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シナリオ詳細

<総軍鏖殺>生ける少女のフォルラーヌ<獄樂凱旋>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 生きる為に、奪わねばならなかった。
 食らう為に、盗まねばならなかった。

 飢さに襲われながら、腹を鳴らして軍隊の食事を貪り喰らった少女は友人達と牢へと叩き込まれた。
 殺されなかっただけマシだと思えと叫んだ軍人の顔を今でも思い出せる。
 食物は取り合いだった。ロシェルも、ミハエルも、死んでしまった。
 残ったのは少女と、彼女の友人兄妹だけだった。
 始めに死んだのは食物を妹に分けていた友人の兄、テイラだった。
 泣きわめいた妹ライアの声を聞きながら少女は劈くような声から逃れるように壁にべったりと引っ付いて過ごしていた。
 ある時、ペストマスクの男が来て「皇帝が恩赦を出した。全囚人は牢より出ても良い」とライアに分かるように告げた。
 そして、彼は言った。

「生き残る為の方法を、教えて呉れる人が居ますよ」

 彼に付いていけばクラースナヤ・ズヴェズダーを名乗った『司祭様』が微笑んだのだ。
「イレギュラーズを殺せば、お金が手に入りますよ」


「――ローズル」
 女の声は、甘い毒を孕んでいるようだとローズルは感じていた。
「ああ、ウォンブラング嫗。ご機嫌麗しゅう。ギュルヴィ様は相変わらずですか?」
「ええ……。相変わらず楽しそうですよ」
 ローズルの知っていたブリギット・トール・ウォンブラングは美しい赤毛の女であった。
 ヴィーザルのハイエスタの集落であるウィンブラングの長にして雷神を強く信仰していた彼女は転がり落ちるように己と共に『駒』となったという。
 あの日、ローズルが美しいと認識した雷神の眸は鈍銀へと変じ美しい赤毛も冬色に色彩が抜け落ちていく。
 だが、彼女が『そう』なってでも手にしなくてはならない未来がある事をローズルはよく知っていた。
「ローズルが何をしているのか、ギュルヴィが気にしていたのです」
「僕ですか? ……ああ、『革命派』を名乗る囚人達がラド・バウへと襲撃を仕掛けていたので様子を見に来たのです。
 これも『どうせ、彼の仕業でしょう』? 正義感に溢れるイレギュラーズがどの様な動きを見せるのかを楽しんでいるだけだ」
「……そうですね。司祭アミナと接触すれば此処で革命派を名乗る者達は彼女の差し金でないこと位露見する。
 ですが、それは『イレギュラーズ』に限った話しです。此処への避難民や闘士達が革命派が噛んでいないと本当に認識するか――」
 ブリギットの言葉にローズルは唇を吊り上げて「さあ?」と笑った。

 ローズルは鉄帝軍に籍を置く青年である。
 長らく鉄帝国の外交官を務めていた男は第三次グレイス・ヌレ海戦にて海洋国に交易港として使用許諾が降された不凍港ベデクトの駐在を行って居た。
 海洋王国は輸送港としてベデクトを利用し、友好の証として割譲されたバラミタ鉱山を利用していた。
 かの国は派遣される商船に軍人を乗せ、鉄帝国の動きに警戒をしていた。当たり前だ。鉄帝国と云えば幻想王国や聖教国に剣を振りかざす侵略国家である。砂漠ばかりで余り旨味を感じられない傭兵商会連合には手出しはしていないものの、周辺国家との関係性は余り良くはない。
 奔走し続けた彼は、今やギュルヴィと名乗った男の部下として『アラクラン』に所属していた。
「ローズル?」
「……ウォンブラング嫗。物盗りの娘がそこにいますね。天衝種を怯えながら従えている」
「ええ。彼女は物盗りをせねば生きて来られなかったのでしょう。
 今や武こそが正義と明言されたこの国ですが、それは元から常態化していたようなもの――落魄れた彼女はスラムで過ごし、軍人の所有物に手を出して捕縛されたと聞いています」
 そうだ。鉄帝国は元より分け合えるリソースが少なかった。乱立するスラムに犇めき合う住民達が肩を寄せ合った。
 凍土と化す一体に食うものに困り飢え行く者達は山ほど居た。
「生き残る為に、彼女は何をすると思いますか?」
「……わたくしにクイズでもしたいのですか?」
「いいえ、ちょっとした問いかけですよ。それじゃあ、僕はライアと……天衝種を連れているリズレアを見てきましょうかね」
 歩き出したローズルの背中を眺めてからブリギットは彼の動きを読めやしないと目を伏せた。

 他人事のように話しているくせに――
 あの日、ギュルヴィの傍で『子』達を救う為の手段を教えて呉れたのは、
 そして、今、アラクランを扇動していたのは、ローズル、あなただったでしょう?

GMコメント

●成功条件
 盗人リズレア&ライアの撃退もしくは捕縛
 天衝種の撃破

●フィールド情報『大闘技場ラド・バウ』
 周辺には自警団が居ますが、器用に内部に入り込もうとしている幼い少女二人の姿をビッツが発見しました。
「アンタたち、警戒なさい。なんだか、あの娘達はイレギュラーズや闘士を誘い出そうとしているわ」との事です。
 天衝種が腹を空かせているため、自警団は一旦内部に避難しました。
 木々や障害物などの後ろに少女達は器用に身を隠しながらラド・バウを伺っているようです。

●エネミー
 ・『盗人』リズレア
 13歳の少女。栗毛の可愛らしい女の子。鉄帝国スラムの出身。
 盗みを働き、スラムで過ごした彼女は犯罪者として投獄されていました。軍人から物資を奪ったためその際に蹴り上げられた事で腹には酷い痣が存在し、右腕は動きません。
 天衝種を死に物狂いで扇動しています。生きる為にはイレギュラーズや闘士を狙わなければならないようです。

 ・『盗人』ライア
 8歳。兄のテイラは食事を全て分けてくれて死にました。リズレアの幼馴染み。
 鳴きながらも、リズレアと生き残る為に駄々を捏ねるように戦場に居ます。
 リズレアと比べればすばしっこさは低め。天衝種に「おねがい」と何度も繰り返しています。

 ・天衝種『ギルバディア』
 大型のクマ型の魔物。何故か少女達を護っています。
 凄まじい突進能力があり邪魔な木々は軽く薙ぎ倒す程の性能があります。
 また、敵を吹き飛ばす様な一撃を宿している事もある模様です。

 ・天衝種『プレーグメイデン』2体
 生前に激しい怒りを抱いていたアンデッドモンスターです。
 毒や病、狂気をまき散らします。怒り任せの衝撃波のような神秘中~超距離攻撃してきます。
 単体と範囲があり、『毒』系、『凍結』系、『狂気』のBSを伴います。威力は高くありませんが、厄介です。

 ・天衝種『フューリアス』5体
 周囲に満ちる激しい怒りが、人魂のような形となった怪物です。
 怒り任せの衝撃波のような神秘中~超距離攻撃してきます。単体と範囲があり、『乱れ』系、『痺れ』系のBSを伴います。

●『ローズル』
 少女達の様子を確認している青年です。元鉄帝国の外交官であるためにイレギュラーズの中で見知った人も居るかもしれません。
 (幻想、天義、鉄帝、ラサの名声が高い方やハリエット(p3p009025)さんは会ったことがあります)
 彼が何をしているかは不明ですが、リズレアとライアの目的を知っているようですね。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <総軍鏖殺>生ける少女のフォルラーヌ<獄樂凱旋>完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

サイズ(p3p000319)
妖精■■として
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト

リプレイ


 生きていくには犠牲がつきものだった。
 豚も、牛も、鶏も、何だってそうやって命を奪われた。鶏が喜んで産んだ卵は美味しい恵みだ。
 それを奪ったロシェルは鶏を飼っていた男に蹴り殺された。馬鹿なヤツだと罵られて、地べたに転がった私達は、惨めだった。

「ッ……もうっ! また『自称革命派』の襲撃なの!?」
 嘆息して頭を振ったのは『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)。彼女が目にしたのは『手配書』だった。知った顔が何人も懸賞金を掛けられているのだとその報を齎したのはラド・バウを襲った囚人であった。勿論、それは帝都内だけの非常に狭い範囲での話しなのであろうがこれから広がっていく可能性さえある。
「うう……この短い間に何回も襲ってくるなんて……ボク達や闘士の人を誘い出して殺そうとしてる? 理由も気になるけど、今はとにかくラド・バウを守らないと!」
 大切で大好きな『あの娘』が傷付くところは見たことないのだ。ラド・バウの外には腹を空かせた天衝種が歩き回っているらしい。
 その情報を齎した闘士達曰く、天衝種を引き連れていたのは少女なのだという。それも、窃盗などの罪で捕えられていただけの戦う術など余り知らなさそうな顔をした幼い子供。彼女達が手にしているのは――
「聞いた話になるけど、イレギュラーズに懸賞金がかけられている……だったっけ?
 あの子供達はソレを目当てに来てるんだよね、きっと。殺して、お金を手に入れて、鉄帝の厳しい冬を乗り越える為に」
 生きる為なら、奪わなくてはならなかった。それ位、『竜交』笹木 花丸(p3p008689)も知っていた。奪い合って生き延びなくてはならない子供達。
「……だけど、だからって殺されてなんて上げない。子供達を人殺しにもさせるつもりはない」
 震える声音で呟いた花丸の瞳に決意が宿される。ラド・バウからイレギュラーズが出てくるのを待っているのだろう。顔を覗かせてから『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は首を捻った。
「あの子達は魔種じゃないよな、なら助けるべきだ……盗人とか言われてるけど……明らかに訳ありだよな。
 混沌に来る前の自分を見ている気分だ……多分拒否不可な状況にされて、悪い奴らに利用されたか?
 可能なら力になりたいな……偽善と言われてもね。それにさ、元から天衝種は全て倒すべき敵なんだろ? なら罠でも斬っていくだけだな」
 サイズに頷いて「そうだね、私達は偽善者だ」と『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は唇を噛み締めた。
 寒々しい冬。今冬は恐ろしい程の白き雪が降り積もると言われていた。特に、鉄帝国の冬は厳しい。暖炉の薪さえ買う金も子供達は持っていないのだろう。
「生きるために取れる手段がそれしかなかった場合。寒くてお腹が空いて、それをしないと死ぬって場合。
 そんな極限状態の子どもが『間違っているからやりたくない』なんて言えると思う? 利用、じゃないのかもしれない。ただ、生きる為だ」
 そうだ。生き延びるためならば利用ではなく、協力した。餌を求めて飛び付いた。それだけだ。
「……生きるために犯罪を犯さねばならない者たちがいることは知っている。
 それは哀しいことだと思う。しかし月並みだがそれが誰かを不幸にしていい理由にはならんのだ」
 彼女達の罪が、増える前に。止めなくてはならないと手にした細剣が微かに震えている。
『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の唇から漏れた苦々しい気配に『凛気』ゼファー(p3p007625)はやれやれと頷いた。
 窃盗犯、それが『軽微』な事であれど、何処までも悍ましい罪になるとゼファーは気付いて居た。
 食物を奪い合う。奪い合って、殺し合う。食う物を奪ってしまっては、奪われた側が『死ぬ』だけだ。間接的な殺人。それは、子供達も、そしてハリエットだって分かって居る事なのだろう。
「屹度、此れは身勝手な同情ね。身なりを見れば、嫌でも分かるもの――あの子達も、ロクでもない大人に振り回されているんだって」
 大人(くに)に振り回されて、罪を重ねた彼女達を見ていられない。ゼファーが嘆息すれば焔がぎゅうと、唇を噛み締めた。
「さあ、征こうか。幼子ならば我らが手出ししにくいと思ったか。全くだ。
 いかなる事情があったといえども、まだ魔に堕ちてないのならば保護せねばならぬ」
 魔種でないなら救おうとサイズが言葉にしたように、『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)も同意した。
 彼女達は未だ『救える』筈なのだ。
 蛮勇は身を滅ぼす。
 人を殺して、得られる者は罪の烙印だけだった。幼き日の失敗が尾を引くように、簡単には忘れられない其れが悍ましい悪夢として人生の瑕疵となる。
 花丸はだからこそ、少女達の前へと姿を見せた。誘い出されたとて、構わなかった。言葉を伝える為の最も効率的な方法を知っていたから。
「だから、やってみせるよ――今、私達に出来る事を精いっぱいっ!」


(こちらを誘い出そうとする子供。おまけに天衝種も一緒とは。罠か、それとも……?)
 イレギュラーズを誘い出し、命を奪えば多額の懸賞金が入るらしい。『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は二刀を手に、少女達の隠れる場所を俯瞰し探す。広域を見通したその眸は隠れる事も下手クソな少女の姿を探し出した。
「……居ました」
 ルーキスの言葉に頷いて、リースヒースは黒現のアバンロラージュを操縦しながら指先に漆黒の蝶を躍らせる。大粒のルビーを懐いた大剣を手にしたリースヒースの姿は葬列を引連れるであるかのような印象を与える。
 肩を跳ねさせた少女が「見つかった」と声を上げた。脂で固まった栗毛を揺らしたリズレアは縺れる足でライアの手を引いた。汚れたワンピースを纏っているが、彼女は其れなりに身なりが良い。
(あの娘が天衝種に指示してるんだね。あんなに小さな女の子が……!)
 焔は驚愕を隠せぬままに彼女達を見ていた。天衝種は少女達の盾となるように動く。ブレーグメイデンが眼前に躍り出たことに気づきゼファーは大地を踏み締めて勢い良く槍を振り下ろす。
 身の丈ほどあれど、慣れた獲物は本能のままに体を突き動かした。「どうにも、こいつには長居して欲しくない感じがするわ」と呟く女の髪が雲間に青空を覗かせるように大きく揺らいでみせる。
 焔が呼び寄せた天衝種を一瞥し、鯉口を切ったルーキスの一閃は師より授かりし『散らせ』の技。その痛烈さは剣士の腕にも衝撃を走らせる。
 瑠璃雛菊の尊き精神を曇らせることはなくルーキスが前進する。だが、巨躯たる天衝種は危険そのもの。
 運命の悪戯(フェイタル・バグ)に誘われ、この地にまでやって来たブレンダは獣如きに挫けることはない。戦うものを縫い止める一射。吹き荒れた風を纏った刀身がギバルティアを引き裂いた。それらを抑えながら、ブレンダは少女に声を掛ける仲間へと視線を送った。
 己ならば抑えられる。眼前の天衝種に対してその決意を絶剣の斬撃に乗せながらイレギュラーズを誘いださんとした少女達の処遇を仲間に委ねる為だ。
 有り触れた悲劇を全て救えるとはブレンダとて思って居ない。
(――それでも、やはり。こういう時は自分の無力さが嫌になるな。私は私の件が届く範囲を取りこぼさないように護り続けなくては)
 そう、だからこそ『今』だ。
 この場を守り切るためにブレンダはギバルディア相手に耐え凌ぐ。
 するりと傍らを抜けるようにして西風が残像を残した。吹いた風の残り香が鼻先を擽り消え失せる。
 ゼファーと変わるように、ブレンダへと癒やしを送ったリースヒースの蝶々は瞬き、『死告』の気配を展示させた。美しき、癒やしの音色が天より落ちる。
 少女達を巻込まぬように――それでいて、説得が必要だと知っているから。攻撃を重ねながらもハリエットは彼女達の元へと走った。
 それはサイズとて同じだ。少女達に声を掛け救いの手を差し伸べたいと願っていたのだから。
 その準備は必要だ。花丸は踏み込んでフューリアス達を順番に殴りつける。幾度も言葉を重ねその攻撃を集中的に受ける事で少女達の安全を守るのだ。
(……花丸ちゃんたちを見てる。本当に『懸賞金目当て』なんだね)
 自身も其れなりに知られている自覚はある。ローレットのイレギュラーズとして活動してきた花丸は鉄帝国内でもその実力と共に名声が高まってきていると認識していた。パルスが狙われたことも鑑みれば恐らくはその名声で懸賞金の値段に変化がある筈だ。
(ローレットだけじゃない。新皇帝派に敵対するラド・バウの人達だって懸賞金を掛ける相手に適してる)
 ローレット以外の新皇帝派にとっての障害は金によって解決させるというのか。冬を目掛けて囚人達の間にそうした懸賞金の話しが回り始めたというのだから、救えない。帝都から外に話が流れ出せば、大規模な作戦の際の障害にもなり得るのだ。
「……此処からは通さないよ」
 焔がカグツチの火を灯す。その神聖なる炎が天衝種を裂いた。無数の言葉を重ねるよりも先に、大切な人を護らなくてはならない。
 木々の合間から自身達を見ている少女達はその姿に酷く恐れたことだろう。戦い慣れた、イレギュラーズ。其れを殺さねばならない少女達。
 そのシチュエーションを『想像』するだけで気が重くなった。


 木々の合間に彼女達は居た。戦い慣れたイレギュラーズに怯えるようにへたり込み、後ろ手に武器を隠して。
 飛行し、ルーキスが見付けた少女の元へと駆け付けたサイズは穏やかな声音で「大丈夫か」と問うた。
「……イレギュラーズ?」
 目を丸くした少女にサイズは頷く。友好的な存在であると表そうとしたサイズにリズレアが勢い良く小さな鎌を振り下ろした。ねじり鎌は何らかの作業で使われていたものをリズレアが拾い集めてきたのだろう。
 肩口からざくりと斬られたことに驚きながらもサイズは「君達は利用されてるんだ」と声を掛ける。
「違う。私達は自分の意思でこうしてる。生きていく為に、イレギュラーズを殺せばお金をくれるんだ」
「は――?」
「手配書。ローレットのイレギュラーズを殺せば良いって。懸賞金が掛かってる。私はライアと生き延びたいんだよ」
 叫ぶリズレアにゼファーは子供達までがイレギュラーズを殺す算段を立てている現状に「本当にナンセンスね」と呻いた。切り裂かれた傷を直ぐさまに手当てするリースヒースは目を伏せる。少女達は、覚悟の元でやって来たか。此方を殺すために。
「そっか。二人は私達や闘士の人達にかけられた懸賞金を目当てにやって来たんだね。
 ……けど、ゴメンね。大人しく殺されてなんて上げられないし、知らない場所で人殺しにもさせられない。
 代わりに私達が殺す以外の生きる術を教えてあげる。それじゃ、ダメかな?」
「嘘だ。嘘だ。そうやって適当なこと言って、私らを捕まえる気だろ!」
 過去に何があったのか。花丸はぐ、と息を呑んだ。彼女達は斯う言いたいのだ。甘言で誘い出し、牢にぶち込めば『生き延びられる』だろうと。
 立ち上がり後退して行く少女に「待って!」と焔は叫んだ。
「どうしてこんなことをしてるの? 大丈夫だよ。安心して。私達は怖い事なんてしないよ。
 こんなことをしなくてもラド・バウに来れば、お腹いっぱいは難しいかもだけど、冬を越すくらいは出来るよ、だからもうやめてこっちに来ない?」
「信用できない!」
 叫んだリズレアの背後でライアが「こわいよぉ」と泣き始めた。まだ10にも満たない少女を庇うリズレアは『幼い少女の有用性』を知っていた。
 売り物になることもある。そうした幾つもの恐怖を乗り越えてきたのだろう。
「ボク達の首が目当てなんでしょ?」
 焔は静かに問うた。傷を抑えながらもサイズは彼女達に攻撃する気は無いと意思を示しながら言葉を待つ。
「……そうだよ! ねえ、死んでよ!」
「お生憎様……それは難しい相談ね。貴方達には、幾ら何でも荷が重すぎるわよ。
 此処で大人しく世話になるなら、少なくともお腹を空かす心配はないし、切った張ったのやり取りに自分で踏み込む必要は無くなるわ」
「嘘」
「まあ、そうよね。ロクでもない大人に振り回されて、人間不信でしょうけど。
 ……ま、此れまでよりはマシな大人がここにはいるわよ。多分ね」
 ほら、とブレンダを指し示したゼファーに「私か」とブレンダは肩を竦める。じりじりと後退したリズレアにハリエットは慌てた様に「待って」と声を張った。
「……逃げなくていい。私も、私の仲間たちも、貴方達を傷つけたりはしない」
 ハリエットはその目に恐怖と怯え、様々な感情が入り交じっていることに気付いた。
 最初にサイズを傷付けた武器だって、何処かで拾っただけの殺傷力の低いものだった。それでも、刃物を振り下ろせば人は死ぬかも知れないと知っているのだ。
「――殺せないよ。二人には。殺せないし、殺させない」
 花丸が静かに声を掛ける。邪魔立てするように現れたギルバディアを斬り伏せたルーキスは「後で話をしよう」と囁いた。


 天衝種を倒し終え、イレギュラーズは二人の少女の前に立っていた。
 怯えた様子のリズレアは未だに何処かで拾ってきただけの鎌を構えてイレギュラーズを睨め付けている。
「こ、殺すなら、私だけにして。ライアは、駄目」
「殺さない。保護だけだ」
 首を振ったサイズに「私は、お前を殺そうとしたんだ」と震える声音で少女が言った。それは消せぬ罪のように少女の心を締め付ける。
「イレギュラーズだから、大丈夫だよ。……でも、ごめんなさいはしようね」
「ッ――」
 焔が手を差し伸べればびくりと肩を揺らしてリズレアが鎌を振り上げて威嚇する。どうしたものかとハリエットは体を硬直させ――「誰か居る」
 花丸の声に応えるように姿を現したのは一人の青年であった。穏やかな笑みを浮かべた彼は「こんにちは」と肩を竦める。
「……ローズルさん。どうしてこの場所に? たまたま通りかかった…なんてないでしょう?」
「ハリエットちゃん、お知り合い?」
 問うた焔にハリエットは頷いた。鉄帝国の外交官ローズルだと青年も穏やかに名乗り出る。
「リズレアさんの懸念を解決する案を持ってきただけですよ。リズレアさんは一人でもなんとかなるとお思いでしょう。
 リズレアさん。ライア嬢をイレギュラーズの伝手で孤児院にでも入れて頂けばいいではないですか。大丈夫、彼女達の高名は私も聞いていますから」
 自身が保護をすると言い出そうとしていたハリエットが驚いたようにローズルを見遣った。
 自分自身が貰った『光』。今度は私がこの子達に与える番なのだ。だから、彼女達を不幸にするつもりはないと。その信念を胸にしていたハリエットは「望むことを出来る限りする」と申し入れる。
「しかし鉄帝の外交官が何をしているのか。……だが、そうだな。このようなことがあった後に起こりうるのは私刑だ」
 少女達の身柄を闘技場内で拘束するなど『そうした手』を取らねば、イレギュラーズが一日中護衛しているわけにもいかない。
 ローズルに提案するリースヒースにリズレアが目を剥いて「やっぱり牢にぶち込むんだ!」と叫んだ。
「違うわよ。凄い怒りっぽい子ね」
 肩を竦めるゼファーに「気が立っているのだろうな」とブレンダも頷く。警戒したままにローズルを睨め付けていたルーキスは「答えは?」と問う。
「確かに『イレギュラーズを襲い天衝種を向けた元囚人』である事には変わりませんからね。
 ラド・バウ内部で穏やかに過ごしましょう、などその様な事が簡単に成せるわけがない。鉄帝国内で彼女達を保護するのは難しいでしょう」
「……孤児院を探す」
 傷口の止血を行なったサイズは静かに告げた。それしか、彼女達を生き延びさせる方法がないのならば、そうするしかあるまい。
「……ラド・バウはそんな冷たいところじゃないと思うけど」
 花丸の言葉にローズルは「今はそうでしょう」と肩を竦める。今は――これからは、冬が来る。真白の恐怖。誰もが怯える越えきれぬ悪魔。
「この様な動乱では普段の備えがあろうとも、危険は高まるでしょう。
 食糧と手足りなくなるかも知れない。その様なときに真っ先に口減らしに向いているのは囚人です。
 特に彼女はイレギュラーズに傷を負わせ、その命を奪おうとした罪人だ。その様な者達を赦しておけるものでしょうか」
 朗々と語ったローズルにハリエットは唇を噛んだ。一度相見えた青年は優しくも見えた。だが、今は――
「……保護をするから、いい」
「運が良かったのですね、彼女達は」
 その言葉に背を向けた。リズレアとライアには「必ず安全な場所に連れて行ったげる」とハリエットは優しく声を掛けた。
 少女達を落ち着かせ、保護についてラド・バウでも一度相談した後に国外の孤児院を紹介する段取りにしようかと話し合う焔と花丸はちら、とローズルを一瞥した。まるで此の結末を知っていたかのようで『気味が悪い』。
 警戒を続けて居たルーキスは穏やかに微笑んだ『外交官』の背後に銀髪の女の姿が見えた気がして目を瞠る。
 あの銀の髪に――溶け込むように消えていく紅の色。それは革命派にも出入りしているという『魔種』ではなかっただろうか――?

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 懸賞金……。これからその話しが広まると大変なことになりそうですね。警戒してゆきましょう。

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