シナリオ詳細
<腐実の王国>青の尖晶
オープニング
●
晴れやかなる陽光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
板張りの床に落ちた光が時間と共に移動し、ベッドの白いシーツを照らした。
冬の朝の空気に身震いした『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)は数度瞳を瞬かせる。
少女の長い睫毛の奥、青いスピネルのように輝く瞳は強い意志を宿していた。
シーツの中から張りの有る脚がベッドの外へ出て、遅れて長いネグリジェが重力に引かれ落ちてくる。
スリッパを履いたティナリスは乱れた髪を背中へ追いやって寝室のドアを開けた。
「……おはよう、ミルキィ」
ティナリスの足に纏わり付くのは餌を求めてやってきた飼い猫のミルキィだ。
ミルキィの顎下と背を撫でてから、先に餌を与え自分の身支度に取りかかるティナリス。
洗面所で顔を洗い歯を磨いてからブラシで長い髪を梳かす。
鏡に映るのは緊張した自分の顔。
「しっかりしなさいティナリス」
自分の頬をぱちんと叩いたティナリスは深呼吸をして顔を上げた。
切れ長の青い目、月を抱く銀の髪。自分で選んだ騎士見習いの制服に袖を通しリボンを結ぶ。
見習いと言えど騎士である事を証明する分隊の紋章も忘れてはならない。
「今日でこの紋章ともお別れね」
ティナリスは胸に着けた紋章を指先で撫でた。
今日の作戦は待ちわびていた騎士見習いの卒業試験も兼ねているのだ。
強い眼差しが鏡の中に映る。
「お父様、お母様……ティナリスを見守っていてください」
指を組んで瞳を伏せた少女は祈りを捧げる。それは、今は亡き父母に向けての言葉だった。
神を尊び、正義を重んじる聖教国ネメシスが『冠位強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテの侵攻を受けた四年前の夏。正義の名の元に多くの聖騎士や司祭が命を落した。
それは天義貴族グランヴィル家の当主とその妻も例外ではなかったのだ。
聖騎士であった父と司祭の母は当時十三歳の幼いティナリスを残し、正義の為に殉教した。
立派な両親の為、また後見人となってくれた叔父の為、ティナリスは猛勉強をして神学校を飛び級で卒業し聖騎士見習いとなったのだ。
剣を抜いて顔の前に掲げたティナリスは青い瞳を伏せる。
「このグランヴィルの正義の剣に恥じぬよう、行って参ります」
誓いの言葉を述べたティナリスは剣を鞘に仕舞い、騎士団の自室から颯爽と旅立つ。
●
天義のヴィンテント戦線にほど近い美しい街、カーランド・ルシュ。
巡礼の旅で聖人が訪れたとされる由緒正しき場所へとやってきたイレギュラーズは活気ある町並みに目を瞠る。
何せこのカーランド・ルシュには『治安維持』の為にやってきたのだから。
イレギュラーズの目には騒動が起っているようには見えなかった。
「遠い所、お呼び立てしてしまって申し訳ありません」
街の自警団庁舎で頭を下げた少女はキリリとした表情で一同を見つめる。
「初めまして、私はティナリス・ド・グランヴィル。王都の騎士団に所属しています」
銀の髪がさらりと流れた。
「皆さんの中には法王の信託をご存じの方もいるでしょう」
天義聖堂や各地に保管されていた聖遺物は黒ずみ、天使は毒の涙を流す。銀は腐食し、木枯らしは国を揺るがした。
――仔羊よ、偽の預言者よ。我らは真なる遂行者である。
主が定めし歴史を歪めた悪魔達に天罰を。我らは歴史を修復し、主の意志を遂行する者だ。
箝口令が敷かれたものの、シェアキムや騎士団を偽の預言者や歴史を歪めた悪魔であると糾弾するそれは大きな波紋を呼んでいる。
少し前に発生していた――鉄帝国との国境沿いである『殉教者の森』に姿を見せた『ベアトリーチェ・ラ・レーテ』の暗黒の海と汚泥の兵達。致命者と呼ばれた人々。
其れ等は歴史修復のための進軍であったと告げるかのようである。
そして『此度』も歴史修復が行なわれる。聖女ルルは『預言者ツロ』と共に天義と幻想の国境へとその姿を現した。――もしも、幻想にサーカスがやってきた時にイレギュラーズが大量召喚されていなければ?
国は潰え、滅びが蔓延ったことだろう。朽ち行く王国を『魔こそ断罪すべき』とした天義は侵攻し、全てを統治する為に進むはずだ。歴史の修復は行われなければならないのだ、と聖女は告げる。
どういうことだ、というイレギュラーズの視線にティナリスは首を振った。
歴史修復のための進軍と称する者達の真意は掴めない。
されど、実際にエル・トゥルルの聖遺物は黒ずみ、狂気に侵された人が出て来たのだ。
「このカーランド・ルシュも例外ではありません」
ティナリスが言うには北部にある教会を狙い影の天使なるものが動いているらしい。その影の天使の放つ毒気の影響かは定かではないが、狂気に侵される人が出て来たということだ。
「目標はその狂気に駆られた人達の鎮圧と、彼らが操る影の天使と呼ばれる存在の撃破です」
狂気に駆られた人達は何処か幻想で起きたサーカス事変を彷彿とさせるもの。
彼らは意味の分からない言葉を話し、会話は出来ないようだ。
鎮圧と撃破。依頼の内容自体は難しくないものだろう。
イレギュラーズにはもう一つ頼まれているものがあった。
この目の前の少女ティナリスの面倒をみてやってほしいというものだ。
真面目で優等生ではあるが、正義の為に少々突っ走ってしまう所があるのだという。
父母を亡くした時に自分は子供で何も出来なかったと悔やんでいるのだろう。
そんな『後輩』にイレギュラーズとして戦い方を教えてやってほしいという頼みであった。
「それでは、よろしくお願いします!」
勢い良く頭を下げたティナリスにイレギュラーズは目を細めた。
- <腐実の王国>青の尖晶完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月01日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC10人)参加者一覧(10人)
リプレイ
●
白い壁と通路の先にある青い海の色が反射する。
潮を帯びた風が通路を吹き抜け『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)の銀色の髪を撫でていった。美しい町並みだと目を細めたティナリスの隣に鎧の音が聞こえる。
「俺はベネディクトだ、宜しく頼む。グランヴィル」
『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はティナリスに手を差し出した。
「は、はい! よろしくお願いします!」
緊張した面持ちでベネディクトの手を握ったティナリスの頬が赤い。
四年前の夏。天義という国が冠位魔種の手によって滅びかけた。多くの者がその戦いで倒れたのだ。
ティナリスの両親も例外ではない。されど、彼らが守った未来に芽吹いた種子は育ち、こうして想いが紡がれている。ベネディクト達はその若葉が追いかける太陽のようなもの。
憧憬や尊敬の眼差しがティナリスからベネディクトに向けられる。
「カーランド・ルシュか……」
天義に足を運んだ事はあるが、実際にこの地を訪れるのは初めてだった。
「教会が狙いだと聞いたが、この教会自体には何か特別な物が安置されたりはしているのか?」
「そうですね、特別かは分かりませんが教会には聖遺物が収められているとは聞いています。其れだけでは無く教会そのものが聖なる場所とも考えられます」
聖人が訪れた場所と言われているからこそ、狙われているという事なのだろうか。
「ティナリスさん、はじめまして。メイです! 一緒にがんばろですよ!」
隣から覗き込むように顔を出した『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は柔らかな笑顔でティナリスへと手を差し出す。
「はい! よろしくお願いします!」
メイの手を取ったティナリスは恭しく腰を折った。
「初めてのお仕事は緊張するものです! メイもはじめてのお仕事はー……」
廃墟遊園地でヴェっとした顔の何かに追いかけ回され酷い目にあったと遠い場所を見つめるメイ。
首を傾げるティナリスに「なんでもないです」と首を振ったメイは白亜の町並みに視線を上げた。
「天義という国では、以前冠位絡みの事件が起きたと聞いているです。それが終わってもなお、問題の芽は次々と現れてしまうですね……」
『ひと』はとてもあたたかい存在のはずなのに。この国以外でも『ひと』は戦い続けている。
――あたたかい同士なのに、どうして?
メイの脳裏に過るぬくもりと声はどこまでも『あたたかい』のに。
ベネディクトやメイとの挨拶を見守っていた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はティナリスを真面目で頑張り屋なのだと分析する。
伝え聞くに剣も魔法も人の何倍も努力しているらしいのだ。
だからこそ、少し心配ではある。がむしゃらに走り続けていたら、いつか疲れて倒れてしまうから。
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)はティナリスのサポートをしっかりと行わなければと少女を見遣る。騎士見習いというからには戦闘経験はあるのだろう。
実はティナリスが緊張しているのは『イレギュラーズと並び立つ戦場』だからである。
そういう意味ではティナリスにとって初陣といっても過言では無い。
何せ、『憧れのイレギュラーズ』たちが目の前に居るのだ。心臓がいくらあっても足りない。
ティナリスの緊張(の内訳は少し違うが)はマルクにも伝わってくる。
「大丈夫だよ。サポートはするから」
「はい! ありがとうございます!」
ただ、その『初陣』が影の天使というのは気掛かりではある。マルク達にも正体が分からない敵なのだ。
万が一誰かを失う事のないように気を引き締めなければとマルクは拳を握る。
「作戦は影の天使を抑えている間に一般人を不殺で鎮圧。気絶させた人達は戦闘に巻き込まれないよう、戦場から離れた所に退避させる。その後は全員で影の天使の掃討に移る、という流れだね」
マルクは的確な作戦をティナリスへと伝えた。それを一字一句逃さずに聞き入る少女。
「ティナリスさんは僕と一緒に、一般人を無力化してから影の天使の掃討に移行してもらう役割をお願いするね」
「分かりました。マルクさん」
尊敬の眼差しがティナリスの瞳に輝く。
そんなマルク達の様子を横目に『陰性』回言 世界(p3p007315)は僅かに息を吐いた。
面倒事を片付けつつ後輩の指導。
大した活躍も無く実力も微妙な自分よりも、もっとマシな適任者がいたのではないかと世界は心の中で悪態をついた。では、なぜこの場に居るのか……世界はティナリスに視線を上げる。『女の子』とデートできると聞いたからには来ない道理はなかった。
柔らかな羊の耳がぴくりと跳ねる。
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は白亜の町並みを見渡し眉を下げた。
「こんなに綺麗な街、で。……こわいことが、起ころうとしている」
「歴史の修復、今のこの平和が間違っているとでもいうのでしょうか……僕はそうは思えません」
メイメイの隣で『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)が眉を寄せた。
「歴史修復とは随分と勝手な言い分をする輩たちがいるようだな」
胡乱な視線で己の帽子を摘まんだ『不運《ハードラック》超越』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)は影の天使達に思い馳せる。
確かに自分達は未来を変えるために行動を起こしてきた。されど、その流れを修正し『世界は正しく滅ぶべき』だなんて……メイメイは瞳を伏せ首を横に振る。
「人々が紡いできた行いを間違いだと断罪する、未来のために戦った誰かの思いを踏みにじる思考は俺とは相いれないな。そいつらが何者かは知らんが、影の天使は撃破させてもらう」
マッダラーの言葉にメイメイがこくりと頷いた。
「そういう勢力が、これから立ち塞がるのです、ね。わたしは「未来」を守りたい、から……これからも、力を尽くしたい、です」
だからこそ止めなくてはならないと鏡禍は瞳を上げた。
――守護者として、僕には僕のできることを。
『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)がティナリスの前に一歩踏み出す。
見上げた背は憧れのイレギュラーズだ。その立ち姿は何とも頼もしいとティナリスは胸を高鳴らせる。
「ティナリス、実戦は初めてか?」
「実戦は初めてではありませんが、緊ちぇッ……緊張しています」
思わず噛んでしまったティナリスの頬が少し赤い。
そんな後輩を勇気づけるようにクロバはニッと笑って見せた。
「大した事は教えてやれないと思うけど、一緒に片づけるとしよう!」
気になる事は色々とあるが、今はこの白亜の街の治安維持が先決なのだから。
●
喧噪の先に影の天使と暴徒の姿が見える。
『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は緑の瞳で騒乱の只中を見つめた。
この身は誰かを守る為の翼。
防御も回避も抵抗も、守る事に関しては長けているつもりだと、華蓮は深呼吸をして走り出す仲間と共に前線へと飛び込む。タフな自分がダメージを受け持てば、それだけ仲間の傷が軽くなるのだ。
「粘り強く戦っていくのだわよ」
稀久理媛神が与える加護は華蓮を包み込み、その身に破邪の印を刻む。
華蓮は神弓を手に矢をつがえた。狙うは未だ戦場の奥に配する影の天使だ。
開戦の鏑矢の如く戦場を駆け抜けた華蓮の一矢は敵の胴に中たる。
今回はやや防御よりの依頼メンバーだろう。少しばかり長期戦が予想されるかもしれない。されど。
「……それこそ、私の大得意なのだわよ」
影の天使に突き刺さった矢を見つめ華蓮は口角を上げた。
華蓮の横から黒い剣と共にクロバが飛び出す。
暴徒は一応暴れているとはいえ一般人だ。されど、目の前の影の天使は人間ではない。
不殺をきにしなくていいなら思う存分刀を振るえるというもの。
「新スタイルのお披露目だ、一刀に伏される覚悟はできているか!」
クロバは不敵な笑みと共に黒き刃を天使へと走らせる。
その間にもベネディクトと世界は手分けして結界を張り巡らせ、メイメイは鳥を上空へと解き放った。
「メイは暴徒の鎮圧頑張るです。影の天使はおまかせするですよ!」
声を張り上げたメイにマッダラーは「任せとけ」と頷く。
「……狂気をバラまく存在を天使と呼ぶのはどうにも癪に障るが、来い天使共!」
数体の影の天使がマッダラーへと顔を向けた。彼の広域俯瞰による視野は、敵影の他に守護対象であるティナリスの動向も捉えている。マルクやメイたちと共に暴徒制圧へと向かう背をマッダラーは見守った。
立て続けに穿たれる影の天使の攻撃にマッダラーの服は破れ血が滲む。
次の攻撃が迫る瞬間マッダラーの耳に「気を付けて」と囁く声が聞こえた。
それは世界が呼び出した泣かぬバンシーの声。
「ありがてえ」
バンシーの注意に従って敵の攻撃を避けたマッダラーと背中合わせになった鏡禍が手鏡を取り出す。
鏡禍の持つ手鏡からは薄紫色の妖気が立籠め戦場を覆った。
その妖気に誘われるように影の天使が鏡禍へと集まる。元から負っていた傷口に影の天使の攻撃が重なり包帯から血が滲んだ。されど、鏡禍の瞳から輝きが失われることはない。
メイメイの視界に映り込むのは影の天使たちが祈りを捧げる仕草だ。
「あれは、何か意味が、あるのでしょうか……?」
「どうかしらね。神にでも祈っているのかしら」
次の一矢を番えた華蓮がメイメイの問いに応える。
「これを止めることが出来ないか戦いの中で試してみます、ね」
「言い案なのだわ!」
駆け抜けた矢が影の天使の腕に命中した。
――――
――
「ティナリスさんも最初は暴徒側に回ってほしいです」
「はい。分かりました」
暴れているとはいえ、彼らはこの国に住む普通の人であるのだ。
「助けなきゃですよ」
メイの言葉にティナリスも強く頷く。
ジルーシャは香り袋の紐を解いて香りを纏わせたあと、竪琴の音色を響かせた。
彼の奏でる音色に誘われ出て来た光の精霊に、ティナリスは目を見開く。
「……すごい」
「ふふ、光の精霊は珍しいかしら? アタシの頼れるお隣さんたちなの。大丈夫、皆とってもいい子よ」
翅に纏う光子を引いてティナリスの周りを精霊が舞った。
「頼もしいです!」
「そう、とっても頼もしいわ。じゃあ行くわよ!」
振り向いたジルーシャの横からマルクとベネディクトが駆け出す。
暴徒を抑えこみ放たれるマルクの聖なる光は戦場を白く染めた。
「……っ!」
鮮烈なるマルクの光輝にティナリスは圧倒され「すごい」と声を零す。
これが、イレギュラーズ。
無力だった幼いティナリスが『憧れた』英雄たち。
マルクの光が収まった瞬間を狙い、ベネディクトが槍を振るう。
圧倒的な武力と素早さでベネディクトは暴徒を押さえ込んだ。
其処へメイとジルーシャの魔法も加わる。
「ティナリスさんも!」
マルクの声かけにティナリスは暴徒を抑えに回った。
決して命を奪わぬその槍先と鮮烈なる光は暴徒の動きを瞬時に封じたのだ。
「そこまでだ。これ以上、この場を荒らすのは止めて貰おうか」
「……」
無言でベネディクトを睨み付ける暴徒は隣の仲間へと『理解出来ない言語』で小さく何かを告げる。
イレギュラーズ達の言葉は分かっているのだろう。彼らとて無辜なる混沌の住人なのだ。
されど、彼らにしか理解できない言語を話すのは何処か気味が悪かった。
「……それにしても、この人たちが喋っている言葉、何なのかしら」
崩れないバベル(世界法則)の外側に居る者達は不気味に映るものだ。
旅人であるベネディクトやジルーシャにはそれなりに受入れられる土壌はあれど、無辜なる混沌で産まれたティナリスは暴徒が知らない言語を喋っていることは『恐怖』を覚えるもの。
少し震えているティナリスの指先をメイが優しく掴む。
「大丈夫、メイたちがいるのです」
「そうだよ、大丈夫。ここに居るイレギュラーズはみんな強いから」
メイとマルクの頼もしい声に「ありがとうございます」と申し訳なさそうに頭を下げるティナリス。
大人しくなった暴徒をジルーシャのデュラハンに乗せて運ぶ。
「この人たちをお願いね。後でクッキーを焼いてあげるから、安全な所まで連れていって頂戴な」
●
「お待たせしました!」
ティナリスの声と共に影の天使討伐へと合流した仲間を見つめ華蓮は安堵の笑みを零す。
「ようやく揃ったのだわ! 総攻撃なのだわ! 悪いけれど、あなた達が実力を発揮できるような隙はあげられないのだわ!」
華蓮の言葉にマッダラーはティナリスを庇える位置へと歩み寄った。
万が一に備え『後輩』を守るのは自分達の役目だからと頼もしい背をティナリスへ示す。
「俺を仕留めたければ、最低限これぐらいの攻撃は用意することだな」
積りに積もった攻撃への衝動。
今まで受け身であったマッダラーの起死回生の一撃は影の天使を粉砕した。
「一体、この者達はなんなのか……と、問うても答えは返っては来ないか。行くぞ!」
「はい!」
ベネディクトの背を追ってティナリスが戦場の只中へと走る。
「一度で倒れぬならば、幾度でも、そちらが倒れるまで俺もまたこの腕を振るうまで!
穿たれるベネディクトの槍先に合わせて、ティナリスの剣が翻った。
「……教会を、穢させはしません、から」
ティナリスの姿に安堵したメイメイは後輩を援護しようと視線を上げた。
影から這い出た黒犬が影の天使に食らい付き体力を減らす。
世界は影の天使の間合いに入り込み、その瞳に魔力を宿した。
解き放たれる世界の魔力の奔流は、影の天使を飲み込み爆散する。
ちりぢりになった影の天使の残骸を冷たい目で見つめる世界。
「天使であるならば、その翼をもげばいいんじゃないか?」
空へと飛び立てるなんて思わぬことだとクロバは刃を翻す。
刀を突き入れ、翻し一閃を走らせた。おかしな動きをされる前に仕留めるまで!
「あぁ、名乗るのが遅れていたな。――クロバ・フユツキ、今は死神兼錬金術師だ」
四年前の夏。ティナリスは当時のイレギュラーズの活躍を追っていた。
アストリア枢機卿と対峙した黒衣の剣士(クロバ)の太刀をこの目で見られるとは思ってもみなかった。
マルクだってそうだ。最後の戦いで『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の背を支えていたのを知っている。散りばめられた戦況資料の中、ジルーシャや華蓮の名前を見つけた。
其れだけでは無い『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)や『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)、『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)もあの夏の戦いでこの国の為に戦ってくれた。
そんな憧れのイレギュラーズ達と自分は並んでいる。この時をどれだけ待ちわびただろう。
幼い自分は無力だった。父や母と共に戦う事が出来なかった。
メイやメイメイのように幼いであろうイレギュラーズも居るというのに。
もし、世界に選ばれていたのなら……両親を救うことが出来ただろうか。イレギュラーズ達の役に立つことができただろうか。そんな思いを抱えながらティナリスは今まで過ごして来た。
特異運命座標でないティナリスが出来るのは、人より研鑽を積むこと。
努力を積み重ね「早く、早く」と登り詰めてきたのだ。
我武者羅に影の天使へと走ったティナリスの剣が止まる。
「……くっ!」
弾かれる剣に肩で息をするティナリスへ反撃とばかりに影の天使が翼を広げた。
翼から放たれる魔力から後輩を庇ったのはメイだ。
「メイさん!?」
「このぐらい、平気なのです」
傷を負っても立ち上がるメイの強さにティナリスは心を打たれる。
同時に自分の不甲斐なさに唇をかみしめた。
「大丈夫ですよ」
メイの『あたたかい』手がティナリスの頭に乗せられる。
姉がこうしてくれたのをメイは覚えているから。
ティナリスの瞳に涙の膜が張り詰める。
「何もできない自分を恥じているのか? そりゃあ努力の方向性が違うぜティナリス」
背を向けながらクロバは口の端を上げる。
確かに諦めの悪さと執念には自信のある自己を振り返りつつ、クロバは後輩へと言葉を掛けた。
「生真面目すぎるのは美徳であり弱みだ。……だけど一人で出来ることには限りがあるんだぜ」
ティナリスの気質を見極め、彼女自身の強みを見つけるクロバ。
故にクロバが提示出来るのは――
「よし、ちょっと悪い事でもするか」
「悪い事ですか?」
「ああ、だからさっさと終わらせて、その悪い事を確かめにいこう」
「そうそう。勉強みたいに、何でも一人で頑張ろうとしなくていいのよ」
ティナリスの肩をそっと叩いたのはジルーシャだ。
きっとこの後輩は頑張り過ぎて肩肘を張っているだろうから。
「力を抜きなさい。アンタの周りにはこんなにたくさんの人がいるんだから、もっと頼りなさいな」
「見ての通り俺は攻撃が得意じゃない、暴徒を殺さず無力化なんて器用なことも出来ない」
マッダラーはティナリスへ言葉を掛ける。
「だが、俺にしか出来ない役割もある。イレギュラーズなんて呼ばれているが、俺たちも一人で何でもできるわけじゃない。得意分野が違うからこそ、気兼ねなく味方を頼れることが一番の強さだ」
マッダラーの言葉に鏡禍も頷いた。
ティナリスは『誰かの為の騎士』だと鏡禍は敬意を払う。
彼女の志はすごいし、人として大変美しいものだと思うから。
それに、その心の在り方が少しだけ恋人に似ている気がするのだ。だから気になってしまう。
「ただそうですね、僕から言えることは『頼って欲しい』ということでしょうか。僕たち10人、それぞれ得意不得意があります。僕は耐えるの得意ですけど、攻撃面はなかなかですからね」
俺も同じだとマッダラーが口の端を上げる。
「だから自分にできることと味方にできることを知る、その範囲でできないところは頼る。それを忘れてはいけないと思いますよ」
一人では無いのだとイレギュラーズはティナリスへ手を伸ばす。
「私は神様からの加護に頼って戦っている身だからね……」
華蓮はティナリスの瞳を真正面から見つめた。
「ええ、信じる神への気持ちも、学力もその真面目な性格も……きっとすぐに私なんかよりずっと強くなる。あ、食事と睡眠と息抜き、これらは怠らないようにね! 当たり前の積み重ねが健康を作って、健康が実力を育てるのだわ!」
イレギュラーズの言葉を受けてティナリスは再び剣を持ち影の天使へ青の双眸を上げた。
「僕に追従してタイミングを合わせて」
「はい!」
マルクと共に最後の天使へと剣を向けるティナリス。
先に走るマルクの剣尖に続くティナリスの剣。
「そいつは任せる、倒し切って!」
「はい!」
イレギュラーズが見守る中、天使へと魔法を纏う剣を走らせたティナリスは、黒く解けていく敵影を最後まで見つめていた。
●
気絶させた一般人を回復させたマルクは彼らが話す言葉が遺失言語-異言(ゼノグロシア)-と呼ばれるものだと知る。切欠を聞き出そうにも頑なに口を閉ざす彼らから情報を聞き出すのは困難だった。
されど何かがこの天義で蠢いているのは確かであろう。
「ティナリスさん、初陣はどうだったかな?」
マルクに問いかけられたティナリスは背筋を伸ばし緊張した面持ちで頭を下げる。
「至らない所ばかりで申し訳ありません!」
「最初はそんなものだよ……そうだな、僕から一つ教導するとしたら、作戦の立て方かな。きっとティナリスさんは将来誰かを率いる事になるだろうし」
ティナリスはグランヴィル家の一人娘だ。何れ己の力で導いて行かねばならない立場とばる。
「作戦は大目的を小目的に分解して、それをどのような順に達成していくかを組み立てる。その達成を妨げる要因を想定し、どう解決するのかを皆で相談して立案するんだよね」
胸元から取り出したメモにティナリスはマルクの言葉を書き記した。
「そして一番大事なのは、仲間の強みを知る事。そして、信じて任せる事、かな」
マルクがティナリスへ託したように。
「怪我は問題無いか?」
「はい、この通り問題ありません」
意外と頑丈なのだとティナリスはベネディクトへ視線を上げる。
「……今回と似た様な事が増えているのなら、放ってはおけんな」
「そうですね。報告する事が山積みです。このあとも巡回に行かなければなりません」
大量のメモを懐へしまい込んだティナリスへ、ベネディクトは「俺もいこう」と進み出た。
「えっ」
瞬間、花開いたような少女らしい表情で頬を染めるティナリス。
「土地勘も無いし、知識のある君が共に居てくれれば有難いのだが、どうだろうか」
「は、はい! 私の力がお役に立てるなら……嬉しいです!」
注意すべき点もあれば教えてくれると助かるとベネディクトはティナリスに顔を向ける。
「すまないな、『後輩』に何かと教えてやれ、との事だったのだが」
「とんでもないです。すごく勉強になりました!」
緊張が解れたのか嬉しそうに笑みを零すティナリスは、年相応の少女のようだった。
ティナリス達は教会が見たいという鏡禍と華蓮の言葉に連れ立って歩く。
「綺麗だったら恋人ときてもいいな、なんて思いますから」
「いいですね、私もそんな素敵な方と一緒に訪れてみたいものです」
鏡禍とティナリスは町並みの向こうに見える教会に視線を上げた。
「教会って巫女服でも入れるのかしら?」
「大丈夫ですよ。信仰があるならどんな方でも受入れてくれるはずです」
神を信じるこの国ですら、こんなにも争いを繰り返すのだと華蓮は憂う瞳を揺らす。
「争う事自体を望む人なんて、きっと殆ど居ないはずなのに……」
「ええ……」
視線を落すティナリスへ華蓮は「それでも」と拳を握った。
「戦って拳を振り上げる事に躊躇う時間は終わったのだわ。
今は戦い、少しでも多くの人を不幸から救う時間。
次に同じ事で悩むのは、拳を振わず助けるだけの力を手に入れてからなのだわ!」
振り上げた拳へ同じように、ティナリスも天へ腕を振り上げた。
(この考えの人が集まった事こそが、もしかして戦いという物の正体なのかもしれないけれど……)
道中で聞こえて来たストリートビートに交ざるのはマッダラーだ。
こうして交流を深めることは、何かの情報へ繋がる糸口へとなるかもしれない。
世界は思い悩んでいた。
先輩として指導と言われても、エリート相手に剣や魔法を教えられる訳でも無い。
ましてや心持ちなんて教えられるはずもない。なんせ世界は日和見主義の事なかれ主義だ。
どう考えてもティナリスへ掛けられる言葉が思い浮かばなかった。
前情報と戦闘中の様子から推察するに彼女はエリートで真面目で天義育ちと、ほぼ確実に堅物系の予感がすると世界は考える。柔軟性が乏しいだろうか。
前を歩くティナリスを観察する世界。戦闘中よりもほんの少しだけ険が取れたような気もする。
「そういえば、この辺で甘味を売ってる店はあるのか?」
「ええと、マーケットに行けばあると思いますが……」
「無論タダでとは言わんさ。紹介してもらった店の甘味を何か一つ奢ってやろう」
「いえいえいえ! そんな事はいけませんっ!」
世界の申し出に顔を真っ赤にして首を横に振るティナリス。
憧れのイレギュラーズに奢って貰うなど、そんな不届きな事は出来ないと慌てている。
世界が思う『堅物』よりも少し違った方向性なのかもしれない。
「ティナリスさんっ!」
「メイさん……あれその猫さんたちはお友達ですか?」
何処からともなく現れた大量の猫とそれに囲まれるメイを見つめ、ほわりと表情を緩めるティナリス。
「初めてのお仕事お疲れさまなの! えと、この子達もおつかれさまって!」
「はわー、猫さんたちも、お疲れ様だなんてそんな……」
ふにゃりと猫へと笑いかけたティナリスはメイの視線を感じてキリっとした表情に戻った。
「あ、えっとすみません。つい……」
「そういえば、ティナリスさまは猫さん、お好きなのです、か?」
羊耳をぴょこっとさせたメイメイがティナリスへと問いかける。
「はい。宿舎でミルキィという白猫を飼ってます」
「うちのこは……むがいなねこたん……名前は、ニニさんです」
「ニニさん。可愛らしいですね」
メイメイが抱っこしているニニの顎下をそっと撫でるティナリス。
「にゃーん」
キリっとした表情が次第にふにゃりと笑顔になる。メイとメイメイはそれを不思議そうに見つめた。
「すみません。猫さんを見ると緩んだ顔になってしまって」
「全然大丈夫なのです! むしろ、そっちの方が優しくてあたたかいのです!」
メイは満面の笑みでティナリスの顔に猫の腹を押しつける。
猫吸い。それは至福の時。ふわふわの毛並みへ顔を埋めれば誰もが幸せな気分になるのだ。
ティナリスの意外な一面に、メイメイはくすりと笑いを零した。
「あ……っ!」
憧れのイレギュラーズに恥ずかしい所を見られてしまったと、顔を真っ赤に染めるティナリス。
キリっとしててカッコいい女の子、という印象が少しだけ和らぎ、自分と同じ年相応な一面もあるのだとメイメイは嬉しくなった。
「ティナリスさまは、訓練ではなく、こうして、剣を取るのは初めて、でしたでしょう、か」
「実戦は何度か経験はあるのですが……こういったよく分からない相手と戦うのは初めてでした」
よく見かける魔物相手とは訳が違う。言葉が通じず正体の知れない相手は怖いのだと知った。
「音、におい、手触り……何も感じない、という事はないかもしれません。
後から、心がざわついてくること、もあるでしょう、しそういう時は、お話を、聞いてあげるぐらいは、出来ますよ」
優しい笑みで背中をとんとんと撫でるメイメイに、ティナリスの瞳が潤んだ。
「ありがとうございます」
「ふふ、わたしはせんぱい、ですから」
真っ直ぐなティナリスだからこそ、立ち止まれるように。安心のおまじないだとメイメイは後輩の背を優しく撫でた。
「疲れた身体には甘いものですよ!」
ティナリスの背にふわりと寄りかかったメイは「アイスを食べましょう!」とマーケットを指差す。
軽いメイをそのままおんぶしてティナリスとメイメイはマーケットへ向かった。
「良い街だ。正直天義という国にいい印象って最初はなかったが。目を向ければ色んなものが見えてくる」
クロバの脳裏に真っ赤な枢機卿の衣装を纏った少女の姿がよぎった。
「さて、先輩とするちょっと悪い事しようの会だ。買い食いにショッピングに、色んな買い物をしよう。
んで、全部経費にする」
「経費ですか……? え?」
きょとんとした顔のティナリスに悪戯な笑みを浮かべるクロバ。
「楽しめよティナリス。一人では気づけないことを君はもっと知るべきだ、というのが不良先輩からのアドバイスだ。そして晴れて俺とお前は共犯者だ」
「なるほど……経費ですか。その発想は『良いですね』」
ティナリスから出て来た言葉にクロバは目を瞠る。
思ったよりも彼女は『お転婆』なのかもしれない。今後が楽しみだとクロバは口の端を上げた。
「ね、アンタのこと、ティナちゃんって呼んでもいいかしら?」
ジルーシャはマーケットを歩きながらティナリスへ問いかける。
「はい。勿論です。ジルーシャさん」
緊張と照れが交ざった少女らしい表情でティナリスは応えた。
「アタシ、天義の方にはまだあまり来た事がないのよね。おいしいものとか、オススメのお店とか、色々教えて欲しいわ」
ふと、視線を上げたジルーシャの目に飛び込んできたのは、温かいカステラの上にアイスが乗ったもの。
「あっ、見て見て、あれ! あれ何かしら!」
温かいと寒い、両方の味が楽しめるのだ。
「フフ、こういう時に食べる甘いものは格別なのよ。ハイ、ティナちゃんもおひとつどうぞ♪」
「ええと……」
良いのだろうかと迷うような視線へ、ジルーシャは強引に小さなフォークを取らせた。
「いいのいいの。こういうのは皆で食べるのが美味しいのよ、ね?」
「はいなのです!」
「えへへ……」
メイとメイメイも一緒に頬張るスイーツ。それは何とも美味でティナリスは目を輝かせる。
クロバやベネディクトも同じ味を頬張るというのは、何だか学生時代を思い出すようだとティナリスは目を細めた。
「神託……そう来たか、とは思うものの、実際のところ然程意外性は感じないですね」
アリシスの黒いヴェールを風が攫う。
ネメシスの奉ずる神なるモノがこの混沌を生み出したモノであるのなら。それは恐らくイノリとざんげを生み出しアークとパンドラを用意したモノに相違ないとアリシスは考えを巡らせる。
滅びの預言とその回避。神なる者が用意した筋書きを修正しようとする動きが出るのは不思議では無い。
「ティナリス様。貴女は、神託の話を聞いてどう思われましたか?」
「そうですね……私が尊敬している人は『幻想大司教』イレーヌ・アルエ様です」
聖職者ながら清濁併せ呑み、理想論に縛られないリアリスト。彼女を尊敬しているのだとティナリスはアリシスに告げる。
「ですので、信仰あれど道理に反することは見過ごす訳にはいきません」
アリシスは強い輝きをティナリスの中に見た。
「初めまして、スティア・エイル・ヴァークライトだよ」
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライトだよ! よろしくね!」
差し出された二人の『天義の英雄』の手に、ティナリスは顔を赤くして緊張した笑顔で応える。
「初めましてティナリス・ド・グランヴィルです。お二人の事は尊敬しています!」
英雄達にこんな所で出会えるなんて緊張で震えていた。
「私も天義出身だから仲良くしてね!」
「私は2年前くらいに騎士になったばかりだから、先輩かも知れないけど、友人だと思ってね!」
自分と英雄たちが仲良く。緊張で爆発しかねないけれどとティナリスはこくこく頷く。
「ティナリスちゃんはどうして騎士になったのかな? 家のこともあるだろうけど、自分が騎士になって何をしたいか意識してみようね! 正しくあろうとするのはいいことだけど、自分を見失っちゃうからね!」
「私は父と母の意思を継ぎ、イレギュラーズの皆さんのお役に立ちたいと思っています」
未熟な自分を奮い立たせ前へ前へと進んできたとサクラへ語るティナリス。
「誇りを大切に、されど意志は見失わず! 私は聖奠騎士団として活動してるから、もし一緒に活動することがあればよろしくね!」
「はい! よろしくお願いします!」
「さて! 堅苦しい話はこれくらいにして甘いものでも食べに行こうか!」
「お仕事が終わったら遊ばなきゃ! 別に私が遊びたいからって理由じゃないからね。本当ダヨ」
目を逸らしたスティアの頬をつんつんとサクラの指先がつつく。
「ってことでオススメのクレープ屋さんがあるから一緒にどうかな? 見習い騎士のイルちゃんって子がたまにお店を教えてくれるなら時間のある時に行ってるんだ」
ブルーベリークリームチーズを選んだスティアはカスタードチョコを選ぶティナリスに目を細める。
「歴史を修復? 主が定めし歴史? ――ふざけるな、と言わざるを得ませんね」
リースリットは赤い瞳で憂う。多くの命を賭した戦いを間違いだと断ずるものだ。
そのようなもの認められるはずもない。四年前の夏に両親を失ったティナリスにとってもだ。
ほぅ、と落ち着けるように深呼吸をしたリースリットはクレープを食べるティナリスを見つめる。
彼女のような人材が新しい世代の天義騎士である事は、間違いなく喜ばしい事であるのだ。
「私達も初めはそんなものでした。……護るべきものを護る為に戦う事が間違っている筈もありません。どうか焦らずに、ティナリスさん」
英雄の言葉を胸に刻むティナリス。ハッと気付いたように露店へと引き返した少女は同じクレープをリースリットへ差し出す。
「み、皆で食べると……美味しいので! 良かったらどうでしょうか!」
緊張で顔を真っ赤にしたティナリスにリースリットは目を細めた。
「新人の教育ねぇ……」
カイル=ヴェル=リットベルガー(p3p009453)はティナリスをじっと見つめる。
「顔良し、スタイル良し、性格は真面目……ったく。まるでどっかの誰かさんの女版って所かねぇ」
懐かしさに微笑みを浮かべたカイルはティナリスへにかっとした表情をむけた。
その向こうに老婆が荷物を重そうに運んでいる姿を見つけ、カイルは走り出す。
「よぉ! ばぁちゃん! 重そうだから持ってやるよ!」
ついでだからと快活に笑うカイルの姿を見つめティナリスはすごいと感心した。
「おっ! そこの綺麗なお姉さんっ! 困った事があれば話しがてら奢らせてくれよな!」
と思えば今度は軟派な言葉を掛けるカイルの行動につい笑ってしまう。
「ほら、アイス買ったからティナリスも食べな? 何事も息抜きしながらが一番効率良いんだぜ?」
「はい……ありがとうございますカイルさん」
「ティナリスさんは猫さん好きかな?」
「はい、大好きですよ」
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)の問いかけにティナリスは微笑む。
「白い街……綺麗、だね。みゃー」
マーケットをのぞきながら祝音は周囲の動物たちが戻って来ているか目を配った。
「狂気の影響受けてないと良いけど……」
「そうですね……あ、猫さん居ましたよ」
人なつっこい猫が祝音の足に絡みつく。
「大丈夫、大丈夫だよ。それにしても、聖遺物が黒ずむなんて。魔種の仕業としか思えない」
頬を膨らませる祝音にティナリスは心配ですねと視線を落す。
「街の巡回のお手伝い……するよ……」
『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は地図を手に潜伏しやすそうな場所を書き記す。
「もう1枚の紙に書く事で、実際の街の様子とは違う街の見え方が分かったりするから……」
「なるほど」
あとは一人で避難出来なさそうな一人暮らしの年寄りや、小さな子供を連れた家族などにレインは声を掛ける。何かあった時の安全な場所を伝えて歩くのだ。
「そういうの…知ってるのと知ってないのとじゃ……戦場で大変な目に合う人達の数が、多分……凄く減るから……そういうの、何度も目にしてきた」
「勉強になります」
レインの行動をメモに書き記すティナリス。
「お、やってるやってる」
手を振ってやってきたのは『雪の花婿』フーガ・リリオ(p3p010595)だ。
「街の巡回なら、おいらの得意分野、だな。なんせおいらが元いた世界では、衛兵を務めてたから」
巡回しながら街の迷子や喧嘩で困っている人に、自然と手を差し伸べるフーガに尊敬の眼差しを向けるティナリス。
「……ちなみにここは、演奏してもいいところなのかな?」
「おーい! こっちこっち!」
フーガを呼ぶのは街の音楽家たちに溶け込んだマッダラーだ。
マッダラーとフーガ、それに街の音楽家たちによる即興の音楽祭が始まる。
「天義って結構お堅い所って思いこんでいたが、実際巡ってみたら、街中の美しい光景でそんな思い込みが吹き飛んじまうぜ。……今度はおいらの妻も連れてこようかな」
「是非、来てください!」
フーガ達と別れたティナリスの元へ笑顔で向かってくるのは『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)だ。
「戦闘お疲れさまでした! 本当は妙見子もご協力したかったのですが……ふふ、また次の機会ですね」
「ありがとうございます」
ティナリスが嫌で無ければ一緒にマーケットでもと誘う妙見子の後ろに隠れて居るのは『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)だった。
「ほ、ほら! トール様も後ろに隠れてないでこっち来てくださいまし!」
「わ、わっ……! ちょっと妙見子さん、引っ張らないでください! 私はただ、会話に入るタイミングを探っていただけで……あっ、コホン」
咳払いをしたトールは「お疲れ様でした」とティナリスを労う。
「ほ、ほら! お洋服とか見ましょう! トール様も! ほら!」
妙見子はネイビーのシャツワンピースを手にしてティナリスに合わせる。
「この……ティナリス様に似合いそうですね! 一着お願いできますか? お近づきの印にもらってくださいな?」
「え!? いえいえいえ! そんな貰えません!」
顔を真っ赤にしたティナリスがぶんぶんと首を振る。憧れのイレギュラーズにスイーツだけでなく、服までも奢って貰うなんてとんでもないと焦っていた。
「妙見子さんから選んでくれたシャツワンピース、とってもお似合いですよ。私からはオーロラ色のワンポイントが入った可愛いポーチをお贈りさせていただきます」
「あ、わわ」
妙見子とトールのプレゼントにしどろもどろになる様子は、年相応の少女のように思えた。
「動乱の日々が続いていますが、辛い時こそ一人で抱え込まず仲間に頼ってくださいね。またお会いできる日を楽しみにしています」
「……これから騎士として大変なこともあるとは思いますが……貴女ならきっと大丈夫です」
手を握る妙見子に恥ずかしそうにティナリスは頷く。
「妙見子はいつでもティナリス様を見守っておりますからね」
巡回の終わり、ベネディクトはティナリスへと向き直った。
「次に出会える事があれば、先輩らしい事の一つでも出来ないか考えておくよ」
「ありがとうございます。ベネディクトさん……その、これマーケットで買ったものですが。最後まで巡回を手伝ってくれたお礼です」
差し出された小箱は可愛らしいリボンが掛けられている。
「有り難く受け取っておくよ」
「皆さん今日は、本当にありがとうございました」
イレギュラーズへ、ぺこりと頭を下げたティナリスの銀色の髪に、海へと沈む夕陽の色が煌めいた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
無事に街の平和は保たれました。
ティナリスも喜んでいたことでしょう。
GMコメント
もみじです。天義貴族令嬢ティナリス・ド・グランヴィルが登場します。
仲良くしてあげてくださいね。
●目的
・異言を駆使する者達(暴徒)の制圧
・影の天使の撃破
・ティナリスの指導
・街の巡回や散策など
●ロケーション
天義のヴィンテント戦線近くの美しい街、カーランド・ルシュ。
巡礼の旅で聖人が訪れたとされる由緒正しき場所です。
北部には教会があり、敵はそれを狙っているようです。
今回は街の外縁部にある通りが舞台となります。
暴徒と影の天使が暴れています。他の住人は既に逃げているので安心です。
これ以上被害が出ないようにここで鎮圧、撃破しましょう。
戦闘が終われば街の巡回や散策をする事が出来ます。
マーケットや公園など美しい白亜の街を散策しましょう。
(※サポート参加の方は『戦闘なし』でこちらです)
●敵
・異言を駆使する者達(暴徒)×5
意味の分からない言葉を喋っています。
崩れないバベルで解析できず、理解不能な言葉です。
狂気に駆られて暴れていますので不殺で鎮圧しましょう。
強さは一般人と同等です。
・影の天使×8
人の形をした灰色の者たちです。
何かに祈りを捧げるような仕草を見せています。
こちらは撃破しましょう。そこそこ強いです。
●味方
『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
天義貴族グランヴィル家の娘であり、神学校を主席入学し、主席のまま飛び級で卒業した才媛。
当時の学園最強の剣士にして、学園最優の神聖魔術師であり、勉学のトップでした。
自分の身は自分で守れる程度の実力があります。
性格はとても真面目です。些か真面目すぎる所があります。
先輩として戦い方や、心持ちなど教えてあげてください。
戦闘後の巡回や散策に誘うのも良いでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet