シナリオ詳細
<咬首六天>真夜中の聖歌隊。或いは、陰鬱な日々…。
オープニング
●陰鬱な聖歌
「真夜中になると、どこかから陰気な、気持ちの悪い音楽が聞こえてくるんだ」
首都スチール・グラード、ラド・バウ独立区にて囁かれ始めた1つの噂がそれである。
初めは、避難してきている市民たちの間で。
次に、ラド・バウ独立区を守る闘士たちの間で。
最後には、ラド・バウ独立区で暮らす者のほぼ全員がその噂を知ることになる。
だが、所詮は噂だ。
実際に「陰気で気持ちの悪い音楽」を耳にした者は、全体のごく一部に過ぎない。
否、或いは「そんな音楽を耳にした」気がしているだけなのかもしれない。
都市伝説や怪談の類は、得てしてそんな風にして巷に流布していくものなのだ。
「なんて風な、どこかの誰かが悪戯に話した季節外れの怪奇譚だと思ってたんっすけどね」
月の綺麗な、骨の芯まで冷え込むほどに寒い夜のことである。
イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は、ラド・バウの高所から荒れ果てた街へ……ラド・バウから見える範囲の瓦礫は既に片付けられて、バリケードなど設置されているが……耳を傾け、囁くような言葉を零した。
か細く、小さな、震える声だ。
コートの前を掻き合わせ、イフタフは体を震わせる。服に隠れて見えないが、その腕や首元には鳥肌が浮き上がっていた。
イフタフの耳に届くのは、怖気の走るほどに澄んだ楽器の音色だ。リュートに、笛に、それから低く囁くような歌声……折り重なった音色の波が、イフタフの耳を通して脳へと染み込み、どうにも精神を蝕んでいく。
「けっこう、近い場所にいるっすね。姿は見えないっすけど……南の方向っすかね?」
耳を塞いで、イフタフはそう言葉を零した。
聖歌のような曲調だ。
曲そのものは美しい。だが、聴いているとどうにも死にたくなってくる。
●絶叫する死体
「……さて、少しだけ妙な話になって来たっすよ」
ラド・バウの地下、遺体安置所に集まったのはイフタフを始めとした、数名ほどのイレギュラーズだ。彼らの中央には、台に乗せられ上から布を被せられている遺体が3つ。
遺体安置所という名前の通り、ここはラド・バウで不運にも命を落とした者が一時的に運び込まれる部屋である。遺体の損傷が激しければ修復処置を、そうでなければ死に化粧を施して、数日のうちに用意された墓へと運ばれる手筈となっていた。
もっとも、ここ暫くは一切使用していなかったが……何しろ遺体なんて数えきれないほどに増えているので、一々安置所に運び込んでいられないのだ。
「まぁ、見てもらうのが早いっすかね」
慣れない手つきで遺体を隠す布を剥ぐ。
現れたのは、皮の鎧や黒いマントを身につけた3人の男の姿である。見たところ外傷のようなものはない。だが、確かに絶命していた。そして、3人の表情は、まるで叫ぶかのように大口を開け、苦悶に歪んだものである。
大きく開いた口の中には、黒く酸化した血が溜まっている。
「死因は? 毒か呪いの類か?」
イレギュラーズの誰かが問うた。
イフタフは肩を竦めて首を傾げる。
「どうでしょうね。内臓に負荷がかかっていて、重要臓器や脳にダメージを受けていることは判明したっす。それから【無常】に【狂気】【魔凶】【呪縛】っす」
3人の遺体は、今朝早くにラド・バウの南側で見つかったものだ。
身元を調査したところ、一般の冒険者に扮した元・囚人であることが判明した。おそらく、避難民を装ってラド・バウに忍び込み、イレギュラーズの首を獲ろうとしていたのだろう。
「収監される以前は3人で組んで墓泥棒や、墓守相手の強盗殺人なんかを繰り返していたらしいっす。まぁ、小悪党の類っすね」
臓器や脳へのダメージにより彼らは死亡したのだろうが、その方法が分からない。下手人の正体も不明なままだが……イフタフには1つの心当たりがあった。
「最近、ラド・バウに広まっている“真夜中に聴こえる不気味な音楽”の噂はご存知っすよね?」
イレギュラーズの首肯を確認したイフタフは、昨夜の出来事について語り始めた。
イフタフがラド・バウの南方で耳にした“陰鬱な聖歌”についてだ。その曲が聴こえていた辺りと、3人の元・囚人たちが遺体で発見された辺りはおよそ一致している。
「よく分からない問題は早めに解決しておくに限るっす。今夜から、ラド・バウの闘士の皆さんが周辺の警戒と見回りを一層厳重にするそうなんで、協力して解決……要するに、原因を見つけて、討伐してください」
それからイフタフが広げたのは、ラド・バウ周辺の地図だった。
闘技場を中心に、東西南北に区画が分けられている。
「各区ごとに10名ほどの闘士の方が見回りをするとか……昨日聴こえた曲の感じからすると、リュートが2人、笛が2人、歌唱が1人とは思うっすけど」
- <咬首六天>真夜中の聖歌隊。或いは、陰鬱な日々…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年01月18日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●陰鬱な歌
ラド・バウの南側。
つい先日、3人の男性が遺体で発見された場所だ。遺体が発見される前夜、周辺では件の陰鬱な聖歌が聴こえていたという証言があった。
日中のうちに『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が遺体の発見場所を調査しているが、手掛かりらしい者は何も見つかっていない。あったのは3人の吐いた血の痕と、地面を転がり回っただろう痕跡だけだった。
夜毎、陰鬱な歌と音楽が鳴り響く。
ラド・バウにてここ最近、急に流行り始めた噂だ。当初は、不安や恐怖による幻聴か、夏に流行る怪談に似た退屈しのぎの一種だろうと思われていたその噂だが、ある日、死者が出たことで住人たちの認識は変わった。
つまり、単なる噂から、解決すべき怪奇現象へ。
「このままでは避難してきた堅気の皆さんも安心できねぇだろうからよ。何が目的かは分からねぇが、排除しなければよ」
夜になって、ラド・バウから出て来たのは数十名の闘士と、8人のイレギュラーズたちだ。ラド・バウ周辺を東西南北に分けて、見回りを行うためである。
『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)は拳を鳴らして、夜闇の中へ進んで行った。そこには何の気負いも無い。あくまで自然体……豪胆という言葉がこれほど似合う者もそうは多くないだろう。
「陰気な曲ねえ、確かにこの辺りにはよく流れていそうだ」
東西南北へ散開していく闘士たちを見送って『アーカーシュのDJ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は肩の上にラジオカセットを担ぎ上げた。
スイッチを入れれば、ノイズ混じりの重低音が鳴り響く。ツマミを回せば、音は徐々に大きくなっていく。
「だが、アーカーシュのご機嫌DJおじさん、もとい吟遊詩人としては、そういうとこにこそ明るい歌を届けるのが役目って奴だ」
笑みを浮かべれば、ヤツェクの顔に刻まれた皺が一層、深くなった。
「ぜひ聴いてみたいものだ。陰鬱な聖歌などには負けられないからな」
身体全部を揺らしてリズムを刻むご機嫌おじさんを横目で一瞥。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は口の端に笑みを浮かべた。
情勢もあり、ラド・バウ周辺には陰鬱な気配が漂っているが、ヤツェクがいれば少しは雰囲気も良くなるだろう。
それだ。
それこそが、音楽だ。
音を楽しむと書いて“音楽”なのだから、陰鬱な聖歌など、人を死に至らしめる演奏など、認められるはずはない。
「アーマデルさんは音楽を聴くのかい? 依頼で顔を合わせることはあっても、あまりそう言う話はしないからね」
ふと、イズマは『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)へと問いかけた。黙々と歩を進めるアーマデルの様子が気にかかったのだ。
「音楽か……俺にとって音楽とは、これだ」
アーマデルが取り出したのは、赤い色をした音楽プレーヤーだ。イズマはおや? と内心で首を傾げる。アーマデルの様子が、いつもよりも少し楽しそうに見えたからである。
「それは?」
「弾正がくれたんだ。オリジナルソングの歌唱データが収録されている。俺が歌うならば故郷の歌ではなく、これだ」
どことなく得意気な様子で、アーマデルはヘッドホンを頭に被った。
どこかぼんやりとした眼差しで、レインは空を眺めている。夜の静寂に耳を傾け、陰鬱な聖歌が聴こえてこないか確かめているのだ。
だが、聴こえて来たのは男たちの足音と、明るい笑い声ばかり。
「よぉ、お嬢ちゃんたちも見回りか? 危なそうなら、すぐに逃げてくれよ」
レインに声をかけたのは、筋骨隆々とした大男だ。
視線をそちらへ向けたレインは、頭の上に両手を挙げて2回ほど手拍子をしてみせる。
「お嬢ちゃんじゃないけど……手拍子とか、パルスの歌を口ずさんだりとかできる?」
「あん?」
何言ってんだ? という顔で、大男は眉を顰めた。
無言のまま、レインは通りの隅を指さす。
「実際にラド・バウの人達に犠牲者が出ちゃってる以上、ただの噂だなんて言っていられないね。早く原因を突き止めて解決しないと!」
ごう、と火炎が夜闇を払う。
廃材や鉄骨、瓦礫を積み上げながら『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が火炎を振り撒いているのだ。その足元には子ネズミが1匹、従っている。
「音に仕込みがあるんじゃ、普通の見廻り方で対処できないもんな。うまいやり方を見つける奴もいたもんだ」
目には目を、歯には歯を……そして、音楽には音楽を。
暴力は全てを解決するが、時として暴力よりも効果的な方法が選択できるケースがあるのだ。例えばそれが今だった。
『ラド・バウA級闘士』サンディ・カルタ(p3p000438)は、焔が口ずさむ陽気な曲……パルス・パッションの曲に合わせて、木の棒を軽快に振り回していた。
カカカカ、と小気味の良い音色が響く。サンディが瓦礫を叩いて、即席のドラム・ビートを刻んでいるのだ。
「知らない曲ですけどリズムには乗りやすいですね。ちょっと楽しいです」
思わず、といった様子で『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)は口元に薄く笑みを浮かべる。即席のバリケードやステージを組み上げるためだろう。小さな両手には、廃材が抱えられている。
●Ghost-Chant
はじめは微かな風の音。
それから、樹木の軋むような耳障りな高音。音の出どころは分からないが、イズマはまるで空か、そこらの闇が軋んでいるかのように感じていた。
「……っ」
耳を押さえたイズマが苦悶の声を零した。
唇の端から、赤い血が零れる。陰鬱な聖歌をよく聴こうと耳を澄ませたのが悪かったのだろう。優れた聴力が仇となった形だ。
見れば、周囲を警戒していた闘士たちの何人かも、耳を押さえて呻き声を零している。
だが、その甲斐もあっておよその方向は把握できた。
「あまり聞きすぎるとダメージを負うか? イズマ……!?」
「問題ない……さぁ、徹底抗戦だ。その音色を塗り替えてやるよ」
前へ出ようとした義弘を制止して、イズマは足元にスピーカーを置いた。
靴底で数回、石畳を踏み鳴らす。
スリーカウント。それからイズマは腰の鞘から細剣を抜いた。
キィン、と澄んだ音が鳴る。
「ヤツェクさん!」
「おぉ。耳は痛いが……DJ・OZ-SANはこの程度じゃ止まらないのさ」
イズマの設置したスピーカーに、ヤツェクがアンプを突き刺した。
イズマの奏でる低音に、ノイズ混じりのメロディーが乗る。即席だが、イズマとヤツェクの演奏が陰鬱な聖歌を取り込んだ。
決して心地良いとは言えないが、不気味さの中に荘厳な雰囲気さえ感じさせる即興曲は、多少なり陰鬱な聖歌の影響を軽減したはずだ。
「2つ先の通りか。建物が邪魔だな」
民家の屋根の上に立ったアーマデルが、音の出所の正確な位置を補足する。
周囲に漂う霊魂に、敵の居場所を探らせたのだろう。
緩和されているとはいえ、陰鬱な聖歌を聴いたのだ。内臓に受けたダメージにより、幾らか顔色が悪くなっている。
「長く聴くには耐え難いな。闘士たちは後方に下がって、堅気の皆さんを守ってくんな」
陰鬱な聖歌は夜の闇に良く響く。
闘士たちに後方の警戒を任せ、義弘はアーマデルへ合図を送った。アーマデルが首肯するのを確認し、義弘はまっすぐ建物へ向かって突撃を慣行。
振りかぶった拳を、力任せに家屋の壁へと叩き込み、壁に大穴を打ち空けた。
暗闇の中、蠢く6つの影がある。
陰鬱な聖歌を奏でているのは、そのうち5人。リュートが2人にフルートが2人、そしてローブを羽織った背の高い女は、歌唱を担当しているようだ。
それから、事前情報に無かった最後の1人は、どうやら指揮者であるらしい。
「演奏が不完全になれば効果が弱まるかもしれねえなら、まずは確実に一人ずつ仕留めるのがいいだろうな」
「ならば、俺は歌唱や笛を優先して狙おう」
家屋の壁を殴り壊して、義弘とアーマデルが姿を現す。粉塵の舞う中、2人はまっすぐ聖歌隊へと疾駆した。
音波の波が2人を襲う。
2人の背後では、イズマとヤツェクが陽気な曲を奏でているが、それでも陰鬱な聖歌を掻き消すには至らない。
疾駆する2人は内臓や脳に痛み、痺れを感じていた。至近距離で陰鬱な聖歌を耳にしたなら、なるほど確かに絶叫の末、命を落としてもおかしくないと思われる。
「だったら俺ぁ指揮者だな」
口から溢れる血を拭い、義弘が地面を蹴って跳ぶ。
その背中を押すように、イズマの澄んだ歌声が響いた。聖歌隊の歌声が、ほんの少しだけ調子を外す。
聖歌の演奏が淀んだ。
怖気の走る視線を感じる。指揮者の視線が義弘を向いた。
構わず、義弘は渾身の殴打を指揮者の顔面に叩き込む。
と、同時に義弘の頭上で金属の擦れる音がした。
それは、アーマデルの放った斬撃だ。
蛇のようにうねる刃が歌唱する女の顔面を裂いた。鮮血の代わりに噴き出したのは、夜の闇よりなお黒い瘴気。
顔面を裂かれた女が絶叫を放つ。
「ぐぉ!?」
「っ……く」
義弘とアーマデルが地面に膝を突いたのと、ヤツェクがラジオの音量を最大まで上げたのは同時。
至近距離で聴いた女の絶叫が、2人を襲った。脳髄を焼けた火箸で掻き回されるような激痛と不快感に、思わず意識を手放しかけた。
「待ってろ。すぐに陽気な歌を届けてやるからよ」
2人を囲むように展開した聖歌隊の中央へ、ラジオを担いだヤツェクが駆け込んで行く。
大音量に導かれ、サンディが夜の闇を切り裂き疾駆する。
その後ろには、焔やレイン、鏡禍が続いた。
「連中、すっかりこっちを“敵”と認識してるらしい。突っ込むぞ、相手の音に惑わされるな」
通りの先を指さして、サンディが背後へ声を投げた。
その声に従い、前線を駆け上がったのは鏡禍だ。
「任せてください。リズムを取るためには味方の方に集中する必要があるので」
焔の歌うパルスの曲は、耳に馴染むほど聴き込んだ。リズムも、メロディーも、歌詞も、すっかり覚えてしまっている。
野生の獣のように姿勢を低くしてサンディはさらに加速した。
そのすぐあとに、薄紫の妖気を纏った鏡禍が続く。
頭を抱えて、蹲っている男たちがいた。
警備に出ていたラド・バウの闘士たちだ。陰鬱な聖歌を耳にした影響で、身体に異変が生じているのだろう。
口や鼻から血を流し、呻き声を上げながら、けれど身体が満足に動かず逃げられない。
そんな彼らの背後へ、足音もなく近づく1つの影があった。
「味方は、守るよ……おかしくなんかさせない」
その背に触れて、レインは言った。
ふわり、とレインの手元から淡い燐光が広がっていく。
暖かな光が、闘士たちの異常を払った。
「大丈夫?」
静かな声でレインは問う。
はじめは困惑していた闘士たちだが、それもほんの少しの間だ。すぐに立ち上がり、地面に落ちていた自分の武器を手に取る。
「おぉ、助かった。敵はどっちだ? やられっぱなしじゃ男が廃る」
「……じゃあ、歌って?」
「あ?」
二度目の困惑。けれど、レインの表情は至って真面目なものである。
「パルスの歌を歌いながら、見回り……歌うのが難しいのなら、手拍子」
ほら、とレインが指差す先から明るい歌が聴こえていた。
焔が歌う、パルス・パッションの楽曲だ。この日のために焔が用意して来た“最高にぶち上がるメドレー”である。
敵が歌で攻撃を仕掛けて来るのなら、こちらも歌で抗えばいい。
単純明快。
だが、最適解である。
「ほら、扉を開いていこう♪」
焔が歌を舌に乗せた。
その手の平に火炎が灯る。
「きらきらしたおひさまも 真っ白な雲も♪」
陰鬱な歌が脳髄を搔き乱す。
頭が割れるほどに痛い。指揮者の手の動きに合わせ、聖歌隊の演奏がより一層に陰鬱さを増した。
焔の心臓が跳ねた。
ナイフで直接、内臓を突き刺されるような激痛。喉の奥から血が溢れる。
けれど、歌うことは止めない。
「っ……全部、ボクたちを祝福している♪ 青い空の下なら、何だって見えるだろう?」
痛みを堪え、腕を振るった。
放たれた業火の槍が、音波の波と衝突し辺りに火花を撒き散らす。
業火の槍と、聖歌隊の演奏は拮抗している。
否、数の差もあり焔の方が若干不利か。
だが、しかし……。
『『『キミと一緒に♪』』』
焔の背中を押したのは、野太い漢の合唱だった。
闘士たちのコーラスに、レインが自身の歌を乗せた。
陰鬱な聖歌を搔き乱し、焔の槍が勢いを増す。
業火の槍が、指揮者の身体を貫いた。
黒いローブが火炎に飲まれ灰と化す。
遺体は残らない。
そもそも、彼らの肉体は仮初のものだ。半実体のゴースト……とでもいうべきか。
「どっかの墓から流れて来たか? まぁ、どっちだっていいか」
瓦礫を宙へと放り投げ、サンディは口角を吊り上げた。
まずは1つ。
掌打で煉瓦を弾き飛ばす。
次いで、回し蹴りの一撃で鉄骨を。
それは瓦礫の流星群。
「俺たちはアタッカー! 敵を叩き潰してく役回りだ!!」
降りしきる瓦礫の雨を掻い潜るように、鏡禍が前線へ駆けあがる。
リズムが跳ねた。
それと同時に、鏡禍は手刀を一閃させる。
陰鬱な聖歌が、鼓膜を通して脳髄を搔き乱す。だが、止まらない。焔の歌が、イズマとヤツェクの奏でる曲が、鏡禍の足取りを軽くした。
聖歌隊は、徐々に後退しながらも演奏を続けていた。
だが、指揮者を失ったことで演奏には多少の狂いが見られる。勢いを取り戻した義弘とアーマデル、そして鏡禍に追い立てられてリュートの1人が体勢を崩した。
「楽器が無ければ演奏も出来ないでしょう」
姿勢を低くし、鏡禍が駆ける。
薄紫色の霧が、鏡禍の後を追うようにたなびいた。
大きく、身体ごと跳び込むように前進。
腕を振るえば、リュートの弦が断ち斬れた。
踏鞴を踏んで、奏者が数歩、後退る。その胸部から顔面にかけて、蛇のようにのたうつ刃が斬り裂いた。
「楽器を失った奏者が歌い手に転身する可能性もあるからな」
消滅する奏者を一瞥し、アーマデルは次のターゲットへ狙いを変える。
●陰鬱な日々はいずれ明ける
消えたゴーストの数は3。
演奏の勢いは削がれたが、陰鬱な歌は止まらない。
否、止められないのだ。聖歌隊は“陰鬱な聖歌を奏で続ける”ために存在するのだから。
イズマの奏でるリズムが途絶えた。
聖歌隊の出現から今まで、ずっとその歌を聴き続けていた影響か。耳と鼻から血を流し、ついに意識を失ったのだ。
その隣では、ヤツェクの身体が地面に倒れる。
「聴くと死にたく……いいや、違うな」
視界が闇に閉ざされる。
その寸前、唇を噛んでイズマは意識を繋ぎ止めた。
『奏で続けて死にたい』
「死ぬのはもっと人生を音楽に捧げてからだ。たかが20年程度じゃ足りないんだよ!」
「あぁ、そうだ。鎮魂歌にはまだ早い。明るいソウルフルな霊歌で、安眠するのは死者だけでいい!」
イズマに肩を貸しながら、ヤツェクがラジカセのボリュームを上げた。
【パンドラ】を消費した2人が、戦線へと復帰する。
「遠くまで届くから……」
「ありがとう! パルスちゃん!」
レインの歌声が。
焔の火炎が。
瓦礫の山を飲み込んだ。
リュートの音色がプツリと途切れた。
次いで、笛の音が炎に焼かれて灰と化す。
最後に残ったのは、歌を奏でる女だけ。喉が裂けるのではないかと思えるほどの大音声で、陰鬱な聖歌を紡いでいる。
伴奏は無い。
ただ1人。仲間たちを失った悲しみを歌に乗せ、奏でているかのようにも見えた。
敵だと、魔物の類だと。
分かっていても、その有様には憐憫の情を抱かずにはいられない。
「……俺が背負うべきだろうな」
なんて。
誰にも聞こえぬほどの声量で呟いて、義弘が拳を硬く握る。
閃光。
拳に宿る雷光を、歌唱者の胴へ叩き込む。
サンディとアーマデル、鏡禍が周辺の捜索に向かったが、聖歌隊らしき影は無かった。
6人で全てだったのだろう。
その6人も、もう消えた。
残ったのは、幾らかの灰だけ。
それさえも、冷たい風に吹かれてどこかへ消えていく。
「時々会いに来るの……約束するね」
夜の闇へ、レインはそう言葉を投げる。
その日以来、夜毎に聴こえる陰鬱な歌は、一切聴こえなくなった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
聖歌隊の討伐は完了しました。
ラド・バウで流行り始めた「陰鬱な歌」は、この日を境に聴かれなくなりました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼にてお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“真夜中の聖歌隊”の討伐
●ターゲット
・真夜中の聖歌隊×5?
正体不明の聖歌隊。
音の感じから、リュートが2人、笛が2人、歌唱が1人と予想されるが、演奏に加わっていないメンバーがいないとも限らない。
目撃情報は無いが、彼らの奏でる“不気味で陰鬱な聖歌”を耳にした者は存在している。
陰鬱な聖歌:神超遠範に中~特大ダメージ、無常、狂気、魔凶、呪縛
演奏と歌唱を長く、しっかり聴くほどに効果が上昇する模様。演奏が不完全なものになれば、効果は減少するかもしれない。
●フィールド
ラド・バウ周辺。
ターゲットの位置が不明かつ危険な存在であるため、周辺を東西南北の4区画に分けて警戒している。
建物や樹木、瓦礫などが多い。バリケードを建築していることもあり見通しが悪い箇所もある。
各区画に闘士が10名ずつほど警備と捜索に当たっている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
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