シナリオ詳細
<総軍鏖殺>きみが生きてくれればそれでいいのだからと
オープニング
●
「アリカ……」
小さな体にはあまりにも大きなベッドの中心で、少女が荒い呼吸を繰り返す。
寝汗で張り付いた少女の髪を、そっと額から払ってやって、青年は切なげに目を伏せた。
「……アリカ」
繰り返す。繰り返す。愛おしき妹の名を。
青年は一つ息を吐いた。
「……大丈夫だ、兄ちゃんが今度も治してやるから」
青年はそういうと懐から1つの水晶を取り出した。
掛布団から出ている両手を、温かな光を湛えた水晶に触らせる。
瞬く間に温かな光がその輝きを無くしていった。
僅かに、本の僅かに苦悶するアリカの表情にゆとりが見えて、ほっと息を吐く。
「アルブレヒト、アリカちゃんの様子はどうだ?」
声をかけられ、青年――アルブレヒトは顔を上げた。
素早く水晶を回収し、握った拳を振り返る最中に抑えて笑みを刻む。
「眠ってるよ。今は調子もいいみたいだ」
「それは良かった……おい、どうかしたのか?」
知り合いの闘士が不思議そうに見てくるのを誤魔化して、アルブレヒトは立ち上がった。
「アリカの事を見て貰って良いか? 俺は……外の様子を見てくるよ」
「あ、あぁ」
尾を引くように不思議そうな顔をした同僚の隣を抜けるように歩き出す。
(……一人ぐらいじゃあ、足りなかったか。
それとも、時間がかかりすぎた? もっと、もっと多くの子供を……)
幸い、この国は狂ってしまった。
究極的な弱肉強食の世界に。
(アリカ……兄ちゃんは、もうアリカに笑ってもらうような人間じゃない。
でも……アリカが生きていけるなら、俺は何だってできる。
例え、自分が捕まってしまうのだとしても、殺されるのだとしても)
ただ――ただ、願わくば。
――もう少しだけ、時間をください。
――アリカが、生きて行けるだけの時間を。
●
雷光が迸る。圧倒的な光量は青年の腕を埋め尽くしている。
その眩い輝きは結果として青年の拳が正確にどこにあるのかを不明瞭に覆い隠す役割を発揮していた。
打ち込まれた右の拳が撃ち込まれた男性の懐を撃ち抜き、痺れたように生まれた隙。
そこへと伸びた左の拳が、紅蓮を纏って相手を打ち、貫いた。
そのまま男性が押されるようにして倒れこんだ。
刹那の静寂――誰もが男性の様子に目を向ける。
男性をよく見れば、立てないだけで生きているようだ。
『し、試合しゅうりょぉぉぉ!! 勝者、アルブレヒト・アルトハウス!
今季に入って10勝目! 今度も対戦相手を殺すことなく鎮めました!
おぉっと! 今、手が差し伸べられております!』
実況者、審判らしき人物の声が響いていた。
紅蓮に輝く右手の出力を緩やかに落として、機械の身体を持った青年――アルブレヒトは手を伸ばす。
「いい試合でした」
「……ちくしょう」
悔しそうに舌打ちしながらも手を取った男性を引っ張るようにして起こせば、アルブレヒトは苦笑する。
それはつい先週の映像だ。
下半期、10勝目を果たしたその瞬間の映像である。
――映像に映るアルブレヒトから視線を外して、ローレットの情報屋がこちらを向いた。
「……今ご覧いただいたのは今回の件について重要参考人である青年――アルブレヒト・アルトハウスの先週の試合です」
「今回の件って?」
首を傾げる炎堂 焔(p3p004727)に情報屋がある資料を見せた。
「ラドバウの付近で、子供達の連続失踪事件が起きています。
冠位憤怒との噂もある現皇帝に代わってから、それの速度も跳ね上がりました。
明らかに別人ないし別の原因による失踪と遺体遺棄を除いても、1日に2人、3人が消えています」
「ラドバウの付近で!?」
焔が声をあげれば。
「穏やかじゃないわね、ただでさえ国中が混乱してるってのに」
リア・クォーツ(p3p004937)は渡された資料をざっと見ると、ある情報に目が言った。
「犯人のめぼしは……もうついてんのね」
「えぇ、ラドバウ独立区から情報提供を頂きました」
そう言って情報屋がちらりと意識を後ろに向ける。
先程の青年、アルブレヒトがその犯人候補なのだろう。
「年の離れた病弱な妹がいるのですね。
今は元気なようですが……この子と関係が?」
小金井・正純(p3p008000)が顔を上げて問いかければ、情報屋が頷いた。
「アリカと言うらしいのですが、彼女がある日を境に元気になったのです。
関係筋によれば、最近は元気にラドバウの中で保護されているそうです」
「それ自体は良かった……とは思いますが」
正純は胸をなでおろすように呟きながらも、胸の内にもやもやとした物を抱く。
「でも、どうしてこの人が犯人だって言われるようになったのです?」
メイは首を傾げた。
「アリカが元気になった時期と、件の失踪事件の発生時期が重なっているのですよ」
「それだけなら偶然の可能性もあるはず……犯人候補になる理由にしては弱いんじゃ……」
「……アリカはここ数日、風土病に罹って寝込んでいたそうです。
ただ、アルブレヒトが妹の看病の為に試合を辞退した数日の間に、有り得ない速度で快復しています。
そして彼女が風土病から快復し始めた頃、件の連続失踪事件は速度を増しています」
「……出来すぎてるね。
一度目の元気になった時と事件の発生が同時期だったのを偶然と言い張るとしても、
突発的に生じたはずの風土病の治癒と事件の増加を偶然で片付けるのは無理がある」
静かに聞いていたジェック・アーロン(p3p004755)が自らの推察を口にすれば情報屋が頷いた。
「彼はどんな人なんだろう?」
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は首を傾げる。
「彼は紳士的な人物だそうです。
試合後も相手と手を交わし合うことも、恨みに思う事も無い。
プライベートでは理性的で穏やかなんだとか」
「そんな人が、今回みたいな事件を起こすのかな?」
シキの言葉はそのまま当時の捜査で判断されたことなのだろう。
「妹さんの為に他の人の命を奪うことを選んだ。彼にとってはそれほどこの子が大切なんだね」
「なんでも、たった一人の家族なのだそうです。
アリカはまだ幼く、自分が何をされているのかも理解はしていないでしょう」
「彼が善人よりであるとして。であれば最後の一歩を踏み越えてしまう何かがあったのでしょうね」
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)の呟きに、一同は暫しの沈黙を抱く。
「もっとも考えられるのは、今回の勅令ですか」
静寂を破ったのは、再びヴァイオレットだった。
冠位憤怒と思しき新帝が出した法律。極論過ぎる『弱肉強食』の世。
それが今だ。彼の行ないは倫理的に許されてはならない。
逆に言えば今のこの国において、彼の行ないは『倫理観さえ置けば何の問題も無い』。
それはほんの少しの、ほんの一押しだった。
誰かを守りたいために――そこを超えるのには十分すぎる、ほんのちょっぴりの一押しだった。
それが、本来なら殺される側である弱者に該当する妹を守るのなら――なおのこと。
「ラドバウの連中で片付ける……のは今は無理か」
サンディ・カルタ(p3p000438)は思わずつぶやいた。
「えぇ、今回の情報提供はあちらからの詫びの一つと言えます。
現在の状況でラドバウの闘士間で粛清のような行動が起きれば、闘士が委縮する可能性があります。
それだけならまだしも、ラドバウに避難している民衆との間に不和が生じ、不信感が噴出することは絶対に避けるべきでしょう」
「だから俺達か。ローレットならその辺りのあれそれも問題ない」
サンディの言葉に情報屋は頷いた。
- <総軍鏖殺>きみが生きてくれればそれでいいのだからと完了
- GM名春野紅葉
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年10月05日 23時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
(本当にやったことなら、簡単に許されるようなことじゃない。
悪い事はしてる、だけど本当に悪い人なのかどうか、ボクにはわからないよ……
それでも今は止めないと、これ以上犠牲者が出る前に)
ラドバウの内部に新たに作られたという酒場へと足を運んでいた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は目的の人物が為した高位の事を思いながら1人の闘士の傍に腰かけた。
「最近アルブレヒトくんの事を知ってファンになっちゃったんだ。
でも、何だかよくない事をしてるって噂も聞いちゃって……」
「あん? あいつが? はは、そんなわけないだろ。
そんなことしたらアリカちゃんに恥ずかしい……っていっつも言ってるぐらいだからな」
同ランク帯であるという闘士に声をかけると、彼は肩を竦めながら笑って見せる。
「まぁ、でも、そんなこと言う奴がいるのも分かるぜ」
「どうして?」
「あいつ、今んところ不殺なんだよなぁ……誰一人相手を殺してねえ。
つまり、負けた連中にゃあ『手加減されてる』って面白くねえ連中もいる」
「うんうん、そう思う人もいるよね」
告げられた言葉に焔はひとまず頷いた。
求めていた言葉ではなかったが、何となく頭に置いておいた方が良さそうに思えた。
「ねぇ、子供が立て続けに行方不明になってる事件って知ってる?」
そんな焔の発言が微かに聞こえる距離で『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)はカウンターで隣の席になった闘士へ声をかけた。
「……あぁ、聞いてるぜ」
視線の先にあるボトルを半分ほど開けている姿に、この男がある程度の酔いを回ってると見越して、ジェックは次の言葉を紡いでみる。
「誰が犯人だと思う?」
「うぅん……たしか、外にゃあ新時代英雄隊だとか、
アラクランだとかっつー得体の知れねえ連中も出てきてるらしいじゃねえか。
そいつらならそれぐらい手を染めてるんじゃないか?」
「……確かに、そういった奴らが関わってる話もあると思う。
けど……実は、さ。事件の増加と重なるような『出来過ぎた偶然』があるらしいんだよね」
「へぇ~そうなのかい?」
声を潜めて続けたジェックに、男は微かに表情を険しくして此方を見る。
「今のこの国で、そんな事件に興味を持ってくれる、力を持った人は少ないんだ
でも、到底看過されるべきことじゃないだろう。……協力、してくれないかな?」
「協力……つってもねえ……話を聞いてみねえとしようがないわな」
「それもそうか。実は――」
ジェックはそのまま、アルブレヒトに向けられている疑いについて語ってみれば。
「……あいつが?」
途端に、男が表情を更に険しくした。
信じられないといった様子でこちらを見た男は、少しの間、空になったグラスを見た。
「ひょっとして、彼がしていることに気付いていたのでは?」
男へと『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は声をかける。
からり、とグラスの中の氷が音を立てる。
喧騒の中で嫌に耳に着いた音の後、男が一つ息を吐いた。
「……まぁ、ね。アリカちゃんの快復は、すごいことだ。すごすぎるくらい。
俺もさ、小さいころの友達にアリカちゃんのと同じ病気にかかった奴を知ってる。
そいつは、あっという間に衰弱して死んじまった。――だから」
「……彼女の快復は尋常な方法で為されたものではない、と。薄々分かっていたと?」
正純の言葉に、男は何も返さない。
けれどその沈黙は重い肯定を意味するものだ。
「……私たちは何も、彼を裁く気はありません。
それをする権利があるのは私たちではなく――彼が殺めてしまった子供達の、大切な誰かです」
「……そうかい」
「だから……協力をしなくても構いません。ただ、邪魔をしないでもらえますか?」
「……あぁ」
正純の言葉に対して、短い返答を残した男は酒を一気に流し込んでいった。
●
「まさか、こんなところに……しかし、占いではここだと出ています」
スチールグラード内部に存在する共同墓地。
そこに足を踏み入れた『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は静かに呟いた。
(恨みがましい霊魂の話を聞きながら来ましたが、ここは静かですね。
ここに埋葬されるのは、本来は身元の分からぬ者たち……という話ですが)
事前に鉄帝人に話を聞いた時の事を反芻しながら、少し目線を降ろして歩き続ける。
やがて、真新しい墓標を見つけ、霊魂との疎通を試みる。
「貴方は、どのように殺されたのでしょう」
そう問いかけた時――ヴァイオレットの脳裏に映像が飛び込んでくる。
『すまない。君には何の罪もない。俺を恨むのなら、それで構わない。
君の命を使おうとする俺を、どうか許さないでくれ。
それでも、どうしても助けたいんだ。俺は――』
それは、男の顔だった。
映像で見た覚えがある男――アルブレヒト。
彼は泣きそうな、思いつめた表情でヴァイオレットを――正確に言うのならヴァイオレットが見る視点の人物へとそう告げた。
手を持ち上げられて、両手で水晶を握らされた――かと思えば、何かが急速に吸い込まれていくような感覚。
(なんでお兄さんはそんなに泣いてるの)
――小さな少年の声がした気がする。
――それから、ヴァイオレットはほとんど同じ光景を幾度も見させられた。
それらは全て、この場所に眠る子供達の物だ。
1人の男が、泣きながら子供を殺してその命を使おうとする景色だった。
(……因果応報、ですが)
その光景は間違いなく悪行で、同情のしようもない。
――いっそ、もっと悪らしければ良かったのに。
(生まれたいのちは、いつかは終わるです……アリカさんはそれが今かもしれないということ)
小さな呟きは『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)のものだ。
当然の摂理であるそれを、数ヶ月のうちにメイは思い知った。
(アルブレヒトさんは『それを静かに受け入れる』なんてできなかった。それだけ)
それ自体は、きっと誰かに否定されていいことではないのだ。
そのために彼がしたと言われていることは、許されてはならない事なのだとしても。
メイは静かに自分の考えを巡らせながら、目の前の女性に視線を向けた。
なんでも彼女はアリカの主治医なんだという。
「……その病気は、どういったものです?」
首を傾げて問いかけたメイに、その女医は暫しの間、悩んだ様子を見せる。
「鉄騎種には過酷な環境に耐える能力が備わってることは知ってる?」
「はいです。それが関係してるですか?」
「『まだ身体が出来上がってない子供』の中には、
鉄帝の空気の壮絶な冷たさに耐えようとして脳が身体に必要以上の無理を強いることがあるの。
微妙に違うけれど、アナフィラキシーショックというのが近しいわね」
「ということは、この国の環境にいる限り、よくなることはないです?」
「場合によっては脳か身体のどちらかが正常に落ち着いて完治する場合もある。
けれど、多くの場合は良くなる前に身体が耐えきれなくなって衰弱して亡くなるわ」
「それでも不治の病じゃないなら、なんとかなる。ですよね?」
メイが続ければ女医は頷いた。
「『過酷な環境』にいることが原因なのだから、
落ち着いた環境……例えば、深緑だとか、幻想だとか。
そういう国に移れば良くなる可能性はあるわ。
もちろん、技術革新が著しいって聞く練達に移り住んでも良いでしょうね」
その話は吉報と言う他なかった。
(生命流転晶について、時間が許す限りシッカリ調べねえと)
『抗う者』サンディ・カルタ(p3p000438)は生命流転晶なる魔道具について調べるつもりだった。
誰が作ったのかはしれないが、細々と闇市方面で流通するアイテムのようだ。
(これってそもそも人を死なせない使い方があんのか?
1つの命を救うのに1つの命で済ませようとするのが無理ってだけなら、流転晶は悪くねぇ)
サンディは唸っていた。視線の先には、水晶が1つ。
件の生命流転晶だ。実験として、その辺にいたネズミで実験をしている。
「……こいつは外付けの保存装置なのか?
生命力や免疫力をこの装置の中に入れて、別のに入れ替える。
しかも、保存する回数に制限はないのにそれを移し替えるのは一回だけ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、思考を整理する。
「なによりこいつ、『使う事は出来ても制御が出来るように作られてねえ』」
今回の実験でサンディが発見したのはそれだ。
(つまり起動し始めたら対象を殺すまで生命力を吸い取る仕様ってことじゃねえか!
ふざけたもん流しやがって!!)
思わず地面に叩きつければ、叩きつけられた水晶がはじけ飛ぶ。
似たような物は幾らでも流れている。
「こんなもんが流れてくるルート、潰さなきゃどうしようもねえ!」
舌打ち一つ。
(で、これはどっから流れてきてるんだ? ラサか? 幻想か? それとも……)
スチールグラード――いや、以って正確に言うのなら『新皇帝派』か。
「……調査するか」
両頬を叩いて冷静さを取り戻してから、サンディは立ち上がった。
●
(独りよがりでも、間違っていても、たったひとりの家族の為なら命を懸けられる人がいる。
……わかってるんだ、そんなこと。私もそうだったから)
ラドバウの内部、新たに設営されたとある個室の前で『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は暫し沈黙の中で思う。
この先には1人の少女がいる。アリカと言うらしい少女が。
静かに握った拳、一杯の果実を入れたバケットが微かな軋む音を立てる。
深呼吸をして、シキはそっとノックした。
返事はない。けれど、中でヒトの気配を感じて静かに、扉を開けた。
「……誰?」
警戒心を隠さぬ少女の声がする。
それだけでも聡い子なのだと分かる、落ち着いた声だ。
「君のお兄さんの知り合いだよ。オミマイに来たんだ」
「お兄ちゃんの……?」
シキが微笑むように努力しながら言えば、少女――アリカがこてりと首を傾げた。
「調子はどう?」
「元気だよ。でも、あんまり無茶したらまたぶり返すぞ! ってお兄さんは言ってた」
「そっか……お兄ちゃんは最近どんな様子?」
「元気だよ。昨日も試合に出てたってお兄ちゃんの同僚の人が言ってた……お姉ちゃんは知らないの?」
「ちょっとおでかけしてたからね」
「ふーん……そうなんだ?」
シキが持ってきた果実をそっと切りながら対話を試みると、不思議そうにしながらもアリカは素直に答えてくれる。
「こんにちは」
シキとアリカの様子を見て、大丈夫そうだと判断した『玲瓏の旋律』リア・クォーツ(p3p004937)はそっと中に入って声をかけた。
「こんにちは……お姉ちゃんも、お兄ちゃんの?」
「……まぁね。彼は女の病気を治す為に良くない事をしている……疑いがあるの」
落ち着かせるように出来るだけ柔らかくなるように声をかけると、アリカは目を瞠ったまま、声を失った。
――やけに、落ち着いているようにも、見える。
「……あたしは、それを止めたい。
貴女の病気が治す事が出来れば、彼は止められる。
だからあたしの提案を聞いてほしい」
「……嘘だよ。嘘。お兄ちゃんが良くない事なんてするはずない。
そうだよ……そう、だよ」
声が震えていた。
聡い子だという印象はある。
だから――きっと、薄々と気づいてしまっているのだこの子は。
「貴女の病気は鉄帝の気候風土に関係するらしいの。
だからこの国を離れ、あたしの故郷の幻想でちゃんとした治療を受け、穏やかな場所で静養しましょう」
「……それで、治るのかな?」
「これから先、貴女が治るまで付き添うし、これでもあたしは奇跡の担い手。
道中も貴女を護ってみせる。
それにね……貴女が治れば、彼も危ないことをする理由は無くなる。
貴方達を救うためにも、協力して」
「……ほんと? ほんとのほんと?」
「ええ、約束するわ」
「お兄ちゃんは、私のことを守ろうってばっかりする。
そこまでして、私、生きたいなんて――」
「あたしもね、小さい頃は病弱で……母親の命を吸って生きてきたの。
だから気持ちは分かるわ。でも、あたしへ注がれた願いを忘れる事だけはできない。
だから、それ以上は言っちゃ駄目よ。貴女も生きなさい。そして――」
言ってはならないことを口に出そうとしたアリカを塞ぐように、リアが言えば、少女が目を瞠る
●
日が暮れてその時が来た。
ゆっくりとコロシアムの中に青年が1人、顔を出す。
他の闘士たちの姿はない。ただ、彼だけがその場にいた。
「……貴方達は?」
「ローレットの者です」
ヴァイオレットは静かにアルブレヒトを見る。
「妹の為に、多くの無関係な人を手にかけた。
それほどまでに妹の事を大切に想っていた事はよく解ります。
……が、アナタに大切な方が居るように、犠牲になった方を大切に思う方が居る事くらい、解る筈。
そこから目を背け、”弱肉強食”の名の下に暴を振るったならば……アナタは"悪"に、他ならない」
「……あぁ、そうか、貴方達は、俺を殺しに来たのか?」
「因果応報こそ、ワタクシの信条なれば、例え愛故の行いであったとしても、罪には然るべき応報を与えばならぬのです」
「そうか。だけど、1つだけ。訂正させてほしい。
――俺は一度だって、あの子たちを大切に思う誰かのことを考えなかったことはない」
そう言って、アルブレヒトは静かに拳を作り――紅蓮の業火と雷光が迸りだす。
「――誰かに、理解されようとは思わない。
何を言ったって、俺のやったことは誰かの命を奪う事だ。
そんなこと、分かってる。
俺の事を恨む人間がいるなら、後でいくらだって殺されてやる。
でもまだだ、まだ死ぬわけにはいかないんだ」
「……理解はするよ。アタシはね」
銃口を静かにアルブレヒトへ向け、小さく告げたのはジェックだ。
(拳の発光は機械の体故……いや、手甲の能力か)
静かに銃口を拳へと向けながら、静かに考える。
「愛する人との唐突の別れは、本当に辛いのです…。
その後を追いたくなるくらいに。消えてしまいたくなるくらいに……
メイもそれはわかるのです。けれどアナタの行ないを理解することはできないです」
メイは静かに彼へと言葉を紡ぐ。
「大切な家族の為に命をかける気持ち、わかる……けど、
あなたもあの子(アリカ)もきっと幸せにはなれない。
でもそんなことすら置いておいて、
妹を生かしたいってそれだけで動けるのが君の強さでもあるんだろうね」
メイに続けるようにシキはそういうと、愛剣を構える。
「『優心雷火』アルブレヒト・アルトハウス。私の名前はシキ・ナイトアッシュだ、お相手願うよ」
「あんたが償うっていうのなら、アリカは、あたしが幻想に連れて行って治療するわ。
それなら、あの子の病は良くなるでしょう。これは、あの子だって頷いてくれたことよ」
リアの言葉に、アルブレヒトが目を見開いた。
「あたしは貴方とは違い、全世界を見てきたわ。あたしを信じて!」
「そう、ですか……あの子がそれを……?」
アルブレヒトが動揺した様子を見せて声を震わせた。
「あの子は、俺が何をしてたのか、気付いていたんですか……?」
その隙を見据え、リアは前へ躍り出て、手を伸ばした。
「このまま戦ってアナタが死ぬことを望む人は、少なくはないと思う。
それでも生きて。辛くても、苦しくても、悲しくても、
生きて償って、たとえ償いきれない罪だとしても……
死んでしまうことをきっとアリカちゃんは望まないよ」
「アリカは、ただでさえあの病気で……でも、あの子は、今のこの国じゃあ生きられない。
俺は、あの子を助けたかった。ラド・バウで勝ち進んで――お金を手に入れて、国を出ようって。
そのつもりだったのに……どうしてこんなことになったんだ……」
アリカの事を出されたアルブレヒトが小さく声を漏らす。
「アリカちゃんの事は、任せてくれるならリアちゃん達と一緒に出来る限りの事はするよ。どうする?」
焔の言葉を受けたアルブレヒトが視線をリアの手に降ろす。
「己の罪が許されないことだと自覚しているのなら、
それでも妹さんを救いたいもと願うのなら、彼女の手を振りほどかないで欲しい」
正純がそう続ければ、アルブレヒトの表情が揺れる。
「アルブレヒト、貴方がアリカへ使ったアイテムをこちらに渡してください。
少なくとも、ここにいる過半数以上の人間は、貴方の妹を救う手だてを考えて、その上で貴方に罪を償って欲しいと、そう願っています」
正純の言葉に、アルブレヒトが何かを隠すように懐に手を入れる。
「アナタは他人とアリカさんを命の天秤に乗せて、アリカさんを選んだだけ。
罪であることも、いつまでも続けられないことも、
罰を受けることも識っていてなお、そうせずにいられなかった。
……なら、罰は受けてもらう。奪った命にも、その親族にも償ってもらうです」
正純に続くようにメイがそう言って――
「そいつは呪われたアイテムだ。あんたの心さえ弄りかねない。
何があるか分からねぇ代物だ。そんなものでアリカを助けて本当にいいのか?
それならまだ、リアの話の方に頼った方がいいんじゃねえか?」
続けたのはサンディだ。その声にアルブレヒトが顔を上げる。
その手に、握られた水晶が、静かに地面に落ちて――砕け散った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPは解決策の具体案を出されたリアさんへ。
GMコメント
こんばんは、春野紅葉です。
リクエスト有難うございました。
●オーダー
【1】失踪事件の解決
●フィールドデータ
ラドバウ闘技場の一角、完全な人払いが施された闘技場です。
いわゆるコロシアムで想像しやすい石製ないし煉瓦でできたブロック状の円形状のフィールドです。
皆さんがフィールドに訪れ後、暫くして呼び出されたアルブレヒトが顔を出します。
詰問から始めるもよし、さっさと捕縛してから尋問するもよし。
●エネミーデータ
・『優心雷火』アルブレヒト・アルトハウス
犯人と思われるラドバウ闘士。20代半ばごろの青年です。
『善良で正々堂々とした戦いをする模範的武人』である一方、
『大切な妹のためには道を踏み外しかねない危うさ』があるとのこと。
右手に雷、左手に炎を起こす魔道具を装備しており、【痺れ】系列、【火炎】系列のBSを持ちます。
戦う場合、基本は近接戦闘ですが、殴る用量で拳を撃ち込み雷や雷を飛ばす中~遠距離攻撃も持ちます。
ステータスはHP、物神攻、命中、防技などがやや高め。
なお、当シナリオは戦闘になった場合でも意図して殺そうとしない限り戦闘不能になった後も生き延びるものとします。
・闘士×???
数人のラドバウ闘士です。
アルブレヒトの知人たちであり、
呼び出されたアルブレヒトが気になって姿を見せるかもしれません。
下記NPCデータの闘士たちと同一人物であり、
事前の調査などによっては彼らの介入を食い止められる場合もあります。
戦闘スタイルは様々です。
●NPCデータ
・アリカ・アルトハウス
アルブレヒトの実妹。兄の事を大変慕っています。
アルブレヒトとは十余歳差でまだ幼く、
それもあってアルブレヒトからは溺愛されています。
元々身体が弱かったところに加え、
鉄帝の気候風土に関係する病気によって
余命いくばくもない状況となっていました。
あるマジックアイテムの効果を受けて復調を遂げており、
少なくとも現在は元気そのものです。
兄が自分のために何をしたのかは全く知りません。
皆さんは事前にアリカと接しても構いません。
・闘士×数人
アルブレヒトやアリカのことを良く知る数人のラドバウ闘士です。
皆さんは彼らに声をかけて事前の調査をしておいても構いません。
皆、アリカのことを可愛い妹分だと思っているようです。
●マジックアイテム
・生命流転晶
アリカの治療に使用したと思われるマジックアイテムです。
他者の生命力、免疫能力等を吸収、保存してそれを他人へ注入することが出来ます。
欠点として『吸収・保存された生命力・免疫力』は同年代の者にしか注入できないとのこと。
また長期保存をすることはできず、永続効果があるわけでもないため、定期的な摂取が必要なんだとか。
現時点ではアリカの延命以外の用途で使われた形跡は見られません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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