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シナリオ詳細

<被象の正義>ラルム・アリアの矜持

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 一夜にして、テセラ・ニバスが失われた。
 ショッキングな情報が天義に知らせとして飛び込んだ。余りに衝撃的な事実を目の当たりにして、テセラ・ニバスへの帰還を諦める者、涙を流し残してきた家族を思う者、何が起ったのだと乗り込もうとする者。
 各々が行動を起こす。
 聖騎士団とて対策に追われて居た。
 『正しき』天義、決して揺るがぬ真白き真実、それらが『変化した』今の世界に警鐘を鳴らすように新たな神託が降っている。

「はあ?」
 テーブルに飾られていた薔薇の花をぐしゃりと握りつぶしてから聖女ルルは立ち上がった。
「ムードを作る意味、分からないんだけど」
 聖女らしからぬ口調で苛立ちを隠さぬ娘は『テセラ・ニバス』――改め『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』たちの住まう『異言都市(リンバス・シティ)』の様子を雑談半分で話す相手が居ないことに唇を尖らせた。
 つまり、聖女ルルこと『カロル』は暇であった。

 ――薔薇を愛でるがいい、聖女よ。

 気障ったらしい言葉を重ねながら乙女の舌にある『聖痕』を一瞥しようと覗き込んでくる仮面の男に聖女ルルは苛立ちを隠せなかった。
 クソマゾ野郎と、淑女には似合わぬ言葉を吐出したが聞いてくれる相手は居ない。
 何時ものマスティマもアドレもツロでさえも今は居ない。
「暇」
 呟いた。
 エル・トゥルルも制圧が始まり騎士団の見回りも増えている。これ以上聖遺物を燃やしても、有象無象が狂う程度で大して『正しき歴史』へは戻せやしない。
 手を拱いていたルルに『仮面の遂行者』ことサマエルが「任せ給えよ」と薔薇を一輪渡しながら口にしたのだ。
 カロルに手酷く罵られることを好んでいるサマエルの手腕はお手並み拝見だとは思って居たが。
「手出ししちゃダメなんてルールはないものね? クソマゾ野郎の手伝いになるのは癪だけれど何処かに遊びに行こうかしら」
 くすくすと笑ったカロルは聖女の顔をして――
「ねえ、あなた、アリアライト家の領地『ラルム・アリア』ってご存じ?
 もし知っているならば、その場所、貰っちゃいましょうよ。蜂蜜が美味しいのよ。お腹空いちゃったもの、ねえ?」


「――現状は」
 聖騎士団詰め所。困り切った表情をしているのはエミリア・ヴァークライトであった。
 報告書を手にしているセナ・アリアライトは「テセラ・ニバスに帳が降り、調査が開始されているが現状は内情は把握しきれない」と渋い表情を見せた。
 無数の街区に区切られることで作り上げられた巨大都市テセラ・ニバスは一夜にして帳が降ろされた。
 然うして、その地は『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』たちの住まう『異言都市(リンバス・シティ)』へと変貌を遂げてしまったのだという。現時点ではその情報だけが宙にぶら下がっているかのようでもある。
「スティア達が言うにはR.O.Oに似てるそうです」
 イル・フロッタは困ったような顔をする。R.O.Oにて発生したワールドイーターの世界くらいにも良く似た事象が発生しているのだ。パラディーゾ達の仕掛けた陣取り合戦のようだと見知った者は言うであろう。
「しかし、リンバス・シティだけではない。その周辺都市にも帳が居り始めているという報告がある。
 至急の調査が必要なのだが……テセラ・ニバスの傍には少しばかり気がかりなことがある。私が赴いても構わないであろうか」
「……アリアライト卿が?」
 騎士団では其れなりの地位にもなるセナが調査に赴くことにエミリアは難色を示した。
 エミリアやセナになれば騎士団の団員を率いての作戦行動が求められる。アドラステイアではエミリアが戦場に赴く際にはセナが後方支援として下支えをして居た。今回もそのつもりで準備を整えていたのだが――
「セナ先輩が気になるのって?」
「……ああ、テセラ・ニバスは実はアリアライト領の近くなのだ。私も騎士団に所属する以上、領地のことは使用人達に任せきりになっているのだが……」
 義父母はセナが騎士団に詰める必要が生じたと知れば雲隠れはしていたが統治は出来る限りは行なってくれているらしい。だが、あくまでも家督はセナ・アリアライトという『アリアライト家の生まれではない養子の青年』に明け渡したままではあるのだが――
「なら、アリアライト領の様子を見に行きましょう。協力してくれるか? スティア、それから星穹」
「セラ……?」
 ずきり、と頭が痛んだ気がしてセナは星穹(p3p008330)を見詰めていた。星穹は不思議そうにセナを見詰める。記憶にはない、美しい青年が目の前に居る。
「セナ先輩と星穹は似ているのだな」
 イルがぱちくりと瞬きながら問えばスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は「そうだね」と微笑んだ。
 穏やかな時間を過ごしている暇はない。今も尚、近隣を呑み喰らわんとする帳はそれらすべてを奪い去ってしまおうとしているのだから。

GMコメント

●成功条件
 アリアライト領『ラルム・アリア』の奪還

●フィールド情報
 天義貴族アリアライト家の所有する領地ラルム・アリアです。ワールドイーターにより帳が降ろされており、侵食が始まっています。
 ワールドイーターが産み出した異常な景色が混ざり合っているのか異様な光景となります。
 内部にはアリアライト家の元家長である男性とその妻が賢明に民の避難誘導を行って居ます――が、彼等を狙うように『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』や『影の天使』がやって来ているようです。
 非常に長閑な場所であり、蜂蜜が特産品です。巨大都市テセラ・ニバス近郊都市であり、都会とまでは言い切れない中規模な都市です。空は赤く、内部はちぐはぐ。家屋などもブレており、空からは白い花が落ちてきています。

●エネミーデータ
 ・『クラフティ』
 イルやセナは見知った青年のようです。クラフティとは呼ばれていますが正気なようには思えません。
 異言を操り、全てはルル様の為だと言います。蜂蜜を取りに来たとも言って居ます。
 彼自身はワールドイーターが倒されると撤退します。

・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』、『影の天使』
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っている影の天使と『異言(ゼノグロシア)』を話すようになってしまった狂気に陥った住民です。
 異言を話す住民達は生かしたまま倒す事で正気に戻すことが可能です。
 何方も無尽蔵に存在しています。ゼノグロシアンの中にはアリアライト領のものもいるようです。

・ワールドイーター
 世界を食べてしまった存在です。倒す事で都市を救うことが可能です。ゼノグロシアンや影の天使と共に住民を追掛けています。
 非常にタフで巨体の割りに素早いユニットとなります。氷の気配を纏っている――のでしょうか、冷ややかな空気を齎します。
 動く者を餌だと思い込む為、見境のない大食らい。住民達を先に避難させてから、対処を行った方が安心安全でしょう。

●アリアライト元家長(夫妻)
 聖騎士セナ・アリアライトの義両親です。
 強欲の魔種による事件により、心を病み正義の遂行を行なってきていたアリアライト夫妻は家督を養子であるセナに譲りました、が元々は良い領主でした。
 セナが騎士団として聖都に勤めている間は代理で領地運営をしています。
 民を第一に思っており、民の避難に努めていますがそろそろその身にも危険が迫ってきているようです。

●アリアライト領の住民達 10名
 避難誘導が完了していない住民です。ちぐはぐに変わり始めた景色の中、領主の屋敷を目指して移動していますが『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』や『影の天使』に追掛けられているようです。
 イレギュラーズは突入時にその姿を見付けることが可能です。

●味方NPC
 ・セナ・アリアライト
 天義聖騎士団の青年。セラという妹が居たような――そんな記憶のある騎士団員です。剣での戦闘が中心。
 後方支援が多く、詰め所で仕事をしていることが多かったようですが自領の危機に黙っては居られませんでした。
 傲慢な正義を遂行し続けた己の矜持が歪んでしまった気がして、非常に不安定な立場にあります――が、其れを出さぬようにと務めているようです。

 ・イル・フロッタ
 明るく元気な天義聖騎士の少女。元貴族令嬢の母と旅人の父を持った不正義の産まれの娘。
 母の生家に認められる立派な騎士となるべく危険も顧みず任務に挑みます。指示があればご指定ください。イレギュラーズは凄い人達だから。

●参考:聖女ルル(カロル)
 エル・トゥルルや殉教者の森/ハープスベルク・ラインで事件を起こしていた『遂行者』です。
 暇すぎて適当に近郊都市に手を出したそうです。本人は来ていません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <被象の正義>ラルム・アリアの矜持完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月02日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ


「おや、これはアカシアかな?」
 掌を宙へとやった『闇之雲』武器商人(p3p001107)はそれが掴めぬ事に気付いてから笑みを深めた。
 異言都市(リンバス・シティ)――テセラ・ニバスに降りた帳が一夜にして都市を異言を話すもの(ゼノグロシアン)達の都市にしてしまったと言う。その近郊都市も、次々に侵食されているのだろう。このラルム・アリアとて例外では無かった。
「……何てことだ」
 思わず呻いたセナ・アリアライト――現ラムル・アリアの領主にしてアリアライト家の当主である青年は己が聖都に滞在している間に起きた変化に貌を青ざめた。
「さて、領地戦争いざ知らず、誰か1人でも声をあげたなら。守りにいかなくては、盾ではありませんから。
 ……それにしてもゼノグロシアン。天義を覆う影。彼らは一体、何が欲しいのでしょうね?」
 首を傾いでみせる『肉壁バトラー』彼者誰(p3p004449)へ未だ全容が知れぬ事、そして一難去ってはまた一難としか言い得ぬ状況に『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は嘆息する。
「中々心が休まる暇がないのは裏の界隈だけで十分だっていうのにね。
 まあ、どの道俺たちのやるべきことは変わらないけどね。いつも通りに人助けに向かうだけさ」
 人助け。それは尤もたる理由の一つだ。現状のラルム・アリアはワールドイーターの腹の中。其れに加えて、都市自体が歪な変化を初めているのだ。
「殺戮と変容、どちらが恐ろしいのだろうか。
 一度変わってしまったという衝撃は、戻しても残るのではないか? ……否、今は残された者を救いだし、護るしかない」
 救い出した後に綺麗さっぱり何事も無く終るのであれば杞憂で済むが、其れさえも分からぬ現状だ。『無鋒剣を掲げて』リースヒース(p3p009207)はおとがいにほっそりとした指先を当て考え倦ねてから首を振る。
「うん。敵の目的はわからないけど、天義の民を苦しめるというのなら止めてみせる! この地で好きにはさせないよ」
 決意を胸にした『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)へと『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は頷いた。
「ROOのワールドイーター、っていうとちょーっとマジ頭痛がやばたん的な記憶があるのはさて置いて」
 ――思えば、R.O.Oでワールドイーターを使役していた二人のパラディーゾはスティアとアーリアであっただろうか。そんな記憶を遠くに押し遣ってからアーリアはラルム・アリアの地を一歩ずつ踏み締めた。
「『ラルム・アリア』……アリアの涙、に呼ばれたのは運命かしら?
 そうねぇ、スティアちゃん。私達が居るこの天義で、好きにさせるわけにはいかない」
「私もいるぞ!」
「ええ、イルちゃんもね」
 隣で跳ねるイルへとアーリアがくすりと小さく笑った。やる気十分な年若い聖騎士は「食いしん坊から奪い返すんだ」と胸を張る。
「食いしん坊さん……『ワールドイーター』だなんて。
 世界を喰らうだなんて大それた名前ね。私は食べたことがないけれど世界なんて食べてお腹を壊さないのかしら?
 なんてそもそも食べさせないから関係ないわね。だってそのために私たちが来たんだもの」
 揶揄うような言葉を重ねて『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の鉄靴が地を叩いた。髪を揺らがせる美しいバレリーヌが見据えたのは影の気配。
「さあ、準備はいかが?」
 囁く彼女にセナは不安も、困惑も、今は抱いている場合ではないと己を律するように背をぴしりと伸ばした。
 そんな彼を見上げたのは『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)である。
 銀の髪、青い瞳。もしも、自身に兄が居たのなら、彼のようなひとだったのだろうか――
 ふと、セナは星穹を眺めてから穏やかな笑みを浮かべた。
「……どうか、しましたか?」
「失礼。年若いイレギュラーズが協力してくれるのだから取り乱してはならないと心を律していて……。
 あと、それから……これも又失礼な話しかも知れないが、妹が居た――記憶がある。私に妹が居れば君のような存在だったのだろうか」
 それは奇しくも星穹とも同じような考えであった。妹が居たかもしれないならば、屹度「セナにいさま――なんて、呼ばれていたのですかね」と破顔した星穹にセナはずきりと頭が痛んだ気がして、首を傾いだのであった。


 赤ら顔の空が流した涙は美しい白い花。世界は歪みノイズが走る奇怪な空間でスティアは走っていた。
 周辺に存在していたのは異言を話すもの(ゼノグロシアン)たちだ。彼等は同じ人間でありながらそうとは思わせないような耳障りの悪い音を唇から奏でている。混沌世界が是とする『法則』を打ち破ることこそが神の権能を分け与えられた者であるとでも言う様に――
「……さあ、あっちに人影があるねぇ。ああ、けれど……行く先を阻むものも多そうだ」
 ほっそりとした指先で覗き穴を作ってみせる武器商人はせせら笑った。赤い空から見下ろすように周囲を見詰めれば、剣を握り戦い続ける男の姿が存在している。その背後には少しばかり汚れたドレスの裾を持ち上げる貴族の夫人の姿が見える。
「あれがアリアライトご夫妻かな?」
「義父上と義母上がいらっしゃったか!」
 慌てた様に声を上げたのはセナであった。滲む焦燥を隠す事は出来ずセナは我先に進もうとするがヴィリスがその動きを押し止める。
「焦っていてはいけないわ。なんたって、『何かをお喋り』している人達がいるのだもの!」
 何を言って居るのかは分からないがヴィリスとて言葉を交すつもりはない。あくまでも舞踏によって意思の疎通を図ろうという程度でもある。
 たん、と地を蹴って飛び上がったヴィリスは無数に存在する敵をその視界に収める。その下を通り抜けるように走って行くのはアーリアとリースヒース。
 リースヒースが民草の救助に向かうならば彼者誰はその支援に赴くのである。特段、話し相手にも鳴りやしないゼノグロシアン達を酷く冷めた視線で睨め付けたリースヒースはアリアライト夫妻の元へと一直線に進み行く。
 ヒュウ――と風を切ったのは天使の振り下ろした刃によるものなのだろう。その気配に直ぐに身を投じた彼者誰は「動く者を追う程度なら獣でも出来ますよ」と天使達を睨め付けた。
「足止めは此方に任せてくれて構わないからね」
 雲雀は己の腕から滴った血液で鞭を形作る。撓り、大地を打ったそれは死の兆しを齎す輝きをも呼び出した。
 一番去ってはまた一難だとは言うが、領主代行の座に落ち着いた元・領主の事は心配だ。何せ、共連れがその養子なのだというのだから。
「セナさんは気をつけて。足止めならば此方に任せてくれて大丈夫だ」
「しかし……!」
 己とて騎士だと呻いたセナに星穹が首を振る。共にと差し伸べた手を包んだのは濃紺の籠手。
 星穹が戦い続けてきた証左。魔力が蔦のように魔法を結わえ、襲い来る天使を退ける。
「……お任せを。貴方のご両親を守らなくてはなりませんもの。私は盾役を。セナ様は、攻撃でサポートをお願いします」
「構わないのか?」
「ええ。……貴方や、他の誰かの帰る場所や家族くらいは、守りたいではありませんか。
 私には家族も帰る場所の記憶もありませんので。でも大丈夫、貴方には何一つ失わせはしませんから」
 星穹の言葉にセナは唇を震わせた。己だってそうだ。記憶が無い。ぽっかりと抜けていることがある。
 ただ――セナ・アリアライトは星穹に呟いた。
「私も記憶が無い。だが、たった一つだけ、覚えてることがある。妹の名は、セラと、言った」
 星穹の瞳が見開かれたがセラは忘れてくれと首を振ってから路を開くべくすらりと剣を引き抜いた。血の香りを漂わせる星穹の傍を走り抜けて行くセナが「義父上!」とその名を呼んだ。
 影の天使達に苦戦しながらも民の人命救助に当たっていた男が「セナ!」とその名を呼ぶ。しかし、其の儘ではその命を助けきることも叶わぬか。
「我々はローレット、あなた方を助けに参りました! さあ、お手をどうぞ!!」
 叫ぶ彼者誰の声音に幾人かが物陰から顔を覗かせた。アリアライト夫人は「セナ達が助けに来てくれました。ローレットと一緒です!」と感極まったように声を上げる。
「けど、元領主様、お空が赤いわ」
 震えた声を漏した少女の前に立ったアーリアは柔らかなグレープ色の髪を揺らがせてからウィンクをした。その指先にはシンプルな銀の指輪が飾られている。
「私達が来たからもう大丈夫、だってほら、あっちにいるのはヴァークライト家のスティアちゃん。そして私はアーリア、どこかで聞いたことくらいあるでしょう?」
 天義では名の知れた存在だ。アリアライト夫人は「ヴァークライト令嬢と、魔女アーリアさんですね?」と手を組み合わせ喜んでいる。それだけこの国で戦い続けてきたのだ。アーリアは小さく頷いてから「さあ、行きましょう!」と民達へと声を掛けた。
 リースヒースの馬車に民を移動させ、それを護りながらも襲いくる敵を退ける。アーリアの伸ばしたあたたかな橙色は敵対するものを縛り上げる。
「しかし、しつこい者だね。異言で話されてはこうも面倒だ」
 理解も及ばぬそれは奇々怪々、何とも言えぬものであった。だが、解き明かせぬ空こそ面白いのだと武器商人は首を傾げる。
 そうしてから、奥に見えた黒き獣の姿を見付けてから腹を空かせた『本命』を喰らうのは此方だと言わんばかりにぺろりと舌を覗かせて。


「お怪我はありませんか。叶うならば、お二人にも逃げて頂きたい。
 戦いは我々の本領です。……どうか、まだ足の動く内に、お願い致します」
「皆様にお任せしても宜しいのですか」
 傷だらけのアリアライト前領主に星穹は頷いた。促したのはリースヒースの馬車だ。嵐の前と名付けられた優美なる馬車を駆るリースヒースはその中に居れば必ずや守り抜くと声を張る。
 夜色の宝石を帯びた聖印を掲げたリースヒースに頷き護るが如く前線へと立った彼者誰を支えるべく蝶々がリースヒースの指先から舞い踊る。
 武器商人はワールドイーターを引き寄せるように指先を揺れ動かした。後方に見えた奇妙な男から視線を外さぬままに唇を吊り上げる。
「影編、前に進みすぎてはいけないよ。ナニカが居る」
 武器商人に囁かれリースヒースは頷いた。「お任せあれ」と恭しく頭を垂れた彼者誰がその動きを支え続ける。
「イルちゃん! ガンガンいくよ! 聖騎士になったイルちゃんに敵は居ないね!」
「ひ、ひえ……」
 スティアの応援に余りにおっかなびっくりとした表情を浮かべたイルは不器用な太刀筋で周囲の天使達を退ける。
「イルちゃん」
 名を呼べば、イルは頷いた。スティアの眩き光の中をイルが走る。地を蹴って鋭い突きを放ったイルがゼノグロシアンを退ける。
「アーリアと私のデュエットならこれくらいなんてことないわ。もっとギアを上げてもいいくらい!」
「ふふ、もっと見せ付けてあげましょうか」
 楽しそうに笑ったヴィリスに続きアーリアがウィンクを一つ零した。ワールドイーター、そして無数に襲い来るゼノグロシアン達。
「セナ様!」
 名を呼んだ星穹は彼を庇うことに注力していた。この世界を包み込んだワールドイーターの『黒き胃袋』を塗り替えるが如く、夜のとばりが広がって行く。
 魔術式をその身に結んだナイト・イーターは唯、眼前の『ワールドイーター』を睨め付けるだけだ。
「星穹、右だ!」
 声を上げるセナに星穹が頷く。ワールドイーターの腕が鞭のように撓り叩きつけることを狙う。身構える星穹の前へとするりと飛び込んだのは致命の剣。
 雲雀の血が象るスローイングダガーが鋭く突き刺さる。呻いたワールドイーターの脳天目掛けて飛び込んだのはヴィリスであった。
「私、骨と皮ばかりだから美味しくない――けれど、食べちゃいたいくらい魅力的だというなら、至近距離で踊ってあげないことは無いわ?」
 風を巻き上げるように。踊り狂ったプリマの舞に合せて魔女の呪言が囁かれる。沢山間違って、傷付けて、泣いて、笑って――そうやって生きてきたおばかさんの『不完全さ』を愛するからこそ、救いたいと魔女は手を伸ばす。
 気紛れな魔女の指先が、つい、とワールドイーターの視界を眩ました。その隙を逃すまい――武器商人は敢てその前に立ち己の存在感を発揮した。
 目を逸らすべからず。逸らせば、死をも象徴するように蠱惑的に月が嗤う。
 その場に釘付けにでもなったかのように見えた刹那、それはたったの数秒程度の話しだ。
 スティアの回りに鮮やかな白羽根が舞い踊る。「スティア」と名を呼ぶイルに頷いて、その指先が美しい光を宿した。
「此処でお終いにしよう、ワールドイーター!」
 ラルム・アリアの美しさは返して貰う。堂々と言い放った『聖女』に『魔女』は緩やかに頷いて。
 美しく舞い踊ったプリマに顔を上げたワールドイーターはそのぎょろりとした眸に彼女だけを映し混み――
「なんでも食べるのはいいことだけれど食べちゃいけないモノもあるのよ。
 皆が過ごすはずだった平穏な時間と場所。それは絶対食べさせないもの。さあ、食事の時間はもうお仕舞いよ」
 スカートを持ち上げたプリマの蹴撃が強かに叩きつけられた。奇妙な浮遊感と共に降る白花の量が増える。世界が崩れるかのような錯覚。
 消え失せていくワールドイーターを眺めていたヴィリスはフィナーレを飾るように美しい一礼をして見せた。
「か、勝った……?」
 アリアライト前領主の呟きにリースヒースは頷く。傷だらけの彼者誰を心配する夫人に「怪我はないか」と雲雀は優しく声を掛けた。
「セナ様……」
 入れ込む理由なんて無いはずだ。『妹の名前がセラ』だったと言われたって――セラスチュームは知らないのだ。
(……ええ、そうよ。何故か気にしてしまうのは。私にも、失いたくないひとや場所があるから。
 それは弱さではなくて、強くなるために必要なもの。セナ様の帰る場所は、誰にも奪わせない、奪わせてはいけないの)
 星穹は降り荒んだ白花の下に立っているセナの背中を眺めていた。
 星が流した涙を受け止めたような、美しいその人はゆっくりと振り向いてから。
「セラ」と、その名を呼んだ。
「……有り難う、その身を糧とし戦ってくれる君のお陰で、私も、私の領地も無事だ」
 それでも、心配事はもう一つあった。花降る先に――ワールドイーターが消えていったその向こうに、一人の青年が立っていたからだ。


 降る花を見詰めるリースヒースは『ワールドイーターの腹の中ではその空間が変質し様々な姿になる』のだと認識した。
 ワールドイーター自身は預言を齎したと言う何者かの遣いなのであろうが、ラルム・アリアを狙ったのは別物なのだろう。
 正しい歴史とは何か――日陰に存在した者が口にする恨み言か、それとも。悩ましいが答えはこの場には存在していないのであろうか。
「クラフティ殿……?」
 ぽつりとセナが呟いたことに気付き、リースヒースは顔を上げた。
 ワールドイーターが消え去り、平穏を取りも土讃とするラルム・アリアの中に一人の青年が立っている。ラフな格好をした、戦馬には不似合いな青年だ。
「……知り合い?」
「ああ。間違いない、クラフティ殿だ」
 セナが頷くが雲雀は警戒を解かない。此度はアリアライト夫妻の無事や住民達の具合を確かめるべく視線を後方へと向ける。クラフティの姿は彼らの前には去らぬ方が賢明だろうか。
「クラフティさんというのね? ご機嫌よう」
 恭しい挨拶を行ったヴィリスに「ご機嫌よう」とクラフティは一礼した。
「蜂蜜なんかじゃあの獣は満腹にならなそうだけれど、本当に届けたい人が別にいるのね?」
 問い掛けるアーリアにクラフティと名乗った青年は「勿論、我がレディのオーダーなので」と眼を伏せった。その仕草は恭しい執事のようである。
「レ、レディって何を仰って居るんですか? クラフティ様……セ、セナ先輩……クラフティ様が変です……」
 不安そうなイルと同じくセナも『同僚』であった存在の異様な空気にただならぬものを感じていたようであった。
 イルの手をぎゅ、と握りしめたスティアが問い掛ける。
「蜂蜜を取る為にどうしてワールドイーターが必要なの?
 ……侵食した世界の物しか食べれなかったりするのかな? もしそうなら敵はこんな世界に潜んでいるってこと?」
「いいえ、レディ・ヴァークライト。貴女の叔母様もそうですが『結論を急ぎすぎる』所がある」
 唇を吊り上げたクラフティにスティアは「叔母様?」と呟いた。イルやセナが知っていた時点で騎士団の関係者なのだろうが――
「なら何かしら? ただ、蜂蜜が欲しかっただけ? 欲しいものは力づく、なんて随分マナーのなってないレディだわ!
 ねえ……そのレディに伝えて頂戴、貴女にあげるものなんて何もないって!」
「残念ながら、ルル様はその様な事で納得なさることはないのですよ」
 ルル――聖女と呼ばれるその人の名は、リンバス・シティだけではない。殉教者の森でも、港町エル・トゥルルでも聞いた者だった。
「貴女様とは縁が出来そうで喜ばしい。……それでは、蜂蜜を戴いたのでコレで失礼。
 全てを正義の名の元に美しく整える事が出来なかったことは悲しいですが――致し方がないことでしょう」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

彼者誰(p3p004449)[重傷]
決別せし過去

あとがき

お疲れ様でした。天義もじわじわと進んでいますね。

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