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シナリオ詳細

<獣のしるし>生きていたかったのに

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 アミーリア・トルテアは断罪された。
 些細な罪だった。今となれば、それは罪ではないのかも知れない。

 聖職者の多い家系に生まれたアミーリアは学校での成績も良かった。
 将来は聖職者となり、多くの民を導くことを使命であると認識していたのだ。
 だが、アミーリアは雨の日に小さな子供を拾った。泥に塗れひもじいと餓えに苦しむ少女は不憫であった。
 家に連れて帰ったアミーリアは両親にばれないように自身の入浴の際に彼女を風呂に入れた。
 使い道のなかった小遣い貯金を崩し、子供に食事と服を与えた。
 学校に向かう際には部屋に隠れて決して出て北はならないと言いつけた。
 まだ5つになったばかりの少女、サリアは賢く言い付けをよく護る子供だった。

 ある日の事だ。アミーリアは少しばかり帰宅が遅れた。
「ただいま」
 屋敷の扉を開いたとき、聖騎士はアミーリアへ召喚命令を発したのだ。
 曰く、『罪人を匿っていた』と。
 ――サリアは『断罪されるべき一族』の出身だったそうだ。罪は罪であるべき。
 白か黒か。サリアの父が起こした規則違反に巻込まれ、少女は共に『正義』の名の下に断罪されたはずだった。
 だが、彼女は生き延びてしまった。そしてアミーリアが拾ったのだ。

「サリアが何をしたのですか。サリアの父は、騎士の任に背いたかも知れません。
 ですが、サリアは関係はないでしょう。血の繋がりがあっただけ。たったのそれだけではありませんか!」

 天義は正義を揺るがす者を赦さない――赦さなかった。
 あの『ベアトリーチェ・ラ・レーテ』が訪れるまで。行き過ぎな正義が断罪の刃を振り下ろす。
「神に背くというのですか」
「ああ、なんてこと」
「お労しや、奥様。アミーリア様は……!」
 アミーリア・トルテアは断罪された。
 父も、母も、兄弟達も、誰もアミーリアを庇うことはなかった。彼女は神に背いたのだと指差され、そして命を落とした。

 ――筈だった。
「生きていたかった」
 呟きながら『殉教者の森』を歩むのは一人の娘だ。深い緑色の髪に胡桃色の眸、嘗て断罪されたアミーリア・トルテア。
 彼女はふらつきながらも歩いている。その後ろにはワールドイーターを連れながら。
 ふら、ふらと。脚を縺れさせている。
「生きても良いよ。生きていることで罪なんかあるものか。そうでしょう、聖女ルル」
「ええ、アドレ」
 フードを目深に被った少年が振り向けば、その先に立っている白衣の娘、『聖女ルル』が笑う。
「生きて、何をする?」
 女の言葉にアミーリアはうっとりと微笑んだ。

 ――神の名の下に!


 殉教者の森にワールドイーターが発見された。其れは未だ何も喰ってはいないらしい。
 目的は他にある。鉄帝国の国境へと向けて歩き続ける致命者がそう口にしていたのだそうだ。
 致命者の名前はアミーリア・トルテア。天義国の裁判一覧によれば『罪人の子を匿った罪で断罪された娘』だ。
「生きていたかった」
 彼女はそう呟きながら歩いている。
「生きていたならば、神の意に背いてはならないの。今度こそ、今度こそ、今度こそ」
 譫言のように繰り返す。今度こそ――『魔を赦してなるものか』
 天義という国の本来の在り方であれば魔種は不倶戴天の敵である。故に、鉄帝国の現状を天義は許すことは出来ないだろう。
 鉄帝からの侵略を防ぐ為に天義は聖騎士団に抵抗するだけの余力を持たせている。その力を全て未曾有の事態に襲われる鉄帝国に物ベルべきだ、と考える声が幾つも存在した。
 それが嘗てより存在した根深い信仰そのものだ。不倶戴天の敵を殺さずに手を拱いている場合ではなかろう。
 ――いいや、国政に魔種を、冠位強欲を招き入れていた国だ。天義の教義を歪めんとしたのではないか。
 その様な声が市井から上がったのは未だに拭えぬ不信感があったからなのだろう。
 独立都市アドラステイアが『表向きに』反発する声明を上げた事で、そうした議論は度々上がっていた。隣国が魔に毒されたとなれば、その毒が天義に流れる前に防がねばならない。
 それが『天義の本来の在り方』なのだ。
「神の意に背いてはならないの。今度こそ。今度こそ。今度こそ。我らが神よ、我らが神よ。我らが神よ」
『本来の天義の在り方』をなぞらねばならない。
 アミーリアは強く、そう感じていた。そうでなくては、天義らしくはない。

 信仰で民の心を共にし、神が死ねと言ったならば死ぬべきだ。
 そうしなくては、滅びの時が――……あれ、これは何の話しだっただろう。
 ああ、そうだ。そう、そう。これはルル様が言って居たのだ。ルル様を連れて来たアドレ様には感謝をしなくちゃ。
 私には悪霊が憑いていたから罪を犯したのだ。悪霊を祓ってくれたんだ。悪霊を祓い、天使様を私に授けてくれたのだから。
「ねえ、天使様」

 アミーリアは『ワールドイーター』を振り返った。その足元からは無数の『黒き天使』が産み落とされる。
「一緒に、神様のお心を届けよう?」

GMコメント

●成功条件
 致命者アミーリアの撃破(死亡)

●名声
 当シナリオは天義/鉄帝に分割して名声が配布されます。

●エネミーデータ
 ・致命者『アミーリア・トルテア』
 嘗て断罪された少女。トルテア家という聖職者の一族の娘でしたが、家族にも見捨てられて一人で死にました。
 美しい姿をした娘でしたが今は能面のような顔をして居ます。致命者です。『生きているわけではありません』。
 ですが、何故か『蘇ったかのように精巧な出来』となっています。何故でしょう……?
 強力な力を得ている為、アミーリア自身の戦闘能力は其れなりに存在しています。
 神秘攻撃に優れています。割と器用です。どの様な立ち回りをするかは不明です。

 ・影の兵
 アミーリアの足元から湧き上がってくる『ベアトリーチェ・ラ・レーテ』の兵士にそっくりな存在です。
 影で構築されていますが天使を思わせます。現時点で15体。数は徐々に増えて行きます。増える速度等は不明です。

 ・『ワールドイーター』
 天使の翼が生えた熊のようなフォルムのワールドイーターが1体です。アミーリアは天使様と呼んでいます。
 非常に堅牢です。攻撃は物理攻撃が中心。BSも豊富です。まだ、何も食べて居ません。影で構築されているようですが……

●フィールドデータ
 ・殉教者の森
 密集した木々で黒く見える非常に鬱蒼とした場所です。見通し・視界がとっても悪いです。
 高く隔てるように国境には塀が存在しています。また、この周辺は鉄帝国に程近いために非常に寒いです。冬が近いですね。
 鉄帝国に向けて、アミーリアは進軍しています。彼女を護るように影の兵がぐるりと取り囲んでいるようです。

 ・『物陰』
 誰かが見ています。アミーリアが譫言のように呟いている言葉からもしかすると『デモンサモナー』アドレかもしれませんね。
 手出しをしなければ見ているだけです。どうやらアミーリアの様子を観察に来ているようです。
 (アドレはアドラステイアに所属していた聖銃士ですが、何故か離反しています)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <獣のしるし>生きていたかったのに完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年12月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
ファニー(p3p010255)
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


「元々寒冷地なのでしょうけれど、歩みを止めたら即凍えそうなのです……」
 もこもことした上着の襟を合せ、身を縮こまらせながら歩いた『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は白い息を吐きだした。
 殉教者の森は鉄帝と天義の国境沿いに存在している。流れ込む寒波は肌を冷やし、凍て付く風がちくりと刺した。
 天を仰げば鬱蒼と木々が茂っている。鴉はすいすいと空を泳ぐが、生憎天気の一つも見えやしない。『スケルトンの』ファニー(p3p010255)の伽藍堂の頭蓋の中で蒼炎が眸のように蠢いた。
「オーダーは」
『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)はぴんと背筋を伸ばしていた。応じるのは『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。
 此度、イレギュラーズ達が殉教者の森で撃破を求められたのは『アミーリア・トルテア』という少女であった。
 代々聖職者の家系であるトルテアに生まれたアミーリアは優等生であったという。学業に励み、人心をよく理解し慈愛に満ち溢れた娘であった。
 だが、華々しい彼女の未来が閉ざされたのは『天義にはよくある不正義』でのことだったという。
 天義に於ける正義はやや行き過ぎな局面があった。それは『今』は随分と改善されたがアミーリアの時代はどうであったか。
「天義における正義を唱えるならば、私の存在も許しがたいものかもしれません。
 ――……けれどもしそうならば、今の貴女は?」
 問い掛けたグリーフの眼前に一人の少女が立っている。この寒波の中でも素足である少女の表情には何の感情も浮かんでいない。のっぺりとした能面を思わせる彼女はだらりと腕を下ろしたまま唇を動かした。
「生きて、いたかったのに」
 グリーフは知っている。死者蘇生は禁忌だ。故に、目の前の少女こそ『断罪されるべき存在』であるのだと。
「そうだよな、生きていたかったよな。理不尽だよな……『断罪』なんざそれっぽい名前つけてるが、やってる事は『殺人』だ。
 ましてやそれが一人の生命を救ったことが『罪』だなんて俺は絶対に認めない。認めてたまるかよ」
 白い息を吐いた『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)は悔んだ。それでも、過去は消えない。今が良くても過去に斯うした事例は山ほど会っただろうから。
 生きたいと願う声を今まで救ってきた。生きていたかったと嘆く恨みに悲しみを。涙さえ流さぬ『致命者』の苦悩を全て連れていくとその心に誓った。
「私は、生きていたかった」
「……生きていたときも、死んだ後も、『正義』に振り回されて……。
 魔種を倒すのは正しいことではあるけどよ、その思想の根元や使ってる力は本当に正義なのか?
 正義だとしても、その道理をわからずにただ倒すだけなら、アミーリア自身がされたこととどれだけの違いがあるっていうんだ?」
 苦悩する『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)に「嘗ての天義はそれでも尚も、それが正義だと信じていたのだろう。それこそが神の御名を汚さずに済むと」と汰磨羈は苦く吐出した。
「それでも――」
「そう、それでも、それが過去だってんなら……やりきれねぇよなぁ……。
 当たり前のような慈善。絵に描いたような好意。そんな優しさで身を滅ぼした。それだけじゃない。
 生きていたかったから『生きていた』のかと思えば、それは違う。利用されて、その為に『もう一度殺される』」
 こんな現実をどの様にして受け止めるべきか。『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)は「こんな世の中でいいのかよ」と呟いた。
 今の天義が不用意な断罪も、正義の遂行も真っ当なる価値観を当て嵌めるようになったのはベアトリーチェ・ラ・レーテの襲来が切欠であったのだろう。その時に、あの国は歩を進めたがそれより前に斯うして命を絶った者が利用される現実が、苦しくては堪らない。
「生きていたかったのに……ですか。
 いやあ、それはそれは切実なお話で……まあ、今回は天儀の話ですが、幻想の貴族たる私はどちらかと言うとその手の悲劇を起こす方なんですよねぇ」
 穏やかに腰を折って紳士的な礼を見せた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)はゆっくりと顔を上げた。
 アミーリアと対照的な温和な微笑みに乗せたのは密やかな劇毒。それこそが伏魔殿の貴族たり得る証左。
「せいぜい、私を恨んで逝ってくだいな。正義だのなんだのなんて曖昧なものじゃなくて、この悪党を、ね。
 ――憎まれ役ってのはそのために居るんですから、思い切って攻撃してきなさい」


 天使が毀れ落ちていく。少女はそう言った。インプットされた情報は余りにも心揺さぶるものばかり。
 背後には鉄帝が存在している。頬は寒さで赤らんだ。メイは葬送者の鐘をきゅうと握りしめ、アミーリアへと向き直る。
「あなたは、どうしてここに来たですか?」
 表情が抜け落ちた、まるで死人だ。戦うならば知っておきたい。その理由を。
「この先の国に、何のご用事ですか?」
「私は、生きていたかったから。生かしてくれたあの人が神様のご意志を教えて呉れた」
 紛い物の唇が朗々と語る。汰磨羈は柳眉を顰めた。幾ら精巧に出来ていようとも、幾らその心に訴え掛けられようとも、所詮は贋作。それは生きた人間でも甦りでもなく『モデルが存在する作り物』なのだ。
(どの様な理由があろうとも――そんなモノの闊歩を、許す訳にはいかぬよ)
 妖刀『愛染童子餓慈郎』の鯉口を切った。生死を分かつそれは神性の欠片を帯びて死者の闊歩を赦すまじと告げる様にりんと鳴る。
「神様のご意志は、正しい歴史である事なの。私は間違っていた。私達は間違っている。だから、ほら、天使様」
 可愛らしい少女のように首を傾げたアミーリアの傍から影がぼこりと湧き上がった。影を、そしてアミーリアを纏めて霧氷魔へと閉ざすリックは「天使様?」と問い掛ける。
「天使様、ねぇ。どーも、可愛いお嬢様。本物の天使が迎えにきましたよ………死神になっちまった、とっても悪い天使だがね」
 ニヒルに笑って、天使には似合わぬ『死神』の大鎌をミーナは振り上げた。放たれたは鋭き獣の一撃を思わせた斬撃であった。
 影達を引き寄せたウィルドはその指先にぐ、と力を込める。防御主体の拳術を駆使する男は周辺の影達全てを引き寄せるように指先で誘った。
「さて、雑魚の片付けといきますかね」
 周辺の影は蠢く。動物を形取るもの、人を形取るもの。それらが生物ではないと分かりきっているのに、どうしたって『生きているふり』をするのだ。
 それは果たして生への執着か。それとも作り上げた物がそうしたのかは分からない。
 ウィルドと同じく全戦へと出たのはグリーフであった。秘宝種の体は死を恐れやしなかった。命(コア)があれば動けると自負するほどの肉体の強さ。嘲笑う盾の動きに合わせながらも堅牢なるその身を盾にする。
「あなたのお話は聞きましたよ? ほら、目の前にいる悪徳貴族の同類がアナタの悲劇を生んだんです。
 ……いやあ、見たかったですね、バカどもの蹴落とし合い」
「ええ、この国は大馬鹿者なの」
 何、とウィルドの眉が吊り上がった。感情を出さないアミーリア。それは贋作と呼ばれている作られた者である。
 彼女は淡々と紡いだ。「だからこそ、正しい歴史を忘れてしまった」と。
「正しいってなんです?」
 全く以て理解出来ないと丸い瞳を向けたメイの鐘が福音を鳴らす。続き聖霊が施す医術は仲間達の戦線を維持するものだ。
「正しさは、全て、定義されている」
「それ以上は『インプット』されていないか。
 まあいい。死者を模っただけの贋物に、これ以上の干渉を許すつもりは無い。大人しく灰燼に帰すがいい」
 地を蹴った。汰磨羈はその双眸にアミーリアを映した。ああ、これは贋作だ。彼女個人の感情なんて無い。だからこそ、汰磨羈は彼女に同情することも心を砕くことも無かった。
 疾く殺さねばならない。
 そうする事が必要であることは確かだった――殺さなくては、彼女の尊厳に傷が付く。
 正義なんてものに振り回された彼女が、今は何に振り回されているのか。生涯を掛けて尊厳に傷を負い、死でも尚踏み躙られることをリックは良しと出来なかった。
 寒々しい空気を纏いながらも集中力を高める。一気呵成に攻め入れば、影の数は幾分も減った。ワールドイーターをも巻込んだ霧氷は魔的な気配と共に霧散する。
「どうして天使様を、虐めるの。この方は私を正しき道に導いて下さるのに。『定義された未来』をどうして愚弄するの」
「定義された未来ってなんだぜ?」
 リックは驚いたように目を瞠った。致命者アミーリアの体が通常の人間が向いてはならぬあらぬ方向に曲がったからだ。関節が歪み、腱を引き裂くようなぶちりぶちりと音を立てた。ひゅ、と息を呑んだ聖霊が「アミーリア!」と苦々しく声を滲ませる。
 杖を地に着き、戦線を見定めた『医師』はそれが生者にとっては有り得ないことだと良く分かった。それが本物の肉体であるかは分からない。それでも損傷は許すまじ冒涜だ。
「アミーリアになんて事を」
「くそ……!」
 ミーナは呻く。そうしたのがアミーリア本人なのか『そう作られた』からかは分からない。
 彼女の唇が呟いた定義された未来とは何か。それを聞き出すことは難しいのだろうかとファニーは僅かに気が急いた。
 ウィルドの挑発にも乗らず、アミーリアは勢い良く接敵して居たグリーフを殴りつけた。
「どうして邪魔をするの?」
「貴女が、それを為したいとは思いません」
 そうあるように作られたことまでを否定できなかった。彼女を否定すれば己を否定することに近付いてしまうから。
 グリーフはだからこそアミーリアを受け止めるだけだ。その背に汰磨羈は振り下ろす。生者を生かし、死者を殺す――殺人剣の極意をその身に宿らせて超高速で叩きつけられた刀身が花咲くように焔を散らした。
「しかし……嘗ての天義ではよくある話しなのでしょうが、所変われば何時だって有り得るのでしょうね」
 淡々と告げたウィルドに「そうだな」とミーナは呟いた。彼女はある意味、可哀想でありながら運が良いのだ。その尊厳を護る為に誰かの目に触れ、誰かに戦って貰えるから――


 ピュウ――と鴉が鳴いた。気付くファニーは「来るぞ」と声を掛ける。
 その先には『死』を目前としたアミーリアが膝を付いていた。もう一度の死、否、『コレが黄泉がえりでは無いならば』なんと称するべきなのだろうか。
 生きて居たかったと告げる彼女の手をそっと取ってから聖霊が物音に気付いて振り返った。
「アミーリア」
 護るように立ったのはファニー、そしてミーナであった。鎌を振りかざす。
「何があるか分からんからな。止めさせて貰うぞ!」
 汰磨羈の呼びかけに頷いてミーナはその身を滑り込ませた。鎌に打つかった影の気配。ワールドイーターは巨躯の獣を思わせた。
「ッ――別にアミーリアを守ろうとしたんじゃねーよ。…この犬っころに、可愛い女の子を食わせるのが嫌だっただけだ!」
「アミーリアを食ってどうするつもりだ!」
 問うたリックにそれは応えやしない。グリーフはやはり、と呟いた。彼女は天使様と呼んでワールドイーターを信奉するように『作られた』。
 だからこそ、その身を捧げることをよしとすることだろうと考えていたのだ。もしも、食われていたならば――その先は『そうならなければ分からない』
 ぞう、と背筋に走った嫌な気配はイレギュラーズが見捨てなければその先が見られないという可能性が囁いたからだろうか。
 ワールドイーターを縫い止めた不吉を告げた帚星。ファニーの目前でワールドイーターが叫ぶ。
 おおおお、と地の底から響き渡った声に身を震わせてからメイは残っていた影を諸共光と共に吹き飛ばした。
「お腹が空いたのです?」
 問い掛けれどもワールドイーターは叫ぶだけである。唯の獣の様に、全てを腹に満たす事だけが目的なのか。
「やらせるかよ!」
 ミーナが声を張り上げ鎌を振り下ろす。天使には程遠い死を司る存在になって終った『悪い女』。そう言われようとも、彼女の事を考える度に胸が痛んだ。
 もしも生きていたならば彼女はどんな女性になっただろうか。そう、思わずには居られない。
「生きて――いたかったのに」
 戦慄く唇にリックは「そうだな」と頷いた。「今だけ、生きているアミーリアとして扱わせてくれ」と告げるリックへと汰磨羈は「何?」と問う。
「アイツに食わせたくないからな」
「……ああ、分かった。何が起るかも分からない。それに、感傷は人を強くすることも知っている」
 憎悪も、悔恨も、何もかもが己を突き動かす原動力だと汰磨羈は知っていた。影がふつふつと動いた。兵達を受け止めたウィルドはやれやれと肩を竦める。
 よくある話しの一端だ。彼女のような不幸はごまんといる。その不幸の種を振り撒く側である己は彼女に恨まれて然るべき人間だとウィルドは実感していた。
 ――だと、言うのに致命者は恨むことも無い。憎むことも無い。ただ、インプットされた行動を繰り返すように鉄帝国という『赦されざる魔』を打つことだけを考えているのだ。
「やりきれねぇよな」
 ミーナは呟いた。本当に、何度だってそう思う。
「無理に眠りを妨げられることは、どれ程に苦しいことなのでしょう」
 メイの鐘が静かになった。その音色が身の傷を修復する。グリースは表情も変えぬままワールドイーターに肉薄した。
 受け止めた腕は獣の如く太い。爪先までもが存在しているのに羽ばたくような翼が、揺らぐ。天使様と呼ばれたそれ。
「天使、なあ」
 リックの呟きに『傲慢』に聖霊は首を振って見せた。
 天使などであるものか。強欲にも死を妨げ、死を愚弄し、生を求めた者を利用した。それを許せるわけもあるまい。
 ミーナの鎌の切っ先が断罪の気配を宿し、汰磨羈は静かにその刃を振ってから鞘へと戻す。
「……終いだ」
 すい、と腕を上げたファニーは一方の手をコートのポケットに入れたまま指先から瞬く閃光を弾いた。
 それは彗星の如き軌道を描きワールドイーターの腹を剔る。腑など、存在しない。闇が破裂する。
 無へと失せるそれは元からその場所には何も存在しなかったかのように消え失せた。
 ――そして、残されたのは皆の背後で呆然と天を仰ぐように倒れていたアミーリアであった。


「命無い者が蘇ることなど、ありはしないのです」
 唇が戦慄いた。もしも、そうだったら――そう願わずには居られない。メイは悲しげに目を細めてから鐘の音を響かせる。
 それは、祈り。永訣の音は、目の前のアミーリアに、そしてもう一人に対して捧げるメイの心そのものであった。
 虚空をぼんやりと見詰めていたアミーリアの傍に聖霊は膝を付いた。それが、ニセモノだと、作られただけだと言われようとも、どうしようも無く救い難い存在を目の当たりにしてしまったのだ。
「お前が救った子……サリアにとって、間違いなくお前は神様で、生命の恩人だ。生命を救ったことは罪なんかじゃない、正しくお前の正義だ」
 サリアは正義の濁流に呑まれたのだろうか。その後の彼女がどうなったのかは分からない。騎士団にでも照会すれば分かるのだろうか。
 それでも、だ。アミーリアの行いは決して罪では無かった。失われて良い命なんて一つも無かったのだから。
「俺はお前を見捨てねぇよ、アミーリア」
 ――もう疲れたろ。もう十分だ。
 そっと瞼を下ろした聖霊の傍でメイの鐘が響いた。その体は人間の者ではないのだとファニーは感じる。
 人、というよりも本当に抜け殻だ。影で編まれた人形を思わせる。唯の抜け殻だ。アミーリアという人間のガワを被っただけの。
「アミーリア……」
 呟いたミーナは何者かの視線を感じ直ぐさまに振り返った。木々のざわめきが雪化粧の中に囁く。
「……これ以上、なにか介入するなら、止めます。これ以上、彼女を歪めることを、私はよしとしません」
 淡々と告げるグリーフに応じたのは木々の隙間から此方を見ていた者だろう。まだ年若い少年の声色は存外、優しげである。
「満足したかい? アミーリア」
「……満足、だと?」
 木々を睨め付ける聖霊に少年は「怖い怖い」と笑った。木々の隙間より影の兵が一体だけふわりふわりと浮かぶように飛び出した。
 帚星は鋭くそれを穿ち、消し去る。ファニーは唯、其方を眺めるだけだ。
「致命者……本来は、信仰の立証の証に命を捧げた者のことでしたか」
 メイは呟く。ひょっとして、断罪の刃を振りかざされた者も、アドラステイアの疑雲の渓に落とされた者だって信仰の証として『命を絶った』とされてその呼び名が当てられたのか。神のご意志に反さぬように、と。
 少年は答えやしない。ただ、冷たい風だけがその場所には吹いている。
「誰かは知らぬが、随分といい趣味をしているな?」
 物陰へと声を掛けた汰磨羈へと微かな笑い声が聞こえた。
「使いっ走り、だからね。『聖女』は正しい歴史を求めているだけ。
 俺――あ、口が悪いってどやされるんだった――『私』もそれに賛同した、それだけ。趣味が悪いのは聖女サマだよ」
「聖女……ルル……」
 呟いたその名が何者の物かは分からない。吹き荒れた風に雪が捲られる。気がつけば――声の主は消えていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様です。
 鉄帝国の寒波の影響を天義も受けており、聖女達も一度は退くかも知れませんね……?

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