PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<被象の正義>生きていることが辛いなら

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●子供が答を知った時
 ――そう、なんだ。
 ――間違いなんだ、オレ。

 だったら、オレは最後まで生きないと。
 最後の一つまで、オレが『間違いを直す』ために。
 オレじゃなきゃできないだろ、こんなの。

 やっと――今度こそ、正しい神様を見つけた。

●アドラステイアだった場所 オンネリネンだったもの
 宗教国家天義。
 国の柱とも言える国民の神への信仰が大きく揺らぐ中、信仰に足る新たな神へ信仰を捧げていたのが独立都市アドラステイアだった。
 そのアドラステイアも、要となっていた神が『終焉獣(ラグナヴァイス)』であったと判明し、イレギュラーズと聖騎士団による攻略が行われたことは記憶に新しい。

 戦場となったアドラステイアが、復興の途を歩み始めて間もない頃。
 天義に新たな神託が降り、現れた仮面の遂行者によって巨大都市テセラ・ニバスは一夜の内に『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』たちの住まう『異言都市(リンバス・シティ)』へと変貌を遂げた。
 白き遂行者達はテセラ・ニバスのみならず、天義の他の都市にも『帳』を下ろし、彼らの『異言都市(リンバス・シティ)』を拡大せんとするのだった。
 この都市こそは『正しき』天義、『絶対正義圏(オリジナル・ジャスティス)』の一つであると。

「……何故ですか」
 『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)の静かな問いへ答えを持つものはいない。
 こんな用事で、あの都市へ再び向かいたくはなかった。次に来るときは、悪い大人も神もいなくて、子供達と平和に話をして、何も恐れる必要がなくて――現に、よそ者を拒絶するようだった外周の壁は少しだけ壊された形跡があるのに。
「あの外壁が壊れているように見える場所……景色が不自然ですね。あれが話に聞くワールドイーター、でしょうか」
 R.O.O.世界へ干渉したことのない『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)は、ワールドイーターを直接目にするのはこれが初めてになる。
 今のところワールドイーターによる侵食はアドラステイアの手前で留まっているようだが、既に外周部近くの村落は被害が始まっているだろう。
「ワールドイーターの抹殺はもちろんですが、あの獣をここへ連れてきたひとがいるのですよね。誰ですか。見つけ出して殺していいですか」
「素晴らしい殺意(アイ)ですが……救える(アイせる)方を救う(アイする)のも、またひとつの形かと」
 例えば、あの辺りの村には――先の騒動でアドラステイアから救助されたはいいが、他の街にも結局馴染めず、かといってアドラステイアにも戻れず、行き場を無くしたままの元オンネリネンの子供達が肩を寄せ合っている、としたら。
「……!」
「では、早速参りましょうか」
 微笑んで促すチャンドラに、フルールも足を進めるのだった。

●信じたい場所 信じられるもの
 アドラステイアに戻りたいが、戻れない――そんな心情をそのまま表したように、アドラステイアの外壁周辺にいくつかの家が集まって村落のようになっていた。
 家と言っても子供達の知恵で作ったものは精々が『小屋』レベルのもので、そんなものは天使の影の形をした怪物達の前には塵芥同然にすぎなかった。
 それでも、元オンネリネンの子供達は最後の居場所を守ろうとする。アドラステイアで学んだ武器は救助された時に騎士団によって没収されてしまったが、わずかな生活道具を武器に戦おうとした。
「あ……兄ちゃん、兄ちゃんだ!」
「だめ! あんたの兄さんは魔女裁判で……こんなところにいるはず……」
「あれ……いつも一緒だった双子の……! やっぱり生まれ変わってたんだ!」
 そんな子供達の心を次々と陥落させたのが、致命者として現れたかつての仲間達――正しくはその姿を模しただけの殺戮者達だった。
 彼ら彼女らこそが、今ここに怪物達を引き寄せているのだから。

「そんなナイフや包丁じゃ意味ないぞ」

 その致命者達と共に、白い制服を纏った遂行者の少年が現れる。
「お前らに痛いことはしたくないんだ。この家作るのにどれだけ苦労したかも知ってる。
 頑張ってここまで来たんだ。だから……オレの話、聞いてくれ」
「話って……? ねえ、その服、なに?」
 子供達の中で最年長と思しき少女が、制服の少年へ駆け出そうとする他の子供達を必死に背へ庇いながら警戒する。
 少年は、全てを諦めた顔で――その背に現れたワールドイーターの影を受けながら、告げた。

「間違ってたんだ、オレ達みんな。今度こそ正しくなろう、みんなで」

 ワールドイーターの真っ黒で大きな口が、子供達の頭上から落ちてきた。

GMコメント

旭吉です。
マミってません。まだ(まだ)

●目標
 子供達の村落を『異言都市(リンバス・シティ)』にしない

●状況
 天義の独立都市『アドラステイア』外周。
 点々と作られた小さな家(外見はほぼ小屋)で元オンネリネンの子供達の一部が暮らしていましたが、遂行者が致命者と共に影の天使、ワールドイーターを引き連れてきました。
 子供達が全員ワールドイーターに食われると、この村落は『異言都市(リンバス・シティ)』化します。

 OPで子供達がワールドイーターに食われそうな描写がありますが、ある程度の反応値があれば割り込み可能です。
 また、もし一部の子供達が食われたとしても、このワールドイーターは肉を食らうものではありません。
 食われた子供達は「恐怖の感情」を食われ、「影の天使」が「光り輝く天使様」に見えるようになるだけです。
 例えその結果「影の天使」に殺される事になろうとも、彼らが恐怖を覚えることはありません。
 ワールドイーターを倒せば食われた感情は戻ってきます。

●敵情報
 遂行者×1
  最年長の少女と年齢が近そうな外見。
  子供達が駆け寄ろうとする程度には親しい仲のようです。
  子供達に痛い思いをさせたくないようですが、その目は異様な、狂気に近い諦念に満ちています。
  状況が不利になると撤退します。

 致命者×複数
  元オンネリネンの子供達。その姿はアドラステイアで様々な理由で命を落とした子供達のもので、年齢も幼児から10代後半まで様々です。
  「影の天使」達を従える他、生前扱っていた武器(簡素なナイフや槍、弓など)での攻撃を行います。
  彼らを撃破する度、「影の天使」は数を減らしていきます。

 「影の天使」×複数
  天使の形をした影。最も積極的に攻撃してきます。
  祈るようなポーズで衝撃波(範)を放ったり、影の羽根(扇)を飛ばして突き刺したり爆破したりします。
  羽根は個体によって異なるBS系列と【呪殺】を持つ。

 ワールドイーター×1
  人間の5倍近くある大型の影。毎ターン最後に行動。
  脚はなく(引きずって移動)、顔らしき部位に巨大な人の口がある。
  口で食べる攻撃は近範【封印】扱い。食べられてもダメージはないですが恐怖の感情が無くなり、「影の天使」が「光り輝く天使」に見えるようになります。
  倒せば感情も天使の見え方も戻ります。
  見た目通りにHPがとても高い。

●味方情報
 元オンネリネンの子供達×複数
  一度はアドラステイアから救出されたものの、新しい土地に馴染めず戻ってきた子供達。
  アドラステイアの内部にも戻りにくく、街の外周に家(小屋)を作って何とか生き延びてました。
  10代後半頃の少女トキを中心に影の天使と交戦するも苦戦中。時間がかかると犠牲が出そうです。
  アドラステイア時代の武器は没収されているため、生活道具をなんとか武器にしている。
  遂行者や致命者達とはかなり親しい(親しかった)子供が多い。

●NPC
 チャンドラ
  戦力的にはHP・BS回復が主に可能。
  特に言及が無ければ描写はありません。
  (防御は紙です)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <被象の正義>生きていることが辛いなら完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
陰房・一嘉(p3p010848)
特異運命座標

リプレイ


 皆一緒なら大丈夫って、私が言ったのに。
 やめて、も言えなかった。咄嗟に庇うこともできなかった。
 目の前で、頭から――。
「え……?」
 その時目の前で起きた一連の物事を、少女トキはすぐには理解できなかった。

「なんだ、よくわからん怪物だな」
 子供達をまとめて喰らおうと大きな口を開けたワールドイーターが口にしたのは、驚くべき速さで子供達の前へ割り込んだ『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)一人だった。
「子供達は喰わせない。近寄るな!」
 続いて『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が豪鬼の如き大喝を浴びせると、ワールドイーターはセレマを放してわずかに後退る。それを更に後方へ押し込めるように、燃え盛る焔そのものとなって転移してきた『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)が蹴り飛ばした。
「お前だけは容赦しませんよ」
「啾鬼四郎片喰……その刃、とくと味わえ!」
 フルールの蹴りを受けている間に『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)がSAGで空中から背後へ回り込むと、まるで直接斬り付けられたような切れ味にワールドイーターは悍ましい声を響かせた。
 ワールドイーターを引き離す間、他のイレギュラーズ達は子供達を素早く避難させる。
「皆で一番丈夫そうな小屋に隠れるんだ」
「でも、兄ちゃん達が……」
「君達の……優しい人達、会いたい人達と……僕等は、少しお話があるから……家の中で待っててね……?
 すぐに君達と離しちゃって……ごめんね……?」
 『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)が3体の協奏馬達に護衛をさせながら促しても渋る子供がいると、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が屈んで事情を説明する。
「酒蔵の聖女、イシュミルも子供達を頼む。何かあれば教えて欲しい」
『はいよ。約束のものは後でね』
「こんな時にばかり呼んで……まあ、頼りにされていると思っておこうか」
 周囲の霊魂にも呼びかけていた『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、同行させていた聖女の霊魂とイシュミルに子供達を任せる。
 その足で致命者の元へ向かおうとした時、間近に迫っていた天使の影があった。
「いってください、僕も後押しします!」
 己自身の体で子供達を天使の影と隔てる『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)の言葉を信じて振り返ることなく、アーマデルは蛇鞭剣で影を絡め取り振り払うと致命者達の元へと向かった。


 ワールドイーターをひとまず退けたイズマが、未だ心此処に在らずな様子の年長の少女トキを見つけて声を掛ける。
「おい、大丈夫か。俺が盾になるから今のうちに離れてくれ。リーダーは貴女かな? 皆をまとめてやってくれないか!」
「え、あ……でも……みんな……」
「こどもたちはここですよ」
 睦月が背を押して向かわせると、ようやく理解が追い付いたようで子供達を案じていた。
「チャンドラも、トキと一緒に子供達をお願い……できるだけ、窓を背に守っていて……」
「窓を背に、とは?」
「戦うところ……見せちゃだめだと思う、から」
 音より温度より残ってしまう記憶で、悲しいものを見せたくない――彼の意図を聞けば、『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)は満足したように微笑んで子供達の避難へと向かった。
「……無垢なこどもたちを、歪んだ善意で害するとは。
 あげく死者まで冒涜するなんて。常世の国でやすらかならん魂をこの世にいびつな形で蘇らせるだなんて」
 子供達の避難を急がせつつも、睦月はこのような事態をもたらした遂行者の少年への憤りを隠せない。
 視線の先に捉えて、その不正義を突きつけた。
「それは救済ではありません。何と手を組んだかは知りませんが、あなたがたこそが不正義です!」
「言ってる事とやってる事が違うんじゃないか?
 少なくともかつての仲間に歩み寄る態度じゃないよな。攻撃しておきながら彼らを傷付けたくないなどと言う矛盾が、正しいわけがない」
 イズマも、子供達を気遣う風でありながら彼らを危機へ晒す矛盾を指摘する。
「彼らの生活を壊しながら語る主張など聞けないよ。
 話をしに来たつもりならば……せめてその牙を、武器を引っ込めろ!」
「アンタ達も……何も知らないんだな。歪んでんのはそっちなのによ」
 あくまで子供達を守ろうとするイズマや睦月に対し、遂行者の少年は静かに呟いた。
「全部、歪んでる。全部間違いだったんだ。間違ってたから苦しかったんだ、オレ達は。『オレ達がいることが間違い』なら、正しく直さないと。わかるだろ、トキ」
「わかんないよ……何があったの、わかるように言ってよ!」
 少女トキはいくらか落ち着きを取り戻してはいるが、それでも少年の話が理解できない様子だった。
「今の君の言葉では……トキには届かない、と思うよ……」
 レインも遂行者の少年の意思がわかるわけではない。ただ、彼は「間違っていたから苦しかった」と言っていた。つまり今の彼は、彼としては『正しい』のだろうとは思う。
「君は……壊れた自分の価値観を見て……変われたから……それを勧めようとしてるのかも知れないけど……。
 根本が変わってなきゃ……意味が無い……君には……『芯になる自分』が居ない……から……。『芯の心の言葉』じゃなきゃ……本当に届かせたい人には届かない……って……そう、思う……」
「変わるつもりはねえよ。オレもトキも、そこの奴らも同じ、変われなかったオンネリネンだ。信じたものが全部嘘で、何を信じればいいのかわからないまま放り出された。
 ……アンタにわかれとは言わねえよ。オレ達の絶望は、オレ達にしかわからない」
 遂行者の白い制服の中で、諦念に満ちた目が殊更昏く映る。
 理解を諦めた彼の意思に従うように、致命者達が天使の影達を呼んだ。
「戦うなら俺が相手だ。かかってこい!」
 羽根を飛ばそうとした影達をイズマが大声で引き付けると、影達は羽ばたいて直接彼へ体当たりや拳での攻撃を加える。
「レインさん、ここの回復は僕が」
「じゃあ、僕は……攻撃に出る、ね……」
 短く言葉を交わすと、睦月はその場でサンクチュアリを展開し僅かな傷も癒していく。レインは前へ出ると、魔力で編んだ気糸を一番近くまで来ていた致命者から周囲へ一挙に伸ばし辺りを巻き込む。
「奴らを一人たりとも子供達に近づけてはいけない、心惑わせるだけだ」
 絶叫の英霊残響を響かせたアーマデルが、致命者の一人を退けて戻ってくる。影の天使も何人か消えたが、まだ攻勢を押し返すには至らない。
 致命者を相手取りながら、アーマデルも遂行者の言葉は聞いていたのだ。変われなかったオンネリネン。どこへも馴染めず、ここへ戻ってくるしか無かった子供達の絶望を。
(分かってる、今はどこも余裕が無いんだ)
 どこも自国の問題が山積みで、新たに他国の子供を受け入れる義理もない。誰が悪いのでもない。悪いのは、そのような子供達を生み出した――。
(……出来る事をやろう、最後まで)
 噛みしめるアーマデルは、すぐに次の致命者へ狙いを定めた。
「……間違いだとか正しいだとか、そんな不確かなものを押し付けるつもりはない。俺は泥人形だからな。大切なのは明日に進む意思があるかどうかだ」
「マッダラーさん!」
 別の方向から迫っていた影の天使からイズマをかばい、マッダラーは明るく口にする。
「遂行者、お前がやりたいのは清算か、それとも贖罪か。そんな耳当たりの良い逃げ道に縋って堕ちていくことを俺はお前に許容させん。
 終わりでも始まりでもない、そんな盲目的な0か1かの極論を認めてたまるか!」
「アンタに認められる必要はねえよ。オレは、オレが見つけた正しい神様に今度こそ従う」
「その視野の狭さが子供だというんだ。子供の罪は許すのが俺の矜持だ、たとえそれが見ず知らずの相手であろうとな!」
 影の天使の攻撃を受けてもものともせず、泥人形は飄々と笑っていた。

「スウィンバーン、このデカブツをどう思う」
 一方、いち早くワールドイーターとの間に割って入りその攻撃を受けたセレマは疑問に思っていた。
 セレマは比喩でなく儚い体力の持ち主だ。それを補うほどの鎧や盾もない。にも関わらず、これだけの巨体に噛まれても肉体的な傷はひとつも無く、ただ心の表面が微かに傷付いたような感覚がある。感覚だけで、何かが失われた訳でないようなのだが。
(こいつはボクの精神に作用しようとしたのか? 念のため直前に『恐怖』の感情を封印はしてあるが……こいつの目的は恐怖を「取り除く」ことなのか、「蒐集」することなのか……?)
 疑問は尽きないが、ひとまず他へ注意を向けさせないため美しい微笑を向ける。目のない怪物へ視覚に訴えるスキルの効果があるのかは疑わしいが――。
『何れも等しく、捻れ歪んだ”悪”である。この場に我が神の"正義"はなし。滅殺あるのみ』
「聞きたかった答えとはちょっと違うけど……まあ、キミからはそう見えるんだね。歪んでるって言ってるあっちこそが歪んでると」
 死霊騎士スウィンバーンの影は一度だけ契約の剣から姿を現すと、滲むように剣へ戻る。そもそもワールドイーターなどという終焉獣(ラグナヴァイス)を引き連れている時点で、彼にとっての”正義”となりうるはずは無かったのだ。
「致命者の数がまだ多いですが……あちらを優先してこのワールドイーターが残り続けるのも危険ですね。私はこちらに集中しましょう」
「オレも手を貸そう。この啾鬼四郎片喰の恩の程、少しは返せるといいが」
 最初にワールドイーターへ炎の蹴りを見舞ったフルールが、セレマへ意識を向けている巨体に紅の蕀を絡みつかせた上で苛烈な真火で焼き尽くす。焼かれる苦しみに悶えるような素振りを見せる獣の背後へ回り一嘉が黒顎魔王の一撃で切り裂くが、それでも命を断つには至らない。
『――――!』
 やがて再び大きく口を開き、巨体が狙ったのはセレマ。しかし、何度噛まれても不気味なほどにセレマへの肉体的ダメージはない。
「あくまで『恐怖』だけが狙いか。そういう事なら……」
 どうやら目がなくとも『微笑』による効果はあるようだ。それなら、セレマは悪魔との契約を履行できる。
 世界を蝕むこの獣の周囲を、狂気を孕む絵画の世界で塗り潰す。見えていなくとも『空間』によって精神を蝕むことのできる世界へ取り込むと、閉じ込めて鮮血乙女の如く串刺しにした。
「なんだ、身動きが取れねえのか。■■■■■■■■■■■」
 ワールドイーターが囚われている事に気付くと、遂行者の少年がイレギュラーズには聞き取れない言葉を発する。すると、他のイレギュラーズに集中していた致命者の何人かがセレマへ向けて天使を放とうとした。
「行かせない、君達はこっちだ!」
 すぐに気付いたイズマが、影の天使諸共DDで斬り飛ばす。
 派手な技をいくつ食らっても居座り続けるワールドイーターに比べ、致命者(こども)達は簡単に傷付いてしまう。それでも、今生きている子供達を確実に守るには彼らを殺すより他にない。
 せめて、君を弔うための名を――そんなアーマデルの望みすら叶わず、デッドリースカイを撃ち込むしか無かった。
「時間が掛かれば、生きている子供達にも不安を与えてしまうでしょう。僕も援護します」
 それまで回復に専念していた睦月が、ワールドエンド・ルナティックを展開する。周囲にいた影の天使の多くは地に落ち、致命者達は怯えるように次の天使を呼ぼうとする。
「ああ、そうしてくれ。泥人形への回復も当分不要だ」
 そう言って睦月の回復範囲から離れると、マッダラーは生きた子供達のいる小屋へ進もうとする影の天使や致命者達を片っ端から感知し押し返す。自分の身にどれほどの羽根が突き立てられようと、刃の切っ先が襲おうと、構わず振り払い反射のダメージで反撃を続ける。
(俺は泥人形だ。痛みなんぞ知るか、子供が怖い目に遭っている方がずっと苦しい)
 攻撃のひとつひとつは大きくなくとも、数が重なれば蓄積されていく。体力には自信のあるマッダラーだが、己の身を一切顧みない立ち回りはその体力を見る間に削っていった。
「マッダラー、回復……しないと……」
「大丈夫だ!!」
 気付いたレインが掛けた声にも、マッダラーは気迫の返事で応じると共にナイトメアユアセルフを発動する。
「こんな泥人形でさえ感情をもっている。感情は魂の篝火だ、一所懸命明日に進むものたちのそれを決して奪わせるか!」
 その熱量を、レインは温かいと感じた。
 こういう人がいてくれるのは、きっと温かい。あの少女トキも、仲間を温かく守っていた。
「ねえ……『君』の……『本当の言葉』を……聞かせて……。
 本当は……一人じゃ、なくて……トキみたいに……子供達と居たいんじゃないの……?
 温かい場所に……『帰りたい』んじゃないのかな……」
 戦場を見守る遂行者に、レインはいま一度尋ねる。
「オレは本当の事しか言ってねえよ。オレは皆と正しくなりたい。もう苦しまなくていいように」
「子供達を、苦しめたくないんじゃなくて……君が、苦しみたくないんじゃないの……?」
「レインさん、恐らく無駄です。彼は、あの目は既に狂気の中に在る」
 狂気に在っては、いかに正常な思考で問いかけても正常な答えは返ってこない。少なくとも、この戦いの中では恐らく。
 睦月の指摘もわかるような気はしたが、レインはあの少年に子供達を傷付けてほしくなかったのだ。
 しかし、レインの思いとは裏腹に少年の指示を聞いた致命者達はレイン達に影の天使を向けてくる。レインがダイヤモンドダストで応戦し足止めした者達を、イズマが纏めて斬り払っていった。


『――――!』
 致命者達がその姿をほとんど消す頃、セレマの恐怖を奪えないまま攻撃を受け続けていたワールドイーターも姿勢の維持ができなくなり、地へ転がる。倒れた巨体を一嘉が大太刀の一撃で仕留めるのは、造作も無いことだった。
「ちっ……ここまでか」
「どこへ行こうというのです?」
 諦念の瞳を更に濁らせて撤退しようとする遂行者の少年を、フルールが呼び止める。
「あなた、お名前は? あるのでしょう?」
「アンタが知っても意味がない」
「いいえ。私が覚えておきたいのです。可哀想なあなたを。
 誰かにとって正しくても、他の誰かにとっては間違いに映る……そういうこともあるでしょう。
 私は、あなたを否定しません……ですが」
 フルールは表情を変えないまま、ワールドイーターを苦しめたものと同じ炎を放った。

 その炎は、影の天使達との戦いで傷付き満足に動けなくなっていたマッダラーからも見えた。
(……応えろ俺の身体、俺はなんのためにここに立っている、この身体は、誰かを守るための身体だろうが)
 あの少年も、マッダラーにとっては。
「ぉおおおお――――ッ!!」
 その時、泥の塊が波のように駆け抜けて、遂行者の少年を庇った。塊はやがて人のような――マッダラーの形を取った。
 イレギュラーズに庇われたことは少年にとっても予想外だったようで、その目を見開いて驚いていた。
「……おかしいだろ、なんで」
「これ以上、誰にも道を踏み外させはしない。生きていることが辛いなら、辛さを共に分かち合えるのがお前たち人間の素晴らしさだろう。あの子たちの顔をちゃんと見たのか」
 答えたのは少年を庇った泥人形ではなく、少し離れた場所にいた本体のマッダラーだった。
「もう止めようよ、遂行者さん。相手を否定して自分の正しさを押し付けたら、アドラステイアと同じだぞ。
 信じるものは彼ら自身が決めるからお節介は要らないよ。彼らはもう自分達の力で生きてるんだから、信じてあげなよ?」
「いったい何に狂わされたのでしょう。あなたがたに何があったのでしょうか」
 急いで撤退する様子の無くなった少年に、イズマと睦月が歩み寄って語りかける。睦月は更に一歩近寄って、ギフトを使う為にその瞳を覗き込もうとしたが、先に少年に目を逸らされてしまった。
「……オンネリネンがある事自体が、間違いなんだ。アドラステイア自体が歪みなんだ。
 オレ達が、苦しくても頑張って生きてきたのが、間違いだったなら。他の誰でもない、オレが正しくしないとだめなんだよ」
「『正しくする』とは、どういう事なんだ?」
 アーマデルの問いに、少年は背を向ける。
「歪んだものを、あるべき形へ戻す。間違ったものを消す。それ以上は教えられねえ。
 ……オレはサクだよ。あいつらも知ってる。聞いてみればいい」
 そう言い残して、『変われなかったオンネリネン』――少年サクは、影に包まれるとその姿を消した。


 避難していた子供達は皆無事で、戦闘が終わると口々に致命者達や遂行者について尋ねてきた。
「サクくんは? どこ行ったの?」
「兄ちゃん達は?」
「今日は皆顔を見せただけなんだって……でも……いつかまた会える……って……」
 レインが言いつくろって説明すると、子供達は残念そうな顔をする。レイン自身も残念だ。
「あれは本人じゃない。挨拶も無かったし、いきなり影の天使に襲わせてきたんだろう? おかしいじゃないか」
「そっかなぁ……」
「サク兄知らない服着てたもんねー」
 イズマの指摘を聞いた子供達はまだ信じきれない様子だったものの、最後には少女トキの判断に従おうということになった。
「サクはさ、本当に私達と一緒にいたんだよ。皆とここへ来たんだよ。なのに、突然いなくなってて……やっと会えたら、あんなことになってるし。ちゃんと話したいって思うけど……」
「……よければ、どうして移住先に馴染めなかったのか聞いてもいいか?」
 アーマデルの問いへの答えは子供によって様々だったが、良くも悪くもアドラステイアでの生活に深く馴染んでいた為にそれ以外の習慣へ馴染めなかったようだった。
「俺の領地は豊穣で、ここからはとても遠いが。それだけにアドラステイアの住民だったことをどうこう言う者もいない。先に保護した元オンネリネンの子もいて、開拓の進んでない土地もある。
 試しに住んでみないか?」
「オンネリネンの仲間がいるの?」
「誰、誰!?」
 元オンネリネンの子供達がいると聞くと、子供達は途端に食いついた。ちょっと人類の割合低めで、カラフルなカジキマグロの沸く土地だが……という忠告も、興味を持って受け入れられたようだ。
 ただし、トキだけは豊穣行きを断った。サクを連れ戻すまでは遠くへ行きたくないと。
「一人で生きていくのは何とかなるし、大丈夫だよ。サクと一緒に、皆に会いに行くから。任せといて!」
 トキは他の子供達と明るく約束すると、自分からこの地を去って行った。彼女なりにあてがあるのか、無いのか――そこまでは、この時のイレギュラーズは知る由もない。


 押し付けと言われようと。狂気と言われようと。この役目を止める気も、譲る気も無かった。
 誰かがやるならば、自分でなければならないと思った。
 ――何でだよ。おかしいだろ。
 白い制服に飛び散って乾いた泥が、こびりついて落ちない。
 助けられた理由が、わからない――。

成否

成功

MVP

セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

状態異常

マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)[重傷]
涙を知る泥人形

あとがき

お待たせしました、ご参加ありがとうございました。
遂行者の少年はサクという名の元オンネリネンの子供でした。
その能力や詳細は未だ不明ですが、今後も関わってくることになるでしょう。
称号は、オンネリネンの子供達を引き取った方と、消えない泥を残した方に。一人残ったトキもまたお目にかかる機会もあるかと思います。

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