PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ヘクセンハウスの書架

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――冠位怠惰が過ぎ去って、静寂を取り戻したと言えど草木の芽吹きは未だに遠く。
 木々の眠りの時がやって来た。初めての冬を目前に、灰燼の道の苗木達は不安げに揺らいでいる。
 アンテローゼ大聖堂の地下には庭園が存在している。灰薔薇の咲く、美しい場所だ。
 灰薔薇はその名の通り色彩が欠落したかのようだった。
 地下庭園の中央で咲いていたのは灰色の木々である。色彩こそが欠落しているが、それでも尚、其れは美しい葉を茂らせている。
 だが、葉の数は僅かに減り、『灰の霊樹』に僅かに咲いた薔薇も萎れているかのようである。
「ご機嫌よう。鉄帝国で大忙し……なのよね?
 深緑もゆっくりと復興はしているけれど、全てが直ぐに元通りとは行かないから……ちょっと、寒々しさを感じるわね」
 木の成長は緩やかで。長い時間をそれらと共に出来る幻想種ならばいざ知らず、ただの人の身では元通りの姿を見ることは出来ないだろうと『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)は告げた。
 彼女の拠点でもある此処、アンテローゼ大聖堂は『茨咎の呪い』を打ち払うが為に冠位の居城となったファルカウへ向かう拠点としても利用されていた。その頃から比べれば内部は復興作業が進んでいたが、地下の『灰の霊樹』は幾許かダメージを蓄積させたままであった。
「……霊樹達も竜種の襲来でダメージを得ていたでしょう。それを全て『灰の霊樹』に受けてもらっていたの。
 アンテローゼの地下の霊樹だから、少しのダメージを受けても回復まで誰にも邪魔されない……って『ヘクセンハウス』がね」
 アンテローゼ大聖堂には『ヘクセンハウス』の家名を継ぎ代替わりする『灰の魔女』と呼ばれる記憶守が存在している。
 当代の魔女ヘクセンハウスはフランツェルその人だ。その記憶を頼りに、ファルカウを護る霊樹達のダメージを『灰の霊樹』に集めたのだろう。
 だが、そのダメージ量が余りにも多く『灰の霊樹』はやや萎れてしまっているのだという。
「『灰の霊樹』は茨咎の呪いを緩和する為にもその葉をお借りしてしまったから、少し眠る時間が必要のようでね。
 ……その為の儀式を行ないたいのだけれど、どうにも資料が足りないの。一緒に探しに降りてくれるかしら?」
 アンテローゼ大聖堂の地下、灰の霊樹の根元から繋がっているという『ヘクセンハウスの書架』に向かいたいのだという。
 その地に『ヘクセンハウス』以外が入る事はない。だが、深緑を救った英雄達だからこそフランツェルは共に来て欲しいのだという。
「歴史が色々と眠る場所なの。ヘクセンハウスの魔女は、記憶守よ。
 魔女になった時点で記憶をある術式で継承していく。けれど、足りない部分は書架の中の魔導書に転記して補うの。
 ……幾らか前のヘクセンハウスから継承したものなのだけれど、『灰の霊樹』の回復の為に悪性の部分を眠らせる魔術があるのは記憶している。けど、その儀式の部分は必要がないだろうから魔導書に転記してしまっていて」
 カンテラを手にしたフランツェルは灰の霊樹の根元をとん、とんと叩いた。
 扉が顕現し、何事か小さな『古代呪文』を口にする。それは森が閉ざされていた頃に幻想種達がまじないとして利用していたものであり、今は使われていないという。
 真実を口にすればそれが魔法になると信じられていた時代。敢て名を呼ぶことを避け、仲間内だけで通じる暗号を用意していた時代があるのだそうだ。その古き時代の呪文を継承し、霊樹の封印に使用しているのだという。
「これは、ちょっとズルいお願いの方法なのだけれど、『灰の霊樹』がなければ、茨咎の呪いは解けなかったと思うのよね。
 進軍だってちょーっぴり、難しかったかも。ファルカウも少し落ち着いた頃だから、少しだけ休憩させてあげるためのお手伝いをして欲しいの。
 あ、ちゃんとリュミエ様には許可を取ってあるし、信頼できると思って皆にお願いしているから」
 にこりと笑ったフランツェルはリュミエ・フル・フォーレの信を得ているクロバ・フユツキ(p3p000145)やアンテローゼ大聖堂で司祭の手伝いをしてくれるアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に是非伴をと願った。
「で、お手伝いというのは……」
 階段を降りてから――「ほら」と指差した。目の前には魔術仕掛けの人形が蠢いている。
「門番が、この先に進んで良いか確かめてくるのだけれど『灰の霊樹』のダメージの所為で『大樹の嘆き』のように顕現して暴れ回ってるのよね。
 ふふ、言いたいことは分かったと思うのだけれど、つまり……倒すのを手伝って欲しいというお願いなのでした」
 ちゃっかりとしているフランツェルは「頑張ってね」とイレギュラーズを勇気づけるようにその背を押した。

GMコメント

●成功条件
 フランツェルを『ヘクセンハウスの書架』までエスコートすること

●フィールド情報
 アンテローゼ大聖堂の更に地下です。灰の霊樹と呼ばれる木々の根元から進むことが出来ます。
 階段を下れば、灰の霊樹の疲弊から現れた『大樹の嘆き』に類似した魔法人形達が侵入者と見做して皆さんとフランツェルに襲いかかってくることでしょう。
 天井はあまり高くはありませんが、広さはそれなり。魔法人形がひしめき合っている以外は比較的戦いやすいです。
 また、光源はフランツェルが『魔法道具』で照らしてくれています。

 ・ヘクセンハウスの書架
 人形達を倒した奥に存在するちょっとした図書館です。魔導書が並んでいます。
 普通に手にしただけでは白紙の書ばかりです、が、仕掛けが施されており鍵を使用することで内容を確認出来るのだそうです。
 何か気になることがあればフランツェルに質問してみて下さい。彼女自体も全てが分かるわけではないでしょうが……。

●魔法人形『灰人形』30体
 とことこ、と足音を立てながら動き回る魔法仕掛けの人形です。もとは書架のお手伝いを行なう人形達でしたが『灰の霊樹』の影響を受けて暴れ回っているようです。
 大樹の嘆き相応の力で人形達を動かしています。それ程強くは在りませんが数が多いのが難点です。
 また、連携はある程度とれます。普通に倒す事で大樹の嘆きは剥がれます――が、人形もダメージを負いそうですね。

●NPC『フランツェル・ロア・ヘクセンハウス』
 アンテローゼ大聖堂の司教。『ヘクセンハウス』の魔女。情報屋紛いな動きでローレットにも遊びに来ます。
 光源用の『魔法道具』を使用して部屋を照らしているほか、『灰の霊樹』を宥める為に語りかけているようです。戦闘には参加しません。

●『灰の霊樹』
 アンテローゼ大聖堂に存在する霊樹です。冠位怠惰がファルカウを掌握した際には、その呪いを打ち払う為に使用されました。
 大樹ファルカウと縁が深く、その力により近い存在である為に『茨咎の呪い』を僅かに無効化する力を持っていましたが、今はちょっと疲弊しているようでもあります。余りに疲れて『大樹の嘆き』に類似したものが魔法人形に取り憑いてしまいました。
 この地の司祭であるフランツェルは少しばかり森が落ち着いている間に僅かにでも休憩で眠りにつかせてやりたいと考えているそうです。
 フランツェルが皆さんの戦闘中に宥めています。対話は司祭であるフランツェルしか行えませんが何となく感情などは植物と疎通する能力等で感じ取れるでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ヘクセンハウスの書架完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年12月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ


 灰色の薔薇が咲き誇る。茨の気配も遠く消え去ったアンテローゼ大聖堂に踏み入った『真実穿つ銀弾』クロバ・フユツキ(p3p000145)は待ち受けていたフランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)に気付き手を振った。
「お手伝いさんを連れて来てくれたのね。とっても嬉しいわ! 有り難う」
 溌剌と応えるフランツェルに『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は「今日は宜しくね」と微笑んだ。
 慣れた様子で地下庭園へと降るアレクシアは深緑での一件を思い出す。戒めのように周囲を包み込んだ茨。冠位怠惰の権能の一つを無効化すべく尽力したのは灰の霊樹であった。大樹ファルカウの神聖さを直に受ける麓の灰の霊樹こそ一番頑張ってくれたものなのだろうとアレクシアは感じている。
「それなのに、今まで労ってあげられてなくてごめんね……まずはこの場を鎮めて、ゆっくりと休んでもらいましょう!」
 さあ、張り切りましょうとアレクシアは灰の霊樹の幹を撫でてからアレクシアの案内に従って庭園より更に地下へと踏み入れた。
「ふわ……大聖堂にこんな場所があった、なんて。灰の霊樹さまも、だいぶお疲れだったのですね……。
 ゆっくりおやすみいただくためにも、お人形さんたちには、落ち着いてもらわない、と……」
 オーダーは防衛を兼ねての門番を無力化することだと『あたたかい笑顔』メイメイ・ルー(p3p004460)は聞いている。魔導仕掛けの人形はその使命に忠実だ。アレクシアやメイメイが覗き込めば地下フロアでは背筋をピンと伸ばして佇んでいた。
「皆忙しいでしょう? ごめんね、突然頼んで」
「いや、先の深緑での戦いの際の恩義は忘れていないさ。
 その恩返しというのなら、喜んでお付き合いしますとも。
 それにリュミエの信頼があるというのなら猶更断る理由もないしな。……なんだよフランツェル、俺の顔になにかついてるとでも?」
「いいえ、リュミエ様を呼び捨てにするから」
 心境に変化でもと揶揄うように笑ったフランツェルにクロバは肩を竦めた。悪戯めいて笑う彼女はある意味でタチが悪いからだ。
「僕は……その時には居なかったけど……大変な時に助けてくれた樹を……今度は助けるの……分かった……儀式のお手伝いもするね……」
 こくんと頷いた『玉響』レイン・レイン(p3p010586)に『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)は胸をどんと叩いて任せろと笑う。
「この前の戦いで灰の霊樹も頑張ってくれてたしな。少しでも休んで、また元気になってもらうためにはおれっちも頑張るぜ!」
 そうして明るく応えてくれるイレギュラーズにフランツェルは感謝しても仕切れないと冗談めかして笑った。アンテローゼ大聖堂の責任者でもある司教フランツェルはややノリが軽薄で些かトラブルメイカーのきらいがある為にリュミエにはよく叱られているのだという事をクロバとアレクシアは改めて思い出した。
「門番を無力化すれば、歴史が眠る場所――書架に辿り着く……んだったよな?」
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)にとって知りたい事は彼にとっての一番に優先する事項だ。それ故に、可能性に賭けたいという気持ちも大きい。
「書架! 書架と言えば――本! 久しぶりの深緑でのお仕事で、本! フランツェルさん、ここに永住してもいいですか?」
 瞳を輝かせる『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)に「書架は駄目よ? 聖堂ならお手伝いして欲しいくらいだけど」と肩を竦める。
「じゃ、じゃあせめてここにある本を時間が許す限り読ませて! お願いします! あ、白紙じゃない状態にして下さいお願いします!」
 全てを覚えて帰りたいと願うアリアにフランツェルはくすりと笑った。記憶が風化してしまうから、魔女は記憶を護る事に決めたらしい。
 瞬時に覚えても、それが何時しか綻ぶことを知っているからこそ――知識を求める彼女がフランツェルは愛おしかった。


「大聖堂に魔女だなんて、ちょっとミスマッチかも……あ、ええと、わたしの事!」
 階段を下り、門番である人形を眺めながらぼそりと呟いた『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は慌てた様にフランツェルを振り返った。
 アンテローゼ大聖堂の司教にして『ヘクセンハウスの魔女』であるフランツェルは「確かに不似合いよね。お揃いかしら」と微笑んだ。
「お揃い、かも……書架の本も確かにちょっと気になるけど、それよりも……その。
 茨咎の呪い、深緑を覆った茨の檻……だったかしら。それを祓う為に、力を貸してくれたのよね?」
 その頃のセレナは駆け出しのイレギュラーズだった。様々な助けがなければどうにもならなかった事はだからこそ良く分かっている。
「だから、わたしなりに恩返しがしたいって思ったのよ。こうして此処に来たのも、きっと何かの縁だから」
「ええ。有り難う。でも、迷惑を掛けるわね?」
 フランツェルが指し示した門番達は機械仕掛けの人形だった。灰色の薔薇を体に飾った可愛らしい人形は玩具を思わせる。
 門番達はひょっこりと顔を出したフランツェルに気付いて突然暴れ始める。まるでこの先には入るべからずと言うかのようだ。
「というか、とことこ動いててちょっとカワイイ……」
 とことこと走り寄ってくる人形達を見詰めながら周辺保護の結界を展開するアリアはぽそりと呟いた。確かに小さなその姿はチャーミングだ。
「でしょ? 久しぶりに会ったから放置してて怒ってるのかも知れないけど」
「怒られてるの……? フランツェル……怪我しないように、してね……」
 フランツェルに何か有った場合は作業も滞るだろうと考えてレインは彼女を庇う為に身を投じることにして居た。
 確かに可愛らしい人形達だ。セレナの瞬く神聖の光が周囲へと広がった。
「不殺なら少しは損傷も少なく済ませられない? 終わったら直して、またお手伝いしてもらうんでしょ?」
「そうしてくれ。出来る限り損傷が少ない方が……良いだろう」
 鍛冶のスキルを有するサイズは人形達に損傷が出た場合は修復すると誓っていた。セレナも人形達を無暗に傷付けたくはないと考えていた為、その意見には同意していた。
 攻性結界は流星の軌道を思わせる。人形達を受け止めながらも、反転術式は月色の魔術を放った。再生能力を高めるレインは出来うる限り、仲間達が傷付かぬようにと戦線の維持を心掛ける。
「襲ってくるのは大樹の嘆きっぽくなってるとはいえ、ここを守ってる人形なんだろ?
 だったらできるだけ壊さないように戦うぜ! もし傷がついちまったら……サイズ、頼むな!」
 灰の霊樹に蓄積された疲弊がそうして門番達を暴れさせているとなれば、管理者であるフランツェルにも見境無く攻撃してくる可能性はある。
 出来る限り大勢居る人形の脚を留めるためにリックが放ったのは眩き霧氷魔。続き、人形に肉薄したクロバは魔法人形を無力化する為に慈悲の一撃を放った。
 エーテルによって構成された刀身を閃かせ、精密に関節等を狙い続ける。リックに修復を任されているサイズも出来うる限りの妖精の損傷を抑えておきたいと組技を以て妖精達の撃破を狙う。
「わ、わ……もともとは、書架でお仕事をしていた子たち……ど、どうか、お静か、に……」
 熱砂の嵐を巻き起こすメイメイは頃合いを見ては殺傷生の低い術に切り替えた。佳枝ぬ失敗を遠ざけるタクトを手にじりじりとタイミングを見計らった。
 その全てを巻込むように立っていたのはアレクシア。場所場所だ。好き勝手暴れられては困ると身を盾にする蒼穹の魔女の周辺に赤き魔力が花開く。
「閉鎖空間だから、やっぱり動きにくいというか密度が高い!」
 唇を尖らせて首を振ったアリアのニョアの剣は蜜蜂の棘の様にちくりと人形達を刺す。破壊の魔術では無く、命を守るための術式が広がって行く。
「本当だね。こんな場所で暴れる程に疲弊させてたんだったら早く眠らせてあげなくっちゃ……!」
 それだけ力をイレギュラーズに分けてくれたという事なのだろうとアレクシアは認識していた。頷いたクロバがアレクシアの前でぴょこんと跳ねた魔法人形を無力化する。がしゃん、がしゃんと音を立て崩れていく可愛らしい人形達。アリアの言う通り「とことこ」と歩む其れ等は攻撃するのも忍びなく感じられる。
「眠りを妨げるものは赦されないのよ。夜は、万人に訪れるのだもの」
 深き夜の幸いを口遊むようにセレナの月が人形達へと笑う。一つずつ慈悲を宿した攻撃で無力化するリックは人形達が倒れ伏せていく様を眺めていた。
「ちょっと傷になったけど、これって治るよな?」
「ええ。大丈夫よ。門番――人形達は出来る限りの自動修復もあるだろうし、治してもくれるのでしょう?」
 イレギュラーズ達が自ら修復してくれるならば書架の管理人として人形達も早期復帰できるはずだとフランツェルは大きく頷いた。
「そうですね。出来る限り……傷は癒やして、あげたいです」
 人形達に気を配りながらもメイメイの殺傷生の低い攻撃がその行動を阻める。数が多いだけ、と言ってしまえば確かだが、周辺を包み込む瞬く光に、一つずつを的確に倒す術はある程度の消耗を抑えることが出来ただろうか。
「ふう、有り難う。皆に頼って良かった。さて、書架にいきましょうか」
 何もしてない癖に汗を拭う振りをしてからフランツェルは倒れた人形の頭を撫でた。


「此処に、儀式の魔導書が……あるんだよね……?
 『灰の霊樹の回復の為』の儀式に……何か必要な材料があるのか……呪文とか……供物とか……魔力……みたいなものとか……書くものとか……」
 フランツェルに呼びかけながら、レインは「どう?」と問うた。
「そうね、そこの棚」
 指差されてからレインは手に取った。書架はフランツェルの記憶だ。フランツェルが覚えて居らずともこの場所に踏み入れて記憶を辿れば得たい情報が並んで出てくるのだろう。
「お手伝いありがとう、レインさん。これで儀式が出来そうだわ」
 その前に少しだけ、とフランツェルは灰の霊樹の枝を一つ切り取った。眠っている最中に『交信』する準備であるらしい。
「ところで、この『灰の霊樹』はダメージを受けている状態なんですよね?」
 アリアはもしも気休めでも回復スキルなどでその傷が癒えればと工夫を講じて見せた。フランツェルには書架に人形の修繕方法など我存在していないかと相談し福音の気配を届けた。
 ああ、けれど――その効果は無いだろうか。見上げるアレクシアは「喜んで居るみたい」と呟く。
「ありがとう、って言ってくれてるみたい……ううん、ありがとうはこっちの方だよ。
 この力だって、あなたとフランさんにわけてもらったものだものね。これでいつか、この森に……世界に、平穏を取り戻してみせるよ」
 ヴィリディフローラは美しい花をアレクシアの魔力で咲かせるだろう。だが、その大元は灰の霊樹が零した奇跡であるようにも感じられる。
 アレクシアが決意を告げれば、クロバは「本当に喜んでいるんだな」と灰の霊樹の幹をとんとんと叩いた。
「フランツェル。ありがとう、って伝えてくれるか?」
「ええ。きちんとお伝えするわ。斯うして誰かに思われることが霊樹にとっては一番の薬だもの」
 灰の霊樹は風も無いのにざわめいた。まるで、語りかけるかのように幹に手を当てるフランツェルに合図を送る。
「あ、あの、お疲れさまでした。
 たくさん、お力を貸していただき、ありがとうございます……ゆっくり、おやすみなさい、ませ」
 優しく木の幹に触れたメイメイは穏やかな声を掛けた。
 セレナは「その」とおずおずと口を開く。彼女のギフトは祝福の魔法。
 夜を守る魔女の祝福。悪い夢から、平穏な眠りを守る祝福。夜道に迷わず、悪夢を見ずに安らかに眠れるという細やかなおまじない。
「セレナさんも、祝福の魔法を授けてくれるのね。眠り姫は、幾つもの幸いを願って貰ったらしいわ」
 あの時の怠惰の魔種が『眠り姫』のように木々を閉ざしたとき、この霊樹は眠ること無く起き続けた。もう眠っても良いと幹を撫でるフランツェルにセレナは目を伏せてまじないを唱えて。
「――どうか安らかに。今は静かなる眠りの夜を。
 いつか目覚めの朝を迎えた時、そこに平穏なる深緑が、世界が在るように。わたし達は頑張るから。
 ……ありがとう、灰の霊樹さま。異なる世界の外なる魔女だけれど、お礼の気持ちを祈りと共に。
 夜を守る魔女よりあなたへ……おやすみなさい、良い夢を」


『ヘクセンハウスの書架』――そう呼ばれた魔女の記憶庫で、人形の修繕をちくちくと行ないながら「その方法って記録されてるのか?」とリックは問うた。
「ええ。一応本は置いておくわね。ガワの傷が治った後に、再度起動させなくちゃならないから。これは『壊れた後』だからここに置いておいて問題は無い記憶と手順でしょう」
 にこりと笑ったフランツェルにリックは大きく頷いた。出来れば英雄譚なども聞きたいというリックにフランツェルは「ヘクセンハウスの魔女って記憶守だから、それ程何も無いかも知れないわねえ」と首を捻る。
「あ、でも伝承なんかは色々分かるかも。知りたいことがあったらまた話しかけてね」
 書架を進み、ついでに整理をして居るフランツェルに一冊の『記憶(ほん)』を借りてからアリアは新緑の歴史に触れている心地で喜びを滲ませる。
 書架の中は不思議な空間だとメイメイはきょろりと見回した。魔導書の鍵はフランツェルが起動することだった。ヘクセンハウスの魔女が起動すれば記憶が浮き上がるように物語となる。物語として読むならばそれも良いだろうと貸し出された本の装丁は豪奢でメイメイは「きれい、ですね」と目を輝かせた。
「フランツェルさん、お願いしたいことがある。
 桃源郷、次元、妖精……それらが関連する情報がある魔導書があるなら全部読ませてほしいと」
「……んー、ご期待には応えられないかも知れない。深緑も長い歴史があるけれど、妖精郷とアルティオ=エルムは長らく交流をして居なかったわ。
 だから、ストレリチアさんが来た時に私達は初めて常春の精霊種を、今、私達が妖精と称する彼女の事を知れたのだもの」
 サイズには後悔があった。禁術を駆使して妖精女王が常夜を却けたあの時。彼女の命を引き換えにした事は悔みきれぬ事でもある。
「妖精女王の宿命は絶対的なもの、だと聞いたわ。あの地に訪れることが叶ったのも魔道士の力を借りたからだと言い伝えられている。
 夏や秋の王――というのはオリオンから考えたものかしら? そう呼ばれる精霊が何処かに居るかもしれないわね。此処には情報はないわ」
 何せ、このヘクセンハウスの書架はアルティオ=エルムの『魔女』ヘクセンハウスが記憶守として記憶を保管しているだけに過ぎないからだ。
「王権……というのは何の? 妖精郷かしら。ごめんなさいね、妖精郷に関しては本当に何も『記憶(し)らないの』」
 肩を竦めたフランツェルへと次に願い出たのはクロバである。
「ここの知識があればファルカウの――今も元気に神霊やってるアイツの助けに少しでもなれればなと思うしな。
 とは言え普通では読めないらしいのでフランツェルに頼むこむしかない。必要とあらば対価は支払いますとも! なんでも言ってくれるといい!」
「なんでもっていった?」
「……な、何だよ」
 たじろいだクロバにフランツェルは「いやあ、そうねえ、んふふ、冬ってイベントが多くってェ、聖堂も忙しいなあ~?」とちらちらと視線を配る。雑用係に抜擢されたのだろう。それでもフランツェルは力になれればと一冊の記憶(ほん)を取り出した。
「ファルカウの儀式系統を少しだけ、それからコレはサプライズ。灰の霊樹の力をほんの少し借りればファルカウに記憶を見せることが出来るわ。
 白紙の本よ。これにヴィヴィさんに伝えたい貴方の見てくる外の世界を記録して私に渡してね。デート先は先に選んで貰わなくちゃ」
 楽しげに笑ったフランツェルにクロバは緩やかに頷いた。
「フランさん、ちょっとだけいい? あの……ヘクセンハウスが記憶守というのなら、記憶にまつわる魔法はどんなものがあるのか、少し気になるなって」
「記憶」
 アレクシアを見詰めたフランツェルの眸に影が差した。フランツェルは後ろ手に白紙の魔導書を手に取る。
「ほら……私の今の状態が……アレだから……対症療法でも、何か策は見つけておきたいなって。私にも使えるものがあったりはしないかな?
 ……記憶を転記する術だけでも、知っていれば何か役に立つかもしれないし、どうだろう?」
「私が記憶を転記しておく魔導書よ。ヘクセンハウスの魔女は霊樹の力でそうしているの。一冊、アレクシアさんに預けるわね。
『覚えて居られるだけ』を書いてね。けど、注意してね。書いてあることが何時か、自分のことだと思えなくなったとき」
 フランツェルが続けたのは――そうして、魔女は破滅すると告げた。だからこそヘクセンハウスの魔女は代替わりしていくのだとも。
「ねえこれ、持ち帰っちゃダメですか?」
 やっぱり住みたいと唇を尖らせるアリアに「住むなら上になさいな」とフランツェルはアリアの頬をつんつんと突いて笑った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 フランツェルもある程度の書物に目を通しておいたようですので、伝承やそうした類いならばある程度は答えられると胸を張っています。

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