PandoraPartyProject

シナリオ詳細

罪を贖うのは誰か。或いは、この世にきっと神などいない…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある貴族の物語
 ところは幻想。
 貧しいながらも平和な町、アンヘルの外れ。寂れた小さな孤児院があった。
 周囲には草木の生えぬ荒地が広がる。荒地には、粗末な墓標が乱雑に並べられていた。
 孤児院に住むのは、1人の老婆と10余名の子供たち。アンヘルの住人たちは、基本的には善良だ。けれど、孤児院に住む者たちが、アンヘルの住人から手を差し伸べられることは無い。
 遡ること10年前。
 アンヘルで起きた、児童大量失踪事件の犯人が孤児院の先代院長……現院長の息子であったことがその理由だ。先代院長は“魔笛”という魔道具を用いて、アンヘルの子供たちを催眠にかけ一夜のうちに連れ去った。そして、どういう目的か誘拐した子供20名と、孤児院の子供8名を荒野の真ん中で無残にも殺めたというのだ。
 曰く、先代院長は“魔笛”に精神を侵されていたとも言われているが……先代院長は子供たちを殺めた後に自らの喉を掻き切って、肝心の“魔笛”も所在が知れない今となっては、真実を知る術は無い。
 かくして、孤児のいなくなった孤児院は、先代院長の母親が引き継ぐことになる。
 
 それから10年。
 人殺しの親という理由で、現院長の老婆はアンヘルの住人たちから石を投げられながら毎日を生きて来た。それでも孤児院が残されているのは、引き取り手のいない孤児たち……つまり、出自や本人の気質の関係で厄介払いされた子供たちの収容施設として扱われているためである。
 例えば、幼い頃から窃盗や傷害、殺人にまで手を出した悪童。
 例えば、存在するだけで周囲に【猛毒】を振り撒く呪われた子供。
 例えば、重病を患い自力では歩くことも出来ない少女。
 例えば、連続殺人犯を両親に持つ男児。
 例えば、悪魔召喚の生贄にされるはずだった【不吉】な赤子。
 孤児院に住まう子供たちのほとんどは、以上のように特異な経緯でここへ流れ着いたのである。そんな風な孤児院であるため、アンヘルの住人たちから金銭的な支援はほとんど得られない。働きに出ようにも、誰も雇ってはくれないこともあり、現院長と子供たちは来る日も来る日も物乞いのような真似をして、その日の食い扶持を稼ぐ始末だ。
 
 ところ変わって、とある貴族の屋敷の裏庭。
 アンヘルに住まう1人の貴族が、4人の部下へ言葉をかける。
「孤児院を焼け」
 貴族の指示は端的だ。
 歳は今年で30になる。つい先日、父から家督を継いだばかりの若い貴族だ。そして、10年前に先代院長の手によって、たった1人の息子を殺められたという過去を持つ。
 彼に従う4人の男も同様……先代院長により引き起こされた惨劇で、家族を失った者たちだ。
「父が亡くなった今、もはや私を止められる者はいない。今日まで長かった……地獄の底で藻掻き苦しむような毎日だった。通りの隅で、街の外で、中央広場で、市場で、農場で、物乞いしているあの女の顔を見る度に何度殺してやろうと思ったか分からん」
 げっそりとこけた頬に涙が伝う。
 血走った目を見開いて、唸るように貴族は語る。
 怨嗟の声を、苦悩の日々を、度し難いほどの殺意を舌に乗せる度、彼は体を痙攣させた。
「我が子は……我らの子は命を落としたというのに、あの女のもとには今も子供が残っているのはどうしてだ? どの子供とて、誰からも必要とされていないような厄種ばかりだろうが」
 先代院長の母親を、彼女が連れている子供たちを見る度に、失った我が子の顔が脳裏を過る。その壮絶な死に顔を否応もなく思い出させる。
 あぁ、きっと。
 彼はきっと、おかしくなってしまっているのだ。
「決行は今夜だ。今日の夕方に新たな法が制定される。それを持って、我が子の無念を晴らしてくれる」
 “罪人の親にも同等の罪を背負わせる”。
 新たに制定される法を、端的に説明すれば以上のようなものになる。
 かくしてその夜、深夜遅くに孤児院に火が放たれた。

●燃える孤児院
 アルヴァ=ラドスラフ (p3p007360)は激怒した。
 喉から血が出るほどの大音声で、彼は夜空に向かって吠えた。
「なんだこれは! こんなことが許されていいのか!」
 【業炎】に飲まれる孤児院のことは知っている。
 数ヵ月前、とある依頼で得た報酬をアルヴァはそこに寄付しているのだ。それからも時折、アンヘルに足を運んでは、旅人を装い孤児たちに食糧や衣服などを手渡していた。
 今日もそうするつもりだった。
 足元に転がった袋から、パンや野菜が零れている。子供たちに渡すために……夜明け前に孤児院の玄関先に置いておくつもりだったものである。
 けれど、アルヴァが街に着いた時に、件の貴族の話を聞いた。それから彼は一目散に孤児院へ駆け……放火を止めることは叶わなかったのだ。
 此度の放火は、制定された法のもと、正式な手順を踏んで行われたものだ。
 だが、その場合に対象となるのは現院長ただ1人。子供たちに焼かれる理由は無い。
 理由はなくとも、きっと誰もが思っているのだ……。
 “あぁ、これで厄介払いができるだろう”と。
「突っ込むか? いや……1人じゃ無理だ。俺だけじゃ13人もの人間を助け出すことは出来ない」
 子供を連れて炎の中を移動するとなれば【停滞】の状態異常が付与されたのと同程度には、アルヴァの動きが阻害されることになる。
 子供の中には周囲に【猛毒】や【不吉】を付与する、特異体質の者もいたはずだ。
 現院長……ミザリーという老婆も足が悪い。
「誰かに協力を頼むべきか? だが……いや、なんだ? この炎は普通じゃない」
 孤児院を焼く炎に手を触れ、アルヴァは目を見開いた。
 皮膚を焼く痛みと、それから【狂気】に飲まれそうになる不快感。通常の炎で、そんな風な影響を受けることは無い。
 と、そこでアルヴァは思い出す。
 10年前に起きたという先代院長による凶行。その際、先代院長の精神をおかしくした“魔笛”は、今も見つかっていないのではなかったか。
「……“魔笛”は孤児院にあったのか? この炎は“魔笛”の影響を受けているのか?」
 それからアルヴァは焦燥を押さえ、暫くの間、炎や周辺の状況を調べた。
 結果として、分かったことは3つ。
 炎に触れた者に【業炎】【狂気】の状態異常を付与すること。
 物質透過や透視などの技能を阻害する効果を持っていること。
 そして、放火犯と思しき4人の男たちが孤児院の中に待機していること。
「子供たちの中には過去に罪を犯した者もいるけれど……こんな八つ当たりのような理由で、子供たちが命を落としていいわけないだろう!」
 なんて。
 彼の怒声は、誰の耳にも届かない。

GMコメント

●ミッション
孤児院の子供×12人の救出

●ターゲット
・子供たち×12
孤児院に暮らす訳ありの子供たち。総勢12人。
※特記事項として以下3名が含まれる。
周囲の者に【猛毒】を付与する子供が1人。
触れている者に【不吉】を付与する赤ん坊が1人。
自力では動けない重病人が1人。
※子供たちと同行する場合【停滞】と同程度の-補正がかかる。

・現院長×1
孤児院の現院長。
年老いた女性で、足腰が悪い。
10年前の大量殺人事件を起こした先代院長は、彼女の息子にあたる。

・放火犯たち×4
10年前の事件により我が子を失った男たち。
貴族の協力者にして同盟者。孤児院に火を放った後、どういうわけか修道院内に留まっている。

●フィールド
幻想の街“アンヘル”の外れにある孤児院。
街から多少離れており、周囲は荒地となっている。
建物は4階建て。現在、炎に包まれている。
炎には触れた者に【業炎】【狂気】を付与する性質がある。
炎には物質透過や透視といったスキルを阻害する性質がある。
※炎に上記特性が備わっているのは、孤児院内のどこかにある“魔笛”の影響によるもの。
※扉を開ける際には要注意。バックドラフト現象により【業炎】【狂気】【飛】を受ける可能性がある。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • 罪を贖うのは誰か。或いは、この世にきっと神などいない…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月07日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
※参加確定済み※
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)
凶狼
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)
瀉血する灼血の魔女

リプレイ

●助けを求める声が聞こえる
 前蹴りが、歪んだ扉を蹴り壊す。
 途端にごうと噴き出す炎を振り払い『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は煙管を咥えた。
「ハァ、すっかりヘルちゃんはアンヘルの街と腐れ縁になってしまったのだ、嫌な方に」
 炎に焼かれて落ちたのか。
『凶狼』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)は足元に転がる額縁を見た。中に飾られていた写真はすっかり燃えているけれど、どうやら孤児院の皆で撮った集合写真であるようだ。
「世に悪徳の種は尽きまじ、っつーか。どちら様も大変だなァ」
「……親や子の罪を親族にまで押し付けてこんな事仕出かすなんて本当に酷い連中なのだ、反吐が出る」
 所は幻想。
 平和な街“アンヘル”の外れ、厄介者の集められた小さな孤児院。けれど、今は炎に巻かれて、業火の地獄のような有様である。
「ああ、全く──腹立たしい。罪と復讐の輪廻を重ねて何になると言うのでしょうね」
 ことほぎ、ヘルミーネに続き孤児院に足を踏み入れて『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)はため息を零す。
 そっと壁に触れてみれば、血色の悪い指先がじくりと痛んだ。炎に焼かれた指を見て、ルトヴィリアは唇を噛む。火炎に巻かれる孤児たちは、今もきっと怖い思いを、辛い思いをしているはずだ。

 孤児院の4階。
 踊る業火を避けながら、幾つかの人影が近づいていく。
「火の回りが早いな……無事だといいが」
 噛み締めた唇から血が滴った。『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の表情には隠し切れない焦りの感情が浮いている。
 そんな彼のすぐ上を、箒に乗った少女が飛び超えていく。
「アルヴァ、しゃきっとして! 必ず全員助けるわ、そうでしょ!」
 『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は、炎の壁を突っ切って高温に罅割れた窓ガラスへと激突。砕け散ったガラスの欠片に肌を裂かれることも構わず、孤児院へと転がり込んだ。
「……何時だって、弱い者から犠牲にされてしまう。それは、駄目です」
 アルヴァを連れて部屋の中へ飛び込んで『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は視線を左右へ走らせる。
「物置部屋のようですね。階段は……その扉の先、でしょうか」
 チェレンチィが指差した先には、埃塗れの粗末な扉。
 扉越しに伝わる熱気に、セレナの頬に汗が伝う。孤児たちはおそらく下のフロアだ。だが、扉を迂闊に開けることはできない。扉の先が密閉された空間だった場合、バックドラフト現象により爆発が起きる可能性がある。炎による継続ダメージはともかく、爆発の衝撃までは打ち消せないのだ。
「少し離れてろ。この手の荒業は慣れている」
 チェレンチィとセレナを壁際に下がらせると、アルヴァは背から銃を降ろして振りかぶる。

 どかん! と、扉が吹き飛んだ。
 部屋の中から噴き出す業火と衝撃が、『A級賞金首・地這』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)を弾き飛ばす。壁に激突したピリムは、焼け焦げた扉の下から這い出すと白い肌にこびり付いた煤を払って立ち上がる。
「知ってますかー? 扉によるバックドラフトは爆発と同じ速度で跳び扉を盾にして受身をとればへーきなんですよー」
 と、そうは言うものの。
 額からは、一筋の赤い雫が垂れていた。

●救急救命
 孤児院1階。
 2階へ繋がる階段の手前に4人の男が立っていた。男たちの足元には空になった油壺。その手には斧や短槍を握っているが、それで誰かを害そうという気概は見えない。
 髪は伸び放題。顔色は悪く、顎には無精ひげが生えている。虚ろな目で、何もかもをすっかり失ったかのような顔で、彼らは足元や虚空を見つめて立っていた。
 ことほぎとルトヴィリアが前を通り過ぎて行っても、彼らは何もしなかった。ただ、死んだような目で2階へ上がる2人を見送っただけだ。
「こんなところで突っ立って、いったい何をやっているのだ?」
 男たちの前で足を止め、ヘルミーネはそう問うた。
 男の1人が視線を動かし、虚ろな眼差しで彼女を見やる。
「別に。何もしてねぇ。何もねぇ」
「何も? 邪魔するなら容赦しねぇつもりだったのだ。でも、ここでただ焼け死ぬのを待っているだけならどうでもいいのだ」
 階段のすぐ下で待機しているのは、子供たちや院長を孤児院から逃がさないためだろう。
 ヘルミーネは爪を伸ばすと、男たちに向けて突き出す。少しでもおかしな動きがあれば、ヘルミーネの爪は彼らの喉を引き裂くだろう。
 けれど、男たちは怯まない。自嘲するように口元を歪めて、今にも泣きだしそうな顔をして淡々と言葉を吐き捨てた。
「殺すなら殺してくれ。復讐も終えたし、今生にやり残したことは何もないからな」
 1人、2人と手にした武器を床へ落とした。
 それから、自分の喉を指し示す。
「疲れたんだ。誰かを恨んで生きるのは。孤児院の連中を始末すれば、少しはすっきりするかと思ったんだけどな……ちっともそんなことはねぇ」
 はぁ、と誰かが溜め息を零す。
「こんな世界、もう嫌だ」
「てめぇらの他者を巻き込む自己満の復讐に付き合う必要などねぇのだ。死にたいのなら、そこで勝手に死ね」
 そう言い捨てて、ヘルミーネは2階へ向かう。

 倒れた箪笥の向こうから、子供の泣く声がしていた。
「あぁ~? 赤ん坊、ですかね?」
 箪笥を様々な角度から見て、ピリムはカクンと首を傾げた。場所は建物2階の1室。修道院の院長室らしい。
「貴重な幼き脚が全焼しちまうなんて勿体ねーですからねー。モタモタしてると傷物になっちまうのでちゃっちゃと全員助けちまいましょー」
 ひょろりと長い身体を屈め、ピリムは床に四肢を付く。
 と、そんな折、背後で誰かの足音がした。ピリムが振り返ると、そこにはことほぎとルトヴィリアがいる。
「手伝うか?」
 ことほぎが問うた。
 ピリムは無言で首を左右へと振って、箪笥の下に潜り込む。
「他の子たちの救助にまわってくだせー。余裕も時間もねーですし」
 数度、扉を殴る音。
 部屋の木扉を殴り壊したのだろう。
「あいよ。それじゃ、オレらは他の部屋を見て回るよ」
 這うようにして部屋の中へと進むピリムを見送って、ことほぎは別の部屋へ視線を向ける。

「中に2人。窓の無い部屋ですね。鳥の目では室内の様子を窺えません」
 扉の前で足を止め、ルトヴィリアはそう呟いた。
 目の前の扉はすっかり炎に巻かれている。ドアノブは燃えて床に転がっているし、扉の金属枠も熱で歪んでいた。ドアを開けるのにも難儀しそうだ。
「扉を開ける時ァ慎重に。一気に燃え広がると厄介だ。開けたら横に飛びのくのが安全か?」
 紫煙を燻らせことほぎは言った。
 ルトヴィリアは無言のまま、手首に巻かれた包帯を解く。その下にあった治りかけの傷口に歯を突き立てると、瘡蓋ごと皮膚を噛み千切る。
 溢れた血が、意思を持つ蛇のようにうねった。
「おぉ?」
「下がって。叩き開けましょう」
「あぁ、そりゃいいや」
 血の鞭と、紫煙の魔弾が立て続けに扉を叩く。
 
 部屋の中には1人の老婆と、暗い顔をした少年が1人。少年の身体には、何枚もの護符が貼り付けられていた。
「おっと、なんだってばーさんが……あぁ、いや院長がばーさんなんだっけ?」
 老婆の意識は朦朧としているようだった。
 煙を吸い込んだのだろう。片手に持ったハンカチは、護符だらけの少年の口元に押し付けられている。
「だ、誰? あの男たちの仲間!? 僕たちを殺しに来たの!?」
 慌てた様子で少年が叫ぶ。
 途端、少年の身体から障気が滲んだ。至近距離から障気を浴びて、老婆が低い呻き声を零した。
「あぁ、駄目だ! 毒が! 毒が!」
 炎に巻かれる恐怖で混乱しているのだろう。近くに落ちていた木片を掴むと、少年はそれを振り回す。
 切れた手の平から血が零れるが、少年はそれを意にも留めない。
「まぁ、正しい反応っちゃ正しい反応か。将来有望なガキンチョだぜ」
「ですが、今は落ち着いてもらいませんと……ねぇ、少年」
 ルトヴィリアが帽子を脱ぎ捨てる。
 その下にあるのは、捻じ曲がった黒山羊の角だ。それから、包帯を巻かれた左の腕と、人のそれとは随分と違った瞳を晒す。
「大丈夫、何があっても、あたし達はあなたたちの味方です」
 ルトヴィリアを見て、少年は肩の力を抜いた。彼女と自分は同類か、それに近い存在であると本能的に悟ったのだ。
「少年。名前は?」
「……カース。カースだよ。ねぇ、院長先生を助けてくれる?」
 やれやれ、と頭を掻いてことほぎは前へ。
 その手には、淡い燐光が……治癒の光が灯っていた。
「元々そのつもりだよ」

 痩せ細った少女を抱いて、チェレンチィが翼を広げた。
「しっかり掴まっていてくださいね!」
 少女からの返答はない。けれど、力なくその手がチェレンチィのマントを握った。
 意識は朦朧としているし、身体はすっかり枯れ木のようだ。そんな状態であっても、彼女は必死に生きようとしていた。
「脱出経路は!?」
「こっちだ! さぁ、もう大丈夫だ、よく頑張ったな!」
 孤児院の3階。
 廊下の端から端までを、アルヴァが全速力で駆け抜けた。
 後方に振りかぶった狙撃銃を、疾走の勢いを乗せて壁へと叩きつける。
 衝撃。轟音。
 壁に大きな亀裂が走った。
 炎が渦巻きアルヴァの皮膚を焼き焦がす。けれど、アルヴァは止まらない。壁から距離を取ると、再度、疾走の勢いを乗せた殴打を放った。
 2度、3度と続けざまの殴打を受けて、遂に壁が砕け散る。
「行け!」
「えぇ、そちらは?」
「あー……悪い、ガキ共は頼んだ。まだ、やるべきことがある」
 少女を抱えたチェレンチィと、少年を抱いたセレナが、壁に空いた大穴から庭の方へと飛び立った。
 それを見送ったアルヴァは、2階へと駆け下りていく。

「安心して、必ずみんな助けるからね」
 3階、子供部屋に残る子供は9人。
 恐怖に泣く子供もいれば、必死に涙を堪える子もいる。最初に部屋に飛び込んだ時、全員が諦めたみたいな顔をしていた。それに比べれば、随分とマシな……生きている顔つきになっている。
 生きる気があるのなら、何が何でも救ってみせよう。
 セレナは額の汗を拭うと、箒で近くの火種を消した。
 それから彼女は、思わず安堵の吐息を零す。使役している鳥の目を通して、院長ほか2名の救助を確認したからだ。
「後は……魔笛ね」
 残る懸念は、孤児院のどこかにあるらしい魔笛の存在だ。
「もし誰かに回収されたら、またこんな事が起きるかも知れないじゃない」
 セレナはそう呟いて、近くの少女の頭を撫でた。

 窓ガラスを蹴り破り、ピリムが庭に飛び出した。
 その胸には赤ん坊が抱かれている。
 虚空を蹴るようにして飛翔すると、建物から遠く離れた位置へと着地。
「あの、髪が燃えていますが?」
 音もなくピリムの背後に着地したチェレンチィがそう告げる。指さした先はピリムの頭部。白い髪が燃えていた。
「わーぉ。まぁこれだけ燃えていれば多少は仕方ないですねー」
 髪に付いた火を消して、ピリムは肩を竦めてみせた。
 それから、チラと燃える孤児院を見やる。
 3階え向かって飛び去っていくチェレンチィ。それから、老婆と少年を連れて帰還することほぎとルトヴィリア。
「救助の手伝いー……いや」
 赤ん坊を地面に降ろし、ピリムは刀に手を伸ばす。
 合流したルトヴィリアは、睨むような目を孤児院の外……柵の向こうに向けていた。
 暗がりの中に、10数人の人影が見える。おそらくは放火を指示した貴族やその部下たちだろう。
「道を塞ぐなら──容赦はしませんよ? 気が立っているんです」
 手首に巻いた包帯を解き、ルトヴィリアはそう告げる。
 隣に並んだことほぎが、にやりと笑んで紫煙を吐いた。
「狭い室内だと本領発揮とはいかねーんだが、外なら思う存分やれるな」
 
●炎に焼かれる
 時刻は少し巻き戻る。
 建物の2階、脱出を図ることほぎとルトヴィリアの前にアルヴァが駆け込んで来た。
 彼は、ことほぎが担いだ老婆へとこう問いかける。
「なぁ院長、例の魔笛は何処にある? アンタの息子が犯したことをとやかく言うつもりはないが、ケジメは付けるつもりだ」
 朦朧とした意識の中、老婆は確かにその言葉を聞いた。
 それから彼女は掠れた声で言葉を紡ぐ。
「……――――」
  
 廊下を1匹の獣が駆ける。
 彼女は虚空へ、囁くように問いかけた。
「……なあ、ゴメズに皆? 連中のこと、どう思う?」
 傍らの悪霊たちへ向けた問いだ。連中とは、放火を指示した貴族の男や、炎の中に佇んでいる男たちのことである。
 返事は無い。
 それでいい。

 3階。
 子供たちの寝室に、白き獣が駆け込んだ。
「さあ、ヘルちゃん達が来たからもう安心なのだ! わーはっはっは!」
 腰に手を当て、胸を逸らして呵々と笑うヘルミーネ。
 そんな彼女に目を向けて、チェレンチィとセレナが目を丸くした。2人はそれぞれ1人の子供を抱えていた。
 燃え堕ちた階段を上るのに、思った以上に時間を要してしまったせいだ。ヘルミーネの頬や肩には、真新しい火傷の痕がある。
「ちょうど良かった。この子をお願い!」
「え、ちょ! 何なのだ? セレナちゃんはどうするのだ?」
「限界まで魔笛を探すわ! アルヴァもそっちに向かっているはず!」
 それだけ言って、セレナは箒へと跳び乗る。
 一目散に部屋を飛び出すセレナの後ろ姿を、ヘルミーネとチェレンチィは見送った。 

 1階。
 アルヴァは床へ狙撃銃を振り下ろす。。
 階段のすぐ裏側。
 砕けた床板の下に、金属の小さな扉がある。
「ここか」
 周囲はすっかり炎の海だ。
 業火と熱が、アルヴァの体力をじりじりと削る。
 扉を開き、地下へと降りるアルヴァの姿を虚ろな瞳が見つめていた。それは、息絶えた4人の放火犯の目だ。
「……例え放火が貴族の命令だったとしても、生かしておく道理は何処にもない」
 なんて。
 そう呟いて、アルヴァは地下室へと潜る。

 狭い部屋だ。
 元は酒蔵か何かだったのだろう。埃と黴の臭いに満ちたその部屋の奥、棚には小さな木箱が1つ。
 木箱を開ければ、その中には木製の笛。
 今回の事件の発端ともいえる“魔笛”に間違いないだろう。
 アルヴァは笛を床へと落とし、狙撃銃を振りかぶる。
 一閃。
 狙撃銃で殴打され、笛は粉々に砕け散る。

 炎に巻かれ、右も左も分からない。
 充満する煙と、欠乏する酸素。意識が徐々に遠くなる。
 慌てて口元を押さえるがもう遅い。急激な脱力感に、アルヴァはたまらずその場に膝を突いて倒れた。
 ここで死ぬのか。
 そんな思いが、ほんの一瞬、脳裏を過る。
 けれど、しかし……。
「手を!」
 セレナの声と、差し伸べられる細い手と。
 アルヴァがその手を掴んだ瞬間、セレナは箒を加速させて炎の中へ飛び込んだ。

 7人。
 うち1人は、意識も朦朧とした重傷者だ。
 けれど、10数人の兵士たちは誰も7人に近づけない。
 例えば、紫煙を燻らす長身の女。
 例えば、長い腕で刀を担いだ白い女。
 例えば、剣呑な雰囲気を纏う黒衣の翼種。
 例えば、白き凶狼。
 例えば、禍々しき小さな魔女。
 そして、箒を担いだ少女と、ぐったりしている青髪の少年。
 そのうち数名の顔には覚えがあった。
「指名手配書で見た顔だ……どうします?」
 兵士の1人が貴族へ問うた。
 貴族はしばし思案して、兵士たちに下がるように指示を出す。
「孤児たちには逃げられた。悪党どもは放っておけ」
 そう呟いて。
 握りしめた貴族の手から、血の雫が滴った。


成否

成功

MVP

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

状態異常

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮

あとがき

お疲れ様です。
貴族の目論見は皆さんの活躍により無事に妨害されました。
孤児たちは全員生存しています。
依頼は成功です。
無事に皆さん、お尋ね者です。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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