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シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>ヴルチャーク最後の聖戦

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●かわいそうな話
 生きるためには、何かを犠牲にしなけりゃいけない時もある。
 どれだけあがいたって、俺たちには二本の腕しかないんだ。片手で銃を持ち、残った片手で大切な家族の手を握ったら、ほらそれだけで限界だ。なにをどうしようと、それ以上はつかめない、不自由な両手からは、どんどんこぼれ落ちていく。たとえば良心、そんなものとうに投げ捨てた。たとえば矜持、糞の役にもたちゃしねえ。そして金、ああ、金! 金さえあれば、金さえあれば! 食糧、食糧を買う金さえあれば大事な家族は飢えずに済む。薪、薪を買う金さえあれば、この魂まで凍りつきそうな大寒波からだって逃れられる。新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)第128特務部隊、コードネームはヴルチャーク、御大層な名前の使い捨ての使いっぱしり、それが俺たちだ。俺たちはみな、吹けば飛ぶような寒村の出身だ。それをいいことに上からは足元を見られている。故郷へ送るわずかな、けれどそれでほそぼそと食いつなぐ、けして途切れさせることはできない、仕送りのために、俺たちは今日も『英雄狩り』をする。
 濁った目で人里を襲い、物資を略奪し、火を放ち、逃げ惑うトゥニィェツ(英雄候補)をかき集める。うるせえやつは殺す。逆らうやつも殺す。目についたやつは殺す。気に入らねえやつはかたっぱしから殺す。見せしめも兼ねてな。そうやって無力感を叩き込んだ子羊ちゃんを、本部へと続く地下道の保管庫まで移送するのが俺たちの役目だ。そのあとのことは、知ったこっちゃない。うわさでは奴隷として働かされているらしい。あるいは、俺達みたいな使い捨てにされるか。
 べつに俺たちだって、好きでやってるわけじゃあないんだ。女子供の腹を蹴るたびに胸が痛むし、移送中にくたばると判断した老人や病人へ、風穴を開けるたびに目をそらしたくなる。だけども、しかたがないんだ。俺たちは金がほしい。金で買える幸せは、確かにあるんだ。だからなあほんとうに、すまねえなあ。俺たちのために、売られてくれや。尊い尊いこの世に一つしかない、星よりも重いと言われる命は、二束三文の駄賃にしかならねえんだ。それが現実なんだよ。だからな、ほんとうにほんとうに、すまねえが、おとなしくいい子にして、俺たちのふたつとない家族の仕送り代へ変わるために、地獄への行進を、粛々と続けてくれや。

●誰がための必要悪
「寒いね」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、あまりそうではないといった風情であなたへ声をかけた。
 鉄帝を未曾有の大寒波『フローズヴィニトル』が襲ってしばらく。地上はあいかわらずすさまじい吹雪が荒れ狂っている。
「『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』って知ってるかい? 新皇帝派の軍部特殊部隊のことでね、いろいろとまあ、キナ臭い連中さ。『英雄狩り』と称する大規模な誘拐事件を起こしては、奴隷化して訓練を強制的に受けさせ、戦力の拡充を図っている、そんなやつらだとも」
 ショウはあなたにぴらりと一枚の紙切れを魅せた。寒風がその紙を旗のように揺さぶっている。ともすればちぎれて空へ舞い上がりそうだ。あなたは、それが血判状であることを見抜いた。
「特に第128特務部隊ってやつらは、極悪非道でね。一片の同情の余地もない……と、やつらの『英雄狩り』から逃れた人々は考えている」
 どうやらショウが手にしている血判状は、薄い懐からローレットへの報酬を支払うために、手に手を取って集った被害者の会のものであるようだ。
「この部隊は、先日の魔種グラリオット襲撃事件にも関わっていたみたいだよ。一区画まるまる魔種の餌にされたあの事件の、手引をしていたみたいだ。つまり、あの区画の人々がアリョーナというお嬢ちゃんを除いて死に絶えたのは、間接的とは言えその部隊のしわざってわけ」
 問題の部隊は、とショウは続けた。
「辺境の村を焦土になるまで丁寧に潰したのち、君たちが発見した遺跡……地下鉄と呼ぼうか? そっちのほうが馴染みが良いだろ。とにかくその地下鉄の一室を目指して、現在レールの上を行進中だ。部屋へ捕虜をすし詰めにしたら彼らの任務は一旦終わり、つかの間の休暇と賃金が得られる。捕虜はそのまま英雄候補として、またべつのところへ移動させられるようだね」
 どこへ連れて行かれるかは、まだ俺も掴めていないと、ショウは正直に話した。
「捕虜の数は50人程度。特務部隊は20人ジャスト。火器で身を固めているけれど、いざとなれば泣いて命乞いをするだろうね。逃げ出すかもしれない。捕虜を人質にしてくるかもしれない。自分たちはこんなにかわいそうだから見逃してくれと、必死に説得してくるかもしれない。だけどねだからこそ、そんな相手でも平然と首を狩れるような人材を求めている。なぜなら依頼主である被害者たちのオーダーはただひとつ。第128特務部隊のみなごろしだからだ」
 血判状がはためいている。粗悪な紙が寒風のなか、怨嗟の唸り声を上げている。
「地下鉄はあんがい広くて、明かりもあるから戦場に気を使うことはないよ。やることは簡単、部隊のみなごろしだ。ただし、彼らは故郷にいる家族を心の支えにしている。家族のために仕送りをするために、汚れ仕事を一手に引き受けている。よって部隊をみなごろしにした場合、鉄帝のはしにあるいくつかの寒村が、仕送りという唯一の生活費獲得手段を失って、死の淵へ追い込まれるだろう」
 ショウは鮮やかとも言える笑みを浮かべた。
「だがそんなことは君のしったことではない、ちがう?」

GMコメント

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『鉄帝』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

みどりです。必死で命乞いしてくる敵を高笑いとともに踏み潰せる人を募集しています。
どちらかというと心情系かもしれません。

やること
1)新時代英雄隊・第128特務部隊の鏖殺
2)捕虜の、なるべく多くの、生還

●エネミー 第128特務部隊 兵士19人+部隊長1人
 物理攻撃に優れた中~超遠で真価を発揮する火器と、近範へダメージを与える神秘攻撃の手榴弾で武装しています。至近距離では銃剣による【防無】ののった物理攻撃を仕掛けてきます。
 戦闘能力自体は高いのですが、士気が低く、不利を悟るやいなや、命乞いや逃走、捕虜を人質にとっての脅迫行為を取ってきます。
 部隊長はカリスマ持ちで、投降に走る兵士の士気をアップさせ戦線へ復帰させることができます。が、こいつがいちばん生き汚く、なりふりかまいません。どんな行動に出るかは予測しかねますが、悪い方向なのは確かです。部隊長の目印は胸につけた銀色の勲章です。

 依頼人である被害者の会からのオーダーはみなごろしです。20人のうち、ひとりでも逃してしまえば失敗になりますのでご注意ください。

●戦場
 戦場ペナルティはありません。地下鉄構内の横の広さは12m、天井までの高さは8mの空間です。前後に長く道が伸びており、きついカーブを描いたぐねぐね道なので見通しは悪いです。遮蔽物はありません。壁にはうすぼんやりとした明かりが連なっており、暗視(弱)程度の補正を獲得できます。
 あなたがたは探索を始めてすぐに、部隊と捕虜に遭遇することができます。ただし、先制攻撃される可能性が非常に高いです。なにか対策を練ったほうがいいかもしれません。

●NPC 捕虜
 若い男女を中心にした50名程度の人々が、手枷首枷をはめられたまま恐怖のあまり唯唯諾諾と部隊へ従って、地下鉄のレールの上を行進しています。HPAP共に低く、おびえきっており、疲労の極致に居ます。部隊長や兵士によってむりやり肉盾にされたりしますので、安易に発動させたスキルが致命傷を与えたりするかもしれませんが、最低1人生き残っていれば失敗はしません。そのへんは相談で各人のポリシーをすり合わせてください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <クリスタル・ヴァイス>ヴルチャーク最後の聖戦完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖
イロン=マ=イデン(p3p008964)
善行の囚人
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
陰房・一嘉(p3p010848)
特異運命座標

リプレイ


 陰気な集団が、レールの上を行進している。
 捕虜は皆疲れきり、無表情に近い。自分たちがこれから覗くのが地獄の釜だとわかっているのだ。愛する家族と死に別れ、理不尽にも奴隷扱いされ、誰もかもがうんざりしていた。さりとて抵抗する気力もなく、ただ部隊の持っている銃が恐ろしくてたまらない。銃口が自分たちを付け狙っている。命は惜しい。
 行進は遅々として進まず、部隊の誰もがいらだっていた。
 うんざりしているのは部隊の連中も同じだ。これが終わったら休暇が待っている。家族へ仕送りを送ってやれる。酒場へ行こう。ウォッカを痛飲しよう。そうしてつかのま、罪悪感から目を背けよう。酒はいい。酒はすべてを忘れさせてくれる。アルコールの酩酊に溺れ、無意味に騒ぎ立てよう。それが空元気でも、今の自分たちには必要なものだ。
 鬱屈とした行進は、それぞれの思惑を飲みこんで、粛々と続いていく。


 状況はとつぜん変わるものだ。
 突如、もうもうと煙が上がる。世界の精霊爆弾だ。発煙筒のように、それは煙を吐き出し続けている。
「何者だ!」
 誰何する声が暗い隧道へ響き渡る。煙の向こう、揺れ動く影目指し、隊員は銃を構えた。
「撃て撃て! 目撃者は誰彼の区別なく殺せと命じられている!」
 部隊長が指揮を取り、隊員は一斉に発砲した。弾丸が肉体へ食い込む苦痛に、彼彼女らは顔をしかめた。すかさずことほぎと一嘉が自身を癒やしあげ、世界が、頼々が、イロンが回復を飛ばす。
(なぜだ。なぜ倒れない?)
 初撃をいなされ、隊員たちはいぶかしげに煙の向こうをにらみつける。
「誰でもいいから、マリカちゃんと遊んでよ☆」
 ぬっと壁を通り抜けて現れ、ハートを飛ばしてウインクした『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)の姿に、部隊は驚愕の渦に叩き込まれた。
 一瞬の恐慌をやりすごし、いくつもの銃口がマリカを狙って火を吹く。
「いやん♪」
 マリカは壁の中へ姿を消した。跳弾が捕虜の足へ突き刺さり、苦悶の悲鳴が上がる。
(隊長さんてばちょー弱腰じゃん。虚勢はっても意味ないない。マリカちゃんがちゃーんと『見て』るからね、バレバレだよ★)
 事実、部隊長は己の保身ばかりを図っている。マリカは隊長へリーディングをしかけては、気まぐれに壁から姿を表し、部隊を混乱させていく。そのすきにイレギュラーズは動いた。精霊爆弾を踏み越え、走る。捕虜を飛び越え、『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)はその憐れな姿を目にしたことを後悔した。
(この仕事をしたいか、したくないか。……決まっている。こんな仕事、したい筈がない)
 ぽかんと口を開けている愚鈍な人々を目に焼き付け、一嘉は飛行する。
(なら何故受けたのか。それも決まっている。こんな仕事、他の人間に押し付けて、知らぬ顔をできない。それだけだ)
 胸に決意、心に炎。それを飲みこんだ一嘉が部隊の背後へ着陸する。
「この悪行、見過ごすわけにはなりません。ワタシが終わらせなければならないのです」
『善行の囚人』イロン=マ=イデン(p3p008964)はその二つ名どおりの強迫観念でもってこの場へ臨んでいた。
「悪行をしてでも、善行をするのです!」
 部隊の後ろへ回り込み、吠える彼女は真剣そのものだ。その矛盾に、彼女自身は気づいているのだろうか。しかしながら並々ならぬ覚悟を持って、この場に臨んでいるのは明らかだった。捕虜を救いたい、たとえ、胸が痛む結果となろうとも。彼女の善性が、傷つきながら吠えている。
(さて……)
『虚刃流開祖』源 頼々(p3p008328)はイロンに続けて背後を取ると、捕虜を見やった。ロバの群れのようにおとなしい集団を。疲労と恐怖が、彼らをでくのぼうにしているのを見て取り、頼々は内心げんなりした。
(……捕虜は個人的に助けたいと考えていたのだが。助けた後のフォローが大変そうではある。が、それはワレの仕事ではない。どこかのお人好しに任せよう)
 息を短く吐き、思考を切り替える。
(殲滅対象にワレらの主目的が露呈するのはおもしろくない。ならば、心情的にも実利的にも始めにやることは単純であるな)
 頼々は片手を高々と掲げた。
「ワレらは憐れにも捕虜となった御身らを助けに来たのである! 囚われのその身に深く同情する! いざや大奪還を開戦せん!」
 その呼ばわりを聞いた部隊は目を見開いた。疑問が深まっていく、少数精鋭で我々に立ち向かおうとする彼らは何者かと。
「おうおうおう、イレギュラーズってモンだ。アンタら、今日で店じまいだ。さっさとあの世へ行ってくれや」
『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)が高笑いする。それは隧道の壁で反響し、不協和音となった。
 イレギュラーズ、イレギュラーズだと? さざなみのように部隊へ緊張が走っていく。
(ケッ、見れば見るほど、辛気臭ェ連中だな。火器だけはご立派でも練度がなってねェわ。んで捕虜になる奴らを連れ戻しゃイイのな?)
 ことほぎは腕組みをし、大上段から部隊と捕虜を見つめる。
(依頼主が依頼主だし、助ける人数が多くなっても払いは変わらなさそーなのがなァ……。とはいえ……)
 腕組みを解いたことほぎは今度は逆に両手を広げる。
「貰った分の仕事はやるぜ。汚れ仕事でも信頼っつーのは重要だからな!」
 おい、ありゃあ、極楽院ことほぎじゃねえか? 勘弁してくれ、そんな魔女が来るなんて聞いてねえよ。
 各地で悪名を知られたことほぎの登場に、部隊は浮足立った。
「貴様ら逃げるな! 敵は少数だ、人質でも取って時間を稼げ!」
 部隊長の声が響く。だがしかしそれは『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)の巧妙な罠だ。一瞬で部隊長の声を聞き分けた彼は、クローンボイスでもって部隊へ指示を飛ばしたのだ。唐突な命令に、あらためて部隊は捕虜の使い道に気づいたようだ。こいつらさえ盾にすれば助かる。どす黒く儚い希望が隊員たちの胸に生まれる。
 バルガル自身はそんな彼らを煙の奥から眺めていた。
(飢えている家族がいるとはいえ、もう少し穏当なことならばまだ救済があったというのに。他の道はなかったのですかねえ)
 そこまで考えて、バルガルは己の経歴を振り返ってしまった。そして、鼻で笑った。人間は選択の動物だと言う。選択を繰り返して、現在の自分が形作られるのだ。だがその選択肢は、有限であることが多い。あまりに、多い。だからこそバルガルは己すら笑い飛ばしたのだ。
(さてさて仕事は仕事、根は確実に絶ちましょうかね)
 煙をかきはらい、バルガルは絢爛たる現在の己を認識した。
『雨宿りのこげねこメイド』クーア・M・サキュバス(p3p003529)は凛と立つ。
「生きるべきは生に、死すべきは焔に、そして総ては夢と熱情に。ひとには然るべき末路、然るべき終わり際というものがあるのです」
 わずかに視線を伏せた彼女は優艶。しかしてその脳裏にあるのはかの大樹の豪炎。クーアは思う。
(……然るべき終わり際……その機会をたぶん逸した私が言うべきではないかもしれませんが)
 ふたたびまなこを隊員たちへやり、クーアは石ころをつま先で踏んだ。
「我々の敵にして障壁となった今が、あなた方にとっての終わり際。その命脈、せめて高揚の中で断ち切って差し上げましょう」
 隣でゆっくりとけだるげに、『陰性』回言 世界(p3p007315)が拍手をする。
「生きるため、家族を養うために悪事ですら為し得る。いやはや、なんとも感動的だ。誰だって知りもしないやつより自分や仲のいい人を優先するもんな。力が無ければ、金が無ければ、他に道が無ければ……或いは俺も同じようなことをするのかもしれないなあ。責める気にはなれないというものだ、ああ、まったくもって、かわいそうだとも」
 わかったような口ぶりで、その実腹では別なことを考えている。
(それはそれとしてキッチリ息の根を止めるが)
 所詮世界にとって、あらゆるシーンがおままごと。くるくる回る幻燈を、見るともなく見ているような、他人事。同情もない、差し伸べる手もない。バカバカしい。めんどうだ。ただひたすらに、早く終われ。
 世界は拍手を終えると、煙を吐き尽くした精霊爆弾を蹴飛ばし、はっきりと皮肉と嘲笑を浮かべた。
「では、地獄への行進を、粛々と続けてくれや。今度は、ヴルチャーク、おまえらがな」


 銃が火を吹く。くいこむ鉛玉。クーアが顔をしかめるも、その愁眉すら艶姿。
「あまりうざったいことはしないでほしいのです」
 反撃を受け腰が引けている隊員へ向けて、一気に飛びかかる。その頬を両手で包み、微笑。間近で見せつけられる媚態に、隊員は我を忘れた。無我夢中でクーアをかき抱こうとする隊員めがけ、雷光が落ちる。そは夢魔の栄光。典雅なる媚態。すばらしきかな魔王の権能。黒焦げになった隊員の首を引きちぎったクーアは、生首を高く掲げた。こぼれ落ちる紅で全身へ血化粧をする。陶然とした表情のまま、クーアは口元を歪ませた。
「憐れなるかな、愚かなるかな、でもしかたないですよね。これは任務で、あなたたちは標的。ね、しかたないでしょう? にひひ♪」
 あのアマ狂ってやがる。隊員がうめく。ただでさえ低い士気がさらに下がっていく。
「クーア=サキュバスが赦します――最後は、私に溺れなさい」
 凄惨なまでの色香に、隊員たちは為す術もない。
「ほいよ、ハイネス・ハーモニクス。これでいいか?」
 世界が癒やしを施した。無味無乾燥な光がちかりとクーアの胸のあたりに光る。それだけ、それだけだが効果は絶大だ。クーアへ向けて世界はやる気なさげに首をこきりと鳴らした。
「逃げてもかまわない、そのほうがこちらも楽というものだ。大事な人質には手を出してくれるなよ」
 言葉で煽り立て、敵の思考を誘導する。もちろん逃げられるわけがない。世界の皮肉と嘲笑は、部隊の最後の自尊心を刺激した。攻撃が激しくなるが、世界は意に介さず回復の外法を使い続ける。
「なんでだよぉ、なんで死なねえんだよ!」
 隊員は恐慌にかられ、引き金を引く手を止めない。
「怖気づくな! 数はこちらのほうが上だ!」
 すかさずバルガルが部隊長の声まねをした。部隊長はすでに逃げ腰だというのに、命令だけが戦場へ空まわっている。バルガルは部隊長を探し出し、当てをつけた。薄暗い地下道でも、バルガルにとっては真昼のようだ。だからよく見えた。目印となるしろがねの勲章が。
 こっそりと仲間へそれを教え、自分は影へ潜る。目立つのは好みではない。単純に行動しやすくなるし、シンプルに耳目を集めるのは嫌いなのだ。バルガルにとって、人の視線とは侮蔑と冷笑のまなざしだった。もはや別の世界だというのに、その感覚は消えない。混沌でも騙し騙されをくりかえしている。
 目の血走った隊員が捕虜を引きずり出した。うわずった声をはりあげる。
「こ、こいつがどうなってもいいのか!? いいんだな!?」
(捕虜がどうなろうと結構ですが、無駄に殺す労力は手間なんですよねえ)
 バルガルはあたかも驚きうろたえたかのように見せかける。それは隊員たちの下衆な根性へ、さらに儚い希望をもたせた。
 次の瞬間、その隊員はぎょっとした。足元が泥沼と化していたからだ。じくじくと膿んだぬかるみが絡みつき、両足へ鈍痛が走る。
「逃げるの? いいよ、逃げられるならね♪ マリカちゃんは止めないよ~。逃げない逃げられないのは、あなたたちの、ほ・う☆」
 いつのまに肉薄したのか、マリカはにっと笑ってみせた。Chocolate ghoulが鮮やかに決まる。捕虜すら巻き込んで、マリカは楽しげ。
「みんなみんな腐っちゃえ★ チョコレートみたいに茶色い死体になっちゃえ♪ それでいいんだよ! それがいいんだよ! マリカちゃんはね、優しいの! 死にたい人へは特に優しいんだからね☆」
 銃弾の嵐がマリカを襲うも、彼女はまたひょいと壁の奥へ紛れこむ。無数の跳弾が捕虜へと向かい、そこここで苦痛が弾けた。
「かむつきの、よろいとおせし、ひのひかり。やみのまにまに、つたいぬるかな」
 光が輝く。頼々は朗々と声を上げて歌い寿ぐ。捕虜たちから苦痛が取り除かれ、彼らは安堵と期待のこもった眼差しを頼々へと送る。頼々は内心辟易しつつも、そんな感情はおくびにもださず、むしろ安心させるように口の端を上げてみせた。
「――ワレらなら、お前たちを救えるぞ」
 おお、救世主。勇者様。彼らこそ英雄だ。口々に褒め称える捕虜たちは喜色をにじませている。なにがあってもきっと、このひそやかに見目麗しい青年が護ってくれると、愚直にも信じ込んでいる。
(じつにチョロい。ワレらのことが救いの神にでも見えているようだ。うむ、愚民とはこういうのを言うのであろうな)
 突如現れたどこの馬の骨ともつかぬ者相手に己の運命を託す。その醜悪さに、頼々の笑みも深くなる。そしてそれはさらに捕虜たちを安堵させる。
 隊員の一人が銃を捨て、頼々へ土下座した。
「頼む! 俺だけでも見逃してくれ! 故郷には老いた母と腹をすかせた子供が待ってるんだよ!」
「そうかそうか」
 頼々は捕虜たちへと向けた慈愛の笑みのままだ。ついで、その隊員の首がぽんと飛んだ。水月虚刃流『月刀』。欠けた月を手に、頼々が土下座する隊員を手に掛けたのだ。
「彼らに今まで何をしてきた? 如何な事情があろうと、これは当然の報いである」
「そうそう、イイこと言うじゃねぇか、頼々」
 ことほぎがまたも呵々と大笑する。
「命乞い? 帰りを待ってる家族? イヤそれオレにゃ関係ねーじゃん? 依頼主より金積めるんなら考えなくもねーケド」
 そこで言葉を区切ると、ことほぎの視線が部隊を薙ぐ。彼女と視線があってしまった隊員は首をすくめ、小さな悲鳴を上げた。
「お前らの身なりじゃ払えなさそーだしぃ。まーそんなワケで……」
 監獄魔術が練り上げられていく。ローザミスティカ直々の指導を受けたそれは、ローザ自身が振るう力にも等しい。それほどにことほぎは力を得ており、それほどにことほぎは監獄魔術を扱い慣れていた。中空へどろりとした煙のようなものが現れ、ことほぎはそれを両手でくるくると巻き取った。無造作な動作とは裏腹に、精緻な弾丸が形作られる。
「恨むならあの世でご自由に!」
 魂を穢す弾丸が、空を裂き隊員へと。猛毒をくらった隊員が吐血する。
「……」
 一嘉は何も言わない。言う気がない。言う気もしない。
「ちくしょう、ちくしょう、なんでだよ、なんでこんな目に合わなきゃならないんだクソッタレ。俺たちより悪人なんざごろごろいるだろ、正義きどってんじゃねえぞ! こちとら人質がいるんだ!」
 捕虜を引きずる隊員に、一嘉は多少驚いた……ふりをした。人質をとった隊員の目にひねこびた喜びが灯る。だが、いと罪深き邪神の鎖は容赦がない。気がつくと首に鎖が巻き付いていた隊員は、人質を盾にとったまま銃を乱射した。天上や壁で跳ね返った鉛玉に、捕虜が巻き込まれ頭蓋が割れる。ばたばたと捕虜数人が倒れたので、やむなく一嘉は鎖を締め上げた。ごきり。首の骨が折れる感触が鎖越しに伝わってきた。
(……ろくでもない仕事を請け負ってしまったな。こんな感触を味わうのは、オレだけでいい)
 一嘉の膂力を見て取った隊員のひとりが臆病風に吹かれ駆け出す。だがその背へ向けて一嘉は風になる。SAG、ソードエアリアル・グラデーション。軽く浮いた一嘉の放つ攻撃はあまりに強力だった。まともにくらった隊員の腰から上がちぎれて臓物を吐き散らかす。一嘉は顔をしかめた。眉間へ深い縦じわができる。手を下す、その言葉の意味がよくわかった。
 いつのまにか部隊は半数以下に減り、部下の影に隠れていた部隊長が皆の視線にさらされる。
「ひっ、やめてくれ。やめてくれよお! おれは、おれたちゃ、命令されたんだ。それだけなんだ!」
 必死な顔は蒼白。なんとかして生き延びる術を探している。
「なるほど。事情とやらがおありのようで。」
 イロンが部隊長の叫びに応じた。部隊長の顔へわずかに希望がにじみ、続けて、奈落の底へ叩き落された。
「でしたら、ワタシはアナタやその家族とやらからの、怨みを全て背負いましょう。罪を全て背負いましょう。安心して裁かれるのです。汝を悪行から解放せん。」
 裁きを受ける、捌きを受ける。部隊長の顔色が蒼白を通り越して紙のごとくになる。
「た、たのむ! な、このとおりだ! だからおれだけは助けてくれえ!」
 部隊長が周りにいる隊員の心臓を銃剣で刺し貫く。相手を変えて、何度も。突然の蛮行にイロンは声を失くす。
「たいちょ……ど、して……」
 倒れ伏し、折り重なる隊員たちの死体。自らの壁を自らの手で打ち壊した部隊長は媚びへつらいで顔面を埋め尽くした。
「このとおり、悪いやつはおれが殺っちまいました。おれはあんたがたの味方ですよ、へへ。だから、おれだけは……」
「救いがたい悪行です。判決を言い渡しましょう。」
 イロンは顔を歪めたまま吐き捨てた。
「死刑です。裁判は略式でかまいませんね、裁判長。」
 物言いたげなイロンを受けて、ことほぎはチェシャ猫のように、あくびをした。
「いーんでね? とっととやっちまってくれや皆の衆。ちゃんと、首ぃ、もいどけよ?」

成否

成功

MVP

イロン=マ=イデン(p3p008964)
善行の囚人

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

オーダーを達成。さらに捕虜の損耗は少々で済みました。依頼は成功です。
MVPは悪依頼でなおも善をなそうとする歪んだイイコなあなたへ。

またのご利用をお待ちしております。

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