シナリオ詳細
<カマルへの道程>イリシオン、理想郷、イリシオン、すばらしいせかい
オープニング
●イリシオン、もう痛くない、イリシオン
蓮の浮かぶ、それは広い広い湖畔。
大きな満月と満天の星空。笛の音が、遠くに聞こえる。
湖にかかった橋の上、あなたは『それでもいい』と言ってくれた。
振り返るその風景が、何度も。何度も。くり返して。
フラッシュバックする。何度も。何度も。
別つ世界はあまりにも深くて。
若い季節はあまりにも短くて。
ずっとずっと。
共に生きてくれるなら。
私は鬼になってもいい。
●幻の湖と、蓮
薄桃色の長い髪をした少女が、欄干に手をかけていた。
頭には大きすぎる髪飾りのように蓮の花。一房だけを赤く染めたその髪は、どこか失恋に似ていた。
「最初に出会ったのは、いつだっけ」
湖に浮かぶ大きな蓮の花が開いて、眠る少年を露わにした。
浮かぶ烙印を見つめ、目を細める。
「カナタくん」
彼女の名はイリシオン。
月の王国にすまう吸血鬼。
情報屋のもたらしたのはひとつの物語だった。
ある少年と、ある精霊のおはなし。
ラサのオアシスに現れる精霊は、蓮の花を冠した少女。
彼女に最初に名前をくれたのは、夕焼けのしみる春の暮れ。遠くに見える蜃気楼みたいに触れられない、二人を別つ世界の深さを嘆くように、少年は彼女をイリシオンと呼んだ。
「なあイリシオン」
初めて出会った日のように声をかけた彼の姿は、あの日よりずっとずっと逞しくて。
大人みたいになった彼は、苦笑しながらこう言った。
「近々さ、結婚することになったんだ」
泉のほとりに座り、少年は言った。
「隣の町の、五歳上の娘だよ。俺の家、商家だろ? 別の商家とぶつからないように家族になっちまうっていう……ま、政治だよ、せーじ」
両手を胸の前で組んでごろんと寝転がる。
イリシオンはふっと姿を霞ませると彼の後ろに回り、正座したような姿勢になると彼の頭を受け止めた。
「カナタくんは、結婚したいの?」
「さあ、どうなんだろ」
ぼうっとなんでもない空を見つめたまま、彼は答えない。
答えない代わりに、目を瞑る。
カナタの頭から伝わる熱を、イリシオンは半透明の膝越しに感じていた。
みんな大人になっていく。
自分を置いて、どこかへと行ってしまう。
いいな。君は誰かと結ばれて。
私はずっと、ひとりきりになるのかな。
物語はページを進め、一つの奇跡と一つの出会いをもたらした。
イリシオンが、形を持ったのだ。
精霊から精霊種へと変わった彼女は、この世界のヒトになった。
そしてもうひとつ。
『女王様』に出会ったのだ。
女王は力をくれた。場所をくれた。チャンスを……くれた。
その代わりに、イリシオンは吸血鬼になった。
●幻想種の奪還作戦
「カナタ・インクリメント。ラサ傭商連合でも地位のある幻想種の商人です。
彼は自宅から出勤中拉致され、カーマルーマへと連れ去られました。
彼の奪還が、家族より依頼されています」
淡々と語る情報屋。彼は眼鏡のフレームを指で押すと、続けてこうも説明した。
「カーマルーマでは現在、転移陣の奪取作戦が行われています。
経緯はご存じですか? 傭商連合のディルクが行方不明となったことで、ネフェルストを襲った吸血鬼たちのいう月の王国への探索が進んだのです。
その中で発見したのがカーマルーマ。別名夜の祭祀です。ここには無数の転移陣があり、転移陣の先は月の王国となっているようなのです。
傭商連合はこの転移陣を手に入れ、月の王国への足がかりとするつもりでしょう。
今回はその二つの依頼を同時にこなして貰うことになりますね」
眼鏡の男は資料を一枚取り出すと、テーブルへと滑らせる。
「カナタ氏を浚ったのはイリシオンという吸血鬼でした。
彼女は巨大な幻を作り出す能力を持っており、カーマルーマの一角を蓮の浮かぶ湖へと変えたのです。無論幻ですがね。
カナタ氏はアンガラカという薬品を用い意識を奪われており、この場所にまだ置かれているようですが……じきに月の王国へと送られてしまうでしょう。そうなるまえにイリシオンからカナタ氏を取り返し、そして転移陣も手に入れる。そういう話です」
情報屋は最後に、関係があるかもしれないと二人の物語を記した資料を手渡してから言った。
「カナタ氏の生存は絶対条件ですが、イリシオンのほうは問いません。倒しても逃がしてもどちらでも構わないでしょう。転移陣さえ手に入ればよいのですから」
あなたにはできるでしょう? 眼鏡の男は最後にそう付け加えた。
- <カマルへの道程>イリシオン、理想郷、イリシオン、すばらしいせかい完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
永遠のために鬼になった女がいたという。
「女王様とか吸血鬼とかが絡んでなければいい話だと思うってか、
俺多分その縁談を破談する側を手伝った可能性すらありそうだが……」
『ラド・バウA級闘士』サンディ・カルタ(p3p000438)がやりきれないという顔でカーマルーマの中を進んでいく。
既に周囲は霧がかり、水と草の香りまでしはじめた。
幻とわかっていても想像してしまう。ここがオアシスの一角で、湖の精霊がまつ小道を進んでいるのだと。
「だとしても、吸血鬼になりたがる方の心情はよくわからないわね。
だってこんな苦しいだけの種族なのに、元々吸血鬼である私にとっては物好きとしか思えないわ」
深い実感をもって『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)が呟く。それはサンディとは別の形でやりきれない。
(恋心がそこまでに至るケースはまま見てきたけれど……)
短命だからこそなのか、イリシオンのような存在だからこそなのか。
恋は時として何かを壊す。それは時間であったり種族の垣根であったり、命や家族との繋がりであったりする。
『頂点捕食者』ロロン・ラプス(p3p007992)はといえば、どこか他人事という雰囲気を崩さない。ロロンほどに超然とした存在なら、どんなことも些事に思えるのだろうか。それとも、あえて他人事のように振る舞っているだけなのか。
(人の恋路を邪魔するヤツは何とやら、だけれど。これが依頼だからしかたないねー。まぁ無理矢理はよくないよ。大事ならなおさらだね)
「皆、止まれ」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が仲間たちにハンドサインを出した。
ぴたりと足を止める『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)たち。
徐々に濃くなっていた霧が晴れ、そこはオアシスの湖だった。中央には橋が架かり、そこに一人の女性が立っている。半透明な姿は話しにきいたイリシオンだろう。橋から見下ろした場所には大きな蓮の花が浮かび、少年がそれをベッドのようにして眠っている。
「幻の……蓮の花が浮かぶ湖、綺麗だね。僕も幻を用いた部屋を作った事あるから」
吸血鬼にさえならなければ違う道もあっただろうにと思うけれど、時間が遡ることはきっとない。彼女の選択の真意を、まだヨゾラたちは知らない。知らないまま殺してしまうかもしれない。
アーマデルが攻め込むのに適した位置を探っていると、『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)がぽつりと呟いた。
「ワタシは相手の同意があるなら吸血鬼に変えようがが改造しようが興味ないデスガ同意ないのはダメデス。
誘拐だけなら吸血鬼になる為に着いていったかもしれませんが今気絶しているのは同意が貰えずに無理矢理拐ったからデスカ?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。いずれにせよ、すぐに意思確認はできそうにありませんね」
『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)ははあとため息をついて、すぐ隣の『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)を見やってから再び湖に視線を移した。
「精霊でも神でも何でもいいですが人間の人生に干渉すればするほど辛くなってくるものです。こと恋愛においては余計に……今の妙見子にも刺さりますねこの言葉は」
「こんな素敵な場所を作れるのに、なんで……」
反応を得ようと呟いた言葉だったけれど、トールの口からこぼれたのは違う言葉だった。
「なんで、こんなこと」
●
奇襲、という選択肢はなくはなかった。
だがあえてこうして姿を見せたのは、理由がある。
「カナタさん! 今助けるわ!」
物陰より飛び出し、エルスは指輪に唇を触れた。
天にかざした手より飛び出したのは蒼き大鎌。月を象るように回転したそれをキャッチすると、エルスは両手でしっかりと握りイリシオンへと斬りかかる。
反応は、確かに早かった。
フッと霞のようにイリシオンの姿が薄まったかと思うと、残像を残したかのような素早さでエルスの斬撃を受け止めた。
理由があると言ったのは、事実と心情の二つの理由からだ。
幻によって作られたこのフィールドはいわばイリシオンのテリトリー。なにもないように見えて、実はファミリアーのような『目』があちこちにある可能性も否めない。
またイリシオンが愛おしそうにカナタを見つめるこの時間を、奇襲という方法によって穢すことはヒトとして耐えがたい。そう思えたのだ。
「ごめんなさいね、私……恋心にはそこまで、なのよ」
エルスは言外に『あなたを理解できない』と突き放しながらイリシオンへと猛攻を叩き込む。
対するイリシオンは様々な角度から繰り出される連打を、しかし無数の残像を残すような素早さで受け流し、そして至近距離から幻の剣を突き立てた。
いや、つきたて損ねたと言うべきだ。
エルスの作り出した血色の結界が発動し、イリシオンの剣を心臓部手前で停止させる。
「――ッ」
戦いが始まると同時に、あちこちから蓮の花や小動物たちが飛び出しては変異する。幻の皮を被っていただけの怪物だったのだと、サンディはあらためて実感した。
「まずはこっちを片付ける!」
水晶に覆われ鋭い牙と爪を有したリスを相手に、サンディは『断チ風』の技を発動させた。
相手はサンディが斬り付けたという事実だけを認識することだろう。その刃の動きを目で追うことすら出来ずに。
更に四方から蓮の花が舞い、大量の花弁を刃に変えて飛ばしてくる。サンディは攻撃を受けながらも離れるように走り、振り返りざまに大量のナイフと小枝を投擲した。
『サンディ・乱れ投げスペシャル』と呼ばれるいわゆる乱れ打ちなのだが、小枝やナイフは花たちへと突き刺さりバキンと水晶を破壊した。
「サン・エクラか。確かに戦ってるときにこれをやられると厄介だな」
「そうだね。飲み込め、泥よ!」
ヨゾラが『ケイオスタイド』の魔法を唱え、ダメージを受けたサン・エクラたちを泥の中へと包み込んでいく。
もがいて逃れようとするサン・エクラだが、その行動自体が失敗してしまったようだ。
その間に、ヨゾラはダメージを受けたサンディたちの治癒にとりかかる。
「幻を前に、誰も倒れる事はないよ!」
『星天の願歌』を唱え、サンディの傷口を塞いでいく。
その間に、ヨゾラはエルスと打ち合っている真っ最中のイリシオンへと呼びかけた。
「イリシオン。君がカナタさんを連れ去るなら、カナタさんも死ぬ可能性が高くなる」
声は聞こえているのだろう。だが、答える義理を感じないのかそれとも余裕がないのか、はたまた答えたくないのか。イリシオンは無視を決め込んでしまったようだ。
だが、ヨゾラは呼びかけを止めない。
(今回の僕達はカナタさんを生かして奪還するのが目的。
だから『今回、彼は絶対に生かして奪還する』
でも、もし、カナタさんが吸血鬼にされたら……
その時には吸血鬼のカナタさんを殺すしかなくなるかもしれない)
ぐっと拳に力を込めてヨゾラは声を張った。
「カナタさんが死ぬ事に……実質君のせいで死ぬ形になるとしても、君は彼を連れて行くの?」
「黙って!」
エルスと打ち合っていたイリシオンが飛び退き、幻の剣を振る。刀身が遥かに伸び、ヨゾラへと迫った。
間に割り込んだのはロロンだ。
自らのスライム状のボディで刃を受けると、とろんとその形を整える。
簡単に倒せる敵でないと察したのだろう、イリシオンは表情に僅かな焦りを見せたのち、ロロンたちへの攻撃をやめた。
一方でロロンは『星霊の御座』を発動。自らの能力を更に引き上げると、『ぬるるんまいあー』を周囲のサン・エクラたちへと解き放つ。
まずはこれらの排除を行わなくては勝負にならないのだ。
そういった狙いを察したのだろう。
アマ・デトワールたちがエルスの排除へと動き始めた。
ちくちくとした攻撃でもイリシオンと連携すれば致命的なダメージとなる。
アオゾラはそれを阻むべく、アマ・デトワールたちの前へと滑り出て剣を構えて見せた。
「さぁ、ワタシが、憎いデショウ?」
呪剣・穿爪。所謂呪われた細剣だ。
何かしらの魔物の爪から作られたと思われる刀身が怪しく光り、セットで装備している『呪腕・波珊』の籠手に刻まれた波模様が映える。
アマ・デトワールたちの攻撃がアオゾラに集中し、アオゾラはそれを剣と籠手でそれぞれ受け止めた。
この戦術はつまり、『害意増幅』という呪術である。自身への悪感情を増幅させ自らにヘイトを集中させるのだ。
(転移陣を手に入れ、月の王国への足がかりに……つまり誘拐を阻止する為に転移陣を破壊するのはナシという事か)
アーマデルは計画の内容をもう一度頭の中にいれながら、アオゾラに夢中になっているアマ・デトワールたちめがけて『英霊残響:逡巡』の術を放つ。
英霊たちの残した未練の結晶が奏でる音色は、時に焦燥を誘うという。ぞくりと身を震わせたアマ・デトワールたちの前で、アーマデルは蛇鞭剣ダナブトゥバンを展開。生きた蛇のようにしならせると、それを一気に突き刺すように繰り出す。
アマ・デトワールの一体を貫く――だけではない。何体も次々に貫き、引き戻した時には剣に三体ものアマ・デトワールが串刺しになって並んでいた。
「カナタ殿を連れて行く、それはカナタ殿も納得しての事なのか?
連れていかれたらヒトではなくなるのだろう?」
アーマデルの呼びかけに、イリシオンはまたも無視を決め込もうとしたが……しかし、これ以上無視をしてもしょうがないと諦めも抱いたようだ。
「だったらなあに? 王国でずっと一緒に暮らせるかもしれない。俗世の『せーじ』を忘れて、昔みたいに。私だけ、私達だけで」
後半は自分だけが分かるような、ほぼ独り言に近い。アーマデルはそこから真意の一端を見いだした。
確かに社会的には誘拐なのだろう。しかしいつかはわかってくれる。あるいは、心のどこかで当人も望んではいる……ということか。
「厄介だな」
善悪二元論で語れない。
「急いで。あまり時間はありませんよ」
妙見子がエルスの治療を行いながらトールへ呼びかけた。
確かに、サン・エクラやアマ・デトワールの排除が長引けばイリシオンを抑え続けることも難しくなる。
トールは輝剣『プリンセス・シンデレラ』からオーロラの刀身を呼び出すとイリシオンへと斬りかかった。
オーロラの刀身と夢幻の刀身がぶつかり合い、花弁と幻想の火花を散らす。
「幻と分かっていても素敵な場所ですね。この場が只の逢瀬なら、私たちもお二人の邪魔をするつもりはありませんでした」
けれど、とつばぜり合いの状態に持ち込む。
至近距離で見つめた瞳には、花の模様が浮かんでいた。
こちらに向けるのは強烈な敵意。大切なモノを奪われるという恐怖。そして、深い悲しみ。
「カナタさんを渡して退いてもらえませんか。もし例え彼を吸血鬼にしたところで待っているのは破滅。この湖畔と同じ、見せかけの理想郷です」
「そんなことない!」
イリシオンに蹴り飛ばされ、トールは橋の欄干から転げ落ちた。
ドッと音を立てて地面に落ちた。と思ったらそこは湖面だった。
幻で作られた湖面の足場か。
「かつてお二人が抱いた暖かな心は、そこにはもう二度と――!」
起き上がり叫ぶトール。斬り付けられた夢幻の剣を、妙見子の鉄扇が撃ち払った。
「蓮の花の花言葉は清らかな心、だそうですが…今の貴女にはありますか?
カナタ様を想うなら……我々みたいな存在は手を引くべきなんです」
イリシオンは言い返さない。言い返せないのか、彼女たちを排除してしまったほうが早いと考えてしまったのか。
「それとも烙印をつけられて正気じゃないとか? そんなものを付与するなんて、貴女が信仰する女王様もろくなお方じゃないんでしょうね!」
「女王様を悪く言わないで!」
だが、こればかりは黙っていられなかったようだ。
「女王様はチャンスをくれたの! 一緒になれるの! これしかないの! 邪魔をしないで、私達を行かせて!」
「ならば恋する乙女同士戦いましょう! 貴女が一緒に踊るのはカナタ様ではなくこの水天宮妙見子です!」
橋から飛び降り、直接斬りかかるイリシオン。
翳した鉄扇を畳み棍棒のようにすると、妙見子は両手で両端をもって翳したそれで剣を受けた。
いや、うけそこねた。
するんと扇をすりぬけた刀身が妙見子の肩口から腰までをざっくりと切り裂いて行く。
そのなかで、ずきりと胸元に奇妙な痛みが走った。
「水天宮ちゃん!」
そこへ割り込んだのはサンディだった。
風のナイフで本気で切りかかる。イリシオンはそれを幻の刃で受け止めた。
「周りだけが大人になるって、つらいよな。
もう遅いかもしれないけど、ひとつだけ伝えておくぜ。
『大人になったところで、心までガラッと変わることはない』んだ。
お前のせいで悩んでんだーって、ちゃんと伝えたか?
幻想貴族よか融通効くはずだぜ、商人はさ!」
「嘘だ。カナタくんもきっと忘れる。私の事を思い出にする。皆そうだった、そうに決まってる……!」
「だったらなぜ執着するんだ? 大人になるまで何年も! それが『人の心』ってやつなんだろう!?」
「そうさ。君は、『精霊種のまま』カナタさんに会いに行けばよかったんだ!」
ヨゾラが『星の破撃』を叩き込む。
別名『夜の星の破撃(ナハトスターブラスター)』。星の力を込めた衝撃をもイリシオンは夢幻の剣で受けたが、しかしサンディの風とあわせた二段の衝撃を受けきれるものではなかったらしい。
吹き飛び、湖面の上をごろごろと転がる。
波紋だけが非現実的に広がった。
起き上がり、剣を握る。
夢幻の刀身は幾重にも別れ、それは巨大な幻の群れとなって襲いかかる。形容不明な怪物が。脅威が。恐怖が。束になって襲いかかる。
「わわっ!」
飛び出したロロンがなんとかそれを受け止めようと身体をはる。
吹き飛ばされそうな衝撃に、実際身体の半分は吹き飛んでしまったようだ。
蝕まれた身体が再生を拒んでいる。
駆けつけたアオゾラが籠手を翳し立ちはだかるが、身体をみるみる蝕む感覚に思わず膝を突いてしまった。
ちらりと見れば、カナタが蓮の花の中で眠っている。
蓮がゆっくりと閉じていくのは彼を直視できないイリシオンの心境なのか。それとも彼を独り占めしたいというエゴなのか。
アオゾラは湖面に剣を突き立て、無理矢理に立ち上がった。
妙見子がその身体を立たせ、仲間へと振り返る。
「アーマデルさん!」
「ああ」
バフの効果を受け、炎の狐耳と獣尻尾をはやしたアーマデル。急加速をかけた彼の手には『蛇銃剣アルファルド』。
ガチンとコイン状の弾を込めた彼は、射程距離に治めた瞬間にそれらを英霊残響の音色と共に解き放った。
「政略結婚を蹴って共に行く、それがどういう事か理解した上で本人がそれを選んだとしても。本人が親族と話し合う必要はあるだろうさ、それが社会なのだから」
「知らない、そんなの! 社会なんて――!」
「だが恋をしたのはその社会に住む人間だ。山野に住むなら必要がなかったろうだがな」
回復したエルスとトールが斬りかかる。
「退いて、あなたを殺すのが目的じゃないの」
「それができないのなら、せめてその恋心までも血の衝動に染まらない前に、貴女が手にした仮初の理想郷を打ち砕きます――!」
大鎌とオーロラの剣。その二つを剣で受け、イリシオンはギリッと歯を食いしばった。
「恋をしたことだってあるでしょう!? 気持ちは解るはずじゃない!」
「わからなくは、ないけれど――」
これは恋なのか。
エルスは胸のうずきに聞いてみた。
『あの方』が消えたと聞いたときの心を、思い出した。
「――ッ」
言葉に出来ない力が、赤き呪いの波動になって解き放たれる。
イリシオンはその衝撃に飛ばされかけ――そこへ、トールの剣が繰り出された。
オーロラと幻が激突し、七色の火花が幾重にも咲く。
イリシオンの身体にもざっくりと大きな傷が開き、そこからはらはらと蓮の花びらが散っていく。
「おねがい……邪魔しないで……カナタくんを、かえして……」
悲しげにつぶやきながら、しかしイリシオンはその姿を霞ませる。
霞ませて……消えてしまった。
「逃げた、か」
アーマデルは周囲の光景が古代遺跡のそれに変わったのを見て、イリシオンの力の効果が切れ、この場から離れたことを察した。
部屋の隅にはカナタが眠っている。少年ではなく、大人の姿だ。アオゾラがそれを見つけ、皆を呼んだ。
(恋は時にこうも人を狂わせる……愚かな吸血鬼にもしてしまう。
私がこうして狂わずに居られるのはあの方のおかげ、なのかしら。
期待も何もせずに傍にいられるのはきっと恵まれている事なのかもしれない、わね?)
エルスは心の中で呟いて、そしてどこかへと振り返った。
「あんな方でも私の憧れた方だもの
早く帰ってきてくれればいいのに。相も変わらずの意地悪か。
それとも、あの子と何かやり取りでもしているのか……なんて」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete
●運営による追記
※水天宮 妙見子(p3p010644)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
現時点で判明しているのは、
・傷口から溢れる血は花弁に変化している
・涙は水晶に変化する
・吸血衝動を有する
・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています
GMコメント
●シチュエーション
カーマルーマの一角にて、幻のフィールドを展開している吸血鬼イリシオン。
彼女は幻想種の商人カナタ氏を浚い手元に置いている模様。このままでは月の王国へと送られてしまうだろう。
吸血鬼イリシオンと戦い、浚われたカナタ氏を奪還しよう。
そして、この場所に設置されている転移陣を手に入れるのだ。
●フィールド
幻の湖畔。蓮の花が浮かぶ湖を摸したような幻が展開されています。
幻といっても案外見分けがつくレベルなので、戦闘に支障があるというわけではありません。
見た目上、湖の水面を走ったりして戦うような状況が起こるでしょう。
●エネミー
・吸血鬼(ヴァンピーア)、イリシオン
月の王国に棲まう『偉大なる純血種(オルドヌング)』により『烙印』を得た者。つまりは吸血鬼です。
元は精霊種でしたが、烙印をおされたことで女王に忠誠を誓う存在へと生まれ変わりました。
『幻の剣』を装備しており、柄しかないはずのその剣は夢幻のような刀身を生み出します。
・晶獣サン・エクラ×複数
蓮の花や湖の小精霊たちを紅血晶によって変貌させてしまった存在です。
飛行する能力を持ち、近距離戦闘に優れます。
・晶獣アマ・デトワール×複数
湖のそばにいるような小動物たちを紅血晶によっていびつに変貌させてしまった怪物たちです。
魔力を持ち、遠距離からの射撃を可能とします。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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