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シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>暴発するはもう一つの悪意

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●破滅の夜
 悲鳴が上がっている。
 街のあちこちで悲鳴が上がっている。
 多くの人が逃げまどい、恐怖を叫び、いずこかへと逃げ去ろうと走り回っていた。
 だが、どこへ逃げようというのだ。
 化け物たちは、この街へ――ネフェルストへ、確かに迫ろうとしているのだ。
 紅血晶が市場に流通している――その魔の石がもたらした事件が解決する間もなく、ネフェルストが混沌の渦に巻き込まれたのは、美しきグラオ・クローネの夜のことだ。
 記念日をささやかに過ごしていた人々の耳に入ったのは、ささやかれる愛の言葉ではなく、ネフェルストを襲う未曽有の恐怖の咆哮である。
 ネフェルストに迫る、まるでキメラのような、つぎはぎの怪物。【晶竜(キレスアッライル)】。それはまるで竜種のようにも見え、かつての【ファルベライズの色宝】に現れたかの怪物たちを思わせるような、それは現実に迫る恐怖の象徴だった。
 同時に、街のあちこちでは、【紅血晶】が呼応するかのように怪しき力を発揮し、まるで浸透した爆弾の様にあちこちでその力を発揮させた。人々は次々と【晶獣】へと変わり、【晶人】へと変わり、この地の新たなる主人であるとでもいうかのように、街々を闊歩し始めた。
 人は駆逐される。この夜に。
 ああ、我が姫君のための王国を作ろう。
 そう嘯く【吸血鬼】達すら姿を現し、ネフェルストは今や『悪夢の都』と化していた――。

「たすけて! たすけて!」
 商人の男が、なけなしの金を抱えながら路地を走る。商家は怪物たちに襲われ、従業員たちはその晶の餌食となって赤い血を咲かせて死んだ。商人は、抱えられるだけの財産を抱えて、家を飛び出したところだ。だが、どこへ逃げるというのだろう。街中は、どこもかしこも紅血晶の化け物どもであふれている!
「たすけ……あっ!」
 男が声を上げて、転んだ。目の前をよく見ていなかったから、目前に立っていた男に気付かなかったのだ。
「なんだぁ?」
 男が声を上げる。緑色の、軍服のようなものを着た男だった。傭兵か? と商人が期待を持つ。助かる。
「た、助けてくれ! ま、町中に怪物がいるんだ! あんたも知ってるだろ!」
「ん……? ああ、ああそうだな。街は化け物だらけだ。でもそれも、天罰だとは思わないか?」
 あきれたように言う男に、商人の男は気色ばんだ。
「何わけのわかんないこと言ってんだ!? は、早く助けてくれ! 金ならいくらでも――」
「わかってる。わかってるぞ。助けてやる。俺は優しいからな」
 男はにこりと笑って――躊躇なく、その拳を、商人の顔面にぶち込んだ。ぐしゃり、という音がして、顔面が陥没する。即死だろう。強烈な、拳の一撃。強力なボクサーの拳は、それだけで凶器となりうる。
「これでもう怯えることはないぜ? ま、それでも『お前が犯した罪は償ってもらう』けどな」
 にかり、と子供のように笑う男。
「ティーエ」
 と、そんな男に声がかかる。男=ティーエ・ポルドレーがそちらの方を向いてみれば、同様に軍服風のいでたちの女がいた。
「こちらの商家に情報はなかった――なんだその男は?」
「アストラか。こいつはラサの商人だ」
 胸を張る様に、ティーエが言った。
「助けてくれ、といったから助けてやったんだ……俺は優しいからな。
 だが、その罪を許すわけにはいかない。リッセが言った通り、こいつらには、罪を償わせなきゃいけない。だから」
「殺したのか?」
 女=アストラ・アスターが眉をひそめた。
「余計なことを」
「余計じゃない。こいつらは、死んで償わなけりゃならないんだ。そうだろう?」
 むっとした様子で、ティーエが言う。
「すまない。今は議論をしている場合じゃないな」
 突っかかられそうだったので、アストラは話題を打ち切ろうとした。ティーエはアストラを論破できた気になって、気をよくしたのか、饒舌に語る。
「そうだとも。で、あったのか? 『ザントマンの遺産』は」
「いや」
 アストラが頭を振る。
「やはりそこらの商人が知っているわけがない。あるとしたら、商人連合の本部だろう」
「なるほど! やはりあいつの言った通りか!」
 ティーエが破顔した。
「どうやらあいつは信用できるようだな。最初はラサの商人だったから怪しかったが――」
「どうだかな」
 アストラはティーエに聞こえないようにつぶやいた。『あいつ』からの情報は、今のところは正しいようだ。だからこそ、エーニュは『ラサに来た』。ラサで『ザントマンの遺産を探している』のだ。リッセやベーレンが情報を収集したという『スポンサー』。その流れから通じた『あいつ』は、ラサの浄化を条件に、力を貸した……ということになっている。
 怪しい。どうにも、『あいつ』の思うがままになっているような気がする。リッセとベーレンは、それに気づいているのだろうか。少なくともティーエは気づいていないだろうが、まぁ、ティーエはそもそもリッセの言葉しか信奉していないためどうでもいい。
 ……いいのだろうか? このまま、商人連合の本部に、この『大規模災害の隙をついて侵入し』『商人連合こそが、ザントマンと結託していたという決定的な証拠を得て』しまって。これは、明らかに――用意されたルートのような、そのように、アストラは考える。
 リッセとベーレンは、ある種の狂気とらわれている、とアストラは考えていた。ならば、彼の二人の目指すところは、究極的には破滅だ。『あいつ』の言に従ったところで、ラサは破滅するのならば、どんな手段でも取るのだろう。
 で、あるならば、どうすればいいのか。理由が必要だ。明確に『ラサの商人連合に立ち入れなかった、という理由』が。
「……結局、彼女に頼るしかないか……」
 アストラはそうつぶやくと、『彼女』にメッセージを送るべく、思考を巡らせた。
 この場にいるかどうかは、考慮に値しなかった。戦場ならば、あの旗振りは確実に参加しているはずだったからだ。

●アストラからの手紙
「また、アストラ・アスターから密告があったのか?」
 アト・サイン(p3p001394)がそういったのは、ネフェルストの臨時避難所の入り口でだ。避難民の救助を行っていたアト、そしてフラーゴラ・トラモント(p3p008825)は、イーリン・ジョーンズ (p3p000854)から事の次第を聞いていた。
「ええ。なんでも、この大規模事件の混乱に乗じ、商人連合本部施設に襲撃を仕掛けるつもりらしいわ」
「……? どうして、そんなところに……?」
 フラーゴラが小首をかしげるのへ、ふむん、とアトがうなづく。
「確かにタイミングとしてはばっちりだ。だが、事が起きてから、それを計画したはずがあるまい」
「連中は、この紅血晶の勢力とつるんでいる?」
「そこまでは断定できない。というか、いくらエーニュがラサに何をしてもいいと思っていても、あんな怪物どもとはつるまないだろう」
 アトの言葉に、
「それは、そう」
 イーリンもうなづく。
「でも、エーニュの人たちが商人連合施設本部を襲うなら……止めないと……!」
「そうだな。何かろくでもないことを考えているに違いない。
 それに、アストラが止めてほしいと願うなら、たぶん彼女の判断だ、それが双方にとって最もいい決着になるだろうからね。
 動けそうな仲間に声をかけて、商人連合本部に向かおう」
 アトの言葉に、イーリンはうなづく。
 血晶の夜に、一つの悪意との戦いが始まろうとしていた――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 混乱に乗じ、商人連合本部を襲おうとするエーニュの兵士たちとの戦闘になります。

●成功条件
 すべての敵の撃退、あるいは撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 ネフェルストが未曽有の混乱に襲われていた夜――。
 そのすきに乗じ、エーニュという深緑のテロリストたちが、ラサの商人連合本部に向けて攻撃を行う、という密告が発生しました。
 密告してきたのは、イーリン・ジョーンズさんの関係者であるアストラ・アスター。味方というわけではありませんが、信用はできます。
 そこで、皆さんはエーニュの人間を止めるべく、商人連合本部に向かうこととなりました。
 幸い、エーニュの襲撃より先に到着できた皆さんは、ここでエーニュの精鋭たちを迎撃することになります。
 作戦決行タイミングは夜。周囲に明かりは少ないため、何らかの手段で光源を確保すると有利に立ち回れます。
 作戦エリアは商人連合本部前提になっています。広く、戦闘ペナルティなどは発生しませんが、遮蔽物などもないため、正面からのぶつかり合いになります。

●エネミーデータ
 【狂犬の拳】ティーエ・ポルドレー ×1
  エーニュというテロリストたちに所属する、切り込み隊長のような役職の男です。
  頭はあまりよろしくありませんが、エーニュへの忠誠心は高く、本部の言われるがままに作戦を実行します。
  彼は元ボクサーで、非常に強力な体術による物理攻撃を実行する、ある意味バーサーカーのようなタイプです。
  半面、遠距離攻撃にはとことん苦手ですので、距離を取って相手をすると有利です。

 エーニュシルマ部隊兵士 ×16
  エーニュの中でも、『エリート特殊部隊』と呼ばれるほどに、厳しい戦闘訓練と忠誠心を持ち合わせたメンバーたちです。
  ライフル銃を装備しての中距離~遠距離戦や、ナイフを用いての近距離戦闘など、オールレンジに一通り対応できます。
  戦闘能力と士気は、イレギュラーズの皆さんに勝るとも劣らないほどです。
  オールレンジ対応とはいえ、近接戦闘の方が不得手なため、引き寄せてやるといくばくか楽になります。

 アストラ・アスター ×1
  エーニュに協力する『幻想種民族解放戦線』の総統。とはいえ、『エーニュの一員』位の認識でひとまず大丈夫です。
  神秘系の術式や、ライフルを利用して戦う、市街地戦のエキスパート。ゲリラ戦が得意ですが、今回もそれを発揮できる戦場ではないため、十全な状態とはいいがたいです。それでもイーリンさんに引けを取らぬほどの能力を持っています。
  遠距離を得手としますが、やはり今回も『戦闘に乗り気ではない』ようです。こちらに情報を密告してきたので当然ですね。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <晶惑のアル・イスラー>暴発するはもう一つの悪意完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
アト・サイン(p3p001394)
観光客
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

リプレイ

●商人連合本部
 商人連合本部――ネフェルストに存在する施設である。
 本部、とはいうものの、ここがラサの商人たちに命令を出している、というような類の施設ではない。時折、商人たちの折衝や話し合い、合議などが行われる会場、というようなイメージで差し支えないだろう。
 内部にはその合議資料や、連合としての取引の資料などが保管されている。常駐する職員も何人かいて、さっそく『観光客』アト・サイン(p3p001394)らイレギュラーズたちは、本部施設入り口にて、職員たちへ事が終わるまで外に出ないで、自分たちを信じて待っていてほしい、という旨を伝えていた。
「紅血晶の件で大変なところ申し訳ないけれど」
 アトが言う。
「ひとまず、テロリストの方の対応をしなくちゃいけない。彼らのねらいはここだ。
 僕たちが必ず、あなた達を守る。どうか信じてほしい」
「は、はい……!」
 職員がそううなづくのを、アトは確認する。『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)がくすりと笑いつつ、アトとともに本部施設の表玄関から外へと向かった。
「いい感じだったわね。正義の使者って感じ」
 からかうように言うイーリンへ、アトは肩をすくめた。
「必要ならそれを騙るくらいのことはするさ。
 それより、アストラは信用していいんだね?」
「間違いなく」
 イーリンが言うのへ、『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)が尋ねた。
「アストラってのは、確か深緑の時に出てきたやつだったな。アンテローゼ大聖堂の時の」
「ええ、あの時の密告者も彼女」
「たしか、そうだったな。一緒にいたのはティーエっつったか。情報によると、またあいつと一緒らしいな。
 しかし、何度も密告許すあいつらは目が節穴なのか?
 それともアストラがずば抜けて抜け目ねえのか?」
「もちろん、アストラが優秀。と言いたい所だけど」
 イーリンが肩をすくめた。
「半々、ね。ティーエならまぁ、何度も騙せるでしょうけど。ほかの幹部と一緒なら、それも苦しいと思うわ。
 逆に言えば、おそらく、アストラが無事で密告できるチャンスは、きっと今回が最後よ」
「そう、なんども手の内が読まれていると判断すれば、さすがに向こうも密告を疑うだろうからね」
 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が言った。
「となれば、ティーエは馬鹿だが、忠誠心だけは高い。疑われるのはアストラか」
「すでにペナルティは食らってるとみていいね」
 アトが言った。
「彼女は、配下……患者、だったかい? 彼らを連れていない。
 それどころか、別の戦場で、彼女の患者がエーニュの一員として動員されているのも確認している」
 アストラは本来、エーニュとは別の組織の首魁である。がちがちの民族主義者であるアストラは、意志を同じくするエーニュと道を同じくすることを選んだ。なのだが、本来対等であった二つの組織は、エーニュに飲み込まれる甲地で消滅しようとしているのだろう。
「つまり、内部でも……立場が悪くなっている、ってこと……かな?」
 『時には花を』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)がそういうのへ、アトはうなづいた。
「正解だ、フラー。彼女は、ある意味でエーニュとは対等の組織の長だったが、今は吸収されかかっているとみていい。
 権力構造の面では、配下扱いを受けている可能性が高い」
 褒められたことに目を細めながらフラーゴラはうなづく。
「だから、患者さんも、エーニュの部下として使われてるんだね……。
 アストラさんが自由に動けるのも、難しくなる……」
「そうね……だからたぶん、私がアストラと直接相対できるとするならば、今回が最大にして最後のチャンスになるかもしれない」
 イーリンがそういうのへ、
「エーニュが何を探っているのか、それがわかる最大のチャンスでもあるということか」
 ゼフィラが続いた。
「でも、なんで商人連合なの?」
 『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が小首をかしげた。
「確かに、以前のザントマン事件って、ラサの商人がかかわっていたけど……それって一部だったはずだよね?」
 焔の言う通り、確かにザントマン事件にかかわっていたのは、一部のラサの悪徳商人だ。
「エーニュの人たち、ラサ全部がかかわってるように思ってるのかな?」
「たぶん、そうなのだろうね」
 アトが言う。
「なんというかな。たぶん、その証拠がここにある、ということなんだろう。
 『ザントマンの遺産』に関する証拠が」
「例えば、商人連合さんたちが、あの時のザントマンとつながっていた証拠があるとか?」
 えー、と焔は困った顔をした。
「そんなのわざわざ残してないでしょ……普通……」
「そう、普通こんなところに残しているはずがない」
 ゼフィラが言った。
「だが、近視眼的な彼らは、もはやそんなことすらわからないのだろうね」
「ってことは、ここにザントマンの遺産、とかいうものの証拠とか在処が示された宝の地図があると思ってらっしゃる?」
 『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)が声を上げた。
「いやいや、なんともオタク的には面白いですけれど。そんなのあるわけないじゃないですか……漫画やアニメじゃないのですから」
「というより、そう指示された、のじゃろうよ」
 『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)が目を細めた。
「ここにある。だから探せ。そう指示されたとみるべきじゃろうな。協力者がいるのじゃろう?」
「そうね。アストラが言うには、ラサ側からの協力者がいる」
「ラサが嫌いな割には、よくそんなもんの話を信じる気になったもんじゃなぁ」
 イーリンの言葉に、クレマァダはあきれた表情をして見せた。
「ああいう連中が狙うのは、だいたいは怠惰な一発逆転だよ。じゃなきゃテロリストになんてならない」
 アトが言う。
「そのためには、自分に都合のいい証拠ばかりそろっていることにだって、疑いの目を向けずに都合よく目を逸らすのさ」
「あー、なんかそういうの、漫画とかで見たことあるよ」
 『魔法騎士』セララ(p3p000273)が言った。
「フィクションでなら面白い話のスパイスだけど、現実にいるって考えるとすっごい困るなぁ」
「ほんとですよ。事実は小説よりも、なんてのを実現されても困りますねぇ」
 うんうん、と妙見子がうなづく。
「ただ、戦術面では確かなブレーンがついていると思います」
 『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)が言った。
「混乱に乗じて少数精鋭を投入する手腕と判断……。
 正しく精鋭の用兵ですね。

 出来れば空気を弁えて欲しい、というのが率直な願いではありますが」
 ふぅ、と嘆息するアッシュに、セララがうなづいた。
「そうだね。ボクたちも結構やるけど、やられるとなると結構厄介だよねー。
 アストラさんの指示なのかな?」
「だとすると、非常に厄介ですね。戦いに関しては避けたいようですが、それでも、そのアストラさんが相手となるのは」
 アッシュがうなづく。
「おそらく、向こうも『なぁなぁ』では撤退してくれないでしょう。
 しっかりと、『力を見せて、追い返す』、必要があります」
「そこは、ワタシたちを信じてくれた、アストラさんに報いないといけないね……!」
 フラーゴラが、うん、とうなづいて、それから小首をかしげた。
「……おそってくるのは、アストラさんたちだから、なんだか変な感じはするけど……」
「うん、まぁ、そうだね……」
 焔が苦笑する。
「とにかく! 頑張らないといけないのは確かだね。中には、職員さんたちもいるわけだし」
「そうだな。職員を脱出させるにはおそらく時間が足りねぇし、そもそも今の混乱状態のネフェルストを走らせるのは問題外だ」
 バクルドがそう言った。現状、ネフェルスト内部は非常に混乱しているわけだ。その危険地帯に、職員たちを放り出すわけにはいかない。
「なんにしても、やるしかねぇ、な。
 なに、いつもと変わらんさ。守って、倒して、追い返す、だ。やろうぜ」
 バクルドの言葉に、仲間たちがうなづいた刹那――いくつもの足音が、彼らの前に迫っていた。
「……敵です。数は、18」
 アッシュが、共有したファミリア―の視線から、情報を告げる。
「すぐに、接触します――警戒を」
 その言葉に、仲間たちは強くうなづいていた。

●衝突
「どういうことだ!?」
 足音の主が、声を上げる。年齢の割には、いささか子供っぽい表情をしているのは、おつむの程度の表れだろうか。いずれにしても彼はその顔全体で、驚きを表現して見せた。
 ティーエ・ポルドレー。エーニュの闘士である彼の任務は、ネフェルストの混乱に乗じての、敵本部(ということになっている)商人連合本部への攻撃であった。奇襲攻撃である本任務は、何の障害もなく達成され、彼らは『証拠』を手に入れるはずであった――。
「どうして、ローレットがいるんだ……!」
 歯噛みをする。そう、彼らの前には、迎撃に訪れたイレギュラーズたちの姿があったのだ。これは、彼にとっては予想外の出来事であった。
「よう、いつぞやのやつか」
 バクルドが、挑発するように声を上げる。
「ティーエ、ティーエ……たしか、罠に翻弄されたり情けない捨て台詞吐いて逃げた火事場泥棒がそんな名前だったな。
 火事が怖くて砂漠を選んだのか?」
「ぐ、てめぇ……!」
 ぎり、と歯ぎしりをするティーエ。すぐに吠えるように叫んだ。
「どうなってるんだ、アストラ! 以前と同じだ! あいつらは、俺たちの情報を知ってるみたいだ!」
 そういうティーエに、アストラは肩をすくめた。
「違うな、ティーエ。だからこそ、敵の悪事が事実であるということの証左ということだ」
「しょうさ?」
 ティーエが唸る様に尋ねるのへ、アストラがうなづいた。
「証拠、だな。いいか、何故、こんなところにローレットがいると思う?
 ローレットは、我々と敵対する存在……それがわざわざ、何の変哲もないはずの商人連合本部を守っているわけだ。この非常時に。
 となると、答えは一つ」
「なんだ?」
「ローレットにとっても、守らなければならないものが、ここに眠っているということだ。それは、我々も狙う――」
「ザントマンと商人連合との癒着の証拠だな!?」
 叫んだ。アストラがうなづく。その様子を眺めながら、イーリンが小声で言った。
「うまく誘導してくれる上に、情報まで流してくれてありがと」
「扱いやすいな、彼は。ありがたいよ」
 アトが小声でうなづく。
「何のことだか知らないけど」
 セララが言った。あえて、『しらない』という言葉を投げかける。
「キミたち、状況分かってるの?
 商人連合の人たちだって、ここで必死に耐えてるのに……!」
「だまれ! おまえたちの言うことなんて聞くものか!」
 ティーエが吠えた。
「あのあくとうばかりがそろう商人連合を守ろうとはな! やはりローレットは俺たちの敵だ。リッセの言うとおりにな」
「話通じないタイプですよ、あれ」
 妙見子が言う。
「事情はなんとなく察しましたが……ティーエ様でしたっけ?
 なんだか血の気の多い方ですよねぇ……?」
「加えて、自分たちが正義だと信じ切っている面じゃな」
 クレマァダが顔をしかめる。
「我の一番嫌いな類の男じゃ」
「ああいうのは、もう狂信の類だろうね」
 ゼフィラが言う。
「さて……どう動くかな、彼らは?」
「ティーエという彼は、おそらく最前線で暴れまわるタイプでしょう」
 アッシュが言った。
「彼が最大戦力であると見ます。彼を突撃させ、残るメンバーで突破を行う」
「ってことは、ひとまずティーエって人を抑えればいいんだね?」
 焔がうなづいた。
「ああ。前回と同様なら、アッシュの読みは間違いないだろうぜ」
 バクルドが言う。
「フラーゴラ、お前さんが皆を引っ張ってくれ」
「ん……まかせて」
 フラーゴラがうなづいた。
「たのむよ。何かあったら、またすぐに駆け付ける」
 アトの言葉に、フラーゴラは微笑んだ。
「うん……頼りにしてる」
「さぁて、始めましょうか」
 イーリンが言った。
「神がそれを望まれる――。
 追い払うわよ、火事場泥棒どもを」
 旗を振る――戦いの烽火をあげるための!
 かけたのは、小さな狼。輩を連れ、飛び込む――狩りの野!
「くっ……俺よりはやい……!!」
 ティーエが悔し気にうめいた。ボクサーとして、重要なのは反応力である。攻撃を捉え、相手を捕らえ。そのすべてに対応するためには、誰よりも速く動かねばならなかった。その自分より、早い!
「おまえは……!」
「また会ったね、ボクサーさん……!」
 交差する。フラーゴラと、ティーエの視線。ちぃ、と火花散るかのようなそれに、しかし飛び込んだのは別の相手だ。
「おっと、この間の続きと行こうか。
 そんなに腹が立つなら僕を殴りに来ればいい、もっとも、捕まる気はないけどね!」
 アトだ! 手にした剣、それに風をまとわせ、斬空の一撃を見舞う! ティーエはそれを身を低くして交わした。素早い反応。
「お前もか! やはり、俺たちの邪魔をするのは、お前か!」
 ティーエが駆けだす――アトに向けて。アトはすぐさま拳銃に持ち帰ると、威嚇射撃を放った。たたん、とリズミカルに放たれるそれを、ティーエは見た目以上に軽やかに、ステップでかわす。
「止まってみえるんだよ!」
「とはいえ、こっちは止まってやる気はなくてね」
 駆けだす。アトはすぐに、逃げに徹することにした。鬼ごっこのような状況だが、しかしぎりぎりの綱渡りであることに違いはない。そう何度も続きはしないだろう。問題は、ティーエはあくまで『鉄砲玉』に近いということだ。
「本命は、そっちなんでしょう!?」
 妙見子が叫ぶ。その視線の先には、シルマ部隊の兵士たちがいた。同時、すさまじい音量の銃撃が鳴りひびった。一斉・射。シルマ部隊は統率の取れた動きで、手にしたライフルを放つ! イレギュラーズたちの体を撃ち抜くはずのそれは、妙見子の展開した聖躰の輝きに阻まれ、その肉を裂くことはできない!
「残念! いまや二尾に減ったとはいえ、こう見ても経国の九尾――この程度の豆鉄砲など、この着物の裾すら触れられぬと知りなさい!
 ここで! この場で! 犠牲者は一人たりとも出させませんとも!」
「よいぞ、助かる!」
 クレマァダが吠えた。
「さぁて、さぁて! ならば我もまた本領を発揮しようか!
 この地は砂塵のそれなれど、我らがコン=モスカの青は、一切くすまぬものと知れ!
 これより謳うは絶海拳――『海嘯』!」
 クレマァダが、その拳を振るう――同時、現れるは強烈なる大海嘯! 砂漠の都市に突如として現れた海は、シルマ部隊を根こそぎ飲み込み、その体を青の衝撃にて叩き伏せる!
「この程度で!」
 シルマ部隊兵士が叫んだ。
「我らが同胞の苦しみ、痛みに比べれば、耐えられぬはずがない! 突破するぞ!」
 雄たけびとともに、大海嘯を乗り越えんとする兵士たち。クレマァダは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「その意志は高くとも――その拠り所と残虐性を他者の痛みに押し付けるのであれば! 我はなおのこと、容赦はせん!」
 クレマァダにとって、それは嫌悪の対象である。自分たちは正しいと信じて疑わぬ、愚かに無邪気な瞳。そして、『誰かのため』という大義名分に、己の卑劣さと残虐性を覆い隠す、卑劣さ。自己の正当化。それは、クレマァダが忌み嫌うものである。
「立つのであれば――己の足で立て!」
 大海嘯の衝撃をつらぬいて、兵士たちが突撃する。強烈な銃火は再び鳴り響き、イレギュラーズたちの守護壁を叩きつけた。衝撃に、痛みが体を駆け抜ける。血気盛んに兵士たちが突撃を敢行する中、しかしその動きを阻むように、雷の鎖が彼らの体を穿った。さすがの連続攻撃に、幾人かの兵士がその意識を手放す。
「突破はさせません」
 アッシュだ! アッシュはその手を振るうと、ばぢばぢと再び雷が鳴り響き、鎖となってシルマ部隊兵士たちの体を穿った。
「足を止めます。重ねてください」
「まかせて……!」
 フラーゴラが、その手を振るった。同時、生み出された混沌の泥が、クレマァダの大海嘯にも負けてなるものかと大地を滑る! 重ねて放たれたアッシュの雷も合わさって、それは強烈な混沌なる雷泥の波濤と化している!
「構えろ! くるぞ!」
 シルマ部隊も、ただ黙ってうけてやるつもりはないようだった。サポートの盾を構え、ダメージを最小限に抑えるべく行動する。強烈な衝撃が、シルマ部隊の体を駆け抜けた――何人かが意識を手放しかけたものを、精神が肉体を凌駕したかのように、立ち上がる。
「まだまだだ! 厳しい訓練の日々を忘れるな!」
 兵士の一人が叫ぶのへ、彼らは応、と返事をした。
「……なるほど、特殊部隊というのは伊達ではないようですね」
 アッシュが嘆息する。
「随分と鍛えられているようです――厄介ですね。士気も高い」
「ふむ。だが、かといってこちらも圧されてやるわけにはいかないな」
 ゼフィラがそういう。
「彼らの得手は、遠距離戦だろう。足を止めつつ、こちらは接近戦を挑んだ方がいい。
 乱戦になればなるほど、彼らの不利だ」
「ふぅむ。奴らの獲物はライフルがメインだからな」
 バクルドがそういった。
「切り込んで、ばらばらにしてやるのがいいだろうな。連携を取らせない方がいい」
「同感だ。やれるかい? みんな」
「もちろん!」
 セララがうなづいた。
「敵を引き付けるっていうなら、ボクもやれるからね!
 敵が商人連合本部で何をしたいのかは、ボクにはいまいちわからないけど。
 敵が、どういう戦術をとっているのかはわかるからね。
 それを突き崩すのも、当然!」
「おっけー、じゃあ、そっちの方お願いできる?」
 イーリンがいた。
「私は、あっちとお話してくるわ。
 焔、あなたも手伝ってくれる? たぶん、一人で抑えきるのは難しい相手よ」
「うん、任せて!」
 焔がうなづいた。
「なら、イーリン。あれは頼んだぞ。
 ……しかし、のう。お主、何だか妙な知り合いが多いようじゃな?」
 クレマァダの言葉に、イーリンが苦笑した。

 戦場は、イレギュラーズたちの作戦通り、乱戦の様相を呈していた。まず、ティーエを引き付け、逃げ回るのはアトだ。無論、確実に逃げ切れているわけではないが、囮としては十分な役割を果たしている。
 続いて、アストラを抑えに行ったイーリン&焔の二名。アストラが『乗り気ではない』とはいえ、アストラが強力な敵であることは変わりなく、同時に『アストラが撤退を選択選べるほどに、強烈に追い詰めなくいてはならない』のがこちらの課題だ。
「何が目的かはわからないけど、この先に行かせるわけにはいかないよ!」
 焔が炎槍を鋭く突き出しながら、叫ぶ。アストラは、手にした小銃でそれを受け流した。
「あたりを包む、炎の気配……結界だな。これを張ったのは、お前か……」
 礼を言う、と小声で続けるアストラ。焔は僅かにきょとんとしつつ、「そっか、そうだよね」と相手の意図を察した。アストラは、商人連合を同行するつもりはないのだ……となれば、現場保全の結界をはった焔に謝意を示すのは当然だろう。
「さて、何のようかな、エーニュの人は!」
 焔も、致命打を与えない程度の攻撃を加える。これは、アリバイ作りでもあった。要するに、アストラが『エーニュに怪しまれないため』の工作である。
「さぁ? 悪しきローレットよ。もう『気付いているのだろう?』」
 そういうのへ、イーリンはラムレイに乗ったまま接近。その旗を鋭く振るってみせた。
「『遺産』のことね? どこで知ったの!?」
 小銃と、旗が、激しく交差する。
「『こちらにも情報源はある』のだ。それが、『エーニュがラサにまで出張ってきた理由だよ』」
 アストラが、後方へと飛びずさり、小銃を放つ。たたん、と放たれた銃弾を、焔が飛び込んで、その炎槍で弾き飛ばした。
「情報源ってなに!?」
「『奴はラサの商人ながら、悪しき商会を浄化したいと、我々に協力を持ち込んできた』」
 アストラがそういう。
「殊勝なものだが、ひとまずそれをエーニュは信じたわけだ」
「……そんな露骨に怪しいのを!」
 小声で、イーリンがつぶやいた。確かに、あまりにも怪しい。だが、それにすがり、目を曇らせる必要があるほどに、エーニュは弱体、おいつめられているともいえるのだろ。
「それで、『馬鹿になった部下を連れて今日は何処に行くのかしら!』」
 イーリンが叫ぶ。焔と同時に、強く切り込んだ。炎。旗。二つの斬撃を、アストラは身をひるがえして回避。
「『私の部下は、常にエーニュとともにある』」
 アストラが答えた。
「『もはやその意志は、別たれることはないだろう』」
(やっぱり、取り込まれてる……!)
 イーリンが内心で歯噛みする。それはつまり、アストラが雁字搦めになっていることを示唆していた。つまり、アストラの部下たちは、かなり強く、エーニュ側に戦力として引き込まれてしまっているらしい。
「焔、奴の足を止めて! 『接近』する!」
 イーリンが叫んだ。同時に、焔は『意図を理解した』。
「任せて!」
 焔が、その炎槍を振るう! アストラの手にした小銃を狙って。アストラは、『意図的に、小銃を弾き飛ばされた』。その『隙をついて』、イーリンはアストラに肉薄する。近寄る、顔。僅かな、距離。
「言伝は?」
 イーリンが言った。
「ラーガだ。ラーガ・カンパニー。調べろ。おそらく、奴がザントマンの後継者だ」
 アストラが、小声でそう答える。同時に、アストラは、イーリンの腹をけり飛ばした。げふ、とイーリンが呼気を吐き、後方へと跳躍した――。

「フォトン・セララソード!」
 セララの持つ光の刃が、シルマ部隊兵士を切り裂いた。慈悲の、光。その剣。それがシルマ部隊兵士の意識を刈り取り、昏倒させた。
「ふ――っ」
 呼気を吐く。苛烈な戦いは、確かにセララの体力を削いでいた。敵をある程度分散できていたとはいえ、それでも総数は敵の方が多い。そうなれば、必然、一人一人の負担は増える。セララにとってもそうだ。痛みに体を抑えながら、でもセララは勇敢に笑ってみせた。
「ボクは負けないよ……キミたちなんかにはね!」
「く、くそっ……!」
 コンバットナイフを引き抜いて、兵士がとびかかる。セララはくるり、とバク転すると、その斬撃を回避して見せる。
「お願い!」
「応よ!」
 バクルドが叫び、隙をさらした兵士を狙う。銃弾が、兵士の体を貫いて、痛みが彼の意識を奪い去った。そのまま、どさり、と倒れ伏す。
「兵士たちはこれで全部か!?」
 バクルドの言葉に、セララはうなづいた。
「こっちは! ほかのみんなは……!?」
「順調だ! だが、あっちに回るより先にティーエを何とかした方がいい!」
 バクルドが、アトの方を見ながら言う。さすがに、一人で彼を抑えきるのは難しい。さすがのアトも、肩で息をしている――。
「わかった、サポートお願い! ボクが突撃する!」
「頼むぜ!」
 バクルドの言葉を受けて、セララがティーエへと飛び込んだ!
「キミ達の作戦はお見通しだよ。部下に無謀な作戦を押しつけるなんてひどい指揮官だね!」
 斬撃を、ティーエはスウェーで回避して見せる。
「リッセをばかにしたのか!?」
 ティーエが怒り、吠え猛るような拳を叩きつける。セララは、剣の腹でそれを受け止めた。
「よっぽど大切な人なんだね……でも、やってることわるいことだよ!」
 セララが再度の斬撃――同時に、バクルドが援護射撃を行う。ティーエは舌打ち一つ、バックステップ。その両者の攻撃をよけて見せた。
「まったく、探しているときは出てこないくせに、こういうときにはちょろちょろと顔を出してくる」
 アトがそういってみせた。
「やはり遺産がらみか。自分たちが手のひらの上で踊らされる道化だということに気付いたかい?」
「違うな! 俺たちは、そいつにツケを払わせるのさ!」
 ティーエは体の向きを反転させ、アトに殴りかかってみせた。拳がアトを追う――アトは剣の腹でそれを受け流して見せた。
「勇敢なことだ。で、それは本当に、『君たちの意志』かい?」
 誰かにそそのかされたのか――そう尋ねるアトだったが、いかんせん、ティーエである。通じた用ではない。
「当たり前だ!」
「……腹芸はダメそうだ」
 アトがティーエを振り払いつつ、距離を取る――間髪入れず、飛び込んできたのは、銀の一閃だ! それが、ティーエの腕を貫いた。
「ぐっ……!」
 ティーエが、痛みにうめく。銀の主――アッシュはゆっくりとその手を構えながら、声を上げる。
「あなたの部下は、もう戦闘不能です」
 す、とゆっくりと息を吸い込んだ。僅かのタイミング。ティーエに、あたりを見せるための。
「抵抗は無駄です。両手を上にあげて、跪いてください」
 降伏を促す――ティーエは、駄々をこねるように吠えた。
「馬鹿な! 俺たちが! 俺たちがだぞ!?
 何度も、何度もこいつらに……俺たちは、正しいんだ! リッセは、正しい!」
「リッセという人が誰だかはしりませんが」
 アッシュが言う。
「あなた達は、間違っています」
「くそおっ!!」
 ティーエが叫んだ。同時に、イレギュラーズたちとティーエを裂くように、一筋の銃弾が宙を走った。
「ティーエ、撤退するぞ」
「アストラ!」
 アストラだった。ティーエは忌々し気に、叫んだ。
「なぜだ! また、また逃げるのか!」
「そうだ。『予想外の戦力がいた』。これでは作戦は完遂できない。
 残った兵士たちも連れ帰る必要がある。我々に、無駄に兵士を消耗させる余裕はない」
 それは、おそらく事実であり、イレギュラーズへの内情の暴露でもあっただろう。ティーエは、ぐ、とうめいた。
「くそ! くそおっ! 覚えていろ! おぼえていろよ!!」
 ティーエが走りだすのへ、意識の残っていた兵士たちも、仲間を抱えて逃げ出し始めた。アストラは殿を務め、こちらに視線を送る。
「アストラ。せいぜい夜道の狐には気をつけることね……!」
 イーリンのその言葉に、アストラは小さくうなづいた。そのまま、走り去る。
「……おわった、ようですねぇ」
 ほう、と妙見子が息を吐いた。
「皆さん、怪我はおってはいますが……何とか、無事で何より」
「妙見子さんの、おかげだよ……」
 フラーゴラがほほ笑んだ。
「ま、うれしい! ふふ、妙見子ちょっと調子に乗っちゃうかも!」
 その言葉に、にこにこと笑う。
「それより、結局あの人たちは、何をしに来たのでしょうねぇ?」
「イーリン、何を聴いたのじゃ?」
 クレマァダが尋ねるのへ、イーリンはうなづいた。
「ラーガ・カンパニーを調べろと」
「あ、あの、それでしたら」
 と、声が上がった。商人連合本部の入り口ドアから、職員が一人、顔をのぞかせている。
「そ、その。すみません、終わったみたいだと思って。
 えと、それより、たぶん、彼らが捜しているのって、たぶん、この資料じゃないかなって……」
「お借りしても?」
 差し出された資料に、ゼフィラは断りを入れて受け取った。さらり、と目を通すと、たまらずに苦笑してしまう。
「なんだいこれ。商人連合が、前回のザントマン騒動時に、深くかかわっていたこと示す取引の証拠だよ」
「はぁ!?」
 と、焔が目を丸くした。
「そんなわけないよ! っていうか、何それ!? なんでそんなのがあるの!?」
「その、それ、古い資料庫にあったのです。皆さんが戦ってるうちに、彼らが何が目的なのか調べようって、皆で、それで、見つけて」
 職員が声を上げる。
「それで、思い出したんです。ラーガ・カンパニーの人が、確かに数日前に、資料庫で調べ物をしていたはずなんです……!」
「ってことは、あれか?」
 バクルドが、声を上げる。
「このでっち上げの証拠を使って、ラーガってやつが、エーニュを焚きつけるかなんかしようとしたってことか?」
「それって何のために?」
 セララが言った。
「だって……この捏造資料で、どうこうなるとは思えないけど……?」
「いや? 確かに捏造資料だが、これで商人連合内にいらない足止めをかけることはできると思う」
 アトが言った。
「もしくは、この資料をもって、ラーガ・カンパニーが現連合を糾弾するとかね。仮に捏造ってことがばれても、人々に何らかの不信感や不和を抱かせることは可能だろうし。そのうえで、エーニュの憎悪を煽れば、商人連合をかってにテロで暗殺でも何でもしてくれるだろう。
 それほどに、前回のザントマン事件は、ラサにとっての汚点だ」
 ラーガのねらいは、とアトはいう。
「おそらく、ラサに対しての混沌だろうね。手段は、チープでもいいんだ。それに乗ってくれる人間は、実は山ほどいる。実際、エーニュはこれにベットしてるんだろう。
 となると、幻想種誘拐事件。あっちの方も、なんともラーガが怪しいものだ」
「そんな……」
 フラーゴラが、表情を曇らせた。
「なんで、こんな……」
「結局また、一人の人間の悪意なのじゃな……」
 クレマァダがそういった。
「えーと、とにかく、ひとまずは作戦は成功ということで!」
 妙見子が言った。
「今はひとまず、休みましょう。ダメージは皆、ありますからね!」
「そうですね。これからのことは、あとでかんがえましょう」
 アッシュの言葉に、仲間たちはうなづいた。
 混沌のネフェルストで、渦巻くもう一つの悪意。
 それは大きなうねりを、再び生み出す可能性を示唆していた。

成否

成功

MVP

アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 エーニュは撤退し、彼らの目的もくじかれたようです……が。まだ活動を停止することはないでしょう。

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