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シナリオ詳細

<天牢雪獄>ウォンブラングの廃村

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 まだ、小さな頃に両親と逸れた。広い広いヴィーザルの地で狩りに出た父と母は獲物を追掛けていた。
 わたしは弓を引き絞り、獲物をばかりを見ていた。
 ――きっと、最初から『そう』するつもりだったのだ。
 一羽の白ウサギが前を走って行く。わたしはそればかりを真っ直ぐに見て、追掛けていた。
 随分と食事を満足にしていない気がする。口の中が涎に満たされ、獲物を狩り取るイメージだけでぞくりと背筋が粟立った。
 喰いたい。喰いたい。
 其ればかりを考えて居たわたしは、逸れたのだ。
 振り向けば両親は居らず、村の位置も分からなくなっていた。
 兎ばかりを追掛けて、穴に転げ落ちたかのような、奇妙な感覚だった。
(わたしは――捨てられたんだ)

 広い広いヴィーザルの地で餓えて腹を押さえながらわたしは歩き回った。
「何をしているのですか」
 静かな声だった。落ち着いており、柔らかな声音は地べたに這い蹲るように転がっていたわたしの頭を撫でる。
「水をお飲みなさい」
 口元に運ばれた水は澄んでいた。美味しかった。水の味など、気にしたこともなかったけれど。
「腹は減っていますか? あなたが良ければわたくしの村にいらっしゃい」
 その人はハイエスタだろう。ハイエスタには魔女がいるらしい。プライドだけが高く、高慢な種。
 何を思ったか己達を雷神の末裔だと呼ぶハイエスタの魔女は黄金色の瞳でわたしを見ていた。
 その人は燃えるような赤毛を持っていた。お日様の香りをさせて、黄金色の瞳でわたしを見ては笑う。
「疲れたでしょう」
 鱈腹食事を与えてくれたその人に、わたしは身の上を全て話した。

 親に捨てられたこと、帰る場所が分からないこと、どうしようもなく食事を取れていなかったこと。
「かわいそうに。……わたくしの村に住みなさい。
 此処はハイエスタの村ですが、わたくしの家族達はあなたを厭うことは致しません。
 ……わたくしはブリギット。この村はウォンブラング。あなたは?」
 わたしは、ブリギットに――おばあさまを真っ直ぐに見た。
「アルア」
 その日から、私はアルア・ウォンブラングになった。


 革命派からアラクランが撤退したと耳にしたのはハイエスタの村の噂だった。
 北辰連合がシルヴァンスに進行される光の女神を救ったというのはもっぱらの話題であった。
 ハイエスタの村に拾われたシルヴァンスの娘は「ユーディアさまもイレギュラーズに力を貸すのですね」と瞳を輝かせる。
 娘の名前はアルア。アルア・ウォンブラング。
 嘗てこの均衡に存在したハイエスタの村『ウォンブラング』に拾われたシルヴァンスであり、ある事情でウォンブラングの村が滅びた際に世話になっていた一家と共にこの村『アルケスタ』に移ってきたのだ。
 ――と、言えどもウォンブラングの者達は散り散りになってしまいアルア自身も世話になっていたハイエスタ一家の生存と『もう一人』の無事しか知らなかった。
(……アラクランが撤退したなら『おばあさま』は……?)
 アルアは自身達の村の長でもあったハイエスタの女を思い出す。幻想種であり、雷神の加護を強く持ったその魔女は現在、身を闇へ窶しアラクランに居るらしい。
 彼女の目的は冬からの解放。力無き自身等が国をも変化させる力の取得。
 耳障りの良い言葉であれど、彼女が魔種であると聞いたとき幾人かは落胆し、幾人かは口を利くことはしなかった。

 ウォンブラングの村の長――ブリギット・トール・ウォンブラング。

 アラクランの『ドルイド』。革命派で活動して居た一人の魔種こそがアルアの『おばあさま』にあたる。
 ブリギットは血の繋がりを求めていない。村の者は皆、家族であると扱い大切に大切に慈しんでくれていた。
(……そんな、おばあさまが、反転してしまった)
 唇を震わせてアルアはイレギュラーズに会いたいのだと近くに居た村民に告げた。
 革命派の人間なら、おばあさまの足取りを知っているはずだ。アラクランが撤退してしまったその時のことも。

「イレギュラーズさん、わたしはアルアです。アルア・ウォンブラング。
 こちらでお世話になっていたアラクランのドルイド、ブリギットの娘……いえ、ブリギットは村の者は皆その様に扱うので、本当に血は繋がって、いません」
 己はシルヴァンスであり、ブリギットに拾われてウォンブラングのハイエスタ一家に世話になっているとアルアは言う。
「おばあさまが、此方から姿を消したのだと、ききました。
 ……けれど、おばあさまは、皆さんを傷付けたくはないはずです」
 アルアは唇を震わせる。ぎゅう、とスカートを握りしめる掌に力がこもった。
「おばあさまの為に、村に戻りたいのです。
 わたしは、よわいです。シルヴァンスのくせに、武器の使い方もままなりません。ハイエスタのように雷神の加護も帯びることはできません。
 ……けれど、それでも、しあわせに、しあわせに、おばあさまに愛を沢山貰って生きてきました」
 アルアは真っ向からイレギュラーズを見てから、唇を震わせる。
「最後の、恩返しをしたいのです。その準備をさせてください。一緒に、村にもどりませんか
 彼女の大切にした品を、集めて保管したいのだとアルアは言う。

 誰ぞが聞いた。恩返しって何? ――と。
「……おばあさまを、殺すのです。
 ですが、そのまえに、あの人の愛した村で思い出話をさせてください。あの人の大切なものを拾い集めさせてください。
 わがままで、申し訳ありません。『おばあさま』の最期は、あの場所じゃないと、だめだから……」

GMコメント

●目的
 アルアの里帰りに同行すること

●アルア・ウォンブラング
 シルヴァンス。今は亡き村ウォンブラングの『出身』――というのも6才の頃に捨てられブリギットに拾われた経歴がある。
 現在は家族であるハイエスタと共にアルケスタの村に移り住んでいます。
 その不憫な境遇からブリギットへの思いは強く、『おばあさま』と呼び慈しみ親しんできました。
 アルアはおばあさまが姿を消したこと、彼女の性格から『おばあさま』はイレギュラーズ達を傷付けたくはないはずだと考えて居ます。
 ……ですが、そうならざるを得ない状況でしょう。
 最期に、彼女が死を迎えるときにウォンブラングの村のことを伝えてやりたい。ウォンブラングを愛したその人の亡骸を連れ帰ってやりたいと願っています。
 その為に、ウォンブラングの村の清掃や、置き忘れた宝物を探しに行きたいのだそうです。
 また、自身もブリギットの最期を目に焼き付けるために戦う事を望みます。その為の戦闘訓練をイレギュラーズに依頼したいようです。
 弓と剣を其れなりに囓っています、が、素人の域を出ません。

●廃村ウォンブラング
 ブリギットが長を務めた村。今は荒れ果て人の気配はなく、獣の住処になっています。
 其れなりの規模があったのか、中央には大きな屋敷があります。ブリギットが改築し、多くの者達と一緒に住んでいた場所です。
 中も荒れて獣が住み着いていますが、お掃除をして獣を追い払って上げましょう。
 また、こんな冬ですが売れる物がないかと空き巣が入り込んでいたりするみたいです……。
 ブリギットの部屋には子供達からの贈り物のアクセサリーなどがそこそこ残されています。
 そうしたものを掻き集めながらアルアの思い出話を聞くことが出来ます。
 彼女はブリギットについて聞きたいことがあれば答えてくれるでしょう。

●参考:『ブリギット・トール・ウォンブラング』
 アラクランと呼ばれる新皇帝派に所属している魔種。属性は憤怒。
 ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
 革命派で接したイレギュラーズを『可愛い村の子供達』と認識しており、非常に愛情を持って接していました。
 ある意味、自分の大切な子供達=イレギュラーズという暗示の下で動いていましたが、今は暗示が外れ正気であるようにも見えます。
 ――家族を護れなかった後悔。強く荒れなかった己への怒り。誰かを救いたいと願った、ただひとつ。
 そんな呼び声を発する彼女が反転した切っ掛けはウォンブラングの村を『フギン=ムニン』が襲ったことです。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <天牢雪獄>ウォンブラングの廃村完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶

リプレイ


 少女の案内を受けて広大なヴィーザルの地を進む。白ウサギを想わせるシルヴァンスの娘、アルア。現在は『ハイエスタの拾い子』として知られているらしい。
 真白の息を吐いた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は彼女の強い意志に納得した。花丸はアルアの『おばあさま』と深く関わっているわけではない、だが、どうしようも無く見捨てられなかったのだ。
「私の力がどれだけアルアさんの力になれるかは分からないけど、貴女がおばあさまと戦うその時まで、出来るだけ戦う術を教えるよ」
「花丸さんは、とても強いですね。……わたしでも、そうなれるでしょうか」
 アルア・ウォンブラングに花丸は「きっと」と小さく頷いた。それでも、手を汚したことの無い少女と繋いだ己の硬くなった掌が其処に至るまでの辛さを感じさせて――その苦しみを味わわせたくはなかった。
 ゆっくりと融けかけた雪を踏み締めるアルアは村に戻る勇気が欲しいのだと花丸と『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)の手を握っていた。
 どうして、自分なのだろうと最初はハリエットは感じた。アルアは「他の皆さんは、私より、おばあさまを思って居るから」と呟いたのだという。
 思い出が痛すぎる。
 花丸はそんなことを想った。幼い頃、生きる道を示してくれた魔女はアルアにとって唯一無二だったはずだ。その気持ちを『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)達は良く感じているのだろう。だから、思い出が硝子の破片のようにちくちくと胸に突き刺さって痛いのだ。
 力を持たぬアルアは殺す選択肢だけを考え、イレギュラーズ達が他の選択肢を求めたならば――揺らいでしまいそうだから。
(沢山の人生経験を積んでいれば。沢山勉強していれば。沢山愛情に包まれて育っていれば。
 ……こういう時、もっと適切な言葉を彼女にかけることができただろうか)
 少なくとも、アルア・ウォンブラングは拾われてから適切な愛情を受けてきたのだろう。それはハリエットにも良く分かる。
 ああ、だからこそ――愛した人を今から喪う彼女にどの様な言葉を掛ければ良いのか分からないのだ。
 辿々しく、ハリエットはウォンブラングに向けて歩きながら紡ぐ。
「一度、ブリギットさんと会ったことあるよ。ひとの為に尽くす、素晴らしい女性だった」
「……そう、です。おばあさまは、すごいひとなんです」
 ブリギット・トール・ウォンブラングはただ『子供達』を護りたかったのだろう。それはアルアだけではない、イレギュラーズ達のことだってそうだった。
 慈しみ、護る為に戦う強い人。そんな彼女の護りたかった場所は今や荒れ果て見る影もない。
「……これが指導者を失った村の末路。感傷に浸っている場合じゃないけど、私達の力が足りなかった結果でもあるから胸が痛むね……」
 呟く『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)が渋い表情を見せた。
 これがフギン=ムニンという魔種により一人の女が在り方を転じた結果。その末路なのだとすれば余りにも酷すぎる。
「ここがブリギットの故郷…もう誰も、住んでいませんのね」
 周囲を見回す『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)に『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は痛ましいと眉を顰め、まだ寒々しいヴィーザルの風に掌を擦り合せた。
「これを片付けるのは骨が折れそうだな」
 しばらく住人がいなかった事もあり荒れ放題だ。況してや鉄帝国全土がこの様な状態だとも言える。『竜剣』シラス(p3p004421)は片付けは苦手なのだと嘆息した。自分自身の部屋だっていつも散らかっている。掃除は来客時だけだ。
「アレクシアから掃除をもっと学んでおけば良かったかな」
「今日は一緒だから大丈夫だよ」
 少しばかり、暗い表情に笑みを乗せたアレクシアにシラスは小さく頷いた。この場所は、どうにもその人を思い出して『痛すぎる』のだ。


 ブリギットのことを少しでも知りたい。アレクシアはアルアにそう告げていた。
 僅かな間だけ、共に過ごした時間はちっぽけなものだったのかも知れない。それでも、彼女の事を知りたいと思ったのは確かなことだった。
「同じ派閥で、同士だったかもしれない、けど――思えば、私達はほとんど知らないの。
 あの人がどういう暮らしをしてきて……これから何を為そうとしているのかも」
 この村でどうやって生きてきたのか。其れを知る手立てにもなるのだろう。するすると歩いて行くアルアの背中を追掛けながらンクルスは俯いた。
 この村が『おばあちゃん』の故郷――大切な場所で、大切にしていた品がある所だという。
「確かに私もおばあちゃんの事をもっと知らないといけない気がするね。
 ……それにしてもアルアさんは強いね。私はまだおばあちゃんと対峙する決心がつかないよ……」
 ンクルスの呟きにぴくり、とアルアの肩が揺らいだ。振り向いた彼女はぎこちなく笑ってから「わたしは向き合えてないんですよ」と困ったように言った。
「……とはいえ、悔やむのは後! まずは行動ってことでお掃除を終わらせよう! 皆と手分けして手早く済ませるのが良いのかな?」
 時間だって限りが有ると明るい笑みを見せたスティアにアルアは救われた気がした。小さく頷く少女の不安は、斯うした時に村に残された品に何かしか仕掛ける不届き者が居る可能性だった。
「先ずは村の掃除をしようか。ブリギットさんが帰って来る時のために」
 頷いたハリエットは銃を構えて威嚇の姿勢を作った。室内を出で汚したくはないと告げるハリエットは出来うる限りの対策を講じてきたのだ。
「獣や空き巣は追い払わなくってはなりませんわね? 任せて頂戴。
 手荒な真似をしなくとも『話せば』分かりますもの。持ってきた食糧を分けて追い払いましょう」
 ヴァレーリヤが微笑めば花丸は頷いた。獣達は暖を取り、空き巣達は僅かな物品でも糧にしようとしているのだろう。それが生存の為に必要な事であると分かっているからこそ少しばかり心は重い。
「まあ、居るよな。人間も、さ」
 肩を竦めるシラスは血を流したくないな、と呟いた。彼らしくはない一言にアレクシアがぱちりと瞬く。
「いや、今更俺の良心がとか、そういう話しじゃないさ。ただ、おばあちゃんの思い出を汚したくないんだ」
「おばあちゃんの――ええ、そうね」
 リアは苦しげに眉を寄せてから小さく頷いた。シラスが驚かすように仕向ければ獣たちは簡単に逃げ果せた。空き巣達もヴァレーリヤが食糧を分け与えることで納得してくれた。
 掃除を行なおうと腕まくりをしたスティアは「なかなかだねえ」と肩を竦める。成程、村は二年余りの月日が過ぎ去れば荒れ放題と言わざるを得ないのだろう。
 一部屋一部屋を丁寧に思い出話をしながらと提案するヴァレーリヤは広々としたダイニングの椅子を眺めてからそっと背もたれを撫でた。
「ふふ、子供用ですのね。小さな子供が使っていたのかしら。……足場が作られていたり、小さな子供と過ごしていた形跡が見えますのね」
「おばあさまの家は、子供達が遊びに来ていたんです。背が届かないだろうからって、いろんな場所にステップを作ってくれて。
 ほら、この椅子はわたしが使っていたんですよ。……抱きかかえられて、座らされて、食器を落としたらおばあさまが、笑って――」
 仕方が無い子だと頬を撫でてくれたあの白い指先を思い出す。アルアの唇が震え、床をじいと見詰めた。そんな当たり前の日常が此処にもあったのだろう。
 掃除を行ないながらスティアは知らぬ親の愛情がそこに見えた気がしてどこか切なささえも覚えた。口の周りが汚れれば揶揄い笑って、拭ってくれるあの人は例えば、大人になったシラスがそうしてみせても拭ってから頬を撫でて「仕方が無い子」だと笑ってくれるのだろう。そんなことを思い浮かべてから得難かった日常の輝きに影が落ちる。
「キッチンのこのノートは見ても良い?」
 スティアが拾い上げたのは料理のレシピのようだった。ブリギットが村の住民に教えていたのだろう。シチューやスープなど、体を温める料理が中心だ。レシピの傍にはその料理を好んでいた子供達の名前や、アレンジについて書いてある。
(エランダ、トマトが苦手。アルア、ピーマンが苦手、かあ。こうやって一人一人の名前を此処に書いていたんだね)
 その文字を撫でてから、スティアは次の部屋へと移動していく仲間達を追掛けた。
「ここが、ブリギットさんの部屋……ああ、彼女は沢山の人を愛し、愛されていたんだね」
 壁には子供達が描いたのであろう赤い髪の女が微笑んでいた。金色の瞳に、赤い髪。『おばあさま』と辿々しい文字が書かれている。
 抽斗は無作法にも所々が引き出された後があったが、中には不格好な人形や、ビーズアクセサリーなどが存在している。その傍には数々の玩具や、落書きにも思えるイラストが点在していた。
「この赤い髪の人がブリギットさん?」
 問うた花丸にンクルスが渋い表情を見せる。ンクルスが相対していた女は雪のような白髪と銀の瞳を有していた――つまりは反転により、女は元の色彩を徐々に失っていって居るかのようだったのだ。
「作業しながらで構わないから昔話を聞かせて貰えないか」
 ブリギットの部屋を片付けながらシラスはアルアに背中五指に声を掛けた。伝えたいことが山のようにあったからだ。
「おばあさまは、本当に私達を愛してくれた人だったんです」
「そっか。……もっと、聞いても良い? 誕生日にはどんな風に祝ってくれたのか、いたずらをした時にはどんな風に叱られたのか……」
 スティアにアルアは頷いた。誕生日は特別なのだと一番に好きな料理を作ってくれた。ケーキも手作りだった。
 パーティーの飾り付けは子供達の役割だったという。皆で揃ってあの片付けたダイニングを飾り付けた。プレゼントはブリギットが作る御守であることが多かったらしい。
「わたし、一度だけ家出をした事があります。いたずらのつもりだったんです。
 そしたら、おばあさまはすごく怒って……ばかなこ、と頬を叩いてから抱き締めてくれたんです。何も言わず、ずっと、ずっと」
 掌が震え始める。その様子が、どうしようも無く分かって仕舞って苦しいのだ。
「そう……本当に、大切にしていましたのね。
 分かりますわ。目に浮かぶようですもの。ブリギットはいつだって、私達を慈しんでくれたから」
 革命派のイレギュラーズ達を子供達と慈しんでいたその人は、本来のウォンブラングの子供達のこともとても大切にしていたのだろう。
 リアは目を伏せてから、小さな人形を拾い上げた。赤い髪、金の眸の女性。可愛らしいドレスを着せられた手製の人形は最早草臥れてしまっている。
「このお人形、綺麗にしてあげてたいなあ」
 花丸はその頬をハンカチで拭ってあげた。皆の語るブリギットを聞くだけで胸が痛んだ。
「……ごめんなさい、アルア。
 この村がフギンの策略に落ちた時、ちゃんとブリギットさんの手を掴んで助けられていたらこんな事にならなかったのに。
 だからこそ、あたしはあたしの責任を果たすわ……本当にごめんなさい」
「いいえ、いいえ……ただ、イレギュラーズさんは……死なないであげてください。おばあさまは、それだけを、望んでいると思うから」


 戦闘訓練をしよう。そう告げるアレクシアを前にアルアは緊張を滲ませていた。
「私はね、弓や剣は扱えないの。けれど、ブリギットさんには及ばなくとも、私だって魔女ですから
 系統は違えど、対峙するのであれば魔法への備えはあったほうがいいでしょう?」
 微笑んだアレクシアにアルアは「おねがいします」と頷いた。花丸が最期まで立っていられるように防御の術を教えると告げたように――出来うる限りの備えをしておきたかったのだ。
「……おばあちゃんさ、俺達が最後に話した時は正気だったと思うよ。
 魔種の多くは心まで変わってしまうけれど、あの人は自分を保ってるように見えた」
 ゆっくりと、息を吐く。シラスの言葉に耳を傾けながらスティアは目を伏せた。
 ブリギットを殺す決心をアルアはしている。その結論が出るまで、彼女はどれ程に悩んだのだろう。
 魔種であれど、優しい人だった。誰かを殺せば後悔することだって分かって居る。だから――だから『イレギュラーズが命を削って止める』事を嫌がるだろうとスティアは気付いてしまっていた。
「魔種は討たれなくてはならない、それも分かってると思う。
 その上でさ、多分、おばあちゃんは何かを成そうとしてるんじゃないかな」
 記憶を取り戻したって、ブリギットはアラクランに居る。それは魔種だから、と言うこともあるのだろうが『目的』がある筈だとシラスは考えて居た。
「俺はそれを放っておけない。先んじて寄り添い、自分の目で見極めて、力になるか止めるかしたいんだ」
「私も、そう想う。アルア君の予想で良い。ブリギットさんの考えて居ることを――これから何をしようとしているのかを教えて欲しいんだ」
 アレクシアは真っ向からアルアに向き直った。アルアが握りしめた剣は、簡単に折れてしまいそうな程に軽い。
 それでも、彼女は『おばあさま』を止めようとやってきたのだから。
「『冬からの解放』……それを正気でない間もずっと謳っていたけれど、具体的にはどういうことなのか。はっきりしない部分も多かったからさ。
 ……ただ単純に、鉄帝の政治体制を転覆させて……って話じゃないとも思うの。
 ……私の知る限り、彼女は優しい人だった。狂っていてなお、その片鱗は感じられたもの。
 だから……大勢に犠牲を強いる手段を是とするとは思い難い……特に、力のない子供に犠牲の出るようなことはね」
「ただ……おばあさまは、革命派さんと同じことをしたかったのだと思います。その為に、力が、立場が必要だった」
 アルアは呟いた。大勢を犠牲にしたい訳ではない。だが、ブリギットとて『犠牲無き革命』が難しいことは知っているのだろう。
 ンクルスは唇を噛んだ。あの人は、自分を犠牲にしてでも最期の一手を狙っているのかも知れない。
 アラクランとバルナバスは目的を一つにしていない。過程が同じだっただけだ。つまり『イレギュラーズがバルナバスを打倒してくれる』事を待っていたのだ。
 ンクルスは格闘術を駆使しながら出来うる限りアルアに適した戦闘の訓練を教えておいた。心に根ざす技を中心にアルアが出来うる限り生き残る為の準備を整え続ける。
 心。其れは屹度、アルアの方が強いのだろうとンクルスは思う。――おばあちゃんを、殺す決心。
 其れが出来れば良いのだろうか。そんなものをしなくてはならないという現実がどうしようも無くンクルスには受け入れがたかった。
「……私は、何が良いことなのか分からないよ……」
 それでも、ブリギットに会ったときには心を決めておかねばならないのに。まだ、心が揺らいでいた。
「……魔種は討たなければならない。けれども。ブリギットさんの心を討つことはない。
 全てが終わって、彼女が最期を迎える時が来たならば。そのぎりぎりまで、沢山話をするといい」
 今までの感謝とか、どんなに彼女を愛していたか、きっと旅立つ彼女の心に届く筈だとハリエットは笑ってから「戦闘の訓練、教えられることがあれば言って欲しい」と告げた。
 頷く一人の少女の決意を見詰めながら、必ずしや、悲しみを生み出したものを止めなくてはならないと決意した。
 魔種、ブリギット・トール・ウォンブラングが反転した理由はフギン=ムニンその人なのだから――


「戦闘訓練、どうだ? 何かもっと、学びたいことがあれば言ってくれ」
 なんでも力になると笑うシラスにアルアは「大変ですね」と尻餅をついた。花丸が手を差し伸べれば彼女はにこりと笑う。
「花丸さんも、ンクルスさんもとても強いし……アレクシアさんの魔法はおばあさまみたいでした」
「頑張ってると思うよ」
 シラスは穏やかに笑ってから、アルアにお茶を差し出すヴァレーリヤを見詰めた。穏やかな微笑みを浮かべる彼女はレジャーシートを敷いてアルアを手招いている。
「こんな時だからこそ、ゆっくり休むことも大事ですわよね。ジャムは、何がよろしくて?」
「アプリコット」
「ええ、ありましてよ」
 微笑んだその様子を眺めてから、シラスはアルアの名を呼んだ。
「おばあちゃんはもう動くんだろう? きっと、正気も飲まれ始めてる。なら、おばあちゃんが誰かを殺さないように――手助けしなくちゃならない」
 戦い方なら教える、足りない分はいくらでも俺が守ってやる。だからその代わりに、おばあちゃんのヒントを教えてくれよ」
 アルアは頷いた。決意ばかりが其処にはあるのだろう。
 リアは、ぼんやりとその様子を眺めていた。何もかもが分からない。
 血が繋がっていなくったって、家族になれると信じていた。母だと慕った人は血の繋がりが無く、本来の血縁者はつい最近であったばかりだったからだ。
(――なら、血が繋がっている本物の家族って、何も言わなくっても愛し合うものでしょう?
 想いが通じ合って、愛し合って、互いが大切だって……)
 だが、リアの母は最終的にはリアを手放した。理由があったと言えど、それはリアの心に深く傷を作ったことだろう。
 ドーレもそうだ。ドーレも、ドーレの父と互いに尊重し合えなかった。ドーレは自身を捨てた父を拒絶していたのだ。
(けど、アルアは血が繋がって無くてもブリギットさんを愛していて……その思いとは裏腹に、恩返しに最期を看取りたいっていう。
 家族と愛情は、想いと旋律(かんじょう)は別だって事なの……?
 だったら、クォーツ院の皆は? 周りの皆は……? 怖い……わからないよ……)
 不安そうなリアの背を撫でてからヴァレーリヤは小さく息を吐く。
「ブリギットの正体に気付いた時から、いつか戦うことになると分かっていました。
 ……だから、そういうものだと割り切ることにしたのです。それまで革命派の役に立ってもらえば良いと」
 冷たいかしら、と彼女は笑う。だからといって、何も感じなかったわけでも無条件に愛を注ぐその人を煙たがったわけではない。
「願っていたのです。この温かな関係がずっと続けば良いと。
 ……祈っていたのです。貴女の行く先をどうか主が見守って下さるようにと。愛おしかったから」
 大切な人に、なってはならなかったのに。
 ヴァレーリヤは痛いものだと胸を押さえてから強かに笑った。
「ねえ、月の女神も、炎の大精霊もいたのだから、雷神も居るんだよね。
 そう考えると、鉄帝という地は見た目以上に豊かで、色々な存在に見守られている地なのかもしれないね」
 アレクシアはふと、雷神ルーを発見したという北辰連合の話しを思い出す。月の女神ユーディアは光の神雷神『ルー』の妹に当たるらしい。
 兄妹神を信仰するハイエスタ。信仰自身が様々な氏族に分かたれているが、皆で自然の力を共有できればこの寒さも乗り越えられるだろうか。
「私はブリギットさんに、雷の魔法を知りたいなら見て覚えろと言われたから……あれは、戦えってことなんだろうね……。
 まあだから、少しでも雷神について知っておこうと思って。ブリギットさんは、ルーの力を駆使してるの?」
「ハイエスタは、雷神の末裔だと信じられていた、からかな……。
 おばあさまはルーを信じていたけれど、長く生きて編み出した力だと、おもう」
 アレクシアは頷いた。彼女の神鳴りは美しい物だから、どうしても対峙せよというならば――
 冬の末に響く雷鳴は春を告げるもの。その想いも継いで、春のさきがけとしてみせるしかないのだろうか。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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