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シナリオ詳細

<獣のしるし>リコール・オヴ・ナイトメア

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●殉教者の森にて
 あたかも闇の軍勢が行進しているようだった。
 騎士の姿を取ったもの。暗殺者の姿を取ったもの。
 そういった『影』で作られた人影が、ここ天義と鉄帝の国境地帯である『殉教者の森』――鉄帝からは『ベーアハルデ・フォレスト』と異なる名で呼ばれている――にて蠢いている。
 装束も影色ならば瞳も暗黒。そこに知性の輝きと呼べるべきものなど見あたりはしない。しかし、彼らは口々に何言かを呟いているのだ……「魔種どもに滅びを」「不正義に断罪を」「ルル様のために」、と。

 そんな一団の後方で羊飼いのように彼らを総べながら、とある男女もまた森の中を進んでいた。
「お父様」
 鋭利な刃物のように冷たい瞳をした若い女が、黒い鎧の騎士へと問い掛ける。
「このような者たちが、本当に私たちの役に立つのでしょうか?」
 すると騎士――父は曲がったままの右腕を少しだけ上げて娘にこう返す。
「『役に立つかどうか』ではない。『役に立たせる』のだ。先日の任務失敗は我らの立場を極めて不安定にした。異端審問官たちも多くが負傷し、私の腕も――この通り、十分に動くまで時間が掛かるだろう。にもかかわらずロレンツォとその一党は、その間にも新皇帝派に取り入って邪悪な計画を練っている。使えるものは何でも使い、彼奴らを葬ることこそが第一なのだ」

 正義のためならば手段を問わぬ父モーリス・ナイトメアの背中を、メイヤ・ナイトメアは絶対のものだと信じていたはずだ。それが不正義であるのならどれほどの地位の相手でも死を以って償わせ、それはメイヤの姉ミリヤとて例外としなかった父。
(ですが、お父様。お父様は焦っておいでではありませんか?)
 そんな父の後ろ姿がけれども今は、どこか頼りなく朧げであるようにさえメイヤには見える。ロレンツォ・フォルナートは国家の転覆を図り、その一環として配下の暗殺者を用いて姉を不正義に堕とした大罪人だ。しかし、何も知らぬまま正義と信じて彼に付き従った者まで全てを処刑するとは些か無理筋が過ぎたのではないか?
 作戦で失った幾人もの忠臣たちの代わりに彼が従える、かつて冠位魔種ベアトリーチェが用いていた汚泥兵どもを彷彿とさせる不気味な影の兵たちの姿が目に入る度に、ロレンツォ襲撃の際、自分に非難の言葉を向けてきた特異運命座標の言葉を思い出す。

『こうして無辜の民にまで刃を向ければ、それこそロレンツォの思う壺ではないのか』

 思えば今が、初めてメイヤが父に疑問を抱いた瞬間だった。あの時は取るに足らないノイズとしか思わなかったはずの言葉が、今では父に対する言葉にできない違和感として彼女の思考を圧迫している。
 今の父の判断は本当に正しいのだろうか?
 それ以前にあの日、ああも手塩にかけて育てた姉を不正義として断じた日の判断も、本当に間違っていなかったのか?
「お姉様……」
 思わずそんな言葉が口から洩れたのは、かつてはああも尊敬し、今では憎悪の対象でしかなくなっていたはずの人物にもう一度会って、真実を確かめたいと思ってしまったためだ。いけない。そんな考えは不正義そのものであって、お父様に知られるわけにはゆかないものなのに!
 だがモーリスはそんなメイヤの呟きに気付くと、思いもよらない言葉をメイヤへと返した。
「……無論、あの女もこの包囲網の何処かにいるのであろうな。ローレットめ、どこまでも我らを妨害するつもりか」

 包囲網――そう、何者かがモーリスたちを待ち構えていた。
 すぐにメイヤも知ることになるのだが、それは天義要人たちより「天義の聖騎士を名乗る者たちが鉄帝国へと侵攻しているので阻止してほしい」と依頼を受けた、ローレットの特異運命座標たちだった。

GMコメント

 天義と鉄帝の国境地帯『殉教者の森』に、不気味な『影の兵』たちが現れました。
 真っ黒な闇で作られたかのようなこの兵たちは幾つかのグループに分かれているようですが、そのひとつは、天義で独善的な異端審問官として知られたモーリス・ナイトメアに率いられていました。
 どうやらモーリス自身がこの兵たちを作り出したわけではないようですが、影の兵たちはモーリスの手足のように働きます。彼らに鉄帝入りを許してしまえば、どのような惨劇が起こるか判りません……水際で止めねばならないのです。

●目的
・モーリス率いる影の兵の殲滅
・モーリス・ナイトメアの討伐(努力目標)

●戦場:殉教者の森
 木々が鬱蒼と密集する森で、街道などを除けば空からも中の様子を窺い知ることはできません。
 モーリスらはその森の中を、人目を避けるかのように移動しています。皆様は天義の聖騎士たちとともに、彼らを包囲するように待ち構えました。モーリスらに森の向こうに見える国境の高い塀を越えられてしまえば、天義の聖騎士が動くわけにはゆきません。
 皆様は皆様同士で集まっていることにしてもかまいませんし、それぞれが聖騎士たちと協力しながら独立して動いていることにしてもかまいません。

●敵
・影の兵
 暗殺者に似た格好をした存在で、戦闘術も隠密と素早さを活かした暗殺者に近いものを使用します。
 ただし、彼らの武器も影で作られており、それに触れると取り込まれそうになってしまいます……具体的には攻撃に【虚無】【喪失】等の効果がついています。
 多数いますが、同行する天義の聖騎士たちが多くを受け持ってくれるため、皆様だけで5体も倒せば残りは聖騎士たちが対処してくれるでしょう。もちろん、より多くの影の兵を倒せればその分聖騎士たちが安全に戦えますし、逆に聖騎士たちに殉教を覚悟してもらうことにすれば皆様の戦力をその分モーリスに充てることも可能になるはずです。

・モーリス・ナイトメア
 漆黒の鎧に身を包んだ聖騎士ですが、実は傲慢の魔種です。魔種の強力な身体能力から繰り出される攻撃は多彩で、例えば以下のような相手の能力を妨害する攻撃手段を得意としています。
 先日の作戦(『断罪Paradox』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8483 )で負傷している今は、彼を討伐するための好機と言えるでしょう。

 -正義を貫くための剣(物至単【致命】【防無】【必殺】)
 -悪を跪かせる光(物遠単【万能】【封印】【ブレイク】【無策】)
 -断罪者の威(神自域【識別】【無】【重圧】【恍惚】)

・メイヤ・ナイトメア
 断罪の聖女と称される大鎌使いです。こちらも単体攻撃から範囲攻撃まで使い分ける強敵ですが、姉を殺害しようとし、無辜の民の虐殺を指示したモーリスに対する疑念により、その刃は鈍っているようです。これまでは頑なに耳を傾けようとしなかった『アイドルでばかりはいられない』ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)様の言葉も、今なら彼女に届くかもしれません。
 彼女を説得しモーリスから離反させることができたなら、頼もしい味方に変わってくれることでしょう……それは彼女に、親殺しを決意させることでもあるのですが。
 彼女が離反しようとする場合には、モーリスは『原罪の呼び声』を用いて彼女の逆説得を試みるでしょう。説得の際には彼女がそれに靡いてしまわないような強い内容が必要です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <獣のしるし>リコール・オヴ・ナイトメアLv:30以上完了
  • GM名るう
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年11月27日 20時00分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
サイズ(p3p000319)
カースド妖精鎌
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
鳥籠の画家
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)
アイドルでばかりはいられない
ゼファー(p3p007625)
凛気
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ

●暗部の澱み
 四方より投げかけられた光を浴びて細まった分、モーリス・ナイトメアの目は勢いよく憤懣と憎悪を燃え盛らせるかのようだった。影の兵士に囲まれて、漆黒の鎧に包まれて、眩い投光の中でも浮かぶは顔ばかり。
「ほう。我らが恐ろしいと見えるな」
 モーリスがそんな言葉を発した理由も、その顔が現れた瞬間、森の中に、はっと息を呑んだ微かな音が幾つか聞こえたからだろう。
 ああ、恐ろしくないわけがないさ。何故なら『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)にとって、それはかつてのあの出来事を思い出させるからだ。
 だがよ、それを乗り越えて一歩踏み出すとしようじゃないか。ベルナルドには、そして特異運命座標らには、人には覚悟を決めねばならぬ時があると示さねばならぬ相手がいるのだから!
「“これ”らを排除せよ」
「……ええ、お父様」
 その相手とはすなわちメイヤ・ナイトメアだった。答えるや否や梢の高さまで跳躍し、枝を蹴ると鋭く鎌の刃を向けてくる『断罪の聖女』。けれどもいざ戦いを始めれば余計な物事など忘れてしまったかのようにさえ見える彼女が父に答える直前に、ほんの僅かな躊躇いらしきものがあったかのように見えた――だとすれば『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)には、このように希望を持つことができるのだろう。
 彼女も先日のナイトメア家の異端審問官たちと同じく、モーリスの遣り方への疑念を抱いているのだと。

 かといって彼女の本心を引き出すためには、きっと困難な手筈が必要なのだけれど。
(まずは、盲目的に父親に従っていれば十分だと信じていられる状況から彼女を引き離す。つまり俺たちは排除なんてできないところを見せつけてやらないといけない)
 だがメイヤの得物が鎌ならば、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)の本体も鎌。であればメイヤの攻撃がどこに向かおうとしていて、何をすればそれを挫けさせられるのかなんて、手に取る――もとい、手に取られるように判る!
「だから辺りにランタンを吊るしておいたのさ!」
「そういうことだ!」
 光は影をますます色濃くするかもしれないが、少なくとも暗殺者が潜める場所は奪う。サイズの言葉に同意した時には既に、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はメイヤを牽制するように駆け出している。
(本来なら上方の闇の中に身を隠すように奇襲するつもりだったのだろうが、これだけ灯りを用意してあれば丸見えだ。大方、実力の乏しい聖騎士から順に仕留めてゆく算段だろう……でも、彼らには影の兵を相手してもらう必要があるからな)
 それをメイヤに邪魔されるわけにはゆかなかったし、いわんや親玉たるモーリスをや。
「無駄な足掻きを」
 天義の暗部は一笑に付すが……足掻いているのははたしてどちらの側か!
「あははっ! 『飛んで火に入る正義厨』って正にこのことだね!」
 耳障りに作った『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)の声が、余裕ぶるモーリスをかき乱す。左右におどけたステップを踏みながら、あたかも考えなしのように彼へと近付いてゆく。
「……あれっ『負け犬や 弱虫どもが 夢の跡』だったっけ? ――聖騎士だか何だか知らないけど、すっごい迷惑だからさぁ!」
「迷惑とは貴様らのような背教者だと知れ!」
 モーリスが抜き放った剣は違わずヒィロへと吸い込まれ――そしてそれが錯覚にすぎないのだと彼は知った。
「道化め。その巫山戯た足取りは、我に狙いを定めさせぬためであったか」
 もっとも……それを見抜いたからといって一体どうだというのだ? 手品のトリックをいくら暴いたところで、負傷した腕が動きについてゆけねば一切の意味を持たないのだから。
「……哀れね」
 『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)がそんな言葉を洩らした時には、モーリスの右肩当てはぴしりとヒビが入るところだった。ヒィロがモーリスを撹乱した隙を狙って、彼の後方の死角から、あたかも木々を見透したかのような――そして実際その通りの――物陰からの奇襲。まさか正確に首筋に打ち込むはずだった攻撃が、身を捩られ、鎧に防がれるとは思わなかったが……その時に鳴った乾いた音は、まるで正義という言葉に自ら縛られた異端審問官の、伽藍堂のような現在そのものであるかのようだ!
 そんな我を忘れた存在が、得体の知れないものを引き連れて新たな犠牲を生まんと目論んでいる。であれば、一体あれは何――そんな疑問に悩んでいる暇はない。モーリスの剣が本領を発揮してしまうより前に、『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の剣がその動きを抑え込む!
「手加減はしません――ここで倒れていただきます」
 きっと、そうまでしても癒やしきれぬ哀しみが彼にはあったのだろう。だが、いかなる悪を滅するためであっても、犠牲をやむなしと考えた時点で自らも悪に落ちたのだと言える。
 アルテロンドの武は信念を失った刃を許しはしない。静と動の間でひるがえる剣の変幻の軌跡が火花を散らし、審問官の黒剣に纏わりついて離さない。
「何もかもを鏖殺するのが己の正義だというのですか貴方は!」
「小癪な!」
 返答の代わりに返すべき剣を、十全に振るわせじと言わんばかりの攻勢だった。なるほど目の前の不正義の徒どもは、断罪し斬り捨てるには惜しい連携や技を持っているようだ。
 だとしても、焦る必要があるとはモーリスは可能性の検討すらしない。かの『廉貞のアリオト』と比べれば、それですら随分と児戯ではないか。何故ならあの娘は彼から長女ミリヤを奪った時も、先日ロレンツォ・フォルナートの手先として再び現れた時も、単独で彼とメイヤの双方を相手取って引けを取らなかったのだから!

 そしてあの時彼の手の中から転がり出ていったはずの不肖の娘は、今、『アイドルでばかりはいられない』ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)などというくだらぬ名を名乗り、彼の新たな配下たち相手に不格好な戦いを見せていた。
「影の騎士って……要は強欲の原罪の権能のパチモンじゃないっスか? 何度も出てきて恥ずかしくないっスか?」
 影の兵たちにはそんな見え透いた挑発で『恥』という概念を与え、逆上した彼らに襲いかかられた時には味方の後ろに隠れて術にて支援する。断罪の聖女と呼ばれていた頃の面影など何もない。同じ支援の立ち回りという点でなら、自らも先陣に立って聖騎士たちを統率する『凛気』ゼファー(p3p007625)のほうがよっぽど聖女の名に相応しい態度だ――無論モーリスからすれば、彼女とて“聖騎士を騙る蒙昧の輩を焚きつける魔女”ではあるのだが。
「何の罪もない人々を殺したのは誰? 貴方の友を殺したのは誰? この時を逃せば、二度と報いる時は来ないわよ!」
 魔女は“聖騎士の身でありながら真実を見誤った者たち”の鼓舞をする。モーリスから見れば実に滑稽な後継だ――異端審問官の断罪対象になっていながら「罪もない」とは、とんでもなく状況を理解できておらぬ言い切りなのだから。
 哀れみと不快感。モーリスが睨みを効かせてやったのに、ゼファーは自らの過ちに気付いて恐縮する素振りすら見せぬではないか。
 そればかりか彼女はモーリスを、逆に苛立たせるばかり。見よ、あの強く返される眼光を。あの反抗的な目はこう語っているに違いあるまい!
 むかっ腹が立ってるのでしょうけれどそれはこちらも同じ。だったらお互い“礼”をしあうしかないでしょう? ……と。

 そんな意志と意志の交錯はほんの一瞬のことで、ゼファーの姿は再び影の兵の陰に隠されていった。
 すなわち、彼女がいかに耳障りな言葉を吼えたところで、影の兵たちが聖騎士たちを攻撃しつづけるかぎりは、特異運命座標たちにこれ以上モーリスを相手取っている余裕などはない――モーリスはそのように理解をしたし、少なくとも今のところはそのとおりであるように見える。
(……が、拙者らが何時までも影相手に手をこまねいていると思われては困るのでござるよ)
 『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が手甲『宿儺』の絡繰を仕舞ったのと同時、彼女の背へと影の刃を突き立てようとしていた影の兵の姿がぶれた。今のは? 影自身もまるで首を傾げたような仕草をし、それからしばらくしても何も起こらぬのを知って再び攻撃動作へと戻った直後……一歩踏み出そうと持ち上げた太腿がその下を置き去りにしてしまったのに気付く。既に体のあちこちが斬り刻まれている……!
「鉄帝領内には一歩も踏み込めは出来ぬと心得るが良かろう」
 言われずとも影は動けない。動けば、体がいつ崩れるとも判らぬがゆえに。
 とはいえ影は影たるがゆえに、離れ、繋がり、分かれ、集まる。断たれた手足も時を経たなら、再びそれまでと変わらず動かせるようになるのが道理!
「だったら……その前にもっとバラバラにしてやればいいだけだよね」
 声とともに、今しがた咲耶を狙った影の周囲の影まで一部が吹き飛んだ。声の主は雲雀。しかしながらその姿は見えず。モーリスらは灯りのため身を隠しにくくなったかもしれないが、その灯りを準備したのはこちら側……知らなければ使えない不意打ちスポットくらい、幾つか見繕ってあるというわけだ。それらがいつまでも通用すると信じるのは純粋に過ぎるというだけで。
 今や最初の影は形を失って、人型を作るのもやっとの様子だ。
 そんな影にベルナルドは近付いて――攻撃もせずにその隣を通り過ぎ。
「手柄は好きに持ってってくれ。収容所の管理ばかりじゃ剣の腕もなまっちまうだろ? リンドウ所長」
 知己の聖騎士に止めを任せると、ちょうど彼女を狙って影のナイフを投げようとしていた別の影へと、宿す月の光を描き込んでやった。
(お前さんも、他の聖騎士も、こんな奴らに失わされる訳にゃいかねぇからな)

●傲慢なる“正義”
 けれども世界というものは時に、当たり前の些細な幸せを掴むことすら拒もうとするものなのだ。
 次の瞬間ベルナルドの耳に届いたものは、空気が鋭利なものに裂かれる風切り音。
「そりゃあタダでやらせちゃあくれねぇよな」
 影に光を描ききる暇を、どうやらメイヤは与えてくれそうにない。光を宿したままの絵筆を影から引き抜いて、勢い、虚空に弧を描く! 具現化された光の盾は……メイヤの闇色の刃と衝突し、その勢いを大幅に殺す。
 だが、あくまでも大幅だ。絵筆を持つ腕こそ守り抜いたが、パレットを支える腕は外側が裂けている……だとしても。
「俺は天義の聖女様に冤罪で殺されかけたが今は怨んじゃいねぇ。こんなにいい仲間と廻り合えたからだ。過ちはなかったことにできないが、肝心なのは今どうするかだ。
 勿論それは、アンタにとっても同じことさ……だからアンタはまだやり直せるってわけさ。ほら、アイツの顔も見てみるといい……アレがアンタを憎んでる奴の顔か? アンタを救いたいって思ってるに違いないじゃねぇか」

 見れば、かつてはあれほど立派に見えた姉の顔が、少女のように涙でぐちゃぐちゃになっていた。
 影たちを跳ね除ける力もないのにわざわざメイヤの前に出てこようとし、全身を影たちにしがみつかれているミリヤム。せめてもの情け、苦しまぬようひと振りで命を神に返せるように、鎌を首筋に当ててやっても、抵抗する素振りすらなくただこちらへと近付いてこようとしている。
「まったく、困ったお姫様だよ」
 肩を竦めたサイズが構えた手のひらに息を吹きかけたなら、秋の妖精たちが姿を表して、木の葉の姿を取って辺りに広がった。ミリヤムの無茶には文句を言うが、彼女が囮になってくれているお蔭で今聖騎士たちを狙う影は少なくなっているのは、サイズとて決して気付いていないわけではない真実だ。特異運命座標にはパンドラがあり、聖騎士たちにはそれがない。であれば、どちらがより傷つくべきであるかは……たとえ今ミリヤムのいる場所にいるのが自分であったとしても答えは変わるまい!
「今のうち、着実に影の兵を減らしてゆきましょう! とはいえ、無理はなさらずに! 少しくらいなら秋の妖精たちが影を惑わしてくれるけど、自分の身すら守れずに、帰るべき場所に帰れなければ、本当に守りたいものなんて守れないのだから……!」
 もっともだからって、慎重になりすぎる必要はない。
「だって、こいつらの正面に立つのは私の仕事」
 聖騎士たちは後先のことなんて考えず、為すべき仕事を為してくれればいいのだ。秋風の中に肢体を踊らせて、ゼファーの野性は軽やかに吹く。右から左へ、左から右へ。あたかも捨て身にも思える西風のダンスは、影たちの攻撃を一身に集めながらも軽やかに受け流す。そして……鋭く打ち返す。

 このまま戦い続ければ影の兵たちを滅ぼすことができる。きっと、そうに違いなかった。
(けれどもそれは今のまま、モーリスが大人しくしてくれていればの話だ)
 影の兵たちを相手する合間、仁王立ちしたままのモーリスへと目を遣ったイズマ。モーリスは確かに今もシフォリィの連撃を前に防戦を強いられているようには見えるが、その黒い眼差しにはいまだ、焦りも、危機感も浮かんでくる素振りはないではないか。
(ミリヤムさんが妹さんを説得しようとしていることも、メイヤさんの心が揺れ動いていることも、異端審問官が本当に気付いていないはずがないんだ……だというのに、あの余裕の態度は何だ? メイヤさんを寝返らせない、絶対の自信でもあるというのか?)
 するとまるでイズマの思考を読んだかのように、モーリスの口元が吊り上がる。
「弱者が何を喚いたところで、所詮、負け犬の遠吠えということだ。正義とは最後には勝たねばならぬものである。すなわち……勝てぬ者の言葉が人の心を動かすことはないと知るがいい」
 それが敗北の末に今がある男の言葉だと思えば美咲には空虚さ以外のものは感じられなかったが、にもかかわらずモーリスの立ち居振る舞いは、それこそが真実だと信じて疑わぬ人間のものであるように見えた。今も、彼の周囲には幾つかの影がかしずいており、ちまちまとこちらにちょっかいをかけてきている……そうやって影を従えていることを、彼は“人の心を動かしている”と称するのだろうか? だとすれば彼の誇大妄想は、美咲の想像以上に重篤であるに違いない。
 だが、それを批判する言葉など必要はなかった。それらは全てヒィロが代弁してくれる。彼女の為すべきはヒィロが挑発しモーリスの意識を他から逸らすのを、誰にも邪魔させないことだ。
「おやおや? 正論じゃ分が悪いから耳を塞ごうって言うのかな? ……うわっ、今度は殴って黙らせるつもり!? 言葉では勝てないからって暴力に訴えるだなんて、異端審問官がそんな不正義働いていいのかなぁ……?」
 そうやって常に手を変え品を変え的確にモーリスの不興を買いながら、回避のほうも単調にせぬよう新たな動きを採り入れつづけるヒィロは、謂わば以前と同じ手が出せないじゃんけんに挑んでいるようなものだ。道化じみた言動と裏腹に、彼女が毎瞬失う精神力は、はたしていかばかりのものか。
 彼女の舞台に影の兵が幾らか増えたところで、彼女を主役の座から引きずり下ろす役には立つまい。しかし、つまずく原因くらいにはなる。ヒィロの味方にすら予測できないステップを先回りして、あらかじめ影の兵の妨害を排除しておく……のべつ幕なしにモーリスを煽りつづけるがゆえ、簡単な合図の暇もないヒィロを相手にそれを続けられる者はおそらく、ヒィロ自身をよく知って、そのうえで未来視の魔眼を持つ美咲を置いて他にいまい。だが――。
「我を前に遊びが過ぎたな、魔女ども」
 ぎろりと、モーリスの視線が影に向く。先程から特異運命座標たちに向けているのと同じ、非難と断罪の強要を含んだ眼差しだ。人間じみた精神など欠片も備えているように見えない影が、追い詰められたかのように飛び出してゆく。次の瞬間にはシフォリィがモーリスに打ちつけたはずだった剣が、モーリスのものならぬ、ぐにゃりと歪んだ手応えを返す……。
「大義であった!」

 その手応えが我が身を投げ出して主を葬送の炎撃から守った忠義者の影のものだと気付いた時には、既に、シフォリィの背は近くの木の根元に強かに打たれ、熱い鉄の香混じりの息を吐き出していた。衝撃による、一瞬の思考の空白。もっともその空隙はすぐさま再び埋まり、一時堰止められていた感覚は再びシフォリィに流れ込んでくる……モーリスの剣撃を受ける直前、振るわれる闇色の剣を少しでも阻むべく、自身も自らの剣を無理矢理影から引き抜いて新たな角度から打ち込んでいたという記憶が。そして、その苦し紛れだが不意を突いたはずの一撃が、異端審問官には何の手傷も与えなかったという現実が。
 モーリスの代わりに頭を砕かれて消えゆく影と、その姿を一瞥だにせずに悠然と一歩前に歩み出るモーリスの姿が、再び立ち上がろうとして叶わなかったシフォリィが最後に見たものだった。
「何をしているメイヤよ」
 美咲の魔眼による視界さえ歪もうかというほどの威を辺りに振り撒きながら、モーリスは影たちを除けば唯一の味方であるはずの娘を叱責している。お前ほどの実力がありながら、どうしてそのような者たちの排除すら叶わぬのか。まさか、お前まで良からぬ考えに現を抜かしてはいるまいな、と。
 その言葉の裏にあるものは、自らに従わぬ者は不要だと言わんばかりの独善。我が娘すら目的達成の道具としてしか思わない傲慢な期待。
 ……しかしながら今この瞬間に限って言えば、彼の不満もとんでもない思い上がりとも言えなかったことだろう。何故ならその時、彼の娘は、呆けたようにその場に立ち尽くしていたからだ。
 戦闘中、敵の只中にあるという状況で。

●メイヤの決意
「無理していない?」
 そんなことを訊いてくる姉の泣き顔は、この場の誰よりも一番無理をしているように見えて。
 だというのに彼女はそんなことはないと強情を張って、母が幼子にするかのように、自分をぎゅっと抱きしめてくる。

 たとえ今の自分がナイトメア家を裏切った不正義なのだとしても、今はそれ以上に異端審問官たる役目から逸脱している父の下から、大切な妹を救いたい。

 そう訴える言葉は大層立派なはずなのに、この姉はどうして妹を抱きしめているはずが妹にしがみついているように見えるのか? 自分は今、敵の只中で無防備にしている――そんなのは父ばかりがそう思っていることで、当の姉自身、自分とメイヤが敵同士だとは思っていないことだけは解る。

「だから貴女がお姉さんの懇願に従うべき、という話ではないけれど」
 困惑したままのメイヤに対し、雲雀がこのような話を聞かせてみせた。
「あの時ナイトメア家の聖騎士たちは、違和感に気付いてるうえで、自分に無理矢理言い聞かせるように戦っていたよ。痛々しくすら感じるほどに……ね」
 自分たちに課せられた任務に疑問を持ちながら、それでも忠実にこなそうとしていた彼ら。もし、自分の妹までそんな板挟みに苦しんでいるのだとしたら、善悪の判断を他人に委ねてそれを助けたいと思わなければ、それこそ正義を説く資格もないではないか、と。
「そもそも『不正義』なんて言葉は、自分に都合の悪いものを一方的に捻じ伏せることのできる独断だ」
 イズマは否定する。自分の感覚とは合わないだけで悪いことではないものまでも、全てを切り捨てることのできてしまう魔法の言葉を。
「モーリスが自分の正義を信じることと、自分を信じた者すら切り捨てて天義を脅かす存在に鞍替えすることの間には、何の関連もないどころか天義に背くも同然じゃないか! 俺は、そんな間違った道に突き進むモーリスを止めてやることこそが、本当の正義だと考えるんだ……何もかもが失われる前に」
「無論、拙者らは事情をはっきりとは知らぬ。お主が父を選ぶと言うのなら、それも一つの道でござろう」
 が……咲耶も重ねて言おう。
 それはひとたび疑問を抱いた己の正しさに、納得のゆくまで答えを追い求めた結果であるのなら、という但し書き付きだ。
「その末に拙者らと相対する宿命となるのなら、その時は最早何も申さず命の奪い合いを致すとしよう。しかし、そうでないならば……拙者はメイヤ殿の命を頂戴すれども、拙者の方からメイヤ殿に差し出す命はござらん」
「私は――……」

 直後、一筋の苛烈な光条が、メイヤの耳元を掠めていった。
「お前まで“それ”の二の舞いになりたいと言うのか」
「お父様!」
 はっとした表情で振り向いたメイヤ。その目に飛び込んできたのは父の恐ろしい形相だ……これまでどれほど邪悪な異端者にも見せたことのない、怒りを通り越して憎悪、あるいは怨嗟の域にさえ達しようかという歪な顔立ち。
 それが、メイヤにとって抗い難き呼び声を放つ。
「見よ、今、我が破邪の光にて撃ち貫いた者の姿を。お前はあれを、かつてあれほど敬愛した姉であると言うのか。お前があの女の姿を立派だと言うならば、我とて掛ける言葉などはあるまい……だが、我にはこのように見えるぞ。異端の、時に正統以上に耳心地の良い囁きに耳を傾けた結果、お前の姉は赤子同然に泣き喚く哀れな娘へと貶められたのだ、と!」

 きっと父の指摘は真実で、今、自分は無様なのだろう。そんなことはミリヤム自身がよく知っていた。
 出会う人々に畏れを与える断罪の聖女としての立場を捨てて、笑顔を与える中華系アイドルになろうと決めた。だったらどこで誰が何を言おうと、アイドルとして振る舞う以外の道はないというのに。
 だというのに自分はアイドルであることを忘れて、こうしてうじうじとどっちつかずになっている。そのせいで妹が自分の中にある想いに蓋をして、父の忠実な道具となることを選ぼうとしている……“呼び声を放った”――すなわち、最早自らが魔種と化していたことを隠さなくなったモーリスの!
「糞親父殿」
 そんな結末、あって堪るかと自らを奮い立たせた。中途半端であるのは事実でも、妹を救いたいって想いは本物のはずだから。
 だから涙を拭って精一杯の勝ち誇った表情を作る。そして、このように言い放つ。
「あんたのやり方は間違っている! それに私もメイヤも付き合わせるのはやめろ! お蔭でようやく目が覚めた……私が立派じゃないのが不満なら、望み通り立派に別の道を歩んでやるよ! あの時ヤムと誓い合った夢は本物なんだから……そのために、もう迷うことなく突き進んでやれば満足かこの糞親父!」

 立ち上がり、勝ち誇ったかのように口角を上げてみせたミリヤム。それはかつてメイヤが憧れた、本物の断罪の聖女の威光の再来だった。
 ひゅう、とベルナルドの唇から口笛が鳴る。
「メイヤさんよ。どうやらアンタ自身の心の正義は決まったみたいだな」
「随分とあれこれと喚いてくれたみたいだけど、お蔭でその間にこっちにいた影は片付いたよ」
 勢揃いする聖騎士たちの先頭に立ってモーリスの前に現れたサイズの周囲には、新たな秋の木の葉が舞い踊る。これで、万が一戦線を突破された時のための準備は全てが無駄になるだろう……このままモーリスを誅することさえできるなら!

●モーリスの計略
 ごう、と唸る黒剣が、飛びかかった聖騎士を打ち据えた。彼はもんどり打って倒れるが、命ばかりは奪われていない……今も彼に纏わりつく秋の香と、加えて鎧を補うかのように伸ばされた赤い鎖のために。
(だけど……流石に力不足か!)
 歯ぎしりするサイズ。影を相手には十分に戦えた聖騎士たちであっても、魔種が相手ではいつ犠牲が生じるか判らない。
「支援に徹せよ! あの男と対等に戦い得る者は、今や彼ら特異運命座標を置いて他にない!」
 リンドウの指揮。同時、これまで影たちを討つために使われてきた彼らの神聖なる意志が、今は自分たちの傷を癒やすために使われているのをベルナルドは感じる。
(悪いなリンドウ。そんな役にしか立てないってのは、アンタ自身が一番悔しいだろうに)
 だが、そうしなければならなかった。さもなくば高潔な、真なる正義を宿した命が失われるのだから。
 だというのにモーリスは、彼らのそれを正義と認めることはないだろう――何が正義かも解らないばかりか、自らが正義と称するもののために戦うことすら忘れたか、そんな旨の言葉を口汚く罵った彼。いくら今では敵に回ったからといっても実の娘たちのいる前で、あれほどの醜い罵詈雑言を平気で並べられるとは!

 赤の他人の雲雀から見てもいたたまれなくなる光景に終焉をもたらすためには、もう、モーリスを討つ以外の方法はないのだろう。
(だけど……どうやって?)
 使いものになる不意打ちスポットは、流石にそろそろ使い果たした。雲雀の得意とする奇襲戦法は、今のモーリスには通用せぬだろう。
 ……が、それでも警戒はさせられる。何時どこから彼が現れるのかと、物陰に意識を割かせることができる。要は雲雀が倒れぬかぎりは、僅かなりともモーリスの力を奪うのだ!
「天義の教義は力が無き人たちの心を支えるもの、決して頑なに己が信ずる正しさを押し付けるものではござらぬ」
 その凝り固まった驕りを打ち砕いてくれようと、咲耶はひとつの影と化した。モーリスが率いていた“紛い物を作るための影”でなく、人々の営みが決して脅かされぬよう守る、紅牙の忍びの術の継承者としての影だ。
「では問う――何故、我が力無き者を支えておらぬと断じる?」
 モーリスもまた問い掛ける。
「同じ言葉を貴様にも返そう。貴様こそ“頑なに正しさを押し付けている”のではないと、如何なる根拠にて信じているのだ」
 異端の掲げる題目などは、その命ごと斬り捨てんと欲する闇の力。だが、力に溺れた者の力になんて、どうして膝をついてやるものか!
「決まっているのでござる……拙者には、救われる者の顔が思い浮かぶのでござるよ!」

「上手く返したつもりが効かなかった感想はどう!? あれ、図星だったから怒っちゃった?」
 ヒィロの挑発にモーリスは苛立ちを隠しきれぬ様子ではいたが、もう、彼女に構うのはやめたようだった。
 理由は……簡単だ。タダでさえおちゃらけた動きで当てにくいというのに、かと言って当たれば脆いどころか十分に固いほうだ。努めて冷静な判断を失わぬようにすれば、敢えて狙う旨味がないともっと早く気付くべきだった!
 ゆえに、次にモーリスの剣は美咲へと向いた。美咲とヒィロが連携し、ヒィロを討てぬというのなら、もう一方を討てばいいというのは単純な道理。美咲の魔眼が剣筋の未来を捉え、視えてなお避け得ぬ技が美咲の肩口を貫く。
 ……が、その結果まで魔眼には視えている。“貫いたという結果を事象から切り取る”ための線を美咲はなぞる。
 何も“貫かれなかった”。しかし、剣そのものは“放たれている”。意味するものはモーリスに一方的な隙が生まれたということであり……西風はその隙を逃さず吹き荒すさぶ!
「おのれ……癒えきっておらぬ腕を狙いおったか!」
「まさか『卑怯だ』なんてつまらない文句は言わないでしょうね? 仮に言われても、正々堂々なんて言葉、教えてくれる大人は身の回りにいなかったわけだけど」
「笑止。異端者が何も企てておらぬように見えれば、それこそ罠を疑うべきであろうよ」
 モーリスは肘を抑えながらも、闘志を刈り取られた様子まではなかった。お蔭で幾らかの戦闘力を失ったのは事実だが……だとしても彼には影の兵たちを使い、既にそれ以上の戦闘力を特異運命座標たちから取り上げたのだという計算がある。
(……しかし)

 勝てるか勝てぬかで言えば負けるつもりはないが、その勝利にどれほどの価値があるものかと彼は逡巡せざるを得なかった。ここで彼らの命を奪い、その代償はいかばかりのものになるのかと。
(倒し、来たるべきフォルナートとの戦いの利になることはない。一方で、これ以上の戦いは我の傷を広げるばかり。次なる戦いを不利とするばかりであろうな)
 ここは、逃げの一手であろう。敗走は異端審問官にとっての恥ではあるが、本来の目的であったロレンツォに背を向けるなら兎も角、横合いから予期せぬ邪魔が入ったために戦力を再編することは、恥であるだけで罪にはなるまい……。
「……いいや、逃がしはしない」

 踵を返そうとしたモーリスの前に立ちはだかったのは、いつの間にか後ろに回り込んでいたイズマだった。
「ほう。あくまでも命を落としたいということか」
 ぎらつくオーラが辺りを一瞬にして支配したように思えたが、それでも彼は動じない。仰け反るどころか逆に一歩踏み出して、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「俺だけで止めるならきっとそうなるだろうね。でも、俺だけだと思うかい?」
 そうしてちらと遣った視線の先には、あれほどモーリスを厄介がらせたヒィロの姿だ。
「俺たちは、貴方を終わらせるためにここに集まったんだ……決して引き下がることはない。逃げる隙なんて与えない!」

 その決意がどうやら口だけのものではないとモーリスが気付かされたのは、それからそうと経たない頃のことだ。彼の動きを封じるために、次々に繰り出されてくる手管。そんな涙ぐましい努力で倒せると思われているのも癪ではあるが、そんなもののためにロレンツォを討つ機会が少しずつ遠ざかってゆく感覚は尚更業腹だ。
 だが、それよりも何よりも彼を不快にさせるものは、手塩に掛けて育てたメイヤが、実力の上では自分よりも遥かに弱々しい姉の力になるために歯向かってくることだった。どうやらモーリスとて認めねばならない時が来たらしい……あの軟弱な不正義と切り捨てたはずのミリヤと和解することが、この場を切り抜ける唯一の術であることを!
「誇るがいい」
 妹を父の剣から守るため飛び出してきた長女に対し、彼は初めての優しい父親らしい言葉を掛けた。
「あの娘の真の目的がナイトメアと天義に仇なすものであると知ってなおあの娘との夢とやらを本物と呼ぶお前の不正義は、信念のためならば如何なる手段も辞さぬ、ナイトメアの血そのものである」
 打算より生まれた言葉ではあるが、嘘偽りを述べたとも思っていない。許しを請い、あるいは異端を開き直る者ども比べれば潔いほどであるのは真実であるし、何より異端者を欺く時に家名を引き合いに出すなどという不正義は、彼自身が許さない。
 一方で――そこに何らかの思惑がないとも彼は言わない。異端審問官が異端を相手に譲歩する時には、それが必ず目的に近付くからそうするのだから。
 ゆえに、彼は囁いた。
「だが……予言しよう。お前はその信念を貫くために、多くの者を敵に回すであろう。お前がヤムと呼ぶアリオトすらもが、その敵の一人になるやも知れん。……が、我との一騎打ちすらできぬお前の今の実力で、それらの強大な敵をいかに捻じ伏せるつもりだ?」

 お前という不正義に対し、我も親として、最初にして最後の応援をしてやろう――それはモーリス・ナイトメアによる、再びの原罪の呼び声だった。
「耳を貸してはいけません、お姉様!」
 メイヤの振り上げた鎌をモーリスは振り返りもせず制し、それから、そっと耳に口元を近付ける。
「ミリヤ、我が娘。我の力を受け取るが良い。これはお前の前に立ちはだかる敵の全てとは言わずとも、多くを跳ね除け得る力である。
 そして力を得た次は、真っ先に我に対して用いるが良い」
 互いの正義は互いの不正義であって、この世に同時にあるかぎりは滅ぼし合う宿命にある。しかし今ならばお前の意を汲んで、大人しく滅んでやってもいい、と彼は言うのだ……。

●ミリヤの決意
 そういう言い方をしてくるところが、昔から父の大嫌いなところだった。
 断ればいかに道理の判らぬ愚か者であるかと刷り込んで、選択肢を自らの意志で選んだかのように錯覚させる。はなから他の選択肢なんて選ばせるつもりはないのに、選択肢は十分に与えたという顔をする。

 その“力”とやらを受け取れば自分がどうなるのかは、言われずとも理解はできていた。
 反転し、全ての日常にサヨナラを告げ、いつか討たれるために生きることになる。
(じゃあ……受け取らなければどうなるって言うんスか?)
 父は彼の言葉どおりに、ミリヤムを滅ぼすことになるだろう。別にそれ自体は怖くない。
(でも、それじゃヤムとの夢も、メイヤとの約束も果たせないことになるっス……メイヤにあんな大層なことを言っておきながら何も果たせなかったら、私は一体、何のために……)
 父は特異運命座標たちを順番に捻り潰した末に、拠り所を失った妹に再び甘言を――原罪の呼び声を吐くだろう。見たか、このざまが彼らが不正義であった証拠である、だがお前が二度と彼らの戯言に耳など貸さず、断罪の聖女としての役目を果たすと誓うなら許そう、と。

(こんなの、どうやって拒否しろって言うんスか)

 だったら、乗るほうがまだマシだ。モーリスを生かせばこれからも多くの犠牲を生むが、自分が反転してもそうなるとは限らない。特異運命座標とて悪事を働くのと同様に、魔種だから善人でないと決まるものではないのだとミリヤムは知っている。
 中華系アイドルとしてファンたちを喜ばせ、親友とささやかな中華料理店を切り盛りする魔種がいたってきっとかまわないのだ。結果、世界には滅びのアークが貯まり、自分はそのために命を狙われ地獄に堕ちる結果となるのであろう……が、夢を追うために押し付けてしまった断罪の聖女という重責を、ようやく妹から取り除いてやれることばかりは疑いようもない真実じゃないか。

 だから、もう、迷わない。それが彼女が父から受け継いだ傲慢なのだから。
 ゆえに、父の悪意に満ちた誠意に対し、ミリヤムはひとつの宣言が下す。

「私こそがナイトメア家が最後の一人、『断罪の聖女』にして『中華系アイドル』、ミリヤ・ナイトメアである」

 それはこの殉教者の森にて一人の魔種が死に、新たな魔種が生を受けた瞬間だった。

成否

成功

MVP

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃

状態異常

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)[重傷]
白銀の戦乙女
ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)[反転]
アイドルでばかりはいられない
刻見 雲雀(p3p010272)[重傷]
最果てに至る邪眼

あとがき

 その後、天義や鉄帝の各地には、歌って踊る中華系アイドルが出没することでしょう。
 しかし彼女のライブを見た者のほとんどは、きっと思いも寄らないのです。
 そのアイドルが天義の断罪の聖女であって、同時に魔種でもあるということを。

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