シナリオ詳細
<クリスタル・ヴァイス>地維下氷狼すなわち怒り
オープニング
●地下の戦い
「フローズヴィトニル、か」
と、男――ヴェルンヘル=クンツは声を上げた。くゆらせる紫煙は、まるで冷気に心細く泣くかのように消えていく。『頭上』では、今頃イレギュラーズたちが必死に捜索を行っているころだろうか。いや、あるいはもう、同じフロアにきているのかもしれない。
「おとぎ話だと思っていたよ。正直な。あんたはどうだい?」
尋ねるのは、老齢の男――威圧感を持つその男は、ぎろり、とヴェルンヘルを見据えた。
「同様だ。おとぎ話だと」
ふん、と老齢の男=ルドルフ・オルグレンがうなづいた。
「ああ、そうだとも。鉄帝において、彼のフローズヴィトニルのおとぎ話を知らぬものはいまい。だが、それが実在するとは思っているものもまた、いないだろうともさ。
だが――」
ルドルフは、わずかに興奮した様子を見せた。
「眠っていたのだな。足下に」
「そうらしい」
ヴェルンヘルはうなづいた。
「あんたは、あれだろう。俺の監視だろう? レフからの」
「あの洟垂れ小僧に、儂をどうこうできる権限などあるものか。儂は儂の意思で、フローズヴィトニルを追っている」
ルドルフは馬鹿にしたように言った。
「ついでに言えば、あの洟垂れ小僧は、貴様のことなどもどうとも思っておらんだろうよ」
「悲しいね。茶飲み友達くらいには思っていたよ」
肩をすくめつつ、ヴェルンヘルは進む。ルドルフも追従した。
ルドルフ・オルグレン。鉄帝国所属。いわゆる高級将校であり、同時に『知の武将』でもある。その知識は、おおむね古代遺物の発掘と解析に向けられていた。学者にして魔導士。その特異な出自ながら、鉄帝にてここまで出世したのは、その実力あってゆえのこと。
「鉄帝の地下に、未調査の地下通路が眠っていると知ったとき、儂は年甲斐もなくはしゃぎたい気持ちだったよ」
ルドルフが言った。
「ましてや、あのおとぎ話の怪物が眠っているとなればな。儂自らが出向く価値があろうというものだ。
たとえそれが、アラクランなどという胡散臭いものたちからもたらされた情報だとしてもな」
ふん、とルドルフが鼻を鳴らした。
「アラクランというのは」
ルドルフが言った。
「貴様らのようなのばかりなのか?」
「魔種、ってことかい?」
「そうだ」
ルドルフが重くうなづいた。
「先ほどから、ちりちりと心を焼くようなものを感じる。つまりこれが、呼び声というものの前兆なのだろう」
「悪いね、こういうのはなかなか止められるものじゃないようだ」
「いいや、『存外に心地よいものだ』。憤怒に身をゆだねるというものは――なるほどな」
ルドルフがそういう。その瞳の奥に、何か暗いものがあるのを、ヴェルンヘルは見逃さなかった。
つつけば落ちるだろう。たぶん、彼は。そういう危うさ。それはきっと、己の無力さからくる、現実への怒りに間違いあるまい。
「方向性は違えど同類か」
ヴェルンヘルが肩をすくめる。
「何か言ったか」
「いいや、なにも。さてお客さま、ここが最奥だ」
そういってみれば、あたりは何か、神殿か祭壇のようなデザインをした、地下空間になっている。ボーデクトンの地下駅からずっとずっと進んで、その地下。古代鉄帝様式のデザインも見られるその場所が、彼らの旅の終着点だった。
「ここにあるのは、牙。それと鎖(グレイプニル)」
「鎖?」
「神話のフローズヴィトニルは、封印される際に、こう、口枷をされたわけだ」
がち、とおどけるように、ヴェルンヘルは口を閉じて見せた。
「その口枷がグレイプニル。で、それから体をいくつかに分けられて封印させられた。ここにあるのが、その封印のひとかけら。すなわち牙だ」
「攻性と、防性の、融合体か」
「だがそこに矛盾はない」
ゆっくりと進んでいく。それに近づくたびに、寒さがひどく強くなっていく。ヴェルンヘルとルドルフは、やがて神殿の奥の一部屋に到着した。そこには、なるほど、まるで陰陽のマークのように、青と銀の混ざり合ったような色をした宝玉が安置されていた。
「お目当てのものだ」
「ふむ……」
ルドルフほどのものであっても、その宝玉の持つ『異常さ』にその体がわずかでも震えるのを止めることができなかった。あれは恐ろしいものの力であることが、わかっていた。同時にひどく、渇望させられることも、自覚していた。ほしい。あの力が。
「だが……その前に、お客さんか」
ヴェルンヘルが声を上げた――。
そこに、いくつもの足音が、到着しようとしていた。
●
「ひどい寒さだ」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の吐く息が真っ白に染まる。ボーデクトン地下、『地下鉄駅』からさらにち地下へ、地下へ。第一次調査から、帝政派の調査チームによる調査を重ね、そして『奇妙な場所の発見』という報告を受けていたイレギュラーズたちは、その地の調査に向かっていた。
というのも、得られた情報から察すれば、その場所こそが『フローズヴィトニルの封印』の存在する場所に間違いがないはずなのだ。
一行は決死の覚悟で進んでいく。一方で、イレギュラーズたちを拒むかの湯に、寒さは強烈なそれへと変化していった。
「居るだけで、身が斬られるような……」
「フローズヴィトニルの影響なのでしょうか?」
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)がそういう。寒さということであれば、それはきっと間違いないだろう。つまりこの寒さに近づけば近づくほど、本命に近づいている、ということだ。
「皆さん、気を付けて……ここまで敵らしい敵はいませんでしたが、それが逆に不気味です」
「そうですね……」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)がうなづいた。
「何か胸騒ぎがします……杞憂であればいいのですが、何か……」
それは、不安だけが原因だろうか? 何か、恐ろしいものの気配を、本能的に感じ取ったが故であろうか? だがいずれにしても、その胸騒ぎを乗り越えなければ、得るべきものは得られないのだ。
果たして一行が、地下最奥に到着する。そこは、古代鉄帝様式も見られる、氷の神殿といった様相を呈していた。
「足跡だ」
レイチェルが言う。
「先客がいるぞ……!」
ぎり、と奥歯をかみしめた。警戒しながら走る一行の前に、やがてそれは姿を現した。
「よう、いつぞやの」
「あなた……!」
タイム(p3p007854)が不快気に眉をひそめた。そこにいたのは、魔種――ヴェルンヘル。そして、老齢の男。
「隣にいるのは、鉄帝の魔道将軍、ルドルフ・オルグレンです」
リースリットが言う。
「……新皇帝派についていたのですね……」
「厳密には」
ルドルフがそれを制した。
「儂としては、勢力などには興味がない。儂の『求めるもの』が得られるのであれば、どうでもよい」
「こんな状況で、それ言っちゃう?」
タイムが言った。
「敵対しますよ、って言ってるようなものじゃない!」
「ああ、そうだ」
ルドルフが言った。
「これは、儂がもらう」
「だ、そうだ」
ヴェルンヘルが肩をすくめた。
「さて、どうする。コニー。今度は俺を撃てるか?」
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は答えない。静かに、ヴェルンヘルを見据えた。
「いい目だ。お前が覚悟をしてきたのかそうでないのか。見せてもらおう」
ヴェルンヘルが構える! 同時に、ルドルフも構えた!
もはやここまでくれば問答は無用だ! 彼らを下し、ここでフローズヴィトニルの欠片を手に入れなければならない!
さぁ、この強敵を突破し、氷狼の欠片を手に入れるのだ!
- <クリスタル・ヴァイス>地維下氷狼すなわち怒りLv:40以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年02月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
寒い。
ここは寒い。
まるでこの世の絶望と怨嗟をここに封じ込めたかのような寒さだった。
でも、その咆哮は怒り。
怒りとなって、外に噴出している。
咆哮は吹雪。
獣の咆哮は、吹雪となって世界を閉ざした。
「その名を、フローズヴィトニル」
魔種――ヴェルンヘル=クンツは言った。
「この神殿に分割されて封印された太古の魔。この宝玉が――」
指さす。奇妙な色をした宝玉だった。青のような、紫のような、赤のような、緑のような。見る者によってその色と価値を変えるかのような、変幻自在の色。それが、その宝玉の印象だった。
「牙にして鎖。ま、大かた溶け合ってしまって、おおざっぱに言えば、『すごい力が封じられている』位に考えてもらっていい」
「それに触れるなよ」
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が言った。
「ゆっくりと離れな。魔種とは言え、怨嗟の炎に焼かれたくはないだろ」
「あんたの炎は、そうだな。いやというほど味あわされたよ」
ヴェルンヘルが肩をすくめる。
「いい加減、縁を切りたいところでね。ま、俺たちの目的が目的なら、それも難しいか」
「あなたは何を考えているのよ」
『この手を貴女に』タイム(p3p007854)が、睨みつけるような、困惑するような、複雑な表情でヴェルンヘルをにらみつけた。
「今さら淡い期待をしている訳じゃないでしょう? ヴェルンヘル。
もう元に戻れないから彼女を苦しめるの!?」
彼女、とは、そうか、『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)だろう。当のコルネリアは、静かに、静かに、ヴェルンヘルを見つめているだけだ。ヴェルンヘルはそんなコルネリアに声をかけることもなく、静かにつぶやいた。
「そうだな。俺は馬鹿な男さ」
ヴェルンヘルが言った。
「ヴェルンヘル……?」
タイムが声を上げる。ヴェルンヘルは頭を振った。
「だがな。どうしても……俺は怒りを抑えきれないんだ。冷静に見えるか? こう見えても、煮えくり返っている、ってやつなんだぜ。
俺の憤怒は、世界へのそれだ。『俺達』を生んでしまった、世界のゆがみへの」
「だからって、こんなことしてもどうなるのよ!」
「『どうにもならない』」
ヴェルンヘルは言った。
「『何も生み出さない』。俺が目指すのはそういうものだ。
世界が生み出すものには『うんざりしてしまった』。だから『真っ白にする』。まっ平らにする。
アラクランの連中は国を生みたいらしいが、俺は違う。アラクランの連中が国を生み出したところで、それは『どうしようもないもの』でしかないだろうさ。だって、『この世界に根差したものだから』だ。
いいかい、お嬢さん。この世界は根本から間違っている。
『ゆがんでいる俺たちが、まっすぐに見えてしまうほどに』、この世界はゆがんでいる。
土台が腐ってるんだ。そこに何を建てようが産もうが、なんの意味もないだろう。だって土台がゆがんでいるのだからな。
だから俺は、土台からまっさらにする。全部壊すんだ。その力が、バルナバスにはある。
あれは、俺のことなんて歯牙にもかけていないだろう。あいつの考えていることなんて、俺にはわからないし、わからなくてもいい。勝手にやってくれるだろうさ。
問題は、そのバルナバスが生み出す、結果だ。それは俺に間違いなく、益をもたらす。益というか、『何も残さない』ところがいい」
まっさらだ、とヴェルンヘルは言った。
「何もない場所だ。それが俺の目的地だ。そこでようやく、俺は真っすぐになれる」
「いかれてるよ」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、吐き捨てるように言った。
「ああ、いや、すまない。口が悪くなったな。だが、ほかになんとも形容しがたい。
御主は――結局の所、気に入らない世界への、手軽な復讐を望んでいるだけではないか!
憤怒だと? 貴様は大概、怠惰であろうよ!」
「痛いところを突くね」
ヴェルンヘルが笑った。神殿の祭壇、そこに適当に腰を掛ける。
「ルドルフ殿もドン引きしているかな。彼は一応、『国体の保持』は望む所だろう?」
「気にするな」
ルドルフ・オルグレンが言った。
「もとより貴様など、歯牙にもかけておらん」
「御主もそうだ。ルドルフ・オルグレン! なぜ帝政派を裏切った!」
汰磨羈がそういうのへ、答えたのはしかし、『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)だった。
「……本来の祖国の無念のため、でしょうか」
その言葉に、ルドルフが息を吐いた。
「どこまで知っている?」
「詳しいことはわかりません。しかし、名前の響きは、かつて存在した少数民族の名残を思わせます。
おそらくは鉄帝に併合された、ヴィーザル地方のような少数民族が、あなたの出自なのでしょう?」
「……遠い時代の話だ」
ルドルフが言った。
「確かにそれは、祖先よりの恨みだ。何れ我らが民が、本来の名を名乗れるように。そう願い戦い続けてきたこともある」
「それは、バルナバスの下では叶えられない未来のはずです」
リースリットが言った。
「彼は、すべてを滅ぼす冠位魔種なのですよ」
「そうであろうよ」
ルドルフが、息を吐いた。
「そうであろうよ。
だから『素晴らしい』。
かつての『最強(ヴェルス)』を追いやった『最強』――。
そうだとも。それこそが、儂の求める一つの形であることに、ようやく気付いた」
「何を……」
「力が必要だ。何を為すにも。それは事実だ。バイル・バイオンは『有能』であるのだろう。
だが、奴は『無力』だった。故に、追いやられた。
儂らの民族も、併合されたのは無力であったが故だ。
この国で生き、軍人として生きてきたからわかる。力が必要なのだ。この国で生きるには」
ルドルフが、ヴェルンヘルをにらみつけた。
「この小僧が言った通り……フン、世界の土台はゆがんでいるかもしれんな。
だが、儂はこの小僧のような下らん報復を望むつもりはない。
『土台がゆがんでいるのならば、歪んでいようともその土台の上に立ち続けよう』とも。
ゆえに――得るべきは、力だ」
その目を見る。
歪んでいる。
狂気。いや、それは魔的なそれではない。力というものにとりつかれたが故の、狂気。人が当たり前に持っている野心、それにとりつかれ、燃やす瞳。
リースリットは、それに飲み込まれないように、ふ、と息を吐いた。
「あなたも……力に魅入られただけなのですか……!」
「貴様もわかるよ。もう少し年を取ればな。年々朽ちていくおのれの体のふがいなさに。
衰えていく。朽ちていく。どれだけ力を得ようとも、永遠の絶頂などはあり得ないのだ。
どうすればいい? どうすればこの国で、永遠に強くいられるのだ?
強くなければ、この国では何も得られないのだ。
優しさだけでは、この国では立ち続けられない。
強いだけでは、この国では立ち続けられない!
バイル・バイオンでも駄目だった。ザーバ・ザンザでも駄目だった。ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズでも――勝てなかったのだ。
あの力には! ならば」
ルドルフが、笑った。
「求めてもいいだろう?」
リースリットは察した。いつしか彼は、手段と目的が入れ替わったのだ。元は、きっと、己のルーツのために、力を欲したに間違いない。だがそれが何時かしら、力を求めることこそが目的となっていったのだろう、と。
力を得る。それは確かに、単純にはすべてを得られる一つの手段なのかもしれない。だが、それでも、
「間違っています」
と、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)が言った。
「あなたは、鉄帝らしい。とても。正しく。でも間違っている。間違っているのです」
と、そういった。
こんな短時間に、『鉄帝のかくあるべしの別側面』を何度も見せつけられるとは思ってもいなかった。いや、あるいは、彼の冠位魔種が実力を以て玉座についたときに、その側面はずっと、オリーブの目の前にあったのかもしれない。
力を追い求めるということ。
その正しさと歪さ、単純さと複雑さ、優しさと残酷さ。
そのすべてを、今目の前に叩きつけられたような気もしていた。
「……念のため言っておきますが。『黒狻猊』は来ませんよ」
「あの獣を退けたのか?」
ヴェルンヘルが素直に驚いたような顔をした。
「あんたがやったのか?」
「自分『たち』が、です」
答えた。
「たいそう喜んだであろう、あれも」
ルドルフが言った。
「さて、どうでしたでしょうか」
オリーブが構える。
「あなたたちを止めないと、冬は終わらない」
『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)が、そういった。
「冬の間、生き物は春を待つ。あたたかい陽の光が来るのをじっと待つ。
……ここを通しては貰えないですか?」
メイがそういった。通じないだろう。言葉などは。でも、そういわなければ、メイではなかった。メイは、ひとが好きだから。言葉を交わさずにはいられない。
「悪いな」
ヴェルンヘルが言った。
「できない相談だ」
その言葉が届かずとも。届かずとも。帰ってくる言葉に傷ついても。メイは、メイだから。言葉を投げかけずにはいられない。
冬の極寒の中に、ひだまりはなんて無力なのだろう。こんな小さな陽だまりは、人の心を溶かすことだってできやしない。
でも諦めない。その、さした陽だまりの中に、小さな命が春を待っていると信じているのだから。
「メイが、皆さんを守ります」
そういった。
「いっしょに、がんばりましょう」
「もちろんです」
『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)がうなづいた。
「あなたたちに、フローズヴィトニルの力を与えれば……多くの人が苦しみます。だから、絶対に……渡すわけには、行きません。
力だけを追い求めることが、世界への復讐が、どれだけの悲しみを生み出すか。
いいえ、いいえ、あなたたちはきっとわかっていて、それを望んでいるのでしょうね。
……言葉だけでは、あなたたちを変えることは、できないのでしょうね。
結局は、力に頼るのは私たちも一緒。
でも、今はそれを棚に上げてでも……この鉄帝から悲劇を取り除くために、これ以上の戦いの要因は……奪わせていただきます」
「争奪戦だな」
ルドルフが言った。
「さて、誰が力を得るか」
「力を求めても、制御できないものに振り回されるだけだと思うのですが」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)がそういう。
「……いっても詮無い事。
ええ。『守護者』として。この力は、守り通します」
それが、鏡禍の矜持でもある。守るものとして、己が力を振るう。鏡禍の力は、そのための力だ。
「あなたたちは、何もわかっていないのデスネ」
『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)が、声を上げた。
「この国には、たくさんの人がいて。
それは、国から見れば『民』というものに属していて。
民がなければ、国は成り立たないのに。
民(りんじん)が居なければ、セカイは成り立たないのに。
皆、自分だけが正しいと、自分だけが得られるものだと、そういって。
民あっての国なのに。このまま死を呼ぶような、凍える国にさせてたまるものか」
決意とともに、リュカシスは構えた。
この国を、真っ白にも、凍える国にも、させない。
勝ち抜く。この場を。今、全力で!
「貴方たちの欲しいものは、一つも渡しません。
ボクの……リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーの名と、決意において!」
そういった。
もはやここまでくれば、言葉は不要。
即発の空気は、冷気すら凍り付くほどに冷たく――。
やがて、ぱちん、と鋭い音が鳴るかのように、戦いの始まりを告げた。
●
「やるぞ! ヴェルンヘルは射撃型。ルドルフは近接型……連携を取らせるなよ!」
汰磨羈が叫んだ。一斉に、イレギュラーズたちが動き出す。
「二手に分かれて、同時に抑える……! 魔種を担当する者たちの負担が大きいが、そうも言ってられない!」
汰磨羈の言う通りだろう。二手をフリーにするわけにはいかない以上、こうして両方を相手取るしか方法はない。つらく、重い戦いだ。だが、逃れることはもはやできない。ここで退いては、民たちにさらなる被害が出るだろう……!!
「なるほど? さぁて、ではどう動いてみたものかな?」
ヴェルンヘルが狙いを定めるのへ、汰磨羈は立ちはだかる。
「つれない男だな。目の前の積極的な女を無視するとは!」
放たれる、汰磨羈の斬撃。超高温・高熱のそれは、朱い牡丹の花の如し。おちる。咲く。朱。ヴェルンヘルが後方に飛びずさった。猛追する、牡丹。朱の炎。
「情熱的だな。嫌いじゃないさ」
「すかした男だな!」
追うように、汰磨羈が刃を振るう。燃え盛る、焔。地下の氷を解かすような、熱。轟炎が、牡丹を散らせる。花。
「続きます」
オリーブが声を上げた。鋭く踏み込む。振り払うように構える。ロングソードを片手。
「来たな……鋼鉄の冒険者殿!」
ぼやくように、ヴェルンヘル。すぅ、と息を吸い込むオリーブ。斬撃。横なぎのそれが、ヴェルンヘルの体をかすめる。
「あなたの射撃は厄介ですからね。嫌というほど思い知らされました」
「今回も思い知らされていくか?」
「いいえ、もう結構です!」
踏み込む。ずだん、と勢いよく。足下の氷を砕くかのような勢い。オリーブが、力強く、ロングソードを再び横なぎに振り払う。一閃。かぁん、と音を立てたのは、ヴェルンヘルの拳銃。
躱された。というよりは、交わされた。拳銃をロングソードにぶつけ、切っ先をぶらされた。ちぃぃ、と足元の氷を薙ぐように降り下りる、ロングソード。剣と銃のつばぜり合い。ありえない光景。まさに魔技か。オリーブ、刃を『吹っ飛ばされるがままに任せた』。そのままの勢いで、跳ぶ。体を回転させるように、剣から手を放す=右こぶしを握る。回転する勢いに任せて、上段からの拳の一撃!
「何でもありなら、こちらにも長がある!」
振り下ろされる拳を、ヴェルンヘルは左腕を掲げて受け止めた。ずん、と体に衝撃が走る。足を止める。
「追撃を!」
「まかせて、ください!」
マリエッタが叫んだ。
足を動かさせるな! 得意の距離に持ち込ませるな! 彼を自由にした瞬間、撃ち抜かれて死ぬと思え! 徹底した意識の統一。とにかく、ヴェルンヘルをくぎ付けにする。その意志のもと、息を切らせぬ攻撃を繰り出す!
「レイ=レメナーっ!」
マリエッタが、その手に赤の魔力を生み出した。それは血鎌となって、マリエッタの敵を切り裂く刃となる! レイ=レメナーの刃が、ヴェルンヘルを狙い振り下ろされた。体勢を崩したヴェルンヘルは、それをよけきれない。斬。刃が、ヴェルンヘルの左腕を裂いた。鮮血。血鎌と、それとは違う、魔の血。
「ちっ!」
舌打ち一つ、ヴェルンヘルは『力を抜いた』。レイ=レメナーの衝撃に体が回転するように吹っ飛ばされる。その勢いを利用する。そのまま、切り裂かれたはずの左腕を、難なく地面に『突き刺した』。ばぎり、と音を立てて、地面にひびが入る。そのまま、体を固定して、勢いよく回転立ち上がる。
「……! なんてめちゃくちゃなことを……!」
「あいにく、人間をやめてるんでね」
ひゅう、と口笛一つ。拳銃を構える。適正距離ではない。近接すぎる射撃。格闘射撃とでもいうべき銃撃だが、しかし冷徹なる魔の瞳は、獲物を逃がさない。
たたたん、となるのは軽い銃声。マリエッタの体を貫くのは、強烈な衝撃。撃たれた! あの距離で、こうも的確に!? 脳裏に最大の警戒が響き渡る。
「く、うっ!?」
痛みは後から来た。強烈な、痛み。血鎌を取り落としそうになるのをこらえながら、マリエッタが歯を食いしばる。
「それだけの怒り、抱えて生きてくのですか……!?」
「憤怒の魔種ってのはそういうものだ。それに、もう俺は死んだのさ。空っぽだ。最後に残ったのが憤怒だったなら、それしか残っていないなら、こうもなるのさ」
再びの銃撃――放たれるそれ。マリエッタの体を、鋼鉄の冒険者の腕が引っ張った。引き釣り倒すように、救助。宙をすり抜ける弾丸。
「こちらも足を止めてはいけません」
オリーブが言った。
「止まっては、死にます」
それだけを短く告げると、マリエッタを引っ張り上げた。無理やりに立たせる。走れ、と促す。
「こっちよ!!」
タイムが叫んだ。ヴェルンヘルの注意を引く。
「こっち! 目を離させはしない! 私が! 相手よ!」
叫んだ。叫ぶ。吐き出すように。血を吐き出すように。言葉を。ぶつける。そうせずにはいられない。
「マリエッタ! 走れ!」
汰磨羈が叫んだ。
「走れ! 走れ! 走れ! 止まるな! まだ!」
叫んだ。檄であり、援であり、慮である。そして今この場にて、命をつなぐための最善手だった。あの魔を前に、足を止めれば死ぬ。
死ぬのだ!
「まだ、まだ……です!」
まだ。そう、まだだ。
まだ戦いは始まったばかりだ。
まだ死ぬわけにはいかない。
まだ。
まだ。
戦わなければならない!
「タイムさん、足止めを!」
マリエッタが叫んだ。自分の腕から流れる血をさらに飲み込んで、レイ=レメナーは赤く光った。タイムはそれを確認すると、ヴェルンヘルに相対する。
「「魔種になって生き延びて、そこまでして何か手に入れられたの?
あなたなんて怒りを抱えたまま怠惰に生きてるだけじゃない!」
タイムが叫ぶ。ヴェルンヘルの銃撃。とっさに展開した太陽の障壁で受け止める。ぐわぉん、ぶん殴られたみたいな衝撃。耐える。足も止めない。意識も飛ばさない。耐える。
「そうだな、さっきも言われたとおりだ。
そして俺は、『もう何も手に入れない』。全部なくす」
「ふっざけないで!!」
タイムは叫んだ。
「これだから馬鹿な男って嫌いよ!
自分だけが、この世の苦しみと責任を負ってるみたいな顔してるの!
それで、頼んでもいないのに、お前も背負ってやるなんて顔して!
女を舐めないで! 愛する人の隣になんて、勝手に立つわ!
おいていかれたって、追いつくもの!
重荷なんて、ずっとずっと背負って生きてる!
そんな、あなたの勝手な理屈で! 『かっこうつけ』で!
これ以上あの人を泣かせないでよ!」
太陽が昇る。リトル・リトル・サンよ。小さな太陽の種よ。今だけは、思いを昇華するために、大きく大きく咲いてくれ。そして友を、仲間たちを、この場に少しでも永く残せる力を与えてくれ。小さな太陽が、聖なる歌を奏でる。ルリルリィ・ルリルラ。歌うように、謡うように、戦い行くあなた達へ。
一方、こちらもまさに『暴風』との戦いである――。
ルドルフ・オルグレン。魔道将軍。その名はおいて健在。むしろこれで衰えたというのであれば、全盛期とはいかなる怪物であったか。
「ぬ――んっ!」
気迫の言葉とともに、ルドルフがその拳を大地に叩きつける! 巻き起こる、爆風! 爆裂! 強烈な、魔力の奔流!
土塊とともに迫るそれが、イレギュラーズたちの体を撃ち貫くべく襲い来る!
「ち、いっ!」
レイチェルが舌打ち。同時に、指をパチン、と鳴らす。ばぐおうん、と強烈な音を立てて焔が展開! 最悪でも土塊でも焼き尽くし粉砕するべく、突撃! ばぢん、ばぢん、ばぢん、強烈な熱と衝撃と土塊が衝突し、世界の終わりのような音を奏でた。殺しきれなかった土塊と衝撃波、それが強烈な痛みと衝撃を体に叩きつけた!
「こっちも大概、化物だなァ!」
痛みをこらえつつ、レイチェルが言う。再び、指を鳴らす。焔の奔流。アルトゲフェングニス。それは銀花結界だが、今は銀花ならず。例えるなば焔華結界。レイチェルの魔力によって編み出されたそれは、ルドルフを封すべく焔の破邪を奏でる。
「ふん――結界術などな!」
ぶおうん、と腕を振るうルドルフ。拳によって生み出された衝撃が、焔華を対消滅させた。が、その隙に、懐に潜り込む。影。
「あなたの相手は僕らです。見た目で判断したりはされないでしょう?」
鏡禍。その手を振るう。薄紫の霧が、ばぢばぢと電気のようなものを走らせた。しゅう、と音を立てて収束する。放つ。究極の一撃。華やかなる閃劇。一閃。妖の力が、ルドルフを薙ぐ――!
ボクシングでいう、ブロッキングのような態勢を、ルドルフはとった。手の甲、腕から、ぶわぁり、と術式を編み上げ、ヴェールのような防護式を展開する。ばぢん、と音を上げて、鏡禍の妖力と衝突! 衝撃がルドルフの体を走るも、まだ致命には遠い!
「ふっ」
息を吐き出すように、ルドルフは右フックを放った。その手にのせられた術式は、破壊のそれだ。鏡禍は妖力の衣を展開。薄紫の霧が、一層濃くなって壁の様に現出する。ルドルフの拳が、中空で止まった。ばぢぢぢ、と両者の神秘的な力が衝突する!
「……これで衰えているとは……最盛期だったらもっとえげつなかったんでしょうか……!?」
うめきながらそう言うのへ、ルドルフは鼻で笑ってみせた。
「この程度で根を上げるようならば、儂の足元にも及ばん」
ばぢん、とひときわ激しい衝突音が鳴り響いて、鏡禍が弾き飛ばされた。こちらも相手の動きをフリーにするわけにはいかない。間髪入れずに突撃する。リースリット。
「オルグレン将軍……!」
リースリットが叫んだ。精霊剣。風神。シルフィオン。振り下ろされる、風の刃。受け止めた、ルドルフ。ぱぁん、と乾いた音が鳴る。風と、術式の衝突音。
「正気に戻ってください! あなたは進むべき道を見誤っています!」
ぶおん、とルドルフがその拳を振るった。精霊剣で受け止めながら、リースリットが後方へ跳躍。間髪入れず、リュカシスが飛び込む。鉄腕。殴りつける、拳の一打! まるで突撃するように、ルドルフも拳を振るった。衝突する、拳! 一打! もう一打! 一打、一打、一打!
「……魔道将軍、古代遺物の発掘を主とされたその在り方。
出会えたのがこの場でなければ聞きたいお話がたくさんありました……!」
リュカシスが叫ぶ。そのたびに、拳が打ち合う。
「なぜです、何故、こうも野望を持ってしまったのですか……!?
貴方の力があれば、フローズヴィトニルの力も、また……!」
「それで、その力をどうする! バルナバス相手にでも使うというのか!」
ルドルフが叫んだ。
「貴様らはそうだろう! そうやって『正義の力』の名のもとに、この素晴らしい力を使いつぶすのであろうともさ!
フローズヴィトニルの力には、さらなる可能性があるだろう! もっと、もっと多くを得るための力の可能性が!」
「それを、あなたの野心に塗りつぶして!」
リースリットがとびかかる。精霊の刃が、ルドルフを撃った。振り払うように、左腕でパリィ。同時、リュカシスが殴りつける。右腕でパリィ。
「力を追い求める! 人の本能だ!」
「そんなわけがないでしょうっ!?」
リュカシスが、勢いよく頭突きをぶち込んだ。ルドルフの顔面に、叩きつけられる、額。強烈な衝撃が、ルドルフの頭をぶんなぐる。ぐわり、と揺れた視界。ルドルフがうめく。
「ぬうっ!?」
「何でも力を追い留めなくたって、ひとはやっていけます!」
「この国ではそれはない!」
「だったら、変えて見せますっ!」
リュカシスが叫んだ。もう一度、鉄甲による、拳の一撃! 振るわれたそれは、ルドルフの腕を叩いた。どぐわおん、と強烈な打音。ルドルフがわずかに後退する。間髪入れずに、リースリットの一撃。風の刃が、ルドルフの体を捕らえた。
「力にのみ恃むのならば、力におぼれるのです!」
リースリットが再度、刃を振るう――振り下ろされたそれが、旋風となってルドルフを吹き飛ばした。ずさぁ、と地を削る様に、ルドルフが大地をすべる。
「どうしても、仲良くなれないのですか?」
メイが叫んだ。
「悪いことをしなくたって、強くなれます。回り道をしたって、強くなれます!
人は人のまま、きっと変わっていける……!」
「魔に堕ちなければ、開けぬ道もあるであろうさ!」
ルドルフが叫んだ。メイの胸が、ちくりと痛んだ。
「可能性を謳うならば! 魔に堕ち行くことの可能性も鑑みてみるがいい!」
「そんなの……いいわけですよ!」
鏡禍の言葉通りに、それは言い訳だろう。少なくとも魔種に堕ちるとするならば、滅びのアークを集めることに加担するということで、この世界の可能性を閉ざすに等しい行為に違いあるまい。だが……。
「儂は可能性を望む。それが、魔に加担することであったとしてもだ!」
「させません……!」
リュカシスが叫んだ。激闘は深く。衝突は続いていた。イレギュラーズたちは予定通り、二者を隔てるように、戦闘を続けていた。戦力を二分するこの戦いは、イレギュラーズ辰に強い負担を強いていた。それでもなお、ぎりぎりのところで踏みとどまっていたのは、意地か。だが、状況を打開することは遠く、膠着した状況が続く。しかし――突如として、事態は『動かされた』。
「レイチェル様!」
リュカシスが叫んだ。状況を、動かすために。叫んだ。レイチェルが、飛び出す。神殿最奥、祭壇へ向けて。
「なるほど……!」
ルドルフが叫んだ。
「宝玉を確保する気だぞ、若造!」
「わかってる!」
ヴェルンヘルが叫んだ。この時、はじめて二人の表情に、焦りのようなものが見られた。
「ヴェルンヘル!」
ルドルフが叫ぶ。駆けだそうとするルドルフに、鏡禍と、リュカシスが、とびかかっていた。足止めをする。もとより、ルドルフの射程(て)は短い。ゆえに。飛び出すなら、レイチェル。ゆえに、狙うなら、ヴェルンヘル。
ヴェルンヘルが、拳銃を構えた。この時、全神経を、レイチェルへとむけていた。走る。レイチェル――ポイントする。照準。引き金を引く。
たぁん、と、乾いた音が鳴る。あっけない、音。魔の銃にしては、軽すぎる音。だが、その銃弾は絶死の一撃。魔の一撃。狙う。レイチェルを。銃弾が、宙を走った。
ばつん、と音が聞こえた。肉が裂ける音だ。銃弾が肉を裂き、骨を砕く音だ。吹っ飛ばされる。その体――華奢な体。銀の髪。金の目が、衝撃に開かれた。
「メイ――」
リースリットが、声を上げていた。スローモーションのように、セカイがうつっているように感じた。その小さな体を宙に投げ出して、メイの胸から、血が流れ落ちる。ふさいだのだ。射線を。おのれの体で――。
たん、と音がした。人体が落ちたのに、思いのほか軽い音がした。メイが、ぐったりと斃れる。その目が、徐々に光を失っていく。
「メイ!!」
レイチェルが、叫んだ。手にしたのは、宝玉。それを手にし、手にし、仲間が倒れ行くさまを見る。
作戦は成功した。成功した。
だが、
だが――!!
「マリエッタ!!!」
汰磨羈が叫んだ。同時に、セカイが音を取り戻したような気がした。すべてが『正常に』進み始めた気がした。思考も、行動も。
マリエッタが、
「メイさん!」
叫んだ。その手を掲げる。熾天の宝冠が、衝撃を叩きつけるように、メイの胸に降りた。「が、ふうっ!」無理やり呼吸を再開させれたように、メイがせき込んだ。その瞳が再度光を取り戻すが、しかし激痛がその体を駆け巡る。
「馬鹿野郎……!」
なぜか、ヴェルンヘルが叫んでいた。その攻撃に、大きな隙を作っていた。さらしてはならない、好きだった。オリーブが駆ける。ロングソードを、力強く突き出す。
心臓へ、向けて。
どん、と衝撃が走った。ヴェルンヘルの体に、オリーブの刃が、突き刺さっていた。
ヴェルンヘルが、視線を向ける。背後へ向けて。視線が交差する。オリーブと、自分。ぎりぎり、命は消えない。魔、ゆえに。ヴェルンヘルは、思いっきり後方へひじを突き立てた。悪い冗談のような衝撃が、オリーブの体をかけて、ロングソードごと吹っ飛ばされた。大地に叩きつけられる。
とどめを、と叫んだ。
ここで逃がしてはいけない、と。
オリーブは叫んだ。
他人事の様に――コルネリアの頭にその言葉が響いた。
逃がしてはいけない。
逃がしてはいけないのだ。
なぜか。
貴方はもう、人間ではないのだから。
ゆっくりと構えた。よろよろと、ヴェルンヘルが、立ち上がった。
「ええ、ええ、ダーリン。あの時の続きね」
コルネリアが言った。
「心臓に一発。あたしはそこで手を止めた」
そういった。
「そうだな。あの時の続きだ」
ヴェルンヘルが言う。
「なんか言おうと思ったわ」
コルネリアが言った。
「なんか考えてた。ずっと。
例えば、綺麗ごととか。
あんたの身勝手で、誰かを傷つけるのを許せないとか。
身内に二度も撃たせる馬鹿野郎の面、拝まされてることがムカつくとか。そういうの。
ずっとずっと、考えてた」
コルネリアが、ゆっくりと拳銃をポイントした。
「狙うのはわかっているな、コニー」
ヴェルンヘルが言った。ゆっくりと、拳銃を掲げた。
「心臓に一発。頭に一発。確実に殺したのを確認する」
「クソみてぇな約束事よ」
構える。頭に一発。狙う。
「何かを言おうと思ったの。
こう見えても考えてきたのよ。友達の結婚式でぶち上げるくだらねぇスピーチの原稿作るみたいにね。
でも、いざとなったら出てこないのよ。
何も。
ううん、嘘。なんか言葉と疑問だけが、ガキがわめくみたいに出てくるわ」
泣きそうな顔をしていた。これから、あたしは泣きわめくのだと思った。
「……昔からそうだった。
アンタの飄々した所が。
涼し気な面で隠し事する癖が……。
辛くても何も話してくれない所が!
喧嘩しても、怒ってくれない所が!
アタシを見て……辛そうにしてた顔がっ!!
銃を……銃を向けてきた泣きそうな顔がっ!!
気に食わなかった!
なんで! どうしてそんな顔するぐらいならさっさと殺してくれなかったのよ!!
どうして!
どうしてあそこまで情を与えて、おいて……アタシに手をかけさせたの!!」
「わからない」
ヴェルンヘルが言った。
「きっと、それを知っていた俺は死んだんだ。満足に、先に逝った。
コニー、俺は搾りかすだ。君に殺されることを望んだ……弱虫男の、搾りかすなんだよ」
ヴェルンヘルが、そう、言った。
「少しだけわかるのは……俺は、本当に、まったく……弱虫だったんだ。
君をさらって、すべてを敵に回して生きていくことだってできた。その先が破滅でも、きっと……君はついてきてくれるって、うぬぼれてもいいだろう?」
ヴェルンヘルは、わずかにタイムを見た。
「あの子の言ったとおりだ。男は弱虫で格好つけで、ダメなもんさ。
コニー。もうすぐ夜になる。カーテンを下ろすんだ。君の手で」
「ふざけるな!」
コルネリアは叫んだ。
「ふざけるな! ふざけるなふざけるな! ふざけるな! ちくしょう、ちくしょう!」
がちり、と撃鉄を起こした。かちり、と弾が装てんされるのを感じた。
瞳が、まっすぐ、照準の先にいた男を見た。
まっすぐ、まっすぐ、銃弾が進む先を見る。
「アンタなんて、嫌い!
嫌いなんだ!!
お前はアタシの、敵だ……ぶち抜け、Aria!」
銃弾が、男の額を貫いた。かちん、とヴェルンヘルの拳銃が転げ落ちた。倒れこむ。憤怒の男は、もう動かなかった。その死体は憤怒の炎に包まれて、この世から痕跡も残さず消えた。もう最初から存在しなかったように。そうだ、彼はあの夜死んだのだ。幽霊を見たのさ……。
「若造……!」
ルドルフが叫んだ。リュカシスが殴り掛かる。ルドルフは後方に飛びずさる。
「オルグレン将軍。今ならまだ間に合います」
リースリットが言った。ふ、とルドルフが笑った。
「いいや、もう何もかも遅いだろうよ。
……再び会おう。その時は――」
ルドルフが身をひるがえし、駆けだした。鏡禍が追おうと駆けだ――そうとして、止まった。余力はもう、無かった。
魔種を討伐できたのは、奇跡的ともいえた。様々な幸運と事象が混ざり合って得た、戦果だった。
だが、それは正しく、幸運だったのだろうか……? いや、そもそも幸運と規定するならば、どこから踏み違えていたのか……?
「コルネリアさん」
タイムが、そういって、コルネリアの手を握った。
「コルネリアさん。コルネリアさん……コルネリア、さん……」
がちがちとふるえている、その右手を、銃を、タイムはゆっくとおろしてやった。暴発しそうな拳銃から、トリガから、指を抜いてやる。がちがちとふるえる。コルネリアにとっては、タイムの声も、手のぬくもりも、遠かった。
「オリーブ、大丈夫か?」
汰磨羈が声を上げる。激痛に身をよじりながら、オリーブは何とか、ロングソードを支えに立ち上がった。
「なんとか……。
レイチェルさんは、宝玉を?」
「あァ。どうやら、確保できたらしい」
レイチェルがうなづく。不思議気に輝く宝玉は、確かに奇妙な冷徹さを感じさせた。何か力が渦巻いていることに間違いはなかった。
「何とか……勝った、な。
被害は、でかいが……」
レイチェルの言うとおりだ。メイは一命をとりとめたものの、魔種の一撃をまともに受けた代償は大きいだろう。マリエッタが必死に手当てをしているが、メイの顔はいまだ真っ青のようだ。
「それでも、勝ちは、勝ちです」
鏡禍が言った。その通りだ。勝ったのだ。イレギュラーズたちは。勝ち取った。
地下に、わずかな安堵の空気が流れていた。戦いは、次なるフェーズへと進むかもしれない。
そのような予感を覚えながら、痛む体に鞭を撃たんとする、イレギュラーズ達だった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
フローズヴィトニルの力――宝玉は確保。
魔種、ヴェルンヘル=クンツは討伐。
魔道将軍ルドルフ・オルグレンは逃亡。
作戦は無事完了です。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
氷狼争奪。
●成功条件
『フローズヴィトニルの欠片』の確保。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●状況
ボーデクトン地下駅から、さらに地下へ――『地下を覆う冷気の源の一つ』と思わしきエリアを発見した皆さんは、そここそが『フローズヴィトニルの封印の地の一つ』と確信し、進行します。
到着したのは、古代鉄帝様式の見られる神殿。ですがそこには、すでに先客が居ました。
一人。アラクランの魔種、ヴェルンヘル。
一人。鉄帝の魔道将軍、ルドルフ。
どちらもおのれの目的のために、フローズヴィトニルの欠片を手にせんとする者たちです。
交渉の余地はありません。二人を突破し、フローズヴィトニルの欠片を確保してください。
作戦エリアは地下の氷狼神殿。あたりにはなぜか十分な光源があるほか、戦闘ペナルティが発生するような状況ではありません。
●エネミーデータ
魔種、ヴェルンヘル=クンツ
非常に強力な魔種です。かつてはボーデクトンにてイレギュラーズと相対しました。その際は撤退をしましたが、まだまだ余力は残していたようです。
魔銃を利用した銃撃戦闘を得意とします。見た目は拳銃ですが、その性能は『砲撃』といっていいほどに強化されていることに注意してください。
近接戦闘も充分にこなせますが、やはり得手とするのは遠距離戦。
距離を詰めて戦うと、持ち味を殺せるかもしれません。
魔道将軍、ルドルフ・オルグレン
鉄帝の魔道将軍です。発掘技術の運用などを専門としているほか、その叡智を以て魔道にも長じる天才肌。
ただし、自身の年齢による衰えは自覚し、そのためにあらゆる手段を使ってその衰えを克服しようともしている野心家です。
戦闘スタイルとしては、近接戦闘を得意とする魔術師タイプ。自身の衰えた身体能力を魔力でバフし、そのまま術式の力も載せた格闘攻撃を行う、見た目に反したファイターといえるでしょう。
前述したとおり、何かのきっかけがあれば、『衰えを克服する』手段をとりえます。
そういえば、隣に魔種がいますね。常に彼には呼び声が聞こえてるようですが……。
●特記事項
本シナリオでは、『<クリスタル・ヴァイス>黒き獣、氷下にて憤激す』の成否に応じて、敵が追加出現する可能性があります。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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