PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Fake dating

完了

参加者 : 18 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「――繋ぎたかった手を、覚えていますか。
 伝えたかった想いを、共に歩みたかった恋路を、貴方は今でも覚えていますか。」

 手渡された案内文には、最初にそのような言葉が記されていた。
 時刻は昼頃、幻想の然る町の広場にて。
 おそらくは雇われたのであろう一人の少年が道行く人々に配るのは、そのような書き出しから始まる一つのイベントへのお誘いだった。
 名を『嘘つきたちの恋路』と名付けられたその主旨は至極単純なもので、「二人組が恋人同士の『ふり』をして過ごす」、という内容だけであった。
 元は道ならぬ恋を自らに許さなかった、大昔の貴族の令嬢への弔悼の為に設けられたと言うそれは、現在では風変わりなお祭りとなって一日限りの偽物の恋を楽しむためのものへと変化していったのだと言う。

「或いは、それはあなたにとって、疾うに過ぎ去った想いかも知れない。
 或いは、それは今にしてなお、身を焦がす悲しい熱情かも知れない。
 今になってそれが叶うことは無くとも、微かな慰めをその傷に、傷跡に捧げたいあなたへ、私たちはこの祭事を贈ります。」

 目に落とした文章は、更にそのように続いている。叶わなかった人との恋を、どうかこの日だけは自らに許さないかと。
 無論、この案内文に書かれた内容こそがこの祭りの全てではないだろう。気心の知れた友人と冗句のつもりで参加する者も居るかもしれない。若しくは、恋知らぬ者がそれを疑似体験するために臨むこともあるかもしれない。
 そして、きっと個々の理由を胸に参加するすべての者を、この祭りは許容するだろう。ただ一つのルールを守ることが出来るのならば。

「けれど、どうか忘れないで。
 この恋は一日だけの仮初。傍らに立つ人へ過ぎ去った想いが再び芽生えても、それに触れることはかなわぬもの。」

 ――その日、貴方は『恋人』に触れてはならない。
 ともすれば、それは自らの失恋を慰撫せんと参加する者にとって、残酷なまでの決まりごと。
 けれど、偽物の恋が歪な想いへと堕ちてしまわぬように、この規則はこの祭りに存在しなくてはならないものでもあるのだ。

「往けなかった未来を。進めなかった仮定を。
『本当』にすることは出来なくとも、その先を、僅かな間だけ夢見たいと。それでもあなたが思うのならば、どうか」

 ……街角の少年が配る案内文に、人々が抱いた思いは様々であろう。
 ただの冷やかしで参加する者も居るかもしれない。ふと心に浮かんだ誰かと興味本位で参加する者も居るかもしれない。
 そしてまた、この祭りの『主役』足り得る人もまた、案内文の最後の文章と同じ思いを抱き、この祭りに飛び込むのかもしれないのだ。



 ――「在り得ざる恋路を、せめて今日この時だけは」と。 

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●場所
『幻想』の外縁、他国との交易に使われる規模の大きな街です。時刻は昼ごろの少し前~深夜零時まで。
 この街では今の時期、年に一度だけ開催される祭りで賑わっており、露店なども出店されております。
 お祭りのルールは「二人一組で参加し、相手を『一日限りの恋人』として扱うこと」と「『恋人』には決して触れてはいけないこと」の二つ。
 また、二人一組での参加とはありますが、こちらを守ったうえでなら複数人でグループを組んでの参加でも問題ありません。
 参加者の皆様が訪れることのできる場所は下記にて。

『大通り』
 お祭りの間、最も賑わっている場所です。町内の人間や他所から訪れた観光客や旅人など、数多くの人々が歩いており、通りの両端には土産物屋や軽食店など、様々な露店も立ち並んでおります。
 参加する方は此処で簡単な食事を取っても構いませんし、或いは『恋人』とショッピングを楽しむのもいいかもしれません。

『中央広場』
 街の中心部に存在する大広間です。休憩用のベンチや街路樹の木陰などで休むことができ、また中央には時間と共に様々な形に吹き出す噴水があり、その周囲では旅芸人などが様々な芸を披露しております。
 大通りほどの喧騒を好まぬならば、此処に参加して穏やかな時を過ごすことが出来ます。また腕に自信があるならば、旅芸人と同様に一芸を披露して人々を楽しませることも出来るでしょう。

『展望台』
 街の外れにある小高い丘です。高所から望む眺望は青空と鮮やかな街並みを映してくれることでしょう。
 中央広場よりも人気の少ないこの場所は主としてお祭りにつかれた人々の休憩場所に使われます。また、人目に付きにくいことから少しばかり羽目を外す人も居るのだとか?

●その他
 プレイングの送信につきましては、以下の書式を守ったうえでお送りいただけますと幸いです。

・一行目:一緒に参加する方のID(グループ参加するのであれば、これに加えて【】タグ内にグループ名も)
・二行目:参加する場所
・三行目:プレイング本文

 また、リプレイを提出する際は時系列順に「昼→夜」の順番で描写していく予定です。




 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • Fake dating完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2022年10月22日 22時05分
  • 参加人数18/∞人
  • 相談6日
  • 参加費50RC

参加者 : 18 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(18人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
タルト・ティラミー(p3p002298)
あま~いおもてなし
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
もこねこ みーお(p3p009481)
ひだまり猫
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香
フロラ・イーリス・ハスクヴァーナ(p3p010730)
お嬢様(鉄帝)

リプレイ

●中天に陽を掲げ
「恋人のフリをするお祭りなんて不思議ねぇ。それに恋人同士なのに手も触れられないなんて。
 ……というか! それだとベークを食べられないじゃない!!!」
「やっぱりそれも考慮に入れてたんですね……?」
 時刻は昼過ぎ。突如「お祭りに行きましょう!」と誘ってきたタルトに対して、待ち合わせ場所に指定された街の大通りにて落ち合ったのだが、その後に告げられた言葉が先述のそれであった。
 ベークにとってタルトの誘いはその大概が唐突なものであるが、その際食される危険も有している。そう言う意味ではこの祭事は彼にとって『安全』な部類であろうが。
「仕方ないわ、シャイネンナハトに向けてシュガークラフトのアイディアも探しておきたかったし……今日は思う存分お菓子屋台を楽しみましょ!」
 即断即決を体現したような動きで露店に飛び込んでは、様々な砂糖菓子や飴細工の店を物色するタルトに、ベークは引きずり回され続けることになる。
 尤も、それがベークにとって災難と言えるかどうかは……「」
「この飴細工とかも綺麗でいいんじゃない?
 あとは美味しいかどうかだけど……はいベーク、あーん♪」
「え?」
「一緒にいるだけじゃいつもと変わらないし、これなら恋人らしいしお互い触れてないわよね? んっふっふっ♪」
「……はあ。タルトには敵いませんね」
 その当人たちだけが、推し量ることが出来るだろう。

「――ネーヴェ。」
 悪戯っ気に笑うタルトたちとすれ違う、一組の男女が居た。
 車いすに座る女性と、それを押す青年。発した彼の言葉は硬く、それが単に「呼び慣れない」以上の理由を持っていることは、恐らく多くの者が気付いたことであろう。
 けれど、それに応える女性の側は。
「は、い。クラ……えっと、シャルティエ、様」
 彼女は……ネーヴェは、果たしてそれ以上に当惑を隠せぬまま、シャルティエへと言葉を返している。
「わたくしより、ク……シャルティエ様の方が、余裕ありげなのも、ちょっと、悔しい」
 一所懸命で、けれどたどたどしく呟く彼女を見ることで、シャルティエが幾らか平静を保った状態で居られていると言うのはネーヴェに知る由も無い。
 二人が足を止めているのは、簡素な装飾品を扱う露店の前であった。用いられている材質は比較的安価なものばかりであったが……職人が優秀なのだろう。凝らされた細工はその何れもが精緻に作られている。
 ――「折角だから、『恋人』としてお揃いのものを買いませんか?」、ネーヴェの提案に頷いたシャルティエは、互いに耳飾りを贈り合おうと露店の商品を物色していた。
「それじゃあ、これを」
 軈て、二人が選んだのは赤と金の宝石。
 アルマンディンとトパゾライト。同じ「ガーネット」の名を冠する石の首飾りを購入した二人は、お互いが差し出した手の平へと触れぬよう、慎重に耳飾りを乗せる。
「……ありがとう、シャルティエ」
『不意打ち』は、その刹那の事。
 掌中の贈り物からぱっと顔を上げた青年へと、花が綻ぶように微笑むネーヴェを見て、シャルティエはくすぐったそうな笑みを浮かべる。
 ――弾けそうな想いを精いっぱい込めたコトバの内実に、青年が気付いたかどうかは、きっと誰にも解らないけれど。
 触れられぬ恋人の祭事。それに安堵し、同時に苦しいほど悔やんだ二人の道程は、今日が終わるその時まで、もう少しだけ続いていく。

 真心を贈り合う『恋人』達が居た。
 お祭りの一環だからと、『恋人』の振りを楽しむ人たちも居た。
 ――――――ああ、それは何て、午睡のような穏やかさであろうと。
「やあ、随分とよく似て居られる。まるで姉妹のようですな」
「あら、そう見えますか?」
 立ち寄った露店の店主が自分たちに掛けた言葉は、澄恋にとって悍ましい呪いにも似て聞こえた。
 自身の横に立つのはすみれ。「触れられない祭事」に於いて、自らが呼んだ彼女は平時と変わらぬ表情と所作で、店主へと友好的に会話を続けている。
「でしたら、店主さんは何方が『姉』であると思います?」
 すみれの言葉に対し、一瞬、澄恋の身体が僅かに強張ったが。
「いやいや、それを口にさせるのは勘弁してください。お二方の不和の種になっちまったら申し訳ない」
「ふふ、意地悪が過ぎたでしょうか?」
 お詫びにと果物を使った砂糖菓子を購入したすみれと共に、その場を離れる澄恋の表情に、感情らしきものは見えない。
「さあ、私(あなた)もどうぞ」
「……え」
「もう、今の私たちは『恋人』でしょう? このようなことをしても罰は当たりませんよ」
 嫣然と微笑む彼女(じぶん)、それに対し怯懦な侭の自分(かのじょ)。
 避け得ぬ『恋人』としての在り様に、澄恋は諦念を込めてすみれへと一歩を踏み出す。
「……あ、あーん」
 ――自らが安堵するための手段である筈だった。
 自分(澄恋)より優れた自分(すみれ)が、自分を殺して成り代わることが出来ぬように、触れられぬと言うこの祭事を、転じて「相手に危害を加えることのできぬ祭事」と捉え、その証明の為に彼女を呼び寄せた。
「『恋人』になってほしい」という申し出にも彼女は笑顔で頷き、後はその場から離れるだけだと。そう考えていたと言うのに。
「はい、あーん。……美味しいですか?」
 ――「『恋人』を置いていくんですか?」そう言われた。「それが、貴方にとっての『恋人』の定義ですか」とも。
 澄恋はそれを聞いたとき、自身の過ちに気づいた。他者を害すると言うことは、得物や術式に頼ること、そう考えていた自分の愚かさに。
「それでは、私も一口。……ふふ、これで間接キス、ですね?」
 人が人を殺すのに、そんな分かり易い凶器など必要は無かった。只の言葉と態度、その二つだけが存在すれば。
 自身の横を歩くことを強いられ、すれ違う人々に優雅な所作で挨拶や幾らかの会話を交わすすみれの姿は、恐らく道行く人にとって憧憬の的であろう。
 対し、澄恋は。恐れと怯えを隠し切れぬまま、その傍らを歩く姿に、人々は何を思うだろうか。
 奇異か、心配か、或いは意識にすら止められないか。
「楽しいですね。澄恋(わたし)」。
 すみれが笑い掛ける。自分よりも多くの人に愛され、多くの人に慕われた彼女は、「そうでない澄恋」に対し、心の底からの悦びを覚えている。
「さあ、夜が来るまでは時間がありますよ。
 まだまだ今日一日、私を楽しませてくださいね。澄恋!」
 ――自身が否定され続ける。
 すみれに対し、澄恋が覚える地獄に、未だ終わりは遠かった。

「一日限りの、偽物の恋……恋とかはよくわからないなぁ」
「にゃ。みーおにもちょっと分からないけれど、仮初の恋人って言うのはちょっと切ない話ですにゃ」
 昼時から時計の針がズレ始めた頃、遅めの昼食を摂る二人が、大通りに出た喫茶店で会話を交わしている。
 祝音とみーお。それぞれが一人でお祭りを冷やかしていた頃に偶然意気投合した二人は、現在こうして道行く『恋人』たちを眺めながら穏やかな昼食を過ごしていた。
「ちなみに、みーおさんって性別は……」
「内緒、ですにゃ!」
 両腕でバツを作ったみーおにたいして、くすくすと笑みを零す祝音。
 出会ったばかりの二人は、そうして自分たちの故郷の話、職業の話などを交わしていく。恋人と言うよりは仲の良い友人のように思える両者もまた、この祭事の在り方の一つにあたるのだろう。
 ただ、一つだけ。
(みーおさん可愛い、触りたい……。
 けど、お祭りのルール的に触っちゃ駄目だから我慢……!)
(祝音さん、猫みたいでちょっと撫でてみたい……けど我慢ですにゃー!)
 ――凡そ恋愛ごとに絡まぬであろう二人の願いをすら叶えられないのは、このお祭りのちょっとした欠点であったのだろうか?

「はぐれなさんなよ、嬢ちゃん――……っと、触っちゃいけねぇんだったな」
「うん、今日は手ぇ繋いだらあかん日、なんやて」
 喧騒に満ちた大通りから抜け出て、中央広場のベンチに辿り着いた二人の男女が居た。
 縁と蜻蛉。人ごみに巻き込まれそうな彼女の手を引くことすら出来ないルールに、縁は少しばかりの苦笑を浮かべたけれど。
「その代わりの『恋人』、うちは、ずっと続いてもええけど。
 でも、手ぇ繋げんのやったら……そっちのが辛いわ」
「……俺も辛いぜ、嬢ちゃんの綺麗な手に触れねぇのは」
 思わず胸中を吐露した蜻蛉へと、返された縁の言葉。
 予想外であったそれに対して、蜻蛉が縁へと振り向けば――両者の間を遮るように、ずいと差し出された軽食の袋が在った。
「――なんてな。どうだい、おっさんもちっとは『恋人』らしい返しができるだろ?」
「また、そやって……はぐらかす」
 互いに一つ、露店で買った軽食を取り出し、軽食の袋をベンチに置く。
 終ぞ遮るものが無くなった縁へと、蜻蛉はもう一度言う。
「この先もずっとずっと、一緒におって欲しいの」
 交わらぬ視線。返事は無く、
(……そんな言葉が貰えるのは祭りのおかげかい? それとも)
 言葉は、それ以上発されない。カタチにするべき想いが、互いに定まり切っていないのだから。
 だから、今二人に残るのは、『恋人』と言う関係、それだけであった。

●夜天に星を掲ぐ
 其処に、光は無かった。
 代わりに、眼下から望む街並みより発される光が、彼らが今居る場所を照らし出している。
 ――時刻は夜。町を見下ろす展望台に於いて、マルクとリンディスは小さな夜風に当たりながら景色を楽しんでいる。
「展望台に行ってみない? 『デート』っぽくさ」
 何気ない体を装ったマルクの誘いに、リンディスも笑顔と共に応じた。「しっかりエスコート、してくださいね?」と言葉を添えて。
 それは、普段の二人なら在り得なかった光景。「偽りの恋だから」と、互いを納得させたが故に外された心の枷の証左。
 ……言葉も無く、並ぶ二人の距離は、たった一歩分。
「空の静かさと街の賑やかさ――いい景色ですね、マルク」
 ふと、呟くリンディスの横顔をマルクは見遣る。
 自らの目に映る全てを愛おしむような視線であった。その姿に、その言葉に、自身と言う存在が介在することに、何時しかマルクは安寧を自覚していた。
 同時に、叶わくばそれが永遠に続いてほしいと言う願いも。
「この景色を君と見ることができて嬉しいよ――リンディス」
 けれど、旅人で在る彼女を、ともすれば『縛る』ような決意は、マルクは未だ抱けていない。
 だからこそ、一歩分の距離は埋まらず、その代わりに彼らは言葉を交わし続ける。
 時計の針が揃うとき。祭りが終わりを迎える、その時まで。

「繋ぎたかった手を、覚えていますか。
 伝えたかった想いを、共に歩みたかった恋路を、貴方は今でも覚えていますか……」
 夜の展望台。
 静かな時間を傍らの誰かと過ごす人は多少ながらも存在し、それを一人で眺むるリディアの手には、渡された案内文が握られていた。
 ――「別に、そんな相手なんていないけど」。誰ともなく、けれど言い訳じみたように発した言葉の後、リディアの脳裏には一人の知人の姿が思い浮かんでいた。
(彼とは知らぬ仲ではないけれど、だからと言ってどうという事も無い)
 飄々としていながら、時折確固とした芯を覗かせる人であった。
(此処へも買い物のついでに寄っただけ)
 仲間に心配を駆けぬよう、汚れ仕事を一人で背負いこむような人であった。
「もう少し、この景色を楽しんだら……」
 ――そんな彼へと、自分のしがらみの全てを置き去りにして伝えたい気持ちが在った。
 けれど。けれど、けれど、
「……だって、会う事もできないんじゃ、触れようがないじゃない」
 偽り続けていた自分に疲れて、リディアはその時初めて、本当の想いを零す。
 涙は浮かばなかった。代わりに苦笑いだけが。
「願わくば――また会えますように」
 届く筈も無い望みを、それでも空に告げて、リディアは今度こそその場を離れていく。
 ……刹那、自身の知り合いを、その視界の端に映しながら。

 愛していた人が居た。
 好意を向けても返されぬ想いにめげることなく、「それでも」とひたむきに向け続けていた感情は、過日、決定的な否定を返された。
 それを、受け止めたわけではない。受け入れたわけでも。ただ、彼女はその答えを否定することだけはしたくなかったのだ。
 だから、忘れた。自らのギフトを介して。
 ――――――「そのような振り」を、した。
「………………」
 展望台の片隅にて、ウルズは茫洋とした夜景を望みつつ、あの日から持つようになった紫煙を静かに燻らせている。
 肺までは運ばず、口の中で煙を転がすだけ。眼前に視線を向け、けれどその実何も見ていない彼女は、ただ身の回りに漂う紫煙の香りに包まれている。
「それ、やめて」
 ……コトバは、唐突に齎された。
 知った声色へ、瞠目と共に振り返るウルズへと、背後から声をかけたのはフラーゴラだった。
「煙草じゃなくて、吸ってるときの表情」
「フラーゴラ、先輩」
 瞠目したウルズへと、フラーゴラはその煙草を奪い取って中ほどで握りつぶす。
「……あたし、は」
 言って、彼女は代わりにとキャンディーを取り出し、ウルズの口に放り込んだ。
「寂しい時はこれを口にして、笑っていて欲しい
 ワタシは……ウルズさんの笑顔が好きだから」
「……っ」
 嘘をつき続けようとした。愛した彼の記憶はもう無いのだと、だから心配いらないと、皆にそう思って貰おうとした。
 けれど、それすらも叶わなかった。『彼』のように、人知れず痛みを抱え続けることは、ウルズには出来なかった。
 ――でも、しかし、けれど。
 フラーゴラは、彼女にとっての親友は、全てを知られて泣きじゃくるウルズに対して、声ならず語り掛けたのだ。
「一人で抱えなくていいんだよ」と。「ワタシたちは、キミのそばに居るよ」と。

 ――展望台への階段を、駆ける影が在った。
 相手は二人。黒の外套を被った青年と、それを追う灰髪の青年。
「待って、カノン……!」
 荒いだ呼気の中で。それでも必死に声を上げたチックに対して、外套の青年は笑顔と共に会談を駆けあがっていく。
 彼らの邂逅は唐突だった。元々チックは自らにとって未知である『恋人』を識ろうとするために一人で祭りに参加し、道行く人々を観察するだけである筈だった。けれど。
「ねえ、チックさん」
 嘗て、彼の元からその姿を眩ませた一人の青年が現れた時、チックの在り様は変わったのだ。
「この日だけ、『恋人』として過ごしませんか」
 ――即ち、『傍観者』から『参加者』へと。
「……カノン」
 終着点。二人は未だ一定の距離を保ったまま、しかし展望台へとたどり着く。
 チックは離別したはずだった青年を、未だ視界から離さない。然る特別な『症状』によって、彼の元を離れたカノンという青年へと。
「きっと、あのまま逢わない方が、お互い幸せでいられた筈」
「……カノン」
「でも、若し叶うのなら、どうか」
「うん、おれも」
 ――――――「君(あなた)と一緒に、星が見たい」と、二人は共に呟いた。
 それ以上の言葉は無い。今この二人が再び追いつくのか、それとも離れるのかは、未だ分からないけれど。
 今この時、星空を見上げる間だけは、二人は共に居続けたのだ。

 ――――――祭りが終わるころ。『恋人』達が別れ、其々の帰途へとつく頃。
 ブレンダは共に参加していた『恋人』に贈られたプレゼントを、自らの家に着いた後開封していた。
「……ありがとう、フロラ」
 唐突な誘いに対しても、ブレンダは変わらなかった。
 あくまで自らの『役割』としてフロラに徹した。それはともすれば残酷に思えるかもしれないが、恋と言うものを捉えきれなかったブレンダにとっては、この在り方こそがフロラに確りと向かう唯一の方法だったために。
「お祭り気分でお洋服や雑貨、数ヶ月分ぐらい買っちゃいましたわ」。そう茶目っ気に笑うフロラの姿を覚えている。自身が見繕った洋服を嬉しそうにその場で来てくれた彼女の姿を、未だ色鮮やかに覚えている。
 ……それと同じくらいに、別れ際、必死で平静を装った『いつも通り』の表情で別れの挨拶をしてくれた彼女の姿を覚えている。
「……押し花の栞」
 去り際、贈られたプレゼントの中身は、台紙にオレンジ色のリボンが結ばれた栞であった。
 栞にはチョコレートコスモスの押し花も施されている。その花言葉を、結ばれたリボンの色彩の意味を察したブレンダは、穏やかに、しかし少しだけ申し訳なさそうに笑みを浮かべて、その栞を両手で包み込む。
 ――「それでは、また。楽しかったですわ!」
 ただ一日、掛けられた魔法の終わりを。それでも、互いの縁そのものはこれからも続いていくことを。
 フロラは万感の思いを込めて一言にした。なればこそ、これからのブレンダにできるのは、その思いに沿って良き友であることだけ。
「ありがとう、フロラ」
 同じ言葉を、もう一度口にする。
 その意図を、既に祭りの後となった今、決して込めてはならない言葉を、だからこそブレンダは彼女に聞こえることのない自室で独り言ちる。
 夜は過ぎる。偽りの恋人たちは良き隣人へと回帰して、それまで通りの日常へと還っていく。
 ただ、一日限りの魔法を、心の慰めにとしまいこみながら。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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