、水晶は砕け散った。ワンテンポ遅れて、烙印強化兵が悲鳴を上げる。
「ぎい、い、あああ」
「すまない。これしか。俺には」
 意を決したように、アルトゥライネルは、再び紫布を振るった。斬撃ではなく、今度は刺突。鋭き刃のようなその一撃は、烙印強化兵の胸を、水晶を砕きながら突き刺して、その背名活動を止めた。
「あ、あ、ありが」
 ばぁん、と、その体が砕ける。アルトゥライネルが、奥歯を噛みしめた。
「まだまだいるわ」
 イーリンが言った。
「ごめんね。足を止めないで」
「言われなくても」
 葵が言う。
「動き続けるのが、MFの仕事っスよ」
 そういった。残る八人ほどの烙印強化兵たちは、何事かを呻きながら、攻撃を仕掛けてくる。大半を武器商人が請け負っていたが、それでも、他のメンバーにそれてくることはもちろんあった。
「遣る瀬無いな」
 アルトゥライネルが、烙印強化兵の拳を受け止めながら、つぶやいた。体に走る痛みは、彼らの悲鳴であるかのようにも、思えた。
「……そうだねぇ」
 武器商人が、頷いた。
「夢の終わりが、これではね」
 確かにこれは、彼らの夢の末路であった。だが、暴力的なリセットを求めた彼らにふさわしい末路ともいえる。彼らは、ツケを払ったのかもしれない。人を傷つけることで世界を変えようとしたツケを。いや、それでも、この末路はあまりにも、ではないか……?
 悩んでも、答えは出ない。彼らの鎮魂を願うにしても、まずは自分たちが生き延びなければならない。
「やるわ……手伝って」
 イーリンがそういう。
 仲間たちはうなづく。
 彼らを、終わらせるために、刃を振るう。

「君が、アト・サインか……!」
 ペニンドが、忌々し気に吐き捨てる。
「君があのバカを抑えなければ、僕の子たちの華々しい活躍は記載されていたはずだ!」
「僕が止めた、イータの爆破テロか」
 さすがのアトも、うんざりした様子でいう。
「あれを華々しい、とはね。感性を疑うよ」
 手にした拳銃を、アトは無慈悲に放った。ペニンドが手にした護符が展開し、その銃弾を受け止める。
「マジック・アイテムか……!」
「これは出来損ないだけれどね!」
 ぱちん、と指を鳴らす。近接防御用の術式が展開し、イレギュラーズたちを迎撃、衝撃が弾き飛ばした。
「人の想いを知りながら、それを歪めて自分に都合のいいように利用する。
 ああ。俺は今非常に腹が立っている。煮えくり返るぞ、ペニンド・パーマランベ!」
 エーレンが叫び、切りかかった。再度展開する、防御護符。衝撃がペニンドの表情をゆがませた。
「都合のいいように!? 何を言うんだ! 僕の才能を一番に必要としていたのはリッセだ!
 リッセなら! 僕のことを理解してくれる! 僕のことを唯一理解してくれたのは、リッセだ!」
 腕を振り払い、エーレンを弾き飛ばす。軽く後方に着地しながら、
「そのリッセというもののことは詳しくは知らないが……!」
 エーレンは叫び、再度突撃。
「本当に、その人と話しあったのか!? 言葉を尽くしたのか?! それをせず、思い込むのだから……!」
「だまれ!」
 ペニンドが、エーレンの斬撃から逃れるように、爆薬を放り投げた。アトが叫ぶ。
「指向性爆薬だ! 正面に衝撃がぜんぶぶっ飛んでくるぞ!」
 その一撃を、しかし受け止めたのはグリーフだった。ばづん、と強烈な衝撃が、グリーフの体を叩く。無表情のままではあったが、しかし相当のダメージが、グリーフの体を駆け巡ったはずだった。
「……これが、あなたの痛みですか?」
「何を……!?」
 グリーフの問いに、ペニンドは狼狽えたように言う。
「あなたは、この痛みを誰かに与えるために……誰かを傷つけたのですか?
 あなたのその薬は、本当に深緑で効果を発揮するのですか?
 烙印のある方を実験に用いたのですよね?
 烙印のない方への実証は足りますか?
 薬効は気候に左右されませんか?
 保存可能期間は?
 移動に耐えうるのですか?
 そして、特異運命座標や、純粋な血液を持たない相手にも、有効ですか?私のような。
 それとも、すべてを観測済みなのですか? だれかを、傷つけて得た、その視座で」
「何が言いたい! 何が言いたいんだ!」
 ペニンドが狂気から逃れるかのように、もう一度指向性爆薬を投げつけた。強烈な衝撃が、グリーフの体を駆け巡る。
「……そこまでして、手を伸ばしたいものが、あったのですか?」
「引き付けるにしても、無茶だ!」
 エーレンが叫ぶ。ペニンドの手を止めるように、その刃を振るった。
「回復手なんだろう? あまり無理をしないようにね」
 アトの言葉に、グリーフは頭を振った。
「いいえ、無理などは……ですが、そうですね。皆さんの援護に徹しましょう」
 ゆっくりとうなづく。アトはそれを確認しながら、エーレンとともに攻撃にうつる。
「正きを堅く保つ者は命に至り、悪を追い求める者は死を招く――。
 烙印を解呪する方法を君が追い求めていればな……!」
 アト、そしてエーレンが刃を持って切りかかる。達人たちの刃を、ペニンドは防御護符を破り捨てて、なんとか受け止めている。
「違うな! こういうのは、利用してやるべきなんだ!」
「貴様……腐っている……腐りきっている……!」
 エーレンが、怒りに表情を燃え滾らせた。だが、まだその刃は、ペニンドの命には届かない。
「はは、ははは! もし僕が腐ったのだとしたら、お前たちのせいだ!」
 ペニンドが笑う。
「深緑の敵を排除できず、むしろ敵たるラサと手を組んだ! 僕を追い落とした深緑の権力者と手を組んだ! お前たち、ローレットの!」
 それは、間違いなく被害妄想であった。そんなことは、イレギュラーズたちの責任ではない。だが――。
「ここまで――人は人のまま、壊れるものか」
 アトがつぶやいた。壊れるのだ。ヒトは、人のままで。魔に堕ちずとも、狂気に苛まれずとも。
 戦いは続いていく。一つ目の地獄は、こうして顕現していた。

●戦いの終わりに
 イレギュラーズたちは分散し、敵部隊と衝突していた。これはすべての敵を相手取る必要があったためであったが、当然のこととして、攻撃面での効率はどうしても下がる。言い方を変えれば、三方に火力を分散したわけであって、一部隊への総火力は当然のことながら落ちるのだ。
 そのため、敵を早期に劇はできぬ分、味方への被害は大きくなっている、と言えるだろう。もちろん、その他の手段をったとしても、この地獄のような戦場で無傷で生還などは夢のまた夢であるわけだから、イレギュラーズたちも、ある程度のダメージは織り込み済みである。
 ただ、そうはいっても、消耗という面で、イレギュラーズたちの負担は大きい。烙印強化兵たちは鈍重であったが、しかしその一撃を受ければダメージは大きい――例えば、今この瞬間にも、イーリンが、烙印強化兵の丸太のような腕を叩きつけられ、数メートル吹っ飛ばされたところである。
「ちっ、厄介だな……!」
 アストラの演技を継続しつつ、イーリンは痛む体をおして立ち上がった。あたりを見てみれば、しかし烙印強化兵たちの数は徐々に減ってきている。このままいけば、倒せないことはなかった。だが、イーリンの心配事は、むしろ戦いの後にあるともいえた。
「知り合いが心配なのだろう、ジョーンズの方?」
 武器商人がそういうのへ、イーリンはうなづいた。
「アストラ……彼女の状況は、最悪に近いと思う。できれば、じっとしていてくれれば、すぐに助けられるのだけれど……」
 イレギュラーズたちの知らぬところではあったが、アストラはヴァニティアに連れられて、本拠地を脱出している。そういった意味でも、速やかにここを制圧し、アストラの後を追わなければならないという課題は、確かにここに課せられていたわけだ。
「あせってもしかたないっス」
 葵が言う。
「……いまは、ここを何とかするしかないっスよ」
 その言葉に、アルトゥライネルも同意する。
「知り合いは必ず見つけ出す。今は、戦いに集中してほしい」
「そうね……その通り」
 イーリンはうなづいた。
「やるわ……続いて!」
 イーリンの言葉に、仲間たちはうなづく。その決意通り、そう遠くないタイミングで、烙印強化兵たちはこの場所から排除されることになる。
 その少し前のタイミングの話だ。ティーエの拳が、フラーゴラの腹を捉えた瞬間があった。
「ぐうっ……!」
 戦いの疲労は確実に蓄積している。長らくの戦いでは、こういった命中もあり得るのだ。フラーゴラは激痛に苛まれつつ、着地する。
「フラーゴラ……くそっ!」
 アルヴァが銃撃を加える。だが、ティーエが拳を振るうと、衝撃波が発生して、アルヴァの体を叩いた。
「ちっ!」
 舌打ち一つ、しかし敵の注意を引くという木柄敵は達成できた。バルガルが頷くと、フラーゴラへと飛び込む。
「大丈夫ですか」
「う、ん……!」
 ぜぇはぁ、と息を吐きながら、フラーゴラは立ち上がる。
「……あの人とは、縁もゆかりもない」
 フラーゴラがそういった。
「でも、終わらせて、あげなくちゃ」
 そういった。バルガルが、頷く。
「ええ、まぁ。私も、そういった口ですが。
袖振り合うも何とやら。居合わせたのも、縁でしょう」
 ゆっくりと構える。
「アルヴァさん――やりますよ」
「わかった。俺もさっさと片付けて、人探しをしたい」
 構える――アルヴァが、跳んだ。
「足を縫い留める!」
 その手にした銃が、火を吹いた。放たれた銃弾が、水晶の装甲を砕いて、足を貫く。
「今――!」
 バルガルが、その手を振るった。装甲を裂いて、ナイフがティーエの肉を切り裂いた。
「がああ!」
 と、悲鳴を上げる、ティーエ。痛みが、わずかに、彼の正気を、この時、わずかに――。
「リッセ」
 と、ティーエはつぶやいた。
「俺は……間違っていたんだ。俺が、するべきことは……オマエに、練達のスニーカーの良さを教えてやることだったんだな……」
「……正気が……!?」
 フラーゴラが、声を上げた。水晶の装甲からのぞく瞳は、確かに、理性の色を取り戻していた。
「……オマエに……こんなこと言えた義理じゃないが……リッセを……助けて、やって……リッセ、リッセ! あ、ああ! あああがああああ!」
 その瞳が、再び狂気に染まった。
 フラーゴラは、ゆっくりと、その手に魔剣を創造せしめた。
 そのわずかなスキに攻撃されなかったのは、ティーエに残っていた理性のおかげなおかもしれない。
「おやすみ、ボクサーさん」
 フラーゴラが、その刃を突き出した。
 魔剣が、ティーエの心臓を貫いた。

「やられたのか……最後まであの無能が……!」
 ペニンドが吐き捨てるように言った。エーレンが切りかかる。その体は、幾度の爆風を受けてすでにボロボロだった。それでも。
「お前は……ッ!」
 エーレンの斬撃が、この時、ペニンドを捉えた。グリーフが、傷だらけの体を圧して、その瞳を見る。
「……もう、終わりです」
「何があろうと、お前は逃がさん」
 エーレンの言葉に、ペニンドは笑った。
「まだ終わらない。
 まだ、終わっちゃいない……僕は! 僕はここから――!」
 ペニンドが、その手を懐に突っ込んだ。赤い液体の詰まった注射器が、その手の中にあった。
「アンプルを――」
 グリーフが、声を上げた。
 刹那――銃弾が、ペニンドの手を貫いた。
「させない」
 アトが言った。
「そんなものは、すべて破棄させてもらう」
 ガラスのそれが、地に落下して、砕けてこぼれた。
「お前は」
 ペニンドが叫んだ。
「お前は、どこまで――僕の邪魔をすれば――!」
 殴りかからんとしたペニンドへ、アトは無言で、銃弾を叩き込んだ。
 それが、あっけない、彼の最後だった。
「……君は確かに、天才だったのだろうさ」
 そう、吐き捨てるように、言った。

「こいつで……!」
 一方、葵はそのサッカーボールを、残る烙印強化兵へと叩きつけていた。その一撃が、烙印強化兵の水晶の装甲を粉砕せしめる。体が砕け散って、地面に落下した。
「もうひとりっス! アルトゥライネル!」
「ああ!」
 アルトゥライネルが頷いて、その紫刃を烙印強化兵氏へと叩きつけた。斬撃が、その体を滑り、烙印強化兵の体を断裂させた。
 そのまま、滑り落ちて、くだけちる。
 ばしゃあん、という音を最後に、後に残るのは、イレギュラーズたちの洗い呼吸の音だけになった。
「終わった……!」
 アルトゥライネルが声を上げる。戦いは終わった。一つ目の地獄は、確かに、ここに終わりを告げたのだ。
「悪いけど、まだ休めないわよ」
 イーリンが言った。
「ごめん、もうちょっと付き合って。探したい人がいる」
「こっちもだ」
 アトがいた。
「情報通りなら、ここにエーニュのボスがいる。探そう」
 戦いの疲労冷めやらぬ中、イレギュラーズたちはもう一度、立ち上がり、動き出した。
 多くの夢と命を散らした地獄を後にして、一行は走りだす。
 ――探し人達が、既にこの地を後にしていることが発覚したのに、さほど時間はかからなかった。

成否

成功

MVP

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 アストラ。そしてリッセ。
 追えば、まだ間に合うはずです。

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