シナリオ詳細
<晶惑のアル・イスラー>宵に貪る
オープニング
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「有存?」
何処に居るのか、確かめるように問うた青年は角を生やしていた。
「知るかよ!」
誰ぞが返答する。室内には男しか居ないというのに、何処からか返答が帰ったのだ。
「煩いぞ、ブリード」
未だ彼が帰ってきていないことだけは分かる。
紅血晶――市場に流通しているその宝石の出所が何かを青年、ベルトゥルフは知っている。
(あの真紅の女王も、うさんくせェ博士とやらもどうでも良いが……
あの石だけは興味がある。危険性のある代物だが、それさえ手に入れておけばいざという時の備えにゃなるだろう)
とん、とんとテーブルを叩いたベルトゥルフに「なあなあ!」と『ブリード』が声を掛けた。
「まかり間違って有存が晶人になっちまったらどうするつもりだったんだよ!」
「……其れは、その時だが、アイツがなるなら『吸血鬼』だろ」
「それもそうか!」
けらけらと笑うブリードにベルトゥルフは目を伏せた。
『宵の狼』は『赤犬の群れ』を越えるために作られた傭兵団だ。盗賊団とも呼んでも差し支えがないほどに荒れた団内は目も当てられないが。
ベルトゥルフには友人がいた。幼馴染みだ。
クラブ・ガンビーノ――つまりは『イイトコ』に忌まれた幼馴染みとは追い越せ追い抜けと切磋琢磨を続けた。
それも昔の話だ。恵まれた奴は何処に行ったか。彼に誇れる傭兵団を作った筈が手酷い裏切りを受けた時に男はリリスティーネと出会った。
――国を作りましょう。砂の都を更地に返し、全てを手に入れる為に。
うっとりとするような女の声音。囁かれたそれに、渡された赤い石。飲み込めば『体が適応さえすれば』強くなれると囁かれる。
女の理想は莫迦らしかったが、自身の考えも最も莫迦らしい。
(なあ、ルカ。オマエはまだ恵まれた人生を送ってんのか? 地べたに這いつくばった俺とは対照的に――)
ベルトゥルフは嘆息してから立ち上がる。気怠げな姿で立ち上がった男は「ブリードは留守番だ」と振り返る。
「はーーー? オレも行くぜ?」
「テメェが来たらややこしいんだ。それに、テメェ、自分の体に『石』埋まってることを忘れんな」
「ハハ、テメェも喰ってやるよ、ベルトゥルフ」
青年は振り返りもせずに街へと出た。
グラオクローネの喧噪を裂くように襲来する晶竜と何も知らないまま帰れなくなっている『遣いの部下』を拾いに行く為に。
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「ルカさん、エルスさん、見て見て、あれ、すっごい気持ち悪いわ」
指を差す『亜竜姫』珱・琉珂(p3n000246)にルカ・ガンビーノ(p3p007268)とエルス・ティーネ(p3p007325)が顔を見合わせた。
天より襲来する晶竜(キレスアッライル)は大口を開き全てを呑み喰らわんとしているようでもある。
「……あれって……」
エルスが息を呑み瞬いた。『アレ』は先程見たものと同じだ。
『あの人』が居なくなって仕舞った時に、ネフェルストに襲撃を仕掛けようとした――そして、彼女の――ぎり、と唇を噛んでから震える手を押さえ込む。
「アニキはどこかに行っちまったんだろ? 止めなきゃならないとなりゃ責任重大だな……」
「あれ、止めれるの? 入れ食いだけど」
指差す琉珂にルカは「落ち着け、琉珂、喰われるぞ」と告げた。琉珂はエルスの様子が気になっているのかソワソワとした様子である。
大口を開けた其れは竜というよりも鳥のようであった。大口を開き何もかもを飲み込もうとしている。
それは紅血晶を狙っているかのようでもあった。コレを倒さねばこの美しき砂の都は蹂躙され尽くすのだ。
留守を任されたのだから、此処で見ているだけではいけない。
「……倒しましょう」
一先ずはエルスはそう告げた。その瞬間だ。エルスの手をぱしりと掴んだ琉珂は「ねえ」と晶竜以外を指差す。
「エルスさん、見て、有存」
「どうして――?」
紅血晶を買ってこいと言うお遣いに来ていた有存が帰れずに呆然と晶竜を見詰めている姿が遠巻きに見えた。
見捨てるのも何とも言えない心地だ。
「助けてあげなきゃ」
走り出そうとする琉珂にルカは「待てって」と呼び掛けた。
――その時、青年の視界にちらついたのは『角を生やした幼馴染み』であった。
「ベル――……?」
「どうしたの?」
ああ、悔しいことに考えることばかりだが。
今は、考えて居る時間も惜しいほどに危機が目の前に迫ってきていた。
- <晶惑のアル・イスラー>宵に貪る完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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夜は閑かであらねばならない。特に、この様な冬の気配を残した寒々しい砂漠にどうしようもない程の熱狂など必要ないのだ。
嘗ての己ならば仕事が増えたと嘆息しただろうか。斯うした時に何時だって前線に立っていた赤毛の男を羨んだ事もある。
――何時か、越えてやる。
その決意が鈍ったのは、ある一報を聞いたときだった。人間の感情とは度し難い、追い付け追い越せと切磋琢磨し合った『イイトコ』のアイツは恵まれ続けて居たのだろう。
「なァ、ルカ――」
可能性(パンドラ)を得る事は神に愛されるようなものだ。
何も持ち得ぬ己はどのみち、奴には叶うことなかったのだ。家柄も、実力も、可能性さえ――ベルトゥルフは月夜に眺める。
まだ希望ばかりを胸にした『浅い』男が彼等に手を差し伸べられるのを眺めながら。
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くそ、と『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は呻いた。他の事を気にしている暇すらない。
「……まずはコイツらをぶっ倒す!」
先程、『亜竜姫』珱・琉珂(p3n000246)を引き留めた際にチラリと見えた姿は『角を生やした幼馴染み』だったのではないだろうか。
晶竜と相対し、為す術もなく驚愕に目を見開いた康・有存が所属している傭兵団の団長が『ベルトゥルフ』と言う名であった事は知っていたが他人であると信じていた。そもそも、ルカの幼馴染みは人間種で角など有していなかったのだから。
「わ、わ……大変、です。竜のような、鳥のような……とにかく、何とかしません、と……!」
突如として飛来する晶竜(キレスアッライル)。ターイル、と名付けられるであろう其れは何処からどう見ても鳥だ。
ぱちくりと瞬いた『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は食い止めねばと決意をするが――
「……めぇ、あちらに有存さま、が?」
「どうして」
紅血晶の為に遣いとして訪れていた有存が取り残されている。見知った存在であるからこそ『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)の動揺は大きかった。彼女はそもそも、先に『恨んで已まない義妹』と『愛しいその人』が同席する場を見た後だ。
「有存さん! 気をしっかり! 今私達が助けてあげるわ!」
――これ以上、知った顔を失いたくはない。特に『あの義妹』の所為で。
「エッ、エルス」
振り向いた有存の表情に様々な感情がまぜこぜになっていることに『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は気付いた。
恐怖心、安堵――それから愛しい人に会えたという幸福と、情けない姿を見せたという絶望。
「有存、逃げろ!」
クロバは声を張り上げながらも、彼の『恋心』に気付いてしまった己を恨んだ。その相手が誰であるかに行き着けば、彼に待ち受ける未来も度し難いものである。
けたたましい声を上げ、ばかんと大口を開けていたターイルは何もかもを食べてしまおうとでも言うかのようだ。その体からは花弁が舞い散る異様な光景。気味の悪いモンスターから風光明媚にも程がある花弁の舞が見られるのだから。
「どう見ても悪食そうな鳥公だよ、あいつ。この大事な日に被害を増やしてやるわけにもいかない! さあ、止めるぞ!!」
「……俺達が水晶の竜をぶち殺す。琉珂は有存のカバーを頼む」
ルカに背を押されてから琉珂は「了解!」と叫んだ。
「ええ、ええ。有存さんをお願いするのだわ。被害を軽減するため、迷ってられないもの。
……少しでも、一秒でも早く! 行くのだわ!」
『割と面食い』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は瑞稀の神弓に稀久理媛神の加護を番えた。ぎり、と引き絞りながらも三女神の加護を受けた娘はターイルを睨め付ける。
(一人でそれが出来ない事に昔は嘆いたけれど、今は違うのだわ――仲間と一緒に歩む時にこそ、私は人々を救う盾になれるのだから!)
華蓮は皆を護る為の盾となると決めて居た。祝詞を口にし、神威を宿せば稀久理媛神は愛しき巫女のその身を守る事だろう。
「さあ、何処からでも来るのだわ! 至近距離で庇うとイケメンの顔面圧力がヤバいのだわ!!」
華蓮が叫んだ。叫ばれた側のルカは「お、おう?」と首を捻る。琉珂が「ええ、ルカさんはイケメンだからね!」と何故か我が事のように自慢げだ。
「有存も華蓮さんみたいな可愛い方に庇われて羨ましいとモガガ」
「姫は黙ってろ!」
エルスの前だぞ、とはか細い声で呟いたが、言われた側のエルスは聞こえてやしなかっただろう。
(こんな怪物……ネフェルストにとってはまるで宝石竜の再来、ね……似ても似つかないけれど!)
あの時相対した竜はどれ程に強かっただろうか。『あの人』が相手に取るに不足はないと言っていた存在だったのだから――
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「……以前商会の事件の時に見た紅い宝石、それが竜の形をとって晶竜ですか。
ファルべライズの一件の時にも竜が出たことがありますが、その時よりも醜悪な姿をしていますね。
とりあえず、襲われている方を見捨てる訳にも行きませんし、あの竜も周りの晶人たちも放置はできませんね」
『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)と共に前線へと走り出した。
正純は先に集まった面々を見る限りは長期戦は出来ないだろうと踏んでいた。ターイルを抑えようにもその動きを留めるために人員を割くのは難しい。
ならば、狙うは即効力だ。耐久性に優れないという事は火力はそれなりだ。ならば、竜をさっさと撤退させれば被害は軽減できるだろう。
「短期決戦、だったな」
そう呟いてから『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は己に黄金期の可能性を纏った。手にしているのは『本体』である。他の血では染まらぬ程に妖精の血を吸った呪いの鎌がターイルから舞い落ちてくる花を拒絶するような気配さえさせている。
「随分とヤバそうな竜だな……鳥というか、なんというか……。取り巻きを見た感じ人を晶人に変えているのかな」
ターイルの足元には正純が相手取る晶人達の姿があった。其れ等はターイルが『紅血晶に変えた』というよりも、ターイルそのものが『紅血晶と同等の存在』であり、姿を展示させているようにも思える。
「……魔力で出来た妖精の体は幾ら汚れても構わないけれど、鎌や鎖が侵食されるのは色々と不都合が生じかねない……。
軽い侵食ならそこを削って無理やり修理は出来るかもしれないが……。
気を付けていこう鳥ぽい見た目だが晶竜……俺の苦手な竜なんだからな……警戒しすぎる位が丁度いいだろう!」
サイズが不安視したのはターイルという晶竜が『人を直ぐに晶人(キレスドゥムヤ)に転じさせる』という事だった。
「……嫌な光景だ。醜悪な見た目に変貌させられるだけじゃなく、その意志さえも奪われるなんて」
ぼやいたクロバはその血こそが『紅血晶と同等』なのかと睨め付ける。それもそうなのだろいうかと、ターイルに接近して直ぐに気付いた。
その体には紅血晶が埋め込まれているのだ。それが歪に汲み合わされた晶竜の肉体に命を与えるように脈動し、血を廻らせているかのようでもある。
「この血は触れない方が良さそうか……出血部位を増やすのも厄介そうだな」
クロバが地を蹴った。ガンブレードと日本刀の特徴を組み合わせたクロバ専用の武装は闇の名を有していた。
気配も、予備動作も必要ともせず実践武技――その心得を活かすように叩き込んだのは錬金薬を滲ませた剣戟であった。不条理を断ち、黎明を求めるが如く。
青年の瞳がぎらりと光を帯びる。前線へと飛び出したエルスが黎明を切り拓くが如く鎌を振り上げる。
「全く大層な伏兵を連れてきたものだわ……でもあの方に任せられたもの……私はここを退いたりしないわ!」
長い髪が揺らぎ、彼女の姿を視認した途端に有存が「エルス!」と声を上げた。庇う為に立っていた琉珂が何とも言えない表情をしたのは、彼女も又有存の分かり易すぎる恋情に気付いて居るからなのだろう。
「大丈夫? 怖かったわよね、駆けつけるのが遅くなってごめんなさい。
怪我は無い? あなたが無事でよかったわ……心配したのよ」
励ますエルスに有存は「有り難う、エルス」と嬉しそうに微笑むが――彼女の瞳が恋しい人を見る者ではないと気付いてすん、と直ぐに落ち着いた。
エルスにとっては有存はどこか可愛らしい弟のようだった。意地っ張りで、情けなくて愛らしい人。
そんなイメージである事がやや伝わってしまったのだろうか。正純は「琉珂さん、そこは巻込まれてしまいます」と有存を連れてもう少し後退するように促した――が、有存は反論するように声を張り上げる。
「エ、エルスが戦うのに、俺様が後ろにいていいのかよ……! 情けない!」
「ばか、足手纏いになった方が嫌われるわよ」
でも、と有存が叫ぶが琉珂はどうしようと肩を竦める。その様子を一瞥してからメイメイはタイールに四象の力を放ちながら「あの」と恐る恐る声を掛けた。
「えと、有存さまは、医術はお得意なのですよね?
この騒ぎで怪我をした方も多いでしょう、し……その腕を、揮ってみては如何でしょう……?
情けないなんて、こと、ないです。ネフェルストは、守らなくてはいけない場所、ですから」
エルスにとっても大切な場所だと含んだ言葉に有存が黙り込む。それを含まれれば彼も弱い。
(めぇ……有存さまは、エルスさまを、でもエルスさまは……)
ターイルと戦うエルス。彼女の心の行く先をメイメイは知っているからこそ、他人事とは思えなくて胸がちくりと痛んだ。
叶わぬ恋の行方に、自分ならどうするだろうと考えずには居られなかったからだ。
「医術だけだと、彼女を護れない」
「大丈夫、足が竦んでも逃げずにここに居るあなたは今、間違いなく超かっこいいのだわ!!」
華蓮は彼の恋心からは目を逸らして励ました。有存をターイルに食べられてはならない。
「適材適所だ。今は下がってなニーチャン」
お前にはやることがあるのだと告げるルカに続き、クロバもターイルを引き留めるように剣を振り下ろす。
「恰好がどうとか考えるな! 生きてこその医術士だろう!!
あんたが生きていればより多くを助けられる、ならそれを止める事は何であれ薙ぎ払う!」
励まされては有存はやや照れていた。医術士ではあるが、まだまだ半人前である彼が誰かの命を救うために生き延びろというのだ。
本音の所はと言えば、サイズが危惧するとおり誰かが此処に踏み込んで傭兵が晶人になどなって終えば忍びないという意味合いもあるのだが――一先ずは、彼をおだてて引き離すのが先決だろう。
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正純はただ、ただ、晶人を纏めて攻撃し続けて居た。だが、先に膝を付いたカイトを琉珂に預けては居るが速攻作戦も分が悪い。
(有象無象と言えども数は驚異に他なりませんね……!)
正純の短く切り揃えた髪に琥珀の色が揺らいだ。想いは枯れず、弓を引き絞る指先には力が込められた。
小金井・正純はただ敵対する者を容赦なく射貫くと決めて居た。それが彼女の決意でもあるからだ。
「私の力ではもう晶人になったあなた達を救えない……ごめんなさい。今は、まだ守れる人々を……」
涙を堪えながらも華蓮は言葉を紡ぐ。引き攣ったように声を漏したメイメイは「助けられなくて、ごめんな、さい……」と呟いた。
増える晶人をも巻き込みターイルを地へと叩きつける為に戦い続ける。だが、抑えきる為の作戦が瓦解し始めている。
今やメイメイや華蓮の前にもそれらは迫ってきていたのだ。
眩い光と共にサイズはそれらを薙ぎ払った。最大火力を集中させて、ターイルを穿った魔力の塊。
些か、悍ましい外見をしている其れ等は最早人とは呼べぬのだから仕方もあるまい。せめてのもの手向けこそが目の前の竜紛いを倒す事だ。
正純が先陣を切り晶人を相手にしているが、それらは数を減らすことはなく増え続ける。
「嫌な能力ですね。貴方の花弁は紅血晶と同じなのでしょう。それが体に吸収されこの様な歪な存在を作り上げる。
……誰が考えたかは知りませんが、悪趣味にも程がある。どうせ、『知った誰か』ぞの考案なのでしょうが――」
正純の脳裏に浮かんだのはファルベライズ遺跡で『イヴ』の母なる存在ファルベリヒトに巣食っていた錬金術師であった。
同じ答えに行き着いたクロバが唇をぎり、と噛み締める。己の父と共に活動して居た錬金術師タータリクスが師事した相手こそがこの元凶だ。
「嫌なにおい」とエルスが呟いた声を聞き、正純は「エルスさんは血が駄目でしたね」と囁く。
晶人達だけではない。ターイルからも血潮の匂いがしていたのだ。紅血晶は錬金術によって作られた何か。
それは『とある者』の血と、有象無象の肉などを媒介に作られた『賢者の石』の試作品であるかのようだ。強すぎる力が人々を飲みあの様な姿に転じさせているともなれば――
(悪趣味で救いもない……!)
正純は苛立ちながらも弓を放った。真っ直ぐに、夜明けを求めるように飛び込む其れがターイルへと突き刺さる。
しかし、視界を覆ったのは紅色の『人間だったもの』か。呼吸さえも苛むような濃い血潮の匂いが鼻先をつんと突く。
「俺達はライノファイザ、リヴァイアサン、ジャバウォック、メテオスラークと名だたる竜と戦ってきたんだ――マガイもんの竜なんかに負けるかよ!!」
叫ぶように琉珂は飛び込んだ。翼を狙い地へと叩き落とす。その狙いは確かだった。
だが、本物の竜種と違い、ターイルは取り巻きを有していた。それも、元々が人であったという奇怪な存在達だ。
「クソッ」
ルカが呻いた。正純一人では抑えきれなかった晶人達がルカの元へと押し寄せる。「有存! 正純を頼む!」と手当を促すルカに琉珂は「有存さん、後ろで準備して!」と叫ぶ。
穴を埋める様にして華蓮は手を伸ばしターイルを受け止めた。体が痛い。軋むような痛みを感じようとも、全てを受け止める気概で彼女は立っている。
「ッ、此処で挫けて堪るものですか!」
戦場の要とも成り得るルカへの攻撃全てを受け止める華蓮は悔しげな表情を見せる。
クロバはぐしり、と額から流れた血を拭い、ターイルへと剣を振り下ろした。体が痛めども、其れは好都合だ。己の痛みを相手に更にぶつけるだけである。
「全く不愉快な光景だ、その花は――!」
ターイルから舞い散る花が人を変貌させる。其れをも許せぬとクロバは唇を噛んだ。遣る瀬なさばかりがその胸を支配するのだ。
クロバに続き、サイズは中衛から援護射撃を行なった。メイメイは溢れる晶人達を何とか去なしながら「ごめんなさい」と只管に誤り続ける。
増える人影。それでも、ここで諦めてはならないと決意のようにエルスが走り出す。
全てを受け止めていた華蓮が膝を付き、有存が庇うように前に立った。「だめなのだわ」と華蓮が首を振る。琉珂が鋏を構え「ルカさん、エルスさん」と名を呼ぶ。
「琉珂、後ろに!」
クロバの声掛けに琉珂が「でも」と叫んだ。ターイルは地へと叩きつけられては居るが、その獰猛さを隠そうとはしない。
鼓膜を劈くような叫び声にサイズが「うわ」と呟いた。
「まだやる気だ」
やる気だ。それでもルカは臆さず飛び込んでゆく。
「負けて――ッ、堪るかよ!」
ルカは叫んだ。悪あがきだと言ってくれて構いやしない。ターイルは未だ健在だ。撃破には至っていない。
翼を失った晶竜に振り下ろす剣は持ち合わせて居た。ルカは勢い良く剣を振り下ろす――だが、その体を弾いたのもまた、ターイルが吐出した花弁であった。
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「ターイル」
呼び掛けたのは此方を見詰めていた青年であった。ぴた、とルカとターイルが動きを止める。
「……ベル、トゥ……?」
ベル、と幼い頃に呼び掛けた彼の姿とは大いに変貌している。何だ、その鬼人種のような角は、何だ、その異様な力の片鱗は――何だ、『晶竜』を従えんとするその姿勢は。
ルカは取り落とさんとした武器を何とか握り直す。有存が正純の体を支え、琉珂が不安そうにルカと『ベルトゥルフ』を見守っている。
「悪食もそこまでにしておけよ、帰るぜ」
男は――ベルトゥルフはくるりと背を向ける。驚き目を瞠ったのはルカだけではない。有存もその一人だった。
「お、お頭……?」
不思議そうな顔をした有存を留めるようにメイメイがその上を掴んで首を振った。
「有存さま」
いけません、と声を掛けたメイメイに有存は「どうすればいい」と縋るような視線を投げ掛ける。エルスの前では格好付けて、その様な不安を曝け出すことは出来ないのだろう。
クロバとメイメイは彼をその場に留め続けることだけに注力した。彼が征こうとしたのはターイルの側、ベルトゥルフが居るその場所だからだ。
「ッ――ベルトゥルフ!」
叫んだルカに答えぬまま、青年はターイルの背に跨がって姿を消した。
残された有存は「団長……?」と不思議そうな顔をし、遣る瀬ないとエルスを見詰めて――何かに気付いた。
エルスはターイルのこともベルトゥルフの事も考えてやいない。彼女は他の誰かのことを考えているのだろう。
例えば、それが――『ベルトゥルフとも通じる真紅の女王』と、彼女に連れ去られていった『彼女の想い人』である事にはまだ、彼は『しあわせなことに』気付いては居なかった。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
有存くんも結構鈍い子ですが、琉珂と同じくらいのトラブルメイカーです。
ベルトゥルフやターイルと相対するならば何時如何なる時も会いそうな気配がしますね……。
GMコメント
夏あかねです。有存くんが~~~!
●目的
晶竜『ターイル』の撃破
+有存をターイルに食べさせない
●ネフェルスト郊外
ネフェルストのサンドバザールに向けて飛び込んでくる晶竜が見えます。
周辺には障害はなく、戦いやすい――代わりに隠れる場所がないのは少し難点です。
●晶竜『ターイル』
非常にぎょろりとした目の大きな鳥を思わす晶竜です。白百合の花弁を撒き散らして飛んでいます。
常時血液を流しているのでしょうか。その花弁が体内に入った者を晶人に変えるようです。
戦闘は比較的シンプルにパワータイプ。耐久力が高く、遠距離攻撃にも優れていますので注意してください。
また、かなりのデカブツですのでブロックには3人程度の人員が必要となります。
●晶人 10名
ターイルが通った場所に存在していた傭兵達が姿を変えて仕舞ったものです。
ターンの経過事にだんだんと増加していく可能性があります。非常に気持ちの悪い外見をしており、自我はなく、唯、襲いかかってくるだけの存在となっています。統率が取れるわけではありませんが動く者全て敵と言った様子ではあります。
●康・有存
アソン君。フリアノン出身の亜竜種。エルスさんに一目惚れして『宵の狼』にて医術士として活動して居ます。
早く立場を上げてエルスさんに似合う素晴らしい男になる事が有存の目的です。世間知らずなのでエルスさんがディルク様をお好きなのは知りません。今のところはね。
突然現れたターイルに驚き、脚を竦ませています。格好悪く見えますが、彼は一応後方支援を中心にして居るので、戦闘は不得手なのです。
●ベルトゥルフ
有存の所属する傭兵団『宵の狼』の団長。ルカさんからみれば『知らない角を持った』『姿の変わってしまった幼馴染み』です。
ベルトゥルフはルカさんに気付き、姿を隠しながらターイルとの戦いを見詰めているようですが……。
●同行NPC 珱・琉珂
元気いっぱいのフリアノンの里長。誰にでも良く懐く女の子です。
竜覇は火。大きな裁ち鋏を使った近接タイプのファイターです。ただし、後方からの支援も行なうことが可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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