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シナリオ詳細

<フィクトゥスの聖餐>あなたの温かな手で

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 今日のアドラステイアは、先も見えない猛吹雪だった。
 凍てつく北風に晒された地で、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は思う。

 ただ生きたかっただけの子供達が、こんな寒い中で罰し合って、殺し合って。
 そのようにあれと、大人が子供に教える教えとは。
 そのような教えの神とは一体どのような神で、どこにいるのだろうか。

 彼が抱いた謎は、この時既に明かされていた。他のイレギュラーズが実際に接触したという、アドラステイアの神『ファルマコン』。白い肌に黒い髪、光のない黒い瞳を宿した女だ。
 アドラステイアの鐘塔に住まうこの『神』は、この地に命を作り、喰らい、自身を愛する者へ己が血肉を分け与えることで救うのだ。
 万物に平等な、終焉によって。

 ――だが、それは違うと思った。
 陸(おか)の冬はこんなにも冷たくて、風が強くて、緩やかに揺蕩うことを許さない。
 この地に満ちる冷たさが救いだとは、信じたくなかった。
「アドラステイアにはまだ子供達が残っているはずだ。今もなお、『大人』に命じられるまま……。俺達に何ができるだろう」
 領地に引き取ったオンネリネンの子らを思いながら、まだこの地に残る子を気に掛ける『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)。
 それに淡々と答えたのは、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)だった。
「壊してしまえばいいでしょう。前途ある子供を生贄にするような信仰ごと」
 子らを導く大人も、『神』も、全て。
 幸い、この酷い吹雪でアドラステイア側も今は巡回や積極的な攻撃に出る様子はない。条件が悪いのはこちらも同じだが、この機を逃せば『神』にも機会を与えてしまう。
 『神殺し』の為の一手は、今しかない。
「鐘塔……どっちかな。吹雪で遠くが見えない……」
「でしたら、我(わたし)が少しばかりお役に立ちましょう」
 吹雪の向こうから戻ってきた三日月の角は『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)だ。
「我、アイするものは見失いませんので。『ファルマコン』ではなく、その近くへ逃げ込んだ『ファザー』の方ですが。
 先日のカインやレメク達を差し向けた『大人』ですよ」
 ただ、このアドラステイアでは旅人への風当たりが強いため、尾行中に攻撃を受けそうになって引き返してきたらしい。
「鐘塔の近くまでは追えましたが、翼の生えた獅子から光を浴びせられまして。半身ほど持って行かれるかと危惧致しました」
 はあ、と溜息をつくチャンドラ。よく見れば既にスキルで傷は癒えているが、衣服に破れた跡があった。
(それは……攻撃を『受けそう』ではなく『受けて』いるのでは……)
「翼の生えた獅子というのはどれくらいいたのですか」
 冷静なツッコミを脳内に留めるアーマデル。一方、フルールは獅子についての詳細を求めた。
「我が見たのは1体でしたが……鐘塔の中に何体いるかまでは。
 そもそも、偽とはいえ『神』が座するような場所です。見た目通りの中になっているのかもわかりかねます。
 教えでは、あそこは『神の園』だそうではないですか」
 アドラステイアの『神の園』。頂の先のヘブンズホール。
 死した者や断罪された魔女たちが祝福を受け清らかな魂となり、永遠の命と聖なる身体を得ていつまでも幸せに暮らしている――と、信じられている場所だ。
 もちろん、そんな教えは徹頭徹尾嘘でしかない。『幸せな天上界』が真っ赤な嘘なら、真実は『絶望の底』だろう。
「……ならばやめる、とはならないでしょう? 皆様なら」
 こんな寒い日に、こんな街まで出向いてくるようなイレギュラーズが、ここで引き返すはずがない。それを疑わないチャンドラは、さっさとイレギュラーズに背を向けた。
「鐘塔まではご案内します。その後は何卒、ご武運を」


 鐘塔に一歩踏み入れると、一瞬の浮遊感があった。
 その一瞬の後、辺りはおよそ鐘塔内部とは思えない氷の城へと変貌する。
「おのれ異教徒ども……よくも子供達を……おかげで……おかげでェ……!!」
 城の玉座にいた男が呼ぶと、ふわりふわりと子供達が寄ってくる。まるで幽霊のように生命力を感じられない子供達の目に光はない。
「おかげで残ったこの子達は、ファルマコンから新たな命を与えられた! 人の形でありながら、聖獣の力を使う存在に昇華したのだ!
 もっとも、この城から出れば翼の生えたキメラどもだがなァ!」
「ひとつ、教えて……その子達は、寒くないの……?」
 問いを溢したレインに、男――『ファザー・レイヴン』は嘲笑する。

「『聖獣』様はなァ、そんなモン関係ないんだよ」

GMコメント

旭吉です。
ついに『ファザー』とご対面です。

●目標
 『ファザー・レイヴン』の撃破、および子供達の討伐

●状況
 天義の海に面した独立都市『アドラステイア』。
 その上層部の中央に位置する鐘塔内部。

 鐘塔の内部は『ファルマコン』の能力により異空間となっており、本来は闇に包まれていますが、今回は『ファザー・レイヴン』がイメージすることで氷の城となっています。
 ここにいる子供達は、現実世界では『聖獣』となってしまった子供達です。『聖獣』となった子は、もう元には戻れません。意思疎通ができるかは不明ですが、期待は薄いでしょう。
 異空間の影響か、『聖獣』の姿で戦うよりも強化されているようです。
 彼らを、終わらせてください。

●敵情報
 『ファザー・レイヴン』
  生き延びる為に、ファルマコンからの覚えを良くする為に子供達を使ってきた。
  子供達からの信頼が無条件に厚く、『聖獣』となっても彼らは彼らの意志でファザーを守る。
  自身の戦闘力はそこまで高くはないが、銃を使う。
  この異空間でも『そこで死んだものがファルマコンの贄となる』効果は有効であるため、彼を殺してもファルマコンの贄となってしまいます。
  可能な限り、殺害せず天義の騎士団に引き渡すのがいいでしょう。

 子供達(『聖獣』)×4  
  人間の少年少女の姿をした『聖獣』。
  見た目に反して能力は強化された『聖獣』であるため、【防無】の爪や牙、遠範【必殺】の光のブレスなどを放つ。
  飛行も可能。
  意思疎通はあまり期待できません。あまり。
  彼らは既に人間としては死んだ存在であるため、殺してもファルマコンの贄とはなりません。

●NPC
 チャンドラ
  戦力的には回復(単体・範囲)とも可能。
  特に言及が無ければ描写はありません。
  (防御は紙なので壁には向きません)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <フィクトゥスの聖餐>あなたの温かな手で完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年01月19日 23時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)
航空指揮
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ


 異空間に顕現した、明らかに現実離れした氷の城。
 いっそ幻想的ですらあるその様は、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)に絵本の城を想起させていた。
(絵本では、感情をなくした子供達は……鏡の欠片を目に入れられてた。それを溶かすのは……)
 清らかな魂が幸せに暮らしている『神の園』――いわゆる『天国』を幸福で満ち足りた世界観とすることは、死のマイナスイメージをなるべく払拭する為だとか。
 そのような通説を思い出すと、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は眼前の景色をどうしても受け入れられなかった。
「……これの、どこが救いだって?」
 生きている間は子供同士で魔女裁判を、生き残っても『大人』の意思のままに戦わされ、最終的にはこのような――『聖獣』とされてしまうなど。この舞台もレイヴンの意識によるものとはいえ、こんな氷の城のどこが楽園だというのだ。
 第一、何よりも。
「聖獣になっても、レイヴンおにーさんを守るのですね。それだけ信頼されているということでしょう。半ば洗脳に近いものだと思いますけど」
 レイヴンに寄り添う子供――の姿をした『聖獣』達を静かに見渡した後、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)はその中で優越感に浸っているレイヴンを見据える。
「子供達に自分を守らせて、自分は子供達を守らないのですか? これが所謂腐った大人というものですか。反吐が出ます」
「守る? 必要ないだろう。私は孤児達を強く慈しんで、『聖獣』という形にしてやったんだ。筋道の話なら、今度は彼らが私を守って当然だろう?」
 微塵の罪悪感も覚えない態度に、カイトと『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が憤りを露わにする。
「はっ、子供らを盾にする気満々かよ。本来の人間性が透けて見えるぜ」
「何が『慈しむ』だ、クズが。同じ人間とすら思いたくねえ。いつもいつも、なんたっていつも不憫を被るのは餓鬼共なんだよ」
 『聖獣』とは名ばかり。肉体も魂も文字通りに使い捨てて、それが筋道などと抜かす。道理なき獣(けだもの)を称するなら、この男こそ相応しいだろうに。
(おんやまあ、想像はしておりんしたけど、どこもかしこも人外魔境でごぜーますねえ? 聖獣に魔種に人の心を捨てようとする方々に……くふふ)
 笑顔の『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)がその意思を口にすることは無い。子供達も、男も、イレギュラーズさえも、その依存も欲望も憤りも等しく輝かしいと思うからだ。この街は、常にそういったもので満ちていた。
 その点では見応えのある場所ではあったが、一点――見過ごせないものがあった。
(薬だけはいただけないでごぜーますね。あれは心を壊す。あれだけはいただけない)
 心が壊れたら、輝けなくなってしまう。それは、面白くなかった。
「……自慢の『神』に、自慢の『聖獣』。それだけ誇れるものがありながら『異教徒』にここまで追い込まれて、今どんな気持ちだ?」
「黙れ。貴様らは間もなく神の怒りに触れるのだ。せめて安らかな最期であることを祈るがいい……もっとも、そんな最期は私が許さんがなァ」
 教義を異にするとはいえ、神を戴く者として『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が問う。レイヴンの返答と共に向けられたのは、その手の銃口だった。
 レイヴンが明確に敵対の姿勢を取ると、『聖獣』達の虚ろな目もイレギュラーズを捉え各々が展開していく。
「俺がアドラステイアに関わって殺す聖獣はもう、何人目になるのでしょうね……」
「どれだけ人の姿を残していようと、聖獣は聖獣。戻してあげる手段がないのは心苦しいけれど、だからこそ倒す他に手段がないのよね」
 『肉壁バトラー』彼者誰(p3p004449)が回復の要である『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)を『聖獣』達から庇うように前に立つ。庇われるルチアも、祈るような視線は彼らへ向けたまま。
 せめて、苦しみを与えることがないように――レイヴンの口先だけの言葉ではなく、誓いとして。
「おにーさんはここでは殺さない。殺さずに連れ出して、死んだ方がマシと思えるほどの苦痛を味わわせて、泣いて鳴いて哭き叫ばせてあげる」
「ヒトが、ヒトの尊厳を踏み躙るヒトデナシをぶちのめす、それだけだ」
 フルールとアーマデルも、『聖獣』達へ構える。
 子供達を本当の意味で終わらせるため――この男を、決して殺さないため。


 まず動いたのは『聖獣』の少年だった。その場で口を開くと、イレギュラーズ達へ目も眩むようなブレスを叩き付けた。
「くっ……速いな」
「他も休みなく来るぞ!」
 アーマデルと共に反応したカイトが『聖獣』達の攻撃の間に葬送舞台を整え、他の『聖獣』も巻き込んで『黒顎逆雨』を演出する。逆向きの黒い雨は淡く白い『聖獣』達に噴き上がるように注がれるが、強化された『聖獣』はすぐにカイトに狙いを定め別の3体が続けざまに爪と牙の幻影で襲いかかってくる。
「ぐ、う……っ」
「カイト殿!」
「回復の手はあります、こちらは大丈夫ですから」
 医療技師のイシュミル・アズラッドに促され、アーマデルは小さく頷いた。
「すまない、任せる。イシュミル、チャンドラ殿と共に回復の補助を」
「無茶は禁物ですよ」
「こちらの台詞だ」
 『聖獣』は強敵だが、一度に3体をレイヴンから引きはがせたのは幸いだった。アーマデルは二人に回復を頼むと、残る1体と共に残っているレイヴンの元へ駆け、未練の結晶から冬の雨の残響を響かせる。
「こっちは任せときな!」
 彼がレイヴンの元へ行くのと同時、アルヴァが空砲を轟かせる。氷の城という環境のせいか、その音は広く戦場全体に響き渡り『聖獣』も耳を塞ぐような仕草をしたが、1体がカイトからアルヴァへと視線を向けた。
「子供の姿をしていたら俺らが攻撃を躊躇うとでも思ったか?」
「ここで躊躇ったら、終わらないですから。だから――」
 フルールはレイヴンと共にいる『聖獣』を見る。その目を少しだけ細めると、両手の掌を向けて神気閃光を放った。
 『聖獣』はレイヴンの前へ出て彼を庇うが、閃光は彼らを諸共に焼き尽くす。
「庇っても無駄よ。味方には当たらないけど、範囲攻撃ですしね」
(律儀に庇って、痛みはありんしょうか……)
 興味は、無いではない。しかし、あったところで――。
(……終わらせてさしあげんしょう、何もかも)
 痛みも虚無も。執着も欲望も。
 エマがフルールに続いてシムーンケイジに捉えると、レイヴンは『聖獣』に硬く抱かれながら呻き声をあげた。
「痛い、痛いだろう馬鹿が! 絞め殺す気か!」
(ファザーが痛いほど、聖獣は抱きしめてた……もちろん、殺すためじゃなく……ファザーを守るために……)
 それは『聖獣』ゆえに力が強くなってしまったのか、彼を慕う子供としての意思の表れなのか。確かなことはレインにはわからない。
(せめて……暖かくて、明るい所に行けるように……)
 穏やかにその身を発光させると、レインはまだカイトを狙っている2体へレインヘイルファランクスを浴びせた。氷槍の一閃を受けた『聖獣』達はわずかにカイトから距離を取り、その間にイシュミルと『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)が彼の回復にあたるが、彼の傷は未だ癒えきらない。
「可愛そうなお子様方、悪くて狡い大人は此方ですよ!」
 回復を手伝うか少しだけ迷いつつも、そちらはルチアに託した彼者誰が声を上げて煽る。氷槍を浴びた2体の内1体が興味を持って視線を向ける。残る1体はまだカイトへの執着が強いようだ。
(ああ……あなたの、あなた方の名前がわかれば)
 戦って殺すしか無くとも、弔うための名前を知りたかった。
 『お子様』などではなく、墓標を建てて刻むための、確かに人として生きていたはずの名前を――。
「誰も死なせない。『人間』は殺させない」
 ルチアの熾天宝冠が、カイトを再び立ち上がらせる。ただ癒すだけではなく攻防へも恩寵を与える光輪が、彼をまだ倒れさせなかった。

 その時――氷の城が、赤く煌めく。
 まるで、氷の下を鮮血が流れていくような赤だ。
 数秒で消えた赤を目にした『聖獣』達は、再びイレギュラーズへ襲いかかる。

「今の赤い光は……」
「傷の回復、ではないと思うけど……」
 『聖獣』達の動きを観察していたルチアとレイン。
 しかし、その正体に気付いたのは観察者ではなく、当事者だった。
「あの光……不調の回復か!」
「完全では無いようですが、長引きそうですね……」
 一度は『聖獣』を自分へ注目させたアルヴァと彼者誰が、その注意が外れていることに戦いの行方を予感する。
 確率とは言え、定期的に不調を回復できる相手。その一撃も決して軽くない。
 誰の目に見ても不利であるが、こちらとて無策では無い。
「皆は私が必ず治すわ。聖獣の子供達をお願い」
 こんな戦いは、一秒でも早く終わらせなければならない。
 相手の思う通りになど運ばせてなるものか。


 初めこそイレギュラーズに集中した『聖獣』達だったが、レイヴンの危機を感じたのかすぐに彼の元へ集結した。
 しかし、レイヴンの周囲で応戦しても範囲攻撃に巻き込まれてしまう。『聖獣』はまだ耐えることができるが、レイヴンはそうではない。
「もしかして……あの赤いのは、おにーさんが元気だからでしょうか」
 直前にレイヴンの銃撃を受けていたフルールが、真顔のままその手に焔を生み出す。
「貴様……何ともないのか!?」
「銃ですか? 痛かったですよ。もう治して頂きましたが……それがどうしたの?」
 けろりと言って、全身を炎と化す。
 その頃、他の『聖獣』達は――

「飛んだって逆雨からは逃げられねェぜ。アルヴァ!」
「その虚ろな顔を見せられて感じるのは――”速やかな解放”でね」
 床から吹き出す雨を高く飛んで避けようとした『聖獣』の1体を、それよりも高く飛んだアルヴァがソウルストライクで撃ち落とす。
「そこから……動かないで」
 1体はレインのアブソリュートゼロで足止めを。
「どうしました? 俺はこの通り元気ですよ!」
 1体は彼者誰のレジストクラッシュに打ち据えられる。

 そして、レイヴンの元に残った1体は。
「……聞かせてくれ、きみ達の名を」
 変じてしまえばもはやヒトには戻れない。それでも、獣ではなくヒトとして送りたい。
 アーマデルはあらゆる英霊達の残響で『聖獣』を縛りながら、あるかも定かで無い彼らの意識に語りかけた。
「俺はアーマデル・アル・アマル、死神(ししん)が眷属『一翼の蛇』の使徒。
 死者の未練を聞き、往くべき処へ逝く魂を見送るもの」
 彼のいう死神は死者と生者の境界を保つものであり、彼の守神は死者の未練を受け取り見送るものだった。
 どれほど魂に耳を傾けても、直接語りかけても、応える子供の意識がなくとも。
(『死者は往くべき処へ』──それは此処でも変わらぬ筈。
 ……少なくともあの子達はあんなモノの贄とされる為に生まれ、生きた訳じゃない……!)
「きみの名を、教えてくれ」
 繰り返しこいねがっても、『聖獣』は縛られた不自由に身を捩るばかりだった。

 その様子をじっと観察していたエマ。彼女が彼の行為に何を思ったかはわからないが――この場でやるべきことは、定まっている。
「安心してください。絶対に殺しませんから」
 無防備なレイヴンへ、フルールが焔を纏った蹴りを見舞った直後。
 エマが神気閃光を浴びせると、ついにレイヴンは仰向けに城の床へ倒れた。
 彼が倒れると同時、氷の城から赤が消えた。
「今なら、不調が回復しないかもしれない……あと少しよ!」
 仲間達を鼓舞するよう声をかけながら、疲労の色が見えていた彼者誰の気力をルチアが満たす。
 ここからは不殺を気にする必要は無い。持てる力の全てで、『聖獣』を――かつての子供達を、全て滅ぼすのみだ。
 『聖獣』達は倒れたレイヴンを気にしているのか、呼ぶように鳴いている。
 ――あるいは、『父』を求める『子供』の『泣き声』かもしれないが。


 倒れたレイヴンが戦闘に巻き込まれないよう、『聖獣』に守られぬよう、アーマデルがイシュミルに彼の拘束と監視を任せる。
 彼の身体を移動させるだけでも『聖獣』達はそれぞれに抵抗を見せたが、城が赤くならない今彼らの不調は簡単には回復しない。
「黒顎の逆雨はここまでだ。ここからは……浄護の白雨をご覧じろ!」
 積み重なった不運の黒雨を洗い流すが如く――実際は縛り付け、呪い殺す白い雨をカイトが降らせる。
 あれほど素早くカイトに痛手を負わせた『聖獣』達が、ただ呻くしかできないでいた。
「最後まで手は抜かねぇよ。お前らは強いからな」
 飛ぼうと足掻いても飛べない『聖獣』の1体を、アルヴァが頭上にホーリークラウンを浮かべながら聖王封魔で更に縛り、光輝を叩き付ける。
 動けないままに圧倒されていく『聖獣』と、今は気絶しているレイヴンを目の当たりにして、フルールは胸の内が何かで黒く満ちていくのを感じた。
(この黒い灼熱の激しい感情……きっとこれが怒りなのでしょう。あぁ、これが怒り。憤怒。心地よくはありませんね)
 名前を知った感情。なるべくなら、長く味わっていたくはない。
 これは、早く捨ててしまいたい。
 終わらせなければ。
「あぁ、本当に救いはないのでしょうか……」
 救えたら、どんなに良いか――その瞳に苛烈に揺らめく焔を映しながら、フルールは火葬のように『聖獣』を焔へ包む。
『――、――――!』
 声にならない声で、最後の1体が叫ぶ。
 「死にたくない」か。「父を返せ」か。あるいは獣の咆哮か。
 それまで枷となっていた不調を振り払うと、『聖獣』は真っ直ぐにレイヴンの元へ飛ぼうとした。
「おやおや、そんな激しく踊って宜しいのですか?」
 その手前に立ちはだかったのが、彼者誰だ。
「うっかり彼に、当たりますよ?」
『――――!』
 『聖獣』がなく。幻影の牙を剥こうとするその個体へ、押し流すようにタイダルウェイヴを浴びせたのはレインだった。
「きっと……ファザーを、助けたいんだよね……。でも、だめなんだよ……」
「もうこれ以上の苦しみは必要ないの。眠っていいのよ」
 ルチアの声が届いたのかどうか。『聖獣』はブレスの構えを見せるが、気力が足りないのか放つに至らない。
「終わらせんしょう。今度こそ」
 エマがシムーンケイジに捕らえ、自由な移動を封じる。
 そして。
「…………」
 デッドリースカイ――アーマデルが小さな子供の身体を宙へ跳ね上げると、最後の『聖獣』は息を止めた。


 『聖獣』達を倒しても、まだ氷の城は健在だった。
 時間の問題かもしれないが、この城がある内に――『聖獣』となった子供達に、アルヴァはやっておきたいことがあった。
「すまねぇ、今の俺達にはお前らを元には戻してやれない……でも」
 その行為に、ほぼ意味が無いことはわかっていた。
 イコル対抗薬――イコルの依存性や精神作用をいくらか軽減できる薬。その小さな薬瓶の栓を開けると、アルヴァは倒れているそれぞれの『聖獣』の口許へ運んだ。
 せめて、少しでもその魂が救われるように。思い残すことの無いように。
 それが義賊である自分の仕事でもあると信じて。
『…………』
 一人だけ、唇が動いた。最後まで生き残っていた『聖獣』の少女だ。
 しかしその口は、最期にあまりにも残酷な言葉を遺していった。

 ――か、み、さ、ま。

「違う……違うんだよ! 俺は神様なんかじゃねぇってのに……」
「フ、フフフフ……聖獣が今更、抵抗薬などで戻るはずが……」
 意識を取り戻したレイヴンの声が聞こえた途端、アルヴァはその首に両手を添えた。
 ハッタリではなく、いつでも殺せるという殺意を示すため。
「だったら、お前がファルマコンに喰われてみるか? ファルマコンの役に立ちたいんだろ?」
「アルヴァ、悪いけれど贄にするわけには」
「わかってる! ……それ以上下品な口を開くな。テメェの程度は知れた、この後楽な人生を送れると思わないことだ」
 ルチアに静止されるまでもなく、本当に殺すつもりはなかった。
 それでも、「どうせ殺せない」などと思い上がらせないために必要だった。
 ――それだけの理由、というわけではないが。
「殺さなければいいのでしょう? レイヴンおにーさんはここの外で指を足から1本ずつ折って、20本折ったらヒールして治して、また初めからやり直しましょう?」
「急所を刺さなくても、ヒトは痛みで狂ってしまうこともあるのよ。現状(これ)が正気かは何とも言えないけど」
「でも、なんかそうしないと気が収まらない気がするんです。殺しはしませんよ。だめですか?」
 純粋な眼差しで残酷な提案をするフルールを、医療の観点で何とか押し止めるルチア。
 しかし、彼に何とか痛い目を見て欲しいのはフルールだけではない。
「気持ちはわかる。……おう、安心しろよ。クズは楽に死なせてやったりしないからさ。
 お前は何が何でも『生かして』引き渡す。この世が地獄ってのはそういうもんなんだろ?」
 バイザー越しにカイトが睨みつけると、レイヴンは引き攣った笑いを浮かべて黙った。
「やれやれ、このレイヴン様を担いで騎士団に突き出さねばならないとは面倒でごぜーますね。そのあたりは男性陣にお任せいたしんしょう」
 エマが軽く提案すると、カイトとアルヴァがその役を引き受けた。
 絶対に、死ぬより辛い目に遭わせてやる――その意思が強い二人に。

 *

 鐘が空しく鳴り響く。『聖獣』達が形を失い、氷の城が崩れ始める。
「城が……皆、外へ……多分、あそこから出られると思うから……」
 『聖獣』の子らと意思疎通を試みている間に脱出路を探していたレインが、皆を外へ促す。鐘塔の外まで退避すると、外からでは中で何が起きていたのかわからないほど何の変化も無かった。
(この鐘……どうして此処に有るんだろう……)
 ふと、鐘塔を見上げてレインは思う。
 大人達は、思惑があって鐘を鳴らしていたのかもしれない。
 しかし、子供達にとって――この鐘はどんな音色で、どんな意味に聞こえたのだろうか。
(子供達がファザーを守ったのは……きっと……子供達にファザーとのいい思い出が沢山あるから……)
 レインにそういった経験は無い。アドラステイアの生活は他のイレギュラーズが言う通り紛い物で、愛情など無かったのかも知れない。
 しかし、例え偽物の神でも。救われた子供がいて、救われた時間が確かにあったなら。
 それは。
「俺達が、覚えておきましょう」
 鐘塔をじっと見上げているレインに何を思ったか、彼者誰も同じく鐘を見上げた。
「名前がわからないままでも。覚えている事が彼らへの報いになりますから、俺は覚えておきますよ」
 『聖獣の元は人だった。何も知らない、無垢な魂だった』。
 彼者誰の言葉に、レインもただ頷く。

 ここにはただ、『父』を慕った『子供』達がいたのだと。

成否

成功

MVP

ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務

状態異常

なし

あとがき

初手こそ素早い『聖獣』達に押されましたが、ファザー狙いと子供狙いを分担していたのがきいてきました。
子供達の名を聞くことはできませんでしたが、少女だった『聖獣』は温もりのなかで息を引き取ったことでしょう。
それこそ――かみさまのような。

ご参加ありがとうございました。

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