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シナリオ詳細

<ラドンの罪域>黒蝕の翼

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『狂黒竜ラドネスチタ』
 ぎょろりとした黒い瞳がどこにあるかも分からぬほどの闇色。顔と呼ぶべき部位そのものさえ判別が付かぬものだった。
 その身からは黒き粒子が漏れ出る。悍ましき霧が周辺を包み込み、竜の口からは黒き吐息が毀れ落ちた。
 その恐ろしき姿は本能的な畏怖をも与える事だろう。
 周囲を蝕み、全てを闇に閉ざす『狂黒竜』――同じ竜種であろうとも、果ては天帝種とてその存在から目を背けた。
「仕方在りませんなぁ。何を怯えているのですかな」
 幾人かの『人』を連れてその男はやって来た。人の形を取っているが、それは天帝種であっただろうか。
 連れている男は只の人ではない。朗らかさとは別に、その体は滅びの気配を宿していることが良く分かる。
「世界を滅ぼす竜と呼ばれているのだそうですな。その黒き気配が『滅び』の象徴であると。
 ……全く以て、嘘っぱちだ。おまえが世界を滅ぼすというならば、この身の方がとっくの昔に世界を滅ぼしてしまっているでしょうに」
 男は揶揄うようにそう言った。近寄る男へと「ベルゼー」と幾人かが慌てた様に声を掛ける。
 ラドネスチタの頬に小さな掌を押し遣って、優しく撫でる男――ベルゼーは笑う。
「ラドン。そう呼んでも?」

 ――構わない。

「ラドン、お前はその外見から化け物だと竜達の中でも疎まれてきたのでしょう。それが勘違いだと私が教えましょう。
 知らぬ者が近付けどもお前は牙を剥くことさえしなかった。その素晴らしいこと。私は敬意を示しましょう。
 我が名はベルゼー。ベルゼー・グラトニオス。……我が身が『何であるか』は『お前には』説明しなくても良いのでしょうなあ」
 人をよく見ている子だと撫でる指先が、優しかった。
 ラドネスチタ――ラドンはその時に決めたのだ。
 この不憫な男が望むことを出来る限り叶えてやろう、と。
 彼が、黄昏の地に『幸福の地』を作るならば、己が護ろうと。
 彼が、心に決めた唯一の希望があるならば、己が『その意志を担ってやろう』と。

●『フリアノン』
「――そうか、珠珀がそんな事を」
 眉を顰めた秦・花明は娘である秦・鈴花(p3p010358)が手にして帰還した手記を眺めて居た。
 フリアノンの元里長である珱・珠珀は事細かにベルゼーから聞いた事を記していた。その中にヘスペリデスの情報があったのだ。
「……それにしても、まさか鈴花が琉珂と一緒に……」
「うちの『娘』も一緒とはね」
 花明の傍では火急の事態であるとフリアノンの防衛に呼び出された『宝玉窟アンペロス』の里長代行である仙月の姿があった。
 ペイトの出身である仙月の実力を知っている者がピュニシオンの探索により周辺に現れる亜竜から里を護るように要請したのだと言う。
「おかーさん」
「無理はしてないだろうね?」
 仙月の『拾い子』であるユウェル・ベルク(p3p010361)は小さく頷いた。それよりもユウェルが気になったのは妙な空気感の鈴花と花明である。
「……琉珂、いや、里長」
「何かしら、花明おじさま」
 珱・琉珂 (p3n000246)は姿勢を正し、彼を見た。花明は『琉珂の両親』と幼馴染みだったそうだ。そして、『琉珂の両親』について一つだけ大きな秘密を抱えている。
「もうそれだけ大きくなって、お前が覚悟を決めたのならば……私も、覚悟をしなくてはならないな。
 私と珠珀、それから琉依はピュニシオンの森へと探索に入ったことがある。それは二人が亡くなった日の朝のことだ」
 琉珂は小さく息を呑んだ。その傍らには師と仰いだルカ・ガンビーノ(p3p007268)の姿がある。
「花明だったか、鈴花の親父さん。それは『琉珂の両親が死んだ現場にいた』ってことか?」
「……ああ。琉珂、お前の両親の死は『ベルゼー・グラトニオスが関わっている』。それは確かだ」
 乾いた声音で「どういうこと」と琉珂はやっとの事で声にした。唇が戦慄いて、音にもなりはしない。
「――あの人に……『里おじさま』に逢ったなら、伝えて欲しいことがある。貴方一人が背負うモノではない、と。
 あの時、あの竜に出会ったのは……不幸でしかなかったのだから」
 金の翼を有する竜、そして黒き小さな竜に出会ったと、花明はそう言った。
 ベルゼーの姿を見て、それは直ぐに退いたが珠珀達は『間に合わなかった』のだろう。
 ユーフォニー(p3p010323)は「惨い」と眉を顰め目を伏せる。覇竜領域で活動してきた彼女も竜の恐ろしさは良く聞くことではあっただろう。
「森を行くならば出会う可能性がある。注意をしなさい。それから、どうか無事で……フリアノンのことは私達に任せ欲しい」
 里長代行達が出来る限りの防備を整えている。フリアノンだけではない、ペイトも、ウェスタも。
 その全てが『此処から起るであろう未曾有の事態』に立ち向かう準備を始めたのだ。

●罪域を進むもの
 ラドネスチタと相対したイレギュラーズの前に、その男は立っていた。
「ルカ」
 やけにフランクな声音であった。本来ならば『其処に存在しないはず』の男は汚れたジャケットを肩に引っかけている。
「親父――!?」
 驚愕を滲ませたルカは目の前の男――『クラブ・ガンビーノ』の団長にして、自身の父親であるロウ・ガンビーノを見遣った。
「何してんだ、テメェは」
「コッチの台詞だ」
 各地を放浪していた『父親』の登場にルカは空いた口が塞がらない。
「リエン――……お前の母さんを探してんだ。故郷に帰った可能性があったからな。どうやら『ビンゴ』だ」
 男の視線の先にはルカに良く似た『幼い』少年の姿があった。幼少期のルカはあの様な雰囲気だったとロウは頷く。
「そこの少年。リエンは居るか」
「璃煙……うん、冥・璃煙なら僕らと共にヘスペリデスに。
 ボクは璃煙様を護る為に此処に居る。璃煙様はお前達とは会いたくないんだって」
 苛立ちを滲ませる少年にロウは「妻を迎えに行きたいだけだが」と渋い表情を見せた。
「そっちの事情は知らないよ。僕の名は『葬竜』カプノギオン。
 璃煙様を、いや『母様』を護る為に此処に居る。あの方は竜骨フリアノンを護るべくして生きている。
 フリアノンは『暴食』との誓いで護られている。故に、この平穏を脅かす輩を、ボクは許さない。ねえ、テロニュクス」
 ゆっくりと視線を背後に遣ったカプノギオンに薔薇色の翼を有する竜種は淡い焔を吐出す。
「我が花園へ立ち入らんとするのですか、人の子よ。
 ……この世界にて我が友は心を休めておられます。この様な機に踏み入るなど、無神経ではありませんか」
 静かに告げる薔薇色の竜――『花護竜』テロニュクスは声音こそ穏やかに、僅かな苛立ちを滲ませて言った。
「私は『ヘスペリデス』の管理人、『花護竜』テロニュクス。我が花園に立ち入る者は見定めさせて頂きましょう」

 ――話は、終ったか。

 低く地へと響き渡るような声がした。
 それは目の前の『黒き煙』より発された事を知る。
 先をも見通せぬ黒き領域。身を揺すったそれは巨大な竜の肢体だと知った。

 ――この地に近付く者よ。
  わたしの名はラドネスチタ。……ラドン。
  我が友の意志に従い、黄昏へと踏み入れる者を見定める者なり。

GMコメント

 夏あかねです。排他がありますので注意して下さい。

●目的
 ・『狂黒竜ラドネスチタ』の撃退
 ・敵対対象の撃退

●『狂黒竜ラドネスチタ』
 通称をラドン。ベルゼーの友とも言える存在です。
 人間から見れば巨大な竜です。この一体を包み込むほどの黒き瘴気をその身から発します。
 その黒き気配は人の体には悪影響を与えます。不調・不吉系列のBSの他、その種別が変化する可能性もあります。
 極めて堅牢で、極めて巨体であるために左右からの作戦となります。当シナリオは【右側】です。
 連動する双方のシナリオでの竜種へのダメージ及びBS付与は共有されます。
 オールレンジ対応の攻撃性能を有しています。身は重たく、回避性能は低い様子ですが特殊抵抗も高いようです。
 自らが実力を認めた場合は戦闘を中止します。が、カプノギオンやテロニュクスが邪魔な存在になりそうですね。

●『葬竜』カプノギオン
 この機にやってきた黒き翼の竜。将星種『レグルス』。
 竜種にしては年若いですが、葬竜と呼ばれる系譜の竜であるため自らの生まれは尊いものであると認識しています。
 璃煙という女性を母と慕い、彼女を護るべくイレギュラーズを排除しようとしています。
 非常に好戦的。どの様な戦闘能力を有するかは分かりませんがラドンと比べれば小柄で、機動力も高めです。
 ロウ・ガンビーノが「璃煙をどこにやった」と交戦しています。
 カプノギオンは『ここでイレギュラーズを見逃しても璃煙を守り切れる』もしくは『それなりの傷を負った』場合は撤退します。

●『花護竜』テロニュクス
 ラドンの向こう側に存在するヘスペリデスの園の管理人です。
 やや勘違いもありますが、皆さんを花園を害する存在だと認識し排除しようとしています。
 ある程度落ち着かせれば言葉は聞いてくれるやも知れません。
 ただ、人間のことは『竜の尺度』で見ている為、ある程度、実力を認めて貰わねばならないかもしれませんが
 ある程度出構わないことと、彼は『戦闘を好まない』為、それ程戦闘に対する意欲が亡いことだけが救いです。
 ラドンと比べれば小柄、回避能力はそれなりに高く、炎を駆使します。

●ロウ・ガンビーノ
 ルカ・ガンビーノ(p3p007268)さんのお父さん。何処かに消えた妻『冥・璃煙』――リエン・ガンビーノを探しています。
 遙々こんな場所にまで来て仕舞いましたが、執念の塊です。
 璃煙(リエン)を護る為ならば息子だって殺す程度には『惚れた女の為』と割り切ることが出来ます。
 現在はカプノギオンと敵対していますが、話次第では二人で結託して姿を眩ます可能性があります。
(カプノギオンとの交戦を避けるならばロウと結託させ、戦場からの撤退を促す事が最も容易な方法です)

●同行NPC
 『珱・琉珂 (p3n000246)』
 竜覇(火)、覇竜領域出身、フリアノン里長。まだ年若いために代行を幾人か立てて世界を回っています。
 オジサマが冠位暴食であった事への心の傷はかなり深め。とても信頼していましたし、珠珀の死後は父代りでした。
 其れなりに戦えます。近接攻撃が中心です。

●参加の注意
 当シナリオは同時系列で運用される連動シナリオとなります。
 ・『<ラドンの罪域>黒蝕の翼』
 ・『<ラドンの罪域>滅影の牙』
 上記シナリオとは同時参加は出来ませんので予めご了承下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <ラドンの罪域>黒蝕の翼Lv:50以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2023年04月25日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者
月瑠(p3p010361)
未来を背負う者

サポートNPC一覧(1人)

珱・琉珂(p3n000246)
里長

リプレイ


 黒霧に包まれたその場所は『ラドンの罪域』と呼ばれていた。
 決して立ち入ること勿れ――
 死の森、帰らずの森。その様に呼ばれた深き森は昏き気配と共に安易なる好奇心を拒み続けた。
 果てに夢が在る等とは誰も思うまい。
 元より『覇竜領域』とは国等という言葉では括れぬ場所だ。上位存在である竜種達が翼を広げ、命を貪り喰らうが為の領域である。
 疆域を一度越えれば、それは只の自殺志願としか言い表せぬ。
 その奥地に、向かうべき場所があるのだという。
『狂黒竜』ラドネスチタの『領域』の向こう側――とある男が夢見た楽園。

 夢のまにまに、好奇だけで進み来る場所でないことは体が膚で感じていた。ひしひしと針で突き刺すような気配。
 それが竜種という存在が四方八方に存在しイレギュラーズを待ち受けていることを示していることを『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)はよく分かって居た。
 幾重もの戦いを越えてきた。故に、強敵の気配を感じることが出来るのだ。黒き靄と共に感じた敵意。針の筵だ。
「……これだけあちらもこちらも強大な気配を感じると、かなりしんどいですね。
 巨大な竜に、人型ではあるものの圧倒的な力を感じる竜たち、そしてルカさんのお父様に至るまで――」
 そう呟いてから、正純の視線はロウ・ガンビーノへと向けられた。その顔立ちや姿は『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)にも良く似ているか。
「顔が反則な男の父親も顔が反則だったり、なんなの!?」
『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)は実父が『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)の父親である元里長『珠珀』の友人であることは分かって居た。が、実父である秦・花明が里おじさまことベルゼー・グラトニオスと知己であったなどと露程思ってもなかったのだ。
「ああ、もう。『この森を抜けて、オジサマに会いに行く』んでしょう? シンプルで分かり易いくせに、障害と情報が多すぎる!」
 憤慨する鈴花に『顔が反則』と指摘された青年は何とも言い難い表情でロウを見遣った。
「親父」
「ルカか」
 じろりと睨め付ける眸にルカは嘆息する。此処で可愛い息子のためになんとかしてくれ、と声を掛けようとも彼は聞いてやくれないだろう。
 父がそうした情で息子を気に掛けてくれるタイプでないことはルカが一番に知っている。
「で? そっちのオッサンは夫婦喧嘩の最中か? 他所でやれよそういうの! 俺達無関係だからあっち行ってろ!!」
「そうは叶わない話なんだが」
 嘆息したロウが『竜の狩人』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)を睨め付ける。その理由を感じ取るようにミヅハは『ルカによく似た姿』の少年を――竜種を見た。もしも、ルカの幼少期を見ることが叶えばこの様な姿をして居ると思わせる竜種はミヅハを見てふんと鼻を鳴らす。
「アレが、事情かよ。……くそっ、ツイてないぜホントに!」
 竜種が揃いも揃って此方を待ち受けているのだ。しかもその内の二体は好戦的だ。
「あの少年が嫁(リエン)を攫っちまったんだから、退くわけにも行かないだろ。後、勘違いするなよ、ガキ。嫁とは愛し合っている」
「親父」
 やめろと言いたげな表情のルカの傍で琉珂は「りえん、って、冥・璃煙様……?」と問い掛ける。カプノギオンの眉が動いたのは事情通であろう里長が同行していたからだ。

 ――人間とはお喋りな者が多いのだな。……ああ、人とは言い切れぬが、我が友もそうであったか。

「友が誰のことだかは知らないッスけど、オレ達だって此処で足踏みしているわけにはいかねぇからな……」
 竜がなんだってんだ、と呟いた『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)。感動の再会、とは言い表せない予感のする親子の再会に、ベルゼーと琉珂。他者の家庭事情までセットになって居るとなれば葵は頭を抱えたくもなる。
「友……友って、ベルゼーさんのこと、だよね……?」
 確かめるように問うた『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)へとラドンは身を揺らがせた。
 その傍らに佇んでいた『花護竜』テロニュクスは「如何にも」と告げ目を伏せる。
(……とはいえ、何が何でも守ろうってわけじゃあないみたいだよね……?)
 どちらかと言えば、大切なベルゼーを傷付けない人間であるか品定めしてきているかのような様子であった。
「実力を認めて貰って、話を聞かせて貰うとしましょうか」
「はい。それにしても……竜。竜種はメテオスラーク以来でしたから、こうも色々と出てくると感覚がおかしくなりそうですね」
 それが覇竜領域たる由縁かと『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)は呟いた。自身は弱い、そう認識せざるを得ないほどの上位存在が目の前に佇んでいる。
(……力もなければ、僕よりも優秀な護り手だっている。でも、それでも、僕は自分に出来る事をしなくては……)
 その新年を目の前の竜種に認めさせれば良いのだ。その感情こそは同じか。『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はラドネスチタへと向き直り、敬意を持ってその名を呼んだ。
「嘗て、練達と呼ばれた国で竜種と相対した事がある。それよりも厳しい戦いになりそうだね――けれど、ラドネスチタ殿、君の試練を乗り越えてみせるよ」
 此処で退いてはならない。ベルゼーに会えなければ全てが終ると感じられる。
 ベルゼー・グラトニオス。冠位暴食。赦されざる存在。世界を滅びへと誘う『大罪』の一角。
 それでも、彼に会わなくてはならないとヴェルグリーズは予感していた。
「りんりん」
 この先に進まなければベルゼーに会えないという。それは彼の理解者であろう琉珂が告げた以上信頼できる情報だ。
 その上、ラドネスチタが『友』とその存在を示唆したのだからルカの発言は正答であったとも言える。
『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)はくい、と鈴花の手を引いた。
「何、ゆえ」
「わたしたちがやることは決まってるよね、りんりん。
 もう一回あの人とさとちょーを会わせる。それが今わたしたちがすべきこと! 大事な親友のためにユウェル・ベルク推していくよー!」
「ええ、そうね。本当にムカついてるの。
『貴方一人が背負うモノではない』なんて、伝えたいなら自分で伝えなさいよ馬鹿親父。とにかくこの拳を届かせるしかないわ!」
 顔が反則な男と、『ドでかい』竜と、怒っている心優しい竜と、『顔が反則な男の幼い頃に似ている』竜と――兎に角、四方八方を納得させるが勝機なのだから。


 大切を辿って此処までやってきた。
 それが琉珂にものであったのか、それとも夢見た誰かの者であったのか、細やかな事など『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)はさして定義しない。
 誰かが思い、抱いた願い。大切で合ったもの。ユーフォニーが大切だと思って出会ったものを、出会った誰かの大切も、その全てを守りたいと願っていた。
「初めまして。テロニュクスさん」
「……初めまして、人の子よ」
 薔薇色の翼を有する竜の声音は穏やかであった。しかし、その中に込められた冷たい響きをユーフォニーは膚でひしひしと感じ取っている。
「花畑を荒すつもりはないんです!」
「立ち入るだけで、花園は乱れるのです。我が友は心を休めていらっしゃいます。その安寧をも乱すというならば花を踏み躙ると同義」
 口調こそは丁寧ではあるが、テロニュクスがイレギュラーズに対して悪感情を抱いていることは確かだ。
 言葉で説得しきることは難しいか。伝えたい想いは募るほどあると云うのにテロニュクスは聞く耳を持たない。その様子こそをアレクシアは自身等は『話すに値しない人間』であると認識されているからだと感じられた。
 正純が周辺へと展開する保護の魔術。巨大なラドネスチタの体の向こう側に広がっている花園だけではない。ピュニシオンの森に広がっている木々を傷付けない事で自身等が花園に対して悪影響を及ぼす存在ではないことを示そうとする。
「貴方の守るべき園へ、足を踏み入れようとする非礼、大変申し訳ございません。
 ですが我々、矮小な人の身、何もせず抗うことなく滅びを待つことは出来ません――故に前に進む。そのための力を認めさせます」

 ――愉快な事だ。

 矮小なる存在と己のことを卑下したのは『竜から見た人間』などと言う存在は虫螻も同然だと理解しているからだ。
 眼前の竜。巨大なるラドネスチタ。この一帯を包み込む黒き霧風がその身より湧き出た能力の一種であることを理解すれば、対応こそは分かる。
「認めさせる、なァ……」
 顎に手を遣ったロウにルカは「親父」と呼んだ。
「……ガキの自分みたいな姿してるやつとやり合うのは複雑だけど、竜は竜だ。全力以上で行くぜ」
 魔剣『黒犬』のレプリカを片腕で力任せに抱え上げた。持ち上げ、肩へと乗せた重鈍の剣。両手で握るはずのそれを片腕に抱え上げ、もう一方は拳を固める。
 余計な言葉を話さずとも父はルカの戦闘スタイルをよく分かって居るだろう。『拳』を固めたルカを見てからロウは「ルカ、テメェ……俺に似たな」とぼやく。
「あ? おい、そんなこと言ってる場合かよ。遊んでなまってねえだろうな親父! 情けねえ姿見せたら竜の前に俺が殺すぜ!」
「言ってろ、クソガキ。テメェの良いところは精々、リエン――璃煙殿に目許が似ている事ぐらいだろうが」
 ルカの肩がぴくりと跳ねる。それは眼前のカプノギオンも同じであった。一方は見知らぬ母の姿を思い描き、もう一方は不快感を露わにする。
 ルカ・ガンビーノは母を知らない。母がどの様な顔をして居るのか、母の声の一つさえ記憶にはない。分かるのは父が惚れ込むほどにいい女であることくらいだ。
「つべこべ言うなよ、親父。行くぜ!」
 唇を吊り上げて地を蹴った。『ガキ』の頃から父には憧れていた。クラブ・ガンビーノを率いる彼は只管に強く見えたのだ。
 眼前には竜が。肩を並べ、戦うなど悪くはない気分だ。ロウはカプノギオンをまじまじ見てから「テメェは璃煙殿の行方を知ってるんだったな」と問うた。
「知っている。でも言いたくない」
 外方を向いたカプノギオンへとロウが肉薄する。痛烈な蹴りを指先一つで受け止めて竜はふんと鼻を鳴らした。
「人間風情が」
「人間とは脆いのですから、壊してはなりませんよ、カプノギオン」
「虫を殺すことに許可が必要だと思っているの? テロニュクス」
 眉を吊り上げたカプノギオンにテロニュクスが渋い表情を見せた。正純はその様子からもテロニュクスという竜は心優しく穏やかな気質を有して居る事を察する。
(しかし、相手が竜であることには変わりない。強敵、それ故の慈悲とでも言ったところでしょうか……)
 正純は弓を引く。それは宿命を帯びた夜空を穿つ一矢。祝福と呪いは相反しながらも、その存在を同一とする。
 運命(さだめ)とは決して覆らぬものである。しかし、是とするわけには行かない。
「虫……ええ、そうでしょう。私達は矮小なる存在に他ならない。それが竜と人の差である事など、よく知っていますもの」
 正純はカプノギオンとテロニュクスの双方を確認してから、テロニュクスへと向けて弓を引いた。正純の放つ一矢は闇夜に陰った暗き星による一矢。
 しかして、その星に纏わる呪詛の気配は正純の肉体に僅かな呪詛の残滓がこびり付くが気に留めることはない。
 祈りは、呪いだ。死へと祈れば、それは呪いに転じる。星巫女はそれをも理解しながら、矢を番え、眼前の竜をも穿つ。
「戦う事も、避けたいですが」
「此方もそうです。花園を荒らすつもりはありません。ただ奥に行きたいだけです。必要ならば避けることもお約束します」
「避けることは出来ませんよ。何せ、我が花園は皆さんの目的地なのですから」
 鏡禍は顔を上げた。花園、とテロニュクスが呼ぶのはベルゼーの作り上げた『ヘスペリデス』と言うことか。
「何も知らぬ人間を土足で我らの領域に踏み込ませることは許せないのです。何故か分かりますか?」
「……何故か聞いても?」
 鏡禍の問い掛けにテロニュクスは目を伏せった。お労しいと唇が動いたのは彼がベルゼーを思ってのことだったのだろう。
「あの方は、ベルゼー・グラトニオスという男は、何時か来たる終焉を前にしているのです。
 此の辺りの話は白堊達に聞いた方が良いでしょうね。……ただ、この身は『あの黄昏の花園』に踏み入る事を許せるか、否か。確かめるだけ」
 理由を問うてもはぐらかして見せたテロニュクスへと鏡禍はあやかしの力を宿し、薄紫の霧を竜撃の一手へと変化させる。
 流石にびくともしないテロニュクスはその攻撃をいなすように掌をそっと前へとやった。掠り傷程度ならば、気にも留めないとでも言う事か。
「貴方方に、あの方の苦しみが分かち合えるのか」
「花園を傷付けるつもりがないと言っても理解してくれないのはそれが理由かな?」
 ヴェルグリーズは問う。花園とは即ち彼の管理する『場所』だけを刺していないのだろう。ルカとカプノギオンのことも気になる。ラドネスチタを押し止めるアレクシアと葵、そしてミヅハは『巨体の向こう側』の隊を気にする素振りを見せていた。
(彼を納得させなくてはならないか――だが、どうやって?
 はぐらかした理由のその先を紐解かねば鳴らないという事だろうか……)
 ヴェルグリーズは極限の集中状態にその身を移行させていた。流星の如き軌跡を残す神々廻剱、その映し。
『空』を思えばこそ、強くもなれよう。父が息子を思う気持ちとは対照的な『子が親を思う気持ち』に似通った感情こそがテロニュクスとラドネスチタの傍にあるのだろうか。
「さっき、私は花畑を荒すつもりはない、と言いました。聞いて下さい。
 私は、戦闘が余り得意じゃないみたいです! テロニュクスさんに認めて貰えるかも、分かりません! けれど――!」
 ユーフォニーの傍では周辺確認を行って居るリーディアの姿があった。リーディアの視線から見れば、良く分かる。一向に動かないラドネスチタの体の向こう側には美しい花園が存在しているのだ。
(あの花園こそがテロニュクスさんの――)
 ユーフォニーは唇を震わせた。折角言葉が通じるのだ。『覇竜の導き』はこうした時に利用できるものであるはずなのだ。
「それでもここに来たのは! 覇竜の地が! 覇竜にいるみなさんが! だいすきだから!
 だいすきなみなさんの『大切』を! 私も大切にしたいから! ベルゼーさんの手がかりを追いたいんです!」
 ベルゼーと言う男は、どうにも憎めない存在だったらしい。
 亜竜種達があの集落で生き延びることが出来た理由も。
 イレギュラーズが深緑で相対した際に、彼が撤退した理由だって。
(あの人は、だいすきなみなさんの『大切』になってしまった――あの人が、どう思おうと、そういう人だった)
 心優しい『冠位魔種』だなんて聞いて呆れる言葉なのかもしれない。腹が立って堪らないと鈴花は奥歯を噛み締めた。
 殴りつけた拳が痛い。テロニュクスは自己防衛と反撃程度の攻撃を行なっているが竜種の恐ろしさはその身を持って感じている。
「貴方が守りたい花畑は荒らさないって約束する。ただアタシ達も、もう一度ベルゼーに会って話がしたいの」
 跳ね上がるように周辺の草木を避け、グーで殴った鈴花はテロニュクスの表情を見る。
 そんな、痛々しい顔をするのだから、『オジサマ』をぶん殴って聞かせてやりたい。心配ばかり掛けさせて。
 美しい薔薇色の竜。そんな彼がベルゼーのために此処に居たことは分かって居る。彼の護りたい花園だって――「花園って、ベルゼーのことだよね?」
 ユウェルは気遣うことも、困った顔をするでもなく、単刀直入に聞いた。
「ゆえ」
「そうだよ、りんりん。花園って、ベルゼーと、ベルゼーの作った場所ってことでしょ? さとちょーもそう思うよね」
 振り向いたユウェルに焔を纏った鋏を握っていた琉珂はぱちくりと瞬いてからテロニュクスを見た。
「あなたは、何も教えてくれない。それはオジサマを大切にしてのことなの?」
「そうだよね、テロニュクス。ラドネスチタも。ベルゼーは幸せだね。みんなが気を遣って、愛してくれるんだもん」
 ユウェルは唇を尖らせた。鈴花はそうである方が尚更苦しいものではないかと唇を引き結ぶ。
 花園を傷付けたくはないと口にすれど、その目的の先がベルゼーである可能性を示唆すればテロニュクスは許してはくれないか。
 正純、ユーフォニー、鏡禍にヴェルグリーズ。亜竜種三人娘は仲間達を顔を見てから決意したように再度テロニュクスに向き直った。
「オジサマを傷付けたいわけじゃないわ。オジサマともう一度、ちゃんと話をしに行くの! 里おじさまは、アタシ達の友なのよ!」
「そうだよ。さとちょーとりんりんとわたし。一緒に三人で此処まで来たんだから。
 さとちょーが『オジサマ』と話したいなら、……大事な親友がそうしたいっていうならユウェル・ベルグは諦めない!」
 堂々と告げる二人を見てからテロニュクスは翼を一度休めた。視線の先にはユーフォニーが立っている。
 彼女は告げた。
 彼女は、仲間を護る為に身を張った。傷付ける事を痛う戯けではない。自らの心に勇気と責務が存在したからだ。
 ユーフォニーは誰かのために、と心が突き動かされる。
 だからこそ――『だいすきなみなさんの大切を私も大切にしたい』とそう言った。
「私たちはちっぽけな存在かもですが! テロニュクスさん達竜種の方々の『大切』も大切なんです!
 私たちの行動がテロニュクスさんの「大切」を害するなら! 害さない方法を! 全てを守れる方法を! 一緒に探していただけませんか……! 対価が必要なら何でもします!」
「お名前は?」
「……ユーフォニー、です」
 ユーフォニーと呟いたテロニュクスの眸がぎょろりと動いた。薔薇色の竜種は翼を広げてから囁く。
「他者がそうしたいから、ではなく貴方の目的がなくては、先に進むほどにその心は痛みましょう」
 テロニュクスが勢い良く上空へと羽ばたいた。正純が矢を番え、瞬時にヴェルグリーズが構える。
「何処へ!」
「『対価』を頂きましょう。ラドネスチタが貴方方を認めたならば――我が望みを聞いて頂きましょう」


「俺は母親の事は知らねえが、親父や俺に会いたくねえってのは嘘だろ。
 どうせ『合わせる顔がない』とか『戦いたくない』ってのが正確なところだ」
「……」
 ルカの発言こそ図星だと言わんばかりにカプノギオンの表情が歪んだ。それ位、各地で苛烈なる戦いを経たルカは分かる。
 理由こそ分からない――いや、琉珂ならば欠片でも分かる可能性があるのだろうか――が、この奥に存在するヘスペリデスと呼ばれた『黄昏の園』に居るのであればベルゼー側の人間だ。それならば、反転している可能性や、敵対感情を抱いてイレギュラーズと相対する可能性もある。
(息子がイレギュラーズであるかは分からないだろうが、唯一分かってるなら夫を巻込みたくない、位なモンだろ)
 ルカは嘆息する。地を蹴ってカプノギオンに肉薄するが小さなまろい掌一つで黒犬が押し止められた。
「どうしてそう思った」
「カプノギオン、テメェが俺の姿を真似してるからだ。本当に会いたくねえなら側にいるやつがそんな姿を取るのだって嫌だろうが」
「僕も、お前を見て腹が立った。こんな事ならシグロスレアを連れて来たら良かった。
『暴食』様が僕に一人で行きなさいと指示したから良い物を……彼奴がいたらお前の事なんて此処でズタズタにしてやったのに」
 呟くカプノギオンは『母』と慕った女の実子を見て苛立っていることは明白だった。
「いっそのことさっさとズタズタにして遣った方がよかったかな。君の友達は、随分と我慢強いね」
 カプノギオンの視線の先を見遣ってからルカは「アレクシア」と呟いた。
 ラドネスチタの抑え役を担うこととなったアレクシアは肩で息をして居る。
 膝が震える。竜を相手にすることの恐ろしさでへたり込んでしまいそうだ。それでも――何時か、見た御伽噺を思い出す。

 ――アレクシア、竜というのはね。

 兄さん。そう呼んだ彼が教えてくれた御伽噺。定番の物語の主人公になったのだと彼に話をしてやる為に。
「ッ、まだだよ、ラドネスチタ!」
 空色の石が光を帯びた。身を守る障壁魔術に罅が入る。ヴィリディフローラの光が花弁より毀れ落ちる。術者を護らんとするのは『灰の霊樹』の加護のようにも感じられた。 
「ラドン! アンタから見ればオレ達は小せぇかもしれねぇが、小さい事は弱い事じゃねぇのを証明してやるっスよ!」
 葵はラドネスチタに話しかけて言葉で全てを理解して貰えるとは最初から認識していなかった。
 二匹の竜を押し止める間の時間だ。追い詰められてもゲームセットのホイッスルが鳴るまでが試合なのだ。
 勢い良く地を蹴った。制圧せよ、ゲームセットには未だ遠いと己を鼓舞し続ける。
 フェアプレーを求めるスポーツではない。そもそも、この現状だ。『実力』が違いすぎる。
「アンタがコッチを認めたなら鱗の一つくらいは通行証代わりに欲しいっスけどね。アンタがオレ達が黄昏に行く事を認めた証として!」
 ラドネスチタの眸がぎょろりと動いた。黒き靄が周囲を包み込み、呼吸さえも苦しくなる。
 だが、それにばかり構っては居られなかった。自身を包み込む加護は様々な攻撃に対して対抗しうる者だ。攻撃だって的確にラドネスチタに降り注ぐ。
(生半可で認めてはくれない、か――返事もない時点で、オレ達を『舐めてる』)
 葵は唇を噛んだ。エメラルドの刃の如く、サッカーボールが軌跡を描く。
「ッ、コッチを――向け!」
 叩きつけた弾丸。エメラルドの光と共にラドネスチタの鱗に傷を付ける。

 ――よもや、気を惹こうなどと。

「気を惹きたいわけじゃない。目をそらせなくなるって事だ。
 良いか。俺達はクワルバルツだって退けたんだ、そんな実力者から目を背けていられるのか?」
 ミヅハは『やや』誇張した様子で言ったがラドネスチタは小さく身震いをした。

 ――クワルバルツはおまえ達のような者に?

 身を揺すったのは笑っているという事か。ラドネスチタが脅威であることには他ならず、クワルバルツという天帝種『バシレウス』を知っているが故の笑みであった事は良く分かる。
「笑ってんなよ……!」
 ミヅハの唇が好戦的に吊り上がった。クワルバルツには手酷い目には遭わされたが、それでも彼女が撤退した事には違いない。
 竜種はそれこそ命を捨てる気概さえあれば越えられる壁であると、そう認識居ていたから。
「テロニュクス……自然を愛する人間としてわかり会えそうな気がするんだけどなー。ま、それはまたの機会に」
 ウィンクをし、薔薇色の竜からミヅハは視線を逸らした。薔薇色の竜は自身が課す『対価』に似合う相手であるかを確かめるように攻撃を重ねている。
 ユーフォニーが正純を庇い、彼女の一射を避けるテロニュクスの隙を狙うように鏡禍とヴェルグリーズが攻め立てる。
 戦闘を得意としていない心優しきテロニュクスとの戦闘は良き方向に進んでいると認識居ても良いだろう。ならば――
「目か?牙か?翼か?爪か!? なんでもいい、どこだっていい! 一撃ぶち当ててへし折ってやるぜ!!
 真正面から射抜いてやるよ! ――背面穿ちの曲矢!」
 ディア・リンデンバーム。背に向けて矢を放った。背に貼り付けられた菩提樹の葉を射貫いた頃から名付けられた一射は風を切り放たれる。
 狩人の心得だ。獲物から目を離すこと勿れ。仕掛けた罠に竜が『嵌まって』くれることだけを狙え。
 魔剣ティルファングの加護を手にしながらミヅハは向き直る。アレクシアはテロニュクスの反応から一つの結論に至っていた。
「私たちはここを荒らしにきたわけじゃない。ベルゼーさんと話がしたいんだ。
 ……退いて、って言ってるんじゃないよ。あなたに認めさせてみせるから、後で案内してねってこと!」

 ――奴は、小さき者達を巻込みたくないのだそうだ。

「……そう。そうだね。けど――!」
 アレクシアはラドネスチタを真っ直ぐに見詰めた。少し身を逸らした事に気付きアレクシアが「後ろに!」と声を張り上げる。
 急ぎ脚でアレクシアの前にその体を滑り込ませたユーフォニーは「支えます」と奥歯を噛み締めた。
 最初から、彼女は護る為だけに立っていた。ラドネスチタを惹き付ける要であるアレクシアを此処で失う訳には行かない。
 守りを固め、自身に出来る限りの意識を惹いていたアレクシア。少しでも長く、味方の合流まで耐えきりたかったが――
「何か来るッスよ!」
「……ドラゴンブレスだ!」
 ミヅハの声に葵は頷いた。アレクシアの指示通り後方に下がる。周辺へと広がっていく闇色の吐息がラドンの罪域を包み込む。
「どうして、『罪域』なのか――疑問に思っていました。けれど、分かった気がします」
 その名は、その姿から付いたという。黒く蝕む『滅びの竜』。決してその様な存在ではないにかかわらず、竜はその姿から赦されなかった。
 この黒き風が、黒き気配が、ラドネスチタという存在の罪であったならば。
「この黒き霧の向こうに、私達はいかなくてはなりません!」
「そう、そうだよ。人間はしぶとくって、強いんだ。魔女の魔法を、とくとご覧あれ!」
 アレクシアは傷だらけになりながらもまだ、立っていた。
 ここで諦める事など出来ないからだ。


 相対するテロニュクスはイレギュラーズをまじまじと見詰めている。ユウェルと鏡禍の背を眺めながら鈴花はぴたりと足を止めてから振り向いた。
「『惚れた女の為』とかなんとか知らないけど、ルカの父親も随分無茶するじゃないの!
 ……ぶちのめして退散させたいけど、アレクシアも耐えてくれてるの。一つ、最悪な案いーい?」
 鈴花の言葉に、足を止めたロウが「何だ、嬢ちゃん」と振り返った。顔が良い男の問い掛けに鈴花の唇がきゅ、と引き結ばれたのは一瞬のみだ。
 カプノギオンの柘榴色の瞳が鈴花に注目している。ルカは足を止め、鈴花の言葉を促した。
「最悪よ、ホントに」
「言え、人間」
 カプノギオンは苛立ったように告げた。似たような顔が三つ。鈴花の『提案』を舞っている。
「ルカのお父さんは『璃煙を守りたい』でしょう? カプノギオンは、どう?
『『母様』を護る』――それ、殴り合わなくていいんじゃない? ルカにとっては父親が敵に回る、ってことだけど……ね、どう?」
 鈴花の問い掛けにカプノギオンはロウの返答を待っているかのように一度腕を降ろした。
 カプノギオンは『冥・璃煙』を――琉珂曰く、竜骨となった巨竜フリアノンを祀る巫にあたる女を護るべく活動して居る。
 その冥・璃煙こそロウ・ガンビーノが『リエン』と呼んでいた自身の妻なのだ。彼は、明言している。惚れた女のためならば構いやしない、と。
「……親父、『リエン』は――俺の母親は、どう言う状況だ」
「状況? ンなもん気にするかよ。例え、世界があいつの敵だとしても俺は守り抜くって決めてんだ。
 テメェはどうする、ルカ。もういい大人だろ。父親におんぶに抱っこが欲しいワケでもあるまい」
 ロウが投げ掛けた視線の意味をルカは感じていた。
 ルカはもう独り立ちした存在だ。ロウから見れば例え血を分けた息子であれど、一人前の男だと認めたならば敵対するだろう。
(……え、もしかして最悪のパターン、受領!?)
 驚愕した鈴花の傍で琉珂は「鈴花の提案通っちゃったの?」と恐る恐る聞いている。
 カプノギオンがルカの幼少期の姿をとっていた時点で、璃煙は敵対する存在であることを察することが出来ていたからだ。
「……俺は多分、母親と戦うだろうよ。だが親父は違う。親父は何があっても母親を守る。
 いけよ親父。わかってる。アンタがどうしたいか、どうなるかなんてわかってるさ。惚れた女の為だろ。止められねえよ」
 ルカが肩を竦めればロウはあっさりと「分かった」と応えた。拍子抜けするほどにさっさと戦意を失せさせてカプノギオンの元へと足を運ぶ。
「少年」
「カプノギオン」
「長ったらしいな……ギオン。璃煙殿は何処だ」
「……ヘスペリデス。母様は『暴食』様を護る為に黄昏に居る」
 カプノギオンは愛称で呼ばれた事が不愉快だというようにロウを睨め付けたが、彼の様子を見る限り『璃煙を護りきれる可能性』を見出したのか敵意を剥き出しにはしていない。
「オーケー、じゃあな、ルカ。それから嬢ちゃん。
 次に会うときは殺し合うことになるかも知れないが、まあ、勘弁してくれ。分かるだろ、惚れた女を護るのが男の役目なんでな」
「……良いのですか」
 正純の問い掛けにルカは「仕方ねぇだろ」と肩を竦めた。此の儘カプノギオンをロウと共に相手をした所で消耗し続けるだけだ。
 後のことは後に考える。ロウとカプノギオンが手を組んで璃煙を護る為にタッグを組んできても、それは後々の話だ。
「ラドン」
 カプノギオンは巨大なる黒き竜の名を呼んだ。2チームからの攻勢を受け入れる事となる竜の意識はジャバーウォックの側に裂かれていたのだろうか。
 僅かに反応が遅れてから「何だ」と低く問う。
「僕はこの男を連れてヘスペリデスに帰る。……後は好きにするというよ。心優しき破滅の竜」
 竜の中でも、それなりに上下関係は存在しているのだろうか。年若きカプノギオンは佇むラドネスチタに気遣う様に声を掛けてからその姿を変化させる。
 赤き瞳の黒き竜。それはロウを背に乗せて、ラドンを飛び越えて行く。戦線を離脱する竜と父親を見詰めてからルカは「……母親、か」と呟いた。

 ――残るは薔薇色の竜とラドネスチタか。メインディッシュだと言わんばかりのルカの肉体は傷だらけだ。
 血を拭うルカに琉珂が勢い良く投げたのは手拭いだ。詰まりは止血をして置け、ということなのだろう。
「師匠は止まらないでしょ」
「おう、琉珂。良く分かってるな」
 片腕に結びつけた手拭い。口端から滲んだ血を乱雑に拭ってからルカはラドネスチタへと歩を進めた。テロニュクスは正純の前に降り立っている、そちらを心配する必要はないはずだ。
「……さあ、どうする、ラドネスチタ。此処からだぞ」
 日陰の外套を揺らがせてミヅハの矢が放たれる。狩人(レンジャー)は持ち前の勘で『ラドネスチタ』の僅かな隙を見逃すことはない。
 自由に動き回れども、ラドネスチタの息吹が、その爪が、肉体に残した傷は大きい。
 血を雑に拭った葵は絶対に認めさせるのだと闘志を全開にして居た。
「テロニュクス、頼みたいこととは何ですか?」
 自分に出来る事を、守護者として竜を止めるべく立ちはだかっていた少年にテロニュクスは小さく首を振った。
「――後ほどお話ししましょう。ラドネスチタが休憩した頃合いにでも」
「ああ、テロニュクス殿はこれ以上の戦いは無意味、だと思ってくれるかな?」
 ヴェルグリーズの言葉にテロニュクスは動きを止め、上空からイレギュラーズの様子を眺めんとして居るようだ。
 ならば。
 青年はラドネスチタへと飛び込んだ。残像をも生じさせる圧倒的スピードで竜を傷付ける。固い鱗に、周辺の瘴気の様な闇に飲まれてはならない。
(固い――!)
 表情こそ、歪む。それでも、諦めたくはなかった。
「ベルゼー殿に会わなくちゃならないんだ」
 ヴェルグリーズが奥歯を噛み締める。そんな気がする。此処で諦めて帰れば『全てが終わってしまう気が』するのだ。
「みんな――後は、頑張ってね……!」
 眩い光が、癒やしとなって吹き荒れる。魔女の魔法は傷を癒やす。アレクシアの目が眩み、脚が縺れる。
「アレクシアさん!」
 支える琉珂の傍を駆け抜けてユーフォニーが飛び込んだ。
「……っ、大丈夫です。リーちゃん、教えて!」
『あちら』側の状況を教えてくれるリディア。ドラネコ達と協力し、サポートに入るユーフォニーに「バックアップはお任せを」と正純は静かに声を掛ける。
「……これだけの力を持つ竜は、話に聞く練達に来た彼ら、いえそれ以上でしょうか。ですが、怯みません」
 正純に頷き鏡禍が『護り手』としてラドネスチタを見詰める。練達の竜達と比べれば、ひとつひとつから感じる殺意は薄くまだ命を落とすという危機感は薄いか。
「ラドン、お前は優しい奴だ」
 ――ベルゼーが暴食に飲まれてもしも、琉珂を殺せば?
 ルカはベルゼーの願いを叶えてやりたかったことに気付いて居る。テロニュクスだって同じだろう。
 ひょっとすればラドネスチタの向こう側で戦うジャバーウォックたちも『そう』であるのかもしれない。
「それでもベルゼーを殺させたくはねえんだろ? ダチだからな。
 だから約束する。俺は世界の為に『仕方なく』なんて理由でアイツを倒さねえ。ベルゼーの為にベルゼーを止める……その為にも俺は俺に出来る最強の力でお前に認めさせる!」

 ――……あの娘は、強かった。小さき者達は皆、同じ事を言うのだな。

「同じ事ですか」
 ユーフォニーは背後で琉珂が護るように立っているアレクシアを一瞥した。
 誰もが、仲間を護る為に、何かを成し遂げるために立っている。この先に進むべく葵は、ミヅハはラドネスチタへとダメージを与え続けたが限界が近いのだろう。
「ええ、人という者は稀有なもので、他者のために動けるのですから。
 そう嘯きながら自身の目的を他者と同じくするのが真に人間であるのかも知れませんね」
 正純の指先は、引き絞り続けた弦で傷付いていた。満足に矢を放つことも出来ないかと思える極限状況。
「竜種は憧れで、フリアノンで生まれたアタシの誇りだった。でも今は憧れと同時に、打ち勝つ目標よ」
 鈴花が真っ向からラドネスチタを睨め付けた。その傍にユウェルが立っている。
「貴方が友だちのためにそこを守るように、わたしたちも友だちのためにこの先へ行きたいんだ! だからそこを退いて! ラドネスチタ!
 さとちょーも、りんりんも、わたしも、ルカ先輩も。みんなで一緒にベルゼーに会いに行くって決めたんだから!」
 負ける気はしないと笑ったユウェルとて傷だらけであった。

 ――死を恐れぬのか。

「何も為せない方が、恐ろしいだろうね」
 ヴェルグリーズは笑う。息子や、相棒に叱られて仕舞うかも知れない。
 それでも感じた『可能性』を喪いたくはない。進めばベルゼーと会う事が出来る、未来を変えられる可能性がある。
 それでも、イレギュラーズは竜二体との戦いで疲弊している。テロニュクスも、カプノギオンも物腰頃柔らかな部分はあったが痛烈な一撃を放っていたのは確かだ。
 逆側のイレギュラーズがジャバーウォックと相対している間、ラドネスチタを引き寄せたアレクシアやミヅハ、葵も限界だ。
 人数が減った手負いの状態で戦うのは――
「ラドン」
 静かな声音が聞こえた。それが『フォス』のものであると気付いてから琉珂が緩やかに顔を上げる。
「フォス……?」
「え、フォスって門番の?」
 ふらつく鈴花を支えながらルカは「門番が上空からなんだ?」と睨め付ける。フォスはジャバーウォックの背に座っているのだろう。
「……もう、良いでしょう。ジャバーウォックが暴れる前に此方は撤退します」

 ――進ませるのか。

「白堊がそう言っています。これ以上はその子供達を殺す事になる。あのお方は、それをお喜びになりません」
 目を伏せたフォスはイレギュラーズを見下ろしてから、囁いた。
「次に、戦う時は……容赦は致しません。あなた方は、あのお方の前に、立っているでしょうから」
 大きな影が消え失せる。
 ジャバーウォックと共に姿を消したフォスを見送ってから、イレギュラーズの前に待ち受けたのは黒き瘴気を失せさせた巨竜の姿。
 そして、その背後に見えた美しい花園であった。

成否

失敗

MVP

ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

状態異常

日向 葵(p3p000366)[重傷]
紅眼のエースストライカー
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
大樹の精霊
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き
小金井・正純(p3p008000)[重傷]
ただの女
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)[重傷]
流星の狩人
ユーフォニー(p3p010323)[重傷]
竜域の娘
秦・鈴花(p3p010358)[重傷]
未来を背負う者
月瑠(p3p010361)[重傷]
未来を背負う者

あとがき

 お疲れ様でした。
 ラドンは未だ健在ではあります。ですが、皆様の熱意はよく伝わった筈です。
 MVPは様々な事にに気を配っていた貴方に。お約束、しましたよ。

 名声はHard基準に加算を行なっております。
 それでは、ヘスペリデスにて、お待ちしております。

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