シナリオ詳細
<さんさあら>カーマの血水
オープニング
●最後の茶会
再現性京都にも春が来た。
この街には、『はづきさん』と呼ばれる小さな神社がある。商店街の店と店の間にひっそりと鳥居があり、そこから路地を入ると境内に入ることができる。
普段はビルや店舗に四方を囲まれた空き地に小さな祠がひとつあるだけの土地だが、八月の終わりにだけ『夏送り』なる祭がある――それが、地元の人間なら誰でも知っている情報だ。
『はづきさん』の本当の名は忘れられて久しい。しかし、ここに祀られている当人(?)がそれでいいと言うのだから、構わないのだろう。
今日はその当人である『はづきさん』と茶を飲む約束をしたイレギュラーズが、この小さな社へ茶菓子と共に集まっていた。
『ほんまおおきになぁ。ここはなぁんもないけど、ちょうどお花が綺麗でよかったわ』
イレギュラーズを出迎える狐面の人物こそ、この神社の主である『はづきさん』である。『はづきさん』の言う通り、今日の神社には桜の花びらが舞い込んでいた。
『ほんで、何やったかいな。聞きたい事がある、ゆう話やんな』
今日の約束をしたイレギュラーズには、以前『はづきさん』と会った際に疑問に思ったことがあったのだ。
ここに季節外れの紅葉が舞い込んでいた冬の日、この狐面はその紅葉を一人で拾っていた。落としてはいけないからと。
なぜあの紅葉を落としてはだめで、なぜ他ならぬ『はづきさん』が拾っていたのか。
『せやなぁ……他に拾(ひら)う人がおらんから、かなぁ。ここにうちしかおらんのもあるけど、うちが全部拾って、うちが全部見いひんと、あかんのやわ。あの時はにいさん方にも見てもろたけども』
飲んでいた湯呑みを置いて、狐面から唯一見えている口許でにこりと笑う『はづきさん』。
『ここに舞い込んでくる植物は、ぜぇんぶ『罪』なんよ。その『罪』が溢れてしまわんように留めるんが、ここでのうちのお務めや。
……それもそろそろ、限界かなぁ思うけども』
狐面が見遣るのは、この空き地で唯一神社らしい設備である小さな祠。時折、その石造りの祠が震えているようにも見えたかもしれない。
『ん。なぁんも心配あれへんよ。『はづきさん』は何があっても無(の)うならへんし、うちも消えたりせえへん。けど、今日のことはうちらの秘密にしとってな。特に……あの月の角を隠したお人には、絶対え』
イレギュラーズにひとつ謎の約束を取り付けて、『はづきさん』は席を立った。
――それから、まもなくのことだった。
再現性京都の街を、巨大な黒い蔓が襲ったのは。
●異変
「練達の再現性京都で、謎の黒い蔓が街のあらゆる場所に現れ住人を襲っている様子でした。蔓が外から来たのか、内から発生したのかはわかりませんが、急ぎ取り除いた方が良いかと」
練達へ赴く際には頭の角を隠しているチャンドラ・カトリ。
再現性京都で暴れている蔓は現地の住人に無差別で襲いかかると、全身を絡め取ってどこかへ引き摺りこんでしまうという。絡め取られた人間がどうなってしまうのか、今はまだ情報が無い。
そのような危険な蔓は取り除くべき、と言った彼はしかし――緩く笑んで忠告する。
「少し見て参りましたが、なかなかに興味深い蔓ではありました。
見た目は黒いばかりなのに、断ち切ってみると乳白色の液が飛沫となって散るのです。これに僅かでも触れると、過去の思い出に視界を奪われてしまうようで。
まるで、あの『はづきさん』の出来事のようではないですか」
この一大事に、あの狐面は関係しているのかどうか、さてはて。
今ならまだ蔓の被害が少ないため、蔓の全てを取り除くことも不可能ではないだろう。
その発生源を突き止め、この街を危機から遠ざけるべく、イレギュラーズは行動を開始した。
●???
『罪』、いうのんはな。
生まれてきてから犯すもんやないんよ。
罪があるから、命は輪廻する。
罪を償うために、新たな命を生きる。
せやけど、生きてる限り罪を犯さずにはおられへん。
記憶があろうと、なかろうと。生きとるんやったら、罪があるんや。
罪の名は、欲(アイ)。あらゆる感情と執着。
嫉妬、恋慕、憤怒、憎悪、慈愛、希望、憧憬、悲哀――あらゆる罪が血水となって、育て上げた。
ここは『再現性京都』。
その仮面(テクスチャ)で蓋をした――。
- <さんさあら>カーマの血水完了
- GM名旭吉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年04月22日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC1人)参加者一覧(8人)
リプレイ
●
花舞う京の街を、巨大な黒い蔓が暴れ狂って蹂躙していた。
「『罪』が溢れてしまわないように留める。確か、『はづきさん』はそう言っていたな」
「溢れさせないのも限界、とも仰っておられました。溢れてしまったのがこの蔦なのでしょうか」
「お茶会中祠が震えていたのも気掛かりですし……はづき様の状態に関係して起きた事なのでしょうか?」
『はづきさん』の茶会に呼ばれ、その言葉を聞いていた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)と『はづきのやくそく』雨紅(p3p008287)、そして『はづきのやくそく』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)。『はづきさん』の限界が近いことを匂わせていたあらゆる事象や、現在起きている事件からして、あの狐面の人に何かがあったのは間違いないだろう。『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)も『溢れてしまった罪』を思うとかの人が気がかりだった。
「『はづきさん』が、皆様に何かお話を?」
『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)が興味を抱いて話を聞こうとするも、茶会に参加していた三人は本人から口止めを頼まれていたのだ。『月の角を隠したお人』――恐らくは練達で角を隠しているこのチャンドラ――には、絶対に秘密だと。
「……いいえ。もしあったとしても、お話しできません。『はづきさん』との約束を守りたいのです」
雨紅は強い言葉で断り、他の二人も口外しない雰囲気を察すると、チャンドラはそれ以上尋ねなかった。
「俺は『はづきさん』って奴に会った事もねぇけど……先輩方が『はづきさん』を心配するっていうんなら俺はその為の手助けをするだけだぜ!」
言うが早いか、高橋 龍(p3p010970)はすぐに人の多い方向へ駆け出す。彼が向かったのは神社の『はづきさん』でも、そこへ繋がる商店街でもなく、方向としてはほぼ真逆の繁華街である京都駅だ。
「人が多いなら、市民の連れ去りも多いだろう。安否が気になるところだな……景色が剥がれているという場所も街の各所にあるだろうし」
「では、駅前は俺達で手を貸そう。人は多い方が良いだろうからな。それでいいかアーマデル」
「ああ」
『心に寄り添う』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)の懸念に、『残秋』冬越 弾正(p3p007105)と『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が応える。それならばと、グリゼルダは商店街へ回ることにした。彼女と共にジョシュアとメイメイも商店街へ急ぐ。
汰磨羈は弾正達と共に龍を追い、残る雨紅と――。
「魔的――まさに魔境と呼ぶに相応しいでごぜーますね。くふふ、さてさて鬼と出るか蛇と出るか」
この期に及んでも笑みを絶やさない『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)。二人は揃って、神社『はづきさん』への道を急ぐこととなった。
●
「ヒャッハー! 汚物は消毒だァ―!」
蔓に引き摺られていた住人の助けを呼ぶ声を聞きつけると、龍はすぐに駆け付け魂の炎を浴びせた。どれほど異様でも植物の域を出ないのか、黒い蔓は燃やされると立ち処に消し炭となった。蔓が炎に弱いことは既にここまでの道中で汰磨羈が証明済みであり、龍も張り切って焼却に勤しんでいる。
「向こうの蔓は処理してある。そちらに逃げれば安全だ!」
「途中まで案内するよ。こちらへ」
汰磨羈が『爛爍牡丹』の技によって焼き払った場所ヘ、アーマデルから指示を受けたイシュミルが住人を案内する。戦闘力のない二人の護衛は、弾正から道雪に頼んであった。この道雪、かなり最近に弾正を裏切り殺し合ったばかりではあるのだが――適材適所、という話のようだ。
(俺を幻を見ることがあっても感情が揺らがない。他者より正気に戻りやすいという訳か)
地面のコンクリートから変形して蔓になろうとしていたものを、その場で突き刺す。突いた傷口から液が噴き出すが、道雪の表情に変化はなかった。
「弾正。処理した蔓の根元を見ていたんだが……弾正?」
「アー……マデル……、か?」
焼かれたり、斬られた蔓がどうなるか周囲を観察していたアーマデルが、弾正へ声をかける。声には反応するものの、視界は違うものを見ているようで――案の定、蔓を斬り払った刀から血飛沫のように液を浴びていた。
「なんとか聞こえはするんだ。ただ、視界が……。あれは、俺が幼い頃の父上と……長頼か。天気の良い日に、皆でワカサギ釣りに行った時の……」
懐かしく目映い、愛しくも二度と還らぬ日々。
今となっては母も弟もおらず、父は行方知れずのままだ。
「長頼……」
その名にアーマデルの声が翳ると、弾正は首を横に振る。
「いや、俺も……戻りたい気持ちが無い訳じゃないんだが。戻れないからこそ、失った命の為に前へ進みたい」
その為にもアーマデルが見たものを教えて欲しいと求めれば、アーマデルは観察で得たものを伝えた。
「この、黒い蔓なんだが……」
●
真っ暗で、何も見えない。
(いえ……この景色を覚えています。僕が言われた事をできなかったから、キーラ様に真っ暗な部屋へ閉じ込められたのです。膝を抱えて、ひたすら罰が終わるのを待っていた日……)
早く、早く、終わって――ジョシュアが強く願った時、霧が晴れるように視界が戻る。グリゼルダとメイメイが心配げにこちらの様子を見ていたようだった。
「視界にしか影響がないはずだが、うなされているように見えた。聖骸闘衣を試したが、効果が無いようでな……大丈夫か?」
「私も……楽しくて、懐かしいような、何かが見えました。『罪』か『記憶』か、わかりませんでしたが……」
今の再現性京都がどうなっているのか。この黒い蔓の正体が何なのかはまだわからない。
わかったのは、この蔓は「炎に弱い」こと。この液によって見せられるものは「スキルで治る不調ではない」こと。そして、皆で蔓を伐採する内にわかってきた事実は「蔓はどこからでも生えてくる」というものだった。街を構成している木材や瓦、鉄筋やコンクリート、プラスチックなどが突然蔓へ変異するのだ。
商店街の外から来てみて実感するのは、商店街の外よりも中の方が蔓の密度が高いということだ。それに比例にして中毒状態で倒れている住人も多く、動けない住人を連れて行こうとする蔓もまた多い。
「なんとか、大丈夫です……。しかし、これは回復スキルで治せないのですね。構造物が蔓に変化するなら、家の中へ避難してもらうのはかえって危険でしょうか」
「めぇ……商店街より、外の方が少しだけ安全、みたいなので……今はひとまず、そちらに……」
「人工の構造物を全て排除した結果、土が剥き出しの広場になってしまったが。この際人命が第一だ」
ジョシュアのDD。メイメイのシムーンケイジ。そしてグリゼルダのブルーコメット・TSと、この辺りの蔓はそれなりの数を刈ってきたはずだった。それでも少数残る蔓が、動けない子供の元へ四方から伸びていく。
「ハイペリオンさま……!」
「こちらは燃やします!」
メイメイの祈りに応えたミニペリオン達が蔓を追い払い、残った蔓をジョシュアが焼く。動けない子供を抱えながら、グリゼルダは問いかけた。
「大丈夫か? 何か気になることがあるのなら、私に話してみてほしい」
「つる……くろいつる……」
「あの蔓は焼いた、もう大丈夫だ。皆外に避難している、今連れて行ってやろう」
「すみません、その前に……」
グリゼルダが連れて行こうとした子供へ、ジョシュアがゆっくりと問う。蔓が襲ってきた時の状況と、狐面をした人の行方についてだ。
子供は気分が悪そうだったが、蔓は今朝からだったこと、狐面の人は見ていないことを教えてくれた。
「おねえちゃん……あまいの……あまいのないと、きもちわるい……」
「甘いの?」
「つる……あまいの……はきそう……」
「わ、わかった! 吐けそうな場所へ連れて行く、もう少し我慢するんだぞ……!」
焦ったグリゼルダが子供を連れて行くのを見送って、残された二人は思案する。
――甘いのは、あの蔓から出る液であって。その甘味を味わうことが、何かしらの中毒に繋がるのだろうか。
「……僕は『はづき』様の元へ行ってみます。あとの事はお願いしても?」
「はい。みなさまのことは、わたしが」
普段以上に暗く塞がって中が見えない『はづきさん』の鳥居。拳を握って勇気を振り絞ると、ジョシュアはその中へ飛び込んでいく。
変わり果てた神社と、人の暮らしがあった商店街を見渡して――メイメイの羊耳が垂れた。
……どうして、こんなことに。
●
鳥居を一歩入った瞬間、視界の暗転と共に恐ろしい寒さがあった。
物理的な寒さではなく、心に感じる寒さだ。
見えているのは過去の自分。主の敵を殺し、褒められている姿。
人を殺したことを何とも思わず、褒められて嬉しいとしか思わなかった自分が恐ろしい。
その記憶が温かい形であればあるほど、今の自分にとっては凍えるほどに恐ろしい。
あの頃から変わったつもりでいても、自分はいつでもあの殺人人形に戻れてしまう――その事実が、どうしようもなく冷たくて、恐ろしかった。
『いやはや、面白い場所でごぜーますねぇ。そちら、ご無事でありんすか』
凍えて凝り固まった雨紅の思考に、エマのハイテレパスが干渉してくる。
『……いえ、助かりました。この闇は、蔓の液を浴びていなくても同じ効果があるようですね』
『そのようでありんす。あるいは、あの蔓が黒いのとこの闇、関係があるのかもしれんせんねぇ』
『確かに……。ときに、エマ様はご無事で?』
『くふふ。ご想像にお任せいたしんす』
自身に何か見えていたのかは明かさないまま、エマは雨紅と共に暗い闇を進む。足は地に着いているが、雨紅が以前に来た石畳とは違う感覚がする。もう少し自然的な――草花のような、巨大な花輪のような。
一寸先も見えぬ闇を進みながら、エマと雨紅は意思疎通を続けた。
『商店街の蔓は、他の皆様もいらしたのでかなり数を減らせましたが……この闇では方角もわかりませんね』
『精霊への呼びかけはしておりんすけどねえ。罪の紅葉集めに今回の蔓と、植物絡みの事件がこれからも起きそうでごぜーますね』
鳥居を潜る前。二人は商店街の蔓や住人を無視してきたわけではなく、蔓の除去と住人の避難を手伝っていたのだ。エマは魔哭剣の『虚』の刃で蔓を切り裂き、雨紅は液を浴びた住人にぴかぴかシャボンスプレーを試みた。スプレーで物理的な液は落ちたものの、住人の中毒状態が続いていたのは気になるところではある。
『街の構造物そのものが蔓に変異するとは予想外でありんしたが、思うにあれは枝葉のようなもの。一体何でできているのでございんしょう? この街は』
『蔓に連れ去られた人々の行方もまだわかりませんし……このような闇で、『はづきさん』はご無事なのでしょうか』
エマは植物精霊の意志を、雨紅は僅かな温度変化を頼りに、慎重に方角を探る。
どれほど彷徨ったか、ある時それらの感覚に明確な変化があった。
『あかんえ……ここ、もうテクスチャ戻されへんのよ』
●
駅前のビル街にて。
勇敢にも、蔓に巻かれた住人を助けようとしていた別の住人がいた。足に絡まった蔓がどうしても解けず、蔓の途中で引き千切ろうとしていたのを発見した龍はすかさず割り込んだのだ。あの液を浴びさせないためだけに。
「ヒャッハー! ドラゴン様が助けてやるぜ、オラァ!」
「ひえっ」
あまりに突然で庇われた側が驚いたのも束の間、龍は視界だけが上書きされるような違和感に襲われる。
その視界いっぱいに、黒く大きな竜翼が広がった。
見紛うはずもない。育ての親にして師であった、『悪龍』ザッハーク・アジ・ダハーカの背だ。
大きな口で、自分のような「クソガキ」に偉大な『龍』の話を聞かせてくれた日々。教わった『龍』の在り方へ憧れ、しごかれた日々。そしてその日々は――最期に自分を庇い、彼の大きな口が開かなくなったことで終わった。
最後に、その口は生きろと動いた。例え二親が変わり果てた形となり、己にとっての仇となろうとも。生の続く限り――。
『どうか帰ってきてくれ、君達にもきっと、支えるべき人がいるんだろう? 誰かの為にと奮い立てば、人はきっと運命に抗える!』
弾正の力強い歌声が響き渡る。先ほど他の住人を助けようとしていたのも、彼の歌によるものだろう。龍の視界も現実のものに戻り、次の住人を助けようと辺りを探したときだった。
「『景色が剥がれたような場所』……これか?」
汰磨羈が、不自然に温度や匂いが異なる場所を見つける。隠されるような様子はなく、むしろ人通りの多い路上で突然景色が剥がれているのだ。他と比べて異様に冷たく、暗く、植物のような匂いがする。外からではそれしかわからない。
「剥がれた景色……希望ヶ浜地区を覆う『常識の結界』のようなものが、この地区にもあったという事か? そして、それが崩壊を始めていて、その影響で黒い蔓が溢れてきたとしたら……」
わかる範囲の材料で推測を進める汰磨羈の傍らを、龍がつかつかと進んでいく。
「つまり、あとは実際に見てみねぇとわからん! ってことだな?」
「その通りだが、もう少し材料」
「フッ……漢は度胸! 鬼が出ようが蛇が出ようか……誰かが進まなきゃわからねぇからな! ヒャッハー!」
剥がれた景色の奥へ、龍は頭から突っ込んでいったのだ。
「龍、御主!」
「遅れた、何があった」
住人の避難を終えた弾正と、彼を手伝いつつ状況の調査をしていたアーマデルが戻ってくる。汰磨羈から話を聞くと、すぐに皆で龍を追うこととなった。
暗く寒い路で、一行は無事合流する。植物の匂いを辿りながら、汰磨羈はこの植物が絡み合う暗い空間のことを考えた。
「ここは……。剥がれた景色が『結界(テクスチャ)』そのものであるというのなら、まず行うべきは『結界』の修復だろう。その鍵となるのは十中八九で『はづきさん』なのだろうが……あの蔓がここから溢れたとすれば、これは……とても除去してどうにかなる量ではないような……」
「暗くてよく見えないが、俺達が歩いている『これ』もあの蔓かもしれないな……」
アーマデルは、『はづきさん』の『名』について考えていた。『夏送り』の祭りで初めて会ったことから『葉月』の字が当てられるものと思い込んでいたが、かの人の役割を考えれば様々な意味が考えられる。
「俺の故郷での話なんだが――……、」
その続きを話そうとした時、アーマデルの視界が靄がかかったように書き換わる。
それは故郷の禁書架迷宮、遺跡の奥で自分によく似た誰かと戦っている景色。目を擦ればイシュミルによる診察や薬学を教わっている景色に変わり、瞬きをすれば亡き師兄との厳しくも大切な日々が目まぐるしく過ぎっていく。
『アーマデル』
「ああ……すまない。ここでは何もしなくても液を浴びた時と同じ効果があるようだ、気を付けてくれ」
弾正のギフトによって意識は戻るが、視界が戻って来れないアーマデルの手を弾正が引く。
「さっき故郷の話しかけてたよな?」
龍に求められ、アーマデルは続きを話す。
彼の世界に於いて、死者の魂は紡いだ運命の糸――重ねた様々な業を残して旅立つ。
捨てきれなかった強い業は忘却の河で濯ぎ、死出の旅路の中で真っ新になるまで少しずつ落としていくのだという。
死者の魂は、そうしてようやく次の生へ向かうことができる――とされている。
「『はづきさん』の唯一の祭である『夏送り』。あれは夏から秋に移りゆく季節だった。
『紅葉狩り』は……葉が落ちるのは冬を越え、春に新たな葉をつける為。……つまりは生まれ変わる支度。
うまく説明できないんだが……春を迎えた為の変事のような気がしてな」
「除去しきれそうもない蔓だらけの空間……春ゆえに『命』が芽吹いた……?」
何かが掴めそうで、あと一歩決め手に欠ける――。一行が考えあぐねていると、弾正が音を感じ取った。呼吸――それも寝息が複数だ。
「まさか、これは……地上から連れてこられた人々のもの、なのか……!?」
『そうとも言えるし、言えへんかもしれんなぁ』
●
『生きてるもんが、月明かりもなしにここ歩いたらあかんよ。そこから落ちたら大変え?』
商店街にあった『景色が剥がれた場所』から内部を調べていたグリゼルダを含め、この領域を調べていたイレギュラーズの視界が少しだけ明るくなった。
未だ仄暗いが、わかる。ここは『再現性京都』とは似ても似つかぬ別世界、数多の植物が絡み合って足場となっている植物世界だ。
植物同士が集まっている幹のような場所には、数多の人間が絡め取られて眠っている。弾正が感じた音の正体だろう。
そしてその幹の上部には、『はづきさん』が座っていた。
「はづき様! ご無事……ですか?」
『無事……とは、ちょっと言われへんなぁ。こないなことになってもうてるし』
ジョシュアの問いに、苦笑で返す『はづきさん』。
「『はづきさん』、黒い蔓の原因をご存知ですか。対処法はありますか?」
『ん。黒い蔓な、正体も原因も知っとるよ。うちがこっから動かれへん理由やからなぁ。けど、今のまんまやとまた地上の街に出てくかもなぁ……』
「つまり、貴女一人ではどうしようもなくなっている。違いますか?」
雨紅の問いへの答え方から確信したエマが問い詰めると、『はづきさん』はしばし黙った。
「今回の事、そして過去の報告書を見た限り恐らくここは瓦解する。
人間は罪を犯さずにはいられないのだから。そして人間は増えすぎた。
その結果が、そこで眠っている人々なのでしょう?」
『…………』
「いやなに、ただの好奇心でごぜーますよ。この状況を打破する策がおありかどうか」
消えていた笑みを再び戻し、ひらひらと袖を振るエマ。狐面ゆえに『はづきさん』の表情は窺えないが、右手に持った煙管の先を左手の掌へ何度か打ち付けて何かを考えていたようだった。
『……『再現性京都』は、うちがここを隠すために作ったテクスチャや。ここは……名付けるなら、『再現性さんさあら』やな』
「『再現性さんさあら』……? 再現都市を、再現都市で上書きしていた、と?」
汰磨羈が問うと、『はづきさん』は「ちょっとちゃうなぁ」と部分的に否定する。
『うち、『さんさあら』いう世界からの旅人でなぁ。真名も『ヤマ』いうんよ。ここの植物ごとこの世界に来たんやけど、来てすぐ植物が根付いてしもて。けど、絶対バレとうなくてなぁ……しゃあなくて、領域ごと違う形に書き換えたんよ。『再現性京都』で道とか、ビルとか商店街とかに見えてたんも、全部ここの植物え』
「では、黒い蔓を止めるには」
『今回、皆が結構蔓焼いてくれたからなぁ。しばらくはもつと思うんよ。いつまでかはわからんけど……何とか考えてみるわ。連れてこられた人らも解放したらんと』
雨紅に応える『はづきさん』の口許は笑っていた。
「ちなみに、バレたくないとは……どなたに?」
『……あのお人にバレるとな。殺されるんよ、うち。せやから、うちが『ヤマ』やいうことも、ここに『再現性さんさあら』があるいうことも、あのお人には黙っといてもらわれへんやろか』
なんとも物騒な答えだった。その『人』の名ははきとは言わなかったものの――恐らくは、この狐面が唯一秘密を願う相手のことだろう。
『いつまでも隠されへんことはわかっとるんよ。ほんまは『再現性京都』の『はづきさん』で会う予定もなかったんやから。けど……殺される前に、やらなあかんことあるから。あとちょっとだけ、時間欲しいんやわ。堪忍なぁ』
――その相手とは。
*
京都駅近くの安全地帯にて。
中毒状態の住人の様子を見ながら、チャンドラは蔓が暴れていた辺りを振り返っていた。
「どうしたチャンドラ」
「……芥子の樹液に似ている、というお話でしたね。イシュミルの見解は」
振り向かないチャンドラに、道雪は「そうだったな」と肯定する。
「……あの黒い蔓……あの液体。私、知っている気がします。思い出せないのですが……とても、よく知っていた……ような……」
しかし、完全に思い出すには至らない。
チャンドラが珍しく真剣に思い悩む様子に、道雪は微かに好奇心を擽られていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
長らくお待たせ致しました。いきなり大事件の<さんさあら>でした。
今回、お茶会参加者の皆様が『はづきさん』との秘密を守ってくださったため、チャンドラは『はづきさん』の仕事について詳しくは知らないままです。
物騒な秘密が更に増えましたが、このままチャンドラが知らない情報が増え続けるのか、増えたら増えたで何か別のフラグが立つのか――全ては今後の皆様次第。
称号は、その意味を考えてくださった貴方へ。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
旭吉です。
練達での新シリーズ<さんさあら>が始まります。
過去のシナリオ「再現性京都:夏の終わりと八三二橋」「再現性京都:こひしかるべき紅葉狩りかな」と同じ舞台を扱いますが、このシナリオからのご参加でも大丈夫です。
よろしければ最後までお付き合い下さいませ。
●目標
謎の黒い蔓の発生源を突き止める。
●状況
練達の『再現性京都』。
現代的なビル街と、古い寺社や商店街などが入り混じった街です。
街のそこかしこで住人が黒い蔓に襲われ、どこかへ引き摺られていきます。
住人を助けると共に、黒い蔓がどこから発生しているのか調べてください。
●敵情報
黒い蔓×複数
住人を無差別に絡め取り、どこかへ連れて行きます。
連れて行かれた先で住人がどうなっているかはわかりません。
この蔓をちぎったり断ち切ったりすると乳白色の液が飛び散り、液に触れた者の視界が過去の思い出で書き換えられます。
思い出は苦しいものでも、楽しいものでも、身に覚えがない忘れてしまったものでも。
「液に触れた者が生まれた後に経験したはずの出来事」であれば、記憶の有無に関係なく映し出されます。
視界の書き換えは何もしなくても数分で収まりますが、何度も液を浴びた住人は中毒のような状態になっています。
●地理情報
京都駅前
最も人通りが多く、ビルが多い地域です。
再現性京都の外から来た人間も多くいます。
商店街
神社『はづきさん』へ続く鳥居がある商店街です。
昔ながらの昭和的な商店街で、地元の人が多くいます。
中毒状態の住人が多いのもここです。
???
街の各所にある、不自然に『景色が剥がれた』ような場所です。
再現性京都の景色の下に、黒い何かが見えます。何があるのか、何が出てくるのかわかりません。
『はづきさん』
脇目も振らず、神社『はづきさん』を直接目指します。
『はづきさん』本人がどうなっているか外からはわかりません。
●NPC
チャンドラ
戦力的にはHP・BS回復が主に可能。
『はづきさん』の場所にも人(?)にも興味はある。
『はづきさん』
神社『はづきさん』に祀られている狐面の人。
存在は地元では知られているものの、直接会った人はほとんどいない。
神職もいないこの神社を一人で管理しているように見えます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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