シナリオ詳細
<月眩ターリク>いと昏きあなた
オープニング
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人が死ぬ刹那、そんなたったわずかな時間に本性が出る。
父は死ぬときにぼくを罵った。死んでしまえ、お前が生まれたから、だと何度も何度も罵った。
母は死ぬときにぼくを慈しんだ。愛しい愛しいノーザス。あなたがいてくれたから私は生きることができた、と。
母のその笑みは美しかった。父のあの顔は苦かった。
腹の底から溢れた感情が、死の間際に発露して、美しい色を描くのだ。
すべてを見失うことなく、叫んだその人の声が、ぼくの中でこだまする。
あの時に見た、母の瞳は美しかった。ぼくを見ていた、優しい荻原の眸。
父はぼくを、愛してくれなかった。一度たりとも見てはくれなかった。
だから、試したのだ。
痛めつけて死んでいく刹那に、そのひとはぼくを見た。「くそ」「しんでしまえ」「おまえのせいで」と罵った。
その喜びはぼくの心を満たし、溢れ出す。濁流の様に身を包み、体内の血流を押し出した。高揚した心が叫んだ。
――もっと、もっと、もっと! もっと、殺せばぼくを見てくれるだろうか。
「アルヘンナは、ぼくが殺そうとして死ななかったよね」
「そうだな」
「ぼくのこと、恨んでないの?」
「――さあ、忘れてしまった」
男は目を伏せた。『偽』反転と呼ばれる状態に至った、体の烙印は菫の徒花だ。
美しい色をしたそれは目の前の少年から与えられたものだった。
享楽的に人を殺し、衝動的に愛を叫んだ少年が不憫だったこともある。
男は子を亡くしていた。10に満たぬ息子は事故で死んだのだ。あっけもない、がらんどう。何も残る事のない、きずあと。
目の前に現れた子供が不憫だっただけだった。傷の嘗め合いは何時しか、烙印の影響で変化した。
女王への心酔と眼前の吸血鬼への愛情、ただ、それだけしか彼には残っていなかったから。
●
「夜の祭祀、は、体に影響を及ぼすらしいの。『烙印』の影響がさらに強く……ダメだ、と思う」
そう告げた少女はラサの『大鴉盗賊団』の元盗賊、未だ幼い魔術師の『ハートロスト』こと『ジゼル』その人だった。
柔らかな勿忘草色の髪はたおやかに結わえられ、少し大きめの外套を纏う少女は、自らのゆく道を定めた。
こころの動きを、セーブしたのは悲しみに圧倒されない為だった。苦しみに支配されれば、いのちをつなぐことも怖かった。
厄介者の感情が、胸に抱かれたのはイレギュラーズの『所為』で、イレギュラーズの『おかげ』だった。
わざとらしいほどに、自身を愛してくれたそのひとたちを、愛さずにはいられなかったのだ。
両親は盗賊だった。だからこそ、自分に返される愛があるとは思っていなかった。
両親は傭兵に殺された。だからこそ、傭兵を恨んだ過去があった――それも、うんと前のことに感じた。
今は。
「みんなを、助けたいの。だから、一緒に行こう。
夜の祭祀っていうのをね、壊すだけじゃあだめだとおもうの。あの時……みんなと、会ったとき、ボスが求めたファルベライズ遺跡の『力』って、怖いものだったから」
そこにいた人が、いるのなら。
唇を震わせたジゼルは目を伏せる。ボス――コルボが追い求めた『力』を有していたその人は『博士』と呼ばれていたらしい。
その人が、ここで烙印を、そして『祭祀』をしているらしい。
「大元を、立たなくっちゃ、ずっと、ずっと続いちゃうのよ。
だからね、王宮を攻略するために、わたしは、行きたいと思う。王宮を、攻略すればみんなの烙印だって消え去るはずだから」
王宮の前へと進み、吸血鬼たちを相手に戦わねばならない。ただ、手を拱いてはいられないから。
「あ、あと……わたし、みんなにちゃんと言いたかった事があったの。
ジゼル・ガルニエ。アマラ……わたしの家族のファミリーネーム。ずっと、名乗るのも、怖くって言えなかった。
けれど、ちゃんと、わたしもそう名乗る。ローレットのみんなの、友達で、仲間として進むと決めたから」
美しい月は、大きすぎて、すべてを飲み込んでしまいそうだった。
ぬばたまの糸を編んで作った空に、浮かび上がった月はパンケーキの様にやわらかな色をしていたけれど。
それはきっと、すべてをも魅了してしまう、美しさだから。
「……月に飲まれてしまう前に、行こうよ。わたしは、あなたたちの、力になりたい」
- <月眩ターリク>いと昏きあなた完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年05月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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左の掌を見詰める。握り締めて、開いて、またもう一度。繰り返し指先の動きを確認してから背へと隠した。
肉体の変化は、夥しいもののようにも感じられた。うつくしく、はかない。水晶の煌めきと、可憐な花片。烙印と名の付けられた、淡く悍ましい死のかたわら。
「ゼファー」
「……なあに。こんなナリになっちゃってますけど。戦う分には支障は無さそうよ……今のところは、ね」
呼び掛けるジゼルに軽い調子で『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)は返した。視線の先には『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)と『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)の姿があった。
何方も常と変わらぬ様子に見えたからこそ、ジゼルは唇を引き結んだ。あのひとたちのような強さを自分は持っては居ない。
けれど、為すことだけは分かって居た。彼等を護りたいなら、吸血鬼と呼ばれた者達を倒さねばならないのだ。
「吸血鬼、ですか。まるで御伽噺のようですね」
ゆったりとした様子で『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)はそう言った。御伽噺に夢見るほど幼いこどもではないけれど、月下に咲いた淡き花をそう擬えるのは悪い気持ちではない。
仲間に。友に。彼に。
ああ、そう思えばこそ星穹の心はざわめいた。苛立ちにも似た、苦々しい気配。
「……くだらない烙印をつけた戯け共を倒すためにも、敵を知るのは必要でしょう?」
「ええ、ええ、そうでしょう。吸血鬼とは何か。知るならば、丁度良いものが目の前に居る」
宵色の外套を静かに揺らせ『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)の薄い唇が僅か、吊り上がった。
宿業に蝕まれた肌に踊った気配は烙印よりも濃く残された禍根のようであった。ルトヴィリアは眼前の少年を見る。冴え冴えとした月の光の下で萌える翠は美しい。ただし、その瞳へと乗せられた気配が死を愛するものでなければ褒めることも出来ように。
「こんにちは」
「こんにちは」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は吸血鬼を見据えていた。
「スティア」
「大丈夫だよ。ふふ、ジゼル・ガルニエさん」
呼ばれたジエルは大きく瞳を見開いてから、ぱちくりと瞬いた。それから頬に被さった髪をいじる。ガルニエ、というのは彼女の同居人で世話役であったアマラという青年のファミリーネームだった。
「うん、いい名前だね。今日が新たな船出! 張り切っていかないとね」
「そうですよ! 何したらいいか解らないなんて言ってた娘があらまぁこんなに可愛く立派に育っちゃって!
ふふふ、しにゃが育てたかいがありましたね! いやでも育てたつもりの本人より大人になってません!?」
驚愕に目を見開いていた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)の視界には吸血鬼なんて入っていなかった。
ああ、今は言いたいことが山ほど在るのに彼が邪魔なのだ。砂塵の彼方よりやって来た招かれざる客人はこちらであろうとも知ったことは無い。
「まぁしにゃも来年で18ですからもうすぐ大人ですよ! ……多分」
大人という言葉に引き攣ったかんばせを向けた『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は愛剣を構えた儘、呆然としていた。
嬉しいことばかり。なめらかな白磁の肌も健康的になった。幾分か大人びて見えた彼女の姿がリディアは喜ばしかったのに。
「大切な人と共に生きる事を受け入れて、覚悟も決めて――……う、うーん?
私なんてそもそも、そんな相手すらいたことなかったりするんですが、もしかして思いっきり女の子として先越されちゃってます?」
今まで彼女を導いてきたのに。今まで彼女が生きていく手伝いをすると心に決めていたのに。
いつの間にやら彼女の方が人生の先輩めいて来た気がした。乙女は天真爛漫な恋に恋する機会を逸し、ジゼルさんと呼んだ方が良いのではと自らの身の上に頭を抱える。
「……――ごほん。貴女の決意はよく分かりました。
であれば、私もこの微力を尽くして戦いましょう。よろしくお願いしますね、ジゼルさん!」
「え、あ、え……うん」
「ははぁー、貴女がジゼルさん! しにゃこさんの姉貴分なフランだよ。
なーんちゃって、初めましてだけどおめでとう、かな。えへへ、今度お祝いに深緑のとっておきな花束をプレゼントするね!」
「あ、う、うん……?」
自信満々に胸を張ったフランへとしにゃこが文句を言う前に、何処か居心地の悪そうに首を傾いだジゼルはアルヘンナがノーザスに耳打ちしたことに気付いた。
「ぼくもお話聞かせて欲しいな」
「ああ、こんな日だからな。たっぷり聞かせてやろうか」
ルカが唇を吊り上げた。果たして、ジゼルが彼のファミリーネームを名乗る意味を理解しているのかは分からない。
それは兎も角――目の前の相手をどうにかしなくては、満足に話す事もできないだろう。
●
ルトヴィリアは少年の身の上に同情や憐憫といった一般的な感情を抱いた。それは自らの歩んだ道にもどうにも似通っていて、無碍になどは出来ない。
一見すれば親愛に餓えた吸血鬼とそのお供――だけれど、アレは寧ろ違うのだろうか。
「……ただまあ……敵として立ち塞がる以上、容赦は出来ないんですよ」
「奇遇だね」
ああ、美しい翠の色が丸みを帯びた。幸福に歪んだ唇が諳んじたのは莫迦らしい程、単純で吐き気がするほどの悪意だった。
「思ったよりも早い再戦になったわね、色男さん達。今度は此の間よりも愉しくやれそうよ」
三日月の形の唇は、形良く。女の美貌を蠱惑的に引き立てた。銀の髪がひらりと揺れる。まるで風のように、砂の海を飛び越えて行く娘の瞳はぎらりと獰猛な獣の気配を宿した。
喉元を噛み千切らんとする獣の牙にノーザスが身構える。幼さは、拙さではない。引き摺られたロングソードの軌跡と共に砂が跳ね上がる。
「楽しみにして居てくれたのなら嬉しいなあ」
砂の海で泳ぐように。弾む声音と共にロングソードを掲げた吸血鬼の背後よりぞろりと姿を見せたのは宙を踊った紅色の水晶と紅玉髄の煌めきを持った犬。
佇んだ娘から漂ったのは血の香り。魔力と血を浴び変質した魔性の花が咲き誇る。星穹の指先から伸び上がった蔦は魔力を結わえ、けだものたちを引き寄せた。
「さあ、此方へ」
これが御伽噺であったならば、共に手を取り合い歌う事もあっただろうか。眼前に漂うけだものは愛らしさの欠片もない。悍ましく、心地良くもないと感じたのはそれぞれが別の命のかたちが合っただろうと推測できるからだ。
「ごめんなさいね。別のかたちで会えたのなら。
……或いはもっと早く出会えて居たのなら、痛みではなくて愛を与えて、撫でてあげることもできたのでしょうけど」
今は、なにも残して何てやれないから。
人がけだものへと転じる。牙を伸ばし、生をおざなりに愚弄された者達が玩具のように利用される。心地良いとは誰も言えまい。
「合わせろしにゃこ。足引っ張るなよ!」
「ルカ先輩! 合わせてあげますよ! 荒っぽい先輩に合わせられるだなんて、しにゃは――っとォ!」
可愛らしくデコレーションしたライフル銃は華奢な娘が普段使いするような傘を思わせた。構え、そして放たれた弾丸は言葉とは裏腹に残忍。
しにゃこの髪を一房掠めて無数に散らばる礫。ルカは容赦もせず、雨降るように降り荒む弾丸を見舞う。その中央で佇み唇を引き結んだ星穹に誘われたけだもの達を前にして、フランはルカの背を押した。
「ルカさん」
がんばれの四文字はフランのマナで構築された淡き光から感じ取れた。魔力の循環効率を引き上げるコツは『ギュッとなってンヌ!』なのだと彼には伝えていたけれど――きっと、分かってくれるはず。
フランはノーザスもアルヘンナもはじめての出会い。しかし、ノーザスのサディズム的思考は滲み出る。感じ取れば一発の拳をお見舞いしたいほど。
死の間際に見せる本音が愛おしい。そんな歪んだ思想を是認できる訳もない。
(……アルヘンナはノーザスとの間に絆があるのかな。なんだか、そう感じられるんだ)
スティアはノーザスの背後に立っていたアルヘンナへ向け、魔力を叩きつけた。嫋やかな意志は確かな力となる。
周囲に広がる天使の羽根は、残滓のようにひらり、ひらり。祈りと共に青年の視線を自らに釘付けた。
「少しお話しようよ、アルヘンナさん」
「そうだな……思い出話はお好きだろうか」
言葉遊びにはなりはしないけれど。彼の足元に展開された魔法陣は熱砂の嵐に周囲を包み込む。喉を灼く気配を前に、挫けることなく剣を握り締めたリディアはくるりと後方へと振り返る。
「ジゼル師匠は後方から適宜回復と攻撃の支援を!
前はお任せください! うっかり吸血鬼に嚙ませたりしたら、アマラさんに申し訳が立ちませんからね!」
「師匠――?」
一体どうしたの、と言いたげなジゼルがはくはくと唇を動かした。ああ、けれど、今は話している暇はない。
ジゼルは後方より回復の呪いを緻密にコントロールする。冷ややかな命のやりとりはずっとしてきたけれど、それでもこの場所で敵と相対すれば恐怖がふつふつと浮かび上がる。
「なんとまあ」
ルトヴィリアは眼前のノーザスをまじまじと見詰めた。アルヘンナのまじないに顔を歪めたジゼルを見て少年が喜ぶように胸を押さえた。ああ、きっと、ゼファーやルトヴィリアが苦しめば彼は心の底から喜ぶのだろう。
実に。
実に――同族嫌悪だ。
人の傷付き死に行く様に、最期に顕れた本性を嘲る趣味。そういう物が好きだというならばか弱い草食動物を演じるまで。
呪いに満ちた肉体を突き動かし、被虐的に、被捕食者の側であるように振る舞い続ける。今更傷一つ増えたってルトヴィリアは気にしない。
真空を飛ぶように、ロングソードが振り下ろされた。周辺へと向けて広がって行くその衝撃波をわざとらしく受け止めてルトヴィリアは藻掻く。
「ああ、アア! 血が、血が出たじゃあないですか!
演技はお手の物だった。ノーザスの唇がついと吊り上がった。ああ、なんて美味しそうな獲物だろう。
活きもよい。泣き叫んでみせる様はうつくしい。帽子と前髪が被さって表情を全て見ることが出来ないのは少し残念だけれど。
「頑丈さには自信がありますもの、そろそろ活きの良い玩具も必要な頃ではなくて?」
「本当に、遊び相手が多くて嬉しくなっちゃう」
嬉しそうな笑みを見ればリディアはノーザスと名乗った吸血鬼が心の底から歪みきっていることに気付いて仕舞う。
(ジセルはハートロストと呼ばれていた時ですら、人を傷つける事を楽しんではいませんでした。
そう考えれば、彼は根本的に"歪んで"しまっているようにも思えますが……)
それでも。理由があるのならば寄り添うことは出来のだろうか、
振り上げた剣を長剣が受け止める。戦う事が欲求に直結しているからこそ、少年は止ることは無いのだろう。
「死んでくれるの?」
「あらあら、達者な口だこと。親の顔が見てみたくなりますね……子を持つ親としては少々お話ししてみたくなりますが」
「親……? ぼくのおかあさんはぼくをあいしていてくれたよ。最後にそう言ってた。けど、おとうさんは……」
ノーザスはそこまで呟いてから首を振った。星穹は彼の表情が徐々に変化して行く事に気付く。
「けど、今はアルヘンナがいるもの」
うっとりと笑ったノーザスに応えるようにアルヘンナのまじないが天より振った。月の雫が毀れ落ちるようなたおやかな魔術。
「貴方達にどんな事情があれ、こっちも色々と譲れなくってね。可愛い友達に手ェ出されて黙ってらんないのは、そっちも一緒でしょ?」
「……そうだな」
アルヘンナが目を伏せる。青年はノーザスを護る為に此処に居た。だからこそ、彼が危険に陥ったならば直ぐにでも逃げ果せるのだろう。
フランは、スティアは気付いて居る。そうであるならば、彼を追掛ける理由も無い。
目的は懐中時計。王宮に踏み入らなくては、華は身を蝕み蔦を伸ばすように絡みつく。
「死ぬ時に人間が輝くって話は、わからなくもねえ」
命の光をルカは知っている。閃光のように眩く、命が消えていく刹那はどれ程に美しかったか。
うつくしく、はかない。命を表す言葉はそんなもので一纏めには出来ない。死んでいった彼等を愚弄する言葉であると、感じられて仕方が無い。
「だが誰一人として命を捨てようとしたんじゃねえ。一生懸命に生きてたから戦い抜いたんだ!
どれだけ醜くても、泥に塗れても、生き抜いてこそだ!
テメェは逃げてるだけだ! 生きるのが苦しいから、死に救いを見出してるだけだ!」
眉が吊り上がった。アルヘンナとノーザス、そのどちらもがルカを見ている。青年の我武者羅に振り上げた剣が月をも呑み喰らう。
決して、
「戦って、生き抜いたやつにだけ未来が開ける! そいつは何よりも美しい! そうだろ、ジゼル!
それにな、そんな下らねえ理由で俺の妹分(ジゼル)に傷をつけようってのが何より気に食わねえんだよ!!」
「下らなくなんか……ない! その時にしか僕の事を見てくれなかったんだ、アイツラは」
「ノーザス」
「大切な事は全て最後にとってあったんだ!」
「ノーザス!」
ノーザスが身の丈を越えた長剣を振り上げた。剣を受け止めたのはリディアだった。
蒼い瞳は、赤く。決意の気配は只、直向きに人を護るためだけにあって。
ノーザスを見上げたルトヴィリアは一滴の涙だって流しては居なかった。ああ、見ろ、あの歪みきった表情を。
「ハ、ハハ――逆転されるのは、中々無い経験でしょう?」
「煩いッ!」
唇を吊り上げ笑ったルトヴィリアに噛み付くようにノーザスが飛び込んだ。
その手から毀れ落ちた懐中時計。気付いた星穹は手を伸ばす。元から、彼の命を奪うまで行かなくても良い。
「ノーザス!」
アルヘンナの怒号が響いた。スティアがびくりと肩を跳ね上げ、星穹が身構える。それは、ノーザスだって同じ。
しにゃこは
「――死んじゃ駄目ですよ!」
「ばかみたいなことをいうひとだ」
ノーザスがしにゃこを見る。懐中時計は、彼の大切なものだったのだろうか。手にしようと飛び込んだノーザスの腕から花片が舞い踊る。
「なんで駄目かって……そこの見守りお兄さんからなんとなく愛を感じたからです!
生きる事で満たされるものだってありますよ! ね、ジゼルちゃん!」
生きていることは難しかった。それでも、生きている意味を感じたから。
懐中時計が弾かれ、壊れる。盤面のガラスに罅が走って、すべて、ガラクタになった。
●
指先より毀れ落ちていく花片は、彼の残した軌跡だったのだろう。子を持つ親として星穹はノーザスの言葉だけを繰返す。
――ぼくのおかあさんはぼくをあいしていてくれたよ。最後にそう言ってた。けど、おとうさんは。
愛されたがったから、死の間際に愛を乞うた少年の歪みきった感情に救いなんてないのかもしれない。
逃げ果せていく吸血鬼を真っ向から眺める。背中が月光に覆い隠されていくかのような、目映さ。
それでも構わなかった。優先するべきは王宮。スティアは深く息を吸い込んだ。先に待つのが何であろうとも、仲間達の烙印を消し去らねばならない。
「今度はもう一発殴るんだから!」
拳を固めて振り上げたフランは自らの体に咲いた華を感じ取りながら、静かに息を吐く。
噛み付かなくって良かった。ジゼルや、仲間達を見る。
悍ましくもうつくしい。はかなくも、艶やかなそれ。人である真実さえも霞むような、強い欲求に唇が震える。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
にんまりと笑ったフランは心配そうなジゼルの手をぎゅうと握り締めた。ゼファーもルカも、彼女にとってはたいせつなひとなのだろう。
それが分かるからこそ、フランも気丈に振る舞った。
「私よりもあっちのタフガイのほうが深刻な筈なんですけどね。
でも、転んでもタダじゃ起きないのがイレギュラーズってヤツですもの。だから私達はまだまだ大丈夫よ」
頭をぽん、と叩いたゼファーにジゼルは頷き俯いた。
「ジゼルとアマラ。貴方達に素敵なお祝いだってしたいんですからね?」
「あ、あの、それ……」
不思議そうな顔をしたジゼルにしにゃこは意地悪くジゼルの頬を突いた。
「お幸せにねジゼルちゃん……またたまに遊びに行きますから!」
「まって、まだ、アイツラを倒さなくっちゃ。しにゃこ、その、幸せにねって……?」
恐る恐ると問うたジゼルを見てルカは彼女は理解していないのだろうと合点が行く。
アマラとジゼルの関係性は一言では言い表せないけれど、それ故にジゼルの中ではまだ上手く纏まりきっていない感情が存在していた。
「しっかしアマラもやるじゃねえか。ジゼルにプロポーズを受けて貰えるなんてな!」
ルカが快活に笑えばジゼルは驚愕に目を見開いてナイフを砂の海へと取りこぼした。
皆の反応の意味を理解して思わず感じた目眩を抑えながらジゼルは「そ、そういう訳じゃ! ないと思う!」と悲痛な声音で叫んだ。
女の子は、ちょっとだけ難しい……の、かもしれないのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。孤児で盗賊だったジゼルがだんだんと大人びていく様子を見守って頂き嬉しいです。
この動乱が終るまで彼女は皆さんと駆け抜けたいと願っています。
終ったら、アマラの家に帰るのは少し気まずさを感じてしまったかもしれませんね。
GMコメント
日下部あやめと申します。
●成功条件
『錆色の懐中時計』の破壊
●錆色の懐中時計
ノーザスが懐に持っている懐中時計です。防御の魔法の媒介の一つであり、蓋に魔法陣が刻まれています。
防衛のためにアルヘンナは活動中。ノーザスはイレギュラーズの皆さんの撃破を目的にしながらも、懐中時計を懐に忍ばせているので、的が動き回る状況になります。
●エネミーデータ
・『吸血鬼』アルヘンナ
銀の眸に、穏やかな風体の青年。アマラが紅血晶の情報を聞いた男の容姿にも似通っています。
ノーザスを支援しています。銀の短剣で近接攻撃も出来ますが、基本はスティッキを使って足元に魔法陣を産み出し、魔法で攻撃する後衛タイプです。
女王様に心酔しているのか、あまり要領の得ないことばかりをお話しします。
・『吸血鬼』ノーザス
きょろりとした可愛らしい緑色の瞳の少年。ぶかぶかとした服を着用している吸血鬼です。
人が死ぬ刹那が一番美しいと認識しており、外見には似合わぬサディストです。積極的にダメージが多く重なっている対象を優先します。
長く引き摺るロングソードを手に前戦で戦います。とても、タフです。
・アマ・デトワール 5体
生物が晶獣に変質する際、副産物的に生まれる小型の晶獣です。
鈍く光る、血のような赤い水晶で構成された姿をしています。
神秘術式による神秘中距離~遠距離攻撃を多用します。
・サン・エクラ 5体
小動物や小精霊などが、紅血晶に影響されて変貌してしまった小型の晶獣です。
キラキラと光る、赤い水晶で構成された犬の姿をしています。
鋭い水晶部分による物理至~近距離戦闘を行うことが多いです。
●味方NPC『ジゼル・ガルニエ』
アマラの苗字であった『ガルニエ』を名乗る勇気が出ました。
大鴉盗賊団に所属していた少女。コードネームは『ハートロスト』。
盗賊であった両親が傭兵に殺されたことから傭兵嫌いで心を閉ざしていました――が、イレギュラーズ達に救われました。
幼いころに天賦の才を買われていた魔術師です。魔力の媒介になったナイフを手にしています。
回復と遠距離攻撃の支援を行ないます。皆さんと一緒に、冒険したい、仲良くなりたいなと思っております。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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