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シナリオ詳細

<ジーフリト計画>月と狩りと獣の女神<騎士語り>

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ビョウビョウと雪風が空を切り裂く音が聞こえてくる。
 視界は重い雪に覆われ、何処に向かえばいいかも分からない。
 次第に足取りはゆっくりになって、寒さで身体がぶるぶると震えた。
 それでも立ち止まる訳にはいかなかった。

 ――逃げないと。
 仄かに光輝く少女は、雪の中を走っていた。人間ではない。精霊の類いだろう。
 怖くて恐ろしい闇の眷属がやってくると少女は逃げ惑っていた。
「あれ? どうして……」
 自分の手の平を開いて不思議そうに首を傾げる少女。
「子供の姿になっているの……?」
 いつの間にか子供の姿になっていた少女はぶるぶると震え出す。
 少女の名はユーディア。
 北の大地ヴィーザルのシルヴァンスが信仰する光の大精霊『月と狩りと獣の女神』ユーディアだ。
 彼女はシルヴァンス達に『獲物がいる方向を教える』という加護を与えている。
 過酷なヴィーザルにおいてユーディアの加護は無くてはならないものだった。

 されど、彼女は今『追われて』いた。
 鉄帝全土を覆う大寒波フローズヴィトニル。
 その吹雪を起こす分厚い雲は、ユーディアの力の源である月を隠してしまったのだ。
 子供の姿になってしまったのは月の力が不足したこともあるだろう。
 このままでは加護を必要とする子供達が餓えて死んでしまう。
「何処かに隠れないと……」

 ユーディアを追ってきているのは『闇の眷属』と呼ばれる者たちだ。
 先日、ハイエスタが信仰する雷神ルーと共に、闇の悪鬼バロルグが封印から解き放たれた。
 そのバロルグを信仰する者達が闇の眷属なのだ。
「どうして私を追っているの?」
 ユーディアの力を使って何かを企てていると考えるのが妥当だろう。
 されど、追い回してユーディアの力を削いでいるのは何故なのか。
「他に目的がある……?」
 考えを巡らせながら雪の中を進む少女は、足下に隠された『封印の術式』を踏み越えた。
 追い立てられ、困惑したたユーディアは些細な魔力の乱れを読み取れなかったのだろう。
「きゃ!?」
 突然足首に何かが引っかかり地面へと転がったユーディア。
 見れば、足首には鉄輪が嵌められ、その先の鎖は地面へと伸びていた。
 外そうと力を込めるも、月の光を長らく浴びていないユーディアの力ではどうすることもできなかった。
 視線を上げれば、黒岩がユーディアを閉じこめんと地面から迫り上がっている。
「やだ、出して! これじゃあ子供達が死んでしまう!」
 この黒岩はユーディアの加護を遮断するのだろう。加護が無ければ獲物を捕れなくなったシルヴァンス達が餓えて死んでしまうとユーディアは嘆く。

 其れだけでは無い。この『封印の術式』の中はユーディアの記憶や人格を侵食するものらしい。
 這い寄る闇の気配に、ユーディアは恐怖した。
 ――助けて、助けて。どうか、この声が届くうちに。


 体温が逃げないよう白い翼を折りたたんだ『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)は雪道を先導する『月虎』ウルへと視線を上げた。
「大丈夫? アルエットちゃん」
「うん、大丈夫。この向こうにユーディアさんがいるの?」
 ウルはアルエットの問いかけにこくりと頷く。

 ヴィーザルのシルヴァンス達が信仰する光の大精霊『月と狩りと獣の女神』ユーディア。
 この所その女神の姿を見かけなくなり、加護も無くなってシルヴァンスが困っているという話しがウルの元へ届いたのが先日の事。
「微かにだけど聞こえたんだよ、ユーディアの声が」
 ウルは『月と狩りと獣の女神』に近しいのだろう。
 他の者が聞き取れないユーディアの小さな声をより敏感なウルが察知したのだ。
「さすが、ボクのウルだね」
 雪道を物ともせずウルに抱きついた双子の姉ソア(p3p007025)は得意げな笑顔で頬ずりをする。

 仲睦まじい双子の戯れにアルエットは隣の兄『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンを見つめた。
「……いや、俺はやらねーぞ?」
「ううん、違うの。昔、パパが酔った時に私の所に来て頬ずりしたなと思ってたの」
 髭ジャリジャリで痛かったとアルエットが呟けば「確かに」とトビアスが同意する。
 そんな兄弟達の様子を見遣り目を細めるのはチック・シュテル(p3p000932)だ。
 自分にもそんな風に触れあえる兄弟が……と感傷が胸の奥に疼く。
「何だぁ、俺の話してんのか?」
 トビアスとアルエットを後から抱き込んだ『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソンは強気な笑顔で子供達を持ち上げた。その足下には使い魔の黒猫がてこてこ歩いている。
 最近は浮かない顔をしてばかりのアルエットが自然な笑顔を見せているのにジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は安堵した。

「しかし、光の大精霊とやらの力が弱まっているとは」
 白いセーラー服を揺らす咲花・百合子(p3p001385)は僅かに眉を寄せユーディアの力が弱まった原因をウルに尋ねる。己の領地もこのヴィーザルにある。百合子とて人ごとではいられなかった。
「月が隠れてるからだと思う」
「フローズヴィトニルの影響か」
 ウルはルカ・ガンビーノ(p3p007268)の問いかけに「そうだね」と答える。
 月と狩りと獣の女神であるユーディアはここ数ヶ月に渡り月の光を浴びていないのだろう。
「純度の高い大精霊であるからこそ、影響を受けやすいてことね」
 燦火=炯=フェネクス(p3p010488)は魔術的な知見から的確な分析をする。

「もうすぐつくよ」
 ウルの言葉に一同が顔を上げた。
 雪深い森の奥に、黒岩が積み上がった石室のようなものが見える。
「……誰かいるわね」
 槍を手にゼファー(p3p007625)は警戒態勢へと入った。
 黒い石室の前には大柄で大柄の全身鎧を着た漆黒の戦士が立っている。
 その手前には金髪の少年が佇んでいた。身につけた衣装は『ノルダイン』のもの。
 振り返った少年は光の無い瞳でイレギュラーズを見つめた。

「お前、ユビル……なのか?」
 上ずった声を零したのはベルノだ。
 五年前のリブラディオン襲撃事件の直前、実弟ユビル・シグバルソンは殺された。
 エーヴェルト・シグバルソンによってだ。その事実をイレギュラーズから聞いて『知って』はいた。
 されど、知っているのと目の当たりにするのとでは訳が違う。
 ユビルとの思い出が、ベルノの脳裏に浮かび上がっては消えていった。
 遅く生まれた弟(ユビル)をベルノは可愛がった。自分より息子のトビアスの方が年が近いものだから、ベルノにとっては子供のようなものだったのだ。
 元気にはしゃぐ声と笑顔は、今のユビルには無かった。
 生気の無い無表情が彼がアンデッドなのだと証明する。
「エーヴェルト……またどっかから見てんだろ!? てめえの好きにはさせねぇぜ!」

 ベルノはユビルの後ろに佇む大柄の全身鎧を着た漆黒の戦士を見遣ったあと、ゼファーへと目配せする。
「おい、あれの正体分かるか……」
「ええ……全く。反吐が出るわ」
 大柄な風体。手にした斧は見覚えがあり過ぎる程。
 その斧から繰り出される鮮烈なる攻撃を忘れる筈が無い。
「クソが……!」
 ベルノの悲痛な叫びが黒い石室に反響した。

GMコメント

 もみじです。光の大精霊『月と狩りと獣の女神』ユーディアを助けましょう。

●目的
『月と狩りと獣の女神』ユーディアを助ける

●ロケーション
 ヴィーザル地方の雪深い森の中です。
 少し開けた場所に黒い石室があります。中にユーディアが閉じ込められています。
 その前に、大柄の全身鎧を着た漆黒の戦士とユビル・シグバルソンが居ます。
 敵を追い払い、ユーディアを助け出しましょう。

●敵
 エーヴェルト・シグバルソンによって操られている闇の眷属です。
 ユーディアを助け出そうとすると排除しようとします。
 ただ、彼らの目的は石室の監視なので、早々に撤退します。

○ユビル・シグバルソン
 ベルノの実弟。
 瞳に光の無い少年です。
 五年前のリブラディオン襲撃で死んでいます。アンデッドです。
 戦闘能力はそこそこです。

 死んでいるので生前の記憶はありません。
 また、『魂』とよべるものも無いです。空の器です。
 しかし、ユーディアはユビルの方を怖がっています。

○大柄の全身鎧を着た漆黒の戦士
 見覚えのある斧を持っています。
 巨大な斧を玩具のように振り回し、凄まじい威力の攻撃を仕掛けてきます。

●救出対象
『月と狩りと獣の女神』ユーディア
 シルヴァンスに加護を与える光の大精霊です。
 現在は子供の姿をしています。

 敵を追い払うと石室が解けてユーディアに接触できます。
 記憶と人格を侵食されてぼうっとしています。

○重要ポイント
 ユーディアに『人との触れあい』を思い出させてあげてください。
 いま、少女は怖がっています。
 封印は解けたのに自分の殻に閉じこもっています。
 優しく声を掛けてあたためてあげてください。

 そうすると記憶と人格を取り戻し『月と狩りと獣の女神』の力を発揮できるでしょう。

●NPC
○『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン
 ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの子。トビアスの父。
 獰猛で豪快な性格はノルダインの戦士そのものです。
 強い者が勝ち、弱い者が負ける。
 殺伐とした価値観を持っていますが、それ故に仲間からの信頼は厚いです。
 ポラリス・ユニオンはベルノ達の停戦共闘を受入れました。

○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
 ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
 父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
 ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来る。
 受け継いだドルイドの力を軟弱といって疎ましく思っている反抗期の少年です。
 ですが、死んだと知らされていた妹のカナリーと再会し考えを改めました。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ギルバートの仇敵ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 トビアスがローゼンイスタフに保護された事により、『兄』と再会。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。
 戦乙女の姿で剣を取り戦います。

○『月虎』ウル
 ソアさんの妹分で、鉄帝国の軍人です。
 ソア(p3p007025)さんの関係者です。
 ユーディアの声を聞いてここまで案内してくれました。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ジーフリト計画>月と狩りと獣の女神<騎士語り>完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月13日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC9人)参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
不屈の太陽
燦火=炯=フェネクス(p3p010488)
希望の星

リプレイ


 雪の上を踏み固める靴跡が森の中へ続く。
 陽光が雪に反射し、思っていたよりも視界は開けていた。
 それでも、正面から吹いてくる風は体温を奪うように冷たい。
 悴む指先で槍柄を握りしめた『凛気』ゼファー(p3p007625)は眉を寄せ大柄な黒鎧戦士を見上げる。
「海に還したって、そう聞いていたけれど……どういうことなんだか」
「確か、シグバルドの遺体はノルダインの流儀に従って水葬にした、という話でしたか」
 ゼファーの言葉に『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が瞳を伏せた。
 暗殺の黒幕がエーヴェルトならば、遺体の回収まで織り込み済みだったと言う事なのだろう。
 ゼファーは凍らぬ港でノーザンキングスの統王シグバルドと戦った。
 それは死闘であり、全てをぶつけ合う獣の戦いだった。ノーザンキングスの王たるシグバルドの実力は思い出すだけで、戦い合いたいという闘志が湧き上がってくるようで。再戦を夢見ていた。
 だから、その死の知らせはゼファーにとって信じがたいものだった。

 ゼファーは横目で『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソンを見遣る。
 彼も黒騎士の正体に気付いて居るのだ。そして、何者によってそれが成されたかも。
「あれが本物に遜色ない実力なのか此処で見定めておきましょうね、大将。一番身近であの強さを見ていたであろう、貴方をアテにさせて貰うわよ」
 ゼファーを一瞥したベルノは「ああ」と短く頷く。
「何より。此の反吐が出る状況を一番許せないのは貴方でしょうし。此処は一蓮托生ってヤツ。
 弾除けにしちゃ、私達結構頼りになりますからねえ!」
「ああ? 女を弾除けに出来るかよ。でも、一緒に戦える強え女も好きだぜ! いっちょやってやろうじゃねえか! なあ、ゼファー!」
 銀の髪をした強い瞳の女はベルノの好みでもあった。意気込むのも分かるとエルヴィーラ・リンドブロムはベルノへ強化術式を掛ける。

「人の神経を逆撫でしやがるやつだなエーヴェルト……!」
 苛立ちを帯びた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)の声がゼファーの耳に届く。
「実の家族の死体まで利用しやがるのか!」
 褐色肌の青年は紅い瞳に怒りを灯した。
「兄弟で行く道を一寸違えただとか、そんな規模の話じゃなくなって来たのは確かね」
 ルカとゼファーは石室を見つめ動かない黒鎧戦士を見遣る。
「ふむ、あれはベルノ殿達のご家族と言う事であるか……」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)はベルノの隣に並び黒鎧戦士とユビル・シグバルソンへ視線を向けた。
「心が痛むから戦えぬというのであれば下がっておいてもらってもよいが?」
「はっ、誰にモノ言ってんだよ。俺はベルノ・シグバルソンだぞ? あの、ありえねえぐれえ強くて……死んじまった親父と戦えるなんて願ってもねえ機会だぜ!」
「……クハッ! 戦士には要らぬ気づかいであったな!」
 笑い声を上げた百合子にベルノは獰猛な笑みを浮かべる。
 その心の内は怒りと悲しみが交ざり複雑であったが、それを振り払うかのようにベルノは剣を抜いた。
「さて、謀略は分からぬがやる事は決まっておる! 押し通るぞ!」
「おう!」

「ノーザンキングスのこれまでのことにゃ関わってねぇからたいして縁故もねぇがよ」
 白い雪の上に真っ黒な毛並みの四つ足が足跡を付ける。
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はベルノの前に出て首を捻った。
「これ以上そっちにがたつかれっと、見知ったノルダインのヘタレが割り食いそうなんでな。
 ベルノっつったか。たしかあんた、ラグナルとは顔見知りだったよな」
「ああ、あの狼使いの甘ちゃんか」
 屈強な戦士が集うノルダインの中では『優しさ』は弱さだと見做されてしまうのだろう。
 そのラグナルが心配だからとルナは此処へやってきた。
「それに、月に、狩りに、獣ときいちゃ、どうにも他人の気がしねぇんだわ。女神だか大精霊だかなんだかしらねぇが、女っつーのは強く尊いもんだ。そいつがわからねぇ雄なんざ、ダセェもんだぜ」
「ああ、シグバルドの遺体を利用してるのは気に食わねえし、早いとこぶっ壊して解放してやりてえ気持ちは山々だが。まずはユーディアを助けるのが先だ」
 ルナの言葉にルカが応える。イレギュラーズが此処へやってきた理由は他でもない。
 女神ユーディアを助け出すためなのだ。
「『月と狩りと獣の女神』を味方につけりゃあ大きな力になるってのもあるが、何より危機の女性を見過ごすなんざ、ラサの男として出来る事じゃあねえからな」

「聞こえない……ユビルの魂の声」
 灯杖を握り『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は身を震わせる。
 石室の前に佇む少年ユビルからは『魂の声』が聞こえないからだ。同じくアンデッドにされていたエメラインからは助けを求める声が聞こえていたというのに。目の前のユビルからはそれが聞こえない。
 何故なのかは分からない。それでも。
「どんなに暗がりが覆う、しても。ユーディアの大切な灯火を消させる……そんなこと、させない。よ」
 それにとチックは顔を上げる。
 ――おれは……君を取り戻す事も、諦めない。諦めたく、ない。
 空っぽであるというのなら、満たす方法だってきっとあるはずだから。決意に灯る瞳は強く輝いた。
 女神ユーディアがユビルを恐れる理由へ『暴食の黒』恋屍・愛無(p3p007296)は考えを巡らせる。
 少年ユビルの『体』に理由があるのだろうか。よく観察すれば腹に刺されたような傷と血痕があった。
 死因であるのだろう。そもそも、彼は何故殺されたのか。『戦乱の切欠』以上の意味があったのか、ベルノに対する手札の一枚でしかないのか。そんなはずは無いと愛無はアメジストの瞳を上げる。

「ユビル・シグバルソン……彼には何か違和感を覚える」
 リースリットは眉を寄せユビルを見つめる。
 判断力を与えるためだろう『アルエット』達は身体に魂を封じられていた。恐らくはシグバルドも同様であろう。されど、ユビルはどうだ。チックが言うようにリースリットにも魂の声が聞こえない。
「……何故?」
 もし、魂が無いことに特別な意味があるのだとしたら。
 その虚は、空の器は何の為にある。満たされるべきものは何だ、とリースリットは己に問いかける。
「エーヴェルトの実弟、闇の眷属の血縁者……例えば……バロルグの、神の器……」
 リースリットも愛無も同じ考えに至る。器の適性。神を降ろす依代として捧げられる命。生贄や人柱。
 それは愛無がよく知っている『儚き笑顔の青年』を彷彿とさせるもの。
 おそらくユビル・シグバルソンにも神を降ろす依代としての適性があったのだろう。
 思えばエーヴェルトが双子を狙ったのも『器』を探していたのではないか。
 それに『器が生きている必要は無い』のだから。物言わぬ死体の方が扱いやすい。
 ユビルの代わりに其処へ立っていたのは『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)かもしれないのだ。

『二花の栞』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)はアルエットの傍に歩み寄った。
 何度も戦いを経験しているアルエットだが、怖く無い訳では無い。それでも剣柄を握り締める。
「アンタが持ってるその剣は『大切な誰かを守る為の剣』であり『アンタを守る為の剣』だ」
 そんなアルエットの心を察したジェラルドは彼女を勇気づけるように声を張った。
「傷つけるよりも守る為の剣の方が響きがいい。俺がこの大太刀を振るう理由がそうなのさ!」
「ジェラルドさん……」
 まあでも、とジェラルドはアルエットの背をそっと撫でる。
「敵であれ誰かを傷つけるのは怖ぇよな……だが敵は時にそれ以上の覚悟で傷つけようとしてくる」
 ジェラルドの言葉にアルエットはぎゅっと剣柄を握った。
「俺は……そんな敵の覚悟に負けたかねぇ」
「うん」
「最初から何でも出来る奴はいねぇ……どんなに覚悟を決めててもな。やれる事をする……それだけで結構違うんだぜ?」
 にっかりと笑ったジェラルドの笑顔にアルエットはほっと息を吐く。
「アルエット、俺はユビルを何とかしてぇんだ。アンタの力、借りたいところなんだが、どうだい?」
「分かったわ! ジェラルドさんと一緒に頑張るの!」
 声を張る少女の決意を甘く見ているわけではない。けれど、大柄な黒鎧戦士を前にした時、アルエットが怖じ気づいてしまうかもしれない。戦場ではそれは命取りとなる。
 それに、ユビルは父ベルノの実弟。アルエットにとっても無視できない相手だろう。

「全く以って悪趣味だわ、エーヴェルト」
 頬を膨らませた『希望の星』燦火=炯=フェネクス(p3p010488)はこの場には居ない宿敵に怒りを募らせる。自らの家族をアンデッドにするとは。
「熨斗をたっぷりとつけた応報を喰らわせてやらないと気が済まないわね――!」
「死人使いとは穏やかではないですね」
『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)はユビルと黒鎧戦士へ視線を上げた。
 エーヴェルトは現時点では死者の無念や怨念を使うタイプでは無いように見える。されど、未だ彼の能力は未知数だ。油断はならないとヘイゼルは燦火へと頷いた。
「さておき。まずは女神様をお助けしないと……さぁ、そこをどいてもらうわよ!」
「ええ。それでは月と狩りと獣の神を守りへと。ゆるりと参りませうか」


 黒く大きな脚で飛躍するルナは誰よりも先に飛び出す。
 その瞳に映る黒鎧戦士とユビルはまともな生者ではないのだろう。ベルノの元縁者だ。
 そうなれば、誰しもが冷静でいられるか怪しい。躊躇い、前のめりになるかもしれない。
「狩りの大精霊の前で、んなダセェ狩りすんのは、どうだかな」
 ぶっきらぼうで捻くれた物言いはルナの純粋さ故の言葉なのだろう。
 大した縁故が無いからこそ、自分は何処へだって走っていける。
「なにより、おれにはこの脚があっからな」
「では、援護をたのみます」
 駆け出したルナとは対角へ走るヘイゼルの視線はユビルへと向いていた。否、その奥にある石室とユビルの間といった方が正しいだろう。目の前へ割り込んできたヘイゼルに顔を向けたユビル。
 ユビルの瞳にはヘイゼルが黄金の闘気を纏わせ目の前に立ちはだかったように見えた。
「遺体を好き勝手に使われているユビルさんには申し訳ありませんが強制的に御退去願いませうか」
 瞬時に剣を構えたユビルへ、ヘイゼルは視線を上げる。
「歓喜の絶叫、憤怒の鉄槌――」
 ルナの耳に響くのは燦火の呪言。迸る燦火の霊撃魔術が戦場を赫く染め上げた。
 目の前を焼く赫へユビルの視線が向かう。
「……」
 石室から燦火へと顔を向けたユビルは剣を構え振り抜いた。斬撃は真空刃を伴い燦火へ迫る。されど、それを予測していた燦火は軽々と雪上を舞い避けた。
 燦火は避けながら眉を顰める。燦火の予測は嫌な形で的中した。
 もし、彼が『人ならざるモノ』であった場合の斬撃までの軌道。人間では体を損傷しかねない力の制御。
 本当に嫌な相手だと燦火は唇を噛む。
「人の形をしたモノを相手取っている筈なのに、まるで空洞に対して打ち込んでいる気分……!」

『猛獣』ソア(p3p007025)は妹のウルへと目配せをして黒鎧戦士に走り込んだ。
 頷いたウルはソアと息を合わせ、黒い巨体へと飛びかかる。
 ソアの爪が右から迫れば、左からウルの牙が食らい付いた。
 相手の呼吸は自分と同じ。ソアの手はウルの脚。ウルの目はソアの口。相手の行動一つ一つが自分の身体の延長線にある感覚。ずっと離れていたけれど、ソアとウルの息はピッタリ重なる。
「すごいねソア!」
「うん、分かるよ、ウル。だってだって姉妹だもの!」
 後のことは考えず、ソア達は全力で黒鎧戦士へ爪を立てた。
 重い斧が空気を割ってソアの前に振り下ろされる。それを代わりに受け止めたのは百合子だ。
 ビリビリと腕から伝わってくる斧の重みに百合子は口の端を上げる。
「いかにも強力。だが、その程度では吾は倒せぬ!」
 黒鎧戦士の大斧を押し返した百合子は続けざまに拳を叩き込む。
「……ぬ!」
 それを予測していたかのように受け止めた黒鎧戦士は百合子の手を掴み後ろへ投げた。
 くるりと猫のように着地した百合子の目に今度はゼファーが槍を突き入れるのが見える。
 此処へ百合子達がやってきた目的は女神ユーディアの救出。
 黒鎧戦士を倒す事は目的では無い。肝心なところで勝てばよいのだ。
 それよりも、黒き戦士達の技の手の内を覚えておくことが肝要であろう。
 百合子は生前の黒鎧戦士と相対したことはない。
「……故に見せてもらうぞ。ヴィーザルを制した実力というものを!」

「再戦を望んでいなかったワケじゃないけれど、だからって、こんな形は願っちゃいなかったわよ」
 ゼファーの風を纏った槍先が黒鎧戦士へ突き入れられる。
 槍を掴まんと手を広げる敵の行動は分かっている。そのまま引いて、ゼファーは後へ跳ねた。
 その瞬間ゼファーの髪先を黒鎧戦士の大斧の刃が切る。獣のような俊敏さ。戦いの最中何度も経験したゼファーだからこそ避けられたようなもの。されど。だからこそ、決定的に『違う』のだと分かってしまう。
「なあに。あの時の斧に比べればずっとずっと、軽いわよ」
 いなした刃の単純な威力はアンデッドと化した今の方が強力なのだろう。
 されど、生前の鮮烈なる獣の切れ味。それが目の前の黒鎧戦士からは感じられなかった。
 だから『軽い』とゼファーが称したのはある意味正しいのだ。
「そうでも思わなきゃ、爺さんが無念に過ぎるもの」
 ゼファーの小さな呟きが雪降る空へ散る。

 ギリと歯を噛みしめるエステル(p3p007981)はエーヴェルトへ怒りを募らせた。
「単なる劣等感満載の戦争好きであればまだ可愛気もありましたのに……!」
 シグバルドまでアンデッドに変え堕ちる所まで堕ちたのだろう。
「最早邪悪さを隠そうともしてませんね。一体いつから……」
 憤りは相手の思う壺だ。冷静さを取り戻したエステルはルーンの大剣を天へ掲げ癒やしを降り注ぐ。
「ヴァルハラとは、誇り高く死した戦士を回収し、いずれ訪れる破滅の時に共に戦ってもらうための地。貴様のやり方は死体も、死した戦士の人生までも辱める行為に過ぎないのですよ……」
『秩序の警守』セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)はエステルに頷き紅い瞳を上げる。
「鉄帝の看守として手伝える事は全部手伝うのは当然。此処に助けを求める精霊が居るなら尚更」
 大切な人が精霊と仲良くなれる加護を貸してくれたから。
 黒鎧戦士の前に立ちはだかる。味方を守れるように。
「相手が何であれ、看守の抵抗力を舐めないで!」

 敵の目的はこの石室を守ることだ、とルカは視線を向ける。
 逃げるならば深追いはしないが、逃げる暇も無いぐらいのパワーで叩き潰してしまえばユビルの遺体が確保できるかもしれない。だから、これはユビルにとって救いの刃だ。
「テメェも自分を殺したやつに使われるのも御免だろ」
 魂が無い彼には届かないかもしれないけれど、言葉を掛けずにはいられない。
 切り落とされたユビルの腕が雪の上を転がる。それに目もくれず、ユビルは雪上を飛んだ。
 頭上からの剣を受け止め、蹴りを入れたルカは、続けて刃を走らせる。
「……『記憶と人格を無くしているなら、それはもう別人』等とぱんだなら言いそうだが」
 ルカの剣の後ろから愛無の黒い腕が伸びた。
 今のユビルは酷く不安定な状態だろう。適切な器があれば、その中身を移す事もできるのではないかと愛無は考える。何れにせよエーヴェルトにとってユビルが『特別』であれば、この戦いでみすみす奪われるような真似はしないだろう。愛無の瞳は雪上に転がった腕を写す。
 ユビルの腕が解けるように黒い液体となり雪の中へ消えた。
「これは……どういうことだ」
 ジェラルドの声に振り向けば、ユビルの切り落とされたはずの腕が元に戻っている。
 紅き焔を纏わせた大太刀をジェラルドは振り上げた。
 その隣にはアルエットも一緒だ。
「行くぞ、アルエット!」
「はい!」
 呼吸を合わせたジェラルドとアルエットの剣がユビルを切り裂く。
「……っ」
 雪上を転がるユビルに一瞬だけ息を飲んだのはベルノだ。
 ベルノにとってユビルは可愛い弟だった。こうしてエーヴェルトに操られていることに憤りを感じる。
「クソがぁ! エーヴェルト!」
 怒りを露わにしたベルノはゼファーと共に黒鎧戦士へ剣を振り上げた。
「実の弟……ねぇ。私にも妹がいましたが……こんな仕事をする羽目になりましたからね」
 とうに縁は切れていると『罪の形を手に入れた』佐藤 美咲(p3p009818)は首を振る。
 それでも実弟を相手にしたくは無いだろう。ベルノの精神にも良く無い影響があるかもしれない。
 実際に彼はいま怒りを覚えているだろう。だから、王としての責務に集中できるように、早急にこの戦いを終わらせるのが吉だ。美咲はリースリットと連携してユビルへ攻撃を重ねる。
 それを援護するのは『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)と『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)だ。
「『月と狩りと獣の女神』のユーディアさん……獣って、猫さんも含まれてるのかな?」
「含まれると思うよ」
 何れにせよ、ユーディアが心配だとヨゾラと祝音は頷き合う。
「いこう!」
「うん!」
 ヨゾラと祝音は力を合わせ、ユーディアを守る為、ユビルへと攻撃を仕掛けた。

 ユビルの魂はこの場所にはいない。
 チックはその事実をしっかりと受け止める。
 だからこそ、早く解放してやりたいと願うのだ。
「痛いのかな……?」
 それすらも空ろになってしまったのだろうか。ユビルの戦いを見ればそんな風に思う。
 腕が取れても痛がる様子も無く剣を降るっていた。
「ユビル……」
 チックの隣にいる『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンにとってもユビルは叔父に当たる。
 年も近かったから兄弟のように遊んでいた。今ではもうトビアスの方が大きくなってしまった。
 当時は『兄貴分』であったユビルが、こんなにも小さかったのかと眉を寄せるトビアス。
 それを斬らねばならぬ辛さはトビアスもベルノも同じであろう。

 ――――
 ――

 ソアは黒鎧戦士と幾度か拳を交したあと気付く。彼の戦い方には覚えがあった。
 港での戦いで実際にソアはノーザンキングスの統王シグバルドと一戦を交えたのだ。
「ベルノさんっ!」
「ああ、大丈夫だ……分かってる」
 つい心配でベルノを見てしまったソアにベルノは心配無いと手を上げる。
 ギリギリの戦いの中、ベルノへと視線を送るのは命取りになるのかもしれない。
 けれど、ベルノの心を想うと声を掛けずにはいられなかったのだ。
 こんなの傷付くに決まっている。
「誰の仕業なのかしら、よく知らないけれどエーヴェルトという人?」
「そうだね。エーヴェルトの仕業っていう話し」
「それなら親子じゃないの? 分からない、どうしてこんなこと出来るの?」
 ソアの疑問に応えられる者は居ない。エーヴェルトの目的は一体何なのだろうか。
 自分が統王になるため、国を作るため。それならば、もっと別のやり方があったはずなのだ。
「命を穢してる、眠らせてあげよう」
 身体中の気が逆立ち、ソアから闘気が吹き上がる。
 絶対的な忌避感。魔種や肉腫を前にしたときのような嫌な感情がソアの中を駆け巡った。
「これは怒りだ、ボクは今すごく怒ってる。絶対に負けないんだから! いくよウル!」
「うん! まかせて!」
 黒鎧戦士へソアとウルが畳みかけるように迫る。
 爪が、牙が、鎧を傷付け……兜が弾かれた。
 その中から出て来たのは、金の長い髪と青い瞳をしたノーザンキングス統王シグバルド。
「……っ!」
 ゼファーは眉を吊り上げ槍を突き入れる。
 苛立ちと空虚な感情が、入り乱れて悔しさが瞳に籠った。
 生前と同じように飛躍し振り降ろされる大斧の、精彩が失われた斬撃。
「嫌になるわね」
 全然違うのだ。今、目の前に迫る斧刃は只の『暴力』でしかない。美しささえ感じたあの刃の切れ味ではないのだ。
 ゼファーと対角にいる百合子の拳が多段で打ち付けられる。
 巨体を傾がせた黒鎧戦士は雄叫びをあげるように、大斧を振り回した。

 ユビルを石室から遠ざけたヘイゼルは注意深く辺りの様子を伺う。
 女神はより強そうな漆黒戦士ではなく、ユビルの方を恐れている。
 つまり、ユビルの方が死体を動かしている邪な力が強いということなのだろう。
 先程も腕が取れたのに戻って来ていた。注意せねばとヘイゼルは眉を寄せる。
 近づこうとするユビルを戦場の端へ追いやるヘイゼル。
 ルナもまた警戒を続けていた。彼は雪の足場など気にならないと軽快に駆け回る。
 その素早さは黒鎧戦士を翻弄した。死角から叩き込んだ攻撃に、有り得ぬ軌道で斧が振るわれた時は胆を冷やしたが化け物とは往々にしてそういうものだ。ルナは獣の戦いに慣れている。
 燦火はユビル達を石室から切り離せたと確信する。
 石室を囲むように布陣した燦火たちの猛攻に、ユビルが距離を取ったのだ。
 愛無とジェラルドの攻撃に再びユビルは戦場の隅へと引き下がる。
 燦火は横目で黒鎧戦士を見遣った。
「……やるせないものね。こんな形で再会する事になるなんて…!」
 あの、ノーザンキングスの統王シグバルドとの再会がエーヴェルトによって穢された。
 同じ戦いであっても、其処に意志は無く。輝きも失われたものだ。
 それが悔しいと燦火は唇を噛む。

 チックはユビルに手を伸ばした。彼を取り戻す為に。闇を祓う様に。
 ユビルはまだエーヴェルトとからの使役を解かれていない。
 それでも、反射的にチックは手を伸ばした。
 例え、彼の『魂』が此処にいなくても、いずれ帰る場所に出来ると信じたかったから。
「…………待って。君が今、戻るべき場所は……そっちじゃないよ」
 もし、自分の弟(クルーク)がこんな風に利用されていたら。
「おれはその敵(ひと)の事を、絶対に赦さないと思う。だから……行かないで」
 チックの手を振り払い、ユビルは虚ろな瞳を向けた。
 空っぽの器。その瞳の中。一瞬だけ、真っ黒な深淵が見える。それはルカにも見えただろう。
 エーヴェルトの気配……なんて生易しい物では無い。
 本能的に逃げ出したいという衝動でチックの身体が震えた。
 ルカはそれを押さえようと怒りを露わにする。
 目の前に居るこれは――悪鬼の神を宿していると歯を食いしばる。
 女神ユーディアがユビルを恐れたのは悪神バロルグの神気を忌避したからだ。

「エーヴェルト・シグバルソン! いや、テメェにシグバルドの息子の資格はねえ。ただのエーヴェルトだ! テメェはシグバルドの足元にも及ばねえ策士気取りの雑魚だ。テメェの木っ端集団なんざあっさりとぶち壊してやる! それまでせいぜいお山の大将気取ってやがれ!」
 ルカの叫び声が戦場に響き、ユビルと黒鎧戦士が黒い霧となって姿を消した。


 旅から旅への根無し草の自分には人との触れあいは難しいと考えを巡らせるヘイゼル。
 石室の近くでたき火を起こし、明りを灯した。
 これから彼女が行うのは『料理』だ。
 その為の準備が必要だろうと、愛無は獣の姿となり森の中へ消える。
 彼女は月と獣を司る女神、狩猟神だ。
「色々と血生臭そうな匂いもするが。此処には相性良さそうな子も多そうだ。何とかなるだろ」
 獲物を捕え戻って来た愛無は「自然の恵みと女神に感謝し貢物を供えるとしよう」とヘイゼルへの前へ鹿を置いた。
「食材が足りなければ、僕の身体とか喰うかね。多分美味いぞ」
「そうなんですか?」
 ナイフを取り出したヘイゼルに愛無は身を翻し「冗談だ」と首を振った。

 その間にルカは崩れた石室の中に入り込む。
 ユーディアの足の鎖に手を掛けたルカ。
「う……」
 怯えたように身を震わせるユーディアの肌を傷つけないように鎖を引きちぎった。
 己のマントで小さな身体を包み込んだルカは頬に付いた汚れを拭く。
「女神様が泥だらけじゃあ格好つかねえからな」
 抱き上げられたユーディアは暗がりの隙間から温かな火を見つめた。
「怖いものは全部追っ払ったわ。だからそろそろ起きて頂戴な、ねぼすけさん」
 ルカからユーディアを受け取ったゼファーは幼子の姿の女神の頭を撫でる。
「貴女の力が必要な甘えん坊も多いみたいですし、何より今年に限っちゃいつも以上に色々大変なの」
 ゼファーをぼんやりと見つめるユーディアは眠たそうにすり寄った。
「……たいへん?」
「そう、大変なのよ。厳しくても暖かな、日常を取り戻す為にも、どうか戻ってきて」
 ゼファーの言葉に一つ反応を返したユーディア。完全に心を閉ざしているわけではない。大丈夫だとゼファーはたき火の前にユーディアを座らせた。

「ユーディアさん、大丈夫? ……猫さん撫でたら落ち着くかな」
 祝音はユーディアをそっと抱きしめ頭を易しく撫でる。
「初めまして……祝音っていいます。猫さんも皆もいるし、もう大丈夫だよ……みゃー」
 ヨゾラは祝音の後へ立ち、恐る恐る声を掛ける。
(もし『魂を内包しない存在』が怖いなら、僕も怖がられないか不安ではあるけど)
「初めまして、もう大丈夫だよ。……猫撫でる?」
 こてりと首を傾げたユーディアは猫の温かさに目を細めた。
 ユーディアはヨゾラを怖がらなかった。ユビルを怖がっていたのは別の理由。
 恐らく闇の悪鬼バロルグなのだろう。その脅威は今のところ去った。
「これで……悪い奴に対抗、できるといいな」
 祝音の呟きにヨゾラも頷く。
 美咲はベルノの隣に立ち、王としての仕事を行えるようサポートする。
「私の世界でも王と教皇(≒信仰対象)の関係は色々ありましたからね。……貴方が動き、語ることで生じる意味もあるでしょう。どうか、陛下からも女神ユーディアにお言葉を」
「おう……もう大丈夫だ。俺達がついてるぜ!」
 不思議そうにベルノを見つめるユーディアの目の前に柔らかな毛並みが横切る。
 頬に触れたウルとソアの虎毛並みにユーディアは小さく微笑んだ。
「おかえりなさい、女神さま。皆が待ってるよ」
「あた、たかい……」
「うん、そうだね。あたたかい」
 押しくら饅頭みたいにぎゅうぎゅうとソア達に包まれたユーディアの表情に赤みが増す。

 ユーディアの瞳に淡い光が灯る。それは慣れ親しんだ仄かな『月明り』のようで。
「月の光とは……遠いかもでも……」
 チックはユーディアにゆっくりと近づく。
「君は、光の力を持つ精霊……なんだよね。だから、おれの魔力……あげる。少しでも、元気になれる……する様に君の光が、色んな人達を助けて……生きる力を与えてきた、ように。今度はおれ達が、ユーディアを助ける……する番」
「つき、みたい……きれい」
 チックの灯す淡い光に手を翳したユーディアは嬉しそうに微笑む。
「……まだ、おれも慣れる……難しい、思うけれど」
 沢山の人と出会って、助け合うという事を知ったから、ユーディアにも知って欲しいとチックは女神へ語りかけるのだ。

「あんたがユーディアか」
 ルナの声に幼子の姿の女神はびくりと肩を振るわせる。
「……女1人をんなとこに閉じ込めるたぁなぁ。大分参ってんな。……しゃーねぇ。たしか、獣の女神でもあったよな」
 完全な獣の姿となったルナがユーディアを包み込む。
「もともとこの地方に生きる精霊だ。寒さに弱い訳じゃねぇだろうが、大事なのは誰かの熱。繋がり。独りではないという実感。俺みてぇなのが言うのもアホクセェがよ。大丈夫だ。思い出せ」
「さむい、あたたかい……獣の女神」
「そうだ。あんたは月と狩りと獣の女神だ」
 ルナの言葉にユーディアはゆっくりと頷き、温かい毛並みに顔を埋めた。
 セチアはユーディアの前に加護を伴って現れる。
「初めまして。私はセチア。貴女に会いに来たの!」
「セチア」
 彼女が持っている大切な贈り物は精霊との対話を成し得るもの。
 それをユーディアに握らせたセチアは女神の顔に笑みが浮かんでいるのを見つめた。

「独りぼっちで怖かったわよね。アタシたちがいるから、もう大丈夫よ」
『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はユーディアに柔らかい笑みを向ける。
 ジルーシャからは優しいラベンダーの香りがした。
 月は太陽の光を反射して輝くもの。自分たちが不安そうな顔をしていればユーディアも怖がってしまう。
「ね、アンタ、甘いものは好きかしら? とっておきのお菓子があるの――フフ、じゃーん♪」
 包みを解いたジルーシャの手に乗るのは『はいいろマカロン』だ。
 美味しそうなマカロンにユーディアは目を輝かせる。
「ふふ……」
 小さく笑う声が聞こえ、ジルーシャは安堵した。
「大丈夫。ここにいる皆はアンタの味方よ」
 ジルーシャが手を広げた先にはヘイゼルの姿がある。
「同じ釜の飯を、なんて言葉が有る様に。一緒に食事を取るのは仲を深めるには良いですし、何より寒くてひもじいと考えも暗くなるものなのですよ」
 ヘイゼルはユーディアの前に温かなスープを差し出す。
「おいしそう」
「はい、皆で頂くとしませうか」
 随分と言葉を取り戻したユーディアにヘイゼルは微笑んだ。

「んー、いっぺんにあれこれ言っても、混乱させてしまいそうね……ああ、そうだ!」
 燦火は以前のリブラディオンの調査で神話をメモした手帳を差し出す。
 そこには悪鬼『バロルグ』、蛇神『クロウ・クルァク』、光の神雷神『ルー』の名が記されていた。
 顔を上げたユーディアを包み込むように燦火は膝の上に乗せて、手帳を一緒に読む。
 体温の高い燦火が後から抱きしめれば少しは温かくなるだろう。
「お祖父様、お父様、お兄様……」
「え? 光の神雷神『ルー』はユーディアのお兄ちゃん?」
「……うん」
 雷神、光の神、転じて太陽をも司る『ルー』の妹、月と狩りと獣の女神『ユーディア』ということなのだろう。燦火は「なるほどね」と手帳へその情報を書き記した。

「はじめまして、ユーディアさん」
 ユーディアの瞳に『雪の花婿』フーガ・リリオ(p3p010595)と『雪の花嫁』佐倉・望乃(p3p010720)の姿が映り込む。リュートを奏でるフーガと歌を乗せる望乃。
 その向こうには百合子が美しい笑みを向けていた。
「月と狩りと獣の女神!」
「はいっ」
 神との交流は祭りが鉄板ではあるが……流石の百合子とて領地の精鋭(祭り企画運営班)は連れてこられなかった。戦いもあるから危険が伴う。とはいえ出来ることはあるだろう。
 シルヴァンスに伝わるユーディアの歌を、フーガから教えて貰っていたのだ。
「歌と一緒にユーディアに対する思いも教えて貰って来たのである! 狩りで獲物をもたらしてくれる声への信頼、感謝……何処にいるか分からない獲物を孤独に追いかける時に聞こえる声はどれほど心強いか」
 シルヴァンスたちはユーディアに感謝しているのだと百合子は歌う。
「吾は貴女の声を聞けぬが、貴女を助けたいと願う声が吾達を導いた。大精霊には頼りなかろうが……それでも言おう、――助けに来た! もう大丈夫!」
 百合子の言葉はユーディアの胸に染みこみ、なぜだか勇気が湧いてくる。

「……実はおいらも、演奏だけじゃなく「歌唱」もしたいんだ。けど癒すために歌うはずが、おいらの声のせいで不快にさせるんじゃないかと思って、怖がってもいる」
 でも、だからこそ歌で伝えたいとフーガは瞳を上げる。
 恐怖で心を閉ざすユーディアは歌うことを止めていた自分と少し似ている気がするから。
「……わたしは、何の特別な力も無い。弱くて非力で、どこにでもいる平凡な身だけれども」
 望乃は愛するフーガの助けになるのならと微笑む。
「あなたが好きだと言ってくれた歌声で、ユーディアさんの心に寄り添いましょう。怖がらなくて大丈夫ですよ、ユーディアさんも……フーガも」
「ああ……」
 愛しき妻……望乃の優しい歌と一緒ならフーガは何も怖くなかった。
「ユーディアも、耳を澄ませてごらん。助けようとする人達の言葉や歌、声、音を」
「暖かな春の陽だまりのような優しい音楽で、ユーディアさんの笑顔の花を咲かせられますように……」

「まぁ、今はこんな状態ではあるが」
 神と人との関わりは『ルール』ありきの場合も多い。気を配っておくにこしたことはないと愛無はエルヴィーラの元へやってくる。この手のものは『本職(ドルイド)』に聞くのが一番だろう。
 彼女なら神話への知識も深いだろう。料理も美味しそうだし。
「……それはそれとして、どっちがプロポーズしたの? やっぱベルノ君?」
「おい、何を聞いてんだ愛無!」
「勿論ベルノからだよ」
 くすりと笑みを零したエルヴィーラと恥ずかしそうに眉を寄せるベルノ。
「まぁ、空元気も元気のうちだ。上げていかねばな」

 ふと、気付けばルカの隣に仄かに輝く女神の姿がある。
 子供の姿ではない、本来の美しき月と狩りと獣の女神ユーディアの身体。
「皆、楽しそうですね……」
「ああ……アンタを元気づけるために此処まで来たんだ」
 ウィスキーを受け取ったユーディアは琥珀色の酒をちびりと飲んだ。
「まだ、少し記憶が曖昧ですが……ありがとうございます、助けてくれて」
「記憶と力はすぐには戻らなくても焦る事はねえ。のんびりやりゃあいいさ」
 エーヴェルト達がユーディアの力を削ってた理由は何となく想像できた。
「ユーディア、アンタは『月と狩りと獣の女神』なんだろ? なら空に出てきたもう一つの月。あれが何なのか、どうすりゃ良いか知ってるんじゃねえか?」
 ルカとユーディアは空を仰ぐ。
「少なくともアレは星ではありません」
 天体の一部のような……調和のとれたものではないということだ。
「もっと、もっと。恐ろしくて良くない何か」
 正体は分からなくても肌で分かる忌避すべき『何か』であるのだろう。

 記憶と力を取り戻すまで女神ユーディアはローゼンイスタフの居城に棲まうことになった。
 吹き荒ぶ雪を窓から覗いたユーディアは憂う瞳で空を見上げた。


成否

成功

MVP

燦火=炯=フェネクス(p3p010488)
希望の星

状態異常

ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)[重傷]
不屈の太陽

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 MVPは上手く情報を聞き出し女神の記憶を呼び戻した方へ。
 ご参加ありがとうございました。

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