PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<鉄と血と>天使の仕立て屋さん

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 るん、るん、るん。
 少女の優しい歌が、地下の武骨な岩肌に反響して響き渡ります。

「キミ、ホントに歌が好きだねェ」
「ええ、好きよ? お兄様も歌う? きっと楽しいわ」
「ううん、僕は遠慮しとくよ。あんまり巧くないからね」

 縫物も、歌も、キミには及ばないからねェ。
 そういう美しい貌の男ににっこりと銀髪の少女は笑み掛けて、“其れ”にまた一つ、針を突き立てました。

 うわあ!

 と、鳴いて飛び上がるのを、慌てて少女は押さえます。
 だって、針がずれたら不格好になっちゃう! 縫い目はきっちりと、可愛く仕上げてあげなくては!

「其れは――トリ、だったね」
「ええ! お兄様が連れて来てくれた“材料”で作っているのよ。素敵じゃない? 空を飛んで、世界中を見て回るの! あ、でもこの姿だと……世界の美味しいものを食べても、頸から落ちてしまうわね」

 残念そうに言う少女の声色には可哀想だという響きはありましたが、其れはあくまで「食べられないのが可哀想」なだけ。こうして異形へと作り替えられていく“材料”達への悲哀は一切ありません。
 其れで良いよ、と青年は思います。子どもは良い。思いもよらない残酷さで、僕たちを楽しませてくれる。

「これは今度は何処に放つのかな?」
「うーん、どうしようかしら。余り思いつかないわ。前はアラクネのお見舞いに行かせたけれど、ちょっぴり遅かったみたいだし……そうね。皆さんが地下を目指しているとお兄様が言うのなら、地下で皆さんとパーティをしたいわね!」
「そうだねえ。みんな、地下をぐるぐる回ってモグラみたいだ。こんな素敵なトリさんに出会ったら、あっという間に空を見たくなるだろうねェ」
「そうでしょう、そうでしょう! うふふ、ガルロカお兄様は本当に、褒めるのが上手ね!」
「スートゥラ程じゃないよ。キミは本当に、褒めるのも、縫うのも、歌も上手だねェ」



「ブランデン=グラード医院の件は終わったようですね」

 一方変わって、此方はラド=バウ自治区。
 闘技場内の一部屋に、ミセス・ホワイトはいた。紫色の髪を揺らして、ええ、とディアディア・ディディチューンは頷く。

「無事にイレギュラーズの活躍で、医院の魔物はお掃除されましたね。 ですが……彼らが何処から来たのかが気になりますね? まるで何か目的を持っているかのように一か所に集まる、不気味ですね」
「ええ。だからアナタにアタクシは一つお願い事をした」
「勿論遂行しましたね? “一匹だけ死にかけを隠しておいて、何処へ行くのか観察する”――ブランデン=グラードの駅、地下に降りて行きましたね? 案の定」

 イレギュラーズ(あのひとたち)を誤魔化すの、結構苦労しましたね?

 ディアディアは肩を竦める。
 ミセス・ホワイトは静かに窓から外を見ている。この闘技場はいま、戦地の真っ只中にある。各地で様々な派閥が鬨の声を上げ、帝都へと侵攻を開始した。避難民たちの安全を守るには、防衛だけでは事足りない。こちらから不安の種を摘みに行くのも必要であろう、と……思う。
 果たして本当にそうだろうか。
 ミセス・ホワイトは己の選択が正しいのかと、いつも己に問い続けている。だが、其れを表情には出さずに、白く曇った窓越しにディアディアを見詰めた。

「という事は、何かが地下にいると考えて良いのですね?」
「良いと思いますね? 地下は兎に角入り組んでいて、探索班も深くまでは終えませんでしたね。恐らく奥に何かが潜んでいて、あの化け物たちを生み出している。……それともう一つ」
「何でしょう」
「残念ながら悪いニュースです」

 ――ブランデン=グラード医院の入院患者を調べてみましたが、撃破された少女と殺害された医療関係者を除く全員が、“行方不明”扱いです。

 ――他の派閥にも確認しましたがそれらしき人間はおらず、魔種の犠牲者の痕跡を調べても“足りませんでした”ね。

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 改造天衝種の作り手の居場所を掴みました。
 ラド・バウは戦地の真っ只中にあります。憂いは先んじて断ってしまいましょう。


●目標
 魔種「スートゥラ」を排除せよ

●立地
 ブランデン=グラード駅から地下鉄の線路、及び地下通路に降りる事が出来ます。
 皆さんは其処から侵入して、天衝種を斃していくことになります。
 天衝種は目的を持っている訳ではありませんが――彼らを撃破していけば、自然と「作り手」の所に辿り着く事は出来るでしょう。


●エネミー
 ケモノxたくさん
 トリxケモノよりは少ないけどたくさん
 「作り手」x1

 ブランデン=グラード医院にいたものと同じ、人の四肢をくっ付けた獣のような近接系天衝種と、怒り狂う人の頭に翼を付けたような神秘系天衝種がいます。
 ただ、トリは少しだけ手が加えられて、ケモノに指示を与える役割を担っているようです。
 ケモノは統率された動きでイレギュラーズを狙って来ます。ご注意下さい。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。


●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran



 此処まで読んで下さりありがとうございました。
 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <鉄と血と>天使の仕立て屋さん完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月21日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
不動 狂歌(p3p008820)
斬竜刀
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

リプレイ


「これくらいの数なら、まだすり抜けられる!」

 鉄帝、地下道。
 地下鉄の線路から脇に入れば、直ぐ様に天衝種のお出迎えがあった。だが戦力は温存しておきたいと、『理想のにーちゃん』清水 洸汰(p3p000845)はパカパカー……軍用馬車めいた其れを引いて走る。

「スバル、アッシュ、道案内頼むぜ!」
「はい。敵情視察は任せて下さい」

 『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)は事前に蝶のファミリアーを飛ばし、敵の布陣を偵察。更に脇道まで視線を拡大して、より多くの天衝種が集まる場所を目指す。
 そして『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)はこれもまたドレイク・チャリオッツを動員。仲間を乗せてより機動力を高める。

「この手の呪術を見た事はありますが……えらい手がこんどりますの。いや、術者にとっては呪術というより……」
「作品、みたいな、感じ……」
「そう」

 『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)と『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はドレイク・チャリオッツの上で静かに話し合う。ケモノの唸り声。トリの鳴き声。徐々に大きくなり、しかし過ぎ行く其れを聴きながら。

「しっかし、見た目から気味が悪い上に、腹の底からムカムカする感じだ。真っ当なモンスターじゃねえな」

 こちらはパカパカー。『鬼斬り快女』不動 狂歌(p3p008820)はケモノが発するぺたり、という肌が土壁に触れる音を聞きながら、あからさまに顔をゆがめた。

「そうだろうな。――俺の故郷では、ヒトの本体は魂で、肉体は其の器であるという。……器とはいえ、好き勝手に使って良い道理はない。返してもらわねばな」
「ああ。こんな胸糞悪い奴ら、もう二度と見なくて良いように」
「――敵の数が増えて来ましたわね。そろそろ降りるべきですわ! 洸汰、昴! 速度を落として下さいまし!」

 『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)がいうと、おう、と答えが返って来る。丁度二人もすり抜けるのは限界だと思っていたようで、既に減速は始まっていた。停止しきる前にイレギュラーズは馬車から飛び降りて、トリとケモノと相対する。

 ――うわあ!

 驚いた男性の声がする。
 誰かが驚いた訳ではない。トリが鳴いているのだ。

 ――ぺたり。

 肌が肉壁に触れる音がする。
 ケモノに縫い付けられたヒトの手が、優しく地面を叩いたのだ。

「むごいものですわね」

 ヴァレーリヤは一度目をつぶり、開く。
 この四肢の持ち主――恐らく件の病院の入院患者だろう――にも、人生があった筈だ。理不尽に奪われ、理不尽に弄ばれるこの状況を看過する訳にはいかないと、鋭く前方を睨み付ける。

「終わらせてあげましょう。このまま生き続けたいなんて、思っていない筈ですもの!」
「全員降りたな!? 突撃する!」

 昴は己が切り込む、と、一度減速した馬車を一気に加速させる。
 闘氣を練り上げ、鎧のように纏い――其の勢いのままに拳ごと馬車でケモノたちを轢き潰す!!

「飛んでるのは任せたぞ! 私はケモノを潰す!」
「この前方、かなりの数の“何か”がおりますなあ! どうやらこの道、『当たり』のようです!」

 昏きを見極める支佐手がケモノとトリが湧き出る奥を見やって、仲間に情報を共有する。より多い方へ、多い方へと我々は進まねばならぬらしい。

 ――うわあ! うわあ!

 トリたちが哭いて、ケモノが隊列を作り仕掛ける。
 ……いち早く狂歌が動いた。得物の大太刀を手にすると、竜巻に似た乱撃を繰り出してケモノを切り刻む。

「トリを一匹残す! 其れで良いんだな!?」
「ええ! 案内役として残して下さいまし!」
「じゃあケモノには遠慮する事はねーな! 行っくぜー!!」

 洸汰が一気に突貫する!

「俺はシミズコータ! お前らに言葉が通じるかは、わかんねーけど……でも! お前らを“助け”に来たぜ!」

 助けるとは言うけれど。こんなになってしまったら、もう殺すしか助ける方法はない。
 其れを洸汰だって解っていたけれど……だからこそ声高く、“助ける”と吼えるのだ。ケモノたちを一気に引き付けて隊列を崩せば、其処に大蛇めいた攻撃が吼え立てる。

 ――聖句に曰く。

 ――主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる。

 ごう、と炎が燃えた。
 ヴァレーリヤが生み出した炎の壁は、通路の奥に出現すると一旦此処に吹き溜まる天衝種たちを分断し……戦いを有利に運ぶ。そうしてメイスの先に炎を宿し……命を冒涜する天衝種たちに、聖職者は一撃を見舞う!!

「主よ、我らを憐れみたまえ!!」

 アッシュは素早く紡ぐ。其れは電磁の鎖、いかづちの銛。まるで蛇のように奔らせて痺れさせると、其処へアーマデルがあらゆる災厄を詰め込んだ神酒を見舞う。炎を、血潮を、凶事を、呪いを纏ってケモノはどうと伏して倒れ、トリたちも次々と大地へ落ちる。ケモノが唸る声が、弱くなって消えていく。

「……あれは放っておきましょう」

 ヴァレーリヤは手の一振りで、奥へと続く道を塞いでいた炎壁を消し去る。
 うわあ、うわあ。
 弱弱しく鳴きながら、トリは奥へと去って行く。其のよろよろとした姿を見ながら、さて、と支佐手は帽子の鍔を整えた。

「此処からが本番、ですかの」
「そうだな。――あの天衝種の作り手が、この奥にいる筈だ」

 昴はいうと、ばきり、と拳を鳴らした。容赦するつもりはない。もとからない。粗暴だと思われがちな昴だが、其れでも倫理くらいは知っている。人の身体で縫物をするなど、例えどんな姿であろうと許されぬ。

「……わかるぜ! あっちだ!」

 洸汰が駆け出す。彼の『人助けセンサー』に、トリの反応が引っ掛かったのだ。だとすれば――残酷な話だ。最早言葉も紡げぬ、頭に翅を縫い付けられただけのトリが、“助けて”と頭の中では思っているという証左なのだから!



 人の手が、吊り下げられていた。

 人の頭が、綺麗に並べて置かれていた。

 洸汰の人助けセンサーと、各々の暗視とファミリアー。それぞれの探索手段を用いて辿り着いた洞窟の行き止まりは、言葉にするのも悍ましい“仕立て屋さん”だった。

「ふん、ふん、ふん……」

 背を向けて、薄い金髪を靡かせて。少女が楽しそうに鼻歌を歌っている。
 弱弱しく羽撃く鳥は、うわあ、と小さく鳴いて……少女の足元に、ぽとり、と落ちた。

「あら?」

 そうして少女は初めて振り返る。
 ――美しい少女だった。其れゆえに悍ましいと、アーマデルは思わざるを得なかった。トリに向ける視線に慈愛など一切なく、ただあるのは興味だけ。ひょい、と其のボールのようなシルエットを拾い上げて、あらあら、と様子を観察している。

「お怪我をしているわね。どうしようかしら、当て布をしたら、元気になるかしら」
「おい」

 狂歌が声をかける。今にも斬りかかりたいのを、辛うじて堪えている。
 少女はそうして――顔を上げた。其の瞳の光は妖しく、レインは、アッシュは感じ取る。

 ――何も見ていない。

 盲目なのではない。ただ、ただ、徹底的に興味がないだけだ。
 少女はそうして初めて其の虚ろな瞳にイレギュラーズを映し、あらあら、と首を傾げた。

「こんにちは、お客様。何の御用かしら? この子と関係あるのかしら?」
「おう! 俺はシミズコータ! ……キミを止めに来たんだ!」
「止めに?」

 ぱちくり、と少女は瞳を瞬かせる。
 そうしながらも彼女はふと手を伸ばし――布を一枚手にすると、トリの焼け焦げた頬へと布を当てて。

「パーティをしようと思っていたの。貴方がたが来てくだすったら。だって楽しいでしょう? この子たちも交えて、素敵なパーティを開こうと思っていて」
「……ヴァレーリヤ」
「ええ」

 互いに前後を伺っていたアーマデルとヴァレーリヤは感じていた。トリが、ケモノが、あちこちから沸いたように出てきている。
 狂歌が、訊いた。其れは最後通牒だった。

「お前が作ったんだな?」

 少女は微笑み、面白いほど太い針に糸を通すと……

「ええ、そうよ?」

 トリの頬に、迷うことなく針を突き立てた。
 其れが合図のように、トリとケモノが一斉に飛び出して来る!

「クソ野郎が!! これで心置きなく斬れるってモンだ!」
「どのような容姿をしようとも……! 邪悪な行いの正当化は出来ん!」

 昴が繰り出す暴力の旋風の中。狂歌が更に暴虐を吹かせてケモノたちの血肉を削ぎ取る。

 ――うわあ! うわあ!

 トリが鳴いている。
 助けて、助けて、と鳴いている。
 彼らは助けを求めて、或いは敵を排除するために、ケモノたちをけしかける。司令官といっても、余り知能は残っていないのだろう。波のように押し寄せるケモノたちはしかし、“本当に”統率されてはいない。
 其処につけ入る隙がある、と支佐手は剣を振るう。

「いかづち纏うおろちがみ……」

 雷が嵐の如く吹き荒れる!
 獣たちを焼き焦がし、トリの翼を焼き裂いて、雷司る蛇神が遊ぶ。

「キミがアラクネって子のトモダチ?」

 洸汰は問う。既に彼女の興味は自分に向けている。牽制に打った暗器を、少女は――ふわりと舞わせた糸で叩き落とした。

「友達だと思うわ。私、スートゥラというの」
「……。スートゥラ。キミは、自分の事を判ってる?」

 キミが魔種だって事。
 セカイの敵だって事。

 洸汰へと飛び掛かったケモノを、ヴァレーリヤの炎纏うメイスが叩き落とす。
 更にアッシュが再び雷の蛇をうねらせて、獣たちを縫い繋ぐように貫いていく。

「知っているわ?」

 少女は意外なほど素直に、微笑んで答えた。
 お兄様に教えて貰ったの、とスートゥラはいう。

「でも、私は何も変わった覚えはないの。ずーっとずっと、お人形遊びをしていたわ。其れだけよ?」
「随分と悪趣味な……お人形遊びですわね!」
「よく言われるの。どうしてかしら。最初は……ネコちゃんが可愛くて、だから使ってみたのだけど、お父様とお母様にひどく怒られたわ。だから、お父様とお母様を可愛く仕立ててあげたくて……ええ! そう! 其の時にお兄様に出会ったのだったわね」

 ケモノの数が減り始めている。
 狂歌と昴が嵐のような乱撃でもって、列も行も右も左もなく殲滅している、その効果が表れ始めていた。彼らが撃ち取れないトリたちは、支佐手とアーマデルが相手取る。

「ああ、ほら、見て。当て布をしてみたの!」

 可愛いでしょう、と未だトリとケモノに護られる少女は、頬に布を縫い付けられたトリをイレギュラーズに見せて微笑む。

「……」

 呆けたように彼らを見ていたトリが、ぽつり、と呟いた。






 たすけて。






「オレは子どもが好きだけど!」

 洸汰が叫んだ。
 少女――スートゥラは当て布を終えて満足したのか、洸汰に攻撃を仕掛ける。針に通してある糸をすらり、と波打たせて――其の鋭さで斬り付ける。

「子どもだからって、やること全部が許される訳ない! こんな酷い事は、大人でも許されないんだ!」
「酷い事なの? こんなに可愛いのに。こんなに素敵なのに。貴方だって考えた事はない? 羽が生えて飛べたなら、どんなに素敵だろうって」

 スートゥラはうっとりと呟く。最早誰も、彼女を少女だとは思えなかった。
 彼女は魔種だ。壊れているのだ。……いや。魔種として変貌する前から、彼女の価値観はおよそ人の社会には適さないものだったのかもしれない。

「彼らが貴女に何をしましたの」

 最早同情の余地も、会話の余地もなし。
 そう判断したヴァレーリヤが、炎纏うメイスを振り下ろす。炎は少なくなったケモノを、トリを焼き貫いて、スートゥラの右手へと炎を燃え移らせた。

「きゃあ……!」
「彼らが、貴女に望んだとでも!?」
「酷いわお姉様、痛い、痛い……!」

 なんて身勝手な子どもだろう。
 他人の肉体を冒涜しておきながら、己の右手が燃えたら痛いと悲しく叫ぶ。其の声は子どもらしく高く、ヴァレーリヤの良心をちくりと鈍い針で刺したが――だが、ヴァレーリヤは、イレギュラーズは、最早彼女を生かしておくことは出来やしなかった。

「助けて、お兄様……!」
「助けは来ませんよ。もう終わりなんです、お嬢さん」

 泥が這い出す。
 支佐手が仕掛けた泥がケモノたちの足元を掬って。其処から這い出る死者の手が彼らを掴んで。骨が剥き出しになったあぎとが、其の肉を食い千切る。

「いやあ!」

 スートゥラが糸を振り回すと、すぱん、すぱん、とケモノごと死者たちが断ち切られる。其れはさざ波から大波となり、イレギュラーズへと襲い掛かる!

「――ッ! 今ですわ!!」

 最早小さな奇跡を輝かせる事も厭わぬ。
 ヴァレーリヤは鬨の声を挙げると、一気にスートゥラへと突っ込んで行く。ケモノの死骸を踏み抜き、トリの羽根を蹴り上げ。
 昴と狂歌も其れに続く。――ようやっと。ようやっと、目の前にいるのが“敵”なのだと知ったスートゥラは、針からつながる糸をくるりと己の周囲に展開する。

「……ッ!」
「いや、突っ込め!」

 尻込みかけた誰かを鼓舞するように、昴が拳を振り上げる。
 そう、いつだって昴は拳を振り上げていた。スートゥラが幼い少女であろうと。美しかろうと。性根が醜かろうと何だろうと、昴は彼女を許そうと思った覚えは毛頭ない。魔種ならば滅す。悪ならば滅す。其の強さはまさに、状況を打破する槍に似ていた。

 昴の拳が糸を捉える。
 まるで見えない鋭い糸でまかれるように昴の腕が一瞬で真っ赤に染まったが、其れは昴の笑みを深める材料になるだけ。

 ――ぱぁん!

 スートゥラが展開しようとした糸の繭は、昴の拳によって打ち砕かれて。
 更に其処に後方から、アッシュが差し向けた赫い雷がスートゥラの胸元を貫いた。
 そうして、ヴァレーリヤがメイスを振り上げ……スートゥラは最後の抵抗か、糸をくるりと舞わせて……

 闇の帳を脱ぎ捨てたアーマデルが、既に小さな奇跡を輝かせたヴァレーリヤを庇うように其処に“現れた”。




「……ねぇ」

 スートゥラは、静かに聞いている。
 其れはレインの声。敵に向けるには余りにも穏やかな、波音のような問いかけ。

「君は、あの子の何か、なの?」
「……判らないわ。ただ、私たちはお兄様を通じて出会っただけよ」
「……君は元々、“そう”だったの?」
「“そう”って?」
「少し、……歪んでいる、って、事」

 言葉を選んだレインに、おかしなひと、とスートゥラはくすくす笑う。

「私は最初から、なんにも変わっていないわ」
「じゃあ、最初から」
「いいえ」

 否定。

「私を“こう”したのは、お兄様よ」
「お兄様……?」
「ガルロカお兄様。私に病院からの材料を運んで下さった、お兄様」
「……」
「……」

 何かを考えている様子のレインに、スートゥラはにこり、と笑いかけた。
 そう、レインに笑ったスートゥラ。

 其の一瞬にも似た対話は砕け散り、……ヴァレーリヤのメイスが、全ての時を動かすかのように、スートゥラの頭を撃ち砕いた。



「……全く」

 魔種スートゥラが黒い塵となり、ぶわっ、と虚空に散ったのを見届けた後。
 ヴァレーリヤは傷だらけの身体で、腰に手を当てて己の前に立つ男を見た。

「私が危ないからって、突然奇術みたいに現れる人がありますか!? 危ないでしょう、貴方の頭を打ち砕くところでしたわ――アーマデル!」
「……すまない」

 スートゥラの糸を浴びて同じく傷だらけのアーマデルは、だが、と肩を竦める。

「こうでもしなければ、ヴァレーリヤ殿は敢えて受けてでも殴っていただろう?」
「勿論ですわ! 私が意識を失っても……貴方も昴もいるんですもの。運んで下さると信じていましたから」
「おいおい、俺だってアンタくらい運べるぜ。見くびって貰っちゃ困る」
「……一応、わしも男性ですし、運ぶ力くらいはあると思うんですが……」
「……こっほん!」

 一部から反論を受けながらも、ヴァレーリヤは話を切り替えるように咳を一つ。
 周囲を見回せば、何らかの力を失ったのだろう。瑕がないにも関わらず大地に墜ち、ぴくりとも動かなくなったトリとケモノが沢山あるのが判った。

「彼らを運びましょう」
「……そうですな。どれが誰のやらは判りませんが、せめて人間の形にして葬ってやれたら……幸い、ですかの」
「防腐は任せて貰って構わない。此処は冷たいし、上も暖かくはないから――そうそう腐る事はないと思うが」

「……」
「レイン! どーした?」
「何かありましたか?」

 スートゥラが眠っていた場所を見て、振り返って出口を見る。
 死体を運ぶ大人たちの傍らでそうしていたレインを、洸汰とアッシュが案じるように覗き込む。ううん、とレインは頭を振って。

「なんだか……帰り道が違う風に、見える、だけ」
「違う風。……きっと人助けをしたからだな!」
「……人助け?」

 首を傾げるレインに、そうだ、と洸汰は頷いた。

「人助けをした後ってのはさ、帰り道がぴかぴかーって見えるんだよな! なんか、やったぜー! って感じで!」
「……わからない。もう少し、考えて、みる」

 うん、と頷いたレイン。
 洸汰とアッシュも頷き合い、三人は大人たちの手伝いへと戻っていく。

 灰は灰へ。
 塵は塵へ。
 そして、ヒトはヒトへ。

 こうしてひっそりと、冒涜を重ねた魔種は葬られたのだった。

成否

成功

MVP

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

状態異常

清水 洸汰(p3p000845)[重傷]
理想のにーちゃん
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星

あとがき

 お疲れ様でした。
 異形の天衝種を作っていた魔種は世界から去り、人々は安寧の眠りに就きました。
 彼女はきっと、誰に出会おうとも、出会わなくとも――遅かれ早かれ、世界の敵になっていたのかもしれません。
 ご参加ありがとうございました!

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