シナリオ詳細
<昏き紅血晶>悪意と悪徳の残したレガシー
オープニング
●独房の悪
ラサにも独房というものがあって、そこには悪徳を為したものが封ぜられていることも多い。
例えばここ。ネフェルストにもほど近い巨大なオアシス都市に存在するテレゼネア大刑務所には、大小さまざまな悪事を行ったものが放り込まれる、この世の伏魔殿のような場所である。
さて、その奥、セキュリティとしては最上位に位置するハイセキュリティ独房が存在して、そこに一人の老人がいる。
間違いなくラサ出身の人間種だが、豊穣の和装を着た男だ。囚人服ではない、『和装』である。つまりこの男にはこの和装を届ける協力者が刑務所内に存在するのだということをうかがわせるわけであり、そのような協力者が独房内に存在するという事実が、この老人が独房にいてなお『失脚していない』ということを如実に周囲に理解させていた。
名を、ナシム・ベイルエン。数年前の『ザントマン事件』に関与した、悪徳の商人の一人である。
ザントマン事件は、ラサの悪徳商人が眠りの粉を使い、幻想種を誘拐し、奴隷として売りさばいていた事件だ。もし知らないのであれば、ローレットに残る以前の報告書などを参照いただきたいが、話の流れを理解するには、『過去に幻想種を拉致して奴隷として売りさばいた奴らがいて』『その首魁の男がザントマンを名乗っていた』ということだけがわかっていればそれで十分だろう。
そしてこのナシムという男は、そのザントマンなる悪党どもの一味であり、幻想種を誘拐して富を得ていた商人の一人であるということだ。ザントマン一派はほとんどが『壊滅』したわけだが、このように生き残り、のちに逮捕されたものもいる。
「ザントマンの遺産、ねぇ?」
そう、ナシムは独房越しに男に言った。目の前には、記者風の幻想種の男がいる。
「ええ。かつての悪徳奴隷商人ザントマン。彼が残した『遺産』が存在すると」
聞いています、と幻想種の男が言う。ふん、とナシムは鼻を鳴らした。
「知らねぇなぁ……あるんだったら奪い取りたいところだが。しかし、上の方のネットワークは、確かによくわからんかったな。だから、金を隠し持って逃げおおせている奴がいても不思議じゃないだろうな。俺が元気だったら間違いなくそうする」
ハハハァ、と癇に障る笑いを上げるナシムに、幻想種の男は、昏い瞳を向けていた。
「ところで。あなたが商品として売り払った幻想種の中には、回復不能な傷を負ったものもいますよね。
そういった方に、謝罪の感情などは?」
「お前、仕入れた商品が――例えばそうだな、高く売れる宝石に傷がついてたって時に、『あぁ、これじゃあ二束三文だな』以外の感情を抱くのか?
ああ、悪い、抱くわ。『このクソが、不良品をつかませやがって』。後は……『このゴミが、処分するのもめんどくせぇ』……」
「ああ、もう結構です」
記者風の男が制した。
「取材協力ありがとうございます。ああ、そういえば、そろそろ独房をうつるとのことですね」
「田舎に転勤だとよ。この変じゃ、俺の息がかかった部下どもが多いからさ。そういうやつらがいない僻地に送るんだとさ。無駄だってのにねぇ」
ゲラゲラと笑うナシム。間違いなくどうしようもない男だが、彼を罰するのは法による執行だ。
記者風の男は一礼をすると、独房の前から踵を返した。そのまま悪党どものぶち込まれた数々の独房を流し見しつつ、刑務官の待つゲートにたどり着く。
「ひどいやつでしょう」
そう、刑務官が言った。
「ええ、まぁ」
記者風の男が苦笑する。
「しかし、記者さんも大変ですね。あれのインタビューとは。しかし、タイミングが良かった。そろそろ護送を行いますから、そうなると会いに行くのも厄介な、僻地に送られます」
「ええ、そうですね」
記者が笑った。
「だから、伺ったのです」
何かぞっとする笑みだったが、刑務官は見ないことにした。こういった『正義感』を強く表に出す人間は、悪党と対峙するうえで余計に遭遇するものだ。刑務官が記者風の男の荷物をチェックする。何か受け取っていないか。渡していないか。
「ああ、もう大丈夫ですよ。指示に従って順路通りに外に出てください」
「わかってます。ここで何かを起こすようなことはしませんよ」
記者風の男が、笑って進みだした。刑務所から、大きな塀の外へと出る。はぁ、と息を吸い込んだ。カラカラとしたラサの風は非常に乾燥しているように思えたが、あの独房の中の空気よりはましだろう。
「いかがでしたか」
そっと、幻想種の女性が歩み寄る。瞳に剣呑な色をのせていた。
「ああ、近々護送されるらしい。みはろう」
記者風の男が言う。
「その時が、チャンスだ。奴を殺す。あるいは、『ザントマンの遺産』の在処を吐かせる。
我々エーニュの……幻想種のための戦いを、始めよう」
彼はそういった。エーニュ。それは、深緑に居を構えている、幻想種民族主義者によるテロリストの名であった――。
●悪党の護送
「すみません。気分はよくないでしょうが、どうぞよろしくお願いします」
そういって、同行する刑務官は、パカダクラに引かれた護送車の御者台の上で、あなたたち、ローレット・イレギュラーズへ向けてそういった。
依頼いによれば、とある悪徳商人を、別の刑務所に護送することになったのだという。その悪徳商人は、以前のザントマンによる誘拐事件に深くかかわっていたもので、事件に関与して巨万の富を築き上げたそうだ。
その後、逮捕されて刑務所にぶち込まれていたわけだが、この度別の刑務所に護送されることとなったのだという。
「奴はなかなか、権力と金を持っている奴で。そうなると、大きな刑務所では、彼におもねる囚人や、外部の人間も集まりやすく……」
「刑務所内で、好き放題を始めるってわけか」
仲間のイレギュラーズがそういうのへ、刑務官はうなづいた。
「お恥ずかしながら。ですので、もっとへき地、誰もいないような、といっては住民たちに失礼ですが、小さなオアシス都市に収監します。そうすれば、奴も少しは堪えるでしょうよ」
その言葉に、護送車へと視線を移す。
「ってことだからよ。よろしくな、イレギュラーちゃん」
馬鹿にするような声が聞こえる。あなたは聞こえないふりをした。このようなやつは、相手をするだけ無駄だろう。
「皆さんに護衛をお願いしたのは、彼の息がかかったチンピラたちが、彼の奪還に現れるかもしれないからです。
それから……ほら、最近、居るでしょう? エーニュ、でしたっけ。テロリストの」
「ああ。ラサの商人なんかを狙っているんですよね」
仲間の一人がそういうのへ、刑務官がうなづく。
「そのテロの標的にもなりかねません。
彼はすでに逮捕されているのですから、私刑は避けなければなりませんから」
「そうですね……では、道中の護衛、承ります」
仲間がそういうのへ、あなたもうなづいた。ここから数日をかけて、とおいオアシス都市まで向かうことになっていた。
――彼らが現れたのは、その行程のちょうど真ん中。砂漠のど真ん中のことであった。
「いますね。右側から……武装した人間が見えます」
仲間がそういうのへ、あなたもうなづいた。あなたも感知していただろう。迫る下卑た敵意は、おそらくは商人の部下のチンピラたちのものだ。あなたは嘆息しつつ、武器を構えた。痛い目を見てお帰り願うこととしよう。
……一方、そんなあなたたちの様子を、左手側からのぞき込む、『幻想種たちの姿』があった。
「ローレット。それから、ナシムの部下の者か」
幻想種の男が言う。緑色の軍服のようなものを着こんだ、男たち。彼らは、エーニュの戦闘部隊であり、先日ナシムにインタビューを申し出た、記者風の男に間違いなかった。
「どうしましょうか」
「きまっている。全員、幻想種の敵だ。ここで仕留めよう」
そういって、彼は銃を構えた。部下たちも同様に、銃を構える。
砂漠の真ん中で、一触即発の事件が、起ころうとしていた。
- <昏き紅血晶>悪意と悪徳の残したレガシー完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●砂塵の襲撃
「……ザントマン事件、ですか……」
静かにそうつぶやいたのは、『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)だ。
「……悪いひとは、裁かれるもの。
そうして罪をつぐなうもの。
そう、ニルは思っているのです」
確認するように、ニルはつぶやいた。厳重な刑務用の馬車のうちには、その悪いひと……ナシムが悠々と護送されているわけだ。
「そうだな。ま、それが理想ってやつだ」
『スケルトンの』ファニー(p3p010255)がそういう。
「だが……こう、感情的に正義を気取るとき、人っていうのは、な。
エーニュってやつらは、そういうことなんだろう?」
そう尋ねるのへ、『観光客』アト・サイン(p3p001394)はうなづいた。
「ああ。あの連中は、ラサに対してなら何をやってもいいと思っているタイプの集まりだからね。
時に自分が被害者と定義されたとき、人は暴走するものなのだねぇ」
軽い調子でそういうアトに、ファニーは肩をすくめてみせた。
「それよりも――刑務官さん? ナシムに取材に訪れた記者っていうやつが気になる。
ザントマンの遺産だとか、そういっていたのだろう?」
「ええ、確かにそうです」
馬車の御者台に座っていた刑務官が答える。
「ですが、なんですかね。遺産とかいうのは。そんなものが残っているのですか?」
「調査段階だけれど」
アトが言う。
「ある……と目されている。その遺産が、スポンサーによってエーニュに流れている可能性もある……ここまでは確定しているところさ。
問題は、この情報は、僕と、一部のローレット職員くらいしか知らないはずだってこと」
「誰かが情報を流した?」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が言った。
「ローレット職員と、貴方が裏切ったとは思えないけれど?」
冗談めかして言うイーリンに、アトはうなづいた。
「もちろんだとも。となると、スポンサーは直接、エーニュに近づいた……可能性がある。
もちろん、顔を突き合わせてこんにちは、なんてしたわけがない。ラウリーナは失脚したが、それでもスパイの一人や二人は送り込んでいるだろうけど、そんな報告もない。
どうも巧妙に、奴らは動かされている気がする。ほら、奴ら、今は青色吐息だろう?」
「そうね。おそらくかなりの締め付けを食らっているはず……でも、ザントマンの遺産があれば、なんて夢を抱いてる可能性もあるわね。
彼らは、そのお金を使う? 呪われたお金よ?」
「窮地に陥った人間は、得てして自分を正当化するのさ。たぶんこういうね。『これは我々幻想種の血肉を売りさばいた金であり、すなわち本来は我々が使うべき資金だ』とかなんとか」
アトが肩をすくめる。
「君の関係者の民族戦線にはご愁傷さまだけれど」
「アストラか……縁を切っていればいいのだけれどね」
「悪だくみ中か?」
そういって、二人の会話に割り込んできたのは、『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)だ。
「そういうのもいいが、そろそろ周りの警戒を手伝ってほしいな。
ちょうど、どちらの街からも離れている――救援が出しづらいってなれば、俺ならこの辺りで攻めるね」
そういって、ルカは護送車を振り返った。
「だろう? ナシム。お前の部下はちょっと頭は足りないが、うっとうしいくらいに忠節だったな?」
「ガンビーノの若造が。まさかテメェが護送任務に来るとはな」
ナシムが苛立たし気に吐き捨てた。
「テメェの傭兵団に邪魔された取引も一つや二つじゃ済まねぇんだ。その借りを返してやりてぇと思ってたよ」
「貸した記憶はないんだがな。ま、うちも回収見込みのない貸しをいつまでも取っといてやるほど暇じゃないんだ。
チャラにしてくれていいぜ」
「言ってろ、クソが」
舌戦はルカの一勝、といったところか。だが、ルカの言うこと――攻撃にちょうどいいスポットであるということだ――ももっともである。アトとイーリンは警戒に移行する。
「盟友、何か見える?」
イーリンが尋ねるのへ、『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が、砂上を眺める。
「今のところは……いや、北側に何か見えた」
エクスマリアが、目を凝らした。砂の丘から、ゆっくりと姿を現したのは、傭兵風の男たちだ。その数は、10強、といったところだろう。
「傭兵風の男たち……間違いない。ナシムの部下だろう」
エクスマリアが、イーリン、そして仲間たちに目配せをする。
「目的は、ナシム。お前の奪還か」
エクスマリアがそう尋ねるのへ、ナシムは笑ってみせた。
「さぁ~なんだろうなぁ? 俺ぁ檻の中にいたから何とも?」
「小悪党め」
エクスマリアが無表情のまま、ふむ、と唸った。
「戦闘ですね」
『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)が静かにそういった。だが、グリーフの赤き眼は、その時南部より迫る複数の人影を確認していた。
「……南からも、敵のようです。
ですが……なにか、様子が違う」
グリーフが見つめる彼らは、何か義憤に駆られたような、そのような様子を見せていた。北から来たチンピラ傭兵どもとは、明らかに雰囲気が違う――。
「……もしかしたら。彼らは、エーニュかもしれません」
「本当に?」
アトが慌てた様子で、南方を見やる。
「可能性は高い。幻想種だらけだ……となると、目的はナシムの身柄か、命と見た」
「遺産とやらの情報を仕入れるのが目的。達成できないなら、殺害を?」
グリーフが小首をかしげるのへ、アトはうなづく。
「そういうことだろうね。さぁ、厄介だぞ。二正面作戦だ」
「とはいえ、これは両方に展開しないとまずいだろうさ」
ファニーが言う。
「どちらも目的は、こっちの悪党だ。張り付かれればまずい……となると」
「そう、なのですね。どちらも、めっ、ってするしかないのです」
ニルがうなづいた。
「その。ナシム様は、悪い方です。
ですから、ちゃんと、罪を償わないといけません。
その前に自由になるのは、だめです。
でも、ここで死んでしまうのも、だめです」
「ああ、そうだな」
『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)がうなづいた。
「オレは……当事者ではないから、ナシムさんに対しては、行ったことへの不快感以上の感情はない。
オレはあくまで外様だ。ならば、粛々と……仕事を完遂させてもらう」
「決まりだ。両面で戦おう」
ルカが言う。
「だがな、ナシム。お前はどうやら部下には恵まれてねえらしいな。
俺達からお前を奪うのなら、あと5倍は必要だったな」
そういって不敵に笑ってみせるルカに、ナシムは答えなかった。僅かに苦虫を嚙み潰したような顔をするだけだ。ルカのそれが、挑発や強がりなどではないことがわかっていたからだ。ルカの、傭兵としての、イレギュラーズとしての実力が、その軽口をたたかせたのだと知っていたからだ。
「さて。ナシムさん。襲われる側としては、外の様子は気になるのが当たり前だが。
ほんの一瞬、顔出した瞬間に眉間を撃ち抜かれて殺されたでは、ナシムさんだって死にきれないだろう?」
そういう一嘉に、ナシムは舌打ちをして見せた。
「くそが! しっかり守れよ! 仕事だろう!?」
そういうナシムに、一嘉は静かにうなづいて見せた――。
●デザート・バトル
「さて、南の方はアンタら二人に縁があるんだろう?」
ルカがそういうのへ、アトとイーリンがうなづく。
「悪いわね、任せてもらえると助かる」
「なら、俺の方で北だ」
「俺様は南の方でやらせてもらうよ」
ファニーが言った。
「北の方は骨が折れそうだ。南の方で耐えておくから、折れる前に来てくれると助かるぜ」
「ファミリアーを飛ばして、いつでも戦況は確認できるようにしています」
グリーフが言う。
「ニルさん。カバーをお願いしてもいいでしょうか?」
「はい! グリーフ様の見えないところは、ニルのファミリアーで補います!」
手を上げてそういうニルに、グリーフはうなづく。
「それから、不意の攻撃で、馬車が壊れないようにも、しておきます」
「ありがとう、助かる」
エクスマリアが言った。
「盟友。先に北を片付ける。無理はしないでほしい」
「大丈夫。信じてるわ。
ほら、アト、ファニー、行くわよ」
「了解。一嘉、君は念のため、馬車の付近で直掩と援護を頼むよ」
アトがそういうのへ、
「わかった」
一嘉はうなづいた。
「よーし、じゃ、始めるか。折れないコツは、頑張りすぎないことだぜ?」
ファニーがわずかに冗談めかして言うのへ、仲間たちは頷いて見せた。いずれにしても、この場・このメンバーで発生する信頼関係というものは強固だ。部隊は一気に、南北へと別れる。まずは北側から描写しよう。
「いたぞ! ナシム様だ!」
チンピラの一人が剣を抜き放つ。付近には、移動用の馬車やらパカダクラが待機してるのだろうが、今はその姿は見えない。つまり、すぐには逃げ出せないということだ。
「近寄らせては厄介だ。その前に、打ち貫く」
エクスマリアが、その手を掲げる。柔らかな手を包む手袋、その金の刺繡が淡く輝くや、媒体となった手袋が強烈な魔力をため込み、解き放つ!
「アイゼン・シュテルン――鉄の星は、今、汝のもとに降り注ぐ」
呟きとともに、強烈な魔力が星となって降り注ぐ! それはまさに、鉄星の驟雨だ! 強烈な爆裂が砂上のあちこちで巻き起こり、何名かのチンピラが吹っ飛ばされ、そして何名かは足を止める。
「今だ、切り込め」
「ナイスだ、エクスマリア!
行くぞ、グリーフ、ニル! なるべく無茶はするな!」
ルカが両手剣を、片手で携えながら突撃する――荒々しい熱砂の砂塵のごとき一撃が、まず真正面にいたチンピラを薙ぎ払った。
「が、ガンビーノか!?」
「そうさ! ルカ・ガンビーノを相手にするとは運がなかったな、テメェら!」
「くそ、奴らには散々邪魔されてきたんだ! ここで借りを返してやれ!」
「貸した覚えはない――ってさっきもナシムに言ったんだがな!」
飛び込んできた男を、返す刀で迎撃して見せるルカ。そうこうしているうちにも、エクスマリアの鉄の星の第二陣が落着する。強烈な爆風に、また一名の敵が吹っ飛んだ。
「くそ! ナシム様の救助を最優先にしろ!」
「させません」
グリーフがそう、声を上げた。同時、その体の赤い核が、ぼんやりと、しかし強烈に魅惑的な光を放つ――それは、秘宝種の宝として持つ魅惑であり魔力か。とらえては抗えぬ誘因の力が、チンピラたちに怪しく手招きをする。
「いや、奴を捕らえて売れば、これまでの失敗だって取り返せる――!」
方向転換して襲い掛かってきたチンピラを、グリーフは静かに手を振るう。自律型の盾は、まるで宝に目をくらませるチンピラを嘲笑するかのように、その攻撃を防いで見せた。
「……人を惹き付ける宝石のような赤い核。まるで私は、紅結晶のようですね。
この輝きも確かに私の一部ですが、出来るなら、人として、誰かに思われたいものです。……いえ、失礼しました」
「こ、攻撃が届かねぇ……!」
まるで刃が通らぬかのような、錯覚。強烈な防御は、その秘宝に触れることすら許さぬ。
「グリーフ様、お手伝いいたします!」
ニルがその手に持ったワンドを振るう。アメトリン、まるで昼と夜を併せ持つかのような宝飾の輝きが、ニルに力をくれた。ワンドの先端から、ぶわぁ、と強烈な混沌の泥が巻き起こる。砂上を泳ぐ泥は強烈な瀑布となって、グリーフにまとわりついていたチンピラたちを押し流した。
「ありがとうございます、ニルさん」
「はい、なのです!」
ニルはにっこり笑う。
「いいぞ。ニル。一気に敵を洗い流そう」
エクスマリアの言葉に、ニルはうなづく。エクスマリア、そしてニルが合わせて魔力を掲げれば、強烈な星と泥が、空から、地から、悪を討つ――。
「やれやれ、ウチの連中は頼りになるな」
ルカはそうにやりと笑いつつ、いったん御者台に戻った。
「刑務官さんよ。護送車を北に避難させな。南側のアイツラはどうやら直接攻撃もしてくるみてえだからな――」
一方。南では、やはり激しい戦いが繰り広げられている。
「総統閣下は元気にしているかしら!!」
イーリンが、旗を掲げて叫ぶのへ、エーニュのうち何名かが、ぎょっとした顔をした。
「総統……!? いや、別人だ!」
わずかに反応した数名を、イーリンが確認する。同時に、わずかに顔をしかめた。
「あいつ……民族戦線の部下の引き抜きや利用を止められてないのね。
当然か……エーニュの状況を考えれば、立ってるものはなんだって使うものね」
「どうもお友達に迷惑をかけているようですまないね」
アトが言った。
「……いや、僕が謝る義理はないが。さて、分析はすんだかい?」
「ええ、おおむね。できれば殺さないで」
「情報源として? それとも同情か?」
ファニーがそういうのへ、イーリンが笑ってみせた。
「半々!」
「正直で結構。努力はするよ。お互いコツコツやろうぜ。
さて、遊び回る星の子らから逃げ切れるかい?」
愚者は行進する――この砂漠の中を。悪意と憎悪、楽観と悲観の砂上を。ゆっくりと歩くたびに、ファニーの周囲に星が浮かんだ。強烈な魔力の具現。それが一気に解き放たれる――降りしきれ、二番星よ。あまねく地に降り注げ、我らの願いをかなえて落ちよ。
輝きこそは違っても、北と南で星が降ったのは、何とも奇妙な偶然か。南に降りそそぐ二番星はキラキラと、しかし確実にエーニュの兵士たちを討ち貫いていった。
「頭を垂れろ、地に伏せろ、頭上の星々に命乞いでもしてな。
昼間だってお星さまはちゃんと願い事を聞いてくれるんだぜ?」
「く、くそ……我らの理想を邪魔する悪魔(ローレット)どもめ!」
叫び、兵士が銃を構えた。一気に打ち放つ――銃弾が自身を狙う。イレギュラーズたちは散開して回避――。
「保護結界はあるとはいえ、流れ弾が当たらないものかとひやひやするな」
一嘉がそういうのへ、アトがうなづいた。
「ナシムには這いつくばっていてもらいたいね。色々と」
アトはぼやきつつ、エーニュの攻撃を引き付けるべく行動する。
「天主、我に力を帯びさせ――――。
さあて、僕から抜けられるかな!」
銃撃を寸で回避しながら、アトは砂上を走る。一方で、北部の敵を全滅させたメンバーが合流する。同時に、護送馬車が北へと移動を開始した。
「ごめんなさい、遅くなりましたか?」
ニルがそういうのへ、一嘉は頭を振った。
「いいや、助かる。ファニーさん、防御は引き続き任せてくれ。攻撃を頼む」
「ハイハイ、任せな」
続いて降り注ぐは四番星――不吉のそれが、まるでエーニュ兵士の体を縛る様に、その呪縛をばらまいた!
「自爆するかもしれない、だな?」
「ああ。奴らはイータという爆薬を持っている。万が一、があるからね」
アトが言う。別の依頼での話になるが、彼らは爆薬を使ったケースが見受けられる。それに、彼らはイータという爆薬を用いたテロを画策もしていた。
「ファニー、引き続き敵を縛ってくれ。ルカ、エクスマリア、手伝ってほしい。一気に無力化しよう」
アトの言葉に、
「まかせてほしい」
エクスマリアが頷き、ルカもうなづいて返した。
エクスマリアの放つ、鉄の星。今度は南で、ファニーの星とデュエットを奏でる――少々物騒ではあったが、敵に降らせるにはちょうどいいだろう。
爆風の飛び交うなか、ルカが接敵する。イーリン、そしてアトも一気に飛び込んだ。
「さて、誰の手引きかしら? 教えてくれない?」
イーリンがそういうのへ、アストラの部下と思わしき兵士がわずかに渋面を見せた。やりづらいのだろう。一方で、アトは挑発するように声を上げる。
「そちらのねらいは、『遺産』だろう? どうしてそんなものに手を出そうというんだ?」
「なぜそれを知っているのだ……!? どこから漏れた!?」
「馬鹿正直にありがとう。やはり遺産か……!」
アトは風まとう銀の剣を振るった。刃は通さない。まとう風が、打撃武器の様に男を殴りつけ、その意識を奪い取った――。
「終わりましたね」
グリーフが言った。
「……渦巻く感情は、あまりにも混ざり合って」
「ああ。まったく、対応に困るね」
ファニーが肩をすくめる。
「さて、お前らが怒るのはわかるけどな。俺だってさっさとぶっ殺せばいいと思ってるぐらいだ。
だがラサにはラサのルールってもんがある。そいつを無視して感情で動くようじゃあ、それこそザントマンと同じだ」
ルカがそういうのへ、まだ意識を残していたエーニュの兵士が吠えるように言った。
「ラサの人でなしどもが……!」
「……怒らないで、ください。傷の手当はしますから……」
少しだけ辛そうに、ニルが言う。その様子に、兵士は押し黙った。
「捕まえた彼らの護送には、そのまま彼らの使っていた馬車が使えるだろう」
一嘉が言う。
「イーリン。何かわかったか?」
エクスマリアが尋ねるのへ、イーリンが頭を振った。
「それはこれからね。ただ」
「ああ。彼らが遺産を狙っているのはわかった」
アトが言う。
「どこから情報が流れたのかは、今後次第だけれど。
ひとまず、仕事を完遂しよう」
アトの言葉に、仲間たちはうなづいた。
その後少しの時間をかけて、ナシムの護送は完了した――。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
ナシムは僻地に移送され、以前のような悠々自適の牢獄生活とはいかないでしょう。
残存するエーニュ兵士からは、取り調べが行われているようです。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
幻想種誘拐事件に関連する一幕になります。
●成功条件
ナシム・ベイルエンが生存している状態で、すべての敵を撃破・撃退する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
犯罪者である、ナシムを別の刑務所に護送する依頼を受けたみなさん。
その行程もちょうど半分。砂漠の真ん中を通過中に、皆さんはナシムの部下であるチンピラたちからの襲撃を受けます。チンピラたちの目的は、ナシムの救出なのです。
やはり襲撃があったか、と構える皆さんですが、そこに新たな敵勢力が現れます。彼らはエーニュ。幻想種のみで構成された民族主義者のテロリストであり、彼らの目的はナシムの暗殺にあるようです。
どちらの目的も達成させるわけにはいきません。ナシムは悪党ですが、法の下に裁かれ、責務を全うする必要があります。
皆さんは、この両者をすべて撃退し、このトラブルを解決してください。
作戦結構タイミングは昼。作戦エリアは砂漠の真ん中です。
遮蔽物などは少なく、見通しが良いです。足下の状態があまりよくないので、そこをカバーできると有利に動けます。
●エネミーデータ
ナシムの部下たち ×13
ナシムの部下たちのチンピラです。全員、一応傭兵として活動していたようで、そこそこの戦闘能力は持っています。
鋭い刀剣で武装したものが多く、戦闘エリアの北側から、中心部にいる皆さんに向かって迫ってきます。
チンピラたちの目的は、あくまでナシムの奪還なので、護送車に近づけない方がいいでしょう。
仮に彼らにナシムを奪われてしまったら、作戦は失敗になります。
エーニュ兵士たち ×13
エーニュの兵士たちです。全員、多少の戦闘訓練は受けていたようですが、本職である皆さんと比べれば格はだいぶ落ちます。
銃で武装したものが多く、中距離~遠距離での攻撃を行ってくるでしょう。戦闘エリアの南部から、中心部にいる皆さんに向かって迫ってきます。
彼らの目的は、『ナシムの確保』『不可能な場合殺害』になっています。最初は確保に動くでしょうが、フリを悟れば殺害に切り替えるでしょう。しっかり守ってください。
●護衛対象
ナシム・ベイルエン
中央の護送車にいます。自分からは動けませんが、部下などに接触されると外に出てしまうでしょう。
戦闘能力はありません。攻撃にも数発くらいなら耐えられるでしょうが、基本的に無力な存在だと思ってください。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
Tweet