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シナリオ詳細

<獣のしるし>幽冥のグランギニョル

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夜よりも昏く。
 闇よりも深く。
 霧散した闇は強欲の帳を落とした。

 その刹那を、リンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)は知っている。
 眼前に存在した『強欲』を斬り伏せたあの瞬間。聖剣の輝きが取り戻されたあの奇跡。
 コンフィズリーは国賊より国家を救った聖剣の救い手へと名誉を回復させる――その最中である。
 彼はコンフィズリーを継ぎ立派な騎士となるべく邁進している。
 故に、降された指令を熟すが為に此の地へとやって来たのだ。
 青年は暗澹たる闇を歩く。茂る木々の黒さより、黒き海を思わせるこの『殉教者の森』に潜伏しているのは敵国の兵ではない。
(――有り得るものか。鉄帝国は『麗帝』の退位により未曾有の惨事に襲われている。
 其れこそ、天義を襲った『強欲』と同等かそれ以上の危機だ。此の状況下で他国に進軍するはずがない。
 ……それに、天義とて不要な進軍を行なう訳がない。
 今はアドラステイアへの対応に追われているんだ。国内に爆弾を抱えたまま、他国を悪戯に攻撃する者が居るものか)
 そう、友人のと呼んでも差し支えのない『探偵』が齎した一報は天義の聖騎士団を名乗った者達が鉄帝国へと進軍しようとしていると言う物であった。
 後輩と共に偵察に訪れ、危険を察知して彼女に情報だけを持ち帰らせたのは一刻前。
 今、青年は暗澹たる暗闇の中にいる。森の景色は様変わりし突如として黒い世界に転じたのだ。
(……ベアトリーチェ・ラ・レーテの能力にも似ているが、違う。あの絶望感は此処には――)
「絶望感が足りないとか言っちゃってる? え、酷くない?」
「聖女ルル、はしたないですよ」
 突如として聞こえた声にリンツァトルテは振り向いた。
 人影はない。何処まで行っても闇だ。
「誰だ!」
 鋭く叫び引き抜いた『聖剣』に「アレが聖剣だって! やばくない?」と楽しげな声音が振る。
「姿を見せろ!」
 リンツァトルテが周囲を見回し叫ぶ。何も見えやしない。いや、此処は何処だ。何かに閉じ込められているのか。
 リンツァトルテが奥歯を噛み締める。後輩は――イルは無事にフォン・ルーベルグに帰還しただろうか。
「聖女ルル。此処はお任せを」
 その声に聞き覚えがあってリンツァトルテは目を瞠った。
 眼前に現れた姿は、幼き日に父に紹介された覚えのある『断罪された騎士』――「ヴァークライト卿……?」


「先輩? 先輩何処ですか!?」
 声を荒げて走り回るイル・フロッタ(p3n000094)に「焦るな」と声を掛けたのはエミリア・ヴァークライトであった。
 彼女は隊の編成のためにレオパル・ド・ティゲール(p3n000048)と共に指揮を執るセナ・アリアライトに自身の部下を任せ『あわてんぼうの後輩』を追掛けてこの地までやって来たのである。
 殉教者の森の内部にはイルの報告の通り、影や汚泥で出来た動物や怪物など様々な形状を有する存在が歩き回っている。
(……これは、本当にベアトリーチェ・ラ・レーテの『あの夜』の再現だな)
 月光劇場と呼ばれたあの夜の再来を思わせる。エミリアは苦々しく歯噛みする。イルは不安げに周囲を見回し走り回っている。
「……エミリア様、人影が! それに怪物も……!」
 襲われているのだろうかとイルが細剣を引き抜いて――エミリアは「イル!」と叫んだ。
 足を止めたイルは驚き身を固くする。
 エミリアに良く似たかんばせ。その顔立ちはイル自身の大切な友人に似ている。
「……兄様」
 エミリアの声に、イルは眼前の人影――男が誰であるのかを理解した。
 断罪された騎士。ベアトリーチェ・ラ・レーテの月光劇場の元、反転しイレギュラーズによって滅された男。
 アシュレイ・ヴァークライト。スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の亡き父である。
「お前は誰だ」
 睨め付けるエミリアにアシュレイの顔をした『何か』は応えた。
「致命者。聖女にそう呼ばれた存在だ。どうやら『知り合い』に出会ったようだな。
 ……これは、幸運か? それとも不運か。『私をもう一度殺す』のだろうか」
 淡々と、言葉を重ねるアシュレイにエミリアは剣を構えた儘で後退する。確かに、見知った顔を殺す事は難しい。だが――
「兄の顔をしている者よ。聖女とは誰だ?」
「……」
「応えられる質問ではないということか。――もう一つ聞く。リンツァトルテは何処へやった」
 鋭い声音で問うたエミリアはイルを庇うように立っていた。
 アシュレイ・ヴァークライトの顔をした男は目を伏せてからくるりと振り向いた。

「――全ては腹の中だ」

 男の背後から現れたのは大口を開いた怪物であった。
 其れは嘗て、R.O.Oで姿を観測されたワールドイーター。世界を食らう獣そのものである。

GMコメント

 夏あかねです。国境、どうしてー!

●成功条件
 ・リンツァトルテ・コンフィズリーの救出
 ・ワールドイーター撃破

●ロケーション
 殉教者の森と呼ばれている天義と鉄帝国の国境沿い。密集した木々で黒く見える非常に鬱蒼とした場所です。
 高く隔てるように国境には塀が存在しています。また、この周辺は鉄帝国に程近いために寒いです。
 木々が鬱蒼としているため、暗く、密集した木々で空中偵察にも余り向きません。
 ……ちなみに鉄帝国側からは『ベーアハルデ・フォレスト』と呼ばれています。国が違えば名前が違うのですね。

 内部には無数の『汚泥の兵』が存在しています。何処かにワールドイーターとそれを連れ歩く者――アシュレイ・ヴァークライトの顔をした何かが居るようです。
 エミリア&イルと相対したアシュレイとワールドイーターはその場を『汚泥の兵』に任せて撤退しました。

●『影の兵/汚泥の兵』
 無数に森の中に存在します。数は分かりません。とっても多そうです。
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。能力も様々です。
 ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在を思わせます。
 ですが、これはベアトリーチェの断片ではないため不滅でもなく、倒す事で消滅をするようです。
 但し、これらは動く者を見ると取り込もうとしてきます。影が付着し『情報』を得るかのように。

●『ワールドイーター』
 大きな獣です。アシュレイが2匹引連れています。戦闘能力は不明。
 全てを食らう獣であるのはROOと変わりないようですね。影のようなもので形作られています。
 食らうことでその空間ごと切り取ってしまうようです。倒す事で空間を取り戻せるようです。
 リンツァトルテはどちらかのワールドイーターに『食べられて』しまったようですね。

●『致命者』アシュレイ・ヴァークライト
 自身はそう呼ばれていると宣言するナニカです。『聖女ルル』がそう名付けたと言います。
 その姿はスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の亡き父を象っていますが、本人ではなく記憶もイコールされていません。
 非常に強力な騎士であり戦闘方法はアシュレイをトレースしているようです。
 ワールドイーターを守護しており、森の中を歩き回っています。どうやら森を抜け、鉄帝に向かおうとしているようですが……。

●参考:リンツァトルテ・コンフィズリー
 コンフィズリーの不正義でも知られていた家門の跡取り。家門再建の為に努力をする聖騎士です。
 ワールドイーターの腹の中に居るようです。どうやら彼は『聖女』と呼ばれた者ともう一人の青年らしき存在と相対しているようですが……。
 ワールドイーターの早期撃破を目指さなければ腹の中でどうなっているか分かりません。

●同行NPC
 ・エミリア・ヴァークライト
 氷の騎士とも呼ばれる聖騎士。アシュレイの妹であり、スティアさんの叔母です。
 イレギュラーズに死亡者が出ないように努めます。撤退などもエミリアが指示をします。

 ・イル・フロッタ
 まだまだ見習い騎士。猪突猛進型ガール。リンツァトルテ・コンフィズリーに片思いをしています。
 この状況にベアトリーチェ・ラ・レーテを重ねて非常に怯えているようですが先輩のために頑張ります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <獣のしるし>幽冥のグランギニョル完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年11月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
タイム(p3p007854)
女の子は強いから

サポートNPC一覧(1人)

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃

リプレイ


「聖剣の使い手、か」
 コンフィズリーの聖剣はなまくら同然だった。不正義と断罪された苦しき過去を経ても尚、それは己一人では握れるものではなかった。
 リンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)は一人、暗澹たる『胎』の中に立っている。
「……俺に何か用か」
 青年の問うた言葉に――

「またどうしてこうもグレーゾーンに湧くかなぁ」
 天義と鉄帝の境界線。ボーダーラインとも呼べたその地に沸いて出た狂気たる存在に『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)はやれやれと肩を竦めて。
「諍いが収まって目が届きづらいから丁度よかったってことなのかね。
 しかしまさかの現実でワールドイーターか。……さて、何をしてくるかね?」
 ワールドイーター。それはR.O.Oで観測されたばけものの名前だ。「また」と告げたのは『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)。
「やれやれ。また出会う事になるとは。それも現実世界でときたものだ。何度喰ってやれば気が済むのだ?」
 喰っているのは何方か。愛無か、それともワールドイーターか。現実では世界(データ)を食らうのではなく周辺を『侵食する』と言い換えるべきだろうか。何もなかったかのように呑み喰らうそれは悍ましい化け物に過ぎない。
「へっ、なあにがワールドイーターだ。世界を奪(く)うのは、山賊たるおれさまの専売特許だろうが」
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は斧を担ぎ上げて横柄にそう言った。だが、内心はこの国を慮っている。未だベアトリーチェ・ラ・レーテの爪痕を残した真白の国。それを再び暗黒の海になど沈ませたくはないのだ。死者の残影を人形に落とし込む業。嘗ての己も相対したことのある非業。
「気に食わねえなあ」
 人の心を蝕む理不尽が――それを嘲る『誰か』が。
 その誰かをイレギュラーズは知らない。以前の事件とて『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)は体験していない。
 だが、仲間達の只ならぬ空気感より『その時の何か』が起っていることを感じずには要られない。
「強欲の冠位魔種の事件は経験してないけど、ともかくその時と似た『何か』が起こっているのね?
 ……でも全く同じじゃない。だってベアトリーチェは討ち取ったんでしょう?」
「でも」
 おろおろとタイムを見上げたのはイル・フロッタ(p3n000094)。彼女はこの地へと偵察任務で赴き、タッグを組んでいたリンツァトルテに逃がされた。その結果が天義政府に一報を届けイレギュラーズに正式依頼が齎された。確かにその判断は正しかったはずだ。だが――
「……なら、この状況を作り出している何者かが別にいるはず。
 だから怖がらないでイルさん。魔物を探し出してリンツァトルテさんを助けよう!」
「で、できるだろうか。私が」
 少女は不安でならなかった。共に居ては足手纏いだと、言われた気がしたからだ。大丈夫と背を撫でるタイムに「行こう」と堂々と前を行く親友――『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に。
「怖じ気着いている暇はないぞ、イル」
「ああ。兎に角藻、先ずは追い付いてザコの処理をさっさと終えなくてはならない。『腹から出さねば』いけないのなら、急ぐべきだ」
 エミリア・ヴァークライトと『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)の言葉にイルは頷いた。
 黒き木々が建ち並び、閉塞感さえも感じさせる殉教者の森。その中を進むイレギュラーズはそれぞれ考え得る事がある。
『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は『ラサと鉄帝国の国境線』にある銀の森と比較すれば非常に鬱蒼とした雰囲気だと感じていた。森は精霊達にとっては憩いの場になりやすい。この森にも精霊達が住まう可能性はあるはずだ。だというのに――
「…こんな不気味な生き物がいたら精霊達だって怖がって逃げてしまうじゃない。
 さっさと倒すに限るわね、元凶っぽいの倒したらさすがに消えてくれる、と思うし……消えるわよね?」
「どうだろう……? 私冠位強欲って殆ど面識ないんだ……だからその恐怖は詳しくないけど……確かにこの空気は不気味……」
『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)はそう呟いた。知らぬ存在。知らぬ権能。
 暗黒の海から産み出された無象のいのち。生と死を分かつ存在。その気配は肌を突き刺す棘の様に嫌な気配を感じさせる。
「消えるかは分からない。けど、ま、だからと言って立ち止まるわけにはいかないんだけどね!」


 お父様。スティアは致命者を名乗った『月光人形の紛い物』をそう呼んだ。それは正確にはいのちではない。只のハリボテに過ぎない。
 故人の顔面を貼り付けて、精巧に作られた狂気を振り撒く人形よりも出来映えも悪すぎる只の動く雑兵。それでも、だ。
「また戦うことになるなんて……。躊躇している場合じゃないのはわかってるけど、それでも戦いたくないなって思っちゃうね。二度も死を看取るなんて嫌だから」
「スティア……」
「ううん。大丈夫だよ。追跡しよう。私の手で終わらせないと。もし、お母様が居たら――」
 唇をぎゅ、と噛んでからスティアは気丈に笑った。彼女の背後で叔母であるエミリアが苦い表情を浮かべている。
 無尽蔵に湧き上がってくる影達を前にして、エイヴァンは少数を引き寄せながらもワールドイーターと致命者アシュレイを追跡していた。
 方角さえも狂ってしまいそうな見渡す限りの森であれどアリアは持ち前の方向感かくて鉄帝国方面への道を走り続ける。
 エイヴァンの引き寄せた雑兵へとアリアが放ったのは混沌の根源、揺蕩うマナを束ね作り上げた泥。
「キミも泥だけど……この汚泥に耐えられるかな!?」
 蝕む漆黒が其れ等を包み込む。ニョアの切っ先は泥に塗れることはなくタクトを振るうようにしてそれらを操るアリアの前を飛び去っていくのはワタリガラス。
「いってらっしゃい、ソラス」
 一部のみ蒼く染まった尾羽はルーキスと心を酌み交わした証左。先んじて道を確かめるソラスに索敵を任せ、その後を追掛けながらも兵士達を薙ぎ払う。
 ルーキスが手にしたのは夜の魔典。頁を手繰る指先は魔導の本髄など熟知しているとその一頁から力を吸い上げ深淵の呼び声と化す。
「わらわらとまあ、途切れないねえ……私からしてみればターゲットに事欠かないから助かるけどさ」
 有象無象として出てくるならば其れ等全てを絨毯爆撃するしかないだろうと振り落とすように攻撃を重ねて進軍する。
 ソラスがワールドイーターを見付けるまで。出来る限りその後に続けるようにと敵を屠り続けるのだ。
「ルーキスさんそっちはどう?」
「……まだ、かな」
 問うたのはタイム。地を走るのは狼。そして上空には鳥を。一匹と一羽のファミリアーを駆使しリンツァトルテの行く先を探し続ける。
「タ、タイム、後ろ!」
 慌てて声を発するイルにくるりと振り向いたタイムは勢い良く跳ねた。器用な様子で脚を突き出して叩きつけた蹴りは強かな痛みを与える。
「えーいっ! キック! たぶん効いてる! 振りむかないで急ごっ!!」
「……え」
 嫋やかな淑女だと思えば蹴り技を繰り出す剛毅さを持っている。イルはタイムに憧れるように瞳を輝かせ「キ、キック」と何故か脚を突き出す練習をして居る。
「イルちゃん、走って!」
「イル、それは又後にしなさい!」
 ヴァークライト家二人に叱られてイルは慌てた様にタイムの後に続いた。前線を行く愛無は追跡に可能な限り意識を割いた。それでも無尽蔵な敵は正しく『暗黒の海』を想起させて仕方がない。
「何にせよリンツァトルテ君の言ではないが。かつて相対した時や、ROOで再開した際の圧倒的な戦闘力を感じない。
 これは使役者の差、そして模造品としての限界という事か。だが厄介な能力を持っている事に変わりはない疾く殲滅するとしよう」
 広域を吸収する粘膜。その体は人に非ず。愛無は相対するものに容赦はしない。
「僕の前に立つならば。何度でも喰い尽すのみだ」
 精霊達の声を聞き、二羽と一匹のファミリアーの情報を駆使しながら辿り着いたのは僅かに開けた場所である。スティアは「お父様」と呼びかけて――振り向いたその人の姿に目を見開いた。
(……本当に、お父様だ。今はお父様しか居ないけれど、お母様が何処かに居るのかな?
 それとも、お母様も別の『致命者』として何処かでワールドイーターを率いていたり……?)
 どくりと心臓が早鐘を打った。緊張し、息を呑んだスティアの変化を察し、グドルフはその前へと出る。一か八か。やけくそのぶった切り。
 シンプルに産んだのみ。最後に頼るのは神様か己か。ならば、己を選ぶのが山賊流なのだ。
「コソコソ逃げ回って情けねえなあ。それともこの最強の山賊、グドルフさまにビビっちまったか?」
 振り上げた斧に腕の筋肉が軋んだ。鍛えた肉体は重量を有する斧であれど物ともしない。
「……追掛けてきたか」
 その声音はアシュレイそのものだとエミリアは唇を噛んだ。タイムは「エミリアさん、お願いします」と声を掛ける。彼女にアシュレイを抑えてもらい、その間にワールドイーターを撃破するのだ。
「叔母様」
「大丈夫です。スティア、行きなさい。兄は――『アシュレイの顔をした何か』は私が抑えましょう」
 氷の騎士とも呼ばれたエミリアから漂う冷ややかな空気。彼女を支えるのはタイム。タイムの目から見ても『兄』を失い、女だてら家門を背負うこととなったエミリアの重責は良く分かる。本来、彼が生きていたならば彼女には別の道があったのだろうと感じずには要られない。
「わざわざ家族の前に現れて傷を掘り返して、やり方がずるいわよ!」
 何が月光劇場。何が『黄泉返り』の再来だ。タイムはベアトリーチェを知らない。だからこそ、恐れること何てない。
「イルさん、もし怖かったらわたしの後ろに居て」
「ううん。タイム、タイムを護らせてくれ。私だって、騎士だから!」
 隠れてばかりでは先輩に怒られてしまう――だから、先輩を任せるとイレギュラーズ達にその思いを託して。


「追い付いた!!」
 肩で息をし、それでも尚も飛び付くようにアリアの宝珠が光を宿す。一点に集まったのは神秘的破壊力。
 最高級の魔術師。そう呼ばれても遜色ないほどの高火力。零距離まで近付くアリアの体を満たしたのは魔素。荒削りな攻撃でも良い、今は一撃でも早く届けるのだ。
 ギイイと奇怪な声を上げたワールドイーターが大口を開く。だが、その内部にあるのは暗澹か。
「リンツァトルテさんはどこ!? もう、教えてくれないなら空間ごと食べるから肥大しちゃって! 吐き出しなさい!」
 最大火力を叩きつけることは止めやしない。
「わらわらと面倒な奴らめ」
 呟いたエイヴァンはワールドイーターの一匹を己の元へと引き寄せた。救助を優先するならばリンツァトルテが腹の中に居る方を優先したい。
 傍目から見て分からぬかとワールドイーターを観察しながらも、エイヴァンは斧砲でワールドイーターの振り上げた腕を受け止めた。
 膂力を生かし、正面から斧の束で受け止めたワールドイーターの腕は重い。白き波濤を思わせた斧砲を握る腕に力を込めて、エイヴァンは一気に押し退けた。
「どっちに居るか分かる?」
「殴っていりゃボロを出すだろう」
「……ええ、そうしてみるわ!」
 キラリと輝いたのは小さな太陽の恵み。太陽の祝福を得ているオデットはその光を纏い、ワールドイーターに叩きつけた。
 指先に集中した光は太陽の如く。水晶のリボンから溢れ出た光全てが一カ所に収縮して行く。
「腹が減るのは良いことだけど。悪食は関心しないなぁ!」
 唇を吊り上げ笑ったルーキスの眸がぎらりと色を宿した。クラウストラは魔導の神髄を見せ付ける。
 コンフィズリーの人、と呼びかけても返らぬか。エミリアと相対するアシュレイの剣が銀の閃きを残す。
「しかし、闇兵達が『情報』を喰った後の状態は気になるが。碌な事にもなるまい。倒しておこうか。彼方も我々を捕食したいというならば、此方もだ」
 何方が喰らうか。気配を察し、エイヴァンが「こっちだ!」と声を上げる。
「皆、任せたから……!」
 リンツァトルテの気配を感じ取りスティアは勢い良くワールドイーターの口の中に飛び込んだ。
「スティア!」
 呼んだイルを押し止めグドルフは「任せておけ」と唇を吊り上げる。
「さあ、俺が相手だワールドイーター! こちとら、まだ食い足りねえぜ!」
 傷を負えども、グドルフは気に止めることはしなかった。最大限の火力を叩きつける。それが『口腔に飛び込んだスティアと中のリンツァトルテ』を救う最善の手であると識っているから。
「ワールドイーターってのも大したこたあねえな。おい。まだ隠してんだろ、本命をよ。とっとと見せな!
 鉄帝で何するつもりだ? 観光ならペットは連れて行けねえぜ。それとも雪だるまか? 作るにゃあまだ気が早ェだろ!」
 あくまでもその声はワールドイーターでもアシュレイでもない、最初に其れ等を産み出した聖女に届けるように張り上げられた。
 何が聖女だ。糞食らえ。そう云う様に張り上げた声に一言だけ返されたのは。
「――『天義は魔種に支配された国を放っておかない』わ?」
 揶揄うような可愛らしい少女の声音。

「リンツさん――!」
 奇跡を望むだけだった。スティアの無茶に気付いたかリンツァトルテは「ヴァークライトの令嬢は、親友殿と同じような無茶をするのか」と笑う。
「イルに叱られてしまう」
「一緒に叱られる?」
 揶揄い笑ったスティアの頭をぽん、と叩いてからリンツァトルテは「大丈夫だ。仲間を信じる。その奇跡は後に取っておけ」と聖剣を握る手に力を込めた。


 致命者との剣戟。淀みなく続く応酬。エミリアの表情に浮かんだ苦痛をタイムは支え続ける。
 タイムを護るように、周囲の影を押し止めたイルにも疲労の色が滲んでいた。
「タイム、大丈夫か?」
「イルさんこそ」
「大丈夫。……エミリア様を頼んだ。私は、タイムをちゃんと護るから」
 少女の声に頷いて、タイムは己の身の内に魔力を滾らせた。
 一方で、ワールドイーターを押し退けるように攻撃を重ねるのはルーキス。その魔導の欠片の傍を這い寄るのは愛無の鋭き一撃。
 捕食者同士、腹を空かせたけだものの如く狙いを定め喰らい会う。
「さっさと、倒れてよ!」
 眩い太陽の光が煌めいた。オデットのその目映さが黒き影を霞ませた刹那、エイヴァンが吼える。
 一気呵成の勢いで叩きつけた一撃がその鍛え上げた肉体によって未だというように押し込まれた。ばっくりと開いた口腔に叩き混んだ一撃を更に深く。
 此れこそが好機だ。
 山賊は唇を吊り上げる。血塗れ、傷だらけ。其れがどうした。気にしていて山賊になどなれるものか。
 男は理不尽に抗うように斧を、刀を振り上げる。
「そのハラかっさばいて──頂いていくぜ。悪いが、このボウズはもうそこのお嬢ちゃんが予約済みでねェ!」
 最大出力。血潮が飛び散り、グドルフの肩を穿ったのはワールドイーターの鋭き爪。
 だからどうした。剔られる感覚など気にせずにグドルフの斧が深く叩きつけられる。
 叩きつけた斧を押し込めるようにアリアの破壊的魔力が放たれた。それは、押し込める以上に全てを断つ勢いで地へと落とされた。
 ――吐出せ。
 只、その意味だけを込めた一撃がワールドイーターを霧散させ、剣を構えたリンツァトルテとその傍らに立つスティアの姿が現れる。
 暗黒が広がるように弾けたその向こう、アリアははっとしたように呟いた。
「『聖女』」
 呟いたアリアの視界に白き衣を纏った人影が見えた。それは未だ年若い少女のようにも見える。
 直ぐにでも距離を取った彼女は此度はイレギュラーズと相対するつもりがないのだろう。愉快犯か、それとも『これから舞台の幕が上がる』とでも宣言するかのよう。
 突如として『アシュレイだったもの』が霧散した。消え失せたことに驚愕しエミリアは「兄様」と呆然と呟く。
「先輩……! スティア……!」
 森を睨め付けたアリアの前を、縺れるように走ったのはイルだった。同じようにタイムは「スティアさんの無茶しい!」と叱るように声を上げる。
「えへへ……ごめんね。リンツさん。さっきのって――」
「……ああ、聖女ルルと名乗っていた。俺はあの女を何処でも見たことはないが……」
 聖剣を見下ろし、『それ』が彼女を知っていた気がしてならないと不安げに呟くことしか出来ない。
「さ、早く帰ろう。影伝いに足元からばっくりとか来そうだからなー。それはそれで楽しいかもしれないけど!」
 揶揄うように笑ったルーキスが振り向けば愛無は無言の儘、後方に触腕を伸ばした。ばちん、と音を立てて弾けたそれ。
 まるで『此度の動乱を差し向けた聖女』の代わりにイレギュラーズを見ていたかのようである。
「しかし、情勢不安の鉄帝にこれ以上不穏分子が紛れ込んでくるのかあ……中も外も敵だらけで頭痛いけど、気合入れていかないとね!」
 鉄帝国を狙っているのか――それとも『天義に内在する不安』が顕在化したのか。
 其れは未だ分からないが、アリアはこれからを警戒しておかねばならないとため息を吐いて。

成否

成功

MVP

タイム(p3p007854)
女の子は強いから

状態異常

グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女

あとがき

お疲れ様でした。
天義にも何だか影が立ちこめていますね。一体何なんだ……!
MVPはエミリア様一人だと屹度無理だったので支えた貴女にお送りします。

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