シナリオ詳細
<フィクトゥスの聖餐>紫水晶を捧ぐ
オープニング
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ひどく、ひどく、つかれている。
クリス・ノルドリアはただの子供であった。天義で路頭に迷い、死んでいく子供も、言葉に出来ないような道に進んでしまい、騎士に粛清された子供も沢山見た。
だからここではそんな子供たちが、皆が幸せになるために頑張るのだと決めた。
ひどく、ひどく、つかれていた。
アドラステイアには沢山の子供がやってきて、魔女裁判によって出ていく。そうして数を増やしては減らしていく。仕方がない、全ての救済なんてどんな神ですらも不可能なのだ。そんなことができる神がいるのなら、アドラステイアだけでなく醜悪な実態を隠していた天義も、他の国だって救えただろう。
最後には皆が幸せになれるから、そのために必要な犠牲なんだ。死んでいった者も生き残った者も頑張りで幸せになれるのだと聞いたから、より神のために頑張るようになった。
酷く、酷く、疲れていた。疲れていたのは身体ではなく、心だった。
聖銃士となり、鎧と称号を得て。これで皆を幸福にできるための力を得られたのだと思った。だと言うのに、それでは全く及ばなくて、外の連中に仲間を連れ去られてしまった。連れ戻すには時間が足らず――いいや、時間が足りなかったなど言い訳だ。ファーザーの与えてくれた時間を、自分が有効に使えなかっただけ。
「――どうしたんだい」
「っ! すみません、ファーザー・ユーゴ」
声をかけられ、はっとする。どうにもぼんやりとしてしまっていけないと首を振ると、ファーザー――ユーゴ・クヴェルはただ気をつけなさいと注意をかけるのみだった。子供の失態に対する大人の対応は様々だが、ユーゴは温厚な性質で、体罰のようなものは受けたことがない。
「ローレットがもうじき、アドラステイアの高層まで攻めてくる」
その彼から発せられた言葉に、クリスはそんな、と目を見開いた。
ローレット。選ばれた者たち(イレギュラーズ)の所属するギルド。天義の手先となって、アドラステイアを侵攻する者たち。
上層さえも彼らが制覇してしまったなら、残るはアドラステイアの頂のさらに先にあると言うヘヴンズホールだけだ。
「勿論、そんなことはさせないよ。『神の園』へ至るまでに彼らを始末しよう」
安心させるように微笑むユーゴ。けれどクリスは剣を交えた1人のイレギュラーズを思い出す。彼もイレギュラーズだから、始末されるのだろうか。いいや始末されるのだ。されるべきだ。アドラステイアへ侵攻するなら、容赦すべきではない。
――何度だって、君たちに信じてもらえるまで……僕は諦めないで言い続ける! 『君たちの幸せはきっと、他にもあるんだ』って!
あの言葉だって嘘だ。そう思っている。なのに耳にこびりついて離れないのはどうしてだろう。
「『紫焔』クリス・ノルドリア」
「ッ、はい」
「彼らと戦う前に、これを飲むんだ」
また思考の淵に沈みそうなクリスを声で呼び戻し、ユーゴはあるものを差し出す。其れを見たクリスは瞠目した。
「貴重だが、必要なものだろう?」
キシェフと同じくらい、今はそれ以上に大切にされている赤い錠剤――イコル。精神を安定させるほか、様々な効果があるとされている。
今の精神状況では勝てる戦いも勝てないと言うユーゴの言葉に、クリスは同意せざるを得なかった。
「負けてはいけない。わかるね」
そうだ。負けたら幸せになれない。皆離れ離れになって、殺される時を待つだけになるだなんて目に見えているではないか。
クリスはユーゴからイコルを受け取り、握りしめる。
全ては、皆で幸せになるためなのだ。
●
「え? アドラステイアに行きたい?」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)の問いに頷いたブラウ(p3n000090)。彼が齎したのはかつて聖銃士であり、イレギュラーズに保護された少女2人のことだった。
暫くは経過観察が続いていたものの、アドラステイアの本当の姿を理解するに十分な時間も経て、今はほとんど自由に過ごしているらしい。最も、アドラステイアに連れ戻されることがないよう最低限の"目"はあるが、それだけだ。
そんな2人が、ローレットの動きを感じ取ったのかそう申し出たのである。
「流石に危ないと思うんだけど……」
「僕もそう思います。とはいえ、一時は聖銃士だったのですから、自衛の手段はあるかと」
そこらの子供とは違って実力はあるし、彼女たちの仲間だった子供が残っているのだ、気にかかるだろう。しかし得物を持たない期間もあったから、ブランクはある。危険な事には変わりない。
故にシャルルへ相談したのだが、彼女もまた何とも言えない表情である。
「ボクだけじゃ何とも判断しがたい……かな。行く時になったら依頼も出すんだろう? その時に他の皆にも相談してみようか」
「そうですね! ええ、お願いします!」
ぱっと表情を綻ばせたブラウ。これで少女らのことはイレギュラーズにゆだねられる。あとは依頼書を作成すべく、ブラウは再び情報収集へ精を出すのだった。
●
かつて天義の北方教区に住んでいたユーゴは、純粋だったのだと思う。家を隣とするアリアや、天義という自国を守るために剣技を磨き、騎士を目指していた。きっとアリアが亡命などしなければ、もう少し真っすぐでいられたかもしれない。
知人が、それも初恋の相手が神に背いたことがあの時は許せなかったのだ。けれど魔種を原因として起こった凄惨な光景は、彼女が亡命したことを『仕方ない』と思えるほどにショックを受けたものだ。天義は、神はとうの昔から自分たちを欺いていたのだと。
そして国がイレギュラーズに救われた後、イレギュラーズの中にいるアリアを見つけたのだ。幸せそうに笑っている彼女に抱いた感情は――非常にどす黒かった。
それからは騎士を止めて、流れるようにアドラステイアへ辿り着き、ファーザーという地位を得て。新たな神の恩恵を享受する生活は、存外悪くはない。面倒そうな子供は同士討ちしてくれるから、残るのは従順な子供ばかりだ。
今となっては"彼"も斬り捨てるべきだったのかもしれないが、この場面で悪戯に戦力を減らしたくもない。この腹の内に秘めた憎悪をどうにもできない内に死にたくはない。
(ああ、けれど)
何もない場所に語りかける聖銃士を横目に、ユーゴは初恋の少女を思い浮かべる。やはりまだ諦めきれないのだ。裏切られたのに、故郷ごと捨てられたのに、それでもまだ好きだから、幸せそうな彼女が許せない。
彼女を切り刻んで、ファルマコンの贄として。もし自分もその場で自害したなら――その先で幸せになれるだろうか?
●
「随分と吹雪いてるね……」
目元に手をかざし、強風をやり過ごしたシャルルは大丈夫かとイレギュラーズへ視線を向ける。一同もまた同じように叩きつけるような風を凌いで頷いた。
混沌を襲う激しい寒波は、当然ながらアドラステイアにも襲い掛かった。雪が積もり、吹雪の中にあるアドラステイアの街並みは酷く寒々しい。中層はまだしも、下層などに住まう子供たちは果たしてこの寒波に耐えきれるのか。
その疑問さえも、イレギュラーズたちのこの作戦お正否にかかっているのかもしれない――今からローレットはアドラステイア上層を攻略し、偽りの神を打倒せんとしているのだから。
アドラステイアはあと一歩で制圧できるまでに至っている。そして『殉教者の森』へアドラステイアの子供たちが送り出されている今、手薄となったアドラステイアは攻め時だ。
中層から塀に隔たれた高層。小高い丘からは平野までを一望できただろう――塀さえなければ、の話だが。街並みこそ美しいが、塀のせいで閉塞感は否めない。北方からの空気を含んだ風は特に寒々しく、そして気分の悪くなる匂いが蔓延している。これには誰もが顔を顰めずにはいられない。
「綺麗な場所だろうに……随分と酷い」
「……行こう。このままだと足が凍っちゃいそうだ」
顔をしかめたシャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)にシャルルは同意する用頷いて。それから発された促す言葉に一同は頷き、高層を進みだす。体の芯まで凍り付かせるようなそれは、心の温もりさえもはぎ取ってしまいそうな、酷く心もとない気持ちにさせられた。
「帰ったらお酒が飲みたいわねぇ」
ローレットでぱーっとやりたいわ、とアーリア・スピリッツ(p3p004400)。その様子は常と変わらず――と言うべきなのだろうが、彼女も、そしてシャルティエもどこか落ち着かないようにシャルルの瞳には見えていた。
(無理もない、のかな。彼らはきっとここにいる)
シャルティエが出会った聖銃士と、アーリアの幼馴染だと言うファーザー。彼らがこれまでの作戦で倒された、ないしは捕縛・保護されたという知らせは入っていない。今だアドラステイアの人間として活動している筈である。
きっと。いいや、確実に――この戦いが、彼らとの決着になるだろう。
- <フィクトゥスの聖餐>紫水晶を捧ぐLv:30以上完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月19日 23時00分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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アドラステイア中層を抜けた先。そこは大寒波により吹雪いてこそすれ、街並みは美しいものだった――外観は、の話だが。
「どれだけの悲劇が、ここで積み上げられたんでありますか……」
「さあ……でも、余程のことをしなければ、こんな臭いはしないだろうさ」
フルフェイスの下でうっと小さく呻いた『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)に『Blue Rose』シャルル(p3n000032)が肩をすくめる。けれどこの中で1人、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)だけは平然とした顔だ。
「ふふ、こういうのを不幸中の幸いって言うのかしらね?」
自分の鼻はそういう臭いも感じ取れないから、この場で酷いらしい臭いを嗅がずに済むのは僥倖なのかもしれない。
「この先に聖獣やファザー達が待ち受けているようですよ」
視線を巡らせれば、『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は周囲に漂う霊へ話を聞いていたらしい。彼の言葉に頷いて、一同は表情を引き締める。共に同行をと願い、ついてきたアニーとシレーネもわずかに緊張した面持ちだ。
「雪の中じゃ長期戦はこちらに不利だ、電撃戦で行くぜ」
「ええ。早くことが済むと良いのだけれど」
冷えは無い脚を求めるように痛ませるから。ヴィリス達は『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の支援を受けながら高層を進み始める。
見た目ばかりで、中身は腐ったような酷い臭いに満たされたそこを進めば、程なくして白い閃光が正面から走る。左右へ飛び退くと同時、地面がビームによって抉れた。
「……ユーゴくん」
「ああ――アリア。君から会いにきてくれるなんて嬉しいよ!」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)からの呼びかけにユーゴ・クヴェルは三日月の形に唇を歪めて――風のように彼女へ急接近する。閃いた剣筋は、ヴィリスの靴が甲高い音を立てて止める。男の力に拮抗しながら、ヴィリスは「はぁい、騎士様」と軽やかな口調で挨拶した。
「私はしがないプリマドンナ。今日は主演女優の取り巻きなの」
「邪魔だね」
「ふふふ。取り巻きってそういうものよ」
軽快なステップでユーゴを翻弄するヴィリス。合わせてアーリアも踊る。
「色男が台無しよ? そんなに酷い顔になるだなんて、上層もいい生活とは言えないのかしら」
香水の匂いと共に、銀の蛾が掌を滑ってユーゴへと飛んでいく。例え手で払おうとも払い切れるものではない。
「ねえ、ユーゴくん。女の子って我儘なの。私はここで負けないし、貴方を救うわ」
「アリアに救われなきゃいけないほど困ってるように見えるかい?」
「どうかしら。けれど私は――外の世界を知っているから。貴方をここから救いたいわ」
そのために隣で素敵なイイ女(友人)が手を貸してくれるのだ、絶対に勝利とユーゴの手を掴み取ってみせよう!
(私なんかのボロボロな手でどこまで役に立つかしら。いいえ、それとも役に立つのはもう無い脚かしら?)
なんて小さく笑って、ヴィリスはアーリアと共に踊る。それらにとらわれるユーゴの死角から、アルヴァの魔術が彼を捕らえんと飛来した。
「神を信じるのは勝手だが、同じ事を強要するもんじゃないぜ?」
別にアルヴァは神を全否定したいわけでは無い。それが例え、人間が作った都合の良い偶像に過ぎないとしても、信じる者がいるのだから。そして盲信すれば足元を掬われることも、それしか無いのだと盲信する気持ちもまた、わかる。
だが、それは個人が思うべくして起こり得ることであって、他者の介入があるべきでは無い。
『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)の起こした熱砂の嵐に息つく間も無く、悠久のアナセマが発動される。
ウィルドは熱砂の嵐が止むと同時、滑り込むようにユーゴの前へと立ちはだかった。
「通りたければ私を斬ってからにしていただけますかねぇ?」
回り込みなどさせるはずもない。"元"でも騎士であれば、正面から突破してもらおうではないか。
一方、ムサシと『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)は吹雪の中もものともしない聖獣達を相手取る。
「お前達の相手は自分であります!」
敢然と聖獣達の前へ立ちはだかるムサシ。吹雪の向こう側で、彼らの視線が自分へ集中したことを感じる。その頭上を飛ぶ聖獣の視界に留まったのはアンナだ。
ひらり、ふわり。魔性の舞が惑わせる。
「――邪魔をしては駄目よ。あちらが終わるまで、私達と踊って遊びましょう?」
アンナの言葉に――いいや、それとも舞う彼女自身か――聖獣たちが向きを変えて行く。吹雪でいつも通りには動けないが、それならば"動いて貰えば良い"のだ。
「――クリス」
『花に願いを』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は以前と同じように、けれど以前よりも余程静かな声音で彼の名前を呼んだ。
けれど、『紫焔』クリス・ノルドリアは。
「やあ、また会ったね。それにアニーやシレーネも……3人ともアドラステイアで暮らすために来てくれたんだ」
だって、もうすぐ、俺たちは幸せになれるんだ。皆で幸せになれるって応援してもらってるから、あともう少し頑張るよ。きみたちも手伝ってくれるでしょう?
(……何を言ってるんだ)
視線を巡らせれば、アニーもシレーネも困惑の表情を浮かべている。
「違うよ。今回で終わりにしに来たんだ」
「終わり? そうだね、皆で幸せになれるのは最後だよね」
そう言って、あまりにも穏やかな表情でクリスが笑う。反して、シャルティエの表情は固かった。
何かがおかしい。前とは違った雰囲気に、けれどと小さく頭を振る。
彼が皆の幸せを願う気持ちは変わりない。アニーとシレーネを覚えていることも。それなら、彼の心に訴え、響かせ、動かすことができるはずだ。
「幸せになるのは、アドラステイアでじゃない。アドラステイアは終わりなんだ。君も、この場所から引っ張り出す!」
光の刃がクリスへと飛来する。微かな傷を残しながら飛び退いたクリスは悲しそうな顔をした――けれど、その瞳はどこか虚ろだ。
「俺達の幸せの邪魔をするのかい?」
「幸せになることを邪魔するつもりはないよ。けれど、ここにいても残るのは本当の幸せじゃない」
アニーとシレーネの前で剣を構えるシャルティエ。その背からかつて共に戦った友を見て、2人は彼の名を呟いた。
「アンナ、大丈夫そう?」
「思っていたよりは大変ね」
シャルルにそう返しながら、アンナは相手へと攻撃を繰り出す。むやみやたらに殺生できない以上、攻撃は避けたいところ。しかし自分たちがやられては元も子もない。
「ここで負ける訳にはいかないでありますな……!」
ムサシも殺さぬよう、しかし相手の力を削ぐように拳を繰り出していく。此方の決着をつける必要はない。少しでも長く耐えるための戦いだ。
「アリア、アリア。どうして逃げてしまうんだい。俺の手にかかってくれ、アリア」
「ごめんなさいね。そんな瞳をした貴方に、私の大事な人を近づける訳にはいかないの」
ヴィリスの躍動的なステップがユーゴの望みを阻害する。アーリアは自由を得たヴィリスが初めて仲良く慣れた人。彼女のためならば、この身さえも差し出す決意でプリマが踊る。
さりとて、ヴィリスを突破してもその刃が届くのはウィルドの身体だ。身を裂かれる熱を感じるとともに、ウィルドの反撃がユーゴを強かに打つ。
「従順な子どもたちばかり相手にしていたせいで、ご立派な騎士としての戦い方も忘れてしまったようですねぇ?」
「元騎士さ。いいや、あの国の元騎士だなんて、名乗る事すらもおぞましい――」
ユーゴの瞳がより昏く濁る。そのひと振りが重くなって、ウィルドは衝撃に小さく呻いた。
「何があったかを聞くつもりはごぜーませんが、幼馴染でありんしょう? 殺すとは穏やかではありんせんね?」
エマの放った悠久のアナセマを紙一重で躱し、ユーゴがそちらへ剣先を向ける。おっと、とエマは大きく仰け反った。
「いえいえ、否定する心算はござりんせん。まあ、貴女もすんなりそれが叶うとは思ってないでありんしょ?」
仲間を連れだったイレギュラーズを殺そうと言うのだ。そう簡単には成し得ない。加えて、自分たちは彼を動かさせる気など毛頭ないのだから。
『――』
アーリアの声にユーゴの視線が移る。まるで睦言のような。いいや、よくよく聞けば――もう遅い。
「ユーゴくん。また逢おうって言って、こんなに待たせるなんて酷いわ」
いつかは同じくらいの目線で。こんなに見上げるようになったから、あの時とはお互いに違うのだと実感する。
けれどそれはもっと違う現実が待っていると思っていた。自分が国を出ても、ユーゴは天義の立派な騎士になっているのだと、そう思っていたのに。
「私ね、天義って国が許せなかった」
真っ白で、綺麗で、窮屈で、自分の大切な物を奪っていった国。けれど嫌いになれなかったのは、どれだけ許せなくても天義が故郷で。よく知った国を、街を、ひとを、魔種にあげたくなどなかったのだ。
守りたいと願った中に、彼の顔が思い浮かんだなんて――彼自身は知りもしないのだろうけれど。
「俺も許せないよ、アリア。今だって許せない。君の事も」
攻撃がアーリアを狙って、イレギュラーズたちに降り注ぐ。嵐のような乱撃の中、アーリアは小さく唇を噛んだ。
当然だ。自分もその瞬間まで知らされていなかったなど、言い訳にしかならない。だから薄っぺらい言葉になんてしない――想いと共に、魔術を叩きつけるのだ。
アルヴァはユーゴとクリスへ聖王封魔を仕掛けながら、仲間の傷を癒す。慈愛の息吹を受けたシャルティエは、剣を交えては離れるクリスを見据えた。
(彼はしきりに、皆の為に、皆の幸せの為にって口にしてた。きっとそれだけ、皆を想ってる)
そうでなければ、わざわざアドラステイアの外へ出てまでアニーとシレーネを救いにくるものか。彼らにとってアドラステイアの外は悪であるはずだから。
けれど同時に、このアドラステイアの仕組みに苦しまされてきたはずだ。魔女裁判で昨日までいた友が消えていく。アドラステイアの外へ戦友が囚われる。そんな日々は確実に彼の心を摩耗させている。
だからこそ――此処に彼の、皆の幸せはない。
「アニー、シレーネ。僕が次に隙を作ったら、離してあげてくれないか」
「ええ!」
「わ、わかりました……!」
シャルティエが突っ込むと同時、弓矢と魔術の援護が飛ぶ。伝わるまで何度でも立ち向かわなければ。危険を冒してきてくれた彼女たちの為にも。
「クククッ、この程度ですか? 愛も憎悪も、何もかもが中途半端ですよ」
「貴方に俺の何が分かる……!」
防御姿勢でしのぐウィルドだが、ユーゴの勢いも増すばかり。しかしあと少しだと、アーリアが魔術を紡ぐ。
「私にも貴方の全部はわからない。それにファーザーになったことも、否定できないわ」
もしかしたら、万が一があったなら。アーリアが居る場所はローレットではなく、アドラステイアのマザーと言う立ち位置だったかもしれないから。
「でもね、ユーゴくんは今の天義を知らないでしょう?」
前を向いて生きる人々の眼。
他国のものがより多く並び始めたマーケット。
高い壁に阻まれたアドラステイアの中からでは見えなくて、アドラステイアの中でも見られない光景だ。
「ユーゴくん、あそこの湖覚えてる?」
「……湖」
「ええ。私たちの故郷にある湖よ。春になったら、また昔みたいに一緒に行きましょう?」
瞳が揺らぐ――その一瞬を見逃さず、アーリアは仲間たちの前へと踏み出す。甘い甘い毒の香りがユーゴの脳を刺激して、初恋の彼女をいつよりも近くに感じた。
「帰ろう、ユーゴくん」
痛いくらいに抱きしめられたユーゴへ放たれし、聖なる光。それを視界いっぱいに受けて、ユーゴの意識は暗転した。
ユーゴとの決着はつけど、まだ戦いは続いている。アンナは聖獣を引き付けながらも、クリスへ向けて攻撃を降り注がせる。
「本当に自分自身で考えて、此処で幸せになれると結論を出せているの?」
「ああ、だって此処には皆いるんだ。此処にしかいないんだ。それなら、皆で此処で幸せになるしかないんだ……!」
「本当に、でありますか?」
ムサシの問いかけにアニーが「違うよ!」と叫ぶ。
「アドラステイアじゃなくても幸せになれるよ……! あたしたちは外で幸せになる!」
「一緒に出れば幸せになれるし、私達はクリスにだって幸せになってもらいたい! ちゃんと、誰かを犠牲にせずにいられる場所で!」
アニーとシレーネの言葉にヴィリスは小さく微笑みを乗せて、クリスへ向かってステップを踏んだ。接近する彼の表情は、どこか戸惑いを含んでいるようだ。シャルルの援護が届いて、ふわりと甘い香りが高層の嫌な臭いを紛らせる。
「そう思い込みたい気持ちは分かるさ。俺も幻想で路頭に迷った子供だった」
アルヴァが肉薄する。共感の言葉を唇に乗せて、だが、と瞳を眇めた。
「餓鬼、未知を踏み外したくないなら常識的に考えろよ」
何故アニーとシレーネがクリスの前に立ちふさがっているのか。
何故立ちふさがって、クリスのことを心配しているのか。
物事の矛盾に気付かないほどの馬鹿ではないはずだと、アルヴァは彼の事を思っている。だから。
「悪くはしねぇ。俺らと一緒に来てくれ」
「外で幸せに……? なれるわけがない、アニー、シレーネ、皆がこっちで幸せになろうって言ってるじゃないか……!」
「――二人の姿から、言葉から逃げるな! 見たいものだけ見てたって何も変わらないだろう!?」
シャルティエの一喝にクリスがびくりと跳ねる。その瞳がこぼれんばかりに見開かれて、一瞬、光が灯った気がした。
「クリス様、貴方は世界を良く知らないのでしょう。ならばこそ、世界を知り、己を知り、何が正しいのか心で判断する必要がごぜーますよ」
エマの神気閃光がクリスの目の前を埋め尽くす。
きっと彼には時間と経験が必要だ。天義の、それもアドラステイアと言う牢屋の中しか知らない彼は、世の中が正しい事ばかりでない事も、正義の在処も、ちゃんと把握は出来ていないだろうから。
「――それが世界を放浪しているわっちからのアドバイスでごぜーますよ」
最後まで彼の耳に届いたかどうかは、わからないが。
「情報収集の時間は……なさそうですね」
ウィルドは聖獣たちの様子に、霊との会話を諦める。ユーゴとクリスを連れていく必要がある以上、少しでも余力のある内に撤退したい。
「贄になられても困るしね。残念だけど、カーテンコールはないの」
「あのおぞましい神に、あなたたちの魂は渡さないわ」
ヴィリスが、アンナが聖獣の足を止める。
「ファルマコンを倒したら――眠らせに来るわね」
アーリアもまた、呪術で聖獣を捉えて踵を返す。こんな場所とはお別れだ。ユーゴも、クリスも。
高層を脱して暫し。一同はもう大丈夫だろうと足の速度を緩める。
「――アーリア様、大丈夫で? わっちらが関与するのはここまででありんすが」
「……ええ」
わかってる、とエマにアーリアは頷く。
アドラステイアでファーザーと呼ばれていたユーゴはイレギュラーズの手の中にあり、命を繋ぎとめた状態でアドラステイアを脱出した。この先は個人間の問題――アーリアと、ユーゴの問題になるのだ。
「必要なら使えよ」
アルヴァはシャルティエとアーリアにイコルの対抗薬を渡す。イコルの依存性や精神作用をある程度軽減できる薬品だが、治験不足ゆえに副作用は未知だ。それでも、戻れなくなるよりはマシだろう。
「どうか、良き結末を」
受け取ったアーリアは、それを見つめて小さく頷いた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
ユーゴ・クリスともにイレギュラーズによって身柄が確保されました。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
ユーゴ・クヴェルの撃破
クリス・ノルドリアの撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●フィールド
アドラステイア高層。軽く吹雪いており、若干視界は悪いです。また雪も積もっています。
小高い丘のような場所で、綺麗な街並みがならんでいます。周囲に敵以外に人気はありません。
焦げ臭い・生臭い・気分が悪くなる臭いが蔓延しています。
上層ではファルマコンの権能が働いており、ここで死んだ命は贄となります。いずれのエネミーも、殺す場合はファルマコンの決着がつくまでは無力化および捕縛しておく必要があるでしょう。
●エネミー
・ユーゴ・クヴェル
アーリアさんの関係者で、幼馴染です。子供達からは『ファザー・ユーゴ』と慕われています。
穏やかそうな笑みを浮かべますが、その瞳の中は酷く濁っています。また、今回はファルマコンの血を摂取しているようで、非常に好戦的でしょう。長時間そのままにしておけば、暴走させる血の力に彼の身が耐えられず、半聖獣と化す可能性があります。
彼は元々天義騎士でしたが、冠位魔種との一件で天義の腐敗を知りアドラステイアへ流れました。騎士時代に培われた剣技でもって戦います。的確な剣捌きで攻め立ててくるでしょう。また執念深く、どれだけ傷を負っても剣を向けてこようとします。彼が存在することで敵パーティの士気が向上します。
アーリアさんが依頼参加した場合、アーリアさんを率先して殺そうとしてきます。彼女が死んだ場合、戦いの正否に関わらず、のちに彼は自害します。
斬り払い:単純、故に強烈な一撃。【失血】【痺れ】【必殺】
連撃:目にも留まらぬ、的確な剣捌き。【スプラッシュ3】【連】【体勢不利】
・『紫焔』クリス・ノルドリア
シャルティエさんの関係者です。心優しい少年で、『アドラステイアの皆で幸せになりたい』と願っています。疲弊した心に付け込まれている状態で、特に今回はイコルを摂取し、幻覚を見ながら戦っています。子供たちに応援してもらい『あともう少し頑張れば皆幸せになれるよ!』といった言葉をかけられているようですが、当然皆様には何も見えません。彼は1人です。
攻撃力が高く、とても身軽です。剣士としての技量は以前より上がっており、何より幻覚によって士気が高い状態です。かつて共に戦っていたアニーとシレーネが顔を見せれば、幻覚についても疑問を持ち始め、剣筋が乱れるかもしれません。
暁光:暁に見るような紫の焔を武器へ纏わせ攻撃します。【炎獄】【必殺】
皆の為:不屈の心には理由があります。例え、歪んでいたとしても。【攻勢BS回復70】【致命】
・聖獣×5
ファザー/マザーたちからもたらされる聖なる獣だとアドラステイアの子供は聞かされます。実際はイコルを長期もしくは過剰摂取したことによるか、ファルマコンの血を直に飲んだ場合に人間が変化します。元に戻る術はありません。
真っ白な彫像のような姿をしており、翼の生えたライオンを思わせます。爪や牙による攻撃や、神聖なる光をビーム上に放ってきます。
攻撃もさることながら、防御面で非常に強いです。また攻撃が当たると聖なる光によって攻撃者に【反】の攻撃が返ってきます。【飛行】を可能としていますが、この吹雪では多少飛行中の動きが鈍くなるようです。
●NPC
・『Blue Rose』シャルル(p3n000032)
ウォーカーの少女で、神秘攻撃により支援攻撃をしてくれます。単体・範囲どちらも攻撃可能です。
若干防御面は弱いですが、その分手数はそこそこに多めです。
特に指定が無ければ、ネームドではない聖銃士を相手にします。
・アニー
・シレーネ
かつてアドラステイアで聖銃士をしていた少女たち。弓使いと魔導書使いです。それぞれ遠隔攻撃および回復魔法で支援します。
とはいえ武器を手にしてからあまり日数が立っていないため、以前戦った時よりも戦力としては低いでしょう。
彼女たちは自分たちが一時でも過ごしていたアドラステイアの本当の姿を理解しており、戻る気はありません。しかし未だそこで戦うかつての友人や仲間の事は気になるようです。
アニーとシレーネは、プレイング1行目で同行を希望する方が多かった場合に登場します。全員の意見が一致しているならば、代表して誰か1名が書いていればOKです。(見落とし防止のため、必ず1行目へ記してください!)
●ご挨拶
愁と申します。アドラステイアの決戦です。
彼らとも決着をつけましょう。
それではどうぞ、よろしくお願い致します。
●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
●聖銃士とは
キシェフを多く獲得した子供には『神の血』、そして称号と鎧が与えられ、聖銃士(セイクリッドマスケティア)となります。
鎧には気分を高揚させときには幻覚を見せる作用があるため、子供たちは聖なる力を得たと錯覚しています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●聖獣
アドラステイアが保有しているモンスターです。
個体ごとに能力や形状が異なります。
当初はただのモンスターだと思われていましたが、現在は人間をイコルによって改造して生まれたものだということが判明しています。
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